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5『冥々たる紅の運命』
5 第二章第十八話「闇が紅に染まる日 起」
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雨は降り止むことなく、むしろ黒雲は広がっていく一方。
四代名家の息女、ミュー・リリットの死は瞬く間に王都ディスペラード全域に広がっていき。
同時に瞬く間に影響を与え始めていた。
セインツ魔法学園は休校。学園内の生徒が、特に四代名家だったミューの死が生徒たちにもたらす動揺は計り知れず、かと言って生徒たちの耳に入らないように情報を遮断できるわけでもない。それ程驚愕な事態なのだ。
ミューの死因は不明。外傷は一切なく、第一発見者であるカイですら、ただ寝ているようにしか見えなかった。
まるで精巧に作られた人形のように、ミューは静かにその体から魂を失っていた。
これまでと同じ不審死。だが、セインツ魔法学園の生徒から被害者が出たのは初めてだった。
セインツ魔法学園の休校が決定するよりも前に、ルーファ・アルデンティファー、カルラ・レスロット、シリウス・セヴァンの三人は実家からの要請で学園内から姿を消していた。
同じ立場だった人間の死。それが表すものが何か。
犯人の特定は未だできていないが、もしかすると四代名家の失脚が狙いなのではないか。これまでの被害者は本命へ向かうまでの助走に過ぎず、ここから四代名家全てに殺意が向けられるのではないか。
休校になった寮のエントランスでは、生徒達がそんな憶測を語り合っていた。関係のない生徒達ですら、その思考に行き着くのだ。四代名家そのものは、今間違いなく警戒を強めているだろう。実子を失わないために、学園から回収したに違いない。
第一発見者であったカイはというと、事情聴取に時間を取られ、学園に戻ってきたのは夕方ごろであった。
そもそも何故王都から離れたその位置にいたのかと、疑いの目を向けられたが、そこはファイ達グループメンバーの証言で事なきを得た。聞くと、ミューの元まで導いたグリフォンは随分と彼女に懐いていたらしい。彼女の死を敏感に察知したために、あそこまで外へ出たがっていたようだ。
学園へ戻って、カイがまず向かったのはイデアのところであった。男子禁制の女子寮へ構わず進んでいき、その部屋をノックする。部屋番号は前に聞いていた。
部屋が開くと、シャーロットが制服姿で現れた。イデアの姿はない。
「お兄さん……」
シャーロットはカイを見つけると、黙って頷いて中へと促した。
中へ進んでいくと、イデアの姿を見つけた。イデアは、ベッドで毛布にくるまって寝ているようだった。だが、その瞳は泣き腫れていて、泣き跡もまだ残っている。
「泣き疲れたみたいで、先程ちょうど寝ました」
「そうか……」
「やっぱりショックだったみたいです。ミュー様が誰かに興味を示すなんて初めてで、それを聞いてフィグルちゃんも嬉しそうで。これから仲良くなるんだって、楽しそうにしていましたから」
その未来を奪われた。奪われてしまった。
この学園に来て、イデアは王女という立場では作りにくかった友達が出来始めていた。シャーロットもその一人、そして、ミューもそうなるはずだった。関わりはまだ多いわけではなかった。けれど、そんな未来を期待していたからこそ、イデアの心は涙が止まらないのだ。
「お兄さんが第一発見者だって聞きました。本当にミュー様は……」
「……シャーロット、フィグルのこと頼んだ」
「お兄さん?」
踵を返し、カイが部屋を出ていく。カイの様子にその背を追って部屋の前まで出たシャーロット。その背から感じるのは、なによりも怒りであった。
「もうこんなこと、終わらせなきゃいけないんだ。いけなかったんだ、俺が……!」
ミューが死んだと推定されている昨夜。カイは確かに王都を巡回していた。していたのに、気づけなかった。昨日の巡回では王都の中を重点的に巡回していたからである。どうやら、遺体が発見された場所の奥にある森に、戦闘痕があったという。ミューは昨夜、そこで誰かと戦っていたのだ。
だが、カイは気づけなかった。魔力も感じられず、違和感だけが身体に残っているだけだった。何かがいる気がするのに、視覚的に捉えられない違和感。その違和感に気づけているのは今のところカイだけだと、ダリルは言っていた。
俺だけが、どうにか出来たんだ。俺が、どうにかしなきゃいけなかったんだ。
カイの怒りは、自分へと向けられていた。
そして夜、カイはいつもより少し早い時間に高層ビルの屋上にいた。黒雲は相変わらずで人々の数は数えられるくらい少なかった。ミューの死が、起因しているのは間違いないだろう。
そして、それを分かっているからこそ、犯人は動き出すかもしれない。
今夜、ここで決着をつけるんだ。
雨を気にすることなく、黒いフードを被って、眼下に広がる闇の中へ飛び込もうとした時だった。
「《聞こえるか、カイ・レイデンフォート》」
「っ!?」
咄嗟に周囲を警戒するが、そこに人の気配はない。なのに、確かに女の声が聞こえてきた。
なにより。
カイ・レイデンフォートと呼んできた。身分を偽っているのに、だ。
「《ようやく生界と繋がれたようだ。やはりあの方法で魂が献上されていくことで、生界に冥力が満ちてきているらしい。お陰で会話できるまで力を取り戻してきたわけだが、このままでは扉が開きかねない》」
声は淡々としており、何やら訳の分からないことを言っている。
「誰だ!」
改めて周囲へと集中するものの、やはり何も見当たらない。
だが、身体は理解していた。ある一点からなぜか目が離せない。
そこに、何かがいる。
これまで感じてきた違和感と同じだ。同じものが目の前にある。
「《目を凝らせ、カイ・レイデンフォート。今私を知覚できるのはお前しかいない。その身でべグリフの振るった冥力を直に感じたお前ならばできるはずだ》」
何だ、何を言っている。
だが、その言葉が感覚を研ぎ澄まさせる。
そうか、これまで感じていた違和感。視覚で捉えられないのに、身体で感じてきたこの感覚。あまりに力として薄いせいで気づかなかったが。
べグリフが使っていた《大剣ハドラ》から出ていた、死をまき散らしていたあの紅い瘴気によく似ている。
知覚すべきものの輪郭を捉えた時、そいつは目の前にいた。
ボロボロの黒いローブから出ているスラっと長い脚は、その先がなく。
何より、その体は半分透けており、背後の風景と混ざり合っていた。
サラサラと長い銀髪を揺らしながら、彼女は言う。
「《私の名はトーデル。元冥界の審判員であり、現冥界の審判員レゾンを打ち破らんとするものだ》」
その紅い瞳が妖しく光った。
※※※※※
四代名家と呼ばれ始めたのは、やはり第二次聖戦後の復興への尽力が大きいからだった。それまでは他の貴族と大差ない呼ばれ方でしかなかったが、第二次聖戦中に潰えた貴族も多く、大きな力を持つ貴族がアルデンティファー家、レスロット家、セヴァン家、そしてリリット家に限られた。
だからこそ、王家亡きディスペラードの王選へ進むのはこの四代名家のどこかだろうと言われている。
しかし、ミューの死は事実上リリット家の王選不参加を意味しているとルーファは思っている。一人娘を失ったリリット家の絶望は想像を絶するものだということを、彼女は知っているからである。
以前、アルデンティファー家とリリット家で交流したことがあったが、その時ミューは随分と父親に溺愛されている様子であった。母親は既に無く、だからこそミューへと愛は注がれているようだった。
そのミューがいない今、リリット家は父親一人しかおらず、王選参加も難しいと思われた。
ミューとは直接的に関わることが少なく、同じ四代名家の一人、という認識が強い。だから彼女の死を知った時、驚きはしたけれど、悲しくはならなかった。
しかし、彼女の死は想像以上にこちらの動きを制限する。今恐らく残りの三家は疑心暗鬼だ。
一体どこの家がミューを殺したのか、と。
ミューは言わずと知れた魔法の使い手であった。そんな彼女が死んでしまったのだ。かなりの手練れが彼女を殺したと推測できる。
そして、そんなミューを殺すなんていうリスクを冒してまでメリットを得ようとするのは、おそらく王選に出場しようとしていた三家のどこかだろう。
三家の内、どこかがミューを殺した。
となれば、ルーファの中でその答えは一つだった。
雨の勢いは止まず、差している淡い赤色の傘を押し返すかのようでルーファは両手で傘の柄を持った。
黒雲のせいで時間帯関係なく周囲は真っ暗で、ミューの死があるからだろう、人通りもほとんどない。そんな中をルーファは一人目的地へと向かっていた。
学園を離れる直前、彼に渡された手紙。
「《夜十一時、霊園に来い》」
好都合だと思った。ルーファとしても彼に会わなければと思っていたのだ。
それにしても霊園とは、何故そのような場所を選んできたのだろう。
そこには「彼」が眠っている。私にとって、大切な人が。
だからこそのつもりなのかしら。
霊園は王都の外れにあり、そこからは海が一望できる。そこには第二次聖戦の死亡者含め多くの人が眠っており、また王家の魂もそこに安置されていた。
霊園へたどり着くと、ルーファと同じように制服姿の彼が、黒い傘を差して王家の墓石の前に佇んでいた。
「来たか、ルーファ」
「わざわざこのタイミングで呼ぶなんて、何の用かしらね……シリウス」
振り返ったシリウスが、闇に紛れて怪しく笑う。
「さぁて、用があるのはお前なんじゃないのか。……この殺人鬼め」
「……」
シリウスの言葉に、ルーファは真っすぐに彼を見つめていた。
闇に溶けて、真っ黒な雨が勢いを増して降り続けていた。
※※※※※
少女は目を覚ました。身体を起こしてベッドから出る。窓の向こうは土砂降りの雨で、真っ暗闇が広がっていた。
その窓を気にせず開けると、雨が部屋の中に入ってきた。
「うー……」
ふと、可愛らしい呻き声が隣から聞こえた。視線を向けると、白髪の少女が毛布にくるまりながら、横を向いて寝ていた。直接聞こえてきた雨の音が煩くて眠りを妨げられているのだろう。
だが、少女は気にすることなく窓の縁に足をかけた。ピンク色のパジャマが濡れ始めるが一切気にすることなく、そのまま飛び出す。
「ウヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……」
その口から洩れる、獣のような声と共に。
桃色の髪を真っ赤に燃え上がらせて、少女は。
少女だったそれは、闇へと駆け出していった。
四代名家の息女、ミュー・リリットの死は瞬く間に王都ディスペラード全域に広がっていき。
同時に瞬く間に影響を与え始めていた。
セインツ魔法学園は休校。学園内の生徒が、特に四代名家だったミューの死が生徒たちにもたらす動揺は計り知れず、かと言って生徒たちの耳に入らないように情報を遮断できるわけでもない。それ程驚愕な事態なのだ。
ミューの死因は不明。外傷は一切なく、第一発見者であるカイですら、ただ寝ているようにしか見えなかった。
まるで精巧に作られた人形のように、ミューは静かにその体から魂を失っていた。
これまでと同じ不審死。だが、セインツ魔法学園の生徒から被害者が出たのは初めてだった。
セインツ魔法学園の休校が決定するよりも前に、ルーファ・アルデンティファー、カルラ・レスロット、シリウス・セヴァンの三人は実家からの要請で学園内から姿を消していた。
同じ立場だった人間の死。それが表すものが何か。
犯人の特定は未だできていないが、もしかすると四代名家の失脚が狙いなのではないか。これまでの被害者は本命へ向かうまでの助走に過ぎず、ここから四代名家全てに殺意が向けられるのではないか。
休校になった寮のエントランスでは、生徒達がそんな憶測を語り合っていた。関係のない生徒達ですら、その思考に行き着くのだ。四代名家そのものは、今間違いなく警戒を強めているだろう。実子を失わないために、学園から回収したに違いない。
第一発見者であったカイはというと、事情聴取に時間を取られ、学園に戻ってきたのは夕方ごろであった。
そもそも何故王都から離れたその位置にいたのかと、疑いの目を向けられたが、そこはファイ達グループメンバーの証言で事なきを得た。聞くと、ミューの元まで導いたグリフォンは随分と彼女に懐いていたらしい。彼女の死を敏感に察知したために、あそこまで外へ出たがっていたようだ。
学園へ戻って、カイがまず向かったのはイデアのところであった。男子禁制の女子寮へ構わず進んでいき、その部屋をノックする。部屋番号は前に聞いていた。
部屋が開くと、シャーロットが制服姿で現れた。イデアの姿はない。
「お兄さん……」
シャーロットはカイを見つけると、黙って頷いて中へと促した。
中へ進んでいくと、イデアの姿を見つけた。イデアは、ベッドで毛布にくるまって寝ているようだった。だが、その瞳は泣き腫れていて、泣き跡もまだ残っている。
「泣き疲れたみたいで、先程ちょうど寝ました」
「そうか……」
「やっぱりショックだったみたいです。ミュー様が誰かに興味を示すなんて初めてで、それを聞いてフィグルちゃんも嬉しそうで。これから仲良くなるんだって、楽しそうにしていましたから」
その未来を奪われた。奪われてしまった。
この学園に来て、イデアは王女という立場では作りにくかった友達が出来始めていた。シャーロットもその一人、そして、ミューもそうなるはずだった。関わりはまだ多いわけではなかった。けれど、そんな未来を期待していたからこそ、イデアの心は涙が止まらないのだ。
「お兄さんが第一発見者だって聞きました。本当にミュー様は……」
「……シャーロット、フィグルのこと頼んだ」
「お兄さん?」
踵を返し、カイが部屋を出ていく。カイの様子にその背を追って部屋の前まで出たシャーロット。その背から感じるのは、なによりも怒りであった。
「もうこんなこと、終わらせなきゃいけないんだ。いけなかったんだ、俺が……!」
ミューが死んだと推定されている昨夜。カイは確かに王都を巡回していた。していたのに、気づけなかった。昨日の巡回では王都の中を重点的に巡回していたからである。どうやら、遺体が発見された場所の奥にある森に、戦闘痕があったという。ミューは昨夜、そこで誰かと戦っていたのだ。
だが、カイは気づけなかった。魔力も感じられず、違和感だけが身体に残っているだけだった。何かがいる気がするのに、視覚的に捉えられない違和感。その違和感に気づけているのは今のところカイだけだと、ダリルは言っていた。
俺だけが、どうにか出来たんだ。俺が、どうにかしなきゃいけなかったんだ。
カイの怒りは、自分へと向けられていた。
そして夜、カイはいつもより少し早い時間に高層ビルの屋上にいた。黒雲は相変わらずで人々の数は数えられるくらい少なかった。ミューの死が、起因しているのは間違いないだろう。
そして、それを分かっているからこそ、犯人は動き出すかもしれない。
今夜、ここで決着をつけるんだ。
雨を気にすることなく、黒いフードを被って、眼下に広がる闇の中へ飛び込もうとした時だった。
「《聞こえるか、カイ・レイデンフォート》」
「っ!?」
咄嗟に周囲を警戒するが、そこに人の気配はない。なのに、確かに女の声が聞こえてきた。
なにより。
カイ・レイデンフォートと呼んできた。身分を偽っているのに、だ。
「《ようやく生界と繋がれたようだ。やはりあの方法で魂が献上されていくことで、生界に冥力が満ちてきているらしい。お陰で会話できるまで力を取り戻してきたわけだが、このままでは扉が開きかねない》」
声は淡々としており、何やら訳の分からないことを言っている。
「誰だ!」
改めて周囲へと集中するものの、やはり何も見当たらない。
だが、身体は理解していた。ある一点からなぜか目が離せない。
そこに、何かがいる。
これまで感じてきた違和感と同じだ。同じものが目の前にある。
「《目を凝らせ、カイ・レイデンフォート。今私を知覚できるのはお前しかいない。その身でべグリフの振るった冥力を直に感じたお前ならばできるはずだ》」
何だ、何を言っている。
だが、その言葉が感覚を研ぎ澄まさせる。
そうか、これまで感じていた違和感。視覚で捉えられないのに、身体で感じてきたこの感覚。あまりに力として薄いせいで気づかなかったが。
べグリフが使っていた《大剣ハドラ》から出ていた、死をまき散らしていたあの紅い瘴気によく似ている。
知覚すべきものの輪郭を捉えた時、そいつは目の前にいた。
ボロボロの黒いローブから出ているスラっと長い脚は、その先がなく。
何より、その体は半分透けており、背後の風景と混ざり合っていた。
サラサラと長い銀髪を揺らしながら、彼女は言う。
「《私の名はトーデル。元冥界の審判員であり、現冥界の審判員レゾンを打ち破らんとするものだ》」
その紅い瞳が妖しく光った。
※※※※※
四代名家と呼ばれ始めたのは、やはり第二次聖戦後の復興への尽力が大きいからだった。それまでは他の貴族と大差ない呼ばれ方でしかなかったが、第二次聖戦中に潰えた貴族も多く、大きな力を持つ貴族がアルデンティファー家、レスロット家、セヴァン家、そしてリリット家に限られた。
だからこそ、王家亡きディスペラードの王選へ進むのはこの四代名家のどこかだろうと言われている。
しかし、ミューの死は事実上リリット家の王選不参加を意味しているとルーファは思っている。一人娘を失ったリリット家の絶望は想像を絶するものだということを、彼女は知っているからである。
以前、アルデンティファー家とリリット家で交流したことがあったが、その時ミューは随分と父親に溺愛されている様子であった。母親は既に無く、だからこそミューへと愛は注がれているようだった。
そのミューがいない今、リリット家は父親一人しかおらず、王選参加も難しいと思われた。
ミューとは直接的に関わることが少なく、同じ四代名家の一人、という認識が強い。だから彼女の死を知った時、驚きはしたけれど、悲しくはならなかった。
しかし、彼女の死は想像以上にこちらの動きを制限する。今恐らく残りの三家は疑心暗鬼だ。
一体どこの家がミューを殺したのか、と。
ミューは言わずと知れた魔法の使い手であった。そんな彼女が死んでしまったのだ。かなりの手練れが彼女を殺したと推測できる。
そして、そんなミューを殺すなんていうリスクを冒してまでメリットを得ようとするのは、おそらく王選に出場しようとしていた三家のどこかだろう。
三家の内、どこかがミューを殺した。
となれば、ルーファの中でその答えは一つだった。
雨の勢いは止まず、差している淡い赤色の傘を押し返すかのようでルーファは両手で傘の柄を持った。
黒雲のせいで時間帯関係なく周囲は真っ暗で、ミューの死があるからだろう、人通りもほとんどない。そんな中をルーファは一人目的地へと向かっていた。
学園を離れる直前、彼に渡された手紙。
「《夜十一時、霊園に来い》」
好都合だと思った。ルーファとしても彼に会わなければと思っていたのだ。
それにしても霊園とは、何故そのような場所を選んできたのだろう。
そこには「彼」が眠っている。私にとって、大切な人が。
だからこそのつもりなのかしら。
霊園は王都の外れにあり、そこからは海が一望できる。そこには第二次聖戦の死亡者含め多くの人が眠っており、また王家の魂もそこに安置されていた。
霊園へたどり着くと、ルーファと同じように制服姿の彼が、黒い傘を差して王家の墓石の前に佇んでいた。
「来たか、ルーファ」
「わざわざこのタイミングで呼ぶなんて、何の用かしらね……シリウス」
振り返ったシリウスが、闇に紛れて怪しく笑う。
「さぁて、用があるのはお前なんじゃないのか。……この殺人鬼め」
「……」
シリウスの言葉に、ルーファは真っすぐに彼を見つめていた。
闇に溶けて、真っ黒な雨が勢いを増して降り続けていた。
※※※※※
少女は目を覚ました。身体を起こしてベッドから出る。窓の向こうは土砂降りの雨で、真っ暗闇が広がっていた。
その窓を気にせず開けると、雨が部屋の中に入ってきた。
「うー……」
ふと、可愛らしい呻き声が隣から聞こえた。視線を向けると、白髪の少女が毛布にくるまりながら、横を向いて寝ていた。直接聞こえてきた雨の音が煩くて眠りを妨げられているのだろう。
だが、少女は気にすることなく窓の縁に足をかけた。ピンク色のパジャマが濡れ始めるが一切気にすることなく、そのまま飛び出す。
「ウヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……」
その口から洩れる、獣のような声と共に。
桃色の髪を真っ赤に燃え上がらせて、少女は。
少女だったそれは、闇へと駆け出していった。
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