カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第三章第四十八話「天界編③ ベグリフの為に」

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ベグリフの指導の甲斐あって、レイニーは随分と自身の力を理解し、扱えるようになってきた。これまで無意識的に発現していた青大蛇をある程度意志で動かせるようになった。

ベグリフとの模擬戦闘のお陰だ。ベグリフの攻撃はまるで本当に命を取りに来ているようで怖かったけれど、そのお陰で青大蛇のことも良く分かった。

基本的にレイニーが傷付こうとすると、反射的に青大蛇が生まれる。不思議なもので、どうやらこれはレイニー自身が持つ魔力のようだ。随分と大量に持っているらしい。

最大八匹までで、それぞれが独立して動くことが可能。ただし首の根っこ、つまりレイニーで青大蛇同士が繋がっており、そこから離れることは不可能。とはいえ、レイニーを守るとするのだから、離れる必要もないわけだが。

青大蛇の大きさゆえ欠点こそあるが、何と言っても防御力に関しては魔界随一。ベグリフの攻撃も早々通すことはない。勿論本気を出した彼の前には実力を発揮してなお防御が出来ない時もある。

「俺以外に破られることはそうあるまい」

ただベグリフが言うように、ベグリフ以外が相手であれば、負けるとは思わない。大きさで押し潰すことも出来るし、潰す際の威力となる質量も十二分にある。

現に、四魔将と言われる魔界の精鋭たちの攻撃も防ぐことができた。

そのまま自分も魔将に、と思ったレイニーだったが。

「お前は言わば切り札だ。簡単に素性を晒すわけにはいかない」

ベグリフにそう言われて渋々引き下がった。

でも、嬉しい。ベグリフを以てして切り札と言ってもらえた。

ベグリフにとって、私は存在価値がある。

以前に比べて住み心地も良く、困ったことも然程ない。

他の悪魔族と関わる機会こそあまりないが、それでも充分。

ベグリフだけじゃなくて、四魔将の皆が関わってくれた。

四魔将バルサはサバサバしたお姉ちゃんみたいだし。

ジェクスはやんちゃなお兄ちゃん。

アッシュは無愛想だけれど、優しくて。

ウルは見た目こそ幼いけれど、しっかりした様子はまるで皆の長男みたいだった。

表舞台にこそ立たないレイニーだが、実力を認めてくれた四魔将の彼らは普通に接してくれた。

村にいた家族や友達と違う。

この恐ろしい力に触れてなお、彼等は当然のように接してくれた。

失ったはずの家族が、今になって出来たような気がする。

ベグリフは言っていた。

「いいか、力があれば望みを叶えられる。逆に力が無ければ何も望めない。自分の意志を通すには力が必要なのだ」

ベグリフの言葉が身体に染み渡っていく。

力で全てを失ったと思った。だから力が怖かった。

でも、この力のお陰でベグリフと出会い、四魔将の皆と接することが出来た。

ベグリフの言う通りだ。力があれば望みを叶えられる。

ベグリフが力の扱い方を教えてくれたお陰で、私は今幸せだ。

その幸せが、レイニーに尋ねさせた。

「ベ、ベグリフ様がその力で叶えたい望みとは何なのですか?」

レイニーの強大な力を以てしても、ベグリフを破ることはできない。それ程の力、最強と呼んでもいいそれを持っている彼が、どんな望みを叶えようとしているのか、疑問だった。

尋ねた時、ベグリフが一瞬目を見開いたように見えた。

以前、「力とはこの世の全てだ」と言っていた時に似た、悲しそうでどこか怒りにも似た感情がその瞳に映っているように感じた。

ベグリフが己の手を見つめる。

「……何なんだろうな」

「え?」

ベグリフの言葉に首を傾げるが、彼はこれ以上教えてくれようとはしなかった。

「少なくともお前に教えるようなものではない。だが、いつかお前の力が俺の望みを叶える為に必要となってくるだろう。その時まで、その力を研鑽し、高めておけ」

その時発せられたベグリフの言葉が、レイニーの活力となる。

幸せだと思ったからこそ、レイニーは恩人であるベグリフの力になりたかった。手に入れたこの力は、彼の為に発揮しようと思っていた。

結局ベグリフの願いが何なのかは分からなかったけれど、別に構わない。

ベグリフが私の力を必要になってくると言ったのだ。

その為の力であり、ベグリフにとって私の存在価値。

ベグリフの望みを叶える為の力。

そう思うだけで、何故だか力への恐怖は消えて無くなっていた。

 

 

※※※※※

 

 

「《神鳴り!》」

ずっと溜めていた魔力を突きと共に一気に放出する。特訓の成果もあって凝縮された魔力は爆発的に前方へ放たれ、次の瞬間轟音と共に八岐大蛇の首三つに巨大な風穴を開けていた。もう少しで首が千切れてしまいそうなほどに大きな穴。

「やった……!」

姉二人のアドバイスを元に積み上げてきた努力。それが今実を成した。

この一撃さえあれば、強固な八岐大蛇にもダメージを与えられる。

この怪物を、倒せる!

「っ、セラ!」

シノの慌てた声が聞こえてくる。

ダメージを与えられるという、油断と形容するにはあまりに小さな気の緩みが、視野を一瞬狭めた。

「っ」

一撃を決めたセラへ青大蛇が一匹勢いよく迫って来ていた。

気付くのが遅すぎた。ここまで迫られたらあの直径を避けるに避けられない。アグレシアの《聖反光》で姿を消したっている事には変わらないし、偽物を用意したところでこの勢いは止まらない。

しまっ――。

目の前に映る大蛇の大口。今にも噛み砕かんとするギザギザした歯が鈍く光っていた。

死を覚悟して目を閉じようとする。

けれど、思い直して目を開いた。

死ぬかもしれない。でも、死にたくない。

ゼノの元に帰るのです。元気になったゼノの元に。

目を閉じてはその未来を投げ捨てていることと変わらない。

投げ捨てて、なるものですか……!

「はああああああああああ!」

超短時間ではあるが、レイピアに魔力を籠める。少しでも軌道を変えられたり反動で避けられるかもしれないのだから。

ここで私が諦めるわけにはいかない!

覚悟して前を向いた。

眼前いっぱいに広がる死の気配。

それに抗うように突き出す一撃。

 

瞬間、視界が揺らいだ。

 

一瞬、自分は死んでしまったのではないかと思ったが、そうではないらしい。

見えていた景色が全く異なっている。視界一杯に広がっていた八岐大蛇といつの間にか距離を取っており、雲間から指す光の中にセラはいた。

「全く、いつも無理をしますわね。セラは」

そして、隣にはエクセロがいた。

「え、エクセロお姉様!?」

驚くセラを横目に、エクセロが微笑む。

何故エクセロがここに…。というか、いつの間に自分はここに移動したのだろう。

と言えば、エクセロは王都リーフで天界全体の指示の為残っていたはずだが。

ここにいるという事は。

セラの思考を汲んだのだろう、エクセロが頷く。

「とりあえず避難誘導も完了、まだ機能の生きている国々への連絡も終了しましたし、王都の防衛機構も作動させましたわ。目下の問題は目の前の怪物だけですわ」

そう言いながら、次の瞬間目の前にシノ、シェーン、アグレシアが突然姿を見せる。

「わっ、えっ、エクセロ!?」

三人共セラと似たような反応である。

それに今のは……。

戸惑ってこそいるが全員が揃ったところで、エクセロが尋ねてくる。

「状況はどうなっていますの?」

エクセロの登場に頭がまだ追い付かないけれど、どうにか言葉を紡ぐ。

「ど、どうも何も苦戦中です」

「一匹一匹大きいし、硬いし。隙がないわけじゃないけれど、厳しいわね」

「私の《聖反光》で誤魔化すこともできますが、決定打にはなり得ません」

「ですが今、セラ様の一撃で漸く突破口が見えてきたところです」

シェーンの言葉に、エクセロが風穴の開いた大蛇を見つめる。

「そう、みたいですが、そう簡単に行くわけではなさそうですわよ」

「え?」

彼女の言葉に、自身が開けた穴へ視線を向ける。

すると、首の根元側からゆっくりその穴が埋められていく。何となく分かってはいたが、元々あの大蛇は魔力で出来ているようだ。魔力がある限り、どれだけ傷つけようと穴を開けようと回復してしまう。

にしても、あの大蛇たち、どれだけの魔力を有しているというのだろう。

折角開けた穴が完全に塞がる。その様子にセラ達は絶望を感じていた。

決して短い間魔力を溜めていたわけではない。序盤からこれまでずっと溜めていた魔力で、漸く傷をつけられたのだ。それでも回復されてしまう。あの身体を傷つける為にはもう一度溜めなければならないが、また許してくれるとは思えない。

「回復するようですわね。それに、一度セラが致命にも似た一撃を与えたんですもの。今後セラは特に警戒されるかもしれませんわ」

間違いなく、先程よりも条件が悪い。セラを集中して攻撃してくるとなると、アグレシアの《聖反光》だけで逃げ切れる相手かどうか。

「アグレシア、貴様の魔法でどうにかセラ様を匿えないのか」

「オリジナルのセラ様を見えないようにすることは出来る。だが、わざわざ姿を消してみろ、奴は全力で探しに来るぞ。セラ様以外、つまり私達の攻撃が通用しないと分かったんだ。私達をそっちのけで大暴れするかもしれないだろう」

今こそ荒れ地で戦っているが、それもこちらへ注意を向けさせているからだ。もしセラが姿を消して、それを探そうと八岐大蛇が大移動を行えば、また被害が拡大してしまう。

八岐大蛇を傷付けた今、セラだけが八岐大蛇の注意を引きつけられるのである。

ただ、セラが囮になってしまえば魔力を溜める余裕が無くなってしまう。囮に徹するわけにもいかなかった。

一体どうすれば……。

八方塞がりのように思えたその時、回復した八岐大蛇が一斉にセラ達へと襲い掛かって来た。

「っ、いけません、回避を――」

慌てて回避行動を取ろうとする。距離こそあるものの、あの巨大さだ。すぐに詰められてしまう。

が、そんなセラの手をエクセロが掴んだ。

「全員、動かないでくださる? 発動しにくいですわ」

「何を言って――」

エクセロはその場から全く動こうとせず、セラの手も離さない。

その余裕綽々な様子に、戸惑いながらも全員の動きが少し止まる。

迫りくる大蛇達。

 

途端、再び視界が揺らいだ。

 

先程の感覚と同じだ。気付けば目の前に広がっていたはずの八岐大蛇が遥か真下にいる。

八岐大蛇が移動したのではない。セラ達が瞬間移動しているのだ。いつの間にやら空高くに位置していた。

驚くセラ達へ、エクセロが伝える。

「空間を入れ替えたんですの。私達が元々居た場所と、この場所の空間を」

「いつの間にこんな高度な魔法を……」

以前は、一定の空間の上下左右を入れ替えたり、近い二点間限定だったりしたけれど、いつの間にこれ程の長距離入れ替えが出来るようになっていたのだろう。

「セラに負けていられないもの。尤も、魔力の消費は激しいけれど」

そう言いながら、エクセロがアグレシアへ尋ねる。

「アグレシア、あなたの魔法でセラは幾つ複製可能ですの?」

「投影される対象を必要としない、完全な幻影となると一人だけです。ただ、元々形あるものに投影するのであれば、その限りではありません」

「……つまり誰かに投影さえすれば、例えば私やシノ姉様、シェーンを一度にセラとして見せることは可能ですのね」

「そう、ですが……まさかっ」

今の問答で大体内容が理解できた。

シノが納得したように頷く。

「なるほど、私達もセラにさえなれば、あの怪物は無視できないってわけね」

アグレシアの《聖反光》を用いて、セラの姿を全員に投影する。ただでさえ意識しないといけないセラが複数もいれば、八岐大蛇は無視できないどころか、かなり戸惑うはず。

「で、ですが、セラ様を投影しているだけですから、攻撃されたら当然ダメージを負いますよ!? 逃げ切れるかどうか……」

「分かってますわ。その点は、私の空間魔法の出番ですの。危険な人から空間を入れ替えて逃がしていきますわ」

「そうして注意を引いている間に、セラ様が再び一撃を入れるわけですね」

そう言ってシェーンが、セラへ視線を向けてくる。

皆が囮になってくれている間に魔力を溜めて、再び《神鳴り》を放つ。

「でも、回復されちゃうわけでしょ? そこは――」

「あの怪物にも心臓のような核があるはずですわ。そこを一撃で壊すしかないですわね」

一撃で……。

ドクンと心臓が跳ねる。

緊張なのか、恐怖なのか。

皆が稼いでくれた時間を無駄には出来ない。でも外してしまえば、また魔力を溜めなければならなくなる。

そもそもどこが、核なのか。

あれ程巨大な大蛇だ。何処にあったっておかしくない。

……。

……いや、おかしい。

そもそも、魔力であの八岐大蛇が出来ていること自体、おかしい。

あの見た目や強さから勝手に生物だと思っていたが、本当に生物なのだろうか。

魔力で出来ていることを考えれば、まるでそれは魔法のようではないか。

魔法なのだとすれば、それを行使する存在がいる。

 

つまり、あの怪物は誰かの手によって操られている。

 

到底考えにくい話ではある。あの巨大な怪物を作り出せるだけの魔力を、一個人が有していることになるのだから、簡単には信じられない。

でも、だとしたら。

その誰かとは何処にいるのか。傍に居ないとは考えにくい。あれ程の魔力の塊を遠隔で操作できるとは思えない。

きっと、あの大蛇の中にいる。

そして、先程開けた風穴が回復された時。大蛇の頭の方からではなく、首の根元に近い方から回復していた。三匹ともだ。

その向きで魔力が流れている。その誰かから頭の方へ魔力が送られている。

つまり、大蛇の頭ではなく、首の根元。

あの八匹の大蛇は首の根元で繋がっている。

その根元の中心。

そこに核が、誰かがいる。

確証はないけれど、何故だかそんな気がした。

「……やりましょう」

覚悟を決めて、言葉を紡ぐ。

「やらなければ、勝てないのなら」

外さない。

皆が命を懸けて作り出してくれる瞬間を無駄にしない。

たくさんあるだろう未来から、その未来だけを掴み取る。

そうやって、これまで歩いてきた。

 

そうですよね、ゼノ。

 

覚悟を決めたセラを見据える大蛇達の鋭い視線。

その眼の遥か奥、空洞のようになっている大蛇達の身体を通り首の根元まで進んでいく。青い鱗が光を通さず、進むにつれて闇が深まっていく。

その終点で。

「ベグリフ様の為に、早く死んで」

闇に一つ、殺意に満ちた光が潜んでいた。

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