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4『理想のその先へ』
4 第四章第五十四話「VSベグリフ編① 呪われた想い」
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この世界の終着点へ辿り着くまで、本当に長かったとベグリフは思う。
夢を失う代償に《魔》をこの身に宿し、前の世界に絶望してここに来た。
逃げてきたのだ。夢のいない世界で生きることなどあの頃のベグリフ、つまり想一郎にはできなかった。まるで最初からいなかったかのように、死んだら死んだで世界は先へと動き出す。それがどうしようもなく耐えられなかった。
だが逃げ出した先の世界で、身体を蝕む《魔》の紋章が心を苦しめる。世界を離れてなお、夢の与えた力が延々とあの日の光景を脳裏で繰り返し続ける。
この力は何だ。何の為に、夢は俺にこの力を与えたのだ。
不思議と問いの答えはパッと頭に浮かぶ。
自分が望んだ力じゃないか。
《言霊の代行者》たる夢から力を得る。その為に想一郎は夢の傍に居続けた。最初から、夢は力を想一郎へ渡して死ぬはずだった。
だから、最初から望んだ力で、望んだ結末になっただけ。
なのに、この心を苦しめるものは何だ。握りつぶされているかのように、心の奥底がズキズキと痛む。或いは、心臓を貫かれているかのように、ぽっかりと穴が開いたような気分だった。
どうして、俺はあの世界から逃げてきたんだ。夢がいないから何だと言うのだ。最初から夢が死ぬことなど分かっていた。分かっていただろう。
分かっていたのに、分からない。夢がいないから逃げた、その行間にある想いとは何なのか。言葉にならない。
……いや、俺は間違っていない。望んだ力を手に入れたのだ。目的は果たされたのだ。ならば、この力を存分に振るわなければ。
力を求めたきっかけは些細なもので、愛国心だとか、幼心に英雄に憧れたとか。
だが、想一郎はもう思い出せない。思い出さない。
思い出したところで、もう何も変わりやしない。
そうして名を想一郎改めベグリフとし、手始めに武を以て悪魔族を従属させた。前魔王もこの力の前では無力。
際限のない闇と不死身の身体。
望んで手に入れた力が、最強なのだと証明していく。
何故だか無性に、証明しなければならないと思った。
証明し続けて、新たなこの世界をこの力で征服したら、もう一度あの世界へ戻る。
戻って、あの腐った世界を闇に染めてやる。
それだけは、この世界に辿り着いた最初から漠然と決まっていた。
戻るためには次元を繋げる必要があった。幸い、この世界に魔石と呼ばれるものがあった。魔力を増幅させることが可能な魔石を、悪魔族共に集めさせればいい。今は人族という奴隷もいる。世界を手に入れる頃には充分量手に入っているはずだ。
そうして魔石を集めている矢先、ベグリフはフィグルと出会った。
彼女から、目が離せなかった。
それは直感的なもの。
フィグルは、心に開いた穴を埋めてくれるような気がした。
「俺の妻になれ」
唐突な言葉で、その場にいた誰もが驚いていた。ベグリフ自身もだ。
失ったものを取り戻すために無意識に零れた言葉だった。
ベグリフは無意識ではあるが、最初から分かっていた。なぜ夢のいない世界に耐えられなかったのか。
その答えを知っているからこそ、ベグリフはフィグルを妻にした。
フィグルは突然の申し出を承諾した。最初から強制と思っていたのかもしれない。
別に妻になったから何かが変わったわけでもない。多少は傍に居る時間が増えたが、その程度のものだった。
フィグルと夢の性格はそれ程似てはいない。フィグルの方が落ち着いていて、夢の方が活発な印象。だが、醸し出す雰囲気がどこか似ているように思えた。
以前、尋ねたことがある。
「何故、俺を受け入れた」
「……あなたが、世界を受け入れないからですよ」
悲しそうにフィグルは笑ってそう言っていた。
それから更に年月を重ね、ゼノという好敵手を見つけ、最後の戦いを繰り広げていた時。
フィグルは、ベグリフの力を封印した。
左手の薬指に嵌めた指輪が、《魔》の力を吸収して封印してしまった。
俺の……夢の力を、封じ込めてしまった。
違った。
好いていると言っても、結局はその想いを俺の力の封印に使った。
フィグルは俺を、《魔》の紋章を受け入れてなどいなかった。
そうか。
こんなに苦しいのは想い、そして想われているからか。
想いが心に穴を開ける。想いが力を弱らせる。
夢の想いが、フィグルの想いが、俺をこんなにも苦しめる。
俺の想いが、こんなにも俺を壊していく。
想いなど、呪いでしかない。
「そんなわけない!!」
そこまで想起したところで、先程イデアに言われた言葉を思い出す。
「フィグルさんは、ずっと貴方に手を差し伸べていた! ずっと貴方を待っていた! 好きだから繋がろうとした! その想いが呪いにしか見えないのは、貴方がちゃんとその想いに向き合ってないからでしょう! 元々、フィグルさんに結婚を申し出たのは貴方からじゃないの!? 忘れられなかったのでしょ、想いが! 誰かに想われる温もりが、誰かを想う幸せが!」
向き合っていない。確かにそうなのかもしれない。
忘れられない。確かにそうなのかもしれない。
「望みは彼女自身だったんじゃねえのか!!」
次に思い起こされるはカイの言葉。
力ではなく、夢自身を望んでいた。確かにそうなのかもしれない。
そして夢を忘れられなくて、俺はフィグルを選んだのかもしれない。
だが、向き合えば向き合う程苦しくなる。辛くなる。フィグルに向き合い、想われ想おうとすれば、一層心は暗く沈んでいく。満たされるからこそ、穴が開いて全て消えて無くなっていく。
想いが、ベグリフの心の穴を埋めることはない。
「その力は、彼女の想いそのものだろうが!!!」
カイの叫び。
想いがベグリフの心を癒すことはない。
そして、カイの言う通り《魔》の紋章が夢の想いならば、この力がベグリフの心を救うこともない。
やはり夢の想いが、俺を救うことはない。
分かっている。
全て、分かっている。
この人生は既に呪いにかけられて八方塞がりだ。
力を証明しようとすれば、夢の想いを証明することになる。
想いを証明すれば、俺が苦しくなるだけ。
何をしたって救われることはない。
呪われた人生。
だが、救われなくていい。
これでいい。
《魔》の力で、この世の全ても呪ってみせよう。
それが、ベグリフの呪われた想いだった。
ゆっくりとベグリフは目を開けた。
魔界の王都アイレンゾードの中心にそびえ立つは魔城ヴェイガウス。王都の中で一番高いそこからは、国が一望できる。だが、今国は命の気配を絶っていた。悪魔族一人見当たらない。
聖戦が始まる際、この国から全て避難させていた。ベグリフの力を以てすれば、戦いの邪魔にすらならないが、カイ達の全力を妨げるかもしれない。それに避難させなければ悪魔族兵士達の士気に関わる。
この世界の命など、最早どうでもいいのだがな。
聖戦が終われば、魔石の力をすべて使い、次元に穴を開ける。そして、元居た世界に戻るのだ。
だが戻る前に、メインディッシュがまだ残っている。
「……来たか」
言下、広々とした王の間に突如として彼らが姿を見せた。
「……本当にカチコム奴があるか」
「いいじゃない、その方が手っ取り早いし!」
「終わらせるよ、イデア」
「《うん》」
てっきり一人で来るかと思ったが、拾い物をしたらしい。
「さぁ戦いに来たぜ、ベグリフ! 俺の言っていたことが正しかったですと、泣いて謝らせてやるよ!!」
一切臆することなく、カイがベグリフへと言ってのけた。
「……思ったよりも、早く来たものだな」
「来て欲しかっただろ?」
カイの挑発的な笑みに対抗するように、ベグリフも亦口角を上げた。
視線をカイから、メアとドライルへと向ける。
「死ぬ覚悟はできているな」
「それはそっちでしょ! 言っとくけど、前だってそっちが尻尾巻いて逃げたんだからね!」
ベグリフに向かって、メアがチロッと舌を出す。魔王相手にそこまでやる者はいない。
隣にいるメアにドライルが呆然とするも、そう言えばカイの知り合いだったなとすぐに納得した。
コイツが、魔王……。
直接会うのは勿論初めてだが、何だこの威圧感は。目の前にしているだけですぐにも足が震えてしまいそうだった。
「《何ビビッてやがる》」
ふと、ドライルの右手の甲にギョロッと大きな獣の目玉が現れた。
「クロ……」
気配に気づいたカイとメアが驚く。
「うわっ、ドライル、お前なんだそれ!?」
「やだっ、何か不気味な眼ぇ……こっち見ないで!」
「《……食い散らかしてやろうか、小娘》」
「「喋った!」」
カイとメアの反応に、イデアとドライルはほとほとあきれ果てていた。
「《カイ、もっと緊張感だよ》」
「お前らな、魔王の前でふざけている場合は――」
その言葉は続かない。
視線の先。
驚いたように、ベグリフが眼を見開いて立ち上がっていたからだ。
まるで信じられないものを見たような表情。ベグリフの視線がドライルへ、正確に言えば、その腕へと向けられていた。
そして、ベグリフは言う。
「《獣》の紋章、だと……!?」
「紋章って……」
奴の言葉に、カイもまたドライルの腕へと視線を向けた。
ダリルに聞いたベグリフの過去話で、出てきていた単語。
紋章ってことは、こいつもベグリフと同じ……!?
《言霊の代行者》によって力を与えられたものを《紋章使い》と言うが、何の《紋章使い》になるかは《言霊の代行者》の言葉次第。
ベグリフは《魔》の紋章。
そしてドライルの腕に眠る何かを、ベグリフは《獣》の紋章と呼んだ。
訳が分からないと言うように、メアが首を傾げる。
「え、ねぇ、何を言ってるわけ?」
そのままカイに問いかけてくるが、カイは無視した。
「ドライル、それ……」
何故ドライルにその紋章が宿っているのか、視線で説明を促そうとしたが、どうやらドライルも良く分かっていないようで、彼もまた目玉を覗いていた。
「クロ、紋章って何だ。お前、一体……」
身体に宿るその獣が特殊な存在であることはドライルも分かっていた。だがこれまで、あえて何者かは聞かなかった。力を貸してくれていることは確かだったからだ。
「《……この戦いが終われば、話してやろう。それよりも、どうやらやる気だぞ》」
「っ」
クロの言葉に再びベグリフへと視線を向ける。ベグリフは、楽しそうに笑っていた。
「そうか、そんなところにいたとは! 見つからないわけだ! だが、これで後は《王》の紋章のみだ! 何となく見当はついているが《獣》、知っているか!」
どこか興奮気味のベグリフ。
《王》の紋章……。
この世界にまだ、ベグリフと同じ世界から来た奴がいるのか……!
驚くカイを他所に、クロは素っ気なく答えた。
「《さぁな、仮に知っていても教える必要はない》」
「そう言うと思っていた。構わん、どうせその男を殺してお前を手に入れるからな!」
「ちょっと! 置いていかないでよ!!」
我慢できなくなったメアがベグリフに向かって叫んだ。
その時、ベグリフの瞳が怪しく光った。
カイの直感が働く。すぐにドライルとメアを手元に抱き寄せた。
「ちょ、カイ! 姉弟間で大胆なスキンシップは――」
「来るぞ!」
「分かってる!」
すぐにその場から転移し、アイレンゾードの上空へ。国全体が見渡せる場所にカイ達は移動した。
瞬間、アイレンゾード全域が闇に飲み込まれた。
本当に一瞬の出来事。先程までいた魔城ヴェイガウスから闇が漏れ出たかと思うと、爆発的に国全体に闇が広がっていった。
「……っ!」
これでも魔界の王都なわけで、国としての面積は魔界随一。だが、それ程の範囲をベグリフは容易く包み込んで見せたのだ。
「《封印が解かれたせいで……!》」
「にしても、これはっ……!」
封印していたはずのベグリフの力は既に解かれている。封印されている間に、《魔》の力は更に強大なものになっていた。そして、それを行使するベグリフもだ。
今対峙しようとしているベグリフは、これまでのベグリフを遥かに超えた実力を持っていた。
闇に包まれた建物がどんどん闇に引きずり込まれていく。
魔城ヴェイガウスもあれだけ高い建物だったのに、一瞬にして沈んでいった。
やがて全てを飲み込んで、闇が中心へと引いていく。
王都アイレンゾードはその姿を消し、全て更地と化していたのだった。
闇の中心で、ベグリフが笑う。
「はっはっは、一人は人族ゼノ・レイデンフォートの息子、一人は天使族ハート家の娘、そしてもう一人は悪魔族で《獣》の紋章使いと来た! これを運命と呼ばずになんと呼ぶ! この世界の種族が一つになって俺を倒しに来る。ゼノ・レイデンフォート達の意志が、今再び俺と戦おうとしている!」
カイ達が空から降りて、更地となった地上に着地する。
「見せてみろ、お前達の力を! そして証明するがいい! 想いは力だと! お前達のその力を、想いを、全力を以て呪い殺してみせよう!」
再び溢れ出る闇。
ベグリフを蝕む呪い。
それを振り払いに来たんだ。
「親父の代から続く因縁にここで終止符を打つ!」
「《カイ!》」
「ああ!」
ギュッとイデアを、セインを強く握りしめる。溢れ出る力。
ベルセイン・リング状態の今、誰にも負ける気はしない。
俺達の想いは、負けない。
想いは、力なんだ!
セインに魔力を纏わせていく。その魔力は次の瞬間、雷となってセインを迸っていた。
「雷神一閃、《ストリーム・ライトニング・スラッシュ!!》」
勢いよく振るったセインから、雷の奔流が放たれる。
黄色い閃光が溢れていた闇を劈き、ベグリフへと殺到する。
目の前まで迫る一撃に、ベグリフは笑っていた。
最後の戦いが今始まる。
夢を失う代償に《魔》をこの身に宿し、前の世界に絶望してここに来た。
逃げてきたのだ。夢のいない世界で生きることなどあの頃のベグリフ、つまり想一郎にはできなかった。まるで最初からいなかったかのように、死んだら死んだで世界は先へと動き出す。それがどうしようもなく耐えられなかった。
だが逃げ出した先の世界で、身体を蝕む《魔》の紋章が心を苦しめる。世界を離れてなお、夢の与えた力が延々とあの日の光景を脳裏で繰り返し続ける。
この力は何だ。何の為に、夢は俺にこの力を与えたのだ。
不思議と問いの答えはパッと頭に浮かぶ。
自分が望んだ力じゃないか。
《言霊の代行者》たる夢から力を得る。その為に想一郎は夢の傍に居続けた。最初から、夢は力を想一郎へ渡して死ぬはずだった。
だから、最初から望んだ力で、望んだ結末になっただけ。
なのに、この心を苦しめるものは何だ。握りつぶされているかのように、心の奥底がズキズキと痛む。或いは、心臓を貫かれているかのように、ぽっかりと穴が開いたような気分だった。
どうして、俺はあの世界から逃げてきたんだ。夢がいないから何だと言うのだ。最初から夢が死ぬことなど分かっていた。分かっていただろう。
分かっていたのに、分からない。夢がいないから逃げた、その行間にある想いとは何なのか。言葉にならない。
……いや、俺は間違っていない。望んだ力を手に入れたのだ。目的は果たされたのだ。ならば、この力を存分に振るわなければ。
力を求めたきっかけは些細なもので、愛国心だとか、幼心に英雄に憧れたとか。
だが、想一郎はもう思い出せない。思い出さない。
思い出したところで、もう何も変わりやしない。
そうして名を想一郎改めベグリフとし、手始めに武を以て悪魔族を従属させた。前魔王もこの力の前では無力。
際限のない闇と不死身の身体。
望んで手に入れた力が、最強なのだと証明していく。
何故だか無性に、証明しなければならないと思った。
証明し続けて、新たなこの世界をこの力で征服したら、もう一度あの世界へ戻る。
戻って、あの腐った世界を闇に染めてやる。
それだけは、この世界に辿り着いた最初から漠然と決まっていた。
戻るためには次元を繋げる必要があった。幸い、この世界に魔石と呼ばれるものがあった。魔力を増幅させることが可能な魔石を、悪魔族共に集めさせればいい。今は人族という奴隷もいる。世界を手に入れる頃には充分量手に入っているはずだ。
そうして魔石を集めている矢先、ベグリフはフィグルと出会った。
彼女から、目が離せなかった。
それは直感的なもの。
フィグルは、心に開いた穴を埋めてくれるような気がした。
「俺の妻になれ」
唐突な言葉で、その場にいた誰もが驚いていた。ベグリフ自身もだ。
失ったものを取り戻すために無意識に零れた言葉だった。
ベグリフは無意識ではあるが、最初から分かっていた。なぜ夢のいない世界に耐えられなかったのか。
その答えを知っているからこそ、ベグリフはフィグルを妻にした。
フィグルは突然の申し出を承諾した。最初から強制と思っていたのかもしれない。
別に妻になったから何かが変わったわけでもない。多少は傍に居る時間が増えたが、その程度のものだった。
フィグルと夢の性格はそれ程似てはいない。フィグルの方が落ち着いていて、夢の方が活発な印象。だが、醸し出す雰囲気がどこか似ているように思えた。
以前、尋ねたことがある。
「何故、俺を受け入れた」
「……あなたが、世界を受け入れないからですよ」
悲しそうにフィグルは笑ってそう言っていた。
それから更に年月を重ね、ゼノという好敵手を見つけ、最後の戦いを繰り広げていた時。
フィグルは、ベグリフの力を封印した。
左手の薬指に嵌めた指輪が、《魔》の力を吸収して封印してしまった。
俺の……夢の力を、封じ込めてしまった。
違った。
好いていると言っても、結局はその想いを俺の力の封印に使った。
フィグルは俺を、《魔》の紋章を受け入れてなどいなかった。
そうか。
こんなに苦しいのは想い、そして想われているからか。
想いが心に穴を開ける。想いが力を弱らせる。
夢の想いが、フィグルの想いが、俺をこんなにも苦しめる。
俺の想いが、こんなにも俺を壊していく。
想いなど、呪いでしかない。
「そんなわけない!!」
そこまで想起したところで、先程イデアに言われた言葉を思い出す。
「フィグルさんは、ずっと貴方に手を差し伸べていた! ずっと貴方を待っていた! 好きだから繋がろうとした! その想いが呪いにしか見えないのは、貴方がちゃんとその想いに向き合ってないからでしょう! 元々、フィグルさんに結婚を申し出たのは貴方からじゃないの!? 忘れられなかったのでしょ、想いが! 誰かに想われる温もりが、誰かを想う幸せが!」
向き合っていない。確かにそうなのかもしれない。
忘れられない。確かにそうなのかもしれない。
「望みは彼女自身だったんじゃねえのか!!」
次に思い起こされるはカイの言葉。
力ではなく、夢自身を望んでいた。確かにそうなのかもしれない。
そして夢を忘れられなくて、俺はフィグルを選んだのかもしれない。
だが、向き合えば向き合う程苦しくなる。辛くなる。フィグルに向き合い、想われ想おうとすれば、一層心は暗く沈んでいく。満たされるからこそ、穴が開いて全て消えて無くなっていく。
想いが、ベグリフの心の穴を埋めることはない。
「その力は、彼女の想いそのものだろうが!!!」
カイの叫び。
想いがベグリフの心を癒すことはない。
そして、カイの言う通り《魔》の紋章が夢の想いならば、この力がベグリフの心を救うこともない。
やはり夢の想いが、俺を救うことはない。
分かっている。
全て、分かっている。
この人生は既に呪いにかけられて八方塞がりだ。
力を証明しようとすれば、夢の想いを証明することになる。
想いを証明すれば、俺が苦しくなるだけ。
何をしたって救われることはない。
呪われた人生。
だが、救われなくていい。
これでいい。
《魔》の力で、この世の全ても呪ってみせよう。
それが、ベグリフの呪われた想いだった。
ゆっくりとベグリフは目を開けた。
魔界の王都アイレンゾードの中心にそびえ立つは魔城ヴェイガウス。王都の中で一番高いそこからは、国が一望できる。だが、今国は命の気配を絶っていた。悪魔族一人見当たらない。
聖戦が始まる際、この国から全て避難させていた。ベグリフの力を以てすれば、戦いの邪魔にすらならないが、カイ達の全力を妨げるかもしれない。それに避難させなければ悪魔族兵士達の士気に関わる。
この世界の命など、最早どうでもいいのだがな。
聖戦が終われば、魔石の力をすべて使い、次元に穴を開ける。そして、元居た世界に戻るのだ。
だが戻る前に、メインディッシュがまだ残っている。
「……来たか」
言下、広々とした王の間に突如として彼らが姿を見せた。
「……本当にカチコム奴があるか」
「いいじゃない、その方が手っ取り早いし!」
「終わらせるよ、イデア」
「《うん》」
てっきり一人で来るかと思ったが、拾い物をしたらしい。
「さぁ戦いに来たぜ、ベグリフ! 俺の言っていたことが正しかったですと、泣いて謝らせてやるよ!!」
一切臆することなく、カイがベグリフへと言ってのけた。
「……思ったよりも、早く来たものだな」
「来て欲しかっただろ?」
カイの挑発的な笑みに対抗するように、ベグリフも亦口角を上げた。
視線をカイから、メアとドライルへと向ける。
「死ぬ覚悟はできているな」
「それはそっちでしょ! 言っとくけど、前だってそっちが尻尾巻いて逃げたんだからね!」
ベグリフに向かって、メアがチロッと舌を出す。魔王相手にそこまでやる者はいない。
隣にいるメアにドライルが呆然とするも、そう言えばカイの知り合いだったなとすぐに納得した。
コイツが、魔王……。
直接会うのは勿論初めてだが、何だこの威圧感は。目の前にしているだけですぐにも足が震えてしまいそうだった。
「《何ビビッてやがる》」
ふと、ドライルの右手の甲にギョロッと大きな獣の目玉が現れた。
「クロ……」
気配に気づいたカイとメアが驚く。
「うわっ、ドライル、お前なんだそれ!?」
「やだっ、何か不気味な眼ぇ……こっち見ないで!」
「《……食い散らかしてやろうか、小娘》」
「「喋った!」」
カイとメアの反応に、イデアとドライルはほとほとあきれ果てていた。
「《カイ、もっと緊張感だよ》」
「お前らな、魔王の前でふざけている場合は――」
その言葉は続かない。
視線の先。
驚いたように、ベグリフが眼を見開いて立ち上がっていたからだ。
まるで信じられないものを見たような表情。ベグリフの視線がドライルへ、正確に言えば、その腕へと向けられていた。
そして、ベグリフは言う。
「《獣》の紋章、だと……!?」
「紋章って……」
奴の言葉に、カイもまたドライルの腕へと視線を向けた。
ダリルに聞いたベグリフの過去話で、出てきていた単語。
紋章ってことは、こいつもベグリフと同じ……!?
《言霊の代行者》によって力を与えられたものを《紋章使い》と言うが、何の《紋章使い》になるかは《言霊の代行者》の言葉次第。
ベグリフは《魔》の紋章。
そしてドライルの腕に眠る何かを、ベグリフは《獣》の紋章と呼んだ。
訳が分からないと言うように、メアが首を傾げる。
「え、ねぇ、何を言ってるわけ?」
そのままカイに問いかけてくるが、カイは無視した。
「ドライル、それ……」
何故ドライルにその紋章が宿っているのか、視線で説明を促そうとしたが、どうやらドライルも良く分かっていないようで、彼もまた目玉を覗いていた。
「クロ、紋章って何だ。お前、一体……」
身体に宿るその獣が特殊な存在であることはドライルも分かっていた。だがこれまで、あえて何者かは聞かなかった。力を貸してくれていることは確かだったからだ。
「《……この戦いが終われば、話してやろう。それよりも、どうやらやる気だぞ》」
「っ」
クロの言葉に再びベグリフへと視線を向ける。ベグリフは、楽しそうに笑っていた。
「そうか、そんなところにいたとは! 見つからないわけだ! だが、これで後は《王》の紋章のみだ! 何となく見当はついているが《獣》、知っているか!」
どこか興奮気味のベグリフ。
《王》の紋章……。
この世界にまだ、ベグリフと同じ世界から来た奴がいるのか……!
驚くカイを他所に、クロは素っ気なく答えた。
「《さぁな、仮に知っていても教える必要はない》」
「そう言うと思っていた。構わん、どうせその男を殺してお前を手に入れるからな!」
「ちょっと! 置いていかないでよ!!」
我慢できなくなったメアがベグリフに向かって叫んだ。
その時、ベグリフの瞳が怪しく光った。
カイの直感が働く。すぐにドライルとメアを手元に抱き寄せた。
「ちょ、カイ! 姉弟間で大胆なスキンシップは――」
「来るぞ!」
「分かってる!」
すぐにその場から転移し、アイレンゾードの上空へ。国全体が見渡せる場所にカイ達は移動した。
瞬間、アイレンゾード全域が闇に飲み込まれた。
本当に一瞬の出来事。先程までいた魔城ヴェイガウスから闇が漏れ出たかと思うと、爆発的に国全体に闇が広がっていった。
「……っ!」
これでも魔界の王都なわけで、国としての面積は魔界随一。だが、それ程の範囲をベグリフは容易く包み込んで見せたのだ。
「《封印が解かれたせいで……!》」
「にしても、これはっ……!」
封印していたはずのベグリフの力は既に解かれている。封印されている間に、《魔》の力は更に強大なものになっていた。そして、それを行使するベグリフもだ。
今対峙しようとしているベグリフは、これまでのベグリフを遥かに超えた実力を持っていた。
闇に包まれた建物がどんどん闇に引きずり込まれていく。
魔城ヴェイガウスもあれだけ高い建物だったのに、一瞬にして沈んでいった。
やがて全てを飲み込んで、闇が中心へと引いていく。
王都アイレンゾードはその姿を消し、全て更地と化していたのだった。
闇の中心で、ベグリフが笑う。
「はっはっは、一人は人族ゼノ・レイデンフォートの息子、一人は天使族ハート家の娘、そしてもう一人は悪魔族で《獣》の紋章使いと来た! これを運命と呼ばずになんと呼ぶ! この世界の種族が一つになって俺を倒しに来る。ゼノ・レイデンフォート達の意志が、今再び俺と戦おうとしている!」
カイ達が空から降りて、更地となった地上に着地する。
「見せてみろ、お前達の力を! そして証明するがいい! 想いは力だと! お前達のその力を、想いを、全力を以て呪い殺してみせよう!」
再び溢れ出る闇。
ベグリフを蝕む呪い。
それを振り払いに来たんだ。
「親父の代から続く因縁にここで終止符を打つ!」
「《カイ!》」
「ああ!」
ギュッとイデアを、セインを強く握りしめる。溢れ出る力。
ベルセイン・リング状態の今、誰にも負ける気はしない。
俺達の想いは、負けない。
想いは、力なんだ!
セインに魔力を纏わせていく。その魔力は次の瞬間、雷となってセインを迸っていた。
「雷神一閃、《ストリーム・ライトニング・スラッシュ!!》」
勢いよく振るったセインから、雷の奔流が放たれる。
黄色い閃光が溢れていた闇を劈き、ベグリフへと殺到する。
目の前まで迫る一撃に、ベグリフは笑っていた。
最後の戦いが今始まる。
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