カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第三章第五十三話「VSレイニー編③ それでも、彼女は夢を見る」

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時は少し遡る。

「……よし、全員覚悟決めたな!」

ゼノがセラとエイラへそう語りかけるが、二人は変わらず渋い顔を見せていた。

「……出来るかどうか」

「セラ様に同じく」

「やらなきゃ勝てないんだって」

その様子にゼノは苦笑していた。

そんなに嫌がらなくても。

嫌というよりは現実問題無理が過ぎると言いたいのだろう。

でも、これぐらい無理しなくちゃ。

天界に到着するまでの間、エイラとシロから現状については聞いていた。悪魔族が急に攻め入っていて、こちら側は後手後手で回っているのだと。

世界を繋げるとか、ベグリフの野郎……。

だが後手後手でも、終わったわけじゃない。

「エイラ、悪魔族が攻めてきたタイミングで、ダリルがいきなり目の前から消えたんだろ?」

「何ですか急に……まぁ、はい。恐らくカイ様がどこかに転移させたんだと思いますが」

カイ、という言葉に息子の姿が眼に浮かぶ。

ほんと、強くなったよなぁ。

最初は本当に弱くて、魔力もなくて、泣き虫で。でもミーアが生まれてからは魔力が無いなりに色々努力して、ダリルに稽古をつけてもらっていた。

日に日に成長する姿に自分も負けられないと思えた。息子に抜かされまいと。

……世代交代か。

何時ぞや、カイがそんな話をしていた。その時はまだ譲り渡さなかったが、もういい頃合いだろう。

魔力は俺以上、加えて転移もできるなんて反則だろ。

だが、何より。

アイツは人に恵まれた。

「ってことは、カイだって頑張ってんだ。俺達が格好悪いところみせてどうする」

不思議なもので、カイという言葉は元気をくれる。勇気をくれる。力をくれる。

渋っていた二人の瞳に、覚悟が灯る。

「まだ理想の半ばだぞ、終わってたまるかよ」

「……そうですね、私達が頑張らなくちゃ!」

「確かに、カイ様より下は嫌ですもんね」

対照的な気合の入れ方にゼノは笑った。

自慢の息子だよ、ったく。

「《ほら、向こうも動き出したわよ》」

シロの言う通り、レイニーが身体を起こしているところだった。

「よし、改めて聞くぞ、全員覚悟決めたな!」

「はい!」

「一泡吹かせますか!」

三人で頷く。

エイラがすぐさま前方へ飛び出せるように重力を準備させていた。後方では、ゼノがセインを横に構えて防御の姿勢をとる。その両腕の間にセラもまた両腕を伸ばして待機していた。

そして、レイニーが八本もの極太レーザーをこちらへ放った。

「来た!」

レーザー全てが真っすぐにゼノ達へ向けて飛んでくる。

思った通りだ。

レイニーは自身の力を過信している。仮にこの攻撃を避けられても、そこからが本番とまで思っているはずだ。

ゆえの単調さ。必ず最初の一撃はレーザーで来ると思っていた。

ただ八本同時か……!

「セラ!」

「《天輪昇華!》」

前方に溢れ出すセラの魔力。残りの魔力を全てここに注ぎ込む。広範囲まで漂わせ、全てレーザーを包めるほどに広げていく。

そして、レーザーが魔力帯に入った瞬間、一気に自分の魔力ごと凝縮させた。

「う、ううううううううううううう!」

必死に漂わせていた自身の魔力を一つに集める。集める際にレーザーも巻き込もうとするが、流石の魔力密度。どれだけ力を振り絞っても動きそうにない。まるでタイタスくらいの巨人を持ち上げようとしているみたいだ。

「頑張れ、セラ!」

愛する彼の声が背中から聞こえてくる。彼の両腕の中にいて、まるで抱きつかれているような温かな感覚。

この状況で何故だか安心感がセラにはあった。

大丈夫、大丈夫!

レーザーは全てレイニーの魔力で形成されているのだから親和性があるはず。少しでも混ざれば一つになるはずだ。

もっと、もっと!

ゼノの元へ到達する前に、絶対に凝縮させる。

漂わせていた魔力を渦のように動かして中心に向かう流れを作る。流れを作りながら、レイニーの魔力をどんどん巻き込んでいく。魔力の残滓を取り込んで、渦の流れをもっと強くさせる。

二つのレーザーが一つになった。瞬間的に膨張し、更に周囲のレーザーと融合し始め。

遂には八本のレーザーが一つの超極太レーザーに形を変えていた。

っ、まだです!

「はあああああああああああああ!」

ここから更に、このレーザーを操って見せる。

凝縮できるということは、圧縮できるということ。

要は蛇口と同じ要領だ。

レーザー八本分の力を受け止めるのは、ゼノだって無理なはずだ。だから圧縮することで調節をする。

「ぐっ、うううう!」

周囲からギュッと圧縮をかけ、レーザーの威力をどうにか抑えていく。レーザーが円錐状に形を変え、その先端がゼノへと向けられた。それだけじゃない、レーザーの勢いも魔力をコントロールして殺していく。

「ゼ、ノ……! 後は……!」

目をギュッと瞑り、歯を食いしばりながらセラが言う。

私が出来るのはここまでです。

これ程の力、自分の魔力でどうにか巻き込んだとしても、力に帰るどころか暴発してしまうだろう。攻撃には転用できそうにない。

ゼノに、賭けるしかありません。

「おお! シロ、来るぞ!」

「《上等!》」

セラが全力で調節してくれたレーザーがゼノ達の元へと到達し、円錐の先端がセインと重なり合った。

途端、両腕が千切れそうなほどの圧力が振りかかった。

「ぐっ、があああああ!」

弾ける空気。衝撃波が周囲に放たれていき、ゼノもその瞬間に吹き飛びそうになった。

セラがドンっと胸にぶつかってくる。衝撃に飛ばされそうなのだろう。

横に構えたセインにレーザーがぶつかり続ける。こちらを消し飛ばそうと魔力が流れようとする。それを全力で防ぎ続けた。あちらの威力をどうにか受け止め続ける。セラが調節してくれたとはいえ、それでも一瞬で吹き飛びそうだ。

全身が悲鳴を上げる。本調子でない身体のあちこちが軋み、骨なんて今の衝撃でいくらか折れている。口元から垂れる血。拭う暇もなく、放たれ続ける衝撃波で背後に流れて消えていく。

それでも必死に踏ん張って受け止め続けた。

 

 

セインの能力を使う為に。

 

 

シロのセインは特殊で、発動までに相手の力を何度も受け止める必要があった。シロがソウルス族と悪魔族のハーフだからだろう。常時解放できるわけではなく、力を引き出す為には相手の力が必要なのである。

だが、強力であった。

セインの能力は、範囲内において蓄積した相手の力を無力化することが出来るというもの。

今で言えばレイニーの魔力を蓄積することで、やがてはレイニーの魔力を無効化することができる。

あの膂力も大剣も何もかも、レイニーの魔力が根幹になっているというのなら、シロのセインが能力を発動すれば、勝機はある。

その為に、今必死にレイニーの魔力を受け止め続けているのだった。

だが、如何せん時間がかかる。いや、かかり過ぎる。ベグリフに能力を発動できた時も、以前の聖戦で戦った分と、天界でやり合った時の分があったからだ。

もっとだ、もっと強く濃度の濃い力を受け止め続けなければ。ギリギリ限界を全力で攻めなければ、きっと間に合わない。

壊れそうな身体に鞭を打つ。

「シロ! まだっまだ、行けるよなぁ!!」

「《誰に、言っているの、かしら!!》」

苦しそうな声の先に、強がって笑っているシロの姿が見えた。

「セラ! もっと出力を上げてくれ!!」

「っ……はい!」

セラは頷いて、圧縮率を下げた。

途端、両腕にかかる力が倍以上に増えたような感覚に陥る。少しずつ後ろに押され始めていた。

「がっ」

さっきまででも限界だった身体が、悲鳴を超えて絶叫する。両腕の血管から血が噴き出した。

鮮血が間にいたセラを濡らす。

「ゼノ!」

「大、丈夫……!」

痛みで朦朧としそうな意識を必死に繋ぎ止め、全力を出し続けていく。

皆が頑張ってんだ。

無茶を頼んだ俺が、もっと無茶しないでどうする!

「セラ!」

「っ」

セラが一瞬振り向く。不安で心配で、悲愴に満ちたような表情が覗いて見えた。

自分だって今苦しいだろうに。

そこへ優しく微笑みかける。

「……!」

涙目で潤んだ瞳。でも、そこに灯る覚悟は変わらない。

俺もだ。

すぐにセラが前を向く。

途端、更に全身への負荷が強まった。あちこちの筋繊維が引き千切られていく。腕だけじゃない、あちこちの血管が切れ始めていた。最早悲鳴だって上がらない。身体の感覚すらなくなってきそうだ。

それでも。

彼女達のことを想うと、力がもらえる。心が奮い立たせられる。

あー、負けてらんねえよなぁ!

セインを握る力がグッと強くなる。心が伝わっているのか、セインの力も強まり始めていた。

「《私、より、先に、へばったら、絶対、許さ、ないから……!》」

「誰が、へばる、かああああああああ!」

レーザーを押し返すつもりで、セインに力を籠めていく。

力を籠めながら、レーザーの先で命を懸ける彼女へと想いを馳せる。

お前が頑張ってくれているから、俺達は今こうしていられる。

きっと彼女がいなかったら、すぐにレイニーに防がれていただろう。そのまま力を発動できずに終わっていただろう。レーザー一つだって飛んでこない。空間の端に当たれば好きな所から放てるはずなのに、それすら飛んでこない。

頼むぞ。頑張ってくれ!

 

エイラ!!

 

 

※※※※※

 

 

真っ黒な空間を駆け回るレイニー。その行く手を、或いは逃げ道を遮るように無数の白い仮面が後を追っていく。

「っ、いい加減に、してよ!」

背後に迫っていた白いドレス姿へ振り返って銀大剣を振るも、まるで陽炎のようにその姿が揺れ、実体を捉えることはなかった。

その直後、レイニーの背部に強い衝撃が走る。

「っ!」

見れば、白いドレス群の間を縫って背中へと黄色く軌跡が続いていた。粗方雷魔法でもぶつけたのだろう。

予め各部位の硬度を高めていたためダメージにはならないが、鬱陶しいったらない。

苛々しながらレイニーが叫ぶ。

「無駄だって気付かないの? どれだけこそこそ隠れて攻撃したって、私には効かないんだから!!」

これまで攻防を続けていて、レイニーはこの空間について理解し始めていた。

《ブラック・マスカレード》。

発動と同時に出現したエイラの分身たち。白いドレスに硬質化、そして仮面まで全く同じで本物との見分けがつかない。だが、実体があるのは一体だけ。それ以外はそう見せかけているだけの幻影に過ぎなかった。

過ぎないのだが、厄介な点が二つある。

一つ。幻影と言えど気配があるということ。幻影に視覚的な効果しかなければ、簡単だった。気配で、感覚で本体を探すことが出来た。けれど、幻影にも気配がある。こちらへの視線、音、殺気、それに息遣いまでも聞こえてくる始末だ。気を抜くことは出来なかった。

それでも、こちらへダメージを与えられるわけではないのだから、やりようはある。攻撃に耐え、直後に攻撃した仮面姿を追えばいいだけだ。

生憎、そう簡単ではなかった。

厄介な点、二つ目。

エイラの本体は、幻影といつでも場所を入れ替えることができる。

「何か考え事ですか?」

「っ、誰のせいだと!」

聞こえてきた声の方へ振り向きながら銀大剣を薙ぐも、やはり映るドレスは幻影で空気に紛れるように揺らいでいた。

でも、それでいい。

そのままレイニーは一回転し、元の正面も勢いよく薙いだ。

「―――っ!」

キンッと甲高い音と共に、迫っていた仮面が仰け反る。手に持っていた水槍が強く弾かれていた。

触れた感覚がある。間違いない、本体だ。

弾かれて隙だらけのエイラに向けて、すぐさまもう一振りの銀大剣を振り下ろす。

エイラの身体に刻まれる斬撃。

だが、先程と同じように揺らいで消えてしまった。

「っ、くそ!」

先程までは確かに本体だった。それは間違いない。だが、刃が届くすんでの所で、本体と幻影の一つが場所を入れ替えたのである。

これまでも何度それで躱されてきたことか。

そのくせして、全然こちらに致命傷を与えられるわけではない。

段々と時間が経過していくだけだった。付き合わされる身としては溜まったもんじゃない。

早く帰りたいのに。早く帰って、ベグリフ様の元に行きたいのに! 行って、一杯褒めてもらいたいのに!!

レイニーの傍に青障壁が生まれる。

溢れる怒りを力に変えて、苛立ちと共にレーザーを発射させた。

「避けられないように、薙ぎ払ってあげる!!」

本物だろうと幻影だろうと、全て消してしまえば同じだ。

青い魔力の奔流が真っ黒な空間を駆け抜けて、エイラ《達》へと迫る。

 

だが、次の瞬間それを受け止めたのはレイニー自身だった。

 

気付けばレイニーへとレーザーが殺到していたのだ。

「っ、なんで――」

咄嗟に銀大剣を構えて受け止める。即座に銀大剣へレーザーの魔力が宿った。

確かに前方へ放ったはずなのに。

跳ね返って来たのかと思うが、映る視界の違和感がそうではないと物語っていた。

私が、移動したというの……!?

先程の光景とエイラ《達》の配置が変わっている。さっきは何とか包囲網を抜け出していたのに、今は再び包囲網の中にレイニーはいた。

そして、抜け出していた時のレイニーのように、突出して群から離れた白い仮面姿が一体。

違和感の答えが見つかった。

間違いない。レイニーとあの幻影の場所が変わったのだ。

「でも、どうして……!」

入れ替えはエイラ本体と幻影間でしか出来ないはずでは……!

「言ったはずでしょ。舞踏会に招待しますって」

周囲のエイラ《達》から浴びせられる同じ言葉。

やはり、こちらを嘲笑しているように感じられる。

そして、エイラ《達》は言った。

 

 

「貴方もお揃いの仮面をつけてるじゃないですか」



 

レイニーの顔には、エイラと全く同じ白い仮面が着けられていた。

「――っ」

戦慄するレイニー。

言われるまで気付くことはなかった。いつ着けられたのかも分からない。

すぐさま外そうとするが、まるで仮面も顔の一部のように剝がれなかった。

「この空間に一定時間いた者は、仮面舞踏会への参加資格を得るのですよ」

エイラの能力について、一点だけレイニーは認識違いがあった。

エイラは本体と幻影の場所を入れ替えられるわけではない。

正確には、仮面をつけた者同士の場所を入れ替えられるのである。

「さぁ、踊り狂いましょう!」

「っ」

エイラ《達》が一斉にレイニーへと飛びかかっていく。

本体と幻影の位置を変え、本体とレイニーの位置を変え、幻影とレイニーの位置を変えながら、エイラはレイニーへと攻撃を与え続けていく。

レイニーは目まぐるしく変わる位置と感触、感覚に翻弄されていた。無暗に遠距離攻撃をしては、自身で防がなくてはならなくなるし、攻撃手段も削られて防戦一方になりつつあった。

そんな彼女を見ながら、エイラは思った。

 

やはり勝てませんね……。

 

どれだけ攻撃を入れても、魔力によって底上げされた防御力を突破することが出来ない。翻弄こそすれど、倒すことはできない。

一方で、エイラは既に限界を迎えつつあった。

《リベリオン》で強化された魔力も無尽蔵ではない。位置の入れ替えや、空間の維持、そして、幻影の生成。幻影は、最初こそ無限にいるように見えていたが、着実に数を減らしている。まだレイニーは気付いていないかもしれないが、そろそろ露骨にバレてくるだろう。

数が減り、入れ替え先も少なくなれば、追い詰められることは間違いない。

それでも、最後まで翻弄し続けよう。

少しでも時間を稼ぐのだ。

「どうしてあなたはそこまでベグリフを信奉するのですか?」

合間合間に攻撃を挟みつつ、問いかけてみる。

純粋に気になっていた。彼女がベグリフへ好意を向けているのは間違いない。憧れか尊敬か、或いは他の何かか。詳しいことは分からないけれど、ベグリフを好いているのは確かだろう。

あのベグリフが何をしたというのか。

「……ベグリフ様は、独りだった私を救ってくれたから」

幻影を銀大剣で屠りながらも、そうレイニーは呟いた。

「私の力に、意味をくれたから。生きる力をくれたから! だから、ベグリフ様の為に勝たなきゃいけないの! ベグリフ様だけが、私の居場所なんだ!!」

「そう、ですか……」

レイニーの言葉を受けて、エイラはフィグルの事を思い出していた。

不器用にしか生きられなくて、周りに受け入れられなくて独りだった私を、フィグルは救ってくれた。

寄り添って、受け入れてくれて。生きる力をくれた。

 

私にとってのフィグルが、貴方にとってはベグリフなのですね。



段々と幻影の数が少なくなっていく。

「っ、もう限界なんでしょ!」

新たに一体消し去りながら、レイニーがそう叫ぶ。

数が少なくなってから、幻影も距離を保たせていた。少しでも失わないように。だが、当然レイニーはその隙を見逃さなかった。

防戦一方だった彼女が、攻勢に出る。幻影の動きはあくまでエイラ基準のため、エイラとレイニーの実力差がそのまま表れる。

詰められる度に幻影が姿を消していく。最早位置を入れ替える魔力も残っていない。

やがて最後の幻影が消え、エイラとレイニーは対峙していた。

「これで、終わりだ……!」

言下、エイラへ向かって飛び出すレイニー。

銀色の大剣が、エイラの命を奪い去ろうと持ち上げられる。

そんな彼女へ、エイラは仮面を外した。無理をした影響でリベリオン状態のまま、瞳は人のそれへと戻っていた。

「一つだけ、いいですか」

迫る凶刃を避けようともせず、エイラがレイニーへ声を掛ける。

確かに、私もフィグルが居てくれたらそれでいいと、昔は思っていた。でも、今は違う。フィグルだけじゃない。沢山の大切が増えた。失いたくないものが増えた。大好きな者が増えた。

愛しい人も、できた。

あの頃の私に言ったら、きっと驚く。世界に絶望していた私にも、こんな素敵な人生が待っていましたよって。

目の前に映る少女の未来も、きっと同じだと思えたから。

エイラは微笑んだ。

 

「世界は、貴方の想像以上に広くて、綺麗ですよ」

 

次の瞬間、魔力を保てなくて、真っ黒な空間がガラスのように割れていった。降り注ぐ黒い破片。破片の間から灰色の空間が覗いて見えた。

破片の中をレイニーが突き進み、そしてエイラへと銀大剣を振り下ろす。

 

だが次の瞬間、その手に大剣はなかった。

 

「……え?」

突如生まれた掌の虚空に、レイニーの理解が遅れる。気付けばもう一振りも消えて無くなっていた。それだけではない、身体を流れる魔力もその力を失っている。

レイニーの魔力が、その機能を停止していた。

「え、え……」

「ゼロ・フィールド」

エイラの横を通り過ぎるように、ゼノが前へ飛び出した。身体中が血だらけで、今にも倒れそうなほどふらついて見えるが、それでも闘志を目に宿し、真っすぐレイニーを見つめていた。

赤く半透明なフィールドが、ゼノ達を包み込む。その力場において、力を解析されたものは、つまりレイニーの魔力は力を発動できない。

「ありがとう、エイラ、間に合った」

すれ違いざまにゼノは言った。遥か後方ではセラも疲れたのだろう、ふらふらとゆっくり降下していた。

「後は、頼みましたよ」

「ああ」

そのままゼノはフィールドごと勢いよく降下した。魔力の機能を失ったレイニーは、宙を飛べずに落下を始めていた。

「何で、何で……!?」

どれだけ藻掻いても、力を入れても、身体から魔力を感じられない。翼を出すことも、身体を硬質化することもできない。

「嘘、嘘だよ、力が、私の……!」

目元に溢れる涙。

嫌だ、こんなの嫌だ。

力がない。

ベグリフ様に認めてもらえた力がない。

必死に努力して強くなった力がない。

私は力がなきゃいけないのに。

力が無きゃ、私の価値なんてないのに。

力があったから、ベグリフ様は私を見つけてくれたんだ。拾ってくれたんだ。救ってくれたんだ。

力のない私なんかにきっと、ベグリフ様は振り返らない。

「ベグリフ様ぁ……!」

涙が、落下の重力に逆らうように上へと零れ、ゼノの頬で弾けた。

「……終わりだよ」

速度を上げて、セインを上に振りかぶる。

赤い刀気がレイニーの瞳に映った。

これで、終わり……。

自分の死期を悟ったようにレイニーが目を瞑る。

ごめんなさい。役目を果たせませんでした。私はなんて役に立たない子なのでしょう。

きっと、ベグリフに嫌われる。

そう思っただけで涙がもっと溢れ出た。眼を閉じているのに、どんどん零れ出ていく。

ああ、嫌われたくないなぁ。

もっと、傍に居たいなぁ。

大好きなんです、本当に大好きなんです。

涙と共に溢れる想い。込み上げてきたものを抑え込むことはできなくて。

どれだけ考えても、やっぱり力がないとベグリフ様は私に興味なんてもってくれない。

分かってる。

分かってるけど。

でも、どうしても思ってしまう。

夢を見てしまう。

ねぇ、ベグリフ様。

 

力が無くても、あなたは私を見つけてくれましたか。

 

瞼の奥から赤い閃光が目一杯に広がり。

悲しそうに笑い、そしてレイニーは意識を手放した。

 

 

※※※※※

 

 

「っ、今の身体には堪えるな……!」

ゼノは痛みに顔を歪めながらも、その手を離すことはなかった。

手の先で、だらんと身体を投げ出しているレイニー。意識を失ったお陰で重量が諸に腕へ来るが、代わりに攻撃してくる様子もない。

気絶しているはずなのに、その瞳からは涙が流れ続けていた。

……倒せない、よなぁ。

きっと、この少女はたくさんの者を殺してきた。生かしたら、報復させようだの何だのうるさい声が上がりそうだ。

でも、俺達の目指しているのはそこじゃない。

終わらない連鎖を断ち切りたい。

まぁ、ベグリフに洗脳されてたとか言えば、何とかなる……かもしれないけど、この子は怒りそうだな。

「ベグリフ、様ぁ……」

ボソッとレイニーが呟く。一瞬起きたかと思ったが、そうではないらしい。

気絶しながらも名前を呼ぶくらいだ。本当に慕っていたのだろう。

慕っていたからこそ、ベグリフの為にたくさん殺してきた。それで褒めてもらえると思って。歪んでいるけれど、彼女にとってはそういう示し方しかなかったのかもしれない。

環境がそうさせたのだろう。

そんな環境を、世界を変えたいんだ。

ふと、灰色の空間に光が差す。レイニーが気絶したことで、この空間も消えようとしていた。天界の眩さが空間に差し込んでいた。

「セラ!」「セラ様!」

上空からセラを呼ぶ声が聞こえてくる。ハート姉妹とシェーンの声だ。

辺りを見渡すと、セラは地上に降りてぐったりしていた。エイラも似たような様子だ。

相当無理させたからな。

かく言うゼノも、もう限界だった。

「《死、死ぬわ……》」

シロにもだいぶ頑張ってもらったから、同様だ。

レイニーと一緒にふらふらと地上に降りていく。

とりあえず、セラはどうにか守れた。エイラもシロも無事。天界は死守したぞ。

だが、これで終わったわけじゃない。まだ、戦っているところもある。

「……カイ、気張れよ」

カイの姿が脳裏をよぎる。きっと頑張っているのだろうが。

何故だろう。

カイは今、ベグリフと対峙している気がしてならなかった。

 

 

※※※※※

 

 

魔界の王都アイレンゾードにそびえ立つ魔城ヴェイガウス。

その王の間にて、役者が遂に揃う。

「……来たか」

玉座に座るベグリフの眼の前に、突如として三人が転移した。

「……本当にカチコム奴があるか」

「いいじゃない、その方が手っ取り早いし!」

呆れるドライルに、大変元気いっぱいな様子でメアが返す。

その二人の間に、彼はいた。

「終わらせるよ、イデア」

「《うん》」

その瞳は、真っすぐベグリフの方へ。

負ける気は毛頭ない。

勝って、証明しなければならないことがある。

「さぁ戦いに来たぜ、ベグリフ! 俺の言っていたことが正しかったですと、泣いて謝らせてやるよ!!」

魔王ベグリフを前に、カイは不敵に笑っていたのだった。

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