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5『冥々たる紅の運命』

5 第二章第十六話「不審死の謎」

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 飛び出したカイの為に、生徒たちが道を開ける。対するカルラはその場に立ち止まってカイの動向を窺っていた。

 まだ対峙して一分も経っていない。だが、その間にカイは吹き飛ばされ、カルラは初期位置から一歩も動いていないのだった。

 こちらが攻撃を弾けば弾くほど、猛威を振るうカルラの長槍。あの連撃はさながら川の激流のようで、抗っても抗っても先に進めそうにない。

 生徒の間を通りながら、カイは思考する。

 必ず、隙はある。いや、隙は作るものだ。不意を突くことで選択肢を増やし、脳の許容を超えさせれば、必ず相手の動きにラグが発生する。ダリルがそう教えてくれたじゃないか。

 不意打ち、突飛な動き。なんだ、得意分野だ。

「終わりだと思ってないよな、カルラ!」

「こんなに高揚するのは久しぶりだよ、むしろ終わらせないでよね!」

 再び間合いへと入ったカイへと、カルラが高速で槍を突き出す。木刀を使わずにそれをギリギリで横に躱すと、今度は叩きつけるような横薙ぎ。どうにか受け止めると、カルラは受け止められた反動で長槍を返し、逆の柄で逆方向から薙いできた。

 それもどうにかもう一刀で受け止めるが、すると槍が縦回転して木の刃が上から叩きつけられた。

「――っ」

 木刀を構えて防ぐも、勢いに負けて後ろへと下げられる。やはり、カルラの間合いに入ってしまうと終始彼女のペースだった。

「どうする? このままじゃジリ貧でしょ」

「そうだな……でも、段々読めてきたぜ」

 まるで再放送を見るかのように、カイが先ほど同様に前へと飛び出していく。当然待っているカルラの槍。

 だが、今度は同じようには行かなかった。カルラからの猛襲をこれまでよりも多く防ぐことができている。

 激流だろうと何だろうと、流れを理解すればいい。どこも全く同じ流れではなく、必ず流れの弱い場所がある。

「っ、へえ、やるじゃないか!」

 徐々に前進してくるカイへと、カルラが口角を上げる。

 カルラの槍さばきには一定の規則性ないし選択肢がある。彼女の槍術が教えに真っすぐ従順で極められているからこその、隙。

 槍を弾けば、無理やり流れに逆らって戻すか、或いは弾かれた力を利用して逆の柄を出してくる。だが、これは弾く力の方が強かった場合、後者であることがほとんどだ。

 そして、弾かずに受け止めた場合も、逆にカルラ側から弾いて逆の柄を出してくる。

 要は、カルラの槍さばきは、攻撃してきている槍部分とは逆側を見ることで、次の動きがある程度予測することができる、ということだ。先程のように足を掬われることも、それさえ分かっていれば大丈夫なはずだ。

 もちろん、分かっていてもカルラの槍さばきはあまりに速すぎる。

 だが、木刀を二刀持ち、そして反射神経を極限までに鍛えられたカイの身体は、その全てに反応し始めていた。

 カルラが槍を突き出しては、カイが弾く。そして繰り出される返し手も弾きながら、カイは少しずつカルラへと近づいていった。

 二人の目にも止まらない速さの激戦に、周囲は立ち尽くしてばかりだ。

「ヴァリウス、あなたはカルラにまで勝とうというの……?」

 段々とカルラの槍に対応し始めたカイの姿を、ルーファは驚きを隠せずに見つめていた。

「いいよ、いいよ、ヴァリウス! 最高だな、君は! 愛してるぞ!」

「生憎、その愛は受けられないなっ」

 槍の横薙ぎを受け止めた瞬間、カイはカルラの槍の柄を二刀で挟み、木刀を勢いよく地面に突き刺した。

「っ」

 横回転させようとしていたカルラの槍が、木刀二刀に阻まれて止まる。

 ならば引けばいいだけだと、槍を引こうとしたカルラは目を見開いた。

 槍を踏みつけながら、カイが木刀を二本とも抜いて一気に飛び出してきていたのである。カイの重みが重なり、いつものように槍を動かせない。

 槍の上を走るカイがカルラへと迫る。

「っ、まだ、まだぁ!」

 だが、カルラは槍を無理やり上へと振るった。

「うわっ」

 人一人分(義手義足有り)を乗せてなお、カルラの膂力は止まらない。軋みを上げる木製の長槍。だが、折れることなくカイを持ち上げてみせ、カイは勢いよく上へと放り投げられた。

 太陽が燦燦と輝く宙へとカイが舞い、カルラと影が重なる。

 カイはカルラの少し後方に着地したが、そこはまだカルラの間合いであった。着地の瞬間を狙い、カルラが長槍を突き出す。

「そう、来るよなっ」

 事前に予測していたからこそ、カイは直地の瞬間に木刀一本でどうにか受け流し、前へと飛び出した。

 受け流されたとしても、膂力で一気に引き戻し再び突くだけ。

 だが、引き戻した直後、カルラのその手が止まる。

「何だ……?」

 カルラを襲う圧倒的な違和感。これまでと同じ景色が目の前に広がっているはずなのに、何かが違う。

 一体何が――。

 そして、カイを見て気づいた。





 木刀が一本ない。





 先程まで二刀だったはずの木刀が一本消えている。カイは木刀一本でこちらへ向かってきていた。

 もう一本はどこに……!?

 カルラのその思考と、周囲にいた生徒の声はほぼ同時だった。

「カルラ様、危ない!」

「っ」

 影に気づいてカルラが上を向いたとき、木刀は既に寸前まで落ちてきていた。

 宙に飛ばされた時に、カイが木刀をわざとカルラの頭上で落としていたのだ。

 カルラの動きが鈍った瞬間をカイは逃がさない。これまで以上に飛び出してきていた

 頭上の木刀を処理しようとする間に、カイは距離を一気に詰めてくるだろう。一手分別に割くだけで、カイという相手には致命的であることはカルラも分かっていた。

「ならば……!」

 カルラは槍を逆縦回転させた。槍は頭上まで落ちてきていた木刀を背後へ吹き飛ばし、もう逆の柄が下から突き上げるようにカイへと向かう。

 どちらかではない、どちらとも狙うカルラの選択。

 そう来ると思っていたぜ……!

 カイはそれを確かに避け、カルラの目の前までたどり着いた。

 カルラが目を見開く。

 選択したようで、それは誘導された一本道に他ならなかった。どちらも処理するためにそこに留まるであろうことは、カイも分かっていた。

 これまでの学園最強という肩書きが、純粋な勝ちへのプライドがその場を離れるという選択肢をカルラから奪っていると。そうでなければあの時、遠くへ吹き飛ばされたカイを追撃すれば良かったのだから。

「どうだぁ!」

 すんでのところで横に躱して、カイは残りの一刀をカルラへと振るう。だが、カルラもギリギリのタイミングで、回転させていた槍を止め、その先を懐へと潜り込んだカイへと突き刺すように振り下ろした。

 どちらかの得物が先に相手を捉えようとした時。



「何をしているんだ」



 いつの間に来ていたのか、ダリルが両者の得物を両の手で受け止めていた。

「げ、ダリル!?」

「おい、先生を呼び捨てとはいい度胸だなっ」

「うわああああああ」

 カイはそのまま木刀ごと遠くへとぶん投げられ、少し後にドサッと落下音が聞こえてきたのだった。

「ダリル先生……」

 ダリルの登場で、カイとの戦いは終わりだと分かり、カルラが槍を下げる。

 ダリルは困ったように息を吐いていた。

「あのなぁ、全然次のグループが来ないと思っていたら、何をやっているんだ。テストやる時間だって限られているんだよ」

「すみません……」

 素直にカルラが謝る。どこか少し放心したような表情。

 それもそのはず。カルラは理解していた。

 あのまま続いていたら、先に刃が届いていたのはカイだということを。

 ……悔しい。

 学園至上の最強の武術、その肩書きが今打ち破られようとしていた。

 もちろん分かっている。槍術と剣術という武術カテゴリにおいては、上回ることができただろう。だが、戦いの組み立てで負けた。こちらの動きを予測されていた。

 同じ歳のはずなのに、経験値の差で負けたような気がしたのだった。

「ほら、周りも散った散った。すぐにテストを再開するぞ」

 呆れた様子のダリルだったが、ルーファの言葉で形勢が変わる。

「……と言いつつも、途中からダリル先生も二人の戦い見てましたよね」

 ダリルが生徒たちの後ろにいることに、ルーファは気づいていたのである。

「えっ、いや、まぁ、……(折角カイの成長ぶりが見られると思ってだな)」

「すみません、声が小さくて聞こえませんが」

「あー、まぁあのレベルの戦いは滅多に見られないだろうからな、今後の為の経験ということで仕方なく止めずにいた。そう、そういうことだ」

 自分の言葉に自分で頷くダリルに、今度はルーファが呆れる番であった。

「経験……」

 カルラがぎゅっと長槍を握りしめる。

「……ダリル先生、私に足りないものは経験、なのでしょうか」

「経験……というよりは、その槍に何を乗せているか、だろうな」

「何を……」

「何のためにその得物を振るっているのか。何を成すための力なのか。何をその得物に込めているのか。今のお前に必要なのはそう思える何かに出会うことだ。そういう意味では経験でもあるか。でもまぁ、アイツとの戦いでただ力が強いだけじゃ駄目だと分かっただろ。アイツも、アイツなりに何かを乗せてこれまで戦ってきた。だから強いんじゃないか? ……ま、良い経験ができたな。こうやって人との出会いもまた経験値だよ」

 ポンポンとカルラの頭を撫でて、ダリルは再びテストへと戻っていった。

 その背を見ながら、カルラはある意味納得していた。

 カイの手足が半分義手義足であることには気づいている。要はそうならざるを得ない経験を彼がしてきている、ということだ。

 その経験が、カイの木刀に何かを乗せているのだろう。だから、強い。

 戦闘経験値だけではない。きっといろいろな経験がまだ自分には足りないのだ。

「……私もまだまだだな」

 頭から落ちて目を回しているカイを見て、苦笑しながらカルラが呟いていると、ルーファが横に来た。

「お疲れさま。どうだったかしら」

「君がゾッコンの理由がよく分かったよ」

「誤解を生む言い方はやめてほしいけれど……でも、そうね。ちょっと彼について少し考えなきゃいけないかもしれないわ」

「というと?」

 同じようにカイを見つめるルーファ。でも、その表情は真面目で、むしろどこか怪訝そうでもあった。

「卒業まで残り一年というタイミングにやってきた転校生が、カルラと同じくらい強い。それってどのくらいの確率だと思う?」

「……何か彼にここに来た思惑があると?」

「さぁ。分からないけれど、分からないからこそ少し慎重に事を運ぶ必要がありそう。彼の力があるだけでかなりのメリットではあるけれど……」

「何か手伝いが必要だったら言うんだよ。できる範囲で手伝うから。分かっていると思うが、私は王族になることに興味はないからね」

「うん、分かってる。ありがとう」

 会話しながら、二人そろってカイを見つめる。

 この時期に来たイレギュラーな存在。そのせいなのか、今後起こるさまざまな出来事を彼女たちはまだ知らない。





※※※※※





「はぁ!? 何でそんな点数低いんだよ!」

 武術の授業終わり、昼食を食べに行く皆と離れ、カイは訓練場の隅でダリルに詰め寄っていた。先程の武術のテスト結果が、予想をはるかに超えて低かったのである。

 ダリルが掴みかからん勢いのカイの頭を手で押さえながら言葉を返す。

「あのなぁ、あのテストは武術の腕前もそうだが、グループでのチームワークも見ているんだよ。それがどうだ、お前のワンマンプレイだろうが」

「ぐっ、それは……」

 その言葉にはカイも口を閉ざす。久しぶりにダリルと戦えて楽しくなってしまったのである。先程のカルラとの戦いを見ていたグループメンバーは最初からカイに頼ろうとしており、ルーファもカイとダリルの攻防を見守っているだけだった。

「まぁ安心しろ。元々ザド・リダルトの代わりでお前が入った急造チームだ。その点を考慮しつつ、これまでとこれからの様子で全員評価をつけるさ。……ま、ザドが入っていたとしても恐らく同じ結果になってただろうが」

 ザドという名前にカイが反応する。

「そのザドって奴。どんな奴なんだ?」

「どんな奴って、そうだなぁ。遅刻常習犯で団体行動ができない一匹狼、と言っておこうか。剣術や魔法の才はあるんだが、如何せん周囲に対しての配慮というか遠慮というか、まぁそんな奴だ」

 ダリルの話を聞く限りだと、ザドはどうやら問題児らしい。同じ結果になってたというのも、チームでの動きができないからか。

 だが、初対面のカイへご親切にこの学園の内情を教えてくれたのも事実だ。

 もう一回、会って話したいな……。

「んで、わざわざ離れに引っ張ってきたんだ。何か周りに聞かせられない話があるんだろ」

「あー、そうそう。……《冥界》絡みの話なんだけど」

 カイがこのセインツ魔法学園に転入したのは、半分が見識を広げるため。そしてもう一つが、《冥界》関係の事件を追うためであった。

 その事件とは、謎の不審死が相次いでいるというものである。そして、その不審死の中に《冥界よ、我が魂をあの子のもとへ》という冥界絡みを示唆するようなダイイングメッセージがあったのだ。

「転校してからというもの、深夜にちょっと都市を巡視しているんだが、どうも違和感があるんだ」

 転校してからほぼ毎日、辺りが寝静まってからカイは転移で王都ディスペラードのあちこちを回っていた。一人部屋ということもあり、誰にもまだ気づかれていない。巡回中も黒いマントにフードを被っているから見つかってもいない、と思う。

「……だから授業中の居眠りが多いのか。他の先生達から聞いてるぞ」

「そ、それは……その話は後にしてもらって、ただ違和感の正体が掴めないんだよな」

 ふむ、とダリルが顎に手を当てて思案する。

「どんな違和感なんだ」

「何というかこう、目に映っているものと、身体が感じているものにズレがあるというか。そこに何かが存在しているように身体は感じるのに、目を凝らしても見えないんだよ」

 パトロールのつもりで市街を回っていると、時折変な感覚に襲われることがあるのである。その感覚のする方へ視線を向けると、確かに何かがいるような気がするのだが、目には映らない。そして、気づけばその違和感が消えてしまうのだ。

「……ゼノ様には何と説明されてここに来た」

「んーと、半年くらい前から不審死が相次いでいて、遺体のある現場もバラバラ。規則性も今のところ無しで目撃者ゼロ。現場からも何も分からないって」

 カイの回答に、ダリルが頷く。

「まぁ大体そんなところだ。まず不審死だが……全て外傷がないんだ」

「傷なしって、じゃあ毒とか?」

「でもないらしい」

「心臓発作は?」

「そんな何人も急に数日で心臓発作になるか? この王都の人間でだぞ?」

「……どういうことだよ」

「それが分からないから困っているんだろう。いつの間にか遺体がそこにいて、その心臓は止まっているんだ」

 一体どういうことなのか。完全に原因不明な形で人が亡くなっているらしい。

「場所って王都の中だけ?」

「いや、ディスペラードの領土全体って感じだな。王都を出た森の中や小川にもこれまで遺体はあった」

 本当に手詰まりなのだろう。ダリルも難しい表情をしていた。

 仮に痕が残らないような魔法を誰かが作って、そのせいだとしても、その犯人はその魔法を作るだけの理由があるはずだ。理由があれば、ある程度その動きに規則性が見えてきてもいいはずだが、それすら見当たらない。

 まるで一つ一つの事件が別の犯人によるものみたいだ。



「……だが、お前のその違和感、もしかしたらこの事件を解く鍵かもしれないぞ」



「へ?」

「ゼノ様の説明には一つ語弊がある。現場から何も分からないのは、現場に何も残されていないからではない。……【確かに争っている形跡はあるのに遺体に傷がない】。だから、現場から何も分からないんだ」

 争っている形跡がある?

「はぁ? じゃあ、現場付近に斬撃痕とか、殴られた痕とかあるってことか」

 冗談半分で聞いてみたんだが、ダリルは頷いた。

「そうだ。それらがあるのにも関わらず、遺体に傷がないんだ」

「何だよそれ」

 余計に訳が分からなくなってしまって、カイは頭を抱えた。

「そして、だ。一つ酔っぱらいの世迷言だと思ってまともに取り合わなかった情報があるんだ」

「……何だよ、早く言ってくれよ」

 やけに溜めるなぁ、とカイが先を急かすと。





「その酔っぱらいは見えない何者かにぶつかったらしい」





 ダリルが確かにそう言った。

 見えない何者か。争った形跡。そして、外傷のない遺体。

 これらのキーワードが何を指しているか分からない。

 だが。

「……カイ、幽霊って信じるか?」

 間違いなく常識外れの事態であることは、間違いなかった。





※※※※※





「はぁ、はぁ……!」

 目の前で必死に逃げる男を追って、真っ暗闇の中、怪しく冷ややかに笑う道化の仮面を被った男は市街を駆け抜けていく。

「わ、わかった、降参だ! 死にたくない、死にたくないんだ!」

 逃げていた男が走りながら振り返る。男もまた、道化の仮面とは別の模様をした仮面を被っていた。

「死を覚悟したからここに立っているはずだ。違うか。……だからこそ、その手で人を殺めた、違うか!!」

「ひぃっ」

 道化の男の気迫に情けなく悲鳴を上げ、別の仮面を被った男は路地へと入っていった。

 すぐさま追いつこうと、道化の男が路地に入った時、仮面の男の目の前には何やら千鳥足の中年男性がこちらへ向かって歩いて来ていた。どうやら酒を随分と入れているようで、足取りもひどいものだ。

「ういぃぃ、ヒック……静かなぁ、夜ぅだぁねぇ」

 中年男性はそちらへと向かっていく仮面の男に一切気づくことはなく、仮面の男もまた避けるつもりもなかった。

「っ、おい! 避けろ!」

 聞こえないと分かっていても、道化の男は叫んだ。

「うあだっ」

 仮面の男に突き飛ばされるような形で中年男性が路地の壁に叩きつけられる。

「な、なんだ?! なんだ!?」

 酔って焦点の合わせにくい目で、中年男性が周囲を見渡すが。





 その目は、何も映さない。





「ちっ」

 突き飛ばされた男性を通り越して、一気に仮面の男へと飛び出す。

「《炎雷刀》」

 道化の男の手に、炎と雷で作られた刀が握られる。

「ち、ちくしょう!《ブリザードアイス!》」

 背後から迫る殺気に震えながら、仮面の男は氷柱を全力で道化の男へと放った。

「《――風絶!》」

 道化の男は一切動じることなく、炎雷刀に更に風を纏わせ。

 次の瞬間、振るった一撃は氷柱どころか遠くの仮面の男すらも真っ二つに両断し、路地の壁に鋭い斬撃痕を残していった。

「――――」

 どさっと仮面の男が崩れ落ちる。すると、真っ二つにされたはずの身体は傷一つなく。

 そして、着けていた仮面が綺麗に割れたかと思うと、霧散して消失していった。

 後に残るは、既に絶命している男のみ。

「……愛する者の為なら、俺はいくらでもこの手を汚す。そうまでしてでも成したいことがある。そうだろ」
 中年男性はもう怖くなったようで、この路地にはいなかった。居たらいたで、急にこの死体を見られて騒がれただろう。好都合だった。





 待っていろよ、必ず。必ずお前を救ってみせる……シャーロット。





 道化の男は絶命した男を袋小路まで移動させていったのだった。

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