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4『理想のその先へ』
4 第三章第三十話「カイとフィールス王国」
しおりを挟むイデアと別れた後、カイが訪れたのは見知った場所であった。
以前とは違い、随分と元の姿に戻ってきている。
「……って言っても、元の姿を知ってるわけじゃないけどな」
苦笑しながら、カイはフィールス王国へと足を踏み入れた。
フィールス王国。
カイにとって、ある意味では始まりの地。
全てはこの国を目指すところからカイの物語は始まったのだ。偶然出会ったイデアがフィールス王国の王女で、何者かに占領されたというフィールス王国を取り戻す旅に出た。その敵が転移の使えるダークネスとかいう敵で、その裏にいたのが実兄ライナスだった。
ライナスはイデアの力を手に入れることで、ゼノを倒せるほどの力を手にしようとしていた。その過程で占領されたフィールス王国は、転移に対応できず、ダークネスによって蹂躙。国のあちこちが倒壊し、自らセインを生み出すことの出来ない男性は虐殺されてしまった。
ただ、フィールス王国の王ルーシェン等数多くの命を救うべく、イデアとは腹違いのメリルがダークネスの諜報員となり、命を繋ぎ、最終的にカイ達がダークネスと共にライナスを倒すことでフィールス王国は無事に解放されたのだった。
解放されたフィールス王国は住むには壊れ過ぎていたが、仲間となったヴァリウスによる転移で物資の行き来は容易く、レイデンフォート王国からも人手を送ることで復興は着々と進んでいた。
その途中、実は殆ど絶えてしまったと思われていたフィールス王国の男性が二百人程度と少数ではあるが、フィールス王国へと帰還していた。元々フィールス王国は傭兵稼業の盛んな国であり、当時襲われていた際に他国にいた者達がいたのだ。他にも、脱出ポッドで何とか逃れたのも少しながら存在していたのだった。
男手が増えたのもあり、身体的にも精神的にも強力になったフィールス王国は復興が進み続け、遂には現在、ほぼ完成と言えるほどに復興を果たしていた。
「あ、カイ!」
「カイだ!」
「よく来たな!」
カイの登場に、住民が気付いて近寄ってくる。カイはフィールス王国を救った英雄だった。その英雄は良く復興を手伝ってくれたり、今は物資を送る転移係としても大変重宝している。
周囲を埋め尽くすくらい彼らが押し寄せてくるのは、カイのやってきたことの意味を表すものだった。
自分の登場にここまで喜んでもらえるとやった甲斐があるなと思える。
囲まれるとは言っても殆どが女性。変に恥ずかしいような照れくさいような感覚を覚えながら、カイは尋ねた。
「あのさ、レンはどこだ?」
レンとはフィールス王国の第一王子である。つまりイデアの兄であり、フィールス王国奪還の際には共に戦ったのだった。
「あぁ、レン様だったら、城内にいるはずだわ。ほんの一部だけ城内でまだ修復出来ていないところがあるから、そっちかと」
「おー、サンキュー」
王子という身分に関わらず、相変わらず復興に力を入れているようだ。
手を振って、カイはその場から転移をした。すぐに景色ががらりと変わり、場所がフィールス城内となる。
丁度転移先が良かったらしく、広々とした廊下の曲がり角に目的の姿が見えた。何やら角にある柱の塗装をしているようだ。前から細かいというか、口うるさいというか、自分とは正反対だとは思っていたが、まさかそんな塗装にまでこだわるとは。
ただ、レンがそこまでこだわることが出来るというのは、復興が終わりを迎えていることに他ならない。
「おーい、レン」
「ん、なんだ、カイか」
手を止めて、レンが振り返る。相変わらずその腰には刀が差しており、紅い髪色が来ている華美な服装に映えていた。
「おーおー、相も変わらず忙しそうだな。それくらい他の奴に任せたらどうだ」
「いいや、他の者に任せると雑にやられる。お前のようにな」
「逆にこだわり過ぎなんだって。将来禿るぞ」
「……最近、父上の毛髪が薄くなってきた気がする」
「……洒落にならねえじゃねえか」
明日は我が身か。いつゼノの毛根も死滅することか。
とりあえず作業を中断したようで、レンはこちらへと身体を向けた。
「で、何の用だ。いくら普段暇なお前でも用無しでは来るまい」
鋭い視線を向けてくる。
「戦争の話か。何か状況でも変わったか」
「いや、変わったわけじゃないけど。改めて礼をな。こんな状況で、力を貸してくれてありがとう」
そういうと、カイは頭を下げた。
今度の悪魔族との戦に、復興未完ながら、フィールス王国は力を貸してくれることとなった。男手がかなり減ったとはいえ、セインの力はとても頼りになる。彼らがいれば一人につき百人力だ。
一瞬目を丸くしたレンだったが、すぐに一笑に付す。
「調子狂うな。お前はそんな律義な奴でもないだろう」
何でもない話と判断した途端、レンは背を向けて再び作業に戻った。
「別に、感謝される程の事じゃない。コルンも、ランも、父上も母上も、その他全員が当然のように助力すると決めただけだ。この国の英雄が困ってるんだからな」
「その言い方やめてくれ、皆で取り戻したんだろ」
「嫌がると思って」
「性格悪い!」
レンにまで英雄なんて言い方をされると本当にむず痒い。
「んで、ここに来た理由はそれだけか?」
「……フィールス王国は俺にとって何か特別な気がしてさ。ここを目指すところから俺の人生は変わったんだ」
魔力もなく、何の力も持たなかったカイが変わったキッカケ。
愛する者が出来て、護る力を手に入れて、何も出来ないただの自分を変えられた。
勿論イデアに会ったことが人生の転機ではあるけれど、フィールス王国を目指す旅は、間違いなくカイという人間を変えるものであった。
「改めて、この戦いで守るべき大切なものを確認しようと思ってさ」
「それなら自国の民でいいだろう」
「いや、そうなんだけどそうじゃなくてさ。何て言うんだろ、あの時の何が何でも国を、イデアを取り戻してやるっていう気持ちを思い出したかったのかもしれないな」
すると、作業を止めてレンはカイを真っすぐに見た。余りに真顔過ぎて、何か変なことを言ったかと思っていると、レンは言った。
「何だ、要は勇気づけられに来たんだな」
「え……」
言われて初めて気づいた。
そう、なのかもしれない。
近づいてきた戦争。最早避ける余地はない。怖くないと言えば嘘になるが、覚悟は出来ている。護らなければいけないものを護り抜く為に、やらなければならないことをやるだけ。
頭では分かっていて、心も理解はしていて。だが、余計なことも色々と考えてしまう。
負けたらどうなるのか。
今回の戦争はカイの転移に頼る部分が大きかった。カイの背には重圧があったのだ。
それから逃れたいわけじゃないけれど、それが進もうとする足に絡みついてくる。
そして目の前に立ちはだかる魔王という大きな壁。突破する策はまだ未完成だ。
だが、それでも前に進むと決めたのだ。足は止めないと前を向いたのだ。
その為の力が、カイは欲しかったのかもしれない。
背中を押してくれる力が。
途端、カイの背中を思いっきりレンが叩いた。高く鈍い音が廊下中に木霊する。
「いって――!」
その場でカイは飛び上がった。
背中から痛みがどんどんと広がり、身体中が熱くなってくる。
「なに、すんだっ」
「背中が丸まってたから直してやっただけだ。シャキッとしろ、もっと」
レンが笑う。
「お前なら大丈夫だろ」
「何を根拠に――」
「この国の者全てが根拠さ」
昔、レンはカイに敵対心に似た感情を抱いていた。知らぬ間に大事にしていた妹がどこの馬の骨かも分からない男と結婚していた挙句、そいつがチャランポランに見えてしょうがなかったのだ。とてもではないが、イデアを任せていい存在だと思えなかった。
でも、今は違う。
「お前はこのフィールス王国の第二王女イデア・フィールスが生涯連れ添うと決めた男で、この国の全てがそれを認めた。俺も含めて、だ」
「……っ!」
カイは目を見開いた。
不思議なもので、心のどこかでそれを理解していながらも、レンから言われただけで特別なものに感じた。
この国の第一王子が言うのだ。
「お前はこの国の全てに認められている。それなのに、どこに臆する必要がある」
一つの国が、たった一人の背中を押してくれる。それがどれだけ凄いことなのか。
叩かれて全身に駆け回った熱は、カイの心の火種に変わっていく。
力が漲っていく。前に進もうと思える。
来て、良かった。
「……そう言えば、もう一つここに来た理由があるんだ」
背中を伸ばし、真っすぐにレンを見つめる。
そして、微笑しながら言った。
「イデアと結婚させてくれてありがとう。そのお陰で今俺はここにいるし、これから先にも進める」
その言葉に、レンも笑った。
「結婚を決めたのはイデアだぞ。だが、まぁそうだな、一つ言うとしたら……」
レンが手を差し出す。
「イデアと結婚したのが、お前で良かった。イデアの事、頼んだぞ」
「っ、ああ!」
その手を、カイが取り握手を交わす。
力強く、意志を籠めるように、送るように。
「戦争、勝つぞ」
「おお!」
決意と共にカイは頷いた。
色々な出会いがあった。小さかった頃とは違って、自分は恵まれているとカイは思っている。
全てが繋がっている。魔力が無かったのも、イデアと出会ったのも、魔界に行ったのも、天界で戦ったのも、過去も、何もかもが今に繋がっている。
その全てを護ろう。
これは滅ぼす戦いではない。
護るための戦いだ。
そうして、唐突に。
突然に。
最後の聖戦が始まった。
それは、カイがフィールス王国を訪れた翌日のことであった。
※※※※※
最終的な作戦の確認を目前に控え、カイは自室でベッドに寝転がっていた。
いよいよだ。過去から続く因縁に決着をつけてやる。
ゼノやセラが紡いできた想いを、理想を。
三種族共生を果たすんだ。
その為の一歩にしてみせる。
共生という観点を踏まえ、今回ベグリフを倒すことに主軸を置いている。ベグリフを抑えて、悪魔族を降伏させる。
全てはスピード勝負だ。どれだけ両軍の被害を最小限に抑えられるかで勝負は決まる。
コンコン、とノックがされたかと思うとイデアが入って来た。
「カイ、今いい?」
「ん、どうした?」
カイが身体を起こしている間に、イデアはベッドの縁に腰かけた。
「えっと、少し聞きたいことがあって」
「聞きたい事?」
頷くと、イデアは尋ねた。
「ベグリフに何を言うつもりなの?」
真剣な表情で、彼女はカイを見つめていた。
その眼の中には、フィグルの心も宿っているようで。
「私も勿論気になるけど、フィグルさんも気にしてるの。もしベグリフの事で何か分かっていることがあるなら教えて欲しいって」
フィグルはずっと気になっていた。カイが言うベグリフの矛盾が果たして何なのか。ずっと傍に居て、フィグルの気付かなかったことをカイは知っているのかもしれない。その答えが、ベグリフと繋がる方法と関係してくるかもしれない。
まだ諦めなくて良いのなら、方法があるのなら。
フィグルは縋ると決意をしたのだった。
二人の視線に、カイは言った。
「別にいいぞ」
あっけらかんとした様子で言うものだから、変にイデアが驚いてしまった。
「え、でも、前は教えてくれなかったのに」
「あぁ、あの時はまだちょっと頭の整理がついてなくて。アイツが矛盾してるのは確かなんだけど、どう言ったものかと。今ならちゃんと答えは出てるよ」
ベグリフの矛盾。
恐らく、ゼノから過去の話を聞き、ダリルからベグリフの過去の記憶を聞いたカイだからこそ、見出した矛盾。
それは酷く、悲しい矛盾。
「アイツはさ……――」
「俺の、何が矛盾している」
時が止まったような感覚。同時に、嫌な気配が部屋中に立ち込め始める。
嘘だろ……!?
「この声……!」
「イデア!」
すぐさま彼女を抱いて、カイはその気配から距離を取る。
何もない空間が突如揺らぎ、闇が生まれる。異質な闇は蝕むように辺りへと広がり、いつの間にかカイ達の眼の前に闇の扉が現れていた。
その深淵から、靴音が聞こえてくる。音が大きいわけではないのに、何故か嫌に耳に響く。
「もう一度問おう、カイ・レイデンフォート」
そして、奴は現れた。
黒いマントを羽織り、白と黒の混じった長髪をなびかせている。整ったその顔立ちからは想像できないような鋭い視線をカイに向けていた。
「俺の何が矛盾している」
「ベグリフ……!」
そこはレイデンフォート王国にあるカイの部屋。
そこで、カイとイデアはベグリフと邂逅していた。
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