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4『理想のその先へ』

4 第三章第三十二話「レジスタンス」

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突如として快晴だった空を武装した悪魔族が埋め尽くしていく。

天地谷だけではない。レイデンフォート王国、アルガス大国、そして、王都ディスペラード。人界に四つの穴が開き、そこから大量に悪魔族が出現し始めていた。

「なっ……!?」

余りに突然の出来事。明確に、確かな感覚を以て認識出来る程に、四つの地点で只ならぬ力が働いたのだと分かった。

唖然として空を見上げるカイ達を、ベグリフは冷徹に笑った。

「お前達の方から攻めるつもりだったのだろう。だが、それは違う。俺が長い年月をかけて何故魔石を集めていたと思う。俺一人の力で次元を超える為だ。そして今、確かに実証できた」

魔石は魔法に反応して、一気にその力を増幅する力を持つ。正確に言えば共鳴し、同様の魔法を魔石が展開するのだ。そして今、ベグリフの次元移動魔法に同調するように、魔界にある大量の魔石は次元の扉を開いてみせた。

「出来るとさえ分かれば、もうこの世界は用済みだ。魔石もまだ大量に余っている。この世界にいる意味などない」

ベグリフは元々この世界に興味はない。全ては一度は逃げた、自身の生まれ育った世界へと戻るためだった。

「だが、お前の末路を見届けてからでも遅くはない」

「っ、何処へ行く!」

ベグリフはカイ達に背中を背けた。まるでこの場から去ろうとするような動きに、カイがすぐさま反応するが、ベグリフの言葉に制止する。

「止めても構わん。その暇が今お前にあるとは思えないがな」

「っ……!」

現状は最悪だった。

少しずつ準備していたとはいえ、ここまでの急襲。すぐに反応できるわけがない。何が起きているのか全く分からない者もいるだろう。特に闇穴が展開した四つの国は反応できずに一瞬で蹂躙されてしまうかもしれない。

必要なのは現状を理解しているカイ達と、それぞれの場所での即時対応だった。

「想いの力とやらを証明してみせろ。この状況を打開し、そして俺を殺してな」

そう言い残して、ベグリフは闇に飲まれて消えていった。

まるでそれが合図かのように、空を覆いつくしていた悪魔族達の一部が一斉にカイへと急降下してきた。

戦争の始まりだった。

「カイ!」

「分かってる!」

イデアの手を握りしめ、心を重ねる。と、同時にカイ達の姿は悪魔族達によって見えなくなってしまった。圧倒的な数の暴力がカイ達を覆っていく。

だが、先頭にいた悪魔族は気付いた。

「い、いないぞ!」

群がっていた悪魔族達がすぐさま周囲を見渡すと、彼等の頭上に青白い翼が映った。そして、溢れんばかりの光が巨大な大剣から放たれ、悪魔族を照らしている。

カイとイデアは転移で避けながら、ベルセイン・リングを発動していた。

セインのお陰で様々な力が増幅していく。魔力量もそうだ。ただでさえ膨大なカイの魔力は更にその力を増していた。

魔力を解き放ち、アルガス大国と王都ディスペラードへと援軍を転移させる。予めカイが魔力をくっつけていた者達だった。

間違いなく、元の戦力では悪魔族の圧倒的数量に対応しきれないはずだ。中には指揮官、いや四魔将レベルの相手もいるかもしれない。

頼むぞ、皆。

この戦争の勝利条件は変わらない。

ベグリフを倒すこと。それも最速で。

全てに自身が対応している暇はない。早々にこの戦争を終わらせ、互いに最小限の被害に留める。

それが、三種族共生という理想の為に必須条件だった。

俺達が、ベグリフを……!

すると、送ると同時に背後にただならぬ気配を感じた。

「っ」

転移して距離を取る。

「いい反応だ」

先程カイが居た場所には、三つ目の男がいた。生まれながらにして三つ目なのか、力の行使ゆえなのか。

どちらにせよ、天地谷を覆いつくす悪魔族の中でも異質な雰囲気を放っていた。

何故か上半身裸だし。

「我が名はストガルド。四魔将の一人だ。この天地谷を任せられている」

「四魔将……!」

「《前に二人倒したのに……!》」

以前、天界での戦いで四魔将だったバルサとジェクスは倒していた。にもかかわらず、新たに四魔将を名乗る相手が出てきたということは。

やはり、闇穴にはそれぞれ四魔将がいると考えていい。

前回歯が立たなかったアッシュに、ウルもどこかに当たっているのだろう。

「あ、いやもう四ではなかった。六魔将だったか」

「何だと……!?」

ストガルドの言うことが正しければ、六人もあのレベルの魔将がいることになる。

四つの闇穴のいずれかに二人魔将がいるのか。

それとも、闇穴は四つではなく六つなのか。

ここで時間をかけている場合でないことは容易に理解できた。

動き出そうとしたカイを見て、ストガルドがニヤリと笑う。

「俺に攻撃してもいいが、無駄だぞ。俺の魔法は石化。身体に触れたものは一瞬で石となり、砕け散る」

「だから、半裸なのか……」

恐らく服の上からでは効かないのだろう。直接自分の肌に触れさせなくてはならないようだ。

てっきりただの変態かと思ったが、それはそれで厄介な魔法だった。

「降伏するならば、石像としてコレクションに入れてやらんこともない」

「やっぱ変態だったか」

だが、思うにそれ程怖い力ではない。殊カイとイデアにとっては。

セインと化したイデアを構える。

その時だった。

「ぐあああっ!?」

「な、何をする!?」

突如として困惑した悲鳴が聞こえてきた。

それはカイとストガルドにとっても予想外の出来事。

視線の先で、カイは信じられない者を見た。

 

悪魔族が悪魔族を襲っていたのだ。

 

それも一人や二人じゃない。悪魔達はあちこちで戦闘を始めていた。

戸惑っている者と、そうじゃない者。そこには明確に差があり、後者がこの場を支配していく。迷いのない攻撃に揺らいだ剣筋では勝てないようだった。

操られているとか、そういう類じゃない。

そこには明確な意思がある。

「何をしている!?」

ストガルドの視線の先、誰が味方か敵か分からない、入り乱れた状況の中、誰かが叫ぶ。

「今こそ革命の時! さぁ、掲げろ!!」

「おおおおお!!」

途端、視界に映る赤。額や腕、腰や足に赤い布が巻かれていく。

その赤が表すのは革命の意志。真っ赤に燃える覚悟の炎。

ストガルドは瞬時に理解した。

最悪を理解した。

 

「レジスタンスか!!」



現魔界に対する反抗勢力レジスタンスの戦力が悪魔軍に混じっていたのだ。

それも天地谷を覆う悪魔族のうち、約三分の一がレジスタンスだった。

赤が空を翔け、悪魔へと襲い掛かっていく。

「くそっ、何故このタイミングで!!」

ストガルドがレジスタンスを止めるべく、カイから注意を逸らした瞬間。

既にストガルドは斬られていた。

「ガッ……!?」

腹部から大量に血が流れていく。

気付けばカイはストガルドの背後に立っていた。

「ど、どう、やっ、て……!」

「アンタの石化はあくまで意識による操作だってのは分かってた。下に穿いてる自分のズボンは石化してないからな。常時とは考えられなかった。触れたと認識したものを意志で石化するのであれば、認識できない程の速さで斬ればいいだけのことだよ」

転移の力を使えば造作もないことだった。

「ば、馬鹿、な……――」

やがて白目をむき、ストガルドは天地谷へと落下していった。

「ス、ストガルド様!!」

悪魔族のどよめきが聞こえた。

攻撃していた際に魔力を付着させていたカイは、転移でストガルドを静かに地上へと移動させた。

殺してはいない。悪魔族とは言えど、殺しはしない。

それが、理想に繋がるはずだから。

改めて、カイは悪魔族を見た。

赤と黒が入り乱れている。だが、赤の方が優勢らしい。人数で言えば不利なのに、個々の戦闘力が違うのだろう。それに六魔将のストガルドを倒したことで士気も低下しているようだ。

ここを任されてるって言ってたしな。

それにしても、このタイミングでレジスタンスか。

レジスタンスという言葉の意味は知っているが、悪魔族におけるレジスタンスがここで加勢してくれるとは。

そもそも加勢なのか。

カイはセインを握りしめた。襲ってこない確証はない。

もし加勢なのだとすれば、それもおかしな話だ。

悪魔族の中にここまで人族に協力的な者がいるとは思えない。

人族を助ける意味がどこに……。

その時、レジスタンスの一人がこちらへ凄い速度で近づいてくるのが見えた。

すぐにカイは身構え。

そして、

「《カイ、もしかして……》」

「……ああ」

セインを降ろした。

 

「やっぱり、カイなんだ!!」

 

凄い勢いでそのものがカイへ抱きついてくる。

久しぶりの再会に、驚きと嬉しさが込み上げていたのだろう。随分と大胆な行動だった。

イデアの手前、カイも変に受け入れられず。

「ちょ、離れろって。気持ちは分かるけどさ……――リノ!!」

「わ、えっとごめん。つい嬉しくなっちゃって…」

照れたようにリノが離れていく。赤いポニーテールが元気に揺れていた。

あれから全然会ってないけれど、変わらない。いや、どこか大人びたような気もする。それでいて、随分と魔法も強くなったようだ。

カイ達が初めて魔界を訪れた際に、リノと出会った。リノ達の国では、大人が奴隷として働かされており、子供達が革命を起こそうとしていたのだ。その革命の主要人物のひとりであった。

「カイ、何か成長したんだね。最初カイかどうか分かんなかったもん。イデアは?」

「《ここです!》」

剣からイデアの声が聞こえてきて、リノが驚きを見せる。

「うわっ、何か、本当に色々あったんだね……」

「それはリノもな。ここにいるってことは、リノはレジスタンスなのか?」

カイの言葉に、リノは笑った。



「当然でしょ。だって、このレジスタンスの頭は……――ドライルだよ」



「……え?」

懐かしい名前が出てきたなと思ったら、ドライルがレジスタンスのトップ?

何かの冗談かと思ってリノを見るが、リノはふざけている様子もない。

ドライルが、レジスタンスを立ち上げたんだ……。

それを聞いて、何故だか凄く嬉しくなる。

あれから何があったのかは知らないけれど、こんなに大勢の心をドライルは掴んだんだ。

これで漸く合点が行った。

何故レジスタンスが人族を救ってくれるのか。

最後に別れた時、ドライルは言っていた。

 

「……もし、おまえ達人族が悪魔族と戦争を始めるなら、俺はおまえを助けに行こう」

 

あの言葉は、嘘じゃなかった。

 

 

※※※※※

 

 

魔界から次々に悪魔族の軍が送られていく。

その中にレジスタンスが紛れているとも知らずに。

今は各地でレジスタンスが頑張ってくれているはずだ。人族にとって急襲に違いはないが、レジスタンスのお陰で多少の余裕は生まれているだろう。

リノも、怪我をしないといいが。この期間で随分強くなったからそれ程心配はしていないけれど。

俺も自分の役目を果たさなければ。

 

ベグリフを、この手で。

 

ギュッと握りしめる右腕。獣のような剛毛に覆われた真っ黒な腕。

覚悟と共に、ドライルは赤紫色の空を翔けていた。

 
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