カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第四章第五十六話「VSベグリフ編③ 彼女の時は止まらない」

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 素早く伸びていく茨のような闇は、遥か彼方の大山まで勢い衰えることなく伸び続けていた。今にも空を埋め尽くさんほどに何本もカイ達へと伸びていく。あまりの距離を闇が埋め尽くしており、まるで空に闇の川が浮かんでいるようだった。茨の先端部は余りに鋭く尖っていて、勢いのまま容易く貫かれてしまうだろう。

 だが、それは常人だった場合である。

 カイは青白い翼をはためかせ、時折転移で避けながらベグリフへと突き進んでいった。安易に転移で距離を詰めることはしない。先程の攻防で虚を突いても反撃されることが分かったからである。

 メアは自身の時を加速させ、容易く茨の間を駆け抜けていった。メアにとって、茨は止まっているのと同じ。脅威にすらならない。

 そして、ドライルは茨の上を凄まじい速度で走っていた。常人なら触れただけで激痛が走る闇も、ドライルの強靭な肉体を脅かすことは出来ない。両足を黒獣化し、茨から茨へと飛びながら先を目指していた。

 三者三様の動き。だが、目指す場所は一つである。

 と、最初に違和感に気付いたのはドライルであった。

 獣としての嗅覚なのか、本能なのか。

 茨の中を何かどす黒いものが駆け抜けていく感覚。メアの近くだ。

「っ、おい、後ろだ!」

 声を掛けた直後、メアの近くにあった茨の中からベグリフが飛び出した。

「まずはお前からだ」

「っ、甘く見ないで!」

 握りしめた黒剣が、メアへと振るわれる。だが、加速しているメアにはそれもまたスローに見えていた。躱しながら、懐へと潜り、そのまま光槍をおもいきり胴を薙ぐ。

 のを、ベグリフは待っていた。

「誘いこまれたのだと、何故気付かない」

「っ」

 気付けば、メアは持っていたはずの光槍も消え、魔力を使用できずにいた。懐へ入ったことで、《デス・イレイス》の範囲内だった。

 唱えられた瞬間、メアは魔法を使えない。つまり、加速も減速もできなかった。

 ベグリフは既に理解していた。時魔法の弱点は、攻撃時に同じ時に戻さなくてはならないこと。つまり、カウンターを狙えば良いだけの話。

 そして、ベグリフは不死身であり、それを差し引いてもカウンター時に魔力を無効化すれば、容易く相手を捉えることが出来ると。

 ベグリフにとって、メアは脅威ではない。だからこそ、最初にメアを消そうとした。

 躱されていた黒剣を逆手に持ち、傍に居るメアへと振り下ろす。

 魔法の使えない彼女には何も出来ない。《デス・イレイス》の影響でカイの魔力付与もかき消されてしまった。

 退くこともできず、凶刃がメアを脅かす。

 が、その直前。

 メアの背後に、ファンネルが向かって来ていた。《デス・イレイス》の範囲外に佇んでいたそれが、凶刃よりも早くメアへと辿り着く。

 そのファンネルへメアが触れる。



 ファンネルには、カイの魔力が付与されていた。



 次の瞬間メアの姿が消失し、ベグリフの剣が空を斬る。と、同時に上からメアがベグリフの背を触れたファンネルで貫いていた。

「――!」

「無策で突っ込むわけ、無いでしょ!」

「行き当たりばったりでよく言う! ヒヤッとしたぞ!」

 更にメアと入れ替わるようにドライルが転移し、突き刺さったファンネルごと、勢いよく真下へとベグリフを殴り飛ばした。茨を幾つも貫いてベグリフが大地に叩きつけられる。轟音と共に高々と土埃が舞った。

「あれ、転移嫌ってなかったっけ、メアさーん」

「今のはいいの! 私が欲しいタイミングでしてくれたからオッケー! 今後もその調子で頼むね!」

「ったく、人使いが……」

 その瞬間、大地に叩きつけられたはずのベグリフがカイの真横に転移していた。

「っ」

 決してベグリフの意志ではない。ファンネルに突き刺され、ドライルに殴られたベグリフにはカイの魔力が付与されていた。

「荒いぜっ!」

 セインを勢いよく薙ぎ、青白い光の奔流にベグリフが飲み込まれる。

「ぶっとべ!」

 一気に振り抜くと、奔流に流されるようにベグリフが吹き飛んでいく。空を一直線に駆け抜け、やがて最初の更地、つまり王都アイレンゾードだったはずの大地に激突、大爆発を起こした。

 立ち込める煙。だが、その中に立つは無傷状態のベグリフである。

 楽しんでいるかのように、口角を上げるベグリフ。

「さて、次はどう動く」

「その余裕、いつまでも持たねえぞ!」

 飛び出そうとする三人だったが、周囲の茨が突如巻き付くような形で球形を作り出し、三人を中に閉じ込めた。

 真っ黒な空間に光はなく、カイのセインと翼、メアの光槍と翼の輝きだけが周囲を照らしていた。

「《カイ!》」

「分からいでかぁ!」

 すぐさま全員で転移するカイ。最初と同様、王都が一望できたはずの空中に転移する。

 すると、更地にいたはずのベグリフの姿が全く見えなかった。

 気配を感じようとするが、それすらも掴めない。あれだけ広がっていた闇も、忽然と消えていた。

「まさか、逃げた?」

「そんなわけないだろう」

「っ、かくれんぼに付き合うつもりはないぞ……!」

 警戒を一切解かずに周囲を窺う三人。

 すると、突如として大地から染み出るように闇が溢れ、まるで間欠泉のように勢いよく上空へと噴き上げた。回避する間もなく闇に囲まれるカイ達。溢れた闇は三人を三つに分断するように天高く上り、出入りのできない壁となっていた。

 だが、カイには転移がある。いつでも集まることができる。分断したところで意味がないことは、ベグリフだって分かっているはずだ。

 一体何を企んでいる。

 その答えはすぐに現れた。

 闇の壁から、ベグリフが姿を見せた。



 それぞれに対して。



「……!」

 周囲の気配に気づき、カイは思わず喉を鳴らした。そして強がるように笑う。

「何でもありかよ……!」

 カイの眼の前にはベグリフが佇んでいた。その手には黒剣を握り、先程変わらず威圧感を放っている。

 メアの前には、もう一人ベグリフが存在していた。

 メアの前だけではない、ドライルの眼の前にもである。

 つまり、三人のベグリフがそれぞれの前に立ち塞がっていたのだった。

 やがて、場を整え終えたと言わんばかりに、噴き上げていた闇が地中へと沈んでいく。改めて視覚として、全員がベグリフと対峙していることが分かった。

 三体のベグリフが同時に笑い、告げた。

「安心しろ。《魔》の紋章を刻まれたオリジナルは一つだけ。それ以外は闇で形成した偽物に過ぎない。……だが、闇は俺そのものだ。実力に差はない。お前達一人ひとりに、俺と一騎打ちで戦えるだけの力があるのか、見せてもらおうか!」

 言下、ベグリフが同時に襲い掛かって来た。

 カイは黒剣の一撃をセインで受け止め、ドライルも黒獣化した腕で防ぎ、そしてメアは一撃を回避して見せた。

 初撃でカイ達はベグリフの言葉に嘘偽りの無いことを理解する。速度、一撃の重み、どれを取っても、先程までと何も変わらない。

「くそっ」

 鍔迫り合いのような形のまま、カイが言葉を零す。

 三人で一人ですらダメージを与えるのに手こずっていたのに、一人につき一体だなんて。

 転移の力で三体一に持ち込めれば何とかなるかもしれない。ベグリフの言い方から察するに、オリジナル以外の偽物に紋章の力が刻まれているわけではない。偽物に不死身設定は存在しないかもしれないのだ。

 だが、いざ三人で固まろうとすると、それに合わせてベグリフ達も一つにまとまろうとする。それ程厄介な状況は存在しないだろう。

 気軽に転移を使える状況ではなかった。

 それでも、カイにはイデアのセインがあるし、ドライルには《獣》の紋章の力がある。魔法として掻き消されることもなく、一騎打ちに対して対処するだけの力があった。



 問題はメアである。



「――っ!」

 自身の時を加速させて、且つ目の前のベグリフの時を減速させて、空を縦横無尽に翔け巡りながら何とか距離を保つメア。だが、減速させてもすぐさま無効化される。それだけではない、無効化されたと思えば、今度はベグリフ自身が自らの時を加速させ、メアへと向かって来ていた。

 メアはベグリフに距離を詰められては負ける。カイやドライルとは違う。魔法しか手段として存在しないメアにとって、もし捕まってしまえば魔力を使用できずに倒されてしまうはずだ。

 何とか距離を離そうとしても、ベグリフが離れるどころか、段々と距離が縮まっていく。

「メア……!」 

 すぐさま遠くに転移させようとカイは動き出すが、すんでの所で対峙しているベグリフに斬りかかられていた。オリジナルなのか偽物なのか判断がつかないが、遜色ない実力を持つ者が目の前にいるのである。攻撃を防ぐだけで手一杯であった。

 メアへとにじり寄っていく死の影。

 それを前に、メアの頭をよぎるのは亡き母の姿であった。

 アイ・ハート。メアの実の母親であり、元天界の女王様。メアがそれを知ったのは、アイが死んで暫くしての事だった。それまでは、自分と仲良くしてくれる綺麗なお姉さん、でもどこかとても温かくて、お母さんみたいで。そんな優しい彼女の死を聞かされた時は家族だと知らなくても泣き叫んだのを覚えている。

 以前の聖戦でアイが死んだ理由。

 アイは、救った人族の手で殺された。

 悪魔族の攻撃から救った人族は、《魔魂の儀式》によって悪魔族に操られた存在だったのである。それに気付けずに、アイは救った人族に背後から致命傷を受けた。

 なんて酷い話で、皮肉な話だろう。

 あの聖戦は人族と天使族が手を取り合って戦っていたもの。それを悪魔族が嘲笑うかのような出来事であった。

 憎かった。アイを殺したものが憎かった。

 でも、憎悪を向ける矛先がなかなか決まらない。人族は操られていただけだ。やりたくてやったわけではない。なら、操っていた悪魔族か。どの悪魔族がその人族を操っていたかは定かに出来ないけれど、悪魔族全てを憎むつもりにもならなかった。エイラやフィグル等を通して、自分達と何も変わらない存在であることを知っていたからである。

 なら、この感情は何処に向ければいい。

 そうして八方が塞がれたように感じた時、あの聖戦が始まる数日前にアイが言った言葉を思い出した。

 アイは幼いメアへと屈んで視線を合わせ、優しく微笑んだ。

「少しの間、ここに来られなくなるけれど、良い子にしているのよ」

「えー、もっと一緒に遊びたい!」

 嫌だと抱きついたメアを、アイもまた頭を撫でながら抱きしめてくれた。

「ごめんなさいね、必ずまた来るから」

「……何しに行くの? 私と遊ぶよりも大切なこと?」

「うーん、メアともっと一緒にいる為に行かなければならないの」

「うぅー……」

 そんな風に言われたら、ここは我慢するしかないと渋々アイを解放する。

 だが、メアは放したのにアイがいつまでもメアを抱きしめていた。

「……お母さん?」

「メア、この世界好き?」

「え、うん、好きだよ! お母さんがいて、ゼノがいて、アキもいて、どこかにまだケレアだっているし、他にも皆がいて、こんなに楽しくて嬉しいことってないよ!!」

「……そう。ならメアの為にもこの世界を守らなくちゃね」

 そう言って、ようやくアイが離れた。

「ありがとう、一杯充電したからも大丈夫。行ってきます!」

「メア、良い子にして待ってるから! 早く帰って来てね!!」

 この場を去る彼女に、小さな手を一生懸命振り続ける。その手に込めた願い。

 それが叶う事はなかった。

 アイはメアの大好きなこの世界を守ろうとして逝ってしまった。

 結果として世界は大きく理を変えてしまったけれど、まだメアの大好きな世界は守られ続けている。

 なら私は、この世界を壊そうとする者に憎悪を向けよう。アイが守ろうとしたこの世界を脅かす者こそが、アイの仇だ。

 そう考えたら、これまでの悩みが嘘みたいに憎悪の矛先が一人思い浮かんだ。

 魔王ベグリフ。

 悪魔族を統べる彼が聖戦を始めた。《魔魂の儀式》を使わせた。私の大好きなゼノ達を傷付け、アイの命を持っていった。



 ベグリフこそ、アイの仇。



 その仇が今、目の前にいる。

 いるのに、力が及ばない。魔法の効かない奴に、対処の仕様がない。

 何度もベグリフはメアへ向けて言っていた。

「お前一人で勝てるとは思えん」

「勝ち目はないと言っている!」

 無性に腹が立った。図星だからだ。

 これまでたくさん鍛錬を積んで、魔法の精度も高め続けた。シノやエクセロに稽古をつけてもらいながら、必死にこの瞬間の為に努力をした。

 なのに届かない。まだ足りない。

 そもそも、足りる日は来るのだろうか。

 相手は不死身で、魔法が効かない。どれだけ努力したって、何も通用しないのなら、これまでの努力に意味はあったのだろうか。



 私には、お母さんの仇を討てない……。



 その事実がベグリフと対峙すればするほど身体中を駆け巡り、心を蝕む。

 自分の代わりに、カイとドライルに仇を討ってもらおうか。

 カイとドライルの攻撃は、まだベグリフに通用する。魔力じゃないから掻き消される心配もない。まだ二人の方がメアよりも可能性がある。

 私に、可能性なんて……。



「……ううん、可能性しかないでしょ!」



 眼前へと迫るベグリフ。同じ時の中を進んでくる奴が、遂にメアを捉える。

 《デス・イレイス》の範囲内。

「これで……――」

 だが、次の瞬間メアが目の前から忽然と消えた。

「っ!」

 いや、ベグリフには分かっている。眼が追い付かなかっただけだ。

 メアの動きがあまりに速すぎて。

 もっと、もっと……!

 空をメアが駆けていく。今ですら目に映らないのに、更に彼女は加速していく。

 現時点で、ベグリフの出せる最高速度を優に超えていた。

 何も無駄になんてならない。これまでやってきた努力は、今に確かに結実する。

 ここで諦めるのは私らしくない。諦めない事を色んな人から学んだ。諦めなかった先にある未来を、たくさん教えてもらった。



 一度は諦めかけていたアイが、再びメアに会えたように。



 確かにメアの攻撃は通じない。だけど、何も出来ないわけじゃない。

 必ずアイの仇を討つのだ。

 一人でも二人でもなく。



 皆で。



 遥か先の時を行くメアが、視界にカイとドライルを捉える。両者ともに別のベグリフと激しい攻防を繰り広げていた。セインが闇を裂き、拳が闇ごと大地を割る。けれど、どちらもベグリフに致命を与えられずにいた。カイの転移にも、向こうのベグリフは対応し始めている。

 決着のつかない攻防。

 その「時」に、メアが干渉する。

「《レイズ・タイム!》」

 攻撃を繰り出そうとしていたカイとドライルの時を、一気に加速させる。

「えっ!」

「っ!」

 二人は自分が加速していると思わない。むしろベグリフが遅くなっているように映っていた。

 だが、これなら。

 二人の攻撃が容易く闇を置いていく。防ごうとする闇を簡単に掻い潜っていく。

 突然の変化に、ベグリフは対応できていなかった。

 加速した二人の更に先にいるメアが、当たる直前ギリギリになって、二人の時を元に戻す。速度は戻るが、既に勝敗は決していた。

 カイの斬撃がベグリフの首を刎ね、ドライルの一撃が腹に大穴を開けていた。

「――!」

 二人の眼の前にいたベグリフが、いや闇が形を保てずに霧散する。その闇は唯一人残ったベグリフの元へと流れて行った。

「確かに私一人じゃ勝てない。あなたに魔法が効かないから」

 漸く加速した時を戻し、メアがオリジナルだったベグリフの前に現れる。

 その両隣にカイとドライルを連れて。

「なら、私はこの二人に魔法を使うだけ」

 一人では勝てない。力が及ばない。

 私だけじゃアイの仇を討てない。

 だから、協力してもらう。

 私達なら、絶対に勝てるもの!

 

 止まりかけていた彼女の時が、再び進み始めた。



「カイ、ドライル! 私があなた達をサポートするよ! 時を加速させるから、迷わず突っ込みなさい!」

「おう!」「ああ!」

 言下、カイが転移でベグリフの眼前に出現する。既に転移後の動きを見切っているベグリフはすぐさまセインによる攻撃を防ごうとした。

 だが、これまでの感覚と目の前の事象がズレる。黒剣を構えるよりも前に、カイの一撃はベグリフを袈裟切りにしていた。鮮血と闇が混ざって周囲に飛び散る。

「やるではないかっ!」

 斬られたところで死ぬことのないベグリフは、黒剣をカイへと振るう。

 瞬間、とてつもない衝撃がベグリフを真横から襲い、そのまま勢いよく吹き飛ばされた。骨の粉砕音が響き渡る。

 視界に映るよりも早く、加速したドライルが拳を振り抜いていたのである。

「カイ、畳みかけるぞ!」

「よし、メア頼むぜ!」

「まっかせなさい!」

 メアによって時が加速した二人が、一気にベグリフへと連続で攻撃を仕掛けた。どうにかベグリフは闇を防御に回して受け止めようとするが、それを速さが掻い潜っていく。

 結局時の流れが同じでなければ攻撃は与えられず、現に当たる瞬間にはメアが加速を解除させている。だが、メアの解除タイミングはまさにコンマの世界。メアもまた自身をそれ以上に加速させることで、ギリギリまで解除を引きつけることが出来るのである。

 次々とベグリフの身体に傷が刻まれていく。再生力を、二人の攻撃が上回っていた。

 ならばと、ベグリフが自身の身体を同じように加速させるが、二人の時はその先を行っていた。ベグリフの扱える時魔法は、メアのそれに及ばない。そして、攻撃する際にはベグリフの時に容易に合わせて見せていた。

 あれ程早く動かれては《デス・イレイス》の発動中、範囲に入れられない。《デス・イレイス》は瞬間的に範囲内の魔法を無力化するもの。永続的なものではない。

「やはり、最初に仕留めるべきはお前だったようだ!」

 カイ達の眼の前で、ベグリフが闇に溶けていく。そして次の瞬間、後方にいるメアの背後に闇と共に現れた。

 厄介なこの時魔法さえ潰せれば……!

 だが、闇から出た時、ベグリフは目を見開いた。

「なにっ」

 先程、確かに闇から闇へと移動したはずだ。あの天使族の背後を取ったはずだ。

 それが何故……!

 ベグリフの眼には、カイとドライルが映っていた。

 移動したはずのベグリフが、再び同じ場所に戻っていたのである。

 ベグリフは瞬時に悟った。

 これはカイの転移だ。《デス・イレイス》の使用を控えていたが為に、カイの攻撃を受けていたベグリフにはカイの魔力が付与されている。その隙を、カイは見逃さなかった。

 セインに魔力がどんどん集まり、やがてセインは眩いほどの電撃を帯びていく。その横で、ドライルもまた黒獣化した両手を突き出して、力を凝縮させていた。

「「《獣迅光雷爪!》」」

 まるで獣による咆哮のように、ドライルの両手から十本爪の衝撃波が鋭く飛び出していく。そこにカイの雷撃が混ざり合い、加えてメアが加速させることで、本物の雷を想起させるほど鋭い雷の爪がベグリフへと殺到した。

 当然、防御態勢を取ろうとするベグリフ。だが、これまで以上にその一撃が速く映る。

 ……いや、違う!

「っ、小娘がっ」

 ベグリフの視線の彼方で、メアがニッと笑う。

 カイの転移が通用した時点で、《デス・イレイス》の脅威は現状去っていると思っていい。ということは、今ならベグリフにも魔法が効く。

「仕留められるのはあなたの方ね!」

 メアはベグリフの時を一瞬遅くさせていた。その一瞬が、雷爪をベグリフまで届かせる。

 轟音と共に、ベグリフは雷に飲み込まれた。

「―――っ!」

 雷が身体を焦がし、爪が全身を引き裂いていく。衝撃で骨は砕け、身体中から鮮血が飛び散る。

 雷爪に飲み込まれたまま、ベグリフは地上に勢いよく叩きつけられた。大地を軽々と叩き割り、そのまま地中へと掘り進んでいく。やがて攻撃が止んだ時には、ベグリフの身体は地中深くで真っ黒に焼き焦げ、煙が立ち昇っていた。

 不死身とはいえ、痛みを伴わないわけではない。全身を雷が駆け巡り、思うように体を動かせない。

 ……鬱陶しいな。

 雷はあくまでカイの魔力が基だ。《デス・イレイス》ですぐさま掻き消した。

 それに合わせて《魔》が身体を再生させる。

 どれだけ掘り進んだのか、見上げても地上がかなり小さく見えた。

 どうやらあの娘も思いの外やれるらしい。

 そうでこなくてはな。

 だが、防戦一方もつまらん。

 力とは、蹂躙する為にあるのだ。

「もう、充分に力は見定めた。ここからが本当の戦いだ」

 その時、地上にいるカイ達の眼に眩い光の柱が映りこんだ。ベグリフが消えていった大穴の中から溢れるように光が飛び出しているのだ。

「なんだ、この波動は……!?」

「なんて力の圧なの……!?」


 ドライルとメアは、その場から動けなかった。

 どす黒い紅。見る者全てに絶望を与えるかのような、死の象徴。

 その紅い瘴気を、カイとイデアは知っている。

「《カイ、あれ……!》」

「ああ、どうやら本気らしいな……!」

 震えそうになる身体を抑え込むように、カイはギュッとセインを強く握りしめた。
瘴気の中を、ベグリフが浮かんでいく。

 その手に持つは、同じく紅い瘴気を纏った大剣。

 以前、《魔》の紋章の力も使わずにゼノを倒して見せた最凶の剣。

 



《冥界の剣ハドラ》。生と死を司る大剣。





「さて、簡単に壊れてくれるなよ」

 瘴気を纏ったベグリフは、不気味に口角を上げていた。

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