カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第三章第三十七話「そして雷は繋いでいく・中編」

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エリス達は同時にクロックキャッスルの塔上から飛び出した。直後に振り下ろされるアッシュの大剣。規格外の質量が軽々と空を斬り、そのままクロックキャッスルの塔を斜めに斬り捨てた。

「《怒黒》」

休む暇もなく、アッシュの背後に魔法陣が現れ、極大レーザーがマキナへと放たれる。

「くっ……!」

咄嗟に大盾を構えるが、その出力は機械のそれを遥かに凌駕していた。そのまま押し込まれ、レグルスの大きな機体が勢いよく地上へと叩きつけられた。

同時並行で、ウェルムがアッシュへと高速で斬りかかっていたが、全てをアッシュは受け切っていた。

アッシュがウェルムを見据える。その顔に見覚えがあった。

「……また、同じことを繰り返すか」

「くそっ」

刀を受け止めた直後、押し返すように豪快に大剣が振るわれる。そのままの勢いでウェルムも吹き飛ばされた。クロックキャッスルの城壁を貫通して、彼方へと消えていく。

シオルンを抱えながら、エリスは驚愕していた。

「おいおい、冗談だろ……!?」

たった一瞬の攻防。

なのに、奴には勝てないと思えてならなかった。それだけの実力差が見えたのだ。

これは、正念場だなぁ。

「エリスっ……」

シオルンの絶望した表情が映る。この絶望を晴らさなくてはならない。

俺がどうなろうと、絶対に。

エリスはシオルンを抱きしめる腕にギュッと力を込めた。

「ありがとうシオルン、力貰ったよ」

言下、エリスの姿が変わる。

「ベルセイン」

一対のセインがエリスの右腕と融合し、大きな雷槍と化す。黄色いオーバーコートを羽織り、両足が金色の甲冑に覆われた。

そして、エリスは。

「ごめん」

シオルンを背後に広がる街並みに放った。

「えっ……」

全身を襲う急な浮遊感。

と、同時に今度は身体を強く横に引っ張られる。一気に目の前からエリスが遠ざかっていった。

「エリス!」

必死にエリスを呼ぶ。彼は、振り向くことなく左手を上げた。そして、アッシュへと斬りかかっていった。

ぐんぐん彼の背が小さくなっていき、やがて視認するのも難しくなる。

どうして、どうしてエリスはいつも……!

気付けばシオルンは、アルガス大国の中心部から外壁のある最果てにまで飛ばされていた。そのままの勢いで外壁にぶつかるかと思えば、まるでクッションに包まれるかのように宙で止まり、ゆっくりと地面に降ろされる。

そこで、シオルンは一連の動作はエリスの磁力によるものだと気付いた。

周りの街並みに一切の人はおらず、全員が地下のシェルターに逃げ込んでいるのだろう。今の様子では大国とはいえ寂れているかのようだ。

ただ一人、ポツンとシオルンはその場に佇んでいた。

拳を強く握りしめ、身体を振るわせて。

そして、涙を瞳に溜めながら。

どうしてエリスはいつも私を護ろうとしてくれるのだろう。私はどんな時でもずっと貴方の傍に居たいのに。

……いや、本当は分かっている。分かっているのに、心は滅茶苦茶だ。

私の事をとても大切にしてくれている。愛してくれている。それが凄い伝わってきて、それでいて失いたくないから、私を遠ざけて護ろうとしてくれるのだ。

分かっているのに。

この悲しい、悔しい気持ちはどうすればいいの。

ウェルムの言葉に反発したエリスの言葉を思い出す。

「何だよ、まるでシオルンが邪魔みたいに」

そのあと、エリスはそれを否定しようとしてくれたけれど。

事実、邪魔なのだ。

私には何も出来ない。傍で見守ることしかできない。

それしか出来ないから、それだけは絶対にしなければならないと心に決めてきた。少しでも私の存在がエリスの力になりますように。この祈りが届きますように。そう強く想いながら、傍で見守るんだと。

でも、近くにいることも出来ない。私の存在がエリスの枷になってしまうから。

運動神経が良いわけでもない。全然走れないし、剣だって振れない。

そんな私をエリスは護ろうと意識してしまうから。私が彼の隙になる。

昔、フィールス王国で戦った時もそう。私のせいでエリスは死にかける程の重傷を受けてしまった。

周囲に誰もいない状況が、孤独が、心を圧し潰そうとする。

何が悲しくて悔しいのか。

全て自分だ。

自分自身だ。

「どうして私は何も出来ないの……!」

昔から自分が嫌いだった。

何も出来ない自分が大嫌いだった。

フィールス王国で好まれる女性とは、戦いに赴ける女性。セインは愛する者の傍でこそ真価を発揮するからだ。しかし、シオルンは運動が出来ないことから裏方に回るしかなかった。幸い、手先が器用だった為に防具屋で働くことは出来たけれど、その時点で華々しい人生とは生涯言えないことは確定してしまったと彼女は思っていた。

そんな役立たずな私が偶然脱出ポッドでフィールス王国から脱出して、ジェガロに助けてもらって。そしてエリスに出会って。チェイル王国では、とても皆良くしてくれるし。

誰かに助けられてしかいない。何も出来ないから、何も返せていない。

返す前に、ジェガロは死んでしまった。

あぁ、本当に私はいつまでこのままなのだろうか。

こんな私に、生きている意味なんてあるのだろうか。

必ず誰かの枷になるのならいっそ。

「貴方方は命の恩人です」

ふと、マキナの言葉が思い出される。グレイを助けたことを言っているのだろう。

そんなわけない。私が誰かの命を助けた覚えなんてない。

私じゃなきゃ出来ないことでもなかった。偶然私がその場にいただけ。

結局、私の人生は全て偶然だから。運が良かっただけ。

フィールス王国から逃げ出すための脱出ポッドが目の前に落ちてきたのも。ジェガロに会えたのも。

エリスに会えて。

そして。

 

エリスに恋をしたのも。

 

「っ」

気付けば、駆け出していた。全然思うように足が上がらなくて、すぐに呼吸が乱れる。それでも必死に足を前に踏み出していた。

全部偶然に過ぎない。そんなこと分かっているけど。

でも。

この気持ちだけは。

この恋心だけは。

偶然なんて呼びたくない。

偶然なんかじゃない。

私がエリスを好きになったのは。

必然だった。

絶対必然だったんだ。

「きゃっ」

足がもつれて転んでしまう。膝が擦り減って血が滲む。

痛い。痛いけど、どうってことない。

よろよろと立ち上がると、シオルンは再び走り出した。

周りに人がいれば滑稽だと彼女を笑っただろう。とても真面な走り方とは言えないし、全身に汗を掻き、よろめいたりふらふらしたりする。

でも、シオルンは懸命に走った。

懸命に抗った。

何も出来ない自分に。

無理だと決めつけていた自分に。

私にも絶対があった。こんなにも素敵な絶対があった。

それは、私だからこそのもの。唯一無二のもの。

唯一、私を私にするもの。

フィールス王国に生まれて良かったと、初めてそう思う。

ずっと嫌だった。この国は戦える人とそれ以外を暗黙的に分けるところがあるから。自分は所謂負け組。

何も出来ない。運動だって出来ないし、剣だって振れない。

 

でも、誰よりもエリスを愛することが出来る。これだけは絶対誰にも負けない。

 

そして、その想いを力に変えられる。

傍に行っても、邪魔になってしまうかもしれない。

でも、それを掻き消すくらいありったけの想いを伝えよう。

だから、やっぱり邪魔になんてならない。

この想いで、私も一緒にエリスと戦うんだ。

「待ってて、エリス」

今、私が助けにいくから。

 

 

※※※※※

 

 

「ぐっ」

大剣に軽々と弾かれ、そのまま胴を裂かれそうになるが、寸前のところで雷速で避ける。

そのまま距離を取り、セインを構えた。

幸い、アッシュ自体の速度はそれ程ではない。警戒すべきはあの両腕。奴の反応速度と、それをそのまま実現させることの出来る腕力。大剣の質量も相まって一撃は重いし、そのくせ軽々と振って見せる。

これでは一太刀浴びせるのも難しい。

少しの思案中に、ウェルムとマキナも合流する。ウェルムはエリス同様身体中に切り傷や打撲の跡があるが、まだ動けるようなマキナのレグルスもあちこちに大きな跡を刻まれているが、操作に問題はないらしい。

エリスが視線をレグルスへと向ける

「やっぱり、その機械での攻撃を主体にしないと倒せなさそうだぞ」

これまでの攻防の中で気付いたことが一つ。

エリスやウェルムではアッシュの大剣による一撃を受け止めることが出来ない。

ただ、レグルスのみが大盾で踏ん張ることが出来るのだ。更に、レグルスの放つ極大剣だけがアッシュに弾かれない。容易く弾ける質量ではないのだろう。

とはいえ、あの極大レーザーには吹き飛ばされてしまう。威力というよりも、横に対する推進力が違うのだ。

「《私の攻撃で隙を作ることが出来れば、その隙をつけますか》」

「「当然」」

エリスとウェルムが同時に声を発する。その後、嫌そうにお互いを睨んでいた。

風と雷。お互いの速度であれば、少しの隙をつけるかもしれない。

だが、それを容易く許す相手でもなかった。

「面倒だな」

そう一言告げたかと思うと、

 

「《リベリオン》」

 

次の瞬間、アッシュが黒い光に包まれた。

「なんだっ」

光を手で遮りながらエリスが叫ぶ。

その横で、ウェルムは絶望していた。

「……終わりだ」

「はぁ!? お前何言って、る――」

彼の言葉は段々と勢いを無くし、やがて完全に沈黙する。

彼らの視線の先。

三メートルを超えていた巨躯が赤黒く硬質化していた。魔力量は遥かに増大している。

そして、何より。

厄介だった腕の数は魔力の硬質化により十本に増え、脇や背中から飛び出していた。その手全てに同じ大剣が握られているのだ。

言葉にもならない。

ただでさえ腕に二本でも限界だったというのに。

「……!」

眼を見開き、驚愕する三人の先で、

「決着を急ぐぞ」

アッシュは再び三人へと飛びかかった。


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