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4『理想のその先へ』
4 第四章第五十九話「VSベグリフ編⑥ 呪いを想いに」
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ベグリフの思考は一瞬止まっていた。
目の前に無防備に浮いているカイの左腕が突如として掻き消えた。左腕ではとどまらず、右足と右眼まで。ベグリフが《デス・イレイス》で消そうとしたのは、カイの左腕に凝縮されていた魔力だけだったのだが。
考えれば何という事もない。そもそもカイが《魔魂の儀式》によって悪魔族の力を宿していることは分かっていた。それが解けてしまっただけのこと。カイにとっては今この瞬間に右手首含めて手足を三つ失っていることになり、おまけに魔力を掻き消されている今転移は使えない。
むしろ余計に絶望的な状況になっているのだ。
それなのに、どうしてもカイの瞳に映る想いは決して砕けてはいなかった。
「フィグルーーーーー……!!」
全てを賭けて、願って叫ぶカイの言葉と共に、カイから霧散した悪魔族の力がイデアの元へと集まっていく。いつの間にかメアも時間停止を解除しており、薄紫色の魔力は何にも遮られることなくイデアを包み込んだ。
死を待つだけの存在である彼女。これ以上何か出来るとも思えない。何せこの《大剣ハドラ》で上半身と下半身を断たれたのだから。回復だって間に合わないだろう。
ベグリフの勝利は最早揺るがない。
だが何だ、この焦燥感は。
ベグリフの意識はすぐに再びカイへと向けられた。
一度は動きを止めたベグリフだったが、カイが未だに無防備で勝つ絶望的であることに変わりはない。《大剣ハドラ》をカイめがけて振るう。
その瞳の希望が俺を焦がす。その想いが、俺を震わせる。
「無駄だっ」
ならば、希望が紡がれる前に斬り捨てるだけだ。
死の大剣がカイの首を刎ねようとする。
よりも早く、獣が地を駆けていた。
ベグリフが一瞬動きを止め、そして焦燥感がカイへと視野を狭めた。その僅かな綻びを獣は決して見逃さなかった。
「無駄な、もんかっ」
「――っ!?」
ドライルは速度を落とすことなく、ベグリフの脇腹に拳をめり込ませた。速度が力となり、そしてベグリフへと移っていく。
突如として身体を襲った巨大な力に、ベグリフの身体はまるで弓から放たれた矢のように、視界から消える程遠くへ吹き飛んでいった。すぐに轟音が聞こえてくる。
「助かった、ドライル! てか、お前手足が……!」
カイが見た時、ドライルの四肢は切断されていたのに、今は元に戻っていた。
「それは後だ。それよりも、イデアは大丈夫なんだろうな!?」
宙に居たカイがどうにか着地しようとするが、片足ではすぐに倒れそうになる。そこをドライルが支えてあげていた。
「イデアは……」
イデアは大丈夫か。その言葉に対する答えをカイが有しているわけではない。
カイには何も出来なかった。無力だった。だから、全て託したんだ。
彼女の方を見るのがどうしても怖い。
もしを、万が一を嫌なほど考えてしまう。
「……カイ」
だがそれを、聞き慣れた声音が一蹴した。
「っ」
すぐに視線をそちらへ向ける。
いつの間にか薄紫の光は止み、そこにはメアに支えられたイデアが立っていた。純白のドレスは血だらけで、血を失い過ぎたせいか、ふらついているように見えるけれど。
でも確かに、上半身と下半身を繋いだイデアがそこに立っていた。
「っ、イデアぁ……!」
一気にカイの瞳に涙が込み上げてくる。全ての不安が安堵へと変わり、想いが溢れていく。
「おおっ!?」
ドライルごと転移し、すぐに彼女の元へ。そのまま勢いよくイデアへと抱きしめた。左腕はなく、右手首もないけれど、それでも必死に右腕を回して彼女を抱きしめた。
「イデア、イデアぁ……!! 良がった、本当に良がっだぁ……俺、イデアが死んだらどうしようって……」
泣きじゃくるカイをイデアは優しく抱き留めていた。
「うん、ごめんね、心配かけて」
「いや、俺こそ手放してごべん……! 俺がイデアを守れなかっだ……!」
「ううん、私の為に、無茶してくれてありがとう」
「って、そうだよ! ほら、感動してるのは分かるけど、カイもイデアちゃんも身体は限界なんだから、一回離れましょ!」
メアがどうにかカイを引き剥がしてドライルへとパスする。片足しかなくバランスの取れないカイの体重は、そのままイデアへと向けられていただろう。
名残惜しそうにしながらも、カイは右腕の袖で涙を拭う。イデアは平然と立っているけれど、先程まで真っ二つに斬られていたのだから、負担をかけないに越したことはない。
何よりあの《大剣ハドラ》に斬られているのだから、身体は衰弱しているはずだ。
改めてイデアの斬られていた箇所を見る。分かたれたせいでドレスも綺麗に真っ二つだったようで、今はスカート部分を腰辺りで縛って止めているらしい。お陰で可愛らしい臍が見えていたが、成る程何とも綺麗な治癒だろうか。一切の傷跡らしい傷跡が存在せず、すべすべした美肌がそこに存在していた。
「イデア、身体は痛くないか?」
「うん、大丈夫。メアさんのお陰で治癒の巡りが早かったから」
メアはちゃんと頼んだ通りに治癒魔法を加速してくれたようだ。
イデアがメアへと丁寧に頭を下げる。
「メアさん、助けてくれてありがとうございます。メアさんは命の恩人です」
「え、ううん、どういたしまして! というか、私じゃ治癒できなかったし……というか! どうしてイデアちゃんが魔法使えてるの!? それに私よりも高度な治癒だし!」
メアは不思議に思っていた。勿論イデアが魔法を使えていることについてもだが、それ以上に。
《大剣ハドラ》に斬られた症状が全く現れていないことに。
今まで傷つけられていたメア達三人だって、少し斬られただけで身体の不調を感じる程だった。それをイデアは真っ二つに斬られたのだから、それこそゼノみたいに目が覚めなくなったっておかしくないのに。
「……フィグルさんが力を貸してくれたんですよ」
そう呟くイデアは愛しそうで、でもどこか寂しそうでもあって。
カイは気付いた。
「もしかしてフィグルは……」
「……フィグルさんは、ちゃんと私の中にいるよ。ずっと、ずっとね」
「……そうか」
そもそも、てっきりフィグルの人格が前に出てくると思っていたが、そうではなかった。つまり、イデアがイデアとして魔法を使った。使えるようになったということ。
フィグルは想いを、力を全てイデアに託したのだ。
「だが、どうする。状況が良くなったわけではないぞ。こちらは変わらず満身創痍だ。いつやられてもおかしく――」
「ううん、勝てるよ」
誰よりも早く、イデアがそう言った。
ドライルもメアも、驚いたように彼女を見るけれど。
カイも、イデアと同じ気持ちだった。
何故だろうか。今のイデアを見ていると、大丈夫だと思えるんだ。
今なら、俺達の理想が……。
「随分、遠くまで飛ばしてくれたものだ、獣よ」
「っ!」
声の方へ振り向くと、闇から溢れるようにベグリフが出現していた。ドライルに攻撃された影響は相変わらず出ていない。
《魔》の紋章がある限り、ベグリフは再生し続ける。
「……そっちが随分痛めつけてくれたからだ」
「どうせ俺と変わらず再生するのだ。どれだけ痛めつけようと変わりあるまい」
そう言いながら、ベグリフはカイとイデアへと視線を向けた。二人もまた、真っすぐに視線をぶつけてくる。
その瞳に焦燥感が。
いや、苛立ちを覚えて仕方がない。
あれは、勝ちを確信している瞳だ。
これだけ傷つけられ、力の差を見せつけられ、それでもなお、どうしてそんな瞳で俺の前に立っていられる。
「……想いは力だとまだ信じているのか」
その眼が、想いが気に食わないんだ。色々なものが脳裏にちらつく。
ゼノの瞳も、フィグルの瞳も。
命を代償に、俺に力を与えようとしていた彼女の瞳も。
諦めようとしない者の瞳は大抵そうだ。
どうしてそんなにも、未来へ進もうとする力を持つ。
「当然だ。呪いだなんて宣うお前にそれを教えてやるために、俺は今ここに立っているんだ」
カイがドライルの支えを抜け、片足だけで前に出る。
「なっ、おい、カイ―――」
「ドライル、どうやら役割交代だって」
何をする気だと、すぐにドライルが横に出ようとするが、それをメアが制止する。
すると、イデアが二人の間を抜け、カイの隣に出た。カイの身体をドライルの代わりに支えてあげる。
その様子にドライルは両手を上げて肩をすくませ、メアも苦笑していた。
カイとイデアは二人で視線を躱し、頷いてベグリフを見つめた。
「俺一人の力で立ってるわけじゃないんだ。色々な人に支えられて、今の俺は立っているんだよ。片足だろうが何だろうが立てるんだよ。こうやって誰かに支えてもらえたら立てるんだ。四肢がもがれようと、心が折れて絶望しようと、誰かが支えてくれたら再び立ち上がれるようになるんだよ」
「私だってそう。フィグルさんがいたから今私はここにいる。誰だって、あなただって、気付いていないだけで誰かに支えられて、今そこに立っているのだから。その誰かの想いをあなたが呪いと言い続けるのなら、私達がその呪いを解く。私達がその呪いを想いに昇華させる!」
「さぁ構えろベグリフ! そろそろ決着をつけようぜ! 俺達の想いでお前がかけた呪いに終止符を打つ!」
カイとイデアは、同時に告げた。
「俺達は絶対に勝つ!」
「私達は絶対に勝つ!」
放たれた真っすぐな言葉が光を放ったのか。言葉が、想いが重なりカイとイデアを眩い光が包み込んでいく。最初青白かった光には、徐々に純白と漆黒が混じっていき、やがて天高く螺旋状に渦巻いていく。
これまでになかった反応。
なにより、これまでになかった力の波動。
「―――……!」
あのベグリフまでも、言葉を逸してそれを見ていた。
やがて、渦が掻き消されて青白い翼が見えてくる。以前の《ベルセイン・リング》時の翼だ。その大きな翼に包み込まれるように、カイはいた。
だが、これまでの《ベルセイン・リング》とは訳が違う。
青い光の紋章の施された白いコートの中に黒いインナーを着ているのは変わらないが、コートの左袖丈が二の腕辺りまでしかない。そしてその先には、まるで無い部分を補うように金の装飾が施された黒い籠手が見えていた。右手も右足も同様に黒い鎧装に包まれていた。
そして、カイはその黒籠手に剣を二刀握っていた。
片刃の長剣を二刀。片方は白を基調にしつつも、黒で縁をかたどっている。もう一方はその逆。黒を基調として白で縁どっていた。そしてどちらも広い剣腹に青い光が脈動している。
《白刀イルグ》、《黒刀デフィア》。二刀一対でセインであり、イデアだった。
カイとイデアの持つ魔力。それだけではない、託された想いや力、そして二人の想いを全て一つに重ね合わせ、全く新たな姿に二人を変えていた。
カイがゆっくりと顔を上げ、そしてベグリフを捉える。
失ったはずの左目には、何よりも鮮やかに青い瞳が輝いていた。
「イデア」
「《うん、終わらせよう》」
カイの言葉に、手元のセインが輝いて応える。
瞬間、ベグリフの眼の前にカイはいた。
「っ」
時間が止まっていたのかと思うほど、離れた位置にいたカイが意識の外に消え、気付けば目の前に現れていた。
左手に持つ白のセイン《白刀イルグ》が光を放ちながらベグリフへと殺到する。
ほぼ反射的に《大剣ハドラ》を構えたベグリフだが、驚くべきことに、カイの一撃は容易くそれを弾き返した。圧に押されるように風が四方へ吹き飛んでいく。
馬鹿な!? 奴は片手で振るっているのだぞ!?
驚きを露わにするベグリフの胴が空く。
「さっきまでと同じなんて思うなよ、ベグリフ」
次の瞬間、右手に持つ黒のセイン《黒刀デフィア》がベグリフの胴を深く斬り裂き、鮮血と共に闇が溢れていく。
そして、ベグリフは身体に違和感が襲っていた。
斬られた箇所が再生していないわけではない。現に傷は今にも回復しようとしている。
だというのに、何かが蝕まれているような。
この力の根幹を削られているような。
紋章そのものが、傷つけられているような。
「―――……っ!!」
すぐさま弾かれた大剣をもって攻撃に転じるベグリフ。その一撃をカイは両の刀で受け止めた。
鍔迫り合いながら、カイが言う。
「言っただろう、呪いを解くんだって。……この力で!」
言下、再び《大剣ハドラ》が弾かれる。
見開かれるベグリフの瞳に、カイのセインが映る。
「こっからは俺達のターンだ」
純白でいて漆黒の光がベグリフへと迫った。
目の前に無防備に浮いているカイの左腕が突如として掻き消えた。左腕ではとどまらず、右足と右眼まで。ベグリフが《デス・イレイス》で消そうとしたのは、カイの左腕に凝縮されていた魔力だけだったのだが。
考えれば何という事もない。そもそもカイが《魔魂の儀式》によって悪魔族の力を宿していることは分かっていた。それが解けてしまっただけのこと。カイにとっては今この瞬間に右手首含めて手足を三つ失っていることになり、おまけに魔力を掻き消されている今転移は使えない。
むしろ余計に絶望的な状況になっているのだ。
それなのに、どうしてもカイの瞳に映る想いは決して砕けてはいなかった。
「フィグルーーーーー……!!」
全てを賭けて、願って叫ぶカイの言葉と共に、カイから霧散した悪魔族の力がイデアの元へと集まっていく。いつの間にかメアも時間停止を解除しており、薄紫色の魔力は何にも遮られることなくイデアを包み込んだ。
死を待つだけの存在である彼女。これ以上何か出来るとも思えない。何せこの《大剣ハドラ》で上半身と下半身を断たれたのだから。回復だって間に合わないだろう。
ベグリフの勝利は最早揺るがない。
だが何だ、この焦燥感は。
ベグリフの意識はすぐに再びカイへと向けられた。
一度は動きを止めたベグリフだったが、カイが未だに無防備で勝つ絶望的であることに変わりはない。《大剣ハドラ》をカイめがけて振るう。
その瞳の希望が俺を焦がす。その想いが、俺を震わせる。
「無駄だっ」
ならば、希望が紡がれる前に斬り捨てるだけだ。
死の大剣がカイの首を刎ねようとする。
よりも早く、獣が地を駆けていた。
ベグリフが一瞬動きを止め、そして焦燥感がカイへと視野を狭めた。その僅かな綻びを獣は決して見逃さなかった。
「無駄な、もんかっ」
「――っ!?」
ドライルは速度を落とすことなく、ベグリフの脇腹に拳をめり込ませた。速度が力となり、そしてベグリフへと移っていく。
突如として身体を襲った巨大な力に、ベグリフの身体はまるで弓から放たれた矢のように、視界から消える程遠くへ吹き飛んでいった。すぐに轟音が聞こえてくる。
「助かった、ドライル! てか、お前手足が……!」
カイが見た時、ドライルの四肢は切断されていたのに、今は元に戻っていた。
「それは後だ。それよりも、イデアは大丈夫なんだろうな!?」
宙に居たカイがどうにか着地しようとするが、片足ではすぐに倒れそうになる。そこをドライルが支えてあげていた。
「イデアは……」
イデアは大丈夫か。その言葉に対する答えをカイが有しているわけではない。
カイには何も出来なかった。無力だった。だから、全て託したんだ。
彼女の方を見るのがどうしても怖い。
もしを、万が一を嫌なほど考えてしまう。
「……カイ」
だがそれを、聞き慣れた声音が一蹴した。
「っ」
すぐに視線をそちらへ向ける。
いつの間にか薄紫の光は止み、そこにはメアに支えられたイデアが立っていた。純白のドレスは血だらけで、血を失い過ぎたせいか、ふらついているように見えるけれど。
でも確かに、上半身と下半身を繋いだイデアがそこに立っていた。
「っ、イデアぁ……!」
一気にカイの瞳に涙が込み上げてくる。全ての不安が安堵へと変わり、想いが溢れていく。
「おおっ!?」
ドライルごと転移し、すぐに彼女の元へ。そのまま勢いよくイデアへと抱きしめた。左腕はなく、右手首もないけれど、それでも必死に右腕を回して彼女を抱きしめた。
「イデア、イデアぁ……!! 良がった、本当に良がっだぁ……俺、イデアが死んだらどうしようって……」
泣きじゃくるカイをイデアは優しく抱き留めていた。
「うん、ごめんね、心配かけて」
「いや、俺こそ手放してごべん……! 俺がイデアを守れなかっだ……!」
「ううん、私の為に、無茶してくれてありがとう」
「って、そうだよ! ほら、感動してるのは分かるけど、カイもイデアちゃんも身体は限界なんだから、一回離れましょ!」
メアがどうにかカイを引き剥がしてドライルへとパスする。片足しかなくバランスの取れないカイの体重は、そのままイデアへと向けられていただろう。
名残惜しそうにしながらも、カイは右腕の袖で涙を拭う。イデアは平然と立っているけれど、先程まで真っ二つに斬られていたのだから、負担をかけないに越したことはない。
何よりあの《大剣ハドラ》に斬られているのだから、身体は衰弱しているはずだ。
改めてイデアの斬られていた箇所を見る。分かたれたせいでドレスも綺麗に真っ二つだったようで、今はスカート部分を腰辺りで縛って止めているらしい。お陰で可愛らしい臍が見えていたが、成る程何とも綺麗な治癒だろうか。一切の傷跡らしい傷跡が存在せず、すべすべした美肌がそこに存在していた。
「イデア、身体は痛くないか?」
「うん、大丈夫。メアさんのお陰で治癒の巡りが早かったから」
メアはちゃんと頼んだ通りに治癒魔法を加速してくれたようだ。
イデアがメアへと丁寧に頭を下げる。
「メアさん、助けてくれてありがとうございます。メアさんは命の恩人です」
「え、ううん、どういたしまして! というか、私じゃ治癒できなかったし……というか! どうしてイデアちゃんが魔法使えてるの!? それに私よりも高度な治癒だし!」
メアは不思議に思っていた。勿論イデアが魔法を使えていることについてもだが、それ以上に。
《大剣ハドラ》に斬られた症状が全く現れていないことに。
今まで傷つけられていたメア達三人だって、少し斬られただけで身体の不調を感じる程だった。それをイデアは真っ二つに斬られたのだから、それこそゼノみたいに目が覚めなくなったっておかしくないのに。
「……フィグルさんが力を貸してくれたんですよ」
そう呟くイデアは愛しそうで、でもどこか寂しそうでもあって。
カイは気付いた。
「もしかしてフィグルは……」
「……フィグルさんは、ちゃんと私の中にいるよ。ずっと、ずっとね」
「……そうか」
そもそも、てっきりフィグルの人格が前に出てくると思っていたが、そうではなかった。つまり、イデアがイデアとして魔法を使った。使えるようになったということ。
フィグルは想いを、力を全てイデアに託したのだ。
「だが、どうする。状況が良くなったわけではないぞ。こちらは変わらず満身創痍だ。いつやられてもおかしく――」
「ううん、勝てるよ」
誰よりも早く、イデアがそう言った。
ドライルもメアも、驚いたように彼女を見るけれど。
カイも、イデアと同じ気持ちだった。
何故だろうか。今のイデアを見ていると、大丈夫だと思えるんだ。
今なら、俺達の理想が……。
「随分、遠くまで飛ばしてくれたものだ、獣よ」
「っ!」
声の方へ振り向くと、闇から溢れるようにベグリフが出現していた。ドライルに攻撃された影響は相変わらず出ていない。
《魔》の紋章がある限り、ベグリフは再生し続ける。
「……そっちが随分痛めつけてくれたからだ」
「どうせ俺と変わらず再生するのだ。どれだけ痛めつけようと変わりあるまい」
そう言いながら、ベグリフはカイとイデアへと視線を向けた。二人もまた、真っすぐに視線をぶつけてくる。
その瞳に焦燥感が。
いや、苛立ちを覚えて仕方がない。
あれは、勝ちを確信している瞳だ。
これだけ傷つけられ、力の差を見せつけられ、それでもなお、どうしてそんな瞳で俺の前に立っていられる。
「……想いは力だとまだ信じているのか」
その眼が、想いが気に食わないんだ。色々なものが脳裏にちらつく。
ゼノの瞳も、フィグルの瞳も。
命を代償に、俺に力を与えようとしていた彼女の瞳も。
諦めようとしない者の瞳は大抵そうだ。
どうしてそんなにも、未来へ進もうとする力を持つ。
「当然だ。呪いだなんて宣うお前にそれを教えてやるために、俺は今ここに立っているんだ」
カイがドライルの支えを抜け、片足だけで前に出る。
「なっ、おい、カイ―――」
「ドライル、どうやら役割交代だって」
何をする気だと、すぐにドライルが横に出ようとするが、それをメアが制止する。
すると、イデアが二人の間を抜け、カイの隣に出た。カイの身体をドライルの代わりに支えてあげる。
その様子にドライルは両手を上げて肩をすくませ、メアも苦笑していた。
カイとイデアは二人で視線を躱し、頷いてベグリフを見つめた。
「俺一人の力で立ってるわけじゃないんだ。色々な人に支えられて、今の俺は立っているんだよ。片足だろうが何だろうが立てるんだよ。こうやって誰かに支えてもらえたら立てるんだ。四肢がもがれようと、心が折れて絶望しようと、誰かが支えてくれたら再び立ち上がれるようになるんだよ」
「私だってそう。フィグルさんがいたから今私はここにいる。誰だって、あなただって、気付いていないだけで誰かに支えられて、今そこに立っているのだから。その誰かの想いをあなたが呪いと言い続けるのなら、私達がその呪いを解く。私達がその呪いを想いに昇華させる!」
「さぁ構えろベグリフ! そろそろ決着をつけようぜ! 俺達の想いでお前がかけた呪いに終止符を打つ!」
カイとイデアは、同時に告げた。
「俺達は絶対に勝つ!」
「私達は絶対に勝つ!」
放たれた真っすぐな言葉が光を放ったのか。言葉が、想いが重なりカイとイデアを眩い光が包み込んでいく。最初青白かった光には、徐々に純白と漆黒が混じっていき、やがて天高く螺旋状に渦巻いていく。
これまでになかった反応。
なにより、これまでになかった力の波動。
「―――……!」
あのベグリフまでも、言葉を逸してそれを見ていた。
やがて、渦が掻き消されて青白い翼が見えてくる。以前の《ベルセイン・リング》時の翼だ。その大きな翼に包み込まれるように、カイはいた。
だが、これまでの《ベルセイン・リング》とは訳が違う。
青い光の紋章の施された白いコートの中に黒いインナーを着ているのは変わらないが、コートの左袖丈が二の腕辺りまでしかない。そしてその先には、まるで無い部分を補うように金の装飾が施された黒い籠手が見えていた。右手も右足も同様に黒い鎧装に包まれていた。
そして、カイはその黒籠手に剣を二刀握っていた。
片刃の長剣を二刀。片方は白を基調にしつつも、黒で縁をかたどっている。もう一方はその逆。黒を基調として白で縁どっていた。そしてどちらも広い剣腹に青い光が脈動している。
《白刀イルグ》、《黒刀デフィア》。二刀一対でセインであり、イデアだった。
カイとイデアの持つ魔力。それだけではない、託された想いや力、そして二人の想いを全て一つに重ね合わせ、全く新たな姿に二人を変えていた。
カイがゆっくりと顔を上げ、そしてベグリフを捉える。
失ったはずの左目には、何よりも鮮やかに青い瞳が輝いていた。
「イデア」
「《うん、終わらせよう》」
カイの言葉に、手元のセインが輝いて応える。
瞬間、ベグリフの眼の前にカイはいた。
「っ」
時間が止まっていたのかと思うほど、離れた位置にいたカイが意識の外に消え、気付けば目の前に現れていた。
左手に持つ白のセイン《白刀イルグ》が光を放ちながらベグリフへと殺到する。
ほぼ反射的に《大剣ハドラ》を構えたベグリフだが、驚くべきことに、カイの一撃は容易くそれを弾き返した。圧に押されるように風が四方へ吹き飛んでいく。
馬鹿な!? 奴は片手で振るっているのだぞ!?
驚きを露わにするベグリフの胴が空く。
「さっきまでと同じなんて思うなよ、ベグリフ」
次の瞬間、右手に持つ黒のセイン《黒刀デフィア》がベグリフの胴を深く斬り裂き、鮮血と共に闇が溢れていく。
そして、ベグリフは身体に違和感が襲っていた。
斬られた箇所が再生していないわけではない。現に傷は今にも回復しようとしている。
だというのに、何かが蝕まれているような。
この力の根幹を削られているような。
紋章そのものが、傷つけられているような。
「―――……っ!!」
すぐさま弾かれた大剣をもって攻撃に転じるベグリフ。その一撃をカイは両の刀で受け止めた。
鍔迫り合いながら、カイが言う。
「言っただろう、呪いを解くんだって。……この力で!」
言下、再び《大剣ハドラ》が弾かれる。
見開かれるベグリフの瞳に、カイのセインが映る。
「こっからは俺達のターンだ」
純白でいて漆黒の光がベグリフへと迫った。
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