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5『冥々たる紅の運命』

5 第三章第三十三話「絶望を照らす名前」

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 襲い掛かってきたガーゴイルを次々と斬っていく。数は厄介だが、生憎敵じゃない。時間こそかかってしまうかもしれないが、処理は容易いだろう。

「メリル、あまり無理するなよ!」

「大丈夫! 私だって鍛えてるんだから!」

 メリルが突き出された剣を弾いて懐に入り、リザードマンの急所に剣を突き刺す。

 ダリルとメリル。二人で厩舎を襲撃したガーゴイルとリザードマンに対応していた。最初はダリル一人のつもりだったのだが、気づけば横にメリルがいたのだ。

「避難は他の先生に任せてあるし、ダリルだけじゃ心配でしょ!」

 勿論この魔獣ごときにダリルが遅れを取るとは思っていない。現にメリルでも何だかんだ対応することができているのだから。純粋に傍に居たかった、ただそれだけだ。

「しかし、確かにひどい数だな……!」

 到着してからずっと戦っているが、果たして減ってきているのかどうか。足元には元々飼われていた魔獣達の死骸も一緒に転がっている。やはりあの爆発で殺されてしまっていたようだ。

 酷いことをするが……そもそもあの爆発は何だったのか。

 死角から迫ってきていたガーゴイルの爪を掴み、前のリザードマンへとぶん投げる。激突して混乱している二体を諸共両断した。

 基本、ガーゴイルの攻撃は爪や牙、リザードマンも剣と牙になる。

 では、あの爆発を起こしたのは誰なのか。ガーゴイルやリザードマンが魔法を使えるわけがないし。

 ……嫌な予感がするな。

「メリル! もしかしたらここは囮かもしれない!」

「え、なんで!?」

「説明は後だ。今は――」

 一気に片を付けるぞと、メリルの方へ視線を向けた時だった。

 彼女の後方に人影を見つけた。どうしてここに。ここは任せてくれと伝えたつもりだったが。

 もしかしたら魔獣のことがどうしても心配だったのかもしれない。

 

 彼は『魔獣学』の担当だから。



 応援が駆け付けたのかと思ったダリルの視線の先で。

 彼は冷笑を浮かべていたのだった。





※※※※※

 



 放たれた紅の凶弾。

「《カイ、避けろ!》」

「っ」

 トーデルの声に合わせて、カイはシールドを張りながらも身を捩って避けた。そして、シールドに甘んじなくて良かったと気づく。

 シリウスの放った銃弾はシールドを存在していないかのように通り抜けてきたのだ。もし避けてなければ今頃撃たれていた。誰に届くでもなく、銃弾は背後の建物に消えて無くなった。

「ちっ、わざわざ避けるか、普通さぁ!」

「お前の持ってるそれを知ってりゃ、警戒くらいするさ!」

 シリウスが手に持つは銃型の《冥具》。間違いない、あれから《大剣ハドラ》と同じものを感じる。

 《冥具》には特殊な力がある。《大剣ハドラ》には身体の根幹から生命力を奪い、《真鎖タフムーラス》と呼ばれる鎖は繋いだ相手の身体の動きを止めることができる。他にも多種多様な力がそれぞれの《冥具》にはある。

 シリウスの持つ《冥具》が分からない以上、絶対に当たるわけにはいかない。

 にしても、この街中でドンパチできるわけないだろ。

 既に周囲からは悲鳴が上がり、どんどん人々が逃げていく。あの人たちを巻き込みかねない。

 場所を移さないと。

「シリウス、君は今までどこにいたんだ。ずっと行方不明だって――」

「カルラ、話は後だ。こいつは俺に任せて、学園の方に急行してくれ」

 シリウスの姿に驚きを隠せないカルラ。だが、生憎時間はそんなにないはずだ。

「聞いただろ、あの爆発音。学園で何か起きてるんだ。ここで適当過ごしている間にルーファが死んじゃ、死んでも死にきれ――」

「ヴァリウス、ここは任せたよ!」

 んん、切り替え速いな……。

 カルラが魔力を纏って学園の方まで飛び出していった。ルーファの名前を出したらすぐこれだ。

 意外とシリウスはすんなり彼女を通してくれた。冷徹な笑みを浮かべながら、ただただカイだけを見つめている。

「生意気なお前を、こうしてぶち殺すことができる。あの人には感謝してもしきれない」

 その目はどこか狂気的に見えて。

「お前の方がよっぽど生意気だが。で、あの人って誰のことか、な!」

 早くここから遠ざけるために、魔力を解き放って高速でシリウスの懐に入る。

「っ」

 銃の《冥具》を向けてくるが、その銃口からは既に外れている。

「おらぁ!」

 そのまま天高く蹴り上げた。咄嗟に両腕を交差してガードされていたが、この場から離れられたらそれでいい。

 それを追いかけながら、右の拳に魔力を込めていく。いいか、Bさん。魔法ってのはこうやるんだ!

「《爆砕拳!》」

 眩い光と共に拳が明滅する。

「ちっ」

 シリウスが真紅の銃弾を数発撃ってくるが、生憎カイの反応速度をもってすれば回避することは容易かった。

 横殴りに拳を叩きつける。拳がシリウスに触れた瞬間、爆発と共に勢いよくシリウスが後方へと吹き飛んでいった。王都を超え、そのまま海上へ。少なくとも海の上であれば、誰かに被害を出すことはない。

 追いかける最中に、トーデルが話しかけてくる。

「《カイ、あの《冥具》の攻撃には絶対触れるな》」

「そりゃ分かってるが、何なんだ、あれの能力」

「《《絶白モルグル》。銃弾に当たった者は身体から魂を追い出され、冥界へと連れていかれる。事実上の死だ》」

「一撃必殺じゃねえか……」

 一発でも当たったら終わりなんて、規格外すぎるだろう。幸いカイのこれまでの経験と培われてきた能力のお陰で躱すことはできるが、それでも緊張する。

 常に死と隣り合わせ。まるでべグリフと対峙していた頃のようだ。

「《あの銃弾が触れるのは魂だけだ。魔法などは全て透過し、受け止められない》」

「だからさっき避けろって言ってくれたんだな。サンキュー、助かった」

 勢いが落ちてきたのだろう、シリウスが空中で体勢を立て直し、宙に浮かぶ。《冥具》を所持していることで身体能力も大幅に増加しているのだろう。今までだったら先程の一撃で倒せているだろうが、今の奴はピンピンしていた。

「いい加減、当たれよ!」

 何度も放たれる《絶白モルグル》。死が真っすぐに飛んでくるが、それらを躱しながら距離を詰めていく。

「お前が狙うの下手くそなんだよ!」

 手元には神剣デュランダル。一気に片を付けてイデアの方へ行きたいんだ。とっとと沈んでくれ。

 近づいてくるカイを前に、シリウスが苛々を隠さずに叫ぶ。

「舐めやがってよぉ! 僕を誰だと思ってやがる!」

《絶白モルグル》を左手に持ち替え、右手を横に向ける。すると、その前に真紅に染まった魔法陣が現れた。

 何だ、この既視感。

 あの魔法陣を、というかあの動作をカイは以前見たことがある。

 あれは、そうだ。二年前にべグリフが――。

「僕がこの銃だけのわけないだろ!」

 その魔法陣に手を突っ込み、シリウスが引き抜いたそれは。





《大剣ハドラ》だった。





「っ!?」

 記憶の中と遜色変わらない、紅くどす黒いオーラを纏った大剣がシリウスの右手に収まる。

 《大剣ハドラ》、べグリフが所持していた《冥具》。生と死を司り、斬りつけた相手の生命力を奪っていく大剣。その大剣の前にゼノは沈み、カイだってかなり苦労させられた。イデアがいてくれたからこそ対処することができ、最終的には真っ二つに折った。

 はずなのに。

「会った時に言ったはずだ! 妹よりも、お前の命を先に頂くとしよう!」

 刃毀れすらしていない死の大剣を、カイの宿敵の武器を手に、シリウスが前に飛び出す。

「冗談きついぜ、これは……!」

 両手から放たれる死の圧が、より濃くなってカイへと迫ってきていた。





※※※※※




「んで、誰がディスペラードの隠し子なんだ」

 ジョーの問いは、虚しく空中に溶けて消えていく。

 既に命を握られている。答えられる者がいたら、間違いなく答えていたであろう状況。

 それでも、誰一人として答えることができずにいた。

 ジョーが葉巻の煙と共にため息を吐き、鋭い視線を送る。

「あのなぁ、長引かせたくないと言ったはずだ。静かなのは結構だが、誰か何か一言くらい発してみたらどうだ」

 ジョーの言葉一つ一つに心臓が潰されそうな感覚が襲ってくる。

 この状況を作り出し、この人数を前に堂々とした立ち居振る舞い。

 間違いない、あの人、強い……!

 ジョーを警戒しながら、ルーファはシールドの端まで動いて移動していた。このシールドの力を解析しようと思ったのだ。触ったらバレてしまうかもしれないから、ギリギリまで近づいてシールドを見つめる。

 ……これは。

 シールドは大きさほど防御力のないものだった。ルーファ一人でも壊そうと思えば十分に壊せるもの。それは逆も然りで、周囲を徘徊している魔獣の一撃で充分に割れてしまいそうだ。

 この中しか安全じゃないように見せて生徒が出ないようにしつつ、話をできるだけ効率よく進めようとしているのね。

 向こうの匙加減で、用済みになったらシールドを一瞬で割って襲えるということだ。まぁ向こうがそもそも展開しているシールドだから、一瞬で解除することもできるのだろうが。

 安全な場所なんてどこにもないということだ。ただ逃がさない体をシールドで示しているだけ。

 どうすればいい。全員で反撃に出れば、目の前の魔獣も倒せるだろうか。あの化け物の実力が見えてこないが、こちらは千人強。倒そうと思えば、倒せるかもしれない。

 勿論、その勇気を全員が持っていたらの話。周囲の生徒は全員今にも死にそうな表情で上を見上げており、教員すらも絶望した様子でただ立ち尽くすだけであった。

 それだけの絶望をジョーラインという男が演出している。

 手練れなのはよく分かった。それでも無抵抗ではいたくない。何かできることはないかと探してみる。

 ……。

 そう言えば、カイ・レイデンフォートはどこにいるのかしら。

 彼が本当に英雄なのだとしたら、この状況を打破できるのではないだろうか。

 その思考まで行き着いて、都合の良い自分の考えに辟易する。前まで死ぬほど嫌っていたじゃないか。それが、自分が追い込まれた途端に掌をひっくり返して、他力本願で行こうとしている。

 何とまぁ人間的であろうか。

 自分の弱さに呆れつつ、ルーファはジョーを見上げた。

 何をするにしても、待つにしても、必要なのは準備するだけの時間だと思った。

 ジョーがやれやれと呆れだす。

「そんなに話せないなら死んでるも同然。いる意味ないし、このまま死――」

「なら、教えてもらおうかしら。どうしてこの中にその隠し子がいると断言できるというの?」

 静寂を破るルーファの質問。その場に居た誰もが視線をルーファに向けた。この状況で声を発することのできる勇気と無謀さに驚いているのである。

 ジョーが見下ろすようにして言葉なくルーファを見つめる。まるで生かすかどうかを決められているようで気分が悪くなる。生憎、殺すと言われたら存分に抵抗してやりますとも。

「……質問に質問を返すか」

「……」

 ルーファの額から汗が一筋垂れる。張り詰めた空気が、彼女の心臓を加速させていく。

「だが、まぁ悪くない質問だ。停滞した状況を打破するためには、こちらも歩み寄らねばならないか。それに、度胸のある女は嫌いじゃない」

 空に向けて煙を吐いて、ジョーはそう言った。

 ルーファの問いで、全員の寿命が少し伸びたのだ。ホッという安堵のため息がルーファの耳に幾つも聞こえてきた。

「隠し子はな、エグウィス・ディスペラードの子じゃない。先王センドリル・ディスペラードの子だ。エグウィスは終生最後まで妻を取らなかった。だからこその隠し子と思うかもしれないが、こっちも先王センドリルの子だと言い張る根拠がある」

 ジョーの言葉で、初めてルーファはディスペラードの隠し子がエグウィスの子である可能性に気づいた。エグウィスという男を知っていたからこそ、初めからその可能性を考えていなかったのである。とはいえ、気づかなくて正解だったかもしれない。もし以前の精神状態でエグウィスに隠し子がいると気づいてたら、間違いなくおかしくなっていたことだろう。

「センドリルは事故死だった。それはこの王都にいる誰もが知っていること。十二年前、この王都周辺を回る遊覧船が魔獣クラーケンに襲われて大破した。そこにセンドリルも乗船していたから、ってわけだ。歴史では《クラーケンの悪夢》と呼ばれている」

 《クラーケンの悪夢》。確かに歴史の授業で習ったことがある。

 乗客数百人を乗せていた遊覧船イカロス号を魔獣クラーケンが襲い、結果的に十数人しか生き延びていないという事件。魔獣クラーケンは想像を絶するほどの巨体で、そこから繰り出される触手に捕まればいかにガレオン船級でも容易く締め潰されてしまうという。

 そこに先王センドリルも乗船していて、そこで亡くなってしまった。だからこそ、エグウィスは十四歳にして王様の地位に就いたのである。

「だが、誰もが知っている《クラーケンの悪夢》で誰もが知らないことがある。それは、何故センドリルがその遊覧船に乗っていたか、ということだ」

 エグウィスは以前言っていた。「やっぱり親父は駄目だな、訳の分かんねぇ事故で死にやがった」と。訳が分からない理由としては、周りの誰もセンドリルがその遊覧船に乗っていることを知らなかったからである。

「センドリルは元々豪放磊落な男だった。自由奔放と言ってもいい。だからその行動原理に理解しようと思っても無駄で、結局今でもセンドリルが乗船していた理由は不明なまま。今となってはその性格も相まって、なんて運のない男だったのか程度にしか思われていないはずだ」

 確かに授業ではそのように扱っていた覚えがある。偶然王族がお忍びで乗った遊覧船が大破して死亡なんて、悪夢以外の何物でもない。だから《クラーケンの悪夢》という呼び名がついたのだと。



「だが、だ。その乗船理由が隠し子と会う為、だとしたらどうだ」



 自信ありげにジョーが語っていく。隠し子と接触するために、遊覧船に乗船していた、というのか。

「悪いな、こればっかりは依頼主に悪いから伝えられないが、これは確かな情報だそうだ。あの日、センドリルは確かに隠し子に会っていた」

「……」

 依頼主。それがジョーの上にいる人。正確にはジョーのチームに依頼を出した黒幕と言ったところか。

 どうしてその依頼主とやらがセンドリルの隠し子との密会を知っているのだろうか。これまで誰もその答えに辿り着けず、ずっと明かされてこなかったというのに。

 だが、仮にジョーの言っていることが本当だとして。

「それだけじゃ、この学園生徒の中に隠し子がいることの証明にはならないわ」

 そもそも《クラーケンの悪夢》の時に生まれたばかりだとしたら、今十二歳くらいだ。この学園は十五歳から二十歳の生徒しかいない。

 年齢の限定が出来ないではないか。

「賢いな、実は死んでないことしか分かってなくてな、年齢までは完全に把握できてないんだ」

 あっけらかんとジョーが言う。

「だが、センドリルは死ぬ八年前くらいからお忍びで市街へ出ることが度々あったという。その時に隠し子を授かっていたとすれば、現在二十歳。《クラーケンの悪夢》の時に生まれていれば十二、いや今年で十三か。おおよそ隠し子の年齢はこの間だと考えられる。どうだ、そう考えるとこの学園に在籍している確率が高いと思わないか」

 やはり、ジョーは世間が知らない情報を知っている。センドリルが死ぬ八年前からお忍びで市街に降りていたとか、さっきの隠し子との密会の話とか。それが事実かどうかまるで分からないが、そうだと思っているからジョーは今ここにいるのだろう。

「そんな確証もないのに、この学園を襲ったというの!」

「言うて75%の確率で当たるんだ。悪い賭けじゃない。それに前報酬が良かった。依頼主の羽振りが良くてな。俺達仕事人は請け負った仕事をただ遂行するだけ。確証の有る無しに興味はない」

 ジョーは口から煙を吐き出しながら、手元に持っていた葉巻を指で弾いて捨てた。

「とはいえ、隠し子を見つけた方がデカい顔して依頼主に会える。前報酬ですらあれ程だった。莫大だろう本報酬に色を付けてもらいたいからな。できりゃお前たちにも協力してほしいもんだ」

 さて、と話が終わったとでも言うように、再びジョーが鋭い視線を眼下に広がる六つの大きなシールドへ向けていく。

「今の俺の話でピンと来た奴はいないか。要はだ、あの《クラーケンの悪夢》の生き残りの中にディスペラードの隠し子がいるんだ。立候補制でも推薦制でも構わない、怪しい奴を教えてくれよ」

 ジョーが声をかけるも、やはり言葉が返っていかない。ジョーが25%の確率を引いただけかもしれないが、もしかしたら怖くて名乗り出ることができないだけかもしれない。

 ここまでするのだ。もしバレたとしたら、その隠し子の命は間違いなくない。

 誰か出てくれ、という雰囲気が辺りに満ちるが、裏切るように誰も発言しない。推薦すらなかった。

 その様子を見て、はぁとため息をつく。レザーコートの懐から葉巻を一つだし、指を鳴らして火をつける。

「出て来ない、か。……まぁ想定内だがな」

「……?」

 想定内?

 葉巻を口にくわえたジョー。すると、身体からゆっくりと紅いオーラが立ち上り始めた。その真紅はまるで鮮血のようで、命の脈動を感じさせる。

「本人はそのことを忘れているだろう、って話だ。出て来られないのも無理はない。だが、その隠し子は少々特殊らしくてな。面倒だがひと手間加えりゃすぐに判別できるらしい」

 そして、ジョーから溢れ出す真紅に染まった大量の鎖。

 何、あれ……!?

 周囲の生徒と同じように、ルーファは立ち尽くしてそれを見た。あの鎖が何なのか分からない。けれど、見ているだけで自分の死を実感するような、背筋が凍る感覚。

 生徒達の中で、唯一イデアだけがそれを理解していた。





 あれは《真鎖タフムーラス》だ。





 レゾンと戦ったメアとレイニーからあった報告に、真紅に染まった鎖の話があった。《冥具》であり、繋いだ相手の自由を奪う鎖だという。

 でも、何故それをジョーが持っているのか。ジョーの依頼主がレゾンなのか。

 分からないことだらけだが、分かったことが一つ。

 今この瞬間この出来事は、《冥界》と繋がっている。

「この鎖に隠し子が繋がれれば、この鎖の力と共鳴して起きるだろうって話だ。起きるという形容もよく分からないが、仕方ない。面倒だが、ここにいる全員と繋げさせてもらおう」

 そうして空を埋め尽くすように広がっていく真紅の鎖達。無数のそれが、死が着実に身体へ降りてきていた。

 イデアはその鎖を見ながら決断する。

 《冥界》と繋がっているのなら、ここまで普通の日常に《冥界》の力が及んできているのなら。

「ふぃ、フィグルちゃん……」

 ここまで友達を怖がらせてしまうのなら。

 ギュッと両手で彼女の手を握りしめて、目を合わせて微笑む。

「大丈夫、何とかして見せます」

「え……」

 イデアはそのまま彼女の目尻に浮かぶ涙を拭ってあげると、手を放して全速力で前に出た。

「フィグルちゃん!?」

 制止の声が聞こえてきた気もしたが、止まらない。目の前にいた生徒達を飛び越え、行く手を塞ぐシールドに手を当てて魔力を込める。次の瞬間、シールドはそのままにイデアの身体がすり抜けるようにしてシールドの外へ出た。

「……なんだ、お前は?」

 シールド付近まで降りてきていた真紅の鎖が止まり、ジョーが視線を向けてくる。

 目の前には涎をダラダラと垂らした巨大な魔獣。何だなんだと周りの魔獣も併せてこちらへ寄ってくる。

 状況はきっと絶望的。でも、だからこそ。





「私は……イデア・フィールス!」





 全員に聞こえるように宣言する。同時に金に変えていた髪色を元の純白に戻していく。

 少しでもこの言葉で、名前で、姿で安心してもらえるように。少しでもこの絶望に希望の光を照らせるように。

 怖がるあなたを救えるように。

「これ以上、あなたの好きにはさせません!」

 そしてイデアは二丁の長銃を生成し、ジョーへと銃口を向けたのだった。
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