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4『理想のその先へ』

4 第三章第三十四話「ドライルVSメア そして…」

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ドライルは既に臨戦態勢を取っていた。感じ取っていたのだ。先程倒した六魔将以上の実力がこちらへ向かって来ていることに。

何者だ。感づかれたか。

戦争に乗じて、ベグリフを倒そうと思っていたのだが。厄介なことになりそうだ。

ベグリフのいる王都アイレンゾードとは真逆。とんでもない速さでこちらへ近づいてくる。

「《来るぞ!》」

クロの声が聞こえた途端だった。視界一杯に光の槍が広がる。

「――っ」

どれだけ準備していようが、その意識を遥かに上回る速度。気付けば目の前にそれがあったのだ。

鼻先に触れる直前に、何とか槍の柄を掴んで受け止めた。

「……冗談キツいぞ」

気を抜けば、間違いなくやられる。そう実感するのに十分だった。

ただ、気がかりなのは槍が光属性だということ。

「まさか……」

ドライルの懸念を事実だと証明するがごとく、遠くに見える白い翼。

間違いない。

天使族だ。

どうしてこんなところに天使族がいるんだ。迷わず真っすぐにこちらへ来る。

天使族だとすれば、決して俺の敵じゃないはずなんだが……。

ドライル達レジスタンスと、人界側に付いている天使族とは目的が同じ。ベグリフを倒すことだった。

だが、相手からしてドライルはそのベグリフ側の悪魔族にしか見えなかった。

嘘、今の一撃を受け止めるの……!?

その相手の天使族、つまりメアは先程の一撃が受け止められていることに衝撃を受けていた。

少なくとも反応できる速度で放っていない。最大にまで時を加速させて放ったし、相手に触れるか触れないかのところで時を戻したのに。

つまり、相手の悪魔族は時が戻ってからの一瞬の間に動き出し、ファンネルを止めて見せたのだ。時が戻ったとはいえ、ファンネルだって中々素早く動いている。それを見切って見せるのか。

最悪の展開だわ……。急いでベグリフの元へ向かおうと思っていたのに、とんでもない隠し玉を持っていたものね。

数十秒前、轟音が鳴り響いたと思えば、遥か遠くに悪魔族が見えた。あの轟音が何の結果か分からないけれど、奴の傍にある森にまるで巨大な化け物が通ったかのような跡が一直線に刻み込まれていた。

間違いない、あの悪魔がやったんだ。なんて凄まじい力なの……。

あの悪魔が先程の赤布達のように害がなければいいのだけれど、生憎そうはいかないらしい。

その悪魔は身体に赤い布を巻いてはいなかったのだ。

ドライルがレジスタンスにも関わらず赤布を巻かなかったのには理由がある。

そもそもとして、戦争時に悪魔族同士で戦闘すれば、混戦でレジスタンスなのかどうか見分けがつかず、同士討ちしてしまう可能性がある。だから、レジスタンスは赤布を巻いているのだ。

むしろ逆を言えば、赤布のせいでレジスタンスだとバレてしまうのだ。混戦時においては、そのデメリットよりもメリットの方が大きい為に使用されているが、殊ドライルにおいて、一人なのに赤布を巻くのはかえって目立ち、危険性を高めるだけであった。

だから、赤布をドライルは巻かなかったのだが、結果としてこの状況では巻いた方がデメリットは少なかったと言えよう。

メアはドライルの実力と赤布の有無から彼を、六魔将を超える強敵と判断した。それこそ、ベグリフのいる王都アイレンゾードの前にいることから、余計に魔王を護る者のように感じてしまっていた。

だからこその奇襲。最初の一手だった訳だが、更に警戒を強めざるを得ない。

なら、更に反応出来ない程の速度で、手数で、圧倒するだけ!

「ファンネル!」

メアの周囲に数本の光槍が出現し、爆発的な超加速でドライルへと殺到していく。

ドライルからすれば、先程の一撃が今度は連続で襲ってくるような感覚。

戦う必要性の無さを説く暇さえない。

一本一本がドライルの命を狙っていた。

「くっ」

その全てを寸での所で弾き飛ばしていく。両腕両脚を黒獣化し、感覚を研ぎ澄ませる。

黒獣化には様々な型があり、例を挙げるならば、マインテスルと戦った時のような怪力を発揮するパワー型と、圧倒的な速度を見せるスピード型などがある。他にも色々とあるが、前者の場合に黒獣化した箇所は膨張し、後者は逆にシュッと鋭く硬質化する。

現状はまさにスピード型。そうでなくては対応しきれない。光槍の全てが、突き刺さる直前まで気付けない程の速度で襲ってくる。少しでも気を抜けばやられる。今は獣の勘に似た本能でどうにか防げているだけだ。

だが、弾き返した先から再び襲ってくるファンネル。このままではいずれ……。

「《あの天使族と話せるなどと思うな! 余地はない! やらねばやられる、それだけだ!》」

くそっ、分かったよ! クロ!

心の中で名を呼ぶと、ドライルの代わりにクロが唱える。

「《黒獣、鎧鳥》」

すると、悪魔族の象徴である黒い翼がその形を変える。より洗練され、飛ぶための翼から空を駆けるための翼へ。端から見たら、まるで翼が大きな黒い手のようだ。

これで一気に近づく!

だが、そうさせてはならないことをメアは分かっていた。

これ程までにファンネルで攻撃していて、まだ一度も傷をつけられていない。その全てがギリギリのところで弾かれてしまう。

分かっていることは一つ。私があの悪魔に勝っているのは唯一速度だけ。

先程の轟音から察するに、奴の攻撃には威力がある。加えてあの反射神経。近づかれたら終わりね。

近づかせないように速度で圧倒するしかない。ただ、こちらの加速にも限度があるし、仮に奴の時を遅くしても結局時が戻った後にあの反射神経で追いつかれてしまう。

必要なのは、あの反射神経を上回ること。

これ以上速度での可能性が見込めないなら、手数をもっと!

「ファンネル・連弩の陣!」

練り上げた魔力が次々と光槍を作り上げていく。メアの周りだけではなく、ドライルの周囲にも。

赤暗い魔界にいるはずなのに、そこだけは光で満ち溢れていた。

次の瞬間、ドライルは完全に光槍に四方八方を囲まれていた。その全てが超加速をしてドライルめがけて飛び出す。

この手数ならば、一つに対応している間に次が襲い掛かってくる。間に合わないはずだ。

状況は最悪。それでも、ドライルにはまだ策があった。

「《烈尾……――乱獄!》」

ドライルに黒い尻尾が生まれる。フサフサのように見えるが、その毛一本一本が鋭く尖っていた。

加速が止まり、全方位において光槍がドライルの寸前に来た瞬間、その黒尾が一瞬にして伸びてドライルの周囲を渦のように動き回り、腕や脚だけでは反応できない部分の光槍を吹き飛ばした。更に、獣の腕のような翼も羽ばたき、光槍を叩き落としていた。

「嘘……!」

メアも驚きが隠せない。遂には、その連撃をどうにか防ぎきって見せていた。

「っ」

何本か翼や尻尾に刺さり、一本防げなかった光槍が左腕を貫いているが、これで済んだ事がまるで奇跡のようであった。

その一本を勢いよく抜き取り、

「うらっ」

獣の腕を膨張させて全力でメアへと投擲する。それは時の加速すらされていないのにも関わらず、匹敵するかそれ以上の速度を出していた。

「なっ」

何とか身を捩って躱すメアの視界一杯に、ドライルの姿が映っていた。

投擲直後に大きな手のような翼で空を勢いよく掻き、メアが躱している隙に一瞬でメアの元へと詰めたのだ。

女性を攻撃するのは気が引けるけれど、そんなことを言っている場合ではない。

得意の近距離戦に持ち込んだ。何が来ようと反応できる。

そして、メアの腹めがけてドライルが鋭い拳を突き出した。

全力で放った一撃。だが、何故かその拳はメアへとゆっくり突き出されていた。まるでスローモーションのように拳だけが動く。

ここでドライルは漸く彼女の魔法に気付いた。

「っ、時魔法か!」

ドライルの拳の時を遅くしている間に、メアは自身を加速させて再び距離を取った。

もう少しでも魔法をかけるのが遅かったら、間に合わずに負けていた。

あの魔法、何なのか分からないけれど、どんな状況にも対応してくる。

この悪魔。

あの天使。

 

強い……!

 

とはいえ、勝たなければベグリフの元へはいけない。

槍を躱す瞬間があったということは、魔法をかける速度さえ超えれば時魔法を使わせる前に攻撃を当てられるはずだ。

幾つかファンネルが刺さっているということは、手数で押すのは間違ってない。

勝機はある。

二人がそう確信し。

そして、第二ラウンドが始まろうとした時。

 

 

カイは音もなく突如現れた。

 

 

彼の存在に気付いたのは二人同時だった。

急に彼の魔力を感じたのだ。それもかなり近くで。

王都アイレンゾードを見下ろすような形で、カイは転移していた。その手にセインと化したイデアを握りしめ、青白い翼をはためかせ、王都にいるであろう宿敵を見据えていた。

「今行ってやるぞ、ベグリフ」

「……カイ?」

そして、カイの名を呼んだのも同時だった。

ドライルとメアが顔を合わせる。

カイの名を知っている。

その事実が、彼の存在が状況を一変させる。

「ん?」

名前を呼ばれたような気がして、カイは背後を振り返る。そして、二人を見つけた。

「あれ、メア? 何でここにいるんだ?」

「カイこそ……てか、お姉ちゃんって呼びなさいよ! これでも年上よ!」

「はいはい、メア姉、メア姉」

「ふふん!」

姉と呼ばれてすぐ上機嫌になるメア。流石自分の事を「これでも」と発言するだけはある。

本当は姉じゃなくて叔母さんなのにな、と思いながらカイがドライルへと目を向ける。

あれからだいぶ時間が経っているけれど、不思議と分かるもので。

「……やっぱり、ドライル、だよな」

カイの問いに、ドライルは微笑んだ。

「久しぶりだな、カイ」

「ドライル!」

カイが勢いよく近づいて、黒獣化した彼の手を握る。

「元気してたか! 何か、随分大人びたような……」

その手を、ドライルもまた強く握り返した。

「そっちこそ、強くなってるみたいだな」

「そりゃもう! ってか、レジスタンスのリーダーなんだって!? 凄いじゃん! リノに聞いたよ!」

「リノに会ったのか! どうだ、無茶してなかったか?」

「してなかったとは思うけど……てか、ぶっちゃけリノとはくっついたのか?」

「……ところで、イデアは?」

「《ここです!》」

セインからイデアの声が聞こえ、ドライルが眼を見開く。カイは笑った。

「リノも同じ反応してたぞ」

「そりゃそうだろうな」

一緒に居た時間としては二日やそこらでしかないのに、何故かカイとドライルの間にはそれ以上共に過ごした感覚があった。

それ程濃い時間を、絆を紡いできたのである。

二人の様子を見て、メアは唖然としていた。

「え、ちょ、待って待って。……もしかして、カイのお知り合い?」

「ん、そうだぞ。前魔界に来た時に色々あって。ドライル君です」

「……先程はどうも」

ドライルが深いため息と共にメアを見つめる。漸く分かってくれたかと言わんばかりの眼だった。

ようやっと状況を理解し、メアは叫んだ。

「ゆ、言ってよ!」

「言う暇をアンタが与えてくれなかったんだろうが!」

「てか、二人共ここで何してたんだ?」

「……別に、何も」

カイの純粋な疑問に、ドライルとメアは答えることが出来なかった。

とてもじゃないけど言えない。味方同士で結構ガチガチの戦いをしていただなんて。

「えっとね、ベグリフを倒しに来たの、私は!」

「……俺もだ」

「え、貴方もなの?!」

再び驚いたようにメアがドライルを見る。そのオーバーな反応にドライルは苦笑した。

「これがカイの姉なのか……」

「いや、姉というか叔母さんというか」

「なぁにぃ!?」

「はい、メア姉メア姉」

「言えばいいと思ってるでしょ!」

「え、違うの!?」

「……姉弟にしか感じん」

「どこが!?」

「え、貴方良い悪魔ね! よろしく!」

「……こういう所が」

そう言って、ドライルが王都アイレンゾードを見つめる。

「ここに来たということは、カイも目的は同じなのだろう」

「……ああ、ベグリフを倒しに来た」

「てことは、目的は三人共一緒なのね」

「四人な」

「《私もいます!》」

カイ達は並んで空に浮かび、眼前の王都を見た。

その中央に聳え立つヴェイガウス城。そこにベグリフがいるのは間違いないだろう。

カイはギュッとセインを握りしめた。

彼に証明するのだ

想いは力だと。

きっとここにメアとドライルが居るのも、想いを紡いできた証だから。

皆で勝つ。

だから皆、頼んだぞ。

俺達の帰る、人界を護ってくれ。

俺達が、ベグリフをぶっ飛ばしてくるから。

「……よし、行こう!」

カイが魔力を解放し、ドライルとメアを包み込んでいく。

「早速カチコミだ!」

「……いや待て、まず作戦とか――」

「レッツゴー!」

戸惑うドライルをおいて、メアが元気に声を上げる。

その声に続くように、カイが叫ぶ。

「今行くぞ、ベグリフ!」

そして、三人は転移した。

ヴェイガウス城で待つ、彼の元へと。

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