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4『理想のその先へ』
4 第二章第二十二話「カイとウィンドル王国」
しおりを挟むマキナがウィンドル王国側の襲撃を知った、丁度その時。つまり、ウェルムがアルガス大国を襲撃する一時間前。
「ここがウィンドル王国か……」
青空の下、目の前に広がる大きな門を見上げながら、彼は呟く。
カイはイデアを連れてウィンドル王国を訪れていた。
理由は他でもない。以前からウィンドル王国側と全く連絡が取れなくなっていたのである。それまでカイは幾度となく訪問しようと思ってはいたものの、目を覚ましたダリルやシロとの一件や、ミーアによるシーナ治療などがあって機会を逸していた。
何よりも、カイ自身の心が悲痛と恐怖に蝕まれていた為に行動には起こせずにいた。
だが昨夜、イデアのお陰で漸くカイは心に重く圧し掛かっていたものを軽くすることが出来た。彼女が一緒に支えてくれる。一緒に戦ってくれる。怖がっていたのが嘘のように、カイは心が安らぐのを感じていた。
こうして心が晴れたカイは、漸くウィンドル王国へと足を運ぶことにした。正確には転移で一瞬ではあるが。
ウィンドル王国は、王国としての規模は他よりも小さい部類に入る。特に五大国において、最も小国に近いものと言えるだろう。
それでも五大国の一つに数えられているのは、偏に国家としての統制力がずば抜けているからである。王に国民は一切の反発無く従い、また王も国民に耳を傾ける。澱みない連携、つまり統率力による軍事力は、軍という集団で見れば五大国随一であった。
元々ウィンドル王国は奴隷時代、同じ集落に集まっていた人族によって建国された。その中で創始者兼前王ハヤト・ウィンドルの人望は非常に高い。ハヤトは思慮が深く、聡明であった。常に物事を俯瞰し本質を見つめる。奴隷時代、彼の智恵に救われたものは数知れず、集落自体が救われたと言っても過言ではない。
だからこそ、ハヤトが王として君臨するのはいわば至極当然であった。結果として病のせいで短命だった彼であるが、口癖のように言っていた言葉がある。
「国の行く末を見据えろ」
その言葉、その意志は国民にも、そして息子であり現国王でもあるウェルムにも受け継がれていた。
常に国の事を考える。王にとって国とは国民であり、国民にとって国とは王であった。その相互の関係が、ハヤトの意志がウィンドル王国の統制力を五大国随一にまで引き上げたのである。
その随一の統制力は同時に随一の活気を生み出していく。全ての足並みが揃っていれば、それだけ大きなエネルギーが生まれるのは当然である。
当然であるわけだが。
「何か、様子おかしいよな……」
「うん……」
大門の前で、カイは首を傾げていた。隣に佇むイデアも困り顔である。
大門は閉まっていた。四方に存在しているそれ全てが閉じられていたのだった。
つまり、全く王国内に入れてもらえる気配がなかった。
「何かあったのか……?」
「普段はとっても明るいって聞いてるけど……」
大門の先、王国内からはまるでその活気が感じられない。
急に連絡が取れなくなり、来てみれば王国もこのような状態。何かがあったとしか思えない。
もしかして、知らぬ間に悪魔族にやられたか……?
転移可能なグリゼンドは既に死んでいる。けれど、可能性は幾らでも考えられた。
「まぁ、とりあえずは、か」
このまま立ち尽くしていても仕方がない。
「あのー、誰かいませんかー!」
カイは大きな声で中へと叫んでみた。だが、生憎言葉が返ってくることはない。まるで目の前の大門に言の葉が弾き返されたかのように、声が反響する。
「んー、いな――……お?」
その時、一瞬何かの気配をカイは感じ取った。こちらを窺う、または警戒するような視線。
更に限定するのであれば、それは敵意と遜色ない。それが王国の中から向けられていた。
「誰もいないわけではない、か……」
どちらにせよ、何らかの事情があるのは間違いない。
「イデア、手繋ごう」
「え、うん!」
イデアへと手を差し出すと、彼女は喜んでカイの手を握った。ただ手を握るだけなのに、イデアの嬉しそうな表情を見ると、こちらも幸せな気持ちになってくる。
その小さな手を優しく握りしめると、一瞬にしてカイはイデアと共にその場から転移した。そして、瞬きの間には既にウィンドル王国の内部、ウィンドル城前広場へと姿を見せていた。
イデアももう転移移動には慣れたもので、変に驚いたり声を上げたりしない。
「えっ!?」
だが、驚いた声が聞こえてきた。
カイとイデアがそちらへ振り返る。二人の声ではない、幼い声音。
視線の先、並び立つ家屋の一つに少年の姿が見えた。少年は窓を開け、驚きを身体で表現するように身を乗り出していた。
「こら、馬鹿!」
それも束の間、すぐに引っ張られるような動きで少年が姿を消し、窓が勢いよく閉められる。よく見れば、全ての家が窓どころかカーテンも閉め、戸締りをしている様子であった。
まるで国民全員が姿を隠しているかのようだ。
一体何から姿を隠しているのか。
その答えは、国中の雰囲気が物語っていた。カーテンの隙間から向けられる夥しい数の視線。
つまり、敵意。
すると、今度はウィンドル城の城門がゆっくりと開き、跳ね橋がゆっくりと下ろされていった。その橋を渡るようにして、初老の男と背後に相当数の鎧騎士がカイ達の元へと向かって来ていた。
「どう考えても、歓迎されちゃいないみたいだな」
「カイ、もしかして盗み食いでもした?」
「あちらの様子からすると、一国の食糧全て食い尽くしたくらいじゃなきゃ釣り合わなそうだけど。というか今日が来たの初めてだよ!」
一度、天界での戦闘前にウェルムを拾うべく、ヴァリウスと共に来たことはあるが、一回に数えるには数十秒の訪問で終わってしまっている。
カイとイデアが悠長に話している間に、鎧騎士は二人を完全に包囲していた。手には長剣や槍などを所持し、案の定というべきか敵意を飛ばしてきている。
いや、ここまで来ればそれはもう。
殺気か。
「カイ」
イデアが、胸元からセインを出現させようとする。彼女も既に状況をある程度把握していた。だが、そんな彼女をカイは手で制した。
「いいや、これぐらいならイデアに頼らなくても余裕だよ」
「……本当に? かすり傷一つ、衣服の繊維も切れない?」
一緒に戦おうと誓い合ったばかりで、早速一人で戦おうとするカイに、不服そうにイデアが頬を膨らませる。それが分かっていて、苦笑しながらイデアの頭をカイは撫でた。
「ごめんな。ちょっと確かめたいんだ。今の俺としての実力をさ。繊維は分からんけど、かすり傷なら大丈夫だと思うんだ」
カイの瞳は自信に満ちていた。正確にはカイ自身の力を信じているのではなく、彼から受け継いだ力を信じている。
ヴァリウスの力が、負けるはずがない。
それが伝わったのか、渋々とイデアが一歩下がる。
「随分、なめられたものですなぁ」
鎧騎士の間を縫うように、先程の初老男が姿を見せる。もう少しで地面を擦るくらいのローブに、曲がった背が見た目以上に年を取ったように見せていた。
初老が恭しく頭を下げる。
「カイ・レイデンフォート様に、イデア・フィールス様ですな。お初にお目にかかります。私めは、ウィンドル王国が摂政ユンダと申します」
しわがれた声のユンダの視線はどこか怪しげで、虚ろなようにも見えるのはローブの生だろうか。
「あー、よろしく。ところでウェルムは? いないのか?」
「王は今、とある事情で席を外しておりますので」
とある、事情ね。
それを聞きに来たわけだが、どうもそれを尋ねられるような雰囲気ではない。
「んで。この待遇はどういった用件で?」
カイはあまり気にしていないよと伝えるつもりで、柔らかく聞いてみた。
今ならまだ、引き返せるぞ、と。
しかし、伝わって尚、ユンダは引かなかった
「大変申し訳ありませんが、お二人には――……捕らわれていただきます!」
言下、
「うおおおおおおおおおお!」
勢いよく、四方八方から鎧騎士達が飛び出した。ガシャガシャという音が大きく鳴り響き、灰色の塊が圧し潰すように凄まじい速度でカイ達へ向かっていく。
捕らえる、ね。
だが、気付いた時には視線の先にカイとイデアはおらず。
「なにっ!?」
勢いを削がれた鎧騎士達へ、頭上から声がかけられた。
「こっちとしても、殺す気はないよ。ただ、事情を聴きたいだけだ」
いつの間にかイデアは半透明の球体に包まれ、宙をふわふわと浮かんでいた。その眼前でカイがニヤリと笑う。
「事情によっては、こっちが捕らえるけどな!」
カイの右手へと魔力が集まっていく。それは常人では到達できない域の密度であった。
「《神剣・デュランダル》」
次の瞬間、集まっていた膨大な魔力は剣に姿を変えていた。真っ赤な片刃の刀身に黄金に輝く刃。その刀身には翡翠の竜が装飾されている。
多大な魔力を必要とする為、使えるものが殆どおらず、時代と共に廃れてきた魔法。
古代魔法である。
「悪いけど、多少の痛い目は覚悟しろ!」
神剣を振り下ろしながら、カイが鎧騎士達へと急降下する。彼が着地するのと、多くの鎧騎士達が勢いよく吹き飛ばされるのは同時だった。
「そぉらっ!」
カイが一振りする度に、重量級の鎧を纏った騎士達が吹き飛んでいく。それは、一閃の度に発生する余波に吹き飛ばされていることに他ならない。
どれだけ騎士達が抵抗して剣や槍を振るっても、魔法を放っても、神剣が悉く掻き消していく。ごく稀にカイの元へと到達しかける攻撃もあるが、あと少しと思った時には全く別の場所へと転移させられていた。
カイは自身の身体を魔力で蔽っているのである。ゆえに、攻撃を当てる為には一度魔力に触れる必要があり、触れてしまえば転移の対象へとなっていた。
見る見るうちに鎧騎士の数が減っていく。だが、死傷者は変わらず零のままだ。
「馬鹿な……!?」
ユンダが驚く目の前で、力を確かめるようにカイが駆け抜ける。ユンダはカイの実力を知らなかった。いや、ウェルムからある程度は聞いていた。だが、間違ってもこちらの勢力がたった一人に負けるはずはないと思っていた。鎧騎士達は、鎧を着ているにも関わらず俊敏な動きをしてみせている。風魔法で鎧自体の重さを緩和しているのだ。そして、動きに全くの制限がない彼等だからこそ、統制力を生かした集団での戦いをすることが出来る。
はずなのに。
連携の初動で、全てカイに叩き潰されてしまう。全く連なることが出来ない。
カイが王国内へ転移してきた時点で、ユンダは気付くべきだった。ウェルムから聞かされていたカイの力が、あくまで天界戦時のものだという事を。
「さて」
「っ」
気付いた時には、周囲に全ての鎧騎士が倒れ込んでいた。ユンダの喉先には神剣が付きつけられている。
「どういった事情なのか、聴かせてもらおうか」
カイが全く疲労していない様子で、尋ねる。疲労していない理由は、勿論実力差が想像を絶する程にあったことはあげられるが、他にもある。
一国の戦力としては、数が少なすぎる。
確かにウィンドル王国は小規模な国ではあるが、それでも今倒れ伏している戦力が全てだとは思えない。けれど、特に加勢に来る者も見当たらなかった。
そこで、先程のユンダの発言。ウェルムはとある事情で今いない。
そのとある事情に、残りの軍勢全てを引き連れているとすれば。
だが、その想像が本当だとは思いたくない。
ここにいない残りの軍勢全てを動かすような事態など。
そんなの戦争と変わらないじゃないか。
「ウェルムは、他の兵達はどこにいるんだ!」
「くっ……!」
ユンダが悔しそうに歯を食いしばる。けれど、喉先に剣を突き付けられても、彼が簡単に口を開くことはなかった。
それ程の忠誠心とでもいうのか。
これじゃ埒が明かないと、カイが再び発言しようとしたところで。
「や、やめろぉお!」
カイへと声が投げかけられた。
聞き覚えのある声。つい先程聞いたばかりのような。
振り返ったカイは、眼を見開いた。
そこには、先程の少年がいた。頭に調理用品を被り、手には掃除用具を強く握りしめている。
「これ以上、この国を攻撃するなっ!」
どこか泣き叫ぶように、少年が叫ぶ。
少年だけではない、年端もいかない少女や既に年老いた老人など、老若男女が自分なりに武装して姿を見せていた。
先程まで隠れていたはずの国民達だ。
「カイ……!」
上空からイデアがカイを呼ぶ。
空中にいる為、イデアにはよく国内が見えていた。その瞳に映るのは、こちらへ向かってくる大勢の国民達である。想いが国民から国民へと伝播するように、やがて全ての家から人々が姿を見せ始めていた。
「お前達……!」
ユンダが国民の姿を見つけ、唇を噛む。
騎士達が勝てなかったのに、どれだけの国民が集まろうと勝てるわけがない。
それが分かっていても、国民達は姿を見せた。
その決意に、護るべき者達の決意に、彼等の心が震えないわけがない。
「ま、だ、だ……!」
伏していた騎士達が、よろよろと一人、また一人と立ち上がっていく。剣や槍を支えにして、国民などに支えながら立って見せる。
その様子に、カイは畏怖を覚えた。尊敬にも近い想いと、同時にそれが目の前に立ちはだかる恐怖。
何だというのだ。
何でこの国はそんなに……!
何で、俺達が戦ってるんだ。
「この国は、お前達は、何をするつもりなんだ……!」
カイの悲痛にも似た言葉がウィンドル王国に響き渡った。
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