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5『冥々たる紅の運命』

5 第二章第十一話「セインツ魔法学園」

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「おおー!」

 カイが感嘆の声を上げる。行き交う人々の足取りは軽く、最早そのどこにも第二次聖戦の名残はない。市街は活気で溢れていた。

 前見に来た時よりも、随分復興したんだな。

 王都ディスペラード。第二次聖戦の時、六魔将の一人がこの地に降り立ち侵攻を開始したが、ダリル・メリル・レン・コルン・ランの活躍により何とか切り抜けることの成功した。

 それからというもの復興作業が続いていたが、一年前に来たときも進んでいる様子ではあったものの、こんな現在になるほどの進み具合ではなかった気がする。まぁ、それなりに各々が立ち上がれたってことか。

 数々の高層ビルを見上げながらそんなことを考えていると、横から声をかけられた。

「カイ、えと、は、早く行かないと時間に間に合わないよ」

「あ、ごめんイデア」

 横を見ると、いつもと服装の違う、いや制服という最強の服を手に入れた愛しい彼女がいた。少しだけ暗い青色のブレザーの中に白いシャツと紅色のネクタイ、そしてグレーチェックなスカートはネイビー色のラインがアクセントに。更に、そのスカートの下に覗く魅惑的なイデアの両脚は黒色のハイソックスに包まれ、茶色いローファーを履いていた。

 誰からどう見てもイデアは美しい。美しすぎて心配になるくらいだ。これから行く場所の有象無象のことを考えると、もっと長いスカートはないのかと思ってしまうが、膝より一、二センチほど上が標準なんだとか。なんてけしからん制服なんだ、これが男子の欲望か!

 自分への視線にイデアは当然気づいていたが、彼女もまたカイの制服姿に視線を向けていた。男女の制服の色合いはほぼ同じで、男子はズボンでかつ靴が黒色なだけだ。けれど、自分が着ている制服と本当に同じなのかと思わずにはいられないほど、カイはよく似合っていた。

 第二次聖戦からの一年半で、カイは背が伸び、顔つきも大人びてきて非常にカッコよくなったとイデアは思っている。前以上に、だ。そして、それはイデアだけでなく侍女の間だったりミーアも悔しそうに言っていたこともあり、周囲からもそういう認識になってきている、そういうことであった。

 お互いがお互いの服装に注視する中、やがて二人の視線が交わる。イデアが一瞬照れた様子で顔を背けるが、すぐに目だけをカイへと向ける。

 カイとイデアは、両者ともに髪を金色に染めていた。

 カイとイデアがレイデンフォート王国から来たと分かると、色々厄介な事態になるからである。幸いミーアが髪を染めなくても光の屈折加減で色を周囲に誤認させる魔法を作ってくれたから、実際のところは髪色そのままなのだが。

 だから、「カイ・レイデンフォート」と「イデア・フィールス」という名前も封印しなければならなかった。けれど、名前を変えると言われた時、カイもイデアも同時に頭に浮かんだ名前があった。まるでそれが当たり前のように、カイとイデアのもう一つの名前のように。

「というか、もうイデアって呼べないな……行こうか、フィグル」

「……うん、ヴァリウス」

 違和感を感じるどころか、まるでしっくりくるこの名前を噛みしめながら。

 二人は目的地へと歩き出した。

 



※※※※※





「おおー!」

 またもやカイは感嘆の声を上げていた。

 目の前に広がるのは王都ディスペラードにあるセインツ魔法学園。この王都自体国土が非常に広いため、人口も察するところがあるが、それでもこの魔法学園の敷地はかなり広い。敷地一帯が柵で囲まれており、中のあちこちに高低様々な建物がある。学び舎や運動場、寮などはあるんだろうが、それ以外にもたくさんあるようだった。自然の緑も散見されるし、中でもおそらく学び舎に当たりそうな建物はまるでどこかの国の城のようだ。

 ここから俺とイデアの学園生活が始まるんだな……。

 カイが期待に胸を膨らませている間に、イデアは辺りを見渡していた。

「確かこの時間に来たら、案内役の方がいるはずなんだ、け……ど?」

 イデアの視線が一点で止まり、言葉も不思議な終わりをしたものだから、カイも「どうした?」とイデアの視線を追いかけ、そして止まった。

 目の前に広がる正門。その先の整えられた歩道を歩いてくる人物に、二人は驚かざるを得なかった。スーツに身を包み、眼鏡をかけているが、見間違えるはずがない。

 かの人物は二人の驚きなど知らない様子で軽く手を挙げた。

「待っていたぞ、カイ。そしてイデア様」

「「ダリル!?」」

「む、その反応、さては聞いてないのか」

 そう言いながら、正門の扉を開けて二人を中まで入れてくれる。

「聞くも何も、というか確かにここ数か月ダリルを見ないなと思ったんだよ! どこ行ったんだと親父に聞いてもはぐらかされるし!」

「ゼノ様も無駄に溜める癖があるからな。実は以前からここで教鞭をとっているんだ」

 経緯を聞くと、どうやらこういう事情らしい。

 三か月ほど前にゼノに呼ばれたダリルは、以前カイが説明された内容に似たものを聞かされた。とはいえ、ダイイングメッセージの件は最近の情報であるためその時はなく、不審死が相次いでいるということだけだ。しかし、その不審死が始まりだしたのが、レゾンという冥界と繋がる人物が行方をくらましてからという点を考慮し、無駄足の可能性もあるがカイやイデアを向かわせる前にダリルを先に向かわせたのである。幸いダリルは第二次聖戦でこの国を救ったことで英雄視されており、身分などを偽ることもなく、王都の復興の意味も込めてこの魔法学園に着任したとのことだった。

「ということは、メリル姉様もこちらに?」

「ええ、私の着任と同時にこちらで諸々の手伝いをしてもらっています」

「なーダリル、つまりは生徒から先生って呼ばれてるのか」

「ん、そりゃ当然。だからカイも俺のことは先生と呼ばざるを得ず、敬語で話さなくちゃいけないわけだ」

「な、なにー!? ……てことは、逆を言うとダリルはイデアも生徒になるわけだから敬語を使えないわけだ」

「な!? た、確かに……!」

「私は全然気にしませんよ? ダリル先生」

「イデア、順応速いな……」

「いや、流石に王族の方にそういう対応は……いっそ全員に敬語で話すか、いやでも今までも接し方があるから違和感が……」

「あれれー、もしかしてダリル先生は特定の生徒を贔屓する先生ですかぁ?」

「安心しろ、おまえの評価については誰よりも厳しいから」

「何でだよ!?」

 久しぶりの再会に話が弾んでいる間に、学び舎から離れた位置にある寮の目の前まで来ていた。やはり多くの生徒がいるのだろう。寮だけでもかなりの大きさだ。一体何階建てなんだか。

「荷物は既に運んであります。部屋に着いたら確認するようお願いします」

 とりあえず今は普段と同じ接し方に決めたらしい。どうやら今は授業中のようで寮内に生徒はいないから問題がないのだろう。

「俺とイデアの部屋、一緒じゃないんだろ?」

「ああ、当然だ。そもそもこの寮は左右で男女分かれているからな」



「でも今回、俺とイデアは「兄妹」設定なんだろ!?」



 そう、髪色が金髪と同じなのも兄妹という設定を遵守した結果だった。転入のタイミングが同じであること、そして既知の間柄という状況を作るためには「兄妹」設定が無難だったようだ。

 ヴァリウス・イルミルテンとフィグル・イルミルテン。それがここでの名前だった。

「兄妹なら別に同じ部屋でいいじゃん!」

「ふん、例外はない。いや、今後のことも考えて同じ方がいいかとも確かに考えた。そもそも二人は先の第二次聖戦で他の家族を失った設定だ。偶然俺と知り合いで、俺が援助金を出したことで転入できているイルミルテン兄妹。二人で乗り越えてきた試練は数多く、お互いがお互いを大切に想い合っている、という体にすれば、事情も考慮して同じ部屋にしてもらえたかもしれない」

「じゃあそれで――」

「だが、やはりお前が信用ならんということで、却下した。俺が」

「お前かよおおおおおお!」

 カイが掴みかかりにいくが、気にした様子もなくダリルがイデアへと声をかける。

「イデア様、申し訳ありません。カイの方は偶然にも一人部屋に出来たんですが、イデア様の方は二人部屋となっていまして……」

「要は他の方と相部屋ということですね。構いません。むしろ色々教えていただけるかもしれませんし、私も知見を広げたいと思います」

 それに、万が一にもカイと一緒の部屋だったらドキドキして眠れない……。

 そんな彼女の心に気づくことなく、カイは大人な対応のイデアに何も言えなかったのだった。

 中に入ると、エントランスホールはなかなかどうして豪華だった。シャンデリアがあり、温かな明かりが全体に降り注いでいる。また談話スペースもあるし、どうやら浴場施設への通路もあるようだ。いや、凄いな。

 そして、受付のような係もいるらしい。

 そこまで見て、流石のカイも気づいた。受付がいる手前、小声でダリルに耳打ちする。

「さてはこの学園、結構な貴族か王族もどきがいるんだな」

「ご明察。まぁ、生徒として過ごすうちにも分かってくるさ」

 ダリルが受付と話して手続きを済ませてくれたようで、二人分の鍵を受け取ってくれた。

「さて、進んで右が男子、左が女子だ。基本的に男女間の交流は不可。そもそもそれぞれのフロアに立ち入り禁止だ。話したいなら談話スペースですること」

「え、部屋行けないの!?」

「そ、そもそもルームメイトいるけど……」

「やはり兄という手前、挨拶には――」

「それではヴァリウス君、君は自力で自分の部屋を探したまえ。フィグル嬢、どうぞご案内いたします」

「……またあとでね」

「っておい、何さらっと男子禁制スペースに入ろうとしてんだ!」

「俺は教師だからな。それに先生へは敬語だ、ヴァリウス君?」

「ぐっ」

 ダリルへ叫んだせいで受付から怪訝な目で見られていた。ちくしょう、対応の差がひどすぎるだろ!

 ダリルに連れていかれるイデアが、一瞬恥ずかしそうにしながらもこちらへ振り返って手を振ってくる。それだけで幸せな気持ちにすぐ慣れるんだからイデアって最高の特効薬だ。

 まぁ、ダリルという目があるものの、イデアとの学園生活がこれから始まるのは間違いない。

「さてと、んで部屋は……」

 鍵には「523」と書いてあった。どうやら五階のようだ。エレベーターという機械もあるようだが、せっかくなので階段で五階を目指すことにした。ちらっと先ほど見た感じだと十階を超える建物となっているらしい。やはりかなりの規模だ。五階なのはある意味ラッキーだった。途中で誰か辞めたおかげで空室だったのか?

 階段を上がっていると、ふと降りてくる足音が聞こえてきた。あれ、皆今授業なんじゃ……。

 そう思っていると、やはり同じ制服に身を包んだ男子がポケットに手を突っ込みながら降りてきていた。ぼさっと無造作な赤髪、その間から覗く目には、不思議と何かの意志を感じる。

 どうやらこちらも見つかったようで、不思議そうにこちらを見つめてくる。

「……今は授業中だぞ」

「うん、そっちもな」

 初対面の人に突っ込んでしまった。が、気分を悪くした様子はない。

「俺はちょっと寝坊しただけだ」

 そう言いながら彼が欠伸をする。まだ眠り足りなそうだが。

 もうそろそろ昼間だけどな。今度は心の中で突っ込んでおく。

「俺は明日から転入することになるヴァリウス・イルミルテン。これからよろしくな」

 イルミルテンという部分だけは必死で練習した。万が一にも忘れないようにと。その成果が出て何よりだ。

「……道理で見ない顔だと思った。高等部か?」

「ん、ああ、確か高等部二年だ」

 この学園は十五、六歳が初等部、十七、八が中等部。そして十九、二十が高等部という風に分けられている。カイは今年で二十歳になるから高等部の二年、イデアは十八歳になるから中等部の二年であった。

「そうか、じゃあ同輩だな。同輩がてら忠告してやるよ」

「忠告?」

 あって早々忠告というのも、不穏なものだが。

 赤髪の男子は降りながら教えてくれる。

「今この学園の生徒間では権力闘争が起きている。まぁ社会の縮図って奴だ。巻き込まれたら面倒なことになるのは必至。関わりたくねえなら過ごし方考えろよ」

 そう言って隣を通り越し、そのまま下の階へと降りていく。

「……わざわざありがとな!」

「高等部二年のこの時期にどんな理由で転入してくるか知らねえが、せいぜい頑張れ」

 赤髪の男子は手をひらひら振って去っていった。

 言葉遣いは荒いが、意外と思いやりがある、のかもしれない。

 権力闘争、か。

 ダリルに聞いた通り、王都のお偉いどころが集まっているのだろう。

 さて、どうなることやら。

 ただ分かることは、やはりワクワクしているということだ。さっきの赤髪の男子といい、やはり新しい巡り会わせっていいな。

「……あ、名前聞くの忘れた」

 まぁ同輩とか言ってたし、すぐに会えるか。

 まだ見ぬ学園生活に想いを馳せながら、カイは自分の部屋探しを再開したのだった。
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