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4『理想のその先へ』
4 第二章第二十一話「アルガス大国の女王と参謀」
しおりを挟むアルガス大国は、機械の扱いに特化した国として有名である。フィールス王国が使用しイデアも一命をどうにか取り留めた脱出ポッドもアルガス製のもので、機械の加工に加え、それと魔力との適合を容易く行う。
ゆえに、アルガス大国はそのほとんどが機械化されている。大通りには人々を自動的に目的地へと運ぶコンベアーが存在し、商売の大半もプログラム化されたコンピュータが行っている。基本的に人手というものが必要なく、機械へ魔力さえ供給すれば、日々の生活に支障などはない。
とはいえ、供給の過程で必要な機械へのプログラム入力は誰にでも出来るものではなく、その全てがアルガス大国の中枢であり、同時に国王マキナ・アルガスの居城であるクロックキャッスルで行われていた。そこで国民の要望に合わせたプログラムを入力しているのである。
クロックキャッスルは、その名の通り巨大な城であると共に、その中心に大きな時計塔がそびえ立っているのが特徴である。魔力による投影で全方位に時刻を示し、大国のどこから見ても時刻が見えるようになっている。その大きな時計塔は、まさに大国のシンボルである。
そして、同時に時計塔はマキナ・アルガスの王室となっていた。つまり、クロックキャッスルの中心に高々とそびえ立つ時計塔の内部こそがマキナの自室であり。
マキナの実験室なのである。
「ふんふんふーん…♪」
甲高い機械音と共に自動で開いた扉の中に入り、マキナは振り返った。巻いた桃色のふんわりした髪が肩辺りで揺れる。一緒に舞うドレスも相まって見た目は十八、十九のようだが歴とした二十五歳である。二十五歳、つまり前回の聖戦が終わった頃に生まれた彼女は、つい最近天使族や悪魔族の存在を知ったばかりである。
上機嫌のまま、マキナは勝手に閉まった扉の横にある数字が描かれたボタンを押して微笑んだ。
「聖天魔法という名前で惑わされていましたが、仕組みはそういう事だったのですね」
途端、マキナを乗せた四角い機械は段々と速度を上げて上昇していった。途中、機械の中から外の風景が見えてくる。悪魔族の猛攻こそ警戒しているものの、国民達は変わらず活気づいていて、市場も多くの人々で賑わっていた。
市場にいるのは人々だけではない。それに混じるような形で、完全に全身から光沢を放つ、機械が二足歩行で歩いていた。
人型の機械、レグスである。頭部は獣のように尖っており歯もギザギザ、尾骨からは機械の尻尾が生えているため決して人型とは言えない。どちらかと言えば獣人型だろう。背中もどこか曲がっている為まさに獣、という感じではあるが、人間と全く遜色ない動きをする。
レグスはアルガス大国においては一家に一つは当たり前と言われるほど、普及している機械だった。家事は勿論お使い、また商売等多様に使われており、レグスこそがアルガス大国において必要不可欠なものだと言っても過言ではない。
人々とレグスの群れを見送りながら、マキナはクロックキャッスルを昇っていき、やがて時計塔の内部に差し掛かった。
「聖天魔法なんて言い方はされていますが、結局は誰もが持つ魔法の得手不得手に過ぎないのですね。私だって得意な属性は決まっていますし、同時に苦手な属性も決まっています。天使族も同じで、細分化するとつまりは光魔法と時魔法が得意なだけ。場合によっては人族である私達が使用することだって出来ますし、もしかすれば悪魔族の中にも稀に使用できる者が現れるかもしれません。その確率が低いせいで聖天魔法という他と区別した名前になったのでしょう……」
誰もいない小さな機械の箱で、マキナはブツブツと呟き続ける。そんなことをしている間に、押した数字の階へと辿り着く。
そこはクロックキャッスルにおける最上階、つまり時計塔の頂上である。周囲から見れば時刻の描かれた塔に過ぎないが、中は立派にマキナの王室であった。
はずだったのだが。
マキナはいつの間にか広々とした自室を改造していた。ベッド一つなく、あちらこちらに機械や実験に使用した魔力管などが無造作に置かれている。マキナにとって、寝るところはベッドである必要がなく、地べたでも構わなかった。
それよりも機械いじりの方が圧倒的に重要なのである。
扉が開きマキナがそこから降りると、目の前に何かが立ち塞がった。
「マキナ様、お待ちしておりました」
進路方向を防いだ割には、大人しく彼は言った。ブツブツ呟きながら降りていたマキナも、流石に道を塞がれて顔を上げた。
「あら、グレイ。ただいま戻りましたわ」
マキナの視線の先で、無表情のままグレイは恭しく頭を下げた。
グレイはなんとマキナよりも若く、二十三歳という年齢であった。年相応の出で立ちではあるが、その灰色の短髪が与えるイメージなのか、それとも無表情のせいか、やけに周囲からは大人らしく見られることが多かった。
だが、決してグレイはマキナの世話役というわけではない。彼の優秀さは十代中頃から突如突出し始め、今では立派なアルガス大国の参謀だった。生憎マキナは機械の事で頭が一杯である為、大半の内容はグレイが決めているのが実態である。
グレイがわざわざマキナの自室(実験室)で待っていたということは、国政に関わる話があるわけだが、そこまで頭が回らないマキナは、嬉々としてグレイに話しかけていた。
「聞いて、グレイ! 先日、天使族であるセラ・ハートさんから提供してもらった魔力があるでしょ! その魔力を分析していたら漸く聖天魔法の正体に気付いたの! 今城の資料室に私の論文を残してきたから後で見て!」
普段は身分に相応しいお淑やかな口調で話す彼女も、興奮状態且つグレイの前になるとそれこそ見た目年齢マイナス3,4くらいの様子になってしまう。
とはいえ、グレイも慣れたもので、何か用事があろうと決してマキナの話を遮ることはない。無表情ながらずっとマキナの話を聞き続ける。
「――ということで! 恐らく悪魔族の暗黒魔法も同じだと思うの! 私達も使えるのかもしれないわ!」
「左様ですか」
「ええ! でもあくまで仮説でしかないから、悪魔族の魔力も解析したいわ……。と言えば、レイデンフォート王国には悪魔族がいるって話よね。しまったわ、セラさんに一緒に頼むべきでした!」
本当に痛恨のミスだと言わんばかりに、マキナが頭を抱える。だが、グレイは動じない。
「私が後程交渉しておきましょう。あちらとしても、これから戦うであろう悪魔族の情報はより詳しく知りたいでしょうから」
「そうね! お願い!」
「ただ、当然こちらが調べるまでもなく解析済みな可能性もあります」
「そんなぁ!?」
笑顔だった彼女はすぐに落胆の表情を見せる。マキナは常々ころころと表情を変える。特に自分の興味があるものに関しては。
マキナは別に悪魔族の魔力のデータが手に入ればそれでいいわけではない。自分の手で、自分の眼でそれを調べ、確かめたいのだ。言わば、知識欲を埋める為の行動であった。ゆえに、既に解析済みなデータは必要なく、かと言って解析されているのでは理由を付けて魔力を入手しづらい。
「むー、その時は今回同様戦争に向けた機械達の性能向上の為とか言ったらどう?」
「この前それで頼んだばかりで、果たして快く受けてくださるでしょうか」
「大丈夫! 戦力向上は皆嬉しいはず!」
「というか、そもそも戦争中にいくらか悪魔族を捕縛すればいいではありませんか」
「えー、そんないつ戦争が始まるか分からないのに、待ーてーなーいー!」
駄々っ子のように、マキナが思うがままに嫌々と感情を表す。客観的にみると、二十五歳が何をしているのだと思うけれど、グレイは全く表情を崩さない。
「戦争と言えば」
と、突然何かを思い出したかのように、グレイがマキナへ淡々と言った。
「どうやらウィンドル王国が我が国へ攻めて来ているようです」
「……え?」
駄々をこねていたマキナの動きが止まる。グレイの発言はあまりに感情もなく、興味の無いことを淡々と言っているようにしか聞こえなかった。
だから、思わず聞き間違いかと思って、マキナが首を傾げる。
「何が攻めて来てるって? 知識欲の波?」
「それはいつものことでしょう。そして、しっかり満たす形で撃退しているはずです」
それはそうだった、とマキナは納得した。どれだけ無理難題でも大抵の状況は何とかグレイが整えてくれる。お陰で大してストレスなくマキナは知識欲を満たし続けてきた。
一度思考をクリアするべく、マキナは部屋の中を眺めた。四方に散らばっている機械の部品が心を穏やかにしてくれる。
あの部品たちが一つになった瞬間、凄まじい力を発揮する。そのメカニズムがマキナには堪らなかった。
あ、機械をいじりたい。
煩悩がマキナの頭に生まれた辺りで、再度グレイが言う。
「ウィンドル王国の王ウェルム・ウィンドルが大軍を引き連れてこちらの国へ向かってきているようです。およそ一時間後にはこちらへ到着、戦闘が始まることでしょう」
「……何で?」
二度目のお陰でグレイの言葉は理解できたけれど、理由が分からない。
これから悪魔族と戦争が始まるというタイミングで、何故人族が人族を倒そうとするのか。それも二時間後にって、あまりに急すぎる。
ただ、グレイにはある程度予測が立っていた。
「恐らく、ゼノ・レイデンフォート様が意識不明の重体になった時点で、人族と天使族連合に勝ち目はないと思ったのでしょう。それならいっそマキナ様の首を手土産にでもして、悪魔族に取り入ろうとしているのでは」
首を手土産に、と言われて思わずマキナは自分の首に両手を添えた。今はピッタリくっついているけれど、このままでは胴体から上が切り離されてしまう。
少しずつ身体が震えだしたマキナ。死の息吹を感じ始めていた。
主がそんな状態なのに、グレイはこれといって変化はない。
「実際の所、私もその手は考えました。ゼノ様が勝てない時点で、あちらへ勝つ方法は限りなくゼロに近いと言っても良いでしょう。戦力量としてはこちらが多いかもしれませんが、質はあちらの方が上。間違いなく熾烈な戦い、いえ、負け戦になるかもしれません。それならば最悪を防ぐために、悪魔族が勝利した先の世界で生き残る手段を考えた方が理にかなっているというものです」
むしろ、ウェルムの決断を褒めているように聞こえてくる。
グレイを見ながら呆然とするマキナだったが、そこであることに気付いた。
グレイも一度その手を考えた……。
グレイの叡智を、昔からマキナは知っている。グレイが失敗したことなど幼い頃から含めて数回程度しかないだろう。そのグレイが一度は考えた。
つまり考えた上で、その案を廃したということである。
震えをどうにか抑え込み、恐る恐るマキナは尋ねる。
「どうして、貴方はそうしなかったの?」
彼女の上目遣いに、グレイは冷静に答えた。
「ゼノ様の状態を聞かされたのが三日前。そして、私達がセラ様に魔力を要求したのが五日前で、届いたのはほんの二日前でした。この部屋に籠りきりのマキナ様に代わり、私が受け取ったわけですが……そこで、私はゼノ様を超える英雄を見つけたと思いました」
「英雄?」
グレイの話がいまいち具体性に欠ける為、何の話だとマキナは眉を顰めた。だが、気にすることなくグレイは続ける。
「彼は目の前に唐突に現れると、私へ魔力を渡してすぐさま姿を瞬時に消しました。気配など周囲には塵ほどもなく、まるで夢を見たかと思ったほどです。ですが、私の手元には確かにセラ様の魔力が届けられ、彼から感じた波動を心は深く刻んでいたのです。その瞬間、私は例のウィンドル王国のような手段を取ることはやめました。彼には、この戦争の勝利を託すだけの価値があると、そう判断したのです」
結局彼が誰の事かは分からない。けれど、これ程までにグレイが称賛するということは、相手がそれだけの逸材であることを示していた。
その正体を教えてもらえないのが大変モヤモヤするが、今は命がかかっているせいか、普段は全く制御できない知識欲もどうにか抑え込むことが出来た。
「つまりは、貴方はその英雄とやらがゼノさんをも超える存在になると確信しているのね? この戦争を勝利に導いてくれると」
「さぁ、実際に勝てるかは分かりません」
あっけらかんと言う彼にマキナは開いた口が塞がらなかった。
グレイにも分からない事があるのかと、マキナは思った。いつもなら容易く答えを導いて見せるのに。
けれど、その眼に迷いはなく。
「言ったはずです。彼には勝利を託す価値があると。どちらに転ぶかは分かりません。絶対勝つとは言い切れません。けれど、私は彼を信じたいのです」
その時、マキナは今日初めてグレイが口角を上げるのを見た。
ふと見せる彼の笑みは、どうしてかマキナの心臓に悪い。端正な顔立ちのせいで余計にだ。
グレイのその表情は期待であり、不明という状況自体を楽しんでいるかのようだった。
グレイもマキナと変わらないと気付いたのは、つい最近のことである。優秀ゆえにグレイはすぐさま答えを導くことが出来る。ゆえに、滅多に間違うことも分からないこともない。
ないからこそ、それにぶち当たった時、グレイはその先を知りたいと微笑むのである。
不思議と、彼の微笑みを見てマキナの震えは完全に止まった。
はぁ、と彼女が溜め息をつく。
「グレイ、ちゃんと責任を取るのよ?」
「勿論でございます。ですが、彼に会わずとも私は悪魔族に降る道は選ばなかったでしょう」
「それは、どうして?」
だとしたら、今までの話は何だったのかとマキナは訝し気な視線を彼へ向ける。
例の英雄とやらが来なければ、人族に勝ち目はないと思い続けていたのではなかったのか。
負け試合だと分かっていながら、グレイはそちらの道を選ぶというのか。
彼女の問いに、グレイは再び微笑んだ。
先程よりも優しく、それでいて確実に。
「悪魔族に媚びを売って生きることが出来たとしても、それではマキナ様の知識欲を満たせるような環境は作り出せませんから」
マキナは目を見開いた。自身へ向けられた微笑みが、途端特別なものに見えて仕方がない。
「貴方は自由な方です。自身の知りたいものを追求し、手に入れた知識で新たな何かを創造していく。全く型に当てはまらない、自分の道を歩いていく方なのですよ。私はそんなあなたが歩いていく未来が知りたくて堪らないのです」
微笑んだまま、グレイが言い切る。その彼の表情から、マキナは目が離せない。
グレイが微笑んだ理由は、自分だったのだ。
マキナの未来を、グレイは知りたいと言っているのである。
何故なのか、グレイの言葉がどこか心を優しく、それでいて苦しく締め付ける。顔が熱くなってきたような気がする。今までと劇的に変わったものは何もないはずなのに、今の言葉を聞いてから、マキナの中でグレイを見る目がどうにか変わってしまったようだ。
昔は引っ込み思案で人見知りで、私の後ろに隠れてばかりだった。今と同じで何を考えているのか分からないくらい無表情で、かえって誰も話しにくそうにしていたのを覚えている。だから、私が散々グレイに色んなお話をしてあげたんだっけ。
昔の記憶と今目の前に映る彼が段々と乖離し始める。外見こそ変わったけれど中身は同じだと思っていたのに、ずっと知識ばかりを追っている間に彼の中身も変わっていたらしい。
記憶に流れる無表情の面影が、今微笑みと共に変わっていく。
「……!」
意識しだしたら、変に顔を見ることが出来なくなった。心臓がばくばく言っている。どうしてなのだろう。
この気持ちは何なのだろう。
知りたい。この気持ちの名前を知りたい。
知りたいけれど。
知識欲に身を任せるマキナには珍しく踏み出す勇気が出ないのであった。
困ったマキナは俯きながら、目の前を塞いでいたグレイの脇を通り抜ける。
そして、告げた。
「そんなに私の進む未来が知りたいなら、教えてあげる。だから、決して傍を離れない事。一緒に、この戦いに勝つの」
「御意。お傍にて守らせていただきます」
その背後をグレイがついていく。
昔と同じようにマキナの後ろにグレイがいる。
変わらない構図。
でも、変わらない日々のようで、何かが変わっていた。
二人の間で何かが変わろうとしていた。
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