カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第一章第十六話「無慈悲にも朝日は昇る」

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カイがセインを勢いよく下から上へと振り上げる。魔力で満ちたカイの身体は膂力をも強化されていた。剣圧だけで、真っ二つにされたグリゼンドの身体が上空の遥か夜空へと吹き飛んでいく。

その途中で、グリゼンドの身体が結合し元に戻った。何度斬られた所で、グリゼンドの身体は結合する。

「俺は死なないよ! 死ぬのは、あそこでくたばってるアイツのような雑魚さ!」

言下、彼の身体から魔力の塊がいくつもカイへと殺到していく。触れればグリゼンドと結合必至の攻撃。それをカイは、

「《烈動波》」

金色の魔力波を放ち、容易く掻き消した。

「なっ」

あり得ない。本来ならば結合してこちらの魔力が増大するはずなのに。

あの時と一緒だ。ゼノとの戦闘の際、結合力をゼノの攻撃が上回った時と。

つまり、今のカイの魔力は進化したはずのグリゼンドの結合力を容易く上回るのだ。結合が完了するよりも早く、カイの魔力が蹴散らしてしまうのである。

たかが魔力の波動で、だ。

グリゼンドが驚愕している間に、カイは視線を向けずにゼノへと叫ぶ。

「親父、少し保たせろ。出来るだろ!」

「……ったく、本当に我が儘な息子だ!」

「むっ」

カイに気を取られていたベグリフだったが、その間にゼノは立ち上がると同時にセインを薙いだ。ベグリフはそれを躱し大剣を返すが、すんでのところでゼノはベグリフから距離を取った。

相変わらず身体は言うことを聞かない。身体は軋み、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。それでも、魔力の戻ったカイの姿を見て、身体を動かす原動力が込み上げてきた。

 

あれが、本当のカイ。

 

生まれた時、カイは自身の持つ強大な魔力によって自壊しようとしていた。ゆえに、ゼノはカイから魔力を一度切り離し、その瞬間にヴァリウスによって盗られたのだった。

ゼノはずっと思っていた。

カイの魔力は、俺とは比べ物にならない程に強いと。

そして魔力は戻り、カイの身体も数々の激戦を通して、耐え得るほどの器になっている。

魔力の戻ったカイは、間違いなく今の俺より強いだろう。

随分頼もしくなったな、カイ。

とはいえ、まだ簡単に世代交代するつもりはない。

親の俺が、情けない姿を見せてられないだろ。

強くセインを握りしめ、ゼノはベグリフを見据える。だが、変わらずベグリフはカイを見つめていた。

その眼は、驚愕と期待を映している。

そう、あれは初めてゼノとベグリフが邂逅した時のような表情だ。

まるで、新たな遊び相手を見つけた子供。

悪いが、息子と遊ばせるつもりはないぞ!

「終わらせてから余所見をするんだな!」

魔力で無理矢理身体を支え、ゼノは飛び出した。

その様子を見た直後に、カイは上空に吹き飛んでいたグリゼンドの真横に転移する。金色の魔力を込めたセインを一薙ぎした瞬間、光り輝く魔力の奔流が勢いよくグリゼンドを捉えた。

「くぅっ」

どうにか魔力の盾で受け止めようとするが、勢いを殺すことが出来ない。

夜空に流れる金色の流れ星。

やがてそれはグリゼンドを飲み込んだ。

「やはり、吸収できないか……!」

直後に地面へ転移することで、どうにか致命傷を避ける。だが、全身を焼けるような痛みが継続して襲っていた。

くそっ、あの劣等種。何をした……!

優しく微笑みながら息絶えているヴァリウスへとグリゼンドは鋭い視線を送った。奴が俺の魔力を吸収したという推測は間違っていない。でなければ、魔界からヴァリウスが人界へ戻ってこれるわけがないのだから。

吸収し、新たな転移の形を手に入れやがった。

だが、それでもヴァリウスは瀕死だった。ゆえに、大した脅威にはならないはずだったのに。

「お前の相手は、俺だ!」

「っ!?」

次の瞬間、グリゼンドはいつの間にか空中にいるカイの眼の前にいた。光景が一瞬でガラリと変わる。

グリゼンドが自ら転移したわけではない。カイが彼を目の前まで転移させたのである。

一体、こいつは何なんだ!

グリゼンドへカイはセインを叩きつけた。咄嗟にグリゼンドは両腕で防いだが、やはり凄まじい速度で吹き飛ばされていった。ディゴス島を軽々と飛び出し、そのまま水中へと叩き込まれる。

あのセインすらも、グリゼンドは結合することが出来ない。何度触れても繋がらない。

「そんなわけがぁ、あるかぁ!」

水面を見上げるグリゼンドへと映る、金色の奔流。それを、グリゼンドは大海と結合し、大きな水の柱を何本も形成して受け止めた。接触面が広い分、結合速度も上がっている。

このまま完全に吸収しきる……!

そう思っていたグリゼンドの背後に、いつの間にかカイがいた。

何で…ここは俺と結合した海の中だぞ……!?

グリゼンドが振り向くのと、カイが告げるのは同時だった。

「ストリーム・ノヴァ・スラッシュ」

セインに込められたカイの魔力とセインの力、そして悪魔の魔力。金と白と黒が螺旋状に連なり、その奔流が無防備だったグリゼンドは一瞬で飲み込まれた。

「ぎゃあああああああああ!」

瞬きよりも速く大海を貫き、前方から向かって来ていた金色の奔流をも掻き消していく。

カイは知っていた。グリゼンドの力がどのようなものかを。

ヴァリウスがくれた魔力の記憶が教えてくれていた。

だから、セインにも自分自身にも大量の魔力による不可視のシールドを纏わせていた。その魔力が結合力を遥かに上回っているからこそ、カイは即座にグリゼンドと繋がることはない。

再びディゴス島上空へと戻されたグリゼンドの身体は、まだ辛うじて残っていた。だが、既に今の一撃で瀕死寸前にまで追い込まれてしまっている。全身から血が噴き出し、左腕に関しては骨が肉から飛び出してしまっている。

「がっ…くそ……!」

何故自分が再び追い詰められる。このようなガキに。

ゼノの息子に。

あの血筋にまた負けるというのか……!

だが、それは違う。

「お前の敗因は、ヴァリウスを甘く見たことだ」

カイが眼前に転移してくる。咄嗟にグリゼンドは転移で離れたが、気付けばすぐに元の位置へ戻されていた。

何故、何故戻される!

状況にグリゼンドは置いてかれていた。追い込まれ過ぎてグリゼンドは気付かない。自分がどこからか魔力を吸収していることを。

カイの転移はグリゼンドのそれをも受け継いでいる。カイの魔力に触れているものは、その間カイによって自由自在に転移させられてしまうのだ。グリゼンドのようなマーキングの力はないものの、その力は強大。

今、カイは可視化出来る程の魔力で注意を引きながら、感じさせない程の不可視の魔力をグリゼンドへ伸ばすことで魔力に触れさせていたのだった。

その魔力に触れているからこそ、グリゼンドは何度もカイの眼の前に飛ばされるのである

初めて、グリゼンドが絶望の表情を浮かべる。

そして、カイは。

「お前は、ヴァリウスに負けたんだ」

セインを勢いよくグリゼンドの胸に突き刺した。グリゼンドが大量の血を吐き出す。セインは確かに心臓を貫いていた。

「――っ!!」

グリゼンドが眼を見開く。だが、まだそこに闘志は消えていない。

どんな傷でさえも、グリゼンドは結合して治してしまう。

だからこその、ゼノに向けた言葉だった。

セインで貫いた状態で、カイはグリゼンドと共に転移をした。

 

ゼノの展開するフィールドの中へと。

 

突如フィールド内に現れたカイ達の存在に、ゼノとベグリフの動きが止まる。

カイは、そのまま地面ごと更に強くグリゼンドを突き刺した。

「が…あっ、あああ……」

グリゼンドが見開いた虚ろな目をカイへ向け、ゆっくりと手を伸ばす。

だが、それまでだった。

その瞬間、グリゼンドの身体から一気に力が抜け、だらしなく身体を地面へ投げ出していた。

結合の力がある限り、死なないグリゼンド。

だが、グリゼンドは既にこと切れていた。

「……」

無言でカイはセインを引き抜いた。もう、グリゼンドも動かない。

ゼノのこのフィールドは、相対した敵の魔力を分析し免疫を作る。そして、ゼノはグリゼンドと以前限界まで戦っていた。掻き消すか吸収するかの綱引きをやった。免疫を作るには充分なほど相対していたのだ。

つまり、ゼノは既にグリゼンドの力を封じることが出来る。このフィールド内においてグリゼンドの結合は使用できない。よって、心臓の傷は塞がらず、たちまちグリゼンドの命は潰えたのだった。

カイはその推測に至っていたけれど、最初からそうすることはなかった。

許せなかったのだ。ヴァリウスの魔力が伝えてきた記憶が、事の一部始終を教えてくれた。グリゼンドがどれだけヴァリウスに惨いことをしてきたのか、知ってしまった。

その怒りを全てグリゼンドへぶつけていたのである。

それでも、まだ失ったものはあまりに大きすぎる。

昔から何度考えたことか。

自分に魔力があれば、と。

魔力がないから王族として認められることもなく、自分自身無力さに嫌気がさしていた。

そして今、漸く叶ったはずなのに。

魔力が戻って来たとしても、そこには何の意味もなかった。

「だから、返すなって言ったんだ、馬鹿ヴァリウス……!」

声が、身体が震える。今にでも泣き叫びたい。

だが、まだ全て終わったわけではない。

堪えられそうにない感情の渦を、カイはセインに乗せて剣先を向けた。

眼前に佇む、魔王へと。

「こっからは、俺が相手だ」

「……」

言葉なく、ベグリフはただただカイを見つめていた。

ゼノは既に身体が限界を迎えており、片膝をつき肩で息をしていた。セインを地面に突き刺していなければ、今にも倒れてしまいそうだ。

セインも、ところどころに罅が入り、これ以上斬り合っていたら砕けてしまいそうだった。

「はぁ、はぁ……大丈夫、か、…シロ」

「《……》」

シロに声を掛けても、言葉が返ってこない。その直後だった。セインが光り輝くと、瞬時にシロの姿へ戻ったのだ。

シロの身体もゼノ同様血だらけで、彼女は目を閉じて気絶していた。

「くそ……」

そのままシロが倒れ込むのと、ゼノが支えを失って倒れるのはほぼ同時だった。

展開していた紅い半球状のフィールドが霧となって消えていく。

ちくしょう、カイの為にまだ奴の力を封じることが出来ていれば……。

一度倒れてしまえば、全身を一気に激痛と疲労が襲った。意識は一瞬で持って行かれそうになり、全身から力が抜けていく。

カイ……。

意識を失う寸前、ゼノはカイを見た。カイは変わらずベグリフを見つめている。だが、何故かその瞳には理想が映っているような気がした。

自分達が、命懸けで果たそうとしてきた理想。

三種族の共生。

色々な事があって、結局できず仕舞いの夢。

後は、任せたぞ……。

それを、カイへ託して。

ゼノは、意識を手放した。

遂に対峙するカイとベグリフ。ベグリフの力は、魔力も《魔》の紋章も既に復活しており、切り落とされたはずの左腕が再生していた。

「ふー……」

カイが長々と息を吐く。緊張を吐き捨てるように、覚悟を決めるように。

そして、ベグリフの眼前へ転移しようとした瞬間。

 

ベグリフは、冥界の剣ハドラを手元から消した。

 

「っ!?」

突然の行動に、カイは転移を中断した。同時に叫ぶ。

「なめてんのか! 俺にはその力を使う必要もないってか!」

無性に腹が立つのは、ヴァリウスが死に物狂いで手に入れてくれた力すらも軽んじられているようだからか。

だが、ベグリフは否定した。

「いや。お前は俺が全力で相手するに相応しい。そして、俺もまたお前が全力で相手するに相応しい。つまり、傷付いたお前と戦ったところで、虚しいだけだ」

「っ……!」

ベグリフはそう言って、カイの身体を指差した。

カイの身体は既にダリルとの戦闘の時点で限界を迎えていた。途中、少しだけフィグルによって回復されたものの、それでも全快には当然至らない。どれ程の魔力が戻ったとしても、だ。それを、ベグリフは見抜いていた。

カイへとベグリフは背を向けた。そして、既に絶命しているグリゼンドへ目を向ける。

「……機動力を削ぎに来たつもりが、こちらも削がれてしまった。この場は痛み分けということにしといてやろう」

そう言って、ベグリフの眼前に真っ黒な闇が現れた。底の見えない闇。以前もベグリフが使用した転移魔法だ。

「っ、ここまでして逃げるのかよ!」

「ならば掛かってくるか。現時点で叶わんことくらいお前も分かるだろう。それとも、力量差に気付けない程の無知で浅慮な男か」

「……っ!」

ベグリフの言葉に、カイは悔しそうに唇を噛む。決してベグリフの周囲へ転移することはない。それが、カイも状況を理解していることを物語っていた。

カイへ振り向き、ベグリフが笑う。

「それでいい。万全を期して向かってこい。こちらも全力を以て相手をしてやろう、次に会う時は、この次元の命運を決める時だ」

そうして、ベグリフは闇に消えていった。

途端、静寂だけがディゴス島を支配する。

訪れてまだそれ程時間が経っているわけではない。

ダリルと対峙して、無事ダリルを取り戻し。ベグリフが訪れて、ゼノが相手をするものの敗北し。そしてヴァリウスはドライルに助けてもらいながら、命と引き換えにカイへ魔力を託す。その魔力でカイはグリゼンドを殺した。裏では、シーナもベグリフによって心臓を握りつぶされ、メアによって助けられている。

その全てが、まるで一瞬の出来事のようだ。

「――上の状況はどうなっている!」

その静寂を切り裂くように、悪魔族兵士達の声が聞こえてくる。まだここは悪魔族に占拠されたディゴス島なのだ。

「むっ、何をしている!」

その時、全身血だらけのアグレシアが下から姿を見せた。それは傷付いているわけではなく、返り血だった。《反光》で姿を隠し、兵士達を撹乱しながら仕留めていたのである。カイ達の元へ上がってくる兵士達の数が然程多くなかったのはアグレシアのお陰だった。

「終わったのならばとっとと撤退することだね!」

「カイ!」

状況に気付き、ダリルを抱きしめたままメリルがカイへ叫ぶ。

その隣で、イデアはカイを見つめていた。もう、その身体を魔力が纏っていることもない。いつの間にかフィグルの意識は沈み、イデアの意識が返って来ていた。

「……カイ」

彼を見るイデアの瞳は、涙に濡れていた。セインを通して、カイの感情が流れ込んでくるのである。

「痛み分け、なもんか……」

何かを堪えるように、カイはぎゅっと拳を握りしめた。

「失ったものが同じわけがあるかよ……!」

「カイ……!」

駆け寄って、イデアはカイを後ろから抱きしめた。ギュッと力強く、支えてあげられるように。

同じわけがない。容易く命の価値を語れる奴と。配下が死んだというのに、既に次を見据えている奴と。同じはずがない。

ある人は、命の価値は平等だと言う。命に順位などつけられないと。

確かに命は等しい。等しく誰もが持っている輝きだ。

分かっている。

それは分かっているけれど。

命の価値なんて簡単に等しいと言っていいわけがない。簡単に価値づけできる程の人生であるわけがない。簡単に均等にしていいわけがない。

簡単に語って。

それで。

 

簡単に失っていいわけがない。

 

「ちくしょう……」

漏れ出た言葉は震えていて。夜空は言葉を包んでは霧散させた。

想いだけはせめて消えないように。カイは身体に力を籠め、イデアはそれを強く抱きしめた。

深夜に始めた戦いは、漸く朝日を迎える準備をしていた。

新しい朝が来る。

どれだけ立ち止まろうと。

苦しもうと。

失おうと。

今を過去にして。

二度とは戻れない過去にして。

失ったものを置き去りにしたまま。

どうしようもなく。
また新しい世界が始まろうとしていた。
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