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4『理想のその先へ』
4 第三章第四十七話「天界編② 神鳴り」
しおりを挟む小さな国なら一匹だけで軽々と吞み込んでしまいそうな大蛇の口。鋭い牙は当然のこと、口の中には入ったものを粉々にすり潰せるようにギザギザした歯が口の奥までびっしり並んでいる。
そこにセラが避けれずに飲み込まれてしまった。
「っ」
アグレシアが息を呑む。
嘘だ。そんな。セラ様が……!?
死ぬわけない、死ぬわけない。
愛しい主君が目の前で命を散らした。
それを全然受け止められなくて。
「うあああああああ!! セラ様ああああああああああ!!!!」
慟哭した。声を枯らすように必死になってその名を叫んだ。
「セラ様あああああああああ!!」
呼びかけたらいつものように、可愛らしい笑顔で返してくれそうで。
「セラ様ああああああああああ!! うわあああああああああ!」
涙を流しながら、何度も叫ぶ。
どうかこの声に応えて。
「―――レシア」
「セラ様ああああああああ!」
「――グレシア」
「うわあああああああ!!」
「五月蠅い!!!」
泣き叫ぶアグレシアの頭が思い切り殴られる。視界が白く弾け、頭頂部が焼けるように痛い。
「な、何するんだ、シェーン!!」
振り向いて殴って来た犯人を睨みつける。だが、向こうの方が鋭い視線でアグレシアを睨みつけていた。
本当に苛々しているようで、今にも握りしめている長剣を振りかざしてきそうなほど。
「五月蠅いんだ! みっともなく泣くな!」
「な、泣くに決まってるだろ! だってセラ様が死んでしまったんだぞ! お前こそ悲しくないのか! それで良く従者が名乗れる――」
「あれは貴様が作った幻影だろうが!」
シェーンが怒りを爆発させる。
その背後には、セラがいた。あちこちに擦り傷こそできているが五体満足、健在な様子。セラもまたアグレシアの五月蠅さに苦笑していた。
アグレシアの得意とする魔法、《聖反光》。
光の屈折によって対象を別の場所に投影する魔法。以前はオリジナルと同じ動きという制限があったが、今では別の動きをさせることも可能。瓜二つの分身のようなものだ。
その分身が、先程青大蛇に飲み込まれたのである。
「貴様が五月蠅いせいでセラ様も気が散る! 気が緩む! ここは命懸けの戦場なんだぞ!」
「分かっているが! あのセラ様(分身)は俺が操っていたんだ! それをむざむざ死なせてしまったんだぞ! たとえ本体じゃなくたって私がこの手で殺してしまったんだ! これを嘆かずにどうする! どうしろと言うんだ!」
「知るか! 死ね!」
本当にシェーンが長剣を振り下ろす。アグレシアが《聖反光》でそれを回避する為、余計にシェーンの苛立ちが最高潮に達しようとする。
二人共、何をしているのでしょう……。
呆れたように溜め息をつきながら、目の前に映る巨大な怪物へ視線を向ける。
八岐大蛇。青蛇一匹一匹が小国を飲み込める程の大きさを持つ。青黒い光沢を持つ鱗はこれまでどれだけ攻撃を与えても傷付くことはなかった。
それ程の強度をもち、それ程の質量をもつこの怪物。既に展開にある国の三分の一が壊滅させられてしまった。首の根元で繋がっている八匹が通るだけで地面が抉れ、国が押し潰されてしまうのである。
今、その巨大な八岐大蛇を前にしてセラ達が生き残れているのは、一つにアグレシアの《聖反光》のお陰であった。魔法で作られた分身が注意を引いてくれるお陰でオリジナル達への攻撃は少なかったのである。
そして二つ目。
「ちょっと! 何遊んでるのよ! さっさとこっち来なさい! セラが溜める時間を作るんでしょ!!」
叱声がシェーンとアグレシアに飛ぶ。
「も、申し訳ありません!」
二人の謝る先、青大蛇の鱗の上にシノがいた。鱗の上を疾走し、青大蛇から青大蛇へと飛び渡っている。
すぐさま他の青大蛇がそれを追走するが、なかなかシノを捉えることができない。
そう、二つ目は青大蛇の巨大さゆえの欠点である。
決して動きが鈍いわけではない。だが、その大きさゆえに小さなものを捉えきれない。シノのように長い首周りでウロチョロされると、反応こそすれど身動きが取りづらく、取れても僅かな隙間が空いてしまう。絡まって動けなっては元も子もないからである。そして、僅かとは言うが、シノからすればかなり大きな空間。そこに逃げ込まれては捕まえられないのだ。
青大蛇の動きを掻い潜り、シノが拳を上げる。
拳に魔力が集中していき、その腕に光る聖紋が刻まれていく。
シノはエクセロやセラとは違い、アイ・ハートの実娘ではない。ゆえに、二人のようにアイの魔力を受け継いでいるわけではなかった。
二人の持つ尋常ならざる魔力量を羨んだことは何度もある。どうして自分には、と何度も悩み苦しんだことがある。
けれど、ゼノ達と出会ってからは思わなくなった。
羨んでいたのは、魔力量が家族の繋がりのように感じていたから。自分が決してハート家の娘ではない証明のように感じていたから。
でも、もう思わない。それが、そんなものが家族の繋がりではないと知ったから。
血が繋がってなかろうと、魔力がなかろうと。
家族皆を愛している。
それだけで十分だった。
それからは、今の自分で出来ることを探した。ないものねだりしたって先には進まない。魔力が足らないなら、肉体で補うしかない。以前までやっていた努力を、更に積み重ねる。
それだけではない、魔力の使い方を家族から教えてもらう。今ある力を全身全霊で扱う為に。
その拳は彼女が人生で積み重ねてきた成果だった。
「《聖拳烈衝!》」
勢いよく拳が青大蛇の鱗に叩きつけられる。瞬間、轟音と共に青大蛇が身体を大きく揺らした。
「ガアアアアアア!!」
のたうち回る青大蛇。拳を振るわれたそこには大きく亀裂が走っていた。鱗も剥がれ落ちていく。
「ちっ、硬ったいわね!!」
風穴開けるつもりでやったのだが、亀裂止まり。それでも大きな成果ではある。以前、ベグリフの放った一撃ですら鱗は弾いてみせたのだから。
とはいえ、これでは通用していると言えない。
やっぱり、あなたの力が必要なのよ……!
「セラ!!」
青大蛇がシノの一撃で動揺している隙に、セラはかなり近くにまで接近していた。
彼女の持つレイピア。その刀身はこれまでにない程眩い光を放ち、輝いていた。
この一撃で、貫きます……!
セラがレイピアを後ろへと引く。
セラはこれまでの間、ずっと魔力をレイピアへと溜めていた。全てはこの一撃の為に。
八岐大蛇との戦い序盤で、攻撃がまるで通用しないとすぐに判断できた。ここにいる誰の攻撃でも倒せる相手ではなかった。
早々に判断できたからこそ、セラはすぐに魔力をレイピアへと溜め始めた。
以前、セラは姉達にこんな話をしたことがある。
「……私って何だかパッとしないですよね」
「え?」
それは悪魔族による天界襲撃が落ち着いて、新たに王都をリーフに映してからの出来事。
食事時、メアはとっくに食べ終わって元気よくどっかへ飛び出しており、そこにはシノとエクセロだけがいた。
ボソッと呟かれたセラの言葉に、二人は顔を見合わせて首を傾げた。思えば、セラの食事があまり進んでいない。
「急にどうしたのよ」
「あなたの容姿でパッとしないなら、この世界の殆どは無いようなものですわ」
「いいえ、容姿の話ではなくて……」
セラはこの前の襲撃の時に改めて感じさせられたのだ。
自分の無力さを。
自分一人では何も出来なかった。
……ううん、違いますね。
自惚れられるような実力が欲しいわけではなくて、そうではなくて。
自分が居ても役に立たなかった。
周りの誰かの力になることも出来なかった。
アッシュとの戦い。私一人ではどうにもならず、カイ達が来てくれても、彼等の役に立つことが出来なかった。
それがとても悲しくて、悔しい。
「私にも、お姉様達みたいな力があればいいのに……」
力、という言葉にシノとエクセロは漸く話が見えてきた。そこは姉妹、セラの考えていることが分かってきた。
そして、シノが溜め息をつく。
「ちょっと、何よ、嫌みのつもり? 私なんかよりよっぽど魔力持ってくるくせに」
「え、ああっ、違いますよ! そうではなくて――」
「嘘よ、冗談。分かってるわ。からかっただけ」
意地悪くシノが笑う。セラはむっとした。
「私、本当に悩んでいるんですよっ」
「ほー、じゃあ私達みたいな力って、セラは私達のどんな力を羨んでるというの?」
「あ、いいですわね。私も聞いてみたいですわ」
どんな力と尋ねられると、なかなか具体的に上げるのが難しい。
それでも、どうにか感じているものに言葉をつけて口に出してみた。
「……シノお姉様は魔力を補えるほどの身体能力があります。勿論それはお姉様の努力があるからこそですが、努力以前に何と言っても身体を操るセンスです。足の先から頭のてっぺんまで思うように体を動かせるじゃないですか。きっとミリ単位で自分の身体のことを把握しているのでは? なかなか身体全身の力を把握、理解して余すことなく使うなんて出来ません。私にそのセンスはありませんから、どこかぎこちなくなったり、動きが緩慢になることが多いのです」
「……」
「エクセロお姉様は空間魔法という特異な分野があります。時魔法に似て空間魔法の難易度はかなり高いです。空間を隅々まで把握しないといけませんし、空間を反転させたり入れ替えたりとなれば、その難しさは想像を絶するはずです。それを容易くこなしてしまえるんですもの。羨みもします。でも私には得意と言えるほどの分野がありません。どの分野もそこそこ程度の力しか出せませんし。それこそ持っている魔力が勿体ないと思わずにはいられません」
「……」
俯きながら話していたら、二人から反応が無くて顔を上げる。
すると、シノもエクセロも何とも言えない顔で微妙に微笑んでいた。
「あの……?」
「あ、ああ、ごめんなさい、そんな真っすぐ褒められると思ってなかったから、ちょっと、驚いちゃったというか……」
「照れちゃいますわ……」
本当に照れた様子で、落ち着きなさそうに身体を揺らしている。
その様子にセラは更に頬を膨らませた。
「私、本当に悩んでっ……! もういいです、ご馳走様でした!」
ご立腹な様子で席を立とうとするセラを慌てて二人で制止する。
「ごめんごめん、妹に褒められて嬉しくなっちゃっただけだから。セラの気持ちは良く分かったわ」
「でも、分かったからこそ、間違ってる点が二つありますわ」
「……二つ、ですか」
不満げながらも、どうにかセラは椅子に座り直してくれた。
拗ねた妹も可愛いが、そろそろちゃんと答えてあげなければなるまい。
「一つ、セラだってセンスあるじゃない」
「二つ、セラにも得意な分野がありますわ」
「……それって?」
上目づかいで尋ねるセラに、今度は褒め返すつもりで二人は答える。
「勿論、魔力コントロールでしょ」
「当然、魔力の圧縮ですわ」
シノとエクセロは顔を見合わせて笑った。
「二つって言っても、基は一つね」
「そのようですわ」
セラはというと、いまいちピンと来ていないようだった。
「魔力コントロールと圧縮、ですか?」
頷いた後、二人はアイコンタクトでどちらが先に話すかを決めた。
シノがセラへ説明する。
「ほら、私って最近もセラに魔力の扱い方を教えてもらってるでしょ。身体だけじゃなくて持っている魔力も最大限使いたいから。その時にね、セラに教えてもらいながら凄い感じるのよ。セラって魔力を凄い繊細に扱うなって。まるで手足の延長みたいに。とてもじゃないけど私にそのコントロールはできないわ。それをセンスと言わずに何て言うのかしら」
「そう、セラは魔力の扱いがとても上手ですわ」
言葉を継いで、今度はエクセロが話していく。
「誰よりも上手に魔力と触れ合っている。だから、どの分野もある程度の水準は到達できますの。貴方は得手がないと言うけれど、逆に言えば不得手もないですのよ。不得手がないから得手がないのでなくて? それに、実はセラが使う魔法はどれも似た魔法式を使う事、知っているかしら」
「それが、魔力の圧縮……?」
「そう、貴方は魔力の圧縮を得意とするんですの。これまでの魔法、剣に魔力を籠めたり、魔力を凝縮させて球のようにしたりするのが多かったでしょう。その魔力の圧縮率、つまりは魔力の密度が私やシノ姉様とは段違いなのですわ。私達が同じ魔法を唱えたとしても、魔法としての完成度は貴方の方が上ですのよ」
エクセロの言葉にセラが眼を見開く。
私の方が、お姉様達よりも魔法の完成度が上……?
信じられない話であった。セラは常に姉達の方が色々な分野で自身よりも上だと思っていた。
だが、そうではないのだと姉達が伝えてくる。
「それもこれも、魔力のコントロールが圧倒的に長けているからでしょうね。それは十分貴方の得意なのよ」
私の、得意……。
自身の思考に、形が生まれていく。自分の得意を理解し、何が自分に合っているかが分かってくる。
二人に視線を向けると、どちらも優しい笑みを浮かべていた。
「安心しなさいな、セラ」
「貴方は充分誰かの力になっていますし、これからもなっていきますわ」
その笑みが、言葉がモヤモヤした心を晴らしていく。
「私の魔力訓練に付き合ってくれるしね」
「私だっていつもセラに負けないつもりで頑張ってますわ。……でも、やっぱりシノ姉様はセラに教えてもらう事の方が多いですわ。それってセラの魔力コントロールの方が良いという……」
「や、あれは魔力コントロールとかじゃなくて、単にエクセロの指導がスパルタだから――」
「そこで甘えてどうするんですの!」
「あっ、やっぱ魔力コントロールがセラの方が上手だから参考に――」
「もう遅いですわ!!」
二人であーだこーだ言い合っている。
そんなシノとエクセロ両方に、セラは抱きついた。
突然のことで動きを止める彼女達に、セラが呟く。
「本当、大好きです……」
幸せだなと、本当に思った。この二人が姉妹で良かった。
今日何度目か、顔を見合わせて二人共笑った。
「全く、セラは甘えん坊ね」
「姉妹だから構わないですわ」
それからというもの、得意が分かれば伸ばそうとするわけで。魔力を意識的にコントロールして、魔力を凝縮する練習を何度も行った。
そして、辿りついた極致。
全て、今ここで放つ。
「《神鳴り!》」
全身全霊を籠めたレイピアを八岐大蛇の首へと突き出す。
ため込んでいた魔力が一気に弾ける。魔力に押し出されて空気が震え、まるで雷が落ちたかのような音を周囲に響かせていく。
瞬間。
直線上の八岐大蛇の首三つに風穴が開いたのだった。
応援ありがとうございます!
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