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4『理想のその先へ』

4 第一章第十三話「希望と絶望」

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真っ暗闇の中、白い長銃が眩く光る。その光はカイ達にとっての希望であり、そしてベグリフにとっての絶望であった。

「何故、お前が生きている……!」

自らの手で殺したはずの存在が、目の前で柔らかく微笑んでいる。あの時と変わらない微笑み。容姿は違えど、その表情は彼女のものに他ならない。

視線の先で、フィグルは笑った。

「貴方のそのような顔、滅多に見られませんね」

突然様子が変わったイデアに、メリルが戸惑っている。様子が変わったどころか、本来使えないはずの魔力まで使い始めているのだから、戸惑うのも無理はない。

ただ、カイは離れた場所にいながら戸惑うことはなかった。直感が告げている。あの魔力を俺は知っている。あの魔力を俺は持っている。

「あれが、フィグル……」

カイの視線に、フィグルが応える。

「イデアさんの身体、少しお借りします。すぐ返しますから、今のうちに逃げてください」

そう言って、フィグルは前に出た。

信じられない光景への驚きが勝っているのか、ベグリフの動きが止まっている。攻撃することもなく、ただ茫然とフィグルを見つめていた。

「お前は、確かに俺がこの手で……!」

「確かに死にました。でも、とある方が私の魂を現世へ戻してくれたのです。このイデアさんの身体に」

ベグリフと対峙する形で、フィグルは立ち止まる。そして、ジッとベグリフの身体を見つめ、告げた。

 

「封印したはずの力、漏れてますね」

 

フィグルは気付いていた。最初の一撃をベグリフの頭に放ったのは、それを確認する意味もあった。頭部を破壊されれば、いくらベグリフと言えど死は免れられない。ベグリフならば避けることも容易いだろう。だが、彼は避けない。避ける必要がない。

今のベグリフは、昔戦ったあの頃と同じだ。

死なない。

それは、封印したはずの《魔》の力が復活していることに他ならなかった。

だが、同時にフィグルは気付いている。まだその力は完全に復活していないと。

彼女の言葉にベグリフは目を見開き、やがて彼女を睨みながら返す。

「さっさとこの呪いを解け。死してなお、お前は――」

「貴方への想いが無くなることはありませんよ。例え殺されても、私は貴方を今も愛していますよ」

ベグリフに施された封印の力は、フィグルの彼へ対する想いによるものだった。それは、フィグルが死んでも変わらずベグリフの力を封じていた。死してなお、彼に殺されて尚、フィグルの想いは変わらない。

それなのに、《魔》の力が漏れ出しているということは。考えられる可能性は二つ。

時を経て、《魔》の力が封印を上回る程に強くなったか。或いは、既にベグリフは封印を解く方法を確立しているか。

先程の口ぶりからして、前者の説が濃厚かもしれない。

どちらにしても、最悪の事態なのは変わらない。

「……ただ、貴方という存在への考え方は少し変わりました」

再び銃口をベグリフへと向ける。

「私は貴方の持つ強大な力が、貴方を孤独に導いていると思っていました。だから、力を封じさえすれば、やがて貴方と繋がれると。つまり、私には貴方を殺す覚悟なんてこれっぽっちもなかったのです。……ですが、その甘さがエイラを瀕死にまで追い込んでしまった。そして、次世代まで貴方は滅ぼそうとしている。もう、私の甘さのせいで誰かが死んでしまうのは嫌なんです」

その答えは、一度死んでしまったからこそ生まれたもの。

「だから、今度こそ。私は貴方を殺します」

その覚悟も込めた、最初の一撃だった。

その言葉にベグリフは胸が痛んだ。

やはりだ。俺は正しい。



想いは、呪いだ。

 

だからこそ、俺は力を求める。想いを、断ち切る為に。

心が溢れ出すように闇の奔流が放たれる。

「お前如きが、俺を殺せるとでも!」

跳躍してフィグルが躱す。そして、イデアの身体にも関わらずその背から漆黒の翼を広げた。

「難しいでしょう。ですが、貴方に誰も殺させないようには出来ます!」

魔弾が放たれた。だが、着弾するタイミングでそれは掻き消される。ベグリフに魔力は通じない。

それでもよかった。フィグルがイデアに頼まれたのは、カイを助けること。ベグリフは案の定フィグルを標的に変えた。私という存在を無視できない。

これが最適解。

ベグリフの気を引いている内に、カイ達が逃げてくれたらそれでいい。

後はここに彼さえ来れば……!

だが、フィグルは忘れていた。

ベグリフの背後に人影が映る。

カイは、彼の息子なのだ。

「イデアの身体にぃ、何しやがる!」

零距離でカイが青白いエネルギー波を放つ。魔力は効かなくても、セインは通じるのだ。

だが、零距離の一撃をベグリフは容易く漆黒の剣で受け止めていた。カイが既に満身創痍なこともあるが、それでも受け止められるとは思ってもいなかった。

「雑魚が出しゃばるな!」

弾かれてカイの胴が空く。そこへ勢いよくベグリフが鋭く腕を突き出した。寸前のところで、フィグルがカイの足元を隆起させてカイを上へと吹き飛ばす。

そして、そのままフィグルがカイを抱き留めた。

「ちょ、逃げてくださいってば!」

「イデアのこと残して逃げられないだろ! というか俺の大切な嫁なんで、もっと丁寧に扱ってくれ!」

カイの言い分にフィグルが苦笑する。勿論この身体を傷付けるつもりはないけれど、カイの気持ちも分かるので何とも言えない。

「イデアさんは貴方の無事を望んでいるんですよ」

「そっくりそのまま伝えてくれ!」

だそうですよ、と心に語り掛けると「もう馬鹿!」なんて元気な声が返って来た。

微笑ましい関係ですね。私もベグリフとそうなれたら良かったのに……。

そうは思っても、きっと無理なのだと思う。じゃなければ、今こうなってはいない。

「いいですか、あくまで今は時間稼ぎです。私達ではベグリフには勝てません」

「時間稼ぎって何待ち!?」

「それは――」

答えようとするが、その前にベグリフからどす黒い魔力が放たれていた。即座に二手に分かれる。

「とにかく今は安全最優先で――」

「俺を前にして安全な場所などあると思うか!」

真夜中に紛れるように闇がカイへと伸びていく。空を翔けるカイだったが、ボロボロの身体ではすぐに追いつかれそうになる。

「《ヒールブラスト!》」

その時、フィグルがカイへ向けて魔弾を放った。見事にそれはカイへ着弾し、カイの身体を治癒していく。痛みだらけだった身体が徐々に和らいでいく。

「助かる!」

身体に余裕が出来たカイは、振り向きざまに青白い奔流を放った。しかし、闇がそれを受け止める。

くそっ、攻撃が通らない。

ベルセイン状態でも全く通用しない相手。それが目の前の男。

力の差は歴然だった。

「無駄な足掻きだ!」

やがて、ベグリフの身体から闇が噴き出す。漏れ出る《魔》の力が逃げ場を無くすように宮殿周囲を包む。倒れ込むダリルに駆け寄っていたメリルは、立ち昇る闇に絶望を感じていた。

「こんなの、どうすればいいのよ……」

星々の光も遮られ、完全な真っ暗闇が形成される。その中でカイのセインとフィグルの長銃だけが光り輝いていた。

その闇に紛れるように、ベグリフの声が響き渡る。

「もう一度死ぬがよい、フィグルよ!」

真っ暗な世界に死の気配が漂う。

ただ、それでもフィグルは慌てることもなく、上を見上げていた。

「いいえ、死ぬのは貴方です、ベグリフ」

その瞬間、紅い光が闇の空間を貫いた。一気に闇が晴れる。たちまち夜空が広がり世界が戻っていく。

どうやら充分時間を稼げたらしい。それか、余程急いで来てくれたか。

視界に映る真紅に輝く刃が、反撃の狼煙だった。

ベグリフが、その姿を捉えて口角を上げる。

「……来たか」

「…約束してないのに家に遊びに来るタイプだよな、お前」

「何を言っている」

「付き合わされる方の事を考えろって話だよ」

長距離移動で既に疲労気味なのか。

汗だくのゼノが困ったように笑っていた。

 

 

※※※※※

 

 

死に物狂いで転移を繰り返す。元居た場所が激しい音を立てて爆発した。

「いつまで鬼ごっこをするつもりぃ!」

グリゼンドから無数の魔力流星群が放たれる。

「くそっ」

ヴァリウスは転移で森の中に跳んだ。追いかけるように流星群が向かってきたが、木々に激突して爆発していく。

だが、安堵してもいられない。その爆発地点に瞬時にグリゼンドが転移した。それを視認した瞬間にヴァリウスも跳躍する。

「《グラビテウス!》」

次の瞬間、森全体が一瞬にして強大な重力に圧し潰された。一帯が一気に大地へめり込み、段差が生まれる。

「はぁ、はぁ」

咄嗟に転移してヴァリウスは上空へ逃げていた。だが、転移のし過ぎで既に疲労困憊だった。

同じ場所には居られない。魔力が付着した地点へグリゼンドは転移してくるからだ。

同様の理由で防御も難しい。距離を詰められてしまう。

攻撃を喰らってしまえば、一貫の終わりだ。

ただ、勝機がないわけではない。

「《雷土の槍、グングニル》+《グラビティ・インパクト!》」

手元に膨大な雷を纏った槍を形成し、重力によって加速させて一気に放つ。それは一瞬にして目標まで到達するが、すんでのところでグリゼンドは先程の重力場で触れた魔力の位置に転移して躱した。雷土が大地を貫き電撃が迸っていく。

そう、グリゼンドは攻撃を躱す。

聞いた話だと、以前のグリゼンドは他者の魔力を結合し、吸収することが出来るという。どちらかと言えば転移よりもそちらの方が厄介だが、今の奴はそれをしない。

わざとしないのか、或いは出来なくなったのか。

転移と引き換えに失ったと考えるのが妥当か。

ただ、要は攻撃さえ当てれば勝てるということだ。転移する相手を捉えるのは難しいが、それはグリゼンドも同じだ。

転移の方法は違えど、条件は同じ。

やりようはある。

そして、転移しようとした時、

「劣等種の癖に、存外粘るじゃないか」

グリゼンドの言葉に、ヴァリウスが動きを止めた。

「……劣等種なんて呼ばれ方、気に入らないな」

ずっと心の中で引っかかっていた。転移の優劣を差しているように聞こえるが、何故かヴァリウスには自分という存在における優劣に聞こえてならなかった。

ダークネスになる以前の記憶が無く、明確にヴァリウスには自分という枠組みが存在しない。けれど、グリゼンドには枠が見えているようで。

グリゼンドは、ダークネス誕生の何かを知っている。或いは関わっている。

ヴァリウスの苛立ちが伝わったのか、奴は満面の笑みを浮かべた。

そして告げる。

 

「だって、劣等種だもん。お前は俺の能力実験の過程で生まれた駄作なんだから」

 

……何だって?

意味が分からなくて、思考が止まる。

能力実験の過程で生まれた? 僕が?

更に下卑た笑みをグリゼンドが浮かべる。そして楽しそうに両手を広げて見せた。

「折角だから教えてあげるよ、お前という存在がどれだけ無価値なのかをね」

嫌な予感しかしない。聞けば、もう戻れないような気がした。けれど、何故か心は効きたいと叫び、ヴァリウスはその場から動けない。

「俺はね、昔にゼノ達と戦って負けた。というか、死んだと思ったね。吸収許容量以上の一撃を喰らってさ」

グリゼンドにとって、あれは屈辱の敗北だった。

「ただ、死ぬ直前にゼノの魔力とセインと結合していた俺の魔力は、質を変化させた。何故そんなことが起きたのかは分からない。でも、確かにその瞬間俺の魔力は変化し、気付いた時には全く別の場所にいたんだ」

ゼノ達がグリゼンドは死んだと思ったのは、これが理由だった。完全に消失したわけではなかった。寸前に転移してその場から消えていたのだ。

吸収し続けていたゼノの魔力とセインの力。その力に共鳴するように、グリゼンドの魔力は変化した。そして、その変化した魔力が持つ力が。

「それが、転移だった」

その時初めて、グリゼンドは転移の能力を手に入れた。

「ただ、この力がまた厄介でね。以前の結合する力は失われ、転移の仕方も仕組みも良く分からない。本当にピーキーな力さ。だから、俺は自身の魔力をもっと調べなきゃいけないと思った。ゼノ達に傷つけられた身体の静養も兼ねながらね」

「その過程で僕達が生まれたってどういうことだ!」

「焦るなよ、冥土の土産なんだ。全部教えるさ」

余裕の有無が対照的に現れる。

相手の余裕の無さが、グリゼンドは心地よかった。

「調べる内に、何となくだけど転移の方法は分かった。自身の魔力の位置に跳べるということがね。そして、もう一つ分かったことがあったのさ。それは、決して俺の結合する力は失われていなかったということ」

グリゼンドの魔力内に、微弱ながらセインの結合力が残っていたのである。

「これに気付いた時は震えたね。転移の力と結合力を同時に使えれば、もう俺は何にも負けない。だから、今度は結合力強化の実験を始めたんだ。元の力を取り戻す為に。でも、質が変化しているだけあって、中々難しい。そこで実験を行うことにした。どうでもいい人族数千体を捕まえて、ね」

数千体という数が、グリゼンドの残虐性を表している。グリゼンドにとって、その瞬間人族は実験体に過ぎなかった。

「数千体に《魔魂の儀式》を行ったのさ。セインの結合力はどれだけ魔力を分散させようと、常に一定だ。勿論魔力量に合わせて許容量こそ変わるけれど、結合しようとする力の数値は変わらない。だからこそ強化が難しいんだけど、逆にそれを利用して、数千体全てに魔力を分散し、俺が持っている微弱な結合力を全員に与えた。そして、その数千体の結合力を抽出し、融合させた。一定量の結合力が数千も集まったんだ。それが一つの結合力へと変化した時、俺は以前にも増して凄まじい結合力を得た」

すると、その時グリゼンドの身体が怪しく光り始める。

「ただね、今度はその結合力が強すぎて俺の身体が耐えられなくなった。周囲の魔力だけじゃない、物質全てと結合しようとし始めたんだよ。許容量を遥かに超えようとするのさ。だから、俺は普段結合力を解放しないことに決めた。転移の力だけで充分だからね」

やがて光は真っ黒に染まり、闇の様に変化する。

「でも、今の俺にはその結合力に耐えうる方法がある。ベグリフが教えてくれたんだ。魔力を体内で循環させることで魔力濃度が上昇し、肉体も強化される」

次の瞬間、闇が晴れ、グリゼンドが姿を見せる。

全身を漆黒の硬質が覆っていた。その黒の中から赤い双眸がヴァリウスを捉える。

 

「それが《リベリオン》だよ」

 

グリゼンドが地面に触れた。途端に脈打つように地面が震え、次の瞬間勢いよく何本も柱が飛び出してヴァリウスを襲う。

流動的に動く大地の柱。ヴァリウスは転移して躱したが。

「そう言えば、まだお前が生まれた理由を言っていなかったな」

その言葉は、ヴァリウスの背後から聞こえて来ていた。

「結合力が強すぎて、周囲全てと結合しそうになったとき、周囲にいたお前達実験体の魔力も命も記憶も全てを吸収し始めた。身体が耐えられずにすぐ解いたけれど、その瞬間に実験体も殆ど死んだんだよ」

振り向いたヴァリウスの視界の先。流動的に動いていた大地の柱、その途中からグリゼンドが生えていた。その形容以外正しい言葉が見当たらない。グリゼンドの下半身は柱と融合しており、上半身だけが怪し気に動く。

「ただ、実験体の中でいくらか転移の力を発動する者がいた。まだ《魔魂の儀式》を解いていなかったから俺の魔力は残っていたんだ。誤算だったよ。命を吸われる直前に転移して逃げた奴らがいたんだ。微量の魔力しか譲渡していなかったのも原因かな。死を前に精神を押さえられなかったみたいだ。ただ、転移の瞬間、魔力と記憶は吸わせてもらった。その際、使用中だったからかな、魔力と結びついている転移の力も中途半端に残った。それがお前達ってわけさ。ね、中途半端な駄作だとは思わないか?」

柱から生えているグリゼンドが首を傾げ、張り付いた笑みを見せ、両手を広げる。

「お前達という存在を認知していながら殺さずに今まで野放しにしていたのは、単に面白そうだったから。転移の力を持つ新たな勢力だからね。それに、《魔魂の儀式》のお陰か負の感情が強くこびりついているようだったから。これは人界に波乱を起こしてくれると思ってさ」

あっけらかんと言ってのける奴。ヴァリウスは拳を強く握りしめていた。

要は、グリゼンドの勝手な理由でヴァリウス達ダークネスは人族としての生を踏みにじられたということだった。

この転移の力も、グリゼンドの力を中途半端に受け継いだ形。急に嫌気が差してくる。

この力も、原因も何もかも。

「全部、お前じゃないか!」

怒りと共に勢いよく《雷土の槍、グングニル》を叩きつける。

だが、その全てが一瞬にして吸収されてしまった。結合力が格段に上がっているため、吸収に時間はかからない。

目を見開くヴァリウスへ、グリゼンドが絶望の笑みを浮かべる。

「さて、さっさと死ねよ。劣等種」

一帯の大地が一気にせり上がった。

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