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4『理想のその先へ』

4 第一章第十四話「獣の腕」

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「親父!?」

まさかゼノが来るとは思っていなくて、カイが眼を丸くする。

成る程、フィグルが言っていた時間稼ぎとはこういう事だったのか。

「おー、五体満足で何よりだ、息子よ」

ベグリフから目を逸らさずにゼノが言った。

何度対峙しても慣れない。一気に命が削られるような感覚。ベグリフの相手をするということは、命のやり取りを行うことに他ならない。

だというのに、ベグリフは変に嬉しそうだ。

こちとら全然これっぽっちも嬉しくない。

「ゼノ、気を付けてください。彼は既に封印したはずの力をある程度使用できます。攻撃しても再生してしまうのです」

横にフィグルが降り立つ。

これには、ゼノもベグリフから視線を外した。驚いたようにフィグルを見つめ、やがて遅れて驚く。

「フィグルか!? おまっ、どうしたんだ!?」

外見自体はイデアなのだから、ゼノが驚くのも無理はない。むしろよく正体に気付いたと褒めて欲しいくらいだ。

「一時的にイデアさんの身体を借りているのです。それよりも、今の話聞いてました?」

「え、なに?」

フィグルの登場にすっかり思考が混濁してしまった。確かに何か言われたような気がするが、はっきり思い出せない。というか、イデアの身体を借りているとはどういう状況だ。やはり、イデアの身体にはフィグルの精神が宿っているということで間違いないのだろうか。

「《馬鹿ね、ちゃんと話を聞きなさいよ》」

「なら、シロが教えてくれよ」

「《……》」

「お前もフィグルに夢中で忘れてんじゃねえか」

ゼノとシロの様子にフィグルは苦笑する。時が流れ、容姿は変わってしまったけれどやはり二人共変わらない。それが何だか嬉しい。

「ですから、封印した力がどうやら漏れ出ているようなんです。完全に復活したわけではないようですが、再生能力は戻ってしまいました」

「はー、また不死身かよ」

呆れたようにゼノが言葉を吐く。

以前天界で感じたベグリフの強大な魔力。今思えば、あれはきっと漏れ出ていた《魔》の力も多少含まれてたのだろう。それに、ベグリフだけが可能な時空移動。あれも《魔》の力を用いたものに間違いない。《魔》の力には空間を繋げる力もあった。

フィグルはゼノの口ぶりを聞いて悟った。不死身と聞いて尚ゼノは慌てない。この二十五年の間、ゼノが何も対策をしてこなかったわけがなかった。

この状況を、ゼノは打破できる。フィグルはそう確信した。

ため息をついた後、ゼノが前に出る。

「カイ、フィグル、離れてろ。メリルもダリルを連れて出来るだけ」

「親父、勝てんのかよ……!」

カイが不安を言葉にする。カイもゼノがどれほど強いかは見せてもらったから分かる。けれど、あの時カイが天界を離れた後、ゼノはベグリフに勝てなかったと聞いた。

前回こそ運よく生き残っただけで、今回はそうなるとは限らない。

現に、カイはベグリフに勝つ未来が見えずにいた。まるで歯が立たないのだ。

そんな彼の不安を払拭するように、ゼノが一度だけ振り向き、不敵に笑った。

「ばーか、父親を甘く見るなよ」

セインと化したシロを構え、剣先をベグリフへと向ける。

「お前の子守りより百倍楽だぜ」

酷い言い種だが、ベグリフも気にした様子ではない。

漆黒の剣をだらんと構え、ゆっくりとゼノへと歩いてく。

「ふっ、また俺に倒されに来たか」

「いつ俺がお前に倒されたってんだ。捏造すんな。あれは勝ちを譲ってやっただけだ。わざとな」

「どうやら、そのようだな!」

言下、ベグリフが一気に大地を蹴り、ゼノへと斬りかかる。ゼノは避けることなく受け止め、鍔迫り合った。

過去の聖戦において、セイン化したシロの攻撃はベグリフの数多の攻撃を容易く掻き消して見せた。だが、今は拮抗するまでにベグリフの力は増している。封印も完全に解かれていないのにだ。やはりこの二十五年で、ベグリフの魔力と膂力が大幅に強くなっている。

「今日こそ本気を見せてくれるのだろう!」

「その、つもりだよ!」

何度も斬り結ぶ。両者の身体から鮮血が飛び散り、ベグリフの身体だけが再生していく。

「そんな身体じゃスリルがないだろ!」

「窮地とは常に弱者の付きまとうものだ。俺には無くて当然だ!」

吹き飛ばされるように、ゼノが地面を滑る。両足を踏ん張り、セインを突き立てて勢いを殺す。そんな彼を追うように血の跡が滴る。刹那のような攻防で、ゼノの身体には幾筋もの傷が刻まれていた。

「お前の本気とはそんなものか!」

飛び出してくるベグリフ。だが、ゼノは笑った。

「ここからだぜ、ベグリフ。今からあんたは――」

 

「その弱者って奴だ」

 

ゼノがセインを勢いよく地面へと突き刺す。

直後に、ベグリフは目を見開き動きを止めた。そして、自身の両手を見つめる。

「これは……!」

「何も、力を感じないだろ」

ゼノがゆっくりとセインを抜く。突き刺した位置を中心に、周囲はいつの間にか紅い半透明な半球に包まれていた。その中に、ゼノとベグリフだけが存在している。

ゼノの言う通りだった。ベグリフはどれだけ集中しても、自身の身体に魔力を感じなかった。

魔力だけではない。あの《魔》の力さえ感じることが出来ない。

力を奪われたかのようだ。

「ゼロ・フィールド」

「《ゼノ・フィールド》」

ゼノとシロが同時に告げ、ゼノが嫌そうに顔を歪める。

「だから、俺の名前にするなって言ってるだろ」

「《何でよ、決まってるでしょ》」

「恥ずかしいだろ、自分の名前をつけるのは」

軽口を叩き合う二人へ、ベグリフが鋭い視線を向ける。

「何をした……!」

ベグリフの中に生まれるのは怒りと焦燥感。力はベグリフにとって絶対のものであり、自分という存在証明だった。それが、一瞬にして消えて無くなってしまったのだ。

「これが、俺達のセインの能力だよ」

ゼノだってそれを分かっている。分かっているうえで、選んだ力だ。

「セインには、使用者に合わせた固有の能力が存在している。けど、俺達の場合はだいぶ発動までに時間がかかるんだ。シロが悪魔族との混血だからだろう、なっ!」

次の瞬間、一気に距離を詰めてゼノがベグリフへセインを振る。力を奪われたベグリフに対し、ゼノの力は健在だった。

「っ」

咄嗟に背後へ跳ぶが間に合わない。

そして、ベグリフの左腕が斬り落とされた。鮮血をまき散らしながら左腕が宙を舞い、地面に転がる。

ベグリフは右腕で傷口を押さえる。その傷が再生することはない。《魔》の力は失われている。

「俺達の能力は、一定量相手の力をこのセインで受け止めることによって発動する。魔力だろうと、《魔》の紋章だろうと関係ない。一定量を超えた瞬間、セインには免疫が作り出されるんだ。そして、その免疫を含んだフィールドを展開することで、その中にいる相手はその力を無効化される」

免疫を作る為の接触は充分にあった。聖戦における戦い。そして、天界での一戦。その全てを通して、セインはベグリフの力を既に解析し、無効化する手立てを作り出していた。

全てを白く、一度ゼロに戻す。

それが、ゼノ達の能力だった。

「結構発動が厄介なんだけどな、初見の相手にはすぐに効かないし、結構受け止めなきゃいけないし。ただ、展開さえ出来ればこっちのもんだ」

ゼノは、この力は何とも自分らしいと思った。

最近、何となく自分には新しい何かを作り出すことは出来ないんじゃないかと思い始めていた。きっと、俺は創造者じゃない。

強いて言うなら、破壊者。枠を、価値観をぶち壊し、一度無に帰す。

そこから先は、きっともう俺の仕事じゃない。俺には出来ない。

創り出すのは、他の誰かだ。

そう思って、息子の姿がちらつくのは気のせいだろうか。

「悪いな、ベグリフ。ここからは、一方的な展開だよ」

今のベグリフには魔力も《魔》の力も使えない。先程まで使用していた剣も魔力で作ったものであり、つまり今は完全に丸腰だ。膂力こそ残っているだろうが、それだけでどうにかなるものではない。

漸くこの時が来た。ベグリフとの長きに渡る戦いに終止符を打つ時が。

今ここで奴を断ち、理想に手を伸ばす。

「全て、これで終わりだ!」

この一撃で全てを終わらせる。

その覚悟の元、飛び出したゼノの先で。

 

 

「《開け、冥界の門よ》」

 



次の瞬間、ベグリフは笑った。

 

 

※※※※※

 

 

魔界の空は禍々しい赤黒い雲に包まれている。人界から比べれば何とも不気味な光景だが、今は何よりも大地の方が圧倒的に不気味だった。

大地は何度もうねり続け、上空へ高々と大地の柱が幾本もそびえ立ち、その全ても亦うねうね動いている。まるで生きているような光景だ。

そのうねりの間をヴァリウスが滑空する。その背後を漆黒に全身を包んだグリゼンドが追って来ていた。

「さっさと死ねよ!」

グリゼンドが手を伸ばすと、意思を持ったかのように大地から柱が飛び出してヴァリウスを追い詰める。

それを幾度も転移して避けながら、背後のグリゼンドへと電撃を放つ。だが、それは容易くグリゼンドに吸収されてしまった。

「くそっ!」

既にグリゼンドは以前のような魔力結合の力を取り戻している。それだけではない。今は大地とも繋がっている。それはつまり、

「こっちさ!」

突然背後から声が聞こえる。グリゼンドはいつの間にか背後の柱に転移していた。

そう。今のグリゼンドは大地の何処にでも転移することが出来る。上を目指して伸びる柱の全てにも、容易くだ。

つまり、柱が伸びれば伸びる程グリゼンドの転移範囲は広がるということ。だが、柱に魔力を放っても、柱が吸収してしまうのだ。既に大地がグリゼンドと一体化しているからである。

あまりに絶望的な状況。とは言え、まだ勝機がないわけではない。

触れられる前に、急いで距離を取る。グリゼンド本体にも、大地にも触れたら結合される。その瞬間、待っているのは死だ。

ただ、グリゼンドは空気とは結合しない。それさえ出来れば、一瞬にして敗北が確定してしまうのに。

それはつまり、出来ないのだろう。何故か。

憶測にしか過ぎないけれど、心当たりはある。試す価値はあるはずだ。

すぐさま、グリゼンドがヴァリウスへと向かう。ヴァリウスの背後へと、大地の柱も伸びていた。

賭けでしかない。けれど、やるしかない。

逃げも避けもせず、グリゼンドが来るのを待つ。

諦めたと思ったのか、奴が下卑た笑みを浮かべる。

 

瞬間、グリゼンドが縦に真っ二つに裂けた。



同時に、ピタッと大地の柱も動きを止める。

「な、にぃ……?」

真っ二つに裂けて尚、不気味な笑みが顔に張り付いている。

「いい加減、気持ち悪いんだよ。君は」

吐き捨てるようにヴァリウスは告げた。

予想は的中した。

空気を結合できない理由。

結合は視認できるものに限られるのではないか。本人が確認できるものにしか発動できないのではないか。

ならば、不可視の攻撃ならばグリゼンドに一撃を喰らわせることが出来るはずだ。

そして、ヴァリウスは不可視の風の大剣を生成し、グリゼンドを縦に裂いたのである。

ゆっくりと二つに分かれたグリゼンドの身体が傾げ、落ちていく。

周りの大地も動きを止めている。

終わった。

そう、ヴァリウスが息をついた目の前で。

 

「終わりだと思ったぁ!??」

 

真っ二つに裂けたはずのグリゼンドの身体が全く元の形に結合した。まるで傷などなかったかのように、綺麗に結合している。

確かに斬ったはずだ。なのに、どうして……!

その思考が、足元まで伸びていた大地の柱に気付かせない。

柱が、ヴァリウスの足に触れた。

「―――っ」

瞬間、全身に激痛が走る。とめどなく気持ち悪い感情が全身を掻きまわる。グリゼンドの思考が一気に流れ込んできた。

自分の身体が、心が自分のものじゃ無くなったような感覚に、吐き気がする。

その間に、四肢全てに柱が巻き付き、宙にヴァリウスを縛り付けた。既にヴァリウスの身体に力は入っておらず、倒れそうになる身体を柱が無理矢理抑えているような状態だった。

そんな彼の前にグリゼンドが口が裂けそうなほど狡猾な笑みを見せた。

「漸く捕まったかぁ。さて、どうやって殺そうかな。完全に俺の身体に吸収してもいいけど、劣等種だからなぁ。気分は良くないねぇ」

グリゼンドの言葉が、ヴァリウスの脳裏に直接響く。結合しているがゆえにグリゼンドの思考が勝手に流れ込んでくるのだ。

死ぬ、のかな……。

「そう、お前は死ぬ! この後俺に拷問のような苦しみを与えられた後にねぇ!」

グリゼンドもまた、ヴァリウスの思考を読み取っていた。

「死にたくないかぁ? でも、生きていたところでお前に価値なんてないんだよ!」

それは、ヴァリウスの思考を呼んで生まれた言葉であり、彼の奥底に眠る闇に触れようとする。

生きている価値なんて、ない……。

ずっと、ヴァリウスは探していた。自分という存在の生きる意味を。何の為に自分が生きているのかを。

「そうだよ、だから――」

だが、そこでグリゼンドは言葉を止めた。苛立ちのような表情を始めて彼が見せる。

ヴァリウスの感情が伝わって来たのだ。

そして、あの時の言葉も。

「ヴァリウスにしか出来ないことがある。だから、俺の魔力も適合したんだ」

カイは、僕にそう言ってくれた。僕にしか出来ないことがある。

きっと、それが僕の生きていていいと思える価値。

僕の存在意義だ。

グリゼンドの実験で生まれたとしても。どんな生まれ方だって。

それが、今の僕の生きる理由だ。

生きている価値は、僕にだってある。

未だに激痛は続いているし、ずっと身体の中をごちゃごちゃ掻き回されているようだ。

それでも、いつの間にか目には強い光が宿っていた。

とうに、生きる理由は見つけている。

それがグリゼンドには気に食わなくて。

「ウザイなぁ、お前は!」

次の瞬間、ヴァリウスの両脚を強く引き千切った。

「――――っ」

言葉にならない悲鳴をヴァリウスがあげる。大量の血が滴り、地面へと降り注いでいく。神経や千切られた肉片がぶらぶらと揺れていた。

そこまでしても、グリゼンドの苛立ちは変わらない。ヴァリウスの意志が変わらないからだ。

「よし、決めた。お前が絶望するまで痛めつけてやる。絶望した瞬間、殺してやるよ!」

そう言って、グリゼンドが指を鳴らす。すると、今度はヴァリウスの両耳が弾け飛んだ。

頭が割れるような痛み。一気に音が聞こえなくなる。

それでも、ヴァリウスは希望を見失わない。

「本当に気持ち悪いなぁ!」

左腕を斬り落としても、ヴァリウスは真っすぐ未来を見つめる。

右目をくり抜いても、左目は強く前を見据えていた。

グリゼンドは最早怒りに震えていた。何なんだ。こいつは一体何なんだ。

そのせいで、グリゼンドは気付かない。ヴァリウスの強い意志に苛立って、彼が意図的に意識せずに行っていることに気付かない。

それは、一縷の希望。

可能性は殆ど無いに等しい。けれど、それでも縋るには充分。

 

グリゼンドの結合力を利用して、グリゼンドの魔力を吸収する。



グリゼンドの魔力は、ゼノの魔力と結合することで変化した。つまり、少なくともグリゼンドの魔力には、ゼノの魔力が含まれているということだ。

そして、ヴァリウスはゼノの息子であるカイの魔力を持っている。何より、ヴァリウスの転移の力自体、グリゼンドから派生したもの。

誰よりも親和性があるはずだ。だから、決して不可能ではないはず。

吸収されるどころか、抵抗して吸収しろ。

そして、得た全てを届けるんだ。

カイへ。

それが、僕の生きる理由。

ヴァリウスの存在意義。

カイという存在が、人生を変えてくれた。褪せた心を彩ってくれた。カイがいなければ、今の自分は存在しない。そう思えば、容易く意義が見つかる。

自分はカイの為に生きているんだと。

意識が掻き消えそうな痛みも絶望も、全て無視しろ。奴の攻撃も何もかもをチャンスだと思え。身体に触れた魔力から根こそぎ奪い取れ。

全て己に蓄え。

カイに還元するんだ。

両足を引き千切られようと、左腕を斬り落とされても、右目をくり抜かれたとしても。

見据えるものはただ一つ。

 

カイという希望だ。

 

最早、放っておいてもヴァリウスは失血死を免れることは出来ない。死はすぐそこにまで迫ってきている。それでも、目の輝きは消えない。

それが、グリゼンドには気持ち悪くて。

言葉には出来ない恐怖が全身を駆け巡った。圧倒的に有利で、敗北はあり得ない状況下で、何かがグリゼンドの本能を突き動かす。

ここで、殺さなくては駄目だ。

グリゼンドの掌に魔力が凝縮していく。高濃度の魔力は容易くヴァリウスを貫いてしまうだろう。

今ここで……!

「消えろよ! 雑魚がぁ!」

圧縮した魔力を、思い切りヴァリウスの顔面へと叩きつけようとする。

ヴァリウスの左目は、その光景を確かに捉えていた。

あと少し、あと少しなんだ……!

ヴァリウスの力が、グリゼンドのそれを吸収するまであと僅か。だが、グリゼンドは決して待ってくれない。

視界一杯に魔力の球が映る。当然ヴァリウスには避けることが出来ず。

そして。

 

 

グリゼンドの魔力の球は、握りつぶされた。

 

 

は……?

グリゼンドは目の前に映る事象を容易くは理解できなかった。

何かが凄まじい速度でヴァリウスとの間に割り込んできた。今になって彼が気付いたそれは生命体で。

その生命体は手を伸ばして魔力の球に触れると、勢いよく握りつぶしたのだ。

あり得ない。あり得るわけがない。

グリゼンドの魔力に触れるということは、グリゼンドと結合するということ。

つまり、触れた時点でグリゼンドの支配下に置かれていなければおかしいはずなのに。

それは。

その男は。

真っすぐに変わらない意志を持ってグリゼンドを見ていた。背後にいるヴァリウスを庇うように堂々と立って見せている。

全く、結合することもなく。

 

「何だ、懐かしい感覚がしたと思ったが、カイじゃないのか」

 

男は不敵に笑って告げた。

カイという言葉が、ヴァリウスの耳に届く。ぼやける視界が男を捉える。

ヴァリウスはその男を一度だけ見たことがあった。

この魔界で、たった一度だけ。

「ま、それでもカイなら助けてくれるだろうな。あの時、種族の違う俺達を救ってくれたように」

男の右腕は、魔力の球を握りつぶした右腕は、まさしく獣の腕。真っ黒な剛毛に覆われ、身体の大きさに似合わない程に大きい。爪は全てを斬り裂ける程に長く鋭い。

 

まさしく、黒獣の腕。

 

悪魔の証である黒い翼を生やして彼は言う。

「今度は、俺の番だ」

そうして。

彼は。

 

 

ドライルは。

 

 

獣の拳を強く握った。

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