カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第三章第三十三話「黒白」

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ここまで来るまでに沢山の出来事があった。

カイの助力を得て、無事に奴隷にされていた悪魔族達を解放した後、ドライル達は生まれ故郷ジョードイン国をすぐに去った。奴隷達に掘らせていた魔石の供給が止まった時点で怪しまれることは間違いなく、反乱を起こしたとバレたら大変だからだ。

逃げるように移動している中で、ドライルは気付いたことがあった。

ジョードイン国のような、国民を奴隷化して魔石を掘らせている国があちこちに点在していたのだ。当然と言えば当然か。魔石を定期的に規定量出すよう命じられているのは、何もジョードイン国だけではなかった。

その事実に気付いたドライル達は、意見の衝突を何度も繰り返しながら、やがて一つの組織を作り出した。

レジスタンスである。

ドライル達の立ち上げたレジスタンスの理念は至極単純。

恐怖、力、その他全てによる抑圧から悪魔族を解放すること。

レジスタンスは、奴隷達を解放する為に該当国に忍び込み、圧政を行っていた権力者たちを次々と倒していった。その度に解放された奴隷達がレジスタンスに加入していき、やがてレジスタンスはかなり大規模な組織へと展開していくことになる。

だが、それはそれで都合が良かった。

レジスタンスの最終目的は現魔王ベグリフだからである。

現魔王ベグリフはそれこそ力による恐怖政治を繰り広げている。各地が奴隷を必要とするのもその為だ。ベグリフさえいなければ、これ以上奴隷が過酷な労働を強いられることもない。

ゆえに、レジスタンスの最終目的は打倒ベグリフ。

その為には同じ志を持つ者が多く必要だった。

必要だったのはそれだけではない。

レジスタンスを一つに纏めるリーダーが必要だった。

だが、一人を除いて誰もが同じ名前を呼んだ。

彼こそがリーダーだと。

誰もが見ているのだ。彼の勇敢さと強さを。今までの全ての解放が、彼無くして行えなかった。

自分はそんな器ではないという彼に、リノは迷いを一蹴するかのように言った。

「貴方が動き出さなかったら、私達はまだ地獄みたいな日々を過ごしていた。貴方がいたから、今私達はここにいる。貴方の熱意があったから、カイは応えてくれたのよ」

不思議とその名前を聞くと、心に勇気が灯ったような気がした。

カイならきっと、構わず進み続けていくだろう。どれだけの責任がその肩に乗ったって、足掻いて藻掻いて、前へと向かっていくのだろう。

そして、その背中を見て、誰もが勇気をもらうのだ。

……俺の背中が、誰かに勇気を与えられるのだろうか。

視界に広がるレジスタンス達の視線が、答えだった。

 

そして、ドライルはレジスタンスのリーダーとなった。

 

あちこちで人界へと悪魔達が乗り込んでいる今、ベグリフのいる王都アイレンゾードは手薄だ。むしろ、一切の戦力が存在しないと言ってもいい。

今回の戦い、ベグリフは全ての戦力を投入しており、守備に残すことはしなかった。レジスタンスが来るとは思わなかったのか、或いは来たとしても自分で対処することが出来ると踏んでいたのか。

恐らく後者で、この状況は一種の誘いなのだろう。

来るなら来いと言われているような気がする。

なら、行ってやるよ。

こちらとしても好都合だ。邪魔が入らなくて済む。

相手が魔王だとしても、負けるつもりはないし、負ける気もしない。

今の俺なら。

俺と、コイツなら。

やがて王都アイレンゾードが視界に見えてきた頃に、ドライルは気付いてその場に制止した。

視線の先に、ガタイの良い悪魔族が佇んでいた。まさに筋骨隆々を全身で表しており、身につけている防具の方が機能として劣っているように見える。

「お前は……」

ドライルには見覚えがあった。

以前、レジスタンスの中で共有した情報の中に奴はいた。

この六名には、気を付けた方がいいと。その内の一人だった。

奴は、ドライルを捉えると満足げに頷いていた。

「やはり! この状況に便乗して王の首を取りに輩が来ると思っていた! 流石我! 流石我が筋肉脳!!」

「……確か、六魔将マインテスルだったか」

マインテスルが、ドライルに見せつけるように様々なマッスルポーズを取っていく。

まだドライルとは距離があるものの、既に体格差は歴然。ドライルの三倍ほどの図体と、そこから放たれる圧は、流石の六魔将であった。

「見た目脳筋なのに、まぁ良く分かったな」

とはいえ、もしベグリフが誰かを誘う為に守備に戦力を回さなかったのだとしたら、マインテスルは完全にその意志をくみ取れておらず、何なら配置ガン無視の命令違反であった。

「脳筋……何たる誉め言葉! 貴様がレジスタンスでなければ、酒を酌み交わしたいところだが! レジスタンスのリーダー、ドライルだな!」

既にドライルの顔は、指名手配されている。マインテスルが気付くのも訳ない。

直後に、一気にマインテスルが空を駆け、距離を詰める。近づけば近づくほどに奴の身体が巨大になっていく。

「ここが貴様の墓場! 我が筋肉に沈め!」

風を切り、巨体から放たれる剛腕が音すらも置き去りにしてドライルを粉々に粉砕しようとする。

圧倒的な膂力が、マインテスルを六魔将にした。

だが、ドライルは笑っていた。

「……ただ、相手との力量差に気付かない辺り、残念な脳筋だな」

その馬鹿デカい拳へ向けて、ドライルは真っ黒な右腕を全力で突き出した。

互いの拳が衝突し合い、魔力が弾け。

 

そして、マインテスルの片腕は消し飛んだ。

 

「なっ……!?」

筋肉脳では、今何が起きたのか理解できなかった。全力で振るった拳が今はない。飛び散る肉片と血液、痛みだけが結果として残っていた。

飛び散る肉片に隠れて、ドライルがマインテスルの懐に入る。

いつの間にか、右腕だけではなく、右脚までも獣のような黒い毛で覆われており、膨張した脚のせいでズボンが膝から弾け飛んでいた。

その時、右腕から声が聞こえてきた。

 

「《お前も脳筋だろう》」

 

何故誰もがドライルをリーダーに置いたのか。それはやはり、解放時の戦果が凄まじいからだろう。どの解放戦をとっても、ドライルが必須だった。権力者達をほとんど倒しているのはドライルなのだ。

ドライルには不思議な力がある。ジョードイン国での戦闘時に、千切られた右腕から生まれた黒獣の腕がそれだ。

未だに何かは理解していないが、何と黒獣化出来るのは腕だけではないらしく、幾度も修練を繰り返し、やがてドライルは身体の殆どを黒獣化するに至った。

その頃からだろう。《彼》の声が聞こえ始めたのは。

彼の正体は分かっておらず、何故それがドライルの身体に住み着いているかも分からない。

だが、力を貸してくれていることだけは分かっていた。

「うっせーよ、クロ」

回転しながら、片腕を失ってがら空きになった胴に回し蹴りを繰り出した。鍛え抜かれたマインテスルの筋肉に蹴りがめり込んでいく。まるで弓のようにしなったマインテスルの身体は、やがて放たれた矢のごとく地上へと一瞬で到達した。

とてつもない轟音と共にマインテスルが木々を薙ぎ倒していく。

既に起き上がれないのは一目瞭然だった。

「……ふぅ」

足の黒獣化を解き、右腕を見る。そこには大きな目玉があった。縦に長く琥珀色の瞳孔がギョロッとドライルを睨む。

「《お前こそ力量差に気付ける脳筋になることだな。今の雑魚は別として、奴は強いぞ》」

「何だよ、クロ。今の俺でもベグリフには勝てないって言うのかよ」

六魔将も瞬殺できる今のドライルを、誰が止められるというのか。

クロの大きな眼が、伏し目がちになる。

「《……アレは俺と同じだ。同じ存在から生まれた》」

「同じ存在……?」

「お前には分かるまい。だが、気を付けなければならない意味が分かったか》」

今のドライルの力は、つまりクロの力だ。そして、クロはベグリフが自分と同じだと言う。

クロの力を全身で感じているドライルとしては、頷かざるを得なかった。

「……分かった。気を引き締めていく」

「《それでい……――》」

言葉が終わる寸前に、クロの眼がギョロッとあらぬ方向を見る。その直後に、ドライルも気付いた。

「《構えろ、ドライル!》」

「何か、凄い速度で近づいて来る……!」

再び臨戦態勢を取るドライル。

クロの嗅覚が、ドライルの勘が。

マインテスルなんかよりも余程強い相手が来たと告げていた。

もう少しでベグリフの元に辿り着けるというのに。

チラッと王都へ視線を送った次の瞬間。

ドライルの顔前に、凶刃が真っすぐ飛んできたのだった。

 

 

※※※※※

 

 

それに気付いた時、既にメアはその場を飛び出していた。

メアが居たのは、新たな王都リーフ。以前の王都シャイスはゼノとベグリフの戦闘によって消し飛んでしまった。しかし、いつでも人界への行き来が出来るようにしなければならなかったセラ達は、扉の近くにあった国リーフを新たな拠点にしたのである。

扉に近かったからだろうか。

嫌な気配がした。一度の対峙だが、もう忘れることはない。命を消そうとする圧が、全身から溢れているような奴だった。

何よりも、母の仇。

「ベグリフ……!」

扉の先、つまり人界にベグリフの気配を感じたのだ。もしかすると、気付かないだけで既に人界で何かが起きているのかもしれない。

まず、メアはセラ達に知らせようとして、やめた。

王都リーフから見える遠く離れた大きな扉。その頭上の空が突如大きな音を立てて割れたのだ。それと同時に割れた穴から溢れんばかりの悪魔族が飛び出してくる。

知らせに行く必要もなくなっただろう。

今は誰よりも早く気付いている私が対処しないと。

王都リーフを飛び出し、メアは自身の時を一気に加速させて、人界へと繋がる扉へと向かった。

一体どういう原理か分からないけれど、あの場所を狙ったのは絶対に意図的だ。扉がなければ、天使族は人界へと迎えない。つまり、人界へと行かせないために、大量の悪魔が押し寄せているのだ。

扉を作動させるには、多少の手間がいる。あれ程の悪魔族がいると作動も出来ない。

「やってくれたわね……!」

即座に扉近くまで到達したメアは、周囲に槍の形状をしたファンネルを放ち、悪魔族を狙おうとする。

だが、突然事態は急変した。

目の前で突如悪魔族同士が攻撃し始めたのだ。明確な意思を以て攻撃をしている者と、困惑している間にやられている者と。

状況は混沌と化していた。

「一体何が起きているの……!?」

目の前の状況に、メアが足を止めていた時だった。

頭上に空いている穴から、大きな黒槍が雨のように降って来た。その黒槍は、赤布を装備している悪魔族を次々と貫いていく。それに伴い、段々と同士討ちする者が減って来ていた。

未だに状況を完全に理解できてはいない。だが、メアの直感が告げていた。

今、赤布を纏った悪魔族が理由は分からないけれど、同族を襲っている。そのお陰で今が好機!

かと思っていたら、いつの間にかベグリフの気配は人界から消えていた。そして、むしろ頭上の穴の奥からより濃い気配となって現れていた。

この状況における刹那の思考。

セラお姉ちゃん達、後は頼んだよ!!

メアは自身の時を加速させ、悪魔族の間を通り抜けて頭上の穴へと向かった。

結局、ベグリフを倒したら終わりなんでしょう!

遠くから見ると、真っ暗闇だった穴も近づけば向こう側が見えてくる。向こう側には大量の悪魔族がいた。こちら側同様同士討ちしているようだ。

だが、一人の悪魔族が凄まじい速度で飛び回り、赤布をつけている悪魔族を次々と倒していた。更に、指を鳴らした途端、彼女の周囲に黒槍が出現し、今度はこちら側の赤布へと攻撃をしていく。

なんて器用な魔力コントロール。何よりもあの速さ。眼で追えるものではない。

ただ、赤布の悪魔族がいるお陰で、侵攻も進んでいない。殺させるのは得策ではない。

あの悪魔族は倒さなければ。

そして、メアは手に光の槍を出現させて穴へと飛び込んだ。

メアが狙う彼女は六魔将であった。名をシリュウという。

シリュウは膨大な魔力量と、魔力の操作性、更に思慮の深さから六魔将になったものだった。

現六魔将において紅一点の彼女だが、その実力は決して負けず劣らない。あの高速移動は繊細な重力操作に加え、風、雷、炎によって推進力を最大限に上げたことによる移動であった。常に速度は最大であり、その速度のハンドルを重力操作で行っているのだ。

加えて黒槍もまた重力操作で加速し、狙った獲物は逃がさない。

新たに加入した魔将の中でもかなり強力な部類に入るであろう。

だが、その加速が時魔法によるものでないならば。

 

決してメアには勝てない。

 

上空から一体だけ天使族が入って来たことにシリュウは気付いていた。

「短慮以外の何物でもありません。単騎でこちらへ、それも私のいる方へ来るとは」

レジスタンスを相手しながら、メアへ向けて黒槍を何本も飛ばす。

だが、その全てをメアは躱して見せた。どれだけ重力操作で向きを変え、加速し、追いかけようとメアを捉えることは出来ない。

「何ですって……?」

シリュウは片手間で相手できる者ではないと即座に判断した。

手に黒槍を携え、自らメアめがけて飛び出す。一気に加速し、眼には止まらぬ速さで側面から黒槍を叩き込む。

完全にメアの視界から外れた一撃だった。

「わっ」

だが、寸での所で避けられてしまった。メアが距離を取る間、シリュウは驚愕の表情でメアを見つめていた。

馬鹿な。あれを避けるというのですか。

加速されたあの一撃が、何故当たらない。あのタイミング、あの隙に対して最高の一撃を繰り出せたはずなのに。

何故避けれるのですか!?

メアとシリュウが対峙する。

何か、絡繰りがあるはず……!

「――!!」

そして、両者ともに加速した。勝負は一瞬。どちらが速く、相手へと一撃を届けられるか。

どちらも退くことなく、真っすぐに飛び出していた。

そして、シリュウは理解した。

何故先程の一撃が彼女に当たらなかったのか。

この視界に感じる違和感。

何てこと……。



私の時が、遅くさせられていたのですね。

 

そして、メアの槍がシリュウを斬り裂いた。鮮血と共にシリュウが崩れ落ちていく。

加速力だけで言えば、シリュウが勝っていただろう。だが、メアは加速に加え、シリュウの時を遅くしていた。やがてメアが全ての時を戻した時、メアの一撃の方が早く届いていたのだった。

「強い悪魔だったわ……」

メアが頬から流れる血を拭いながら言った。

頬につけられていたかすり傷。結局時魔法を使用中に誰かへ攻撃することは出来ない。時のズレがあるからだ。同じ時に戻さなければ攻撃を当てられないのである。

同じ時に戻した瞬間、確かにメアの一撃の方が早く届いていたけれど、シリュウの加速はその一瞬でメアの命を脅かすことが出来るものであった。何とか避けることが出来たのも、時を遅くしたことで予備動作が分かりやすかったからであった。

兎に角これで、赤布悪魔達は動いてくれるはず。

今、私が行くべきなのは。

「絶対、私が……!」

メアはすぐに加速してその場を後にする。

周囲の景色からここが魔界だという事は分かった。

魔界に来て、気配はより濃いものへと変わっている。

近くにいる。

ベグリフが、近くにいる。

気配のする方へと、時を加速させて全速力で向かう。

母の仇を討つために。

この戦いを終わらせるために。

ゼノ達の掲げた理想の為に。

そうして、ベグリフの待つ王都アイレンゾードが見えそうな頃。
目の前で大きな轟音が鳴り響いたのだった。

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