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4『理想のその先へ』
4 第四章第五十五話「VSベグリフ編② この四人なら」
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「雷神一閃、《ストリーム・ライトニング・スラッシュ!!》」
雷鳴が周囲に轟くのと、雷を纏った斬撃がベグリフへ到達するのは同時だった。
闇が進路を阻むよりも前に、雷撃は宙を駆け抜けていた。
すんでの所でベグリフが身を反らす。鼻先を掠めるようにして、斬撃は遥か彼方まで駆け抜けていった。
避けられた斬撃はそのまま王都だった更地を軽々と越え、先に広がっていた森林を一直線に穿っていった。
ベルセイン・リング状態のカイの一撃は、地形を変える。
回避してみせたベグリフだったが、回避と同時に青白い光が視界の端に映った。青白い翼はまるで天使族のような神々しさで、ベグリフを頭上から照らしていた。
「《――二連!》」
斬撃を放ったはずのカイが、ベグリフの頭上にいた。放たれた斬撃との時間差はなく、ベグリフが避けた時には、既にカイはベグリフの傍に転移していたのである。
目を見開くベグリフへと、再度同じ一撃を叩き込む。
闇の狭間から黄色い光が溢れ、次の瞬間大爆発が起きた。大地が裂けて電撃が辺りに飛来する。
立ち込めた煙の中から、闇が上空へと飛び出した。闇に護られるようにして、ベグリフが中から姿を見せる。
今の二撃でもダメージが入っているようには見えない。
「くそ、ノーダメかよっ」
「《カイ、周りから来るよ!》」
「おう!」
セインを振って煙を掻き消すと同時に、四方八方から闇が襲って来た。今カイが立っているのは先程ベグリフが居た場所。つまり闇の中心なのである。
まるでカイの全てを飲み込まんと、闇の波が襲い掛かる。
「夢幻喚刀、《ストリーム・ディメンション・スラッシュ!!》」
迫る闇へとセインを薙ぐ。セインが裂いたのは闇ではなく、次元。斬撃の軌跡に合わせて空間が裂け、次の瞬間、目の前には次元の裂け目が生み出されていた。
裂け目に吸収されるように闇が飲み込まれていく。それでも無尽蔵の闇が絶えることはない。カイへとどんどん闇が押し寄せていた。
そちらへ振り向くことなく、メアはベグリフへと飛び出していた。
「悪いけど、貴方を倒すのは私なんだから!」
「お前一人で倒せるとは思えんが」
言下、ベグリフから噴き出す闇。カイが相手している闇は、ほんの一部に過ぎないのである。
闇の奔流がメアへと殺到する。
だが次の瞬間、闇はメアを見失っていた。
そして、ベグリフの身体をファンネルの光槍がいくつも貫いていた。
「―――っ」
その背後にいつの間にか居たメアが、そのままベグリフの首めがけて青白く光る長槍を薙ぐ。
「《デス・イレイス》」
直後、ベグリフを刺していたファンネルが悉く消失した。
《魔》の紋章を得たベグリフを前に、魔力は霧散してしまう。何よりどれだけ致命傷を受けようと、ベグリフは回復してしまう。
ベグリフは死なない。
「改めて言おう、お前一人で倒せるとは思えんが」
「っ」
既に薙ぐ体勢に入っていたメアへとベグリフの魔の手が伸びる。
すぐさまメアは攻撃を止めて距離を取ろうとして。
ベグリフの眼の前から消失した。
正確には、入れ替わった。
先程まで広げられていた純白の翼は漆黒へ。長槍は消え、代わりに獣の腕がそこにあった。
「なにっ」
驚いているのはドライルだった。
まずはベグリフの出方を見ようと慎重を期していた彼だったが、突如としてベグリフの眼の前に連れて来られたのである。
カイの奴……!
これがカイの転移であることは分かっている。ドライルもメアも、カイの魔力が付与されていた。
ベグリフの手から勢いよく闇が溢れ出す。
突然呼び出された瞬間の一撃。避けられようもない。
だが獣の感覚が、本能が。
ドライルをベグリフの懐へと掻い潜らせた。
「―――!」
伸ばしていた手をギリギリ避けるようにして身をかがめ、獣の拳に力を籠める。拳はドライルに呼応するように、人ひとり握られるほど巨大に膨れ上がっていた。
「《黒獣・剛拳!》」
思い切り叩きつけられる巨大な黒拳。ベグリフは咄嗟に体から闇を溢れさせて防いだが、闇共々勢いよく吹き飛ばされた。あのベグリフが軽々と上空を吹き飛び、更地を超えて遥か先の山へと消えていった。
途中の木々を薙ぎ倒しても止まらず、そのまま山の斜面を駆けあがっていく。やがて頂上付近にある崖に勢いよく衝突し、衝撃で亀裂の走る大地。反動で弾むベグリフの身体。
その横にいつの間にかカイは転移していた。
「うおらっ」
薙いだセインが、ベグリフを真っ二つに裂く。鮮血と共に上半身と下半身が分かれて、宙を舞った。
だが、舞ったはずの上半身にはいつの間にか闇で生成された黒剣が握られていた。
「その程度か!」
「イカレすぎだろっ」
闇を纏いながら、不気味にベグリフが笑ってカイへと剣を叩きつけた。
セインで防ぐものの闇の奔流に押し流され、カイはこれまた遥か向こうの大山へと消えていった。すぐに轟音と地響きが周囲に響き渡り、一直線に闇の軌跡が残っている。。
「ちょっと! 私の弟に何してんのよ!」
ベグリフの背後に、メアが迫っていた。
「《ファンネル・滅刀の陣!》」
長槍の先にファンネルが全て集まり、光槍が先端から放たれる。光槍はやがて一つに重なり、長槍の槍先からまるで大きなレーザーが放たれているようだった。
「これで全身掻き消えなさい!」
光線を真横に勢いよく薙ぐ。それだけではない。ギリギリまで自身の時を加速させ、逆にベグリフを遅くした。
魔法を無力化される前に消す!
振り返ろうとするベグリフだったが、メアには止まって見えた。
一瞬でベグリフが光に飲み込まれる。メアの一振りで、山の先端が切り離されていた。
だが、ずり落ちていく山の先端の前に、ベグリフは平然と存在していた。
どれだけ素早くなろうと遅くしようと、攻撃の瞬間には時を同じにしなければならない。光に飲み込まれて身が掻き消え始めた時には、ベグリフは既に反応して周囲の魔力を掻き消していたのである。
「言葉の分からん奴だ。勝ち目はないと言っているはずだ!」
黒剣がメアへと振り下ろされる。いつの間にかベグリフの身体は一つに戻っていた。
「っ」
回避しようとするメア。時を操作すれば何とか避けれるはず。
その身体が瞬間、消えた。高速で動いたわけではない、文字通り消えたのだ。
「……ふん、面倒な能力だな」
振るう相手がいなくなり、黒剣を下ろすベグリフ。
そこに差す巨大な影。
「《黒獣、鎧鳥・裂重爪!》」
まるで大きな手のような翼をはためかせて、ドライルがベグリフへと急降下していた。その脚は変化しており、爪先は鋭利に尖っていた。
一瞬にしてベグリフへと迫る凶爪。だが、すんでの所でそれは止まった。
見向きすることもなく、ベグリフは闇でドライルを捕らえていた。
「くっ」
闇がドライルの四肢に纏わりつき、締め上げる。常人ならこの時点で激痛が全身を襲っているが、《獣》の力を持つドライルの身体は強靭であった。
闇が取り付き、ドライルの身体に付与されていたカイの魔力を吸いとっていく。
「だが、こうすればもう転移もできないだろう」
「っ、《黒獣・剛――》」
どうにか力で闇を振り払おうとするドライル。彼の剛腕なら可能だったかもしれないが、その前に闇が勢いよくドライルを振り回す。まるで鞭のように闇はしなり、そのままドライルをカイの消えていった方まで全力で吹き飛ばしていった。
彼方へ消えていくドライルを見ながら、ベグリフが笑う。
「アイ・ハートの娘はともかくとして、他二人は存外やるではないか」
その表情に宿るは愉悦と快楽。
これ程までに高揚する戦いは久しぶり、それこそゼノ・レイデンフォートとの戦い以来であった。
……あの剣の出番も近いだろう。
この世界で最後の戦いは、ベグリフの期待を裏切らないようだ。
「もっと楽しませて見せろ」
そして、ベグリフから闇が大量に溢れ、カイ達の方へと飛び出していった。
※※※※※
「ちょっと! 勝手に転移しないでくれる!?」
「だってピンチだっただろ!」
「私一人で乗り切れたもん! 第一、こんなに遠くから状況分かるわけないじゃん!」
「メアの魔力が動揺してたんだ! 何かあると思うだろ!」
「し、してないし! そもそも魔力が動揺ってなに!!?」
「《でもカイ、確かに急に転移させられると驚いちゃうよ》」
「そうだそうだ! 流石イデアちゃん!」
「……まぁ、そうかもしれないけどさ!」
ベグリフのいる山からはかなり遠く離れた山の頂上にカイとメアはいた。大きく吹き飛ばされたカイだったが、体勢を立て直した所でメアの危機を察知。すぐさまこちらへ転移させたのである。
だが、どうやら杞憂だったらしい。メアは不満げに口を尖らせていた。
言い合いになりかける二人。
今度はその間に勢いよくドライルが吹き飛んできた。だが、頂上に叩きつけられたわけではなく、その強靭な脚で勢いそのままに着地したと言った方が正しい。尖った先端に亀裂が走り、次の瞬間勢いを受け継いでそのまま後方へ砕け散った。
慌てて飛び退く二人の元へ、ドライルも寄っていく。
「おい、何だあの化け物は」
「ドライル、無事か!」
「ああ、だが状況は無事じゃないだろ。身体をどれだけ貫いても、真っ二つにしても平然としているじゃないか。アレは死なないのか」
ドライルは初めて見る魔王ベグリフの異質さに驚きを隠せずにいた。初動で様子を窺っていたのは、初めてベグリフと対峙するから。策なしでは全く勝てないと踏んでいたのである。
だが、どうだ。いざ見てみると不死身に相違ない。どれだけ攻撃しても瞬時に回復してしまう。攻撃しても死なないのであれば、作戦の立てようがない。
「死なないどころの騒ぎじゃないんだから。アイツ、魔法を無効化できるのよ! おかしいでしょ!」
「何だその昔考えた最強の自分みたいなのは……」
「え、考えたことあるの? 男の子ってやっぱりそういう事考えるの?」
「……実際、現状打開する術はほぼない」
メアの純粋な疑問を無視して、カイが続ける。
「ベグリフが不死身で且つ魔力を無効化できるのは、全て《魔》の紋章の力があるからだ。そもそもアイツは《魔》そのもの。紋章の力がある限り《魔》が消失することはない。どれだけ攻撃を喰らおうと、《魔》であるアイツは存在し続けるんだよ」
《魔》の紋章が、夢の想いがベグリフを生かす。生かし続ける。たとえ想いが呪いだと言われようと何だろうと、生きて欲しいと何度も繰り返す。
でも、こんな形で生きて欲しいと彼女は願ったのだろうか。勝手に解釈しているだけかもしれない。でも、夢の存在を考える度に、ベグリフを見る度に、カイはどこか辛かった。
「んー、紋章ってのが良く分からないけど、要はその力さえなきゃいいんでしょ? どうにか無くせないの? ほら、回復する度に消費してるなら、何度か続けてれば――」
「親父達もそう考えたことがあるらしいけど、前のベグリフですら無尽蔵に感じる程の力だったらしい。今はそれが更に強まってる状態だから、あまりに果てしないよ」
先程言った言葉に嘘はない。
現状、打開する術はほぼない。
「うーん、でも、じゃあ、えーっと……」
それでもどこかに勝つ方法があるだろうと、必死にメアが目を瞑って思考を巡らせる。
その横で、ドライルは真っすぐにカイを見ていた。
カイと一緒に過ごしたのは、たったの一日程度でしかない。だが、忘れられない一日だった。その一日を思い返すほどに、思わずにはいられない。
成長したんだな。
どこかドライルには、カイが落ち着いているように見えた。戦いの中でも、常に思考を巡らせているように思えた。何より転移の力がその証拠だ。味方を転移させるにしても、状況を理解していなくては出来ない。周りが良く見えている。
どこか直感的な部分をあの時は多く感じていたけれど、今は思考を多く伴っている。それだけの、考える必要のある日々を送ってきたのだと思う。
だからだろう。
「カイ、ほぼ、ということは、策が無いわけではないのだろう」
この落ち着きよう。相手は不死身だと分かっているのに、慌てている様子がない。
どうにか出来ると、彼は思っている。
ドライルの問いに、少し間をおいて頷いた。
「……俺とイデアならどうにかなる、と思う」
「え、嘘!? どうにかって、どうやって?」
「俺達ならその根幹である《魔》の紋章を断ち切ることが出来る、と思うんだ」
カイが手に持つセイン、イデアを見つめながら、そう答える。
「その様子からして、確証は薄いんだな」
「《まだ一度も上手くいったことが無いんです。私達の思い描いている状態まで、あと一歩だと思うのですが……」
「え、それでぶっつけ本番なの!?」
メアの問いには、頷かざるを得なかった。
ベルセイン・リングを習得してから、カイとイデアは同時にその可能性に思い至った。自分達になら紋章に干渉できるのではないかと。紋章を掻き消すことができるのではないかと。そうして何度も練習を続けてきたが、結局ここまで一度もできたことがない。
ベグリフと対峙してというもの、何度も紋章に干渉するべくセインを振るっているが、まるで効果は無し。今もまだ出来てはいなかった。
「……でも出来ると思うんだ。だから――」
「なら、いい」
すると、話を遮ってドライルは前を向いた。もう話すことはないと言わんばかりに、ベグリフのいるであろう前を見据える。
唐突な話の終わりにメアが慌てる。
「え、いいって、どうやるのとか聞いた方が良くない!?」
「……カイが出来ると言うなら、出来るんだろう。なら、俺達は信じて進むだけさ」
「ドライル……」
カイは成長した。思考を多く伴うようになった。
でも結局、その思考の根本には直感が存在しているのだろう。直感を支える為に思考を伴っているだけ。
そんなカイの直感が、出来ると感じているのなら。
疑う余地なんか、微塵も存在しない。
その直感が沢山のものを救ってきたはずだから。
「えー、何その通じ合ってる感じ! 私はカイのお姉ちゃんなんだから、私の方が分かるもん!」
「どこで張り合ってるんだよ……」
「分かったわ、要はカイに負けじと私も頑張ればいいのね! 弟に負けてられないわ!」
そう言って、メアも亦真っすぐに視線を向ける。
その様子に苦笑しながら、カイもまた前を向いた。
出来ると思うんだ。
勝てると思うんだ。
「《……カイ、行くよ》」
「ああ」
この四人なら。
遥か彼方から、闇が茨のようにこちらへ向かってくる。勢いが速く、赤黒い空を覆いつくさんばかりだ。
「よし、第二ラウンドだ!」
真っ黒な未来を晴らす為に、カイ達は一斉に前へと飛び出した。
雷鳴が周囲に轟くのと、雷を纏った斬撃がベグリフへ到達するのは同時だった。
闇が進路を阻むよりも前に、雷撃は宙を駆け抜けていた。
すんでの所でベグリフが身を反らす。鼻先を掠めるようにして、斬撃は遥か彼方まで駆け抜けていった。
避けられた斬撃はそのまま王都だった更地を軽々と越え、先に広がっていた森林を一直線に穿っていった。
ベルセイン・リング状態のカイの一撃は、地形を変える。
回避してみせたベグリフだったが、回避と同時に青白い光が視界の端に映った。青白い翼はまるで天使族のような神々しさで、ベグリフを頭上から照らしていた。
「《――二連!》」
斬撃を放ったはずのカイが、ベグリフの頭上にいた。放たれた斬撃との時間差はなく、ベグリフが避けた時には、既にカイはベグリフの傍に転移していたのである。
目を見開くベグリフへと、再度同じ一撃を叩き込む。
闇の狭間から黄色い光が溢れ、次の瞬間大爆発が起きた。大地が裂けて電撃が辺りに飛来する。
立ち込めた煙の中から、闇が上空へと飛び出した。闇に護られるようにして、ベグリフが中から姿を見せる。
今の二撃でもダメージが入っているようには見えない。
「くそ、ノーダメかよっ」
「《カイ、周りから来るよ!》」
「おう!」
セインを振って煙を掻き消すと同時に、四方八方から闇が襲って来た。今カイが立っているのは先程ベグリフが居た場所。つまり闇の中心なのである。
まるでカイの全てを飲み込まんと、闇の波が襲い掛かる。
「夢幻喚刀、《ストリーム・ディメンション・スラッシュ!!》」
迫る闇へとセインを薙ぐ。セインが裂いたのは闇ではなく、次元。斬撃の軌跡に合わせて空間が裂け、次の瞬間、目の前には次元の裂け目が生み出されていた。
裂け目に吸収されるように闇が飲み込まれていく。それでも無尽蔵の闇が絶えることはない。カイへとどんどん闇が押し寄せていた。
そちらへ振り向くことなく、メアはベグリフへと飛び出していた。
「悪いけど、貴方を倒すのは私なんだから!」
「お前一人で倒せるとは思えんが」
言下、ベグリフから噴き出す闇。カイが相手している闇は、ほんの一部に過ぎないのである。
闇の奔流がメアへと殺到する。
だが次の瞬間、闇はメアを見失っていた。
そして、ベグリフの身体をファンネルの光槍がいくつも貫いていた。
「―――っ」
その背後にいつの間にか居たメアが、そのままベグリフの首めがけて青白く光る長槍を薙ぐ。
「《デス・イレイス》」
直後、ベグリフを刺していたファンネルが悉く消失した。
《魔》の紋章を得たベグリフを前に、魔力は霧散してしまう。何よりどれだけ致命傷を受けようと、ベグリフは回復してしまう。
ベグリフは死なない。
「改めて言おう、お前一人で倒せるとは思えんが」
「っ」
既に薙ぐ体勢に入っていたメアへとベグリフの魔の手が伸びる。
すぐさまメアは攻撃を止めて距離を取ろうとして。
ベグリフの眼の前から消失した。
正確には、入れ替わった。
先程まで広げられていた純白の翼は漆黒へ。長槍は消え、代わりに獣の腕がそこにあった。
「なにっ」
驚いているのはドライルだった。
まずはベグリフの出方を見ようと慎重を期していた彼だったが、突如としてベグリフの眼の前に連れて来られたのである。
カイの奴……!
これがカイの転移であることは分かっている。ドライルもメアも、カイの魔力が付与されていた。
ベグリフの手から勢いよく闇が溢れ出す。
突然呼び出された瞬間の一撃。避けられようもない。
だが獣の感覚が、本能が。
ドライルをベグリフの懐へと掻い潜らせた。
「―――!」
伸ばしていた手をギリギリ避けるようにして身をかがめ、獣の拳に力を籠める。拳はドライルに呼応するように、人ひとり握られるほど巨大に膨れ上がっていた。
「《黒獣・剛拳!》」
思い切り叩きつけられる巨大な黒拳。ベグリフは咄嗟に体から闇を溢れさせて防いだが、闇共々勢いよく吹き飛ばされた。あのベグリフが軽々と上空を吹き飛び、更地を超えて遥か先の山へと消えていった。
途中の木々を薙ぎ倒しても止まらず、そのまま山の斜面を駆けあがっていく。やがて頂上付近にある崖に勢いよく衝突し、衝撃で亀裂の走る大地。反動で弾むベグリフの身体。
その横にいつの間にかカイは転移していた。
「うおらっ」
薙いだセインが、ベグリフを真っ二つに裂く。鮮血と共に上半身と下半身が分かれて、宙を舞った。
だが、舞ったはずの上半身にはいつの間にか闇で生成された黒剣が握られていた。
「その程度か!」
「イカレすぎだろっ」
闇を纏いながら、不気味にベグリフが笑ってカイへと剣を叩きつけた。
セインで防ぐものの闇の奔流に押し流され、カイはこれまた遥か向こうの大山へと消えていった。すぐに轟音と地響きが周囲に響き渡り、一直線に闇の軌跡が残っている。。
「ちょっと! 私の弟に何してんのよ!」
ベグリフの背後に、メアが迫っていた。
「《ファンネル・滅刀の陣!》」
長槍の先にファンネルが全て集まり、光槍が先端から放たれる。光槍はやがて一つに重なり、長槍の槍先からまるで大きなレーザーが放たれているようだった。
「これで全身掻き消えなさい!」
光線を真横に勢いよく薙ぐ。それだけではない。ギリギリまで自身の時を加速させ、逆にベグリフを遅くした。
魔法を無力化される前に消す!
振り返ろうとするベグリフだったが、メアには止まって見えた。
一瞬でベグリフが光に飲み込まれる。メアの一振りで、山の先端が切り離されていた。
だが、ずり落ちていく山の先端の前に、ベグリフは平然と存在していた。
どれだけ素早くなろうと遅くしようと、攻撃の瞬間には時を同じにしなければならない。光に飲み込まれて身が掻き消え始めた時には、ベグリフは既に反応して周囲の魔力を掻き消していたのである。
「言葉の分からん奴だ。勝ち目はないと言っているはずだ!」
黒剣がメアへと振り下ろされる。いつの間にかベグリフの身体は一つに戻っていた。
「っ」
回避しようとするメア。時を操作すれば何とか避けれるはず。
その身体が瞬間、消えた。高速で動いたわけではない、文字通り消えたのだ。
「……ふん、面倒な能力だな」
振るう相手がいなくなり、黒剣を下ろすベグリフ。
そこに差す巨大な影。
「《黒獣、鎧鳥・裂重爪!》」
まるで大きな手のような翼をはためかせて、ドライルがベグリフへと急降下していた。その脚は変化しており、爪先は鋭利に尖っていた。
一瞬にしてベグリフへと迫る凶爪。だが、すんでの所でそれは止まった。
見向きすることもなく、ベグリフは闇でドライルを捕らえていた。
「くっ」
闇がドライルの四肢に纏わりつき、締め上げる。常人ならこの時点で激痛が全身を襲っているが、《獣》の力を持つドライルの身体は強靭であった。
闇が取り付き、ドライルの身体に付与されていたカイの魔力を吸いとっていく。
「だが、こうすればもう転移もできないだろう」
「っ、《黒獣・剛――》」
どうにか力で闇を振り払おうとするドライル。彼の剛腕なら可能だったかもしれないが、その前に闇が勢いよくドライルを振り回す。まるで鞭のように闇はしなり、そのままドライルをカイの消えていった方まで全力で吹き飛ばしていった。
彼方へ消えていくドライルを見ながら、ベグリフが笑う。
「アイ・ハートの娘はともかくとして、他二人は存外やるではないか」
その表情に宿るは愉悦と快楽。
これ程までに高揚する戦いは久しぶり、それこそゼノ・レイデンフォートとの戦い以来であった。
……あの剣の出番も近いだろう。
この世界で最後の戦いは、ベグリフの期待を裏切らないようだ。
「もっと楽しませて見せろ」
そして、ベグリフから闇が大量に溢れ、カイ達の方へと飛び出していった。
※※※※※
「ちょっと! 勝手に転移しないでくれる!?」
「だってピンチだっただろ!」
「私一人で乗り切れたもん! 第一、こんなに遠くから状況分かるわけないじゃん!」
「メアの魔力が動揺してたんだ! 何かあると思うだろ!」
「し、してないし! そもそも魔力が動揺ってなに!!?」
「《でもカイ、確かに急に転移させられると驚いちゃうよ》」
「そうだそうだ! 流石イデアちゃん!」
「……まぁ、そうかもしれないけどさ!」
ベグリフのいる山からはかなり遠く離れた山の頂上にカイとメアはいた。大きく吹き飛ばされたカイだったが、体勢を立て直した所でメアの危機を察知。すぐさまこちらへ転移させたのである。
だが、どうやら杞憂だったらしい。メアは不満げに口を尖らせていた。
言い合いになりかける二人。
今度はその間に勢いよくドライルが吹き飛んできた。だが、頂上に叩きつけられたわけではなく、その強靭な脚で勢いそのままに着地したと言った方が正しい。尖った先端に亀裂が走り、次の瞬間勢いを受け継いでそのまま後方へ砕け散った。
慌てて飛び退く二人の元へ、ドライルも寄っていく。
「おい、何だあの化け物は」
「ドライル、無事か!」
「ああ、だが状況は無事じゃないだろ。身体をどれだけ貫いても、真っ二つにしても平然としているじゃないか。アレは死なないのか」
ドライルは初めて見る魔王ベグリフの異質さに驚きを隠せずにいた。初動で様子を窺っていたのは、初めてベグリフと対峙するから。策なしでは全く勝てないと踏んでいたのである。
だが、どうだ。いざ見てみると不死身に相違ない。どれだけ攻撃しても瞬時に回復してしまう。攻撃しても死なないのであれば、作戦の立てようがない。
「死なないどころの騒ぎじゃないんだから。アイツ、魔法を無効化できるのよ! おかしいでしょ!」
「何だその昔考えた最強の自分みたいなのは……」
「え、考えたことあるの? 男の子ってやっぱりそういう事考えるの?」
「……実際、現状打開する術はほぼない」
メアの純粋な疑問を無視して、カイが続ける。
「ベグリフが不死身で且つ魔力を無効化できるのは、全て《魔》の紋章の力があるからだ。そもそもアイツは《魔》そのもの。紋章の力がある限り《魔》が消失することはない。どれだけ攻撃を喰らおうと、《魔》であるアイツは存在し続けるんだよ」
《魔》の紋章が、夢の想いがベグリフを生かす。生かし続ける。たとえ想いが呪いだと言われようと何だろうと、生きて欲しいと何度も繰り返す。
でも、こんな形で生きて欲しいと彼女は願ったのだろうか。勝手に解釈しているだけかもしれない。でも、夢の存在を考える度に、ベグリフを見る度に、カイはどこか辛かった。
「んー、紋章ってのが良く分からないけど、要はその力さえなきゃいいんでしょ? どうにか無くせないの? ほら、回復する度に消費してるなら、何度か続けてれば――」
「親父達もそう考えたことがあるらしいけど、前のベグリフですら無尽蔵に感じる程の力だったらしい。今はそれが更に強まってる状態だから、あまりに果てしないよ」
先程言った言葉に嘘はない。
現状、打開する術はほぼない。
「うーん、でも、じゃあ、えーっと……」
それでもどこかに勝つ方法があるだろうと、必死にメアが目を瞑って思考を巡らせる。
その横で、ドライルは真っすぐにカイを見ていた。
カイと一緒に過ごしたのは、たったの一日程度でしかない。だが、忘れられない一日だった。その一日を思い返すほどに、思わずにはいられない。
成長したんだな。
どこかドライルには、カイが落ち着いているように見えた。戦いの中でも、常に思考を巡らせているように思えた。何より転移の力がその証拠だ。味方を転移させるにしても、状況を理解していなくては出来ない。周りが良く見えている。
どこか直感的な部分をあの時は多く感じていたけれど、今は思考を多く伴っている。それだけの、考える必要のある日々を送ってきたのだと思う。
だからだろう。
「カイ、ほぼ、ということは、策が無いわけではないのだろう」
この落ち着きよう。相手は不死身だと分かっているのに、慌てている様子がない。
どうにか出来ると、彼は思っている。
ドライルの問いに、少し間をおいて頷いた。
「……俺とイデアならどうにかなる、と思う」
「え、嘘!? どうにかって、どうやって?」
「俺達ならその根幹である《魔》の紋章を断ち切ることが出来る、と思うんだ」
カイが手に持つセイン、イデアを見つめながら、そう答える。
「その様子からして、確証は薄いんだな」
「《まだ一度も上手くいったことが無いんです。私達の思い描いている状態まで、あと一歩だと思うのですが……」
「え、それでぶっつけ本番なの!?」
メアの問いには、頷かざるを得なかった。
ベルセイン・リングを習得してから、カイとイデアは同時にその可能性に思い至った。自分達になら紋章に干渉できるのではないかと。紋章を掻き消すことができるのではないかと。そうして何度も練習を続けてきたが、結局ここまで一度もできたことがない。
ベグリフと対峙してというもの、何度も紋章に干渉するべくセインを振るっているが、まるで効果は無し。今もまだ出来てはいなかった。
「……でも出来ると思うんだ。だから――」
「なら、いい」
すると、話を遮ってドライルは前を向いた。もう話すことはないと言わんばかりに、ベグリフのいるであろう前を見据える。
唐突な話の終わりにメアが慌てる。
「え、いいって、どうやるのとか聞いた方が良くない!?」
「……カイが出来ると言うなら、出来るんだろう。なら、俺達は信じて進むだけさ」
「ドライル……」
カイは成長した。思考を多く伴うようになった。
でも結局、その思考の根本には直感が存在しているのだろう。直感を支える為に思考を伴っているだけ。
そんなカイの直感が、出来ると感じているのなら。
疑う余地なんか、微塵も存在しない。
その直感が沢山のものを救ってきたはずだから。
「えー、何その通じ合ってる感じ! 私はカイのお姉ちゃんなんだから、私の方が分かるもん!」
「どこで張り合ってるんだよ……」
「分かったわ、要はカイに負けじと私も頑張ればいいのね! 弟に負けてられないわ!」
そう言って、メアも亦真っすぐに視線を向ける。
その様子に苦笑しながら、カイもまた前を向いた。
出来ると思うんだ。
勝てると思うんだ。
「《……カイ、行くよ》」
「ああ」
この四人なら。
遥か彼方から、闇が茨のようにこちらへ向かってくる。勢いが速く、赤黒い空を覆いつくさんばかりだ。
「よし、第二ラウンドだ!」
真っ黒な未来を晴らす為に、カイ達は一斉に前へと飛び出した。
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