カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第四章第五十八話「VSベグリフ編⑤ イデアとフィグル」

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 血の海がイデアを紅く染める。綺麗な白髪も、ドレスも、その身体自体も紅く染め上げ、死へと誘っていく。上半身と下半身は別々の場所に点在し、どちらも力なく四肢を投げ出していた。

 嫌だ、嫌だよ!

「あああ、ああああああああああ!」

 すぐにカイはイデアの傍に転移した。右手首の痛みなど関係ない。今、彼女のことしか考えられなかった。

 イデアの瞳は、カイに気付くことなく、赤黒い魔界の空を光を薄れさせながら見つめていた。

「くそっ、くそっ……!」

 魔力を溢れさせ、離れた位置にあった下半身を上半身の元へと転移させる。

「死なせてたまるか、死なせてたまるかよ……!」

すぐに回復させようと魔法を唱えるが、どうも効きが悪い。上半身と下半身は繋がることなく、血も溢れ続けてしまう。

生と死を司る大剣ハドラ。その一撃は命を刈り取る。身体を真っ二つにする程の一撃で、イデアの身体自体が弱ってしまっているのだ。彼女自身の身体に、回復を耐えられるだけの気力が存在せず、時間をかけている間にも、イデアは命を手放してしまうだろう。

「イデア、イデア! 聞こえるか! 頼むよ、死なないでくれ! イデアが死んだら俺……!」

 必死に呼びかけるも、彼女の瞳は虚空ばかりを見つめていた。

 カイの身体が、今までにない程に震えあがる。

 怖れていたことが現実となってしまった。

 イデアを失うのが怖かった。大切だから、大好きだから、愛しているから。カイにとってイデアは人生そのものだから。

 そう、想一郎にとっていつの間にか夢がそうだったように。

 カイはダリルからベグリフの過去を聞いて、その絶望を理解してしまった。彼の気持ちが分かってしまった。



 ベグリフはきっと、愛する人を失った者の末路だ。



「無駄だ、その女を助ける術など最早存在しないだろう」

 ゆっくりとベグリフが二人の元へと歩いていく。

 ベグリフもまた不思議な感覚に襲われていた。

 イデアという、フィグルに似た少女をベグリフはこの手で斬り裂いた。似ているのは当然だ。その身体にフィグルが宿っているのだから。

昔エイラとフィグルを闇で掻き消した時の感覚が、何故か今蘇る。

「……俺の手で、お前は二度死ぬのだな、フィグルよ」

 その呟きに込められた想いは、果たして。

 その時、イデアの身体を包み込むように、突如半透明の青い球体が出現した。その中で、イデアは時を止めている。溢れ出ていた血も動きを止め、その眼の生気も僅かに残されていた。

 いつの間にか、倒れ伏していたはずのメアがカイ達の傍にいた。左肩には深く斬り付けられた痕だけが残っていた

「これで、まだ大丈夫だから」

「メア……!」

 メアを見て、今にもカイが泣きそうな顔をする。

だが、メアが来てなおイデアに襲い掛かる死が先延ばしにされただけだった。根本的な解決になっていない。

 それを、ベグリフは知っているからこそ止めはしない。既に、勝敗は一つの方向へと進み出していた。

 時の止まったイデアを、カイは呆然と見つめていた。

 何も出来ない。何もしてあげられない。助けてあげられない。こんな力を持っているのに、ヴァリウスに魔力を譲ってもらって、色んな人の意志を背負って、ゼノ達の理想を叶える為にここまで来たのに、いざって時に何も出来やしないんだ。

「……メア、イデアと一緒に転移させる。頼む、イデアをどうにか――」

「っ、カイだけ残ったって勝ち目ないよ! 私達は一人だと何も出来ないよ!」

 分かってる。分かっているけれど。

 それでも今はイデアを少しでもこの場所から、ベグリフから遠ざけたかった。

 奴には死が充満しているから。ここに居たらきっと死んでしまう。

「それに、カイだって! 右手もないし武器もない! それでどう戦うって言うの!!」

 いつの間にか、メアが止血していなかった右手首に回復魔法をかけてくれていた。カイの身体はイデアと違って、まだ命に満ちていたお陰で血の流れは止まってくれていた。

 イデアのいない状態でどう戦うのか。そんなの分かんない。魔法はベグリフに通じないから、セインの無い今の自分がベグリフに攻撃を与えられるとは思えない。

 思えないけれど、少しでも時間を稼がなくては。イデアがこの場を離れて、少しでも生に近づけるように。

 右手が無くても、まだこの左手がある。

 この悪魔化している左手が。

 まだ、戦えない訳じゃ――。

 わけじゃ……。

 ……。



「……そうか」



 カイは目を大きく見開き、驚いたように自身の左手を見つめていた。この魔界でシーナと戦った時、イデアが《魔魂の儀式》によって補ってくれた左手。真っ黒に硬質化され、爪も尖っているその手。


 まだだ、まだイデアを救える。


 イデアを救う為には、イデアをここから遠ざけては駄目だ。ここに居なくちゃ駄目だ。

「カイ?」

「……メア、頼みがある。俺が合図したら、この時魔法を解除してくれ」

「っ、何言ってるの!? そんなことしたらイデアちゃんが――」

「そして、前にシーナを助ける時にやっていたように、イデアの発動する魔法だけを加速するんだ」

「え、待ってよ、イデアちゃんって魔法を使えるの!? というか、仮に使えるとしても今の状態で発動するのは――」

 メアがカイの顔を見る。そして、理解した。彼の顔は先程の泣きそうな表情じゃない。少しでもイデアを延命しようとしていた彼ではない。

 イデアを救おうとしている。真っすぐに前へと進もうとしている。

 これしかないのだと確信しているカイの表情が、そこにはあった。

 言われていることを全て理解できていない。むしろほとんど理解できていないと思う。

 でも。

「……信じるからね!!」

「ああっ」

 カイは立ち上がり、真っすぐにベグリフを見つめた。ベグリフも亦、鋭い視線をカイへと向け、歩を進める。

 この状況で一体何をしようというのか。最早勝ち目などないというのに。

 それが人族なのだろう。醜く抗うことが美点なのだろう。

 それを悉く打ち砕いてみせよう。

「《ウォーター・プロミネンス!!》」

 カイが唱えると同時に、凄まじい水圧の龍が二頭出現し、ベグリフへと襲い掛かっていく。魔法がゆえに、本来ベグリフの前では無力であるが、無効化することなく大剣ハドラが一瞬にして水龍を斬り裂いた。

 ベグリフの周囲に弾ける水飛沫。そこへカイが追撃する。

「《ライトニング・ジェイル!》」

 水飛沫一つ一つを結ぶように雷が迸り、雷の牢がベグリフを閉じ込める。雷撃がベグリフを包み、その身体を痺れさせていた。不死身であり、身体が朽ちることはないが、この電撃の中では身体の電気信号が狂わされる。身体が思うように動かない。

 その頭上に、カイが転移してきていた。その左腕に、大量の魔力が凝縮されていく。聖属性を持つカイ自身の魔力と悪魔の魔力が重なり合い、威力を極限まで挙げていた。

「《聖黒天羅!》」

 この一撃に全てをかけ、全ての想いを込め、動けないベグリフへとその拳を振り下ろす。

 だが、無慈悲な言葉はそれを許さない。

「《デス・イレイス》」

 瞬間、周囲の水飛沫も雷撃も掻き消え、カイの拳に溜められていた魔力も霧散していった。

 為す術もなく、無防備なカイがベグリフの眼の前へと。

 だが、これでいい。

 カイの目的は、既に達成された。

「メア!」

「……死ね」

 ベグリフが大剣ハドラを振るおうとする。カイは《デス・イレイス》の範囲内にいた、今すぐ転移することは出来ない。

 この一撃は、確実に決まる。

 そしてベグリフは。

 動きを止め、目を見開いた。





 カイの左腕が霧散していく。





 左腕だけではない。その右足も、左目も。悪魔化していた部位が悉く霧散していった。

 イデアを救うヒントならあった。

 《魔魂の儀式》。悪魔族が自分の魔力を人族に半分分け与えることでその人族を悪魔族に出来るという「魔法」。カイはセラの息子であったがゆえに聖属性を持っており、完全に悪魔族となることはなかったが、それでもカイの悪魔化した部位にはイデアの持つ魔力が「半分」も存在していた。

 そして、この前のディゴス島でのダリル奪還作戦。ベグリフによる《魔魂の儀式》でダリルは悪魔族と化していたが、それは《デス・イレイス》で解かれ、その魔力はベグリフへと還っていった。

 つまり、《魔魂の儀式》は《デス・イレイス》で解除でき、その魔力は本来の所有者へと「戻っていく」。

 そして「彼女」は、特に回復魔法を得意としていた。自動回復魔法を生み出し、右半身の潰れたエイラを救えるほどに、エキスパートだった。



 その「彼女」なら。



 これまで支えてくれていた悪魔の魔力が身体から抜けていく。抜けていった魔力は所有者の元へと還るはずだ。

 頼む、頼むよ。

 どうか、イデアを救ってくれ。





「フィグルーーーーー……!!」





 既にメアは時魔法を解除してくれていた。名前を呼んだだけなのに、信じて動いてくれたらしい。

 霧散していた黒い魔力が一斉にイデアへと集まっていく。

 ずっと離れ離れだった半分の魔力が今、イデアへと戻り。

 イデアの身体が、黒紫色の光に包まれたのだった。





※※※※※





 気付いた時、イデアは真っ暗な空間に佇んでいた。

 ……ここは。

 何があっただろうか。強烈なベグリフの攻撃をカイと一緒にどうにか受け止めていたはずだが、いつの間にか場面は暗転し。

 目の前に、フィグルがいた。

「フィグルさん……」

 フィグルがどこか悲し気に微笑んだ。

 フィグルは以前の聖戦で命を堕とし、その後イデアの身体に魂を宿らせていた。前はフィグルの存在が怖くて耳を塞いでいた。私という存在が私じゃないみたいで。私はフィグルが再び身体を取り戻すまでの代替品でしかないと思っていたから。

 でも、そんなこと無かった。カイやエイラ、沢山の人が私にそれを教えてくれたから。フィグルだってそうだ。私によく似た姿で、でもきっと私以上に強くて、そして優しい。私が小さい頃は、独りぼっちになった時によく話しかけてくれたし、心が通じ合っている今でも、よく私を心配して声を掛けてくれる。

 今となっては心の拠り所で、カイとはまた別の形のとても大切な存在だった。



「イデアさん……お別れ、ですね」



「……え?」

 そんな彼女が、別れを告げていた。

突然の言葉に思考がついていかない。どうしてフィグルは今、私へお別れを言うのだろう。そんな悲しい顔で笑いながら。

フィグルは、どうしようもない事実だと言わんばかりに、悟ったような表情で言葉を続けていく。

「今、カイにかけられていた《魔魂の儀式》が解除されました。つまり、イデアさんの持つ魔力の半分が、再びその身に戻ってくるということです」

「どうして《魔魂の儀式》が……」

 《魔魂の儀式》があるからこそ、カイの左腕、右足、そして左目は存在するのだ。それが解けたということは、同時にそれらを失うということに他ならない。

 そのままではカイが……。

 と、漸く少しずつ状況を思い出した。

 何度も斬り結び、疲弊していったカイとイデア。そして、ベグリフ渾身の一撃に、二人は敗れたのだ。

 カイは右手を飛ばし、そしてイデアは……。

「……――!」

 あった出来事が鮮明に蘇り、イデアの身体は震えあがった。ギュッと腹部の辺りを強く抱きしめる。この空間では五体満足なのに、どうしてか強くそこが痛んで仕方がなかった。

 そうか、私……。

 イデアの様子に、フィグルは頷いた。

「そうです。イデアさんは今、瀕死の状態にあります。……あの命を奪う剣で斬られてしまった以上、回復魔法でも間に合うかどうか。それでもカイは賭けました。自身に宿る《魔魂の儀式》を解除すれば、魔力がイデアさんの身体に戻る。そして、回復魔法が得意な私がどうにかしてくれるのではないかと。……流石カイですね。その身体を張った賭けは成功ですよ」

「…――! またフィグルさんは私を救ってくれるのですね」

 これまでどれだけ支えられてきたか。幼少期だけの話ではない。カイが瀕死の時は《魔魂の儀式》で力を貸してくれた。ダリルを取り戻した時も、イデアの代わりに戦ってくれた。カイを救いたいというイデアの想いにフィグルは何度も応えてくれていた。

 今回だってそうだ。ベグリフの一撃で瀕死のイデアを救ってくれると言うのだから。ただでさえベグリフの剣は命を削る。フィグル程の実力者でもない限り、今のイデアを治療することはできないだろう。

 私に出来ないことを、私の代わりに何度も何度も。それに救われていないわけがない。感謝してもしきれない。

 でも、やっぱりだ。

 フィグルは微笑んでいる。その奥にどこか悲しさを、寂しさを内包しながら。

 そして、首を横に振った。

「違いますよ。今回は……いいえ、これからはイデアさん、あなたが自身を救うのです」

「……え?」

「《魔魂の儀式》でカイに使用されていた魔力が身体に戻ってきました。つまり、今イデアさんの身体には完全な状態で魔力が宿っているということ。……覚えていますか、以前言ったことを。『私という存在は、貴方の身体にお邪魔しているだけ。やがて、私という意識はあなたへと溶けて無くなるでしょう』と。」

 確かにフィグルはそう言っていたことがある。でも、どうして今なんだ。今こそフィグルの力が必要なのに。

「元々私という意識は、イデアさんが潜在的に持っていた魔力に宿っていたのです。その魔力が《魔魂の儀式》発動の際に表出したことで、私の意識も昔以上に表面化してしまいました。……でも、それも終わりです。あくまで私の意識がこのような形で表面化してしまったのは、《魔魂の儀式》の影響でイデアさんの魔力が半分であったから。そのせいで魔力の使用権限も私にありました。ですが、表出した魔力は、私がイデアさんの身体を借りて使用することで、段々とイデアさんの身体に馴染んでいきました。そして今、全ての魔力が戻ってきた。本来的にイデアさんの魔力なのですから、権限は当然あなたに戻り、表面化していた私の意識も希薄化し、これからあなたに溶けていくでしょう」

「っ、だからフィグルさんは…――!」

 お別れですね、と言ったのか。

 聖戦の始まる少し前に、フィグルが自身の存在さえ消えれば、なんて考えているのが分かった。そんな寂しいことを思わないで、なんて言ったけれど。

魔力が完全になった時が自身の最後なのだと、フィグルは最初から知っていたのだ。

 漸くその表情の意味を悟った。

「イデアさんの身体は、いいえ、イデアさん自身が魔力の使用感を覚えているはずですから、意識が戻った直後に回復魔法を唱えてください。大丈夫、イデアさんなら出来ます。あなたの魔力なら、今のあなたを救えます。……イデアさん、どうかそんな顔をしないで下さい」

 フィグルに言われて気付く。いつの間にか瞳からは大粒の涙が零れ、拭っても拭っても止まることはない。顔はぐちゃぐちゃに歪み、嗚咽も今にも漏れそうだった。

 フィグルは「あなたの魔力なら」なんて言うけれど、そんな風に思えない。思えるわけがない。

「わ、私は……フィグルさんに支えられて、ばっかりでっ! 今だって、いつだって! それなのに、お別れなんて……! 私、まだ何も、何もフィグルさんに返せてない!」

 与えられてばっかりだった。自分が満たされてばっかりだった。

 それなのに、これが最後なんて。

 嫌だ、別れたくない。

 まだずっと一緒にいたい。一緒に居て、他愛もない話をして、笑い合って。

 そんな当たり前の中で、少しでも感謝を形にして返したい。

 思えば思うほど、涙が溢れてくる。もう今から無理だと分かっているから、余計に涙が止まらない。

「イデアさん、私は、私はあなたが思っている何倍、何百倍もあなたに助けられていましたよ」

 フィグルはそう言って、イデアをギュッと抱きしめた。

「生きていた頃の私の想いは、最後までベグリフに届きませんでした。想いに、私の想いに意味はあったのかと、自問自答しない日はありませんでした。ベグリフだって想いは呪いだと言ってましたから。私が、それを言わせているのかと思わずにはいられませんでした。……でも、イデアさんはあの時否定してくれた。私の想いが呪いなんてものであるわけがないと。あの言葉がどれだけ嬉しかったか、あの言葉に、どれだけ救われたか」

「フィグル、さん……っ」

「それだけではありません。イデアさんとカイ、二人の姿がまさしく想いの力を証明してくれていました。お互いを大切に想い、共に寄り添い、共に戦い。時には悩んだり迷ったりするけれど、最後には心を重ねて進んでいく。そんなあなた達の姿が、私は嬉しかった。私は勝手に救われていました。想いには力があると証明してくれたお陰で、どんな形であれ、私の想いはベグリフに届いているのではないかって、今はそう思えるんです」

 フィグルもその瞳から涙を零していた。

 イデアも必死に抱きしめ返す。離さないように、無くしてしまわないように。

 だが、無情にもフィグルの身体が淡い光を放ち始める。

「っ、フィグルさん、身体が……!」

 徐々に淡い光がまるで泡のように少しずつ浮かんでいき、フィグルの身体は透け始めていた。

 別れの時が、近づいてきていた。

 それを分かっていて、イデアもフィグルも互いを抱きしめ続けた。

「イデアさん、私のことでたくさん悩ませてごめんなさい。そして、受け入れてくれてありがとう。本当に嬉しかったです。二度目の人生、と言っていいか分かりませんが、イデアさんの元で送れて本当に良かった……!」

「私だって、フィグルさんが居てくれて何度も救われました! 何度も支えられてました! あなたが居てくれたから、今もこれからも私は生きていけるんです!」

 更にフィグルの身体が透けていき、段々と身体が消え始める。

「フィグルさんの想いは私の中でずっと生き続けていきます! だから私の傍でずっと見ていてください! 絶対、絶対にベグリフを……救ってみせます!!」

 救う、その言葉にフィグルは目を見開き、やがてくしゃっと笑った。

 全てはベグリフと繋がろうとしたのが最初だった。どこか常に孤独だった彼を救いたいと思った。

 その想いを、イデアが継いでくれる。

 ああ、良かった。

 こうやって想いは受け継がれていく。



 私の想いは、やっぱり無駄じゃなかった。



「見ています、傍で! ずっと、ずっと…――!」

 フィグルの言葉は木霊するように響き渡っていき、やがて小さく消えていく。

 回していた腕にあった感触も段々と消えかかり、遂には無くなってしまった。

 それでもイデアは虚空を抱きしめ続ける。目を開けなくても分かる。

 もう声は聞こえない。

 もう触れていない。

 フィグルはもういない。

 いないけれど。

 それでも、ここにフィグルは存在しているのだから。

 すると、抱きしめていた虚空から光が放たれ、イデアの身体を包み込む。

 優しく温かいこの光。

 間違うはずがない。



 傍に居ますよ。あなたなら大丈夫。



 そう言ってくれている気がして。

 光をギュッと抱きしめながら、イデアはその大きな瞳を開いた。

 青く鮮やかな魔力を瞳に宿しながら。
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