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4『理想のその先へ』
4 第三章第三十九話「炎を一つに 前編」
しおりを挟む「はぁ、はぁ……!」
痛む体を必死に動かして前へと進んでいく。吹き飛ばされた距離だけ急いで戻らなくては。
まるで凄い速さで物体に衝突されたように、家屋が一直線にぶち抜かれている。その中を全速力で駆けた。
家屋の中や外から、沢山の眼が自身に向けられる。映るのは多大なる絶望。そして一縷の希望。
その僅かな希望を一身に背負ってダリルは目の前に広がる広場へと飛び出した。
仲間の姿が見当たらない。全員自分と同じように吹き飛ばされてしまったのか。
グッと握る拳に力を入れる。その手には既にベルセイン化されたセインが握られていた。
刃に高熱を纏わせて大剣に変える。
その矛先は、広場の中心に立つ一人の老人へ向けられる。
「貴様……!」
炎を推進力に変え、素早く老人へと一撃を放つ。
一見、普通のご老体と何ら変わりはない。曲がった背が重ねてきた歳を物語っており、手足だって今にも折れそうなくらい貧弱なように見える。
「ほっほっほ、無駄だと分からんかね」
だが、ダリルを見据える老人の眼は生気に満ち、獲物を見る眼に相違なかった。
ダリルが放つ渾身の一撃を老人は片手で受け止めて見せた。
どれだけ高熱がその細腕を焼き切ろうとしても、全くビクともしない。
ニヤリと老人が笑う。
「くそっ……!」
ダリルは炎を噴き出し、途中剣筋を無理矢理曲げながら、何度も連撃を老人へと叩きつけていく。
その全てを、老人は軽くいなしていた。片手に持つ大盾も攻撃に徹しているのに、だ。
「力も、速度も充分。だが、まだ若いのぅ」
セインを弾き、一瞬の隙に老人が赤い鎧へ触れる。そして、指を強く弾くと、轟音と共にダリルが吹き飛んでいった。
「――っ」
セインの力で生み出された防具ですら、たかが指の衝撃に亀裂が走っていく。
吹き飛ばされていくダリルと入れ替わるようにして、今度は青年のような男が前に出た。
「これでも、どうだ!」
その手から赤黒い小刀が振るわれる。と同時に一気に刀身が伸び、老人へと迫った。
彼の者、コルンのセイン。それは、刀身に触れたものを問答無用で真っ二つにする。
コルンは元々妻ランと共にイデアの従者であり、フィールス王国奪還の際には、その力を使って奮闘した、カイ達とは戦友のような仲であった。
そして、今回の聖戦もカイ達の力になると夫婦共に快く快諾した。自国を救ってくれた英雄が困っているのならば、助けなくてはフィールス王国の名が廃る。
何よりイデアの為になるならば。
老人はダリルの時同様に、コルンのセインを腕で止めようとする。
そのセインが全てを斬り裂くとは知らずに。
このまま、胴体真っ二つに……!
セインが老人の腕に当たり、ダリルの攻撃をいとも容易く受け止めていた皮膚を軽々と斬る。
だが骨に至るまでもなく、老人はもう片手の指腹で受け止めて見せていた。
「なにっ」
全くセインが動かせない。老人の膂力はコルンのそれを遥かに凌駕していた。
「ほぉ、儂のこの身体に傷をつけるとは、何十年ぶりか、のぅ!」
言葉と共に、老人はセインを持った腕を薙ぐ。
「っ」
セインに引っ張られるようにコルンが勢いよく宙を飛ぶ。そのまま周囲に広がっていた家屋へと何度も衝突していた。
「コルンっ!」
老人の背後に二つの陰が映る。
フィールス王国第一王子レンとコルンの伴侶ランだ。
レンの研ぎ澄まされた刀とランの放つ剣が、凶刃が老人へと迫る。
それでも、老人には届かない。
「まだまだ!」
コルンのセインを振り回しながら身体を回転させ、背後へと強力な回し蹴りを放った。
「きゃあっ」
上段に構えていたランの腹部に直撃したそれは、そのままレンごと遠くへと吹き飛ばした。
掴んでいたセインを放って、老人は嘆く。
「やれやれ、人族の後進育成は進んどらんようじゃ」
ゾダイ。悪魔族側、現六魔将の一人である。
向かって来た全てを、まるで準備体操のような熱量でこなして見せる。
「嘘……」
その光景を、メリルは呆然と見つめていた。
ここは三王都の一つ、王都ディスペラード。人族側に開いた魔界の入り口、その一つはこの王都の頭上に広がった。
溢れ出す凄まじい数の悪魔族。突然の事態に王都側は対応することが出来ず、一瞬で陥落するかに見えたが、そこに悪魔族側のレジスタンスが現れ、現状はどうにかまだ抵抗することが出来ている。
その間にダリル達はカイの転移によって飛んできた。一瞬事態を把握するのに戸惑ったが、すぐに対処へと動きだした。
だが、実は既に王都は陥落してしまっていると言っても過言ではない。
それは何故か。
魔界の入り口が開いてから五分立たずに、ディスペラードの若王エグウィス・ディスペラードは、ゾダイの手によって葬られてしまったからだ。
たった一瞬の出来事。
そして、ゾダイはそれを高らかに王都全体へ告げてしまった。
突然の事態。そして王の死。それがどれ程の動揺を国中にまき散らすのか。
兵士は当然として、国民達に与えた絶望は計り知れない。
まるで世界の終わりを告げられているかのようで、国民達はその場から動けなくなってしまった。
そう、この状況に対して国民達は逃げる気力すらなく、ただ絶望したまま立ち尽くしているのだ。
その前に現れたゾダイ。奴の存在は絶望に拍車をかけ、国民達は余計に一歩も動くことが出来ない。
いや、
「動くと殺すからのぅ」
ゾダイがそう告げたのだ。
だからこそ、彼等は一歩も動き出せなかった。
そんな彼らを助けるために、ダリル達は飛び出した。
だが、老人のような風体の奴に全く歯が立たない。
一切の攻撃を通さない強靭な肉体。
何よりも、圧倒的な反射神経。コルンの一撃に対して、皮膚が斬られたことに気付いた直後に受け止めるだなんて、あのベグリフですら出来やしないだろう。
絶望は、メリルにまで伝染していく。
ダリルがあれ程全力で攻撃しているのに、一切ダメージを与えられないなんて……!
ダリルに言われるまでもなく、メリルはこの戦闘に参加してはいなかった。かえって足を引っ張ることが眼に見えていたからである。
どうしよう、私も……。
少しでも戦力にならなければ、この戦いは勝てないかもしれない。居ても居なくても変わらないかもしれないが、ならば余計に居た方がいいと思える。
だが恐怖が、絶望が踏み出す力を根こそぎもぎ取っていく。
彼らですら勝てない相手に、自分は何が出来るだろう。
メリルは国民に混じって、呆然とゾダイを見つめていた。
「っ、ラン!」
そこへ、コルンの声が聞こえてきた。先程の攻防で頭から血を流しているが、全く気にすることなく、コルンは倒れ伏すランへと駆け寄っていた。
ランは口から血を流し、気絶していた。ゾダイの一撃で全て持って行かれたのだ。
コルンの身体が震えていく。自分自身に対する、ゾダイに対する怒りで。
「……許さない」
立ち上がり、真っすぐにゾダイを睨む。ゾダイは変わらずニタリと笑っていた。
「若者はすぐに自分の罪を人に擦り付ける」
「ベルセイン!」
言下、コルンの身体が光に包まれていく。革で作られていた防具が忍び装束へと変わり、その手には二刀の赤黒い小刀が握られていた。
当然、その二刀は全てを斬る。そして、ベルセイン時に斬られた部分は元に戻ることはない。
「斬る!」
距離を詰めることなく、コルンが二刀を高速で伸ばしながら放つ。膂力も格段に上がり、容易く受け止められるものでは無くなっていた。
だが、受け止めなければいいだけのこと。
「増えたから何じゃというのだ!」
老人の姿からは考えられない身軽な動きで躱しながら、コルンへと飛び出した。
「くそっ!」
ゾダイが赤黒い刀身に触れることはない。まるで舞いを披露しているかのように、ゾダイは身体を動かしていた。
「威勢が良くても、実力が伴っておらん。そもそもとして年季が違うのじゃ!」
コルンからは離れているのに、ゾダイが空を打つように正拳突きを放つ。
「―――!」
瞬間、コルンの身体が背後へと勢いよく吹き飛んだ。
ただの空拳。だが、押し出された空気の塊は、魔法よりも強い一撃と化していた。
コルンの吹き飛んだ軌跡に土埃が立つ。
その上からダリルが飛んできた。
「《終の焔・原初の火炎!》」
大盾は剣と合体して大きな刀身となり、そこから高純度の炎がレーザーのように伸びていた。
勢いよく、炎の大剣をゾダイへと叩きつける。
ダリル最大の一撃。
ゾダイは避けることなく両腕で受け止めた。
地面に罅が入り、沈み込む。
だが、それでもゾダイが倒れることはなかった。
「まだ、儂よりも温い!!」
強く弾き、その腹に両腕を突き出す。
「ガっ……!?」
拳はセインの鎧を破壊し、ダリルの腹にめり込んでいた。骨が砕ける音が遠くにいたメリルにすら聞こえてくる。
「ダリルっ!!!」
まるでコルンを追いかけるように、ダリルも吹き飛んでいった。
腕に纏わりついていた彼の炎を払いながら、ゾダイが溜め息をつく。
「ふぅ、もっと滾らせてくれんか。退屈は嫌いなん――」
その言葉は段々と弱まり、やがて消えていった。
ゾダイの視線が、払っていたはずの右腕に向けられる。
持ち上げた右腕。
炎に包まれていたはずのそれは。
いつの間にか氷に包まれていた。
何だ、これは……?
ゾダイの思考が一瞬止まる。
燃えていたはずだ。奴の生ぬるい炎を払っていたはずだ。
それが何故凍っている。
ゾダイの一瞬の戸惑いは、圧倒的な速度を誇る反射神経に隙を生んだ。
そして、その隙を彼は逃さない。
「凍るのは初めてか?」
「っ」
声に反応して即座に振り向いたゾダイの。
更に背後からレンは現れ、ゾダイの背中に袈裟切りを放った。
ダリルの最大火力ですら傷を残せなかった。
なのに。
レンの放った鋭い一撃は。
ゾダイの背から鮮血を飛び散らせた。
「なぬっ」
背中に痛みを覚え、慌てるようにゾダイが飛び退く。
驚愕した表情を浮かべる奴に、レンが不敵に笑う。
「興奮しているようだから、血を抜いてやった。血圧高いと、死ぬからな。感謝しろよ? ジジイ」
その手には、先程までの標準刀はなかった。最初の一撃を喰らった際に折れてしまっていたのだ。
代わりに握りしめられていたのは。
真っ白な光を刀身に漂わせる、打刀だった。
応援ありがとうございます!
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