170 / 309
4『理想のその先へ』
4 第一章第十話「青い光」
しおりを挟むディゴス島近海を、魔王ベグリフが吹き飛んでいく。
そのすぐ後をシーナは漆黒の翼を広げて追いかけていた。
身体の震えが止まらない。
今目の前にいるのは。
悪魔族最強の存在だ。
私が望んだ、最強の敵だ。
込み上げてくる感情をそのまま力に、一気にベグリフへと飛び出す。
「オラァ!」
勢いよく叩きつけられる蹴りを、ベグリフは両手で防いだ。それでも勢いは殺せず、ベグリフが凄まじい水飛沫と共に海水に沈む。
上空でベグリフの様子を窺う。けれど、驚くことにベグリフは海上に姿を現さなかった。
どういうことだ。
こんなに魔王が弱いわけがない。
シーナは知っている。ベグリフは前魔王を実力で捻じ伏せた。そして、ゼノですら倒しきることが出来なかったと。
そんな奴が、これ程弱いわけがない。
私を試しているのか?
強い奴と戦うことが私の存在意義なのに。それを否定するつもりか。
許せない!
「リベリオン!!」
一気にどす黒い魔力を解放する。皮膚全てが銀色に硬質化され、魔力の質も格段に向上する。
手を抜くつもりなら、本気を出させるだけだ!
一気に水中へ潜る。視線の先に奴を見つけた。
ベグリフは、不思議と口角を上げていた。
「あれ程の実力差を前にまだ来るというのか。ゼノよ」
瞬間、溢れるように魔力が水面へ向かって迸る。
「っ」
魔力の奔流に押し負けるように、シーナは水上に飛び出した。
その横にベグリフが一瞬で移動してくる。
「さて、奴が来るまでの間、お前は暇つぶしに丁度いい」
その手には漆黒の剣が携わっていて、勢いよく振り下ろされる。咄嗟に硬質化された両腕で受け止めたが、今度はシーナが水中へ吹き飛ばされる番だった。
完全に受け止め切れておらず、両腕には深く斬り傷が刻まれている。
容易く硬質化を破るなんて……!
鮮血が水中に溶けて混ざり、やがて消えていく。
魔界でカイと戦闘した時、シーナはリベリオンを使用して容易くカイを圧倒した。シーナが戦闘狂でなければ、カイはたとえ悪魔族の力を得てなお確実に負けていただろう。それ程までにリベリオンは強く、そしてシーナの秘技であった。
つまり、リベリオン以上の隠し玉をシーナは持っていない。けれど、シーナの脳内に敗北の未来は浮かんでいなかった。
面白ぇ!
勢いを殺し、水中で翼をはためかせて水上を目指す。
傷付くことはあっても、倒れることはない。結局は、一撃で両腕が切断されることもない。限界があるとはいえ、耐えることが出来る。
なら、やってみなきゃ分からない!
水上を飛び出し、右腕に魔力を集める。まるで大槍のように右腕を魔力が纏った。
「本気を出させてやる!」
突き出した右腕は、奴の漆黒の剣に防がれていた。
ベグリフが冷ややかな視線をシーナへ送る。
「お前など、本気を出すまでもない」
右腕が弾かれた。けれど、何度も右腕を叩きつける。それを軽くいなしながら、ベグリフが告げる。
「リベリオンとは皮膚を魔力によって硬質化させ、体内の魔力が体外へ放出することを防ぐことで生まれるものだ。放出を閉じられた体内の魔力は何度も身体を循環し、やがて質の濃く強い魔力へと変貌する」
必死に攻撃を仕掛けても、何故だかベグリフに一撃が届かない。
汗を垂らすシーナを見下すように、ベグリフはため息をついた。
「確かにお前はリベリオンを使える。雑魚なら濃度の高い魔力に耐えられず自壊してしまうからな。お前にも素質はあるのだろう。だが、雑魚には変わらん」
「うる、せえ!!」
シーナが右腕を突き出す。
その瞬間、ベグリフは呟いた。
「《デス・イレイス》」
放たれた言葉に飲み込まれるように。
シーナが纏っていた魔力は消え、硬質化されていた皮膚も元に戻る。
「俺に魔力は効かない」
目を見開く彼女に対し、ベグリフは失望したと言わんばかりに呟いた。
「暇つぶしにもならないな」
「―――っ!」
無防備な彼女の身体に、漆黒の剣が振り下ろされた。シーナの胴体へ斜めの赤筋が刻まれる。瞬間、鮮血が飛び出した。
咄嗟に背後へ引いていたお陰で真っ二つにはされなかったが、かなり深く裂かれてしまった。一気に血が失われていく。
「っ、リベリオン!」
またシーナが唱える。再び皮膚は硬質化され、魔力によって傷跡も閉ざされる。これで失血死は避けられた。
それでも、今の一撃の意味はあまりに大きい。深手を負ったばかりではない。
魔力が、ベグリフには通用しない。
リベリオンが、ベグリフに通用しない。
何故だろう。
それはシーナが勝つ可能性をあまりに下げてしまうけれど。
退く選択肢は彼女になかった。
シーナは、無意識の内に笑っていた。
いつの間にか、戦う事だけが全てではなくなっていた。
シーナが退けば、ベグリフは何処へ行く。きっとカイ達の元へ。それどころか、ミーアの元へ向かってしまうかもしれない。
ミーアの屈託のない笑顔が浮かぶ。
それは、嫌だとシーナは思った。
理由はまだ分からないけれど、ベグリフは止めなきゃいけないと思った。
これは、最早シーナの心を満たすだけの戦いじゃない。
本人も気付かない、何かを護るための戦いだった。
「くたばれ!」
「……無駄だな」
目の前からベグリフが消えた。
直後、言葉にならない程の痛みが全身を駆け抜ける。そして、視界にはあるものが映っていた。
それはベグリフの腕。そして、その手には。
脈打つ心臓が握られていた。
「カハ……っ」
シーナの口元から大量の鮮血が溢れ出す。
ベグリフの腕は、シーナの身体を貫通し。
その身体から、心臓を奪い取っていた。惨たらしく身体から引き千切られた心臓からは、血が噴き出し脈動も収まりつつある。
彼女の背後で、ベグリフが吐き捨てる。
「半分程度しか魔力の無い俺にすら勝てないとは不愉快だ。力なきものは抵抗することなく死ね」
そして、手に持つシーナの心臓を握りつぶした。
もう繋がってはいないのに。鋭い痛みが彼女の胸を貫いた。
それでも、まだベグリフは不愉快さを拭えない。
やがて、腕を伝うように貫いた彼女の身体を炎が包み込んだ。闇夜に橙色の光が溢れる。
投げ捨てるように、ベグリフがその腕をシーナの身体から引き抜く。
水面へ向かうように、シーナの身体が落ちていった。
ああ、くそ。
激しい痛みは、だんだんと感じなくなっていく。
視界もぼやけて見えなくなっていく。
勝てねえのか。
死が近づいてくる。
不思議だった。昔の私なら決してそれを恐れはしなかった。死ぬのは己が弱いからだ。死んで当然だ。
なのに。
怖い。死にたくない。
まだ、生きたい。
視線の先に、何かが輝いて見えた。
青い光。
あれは、ミーアがくれたペンダントだ。炎でチェーンが取れてしまったらしい。
薄れゆく意識、命の中で、シーナは光を求めて手を伸ばした。
ベグリフは苛立ちを隠すように彼女から視線を外す。
「くだらん」
死ぬ運命にいながら、何にまだ縋る。
そこには何が残る。何が手に入る。
死んでしまえば、何の意味もない。
死んでしまえば、想いだって残りはしない。
力を渡した片割れの元へ、ベグリフは向かおうとする。
人族ながら、ダリルはそれなりの実力を持っていた。ベグリフの力を半分も手に入れているのならば、今のベグリフといい勝負をするかもしれない。
今のダリルは味方扱いではあるが、ゼノが来るまでの間暇つぶしには丁度いい。
ディゴス島へ戻ろうとして、ベグリフは気付いた。
聞こえない。
シーナが水面に飲み込まれる音が聞こえない。
あの状況で、体勢を立て直せるわけがない。
奴は間違いなく死ぬのだから。
違和感に気付いた彼が背後を振り向く。
そして、眼を見開いた。
シーナは未だ水面に叩きつけられてはいなかった。
彼女の身体を燃やしていた炎は、動きを止めていた。
いや、時を止めていた。
焼け朽ちることもなく、落ちることもなくシーナは宙に浮かんでいる。
その身体を、半透明の青い球体に包まれて。
「間に、合ったわ!」
その横に何かが浮かんでいた。
漆黒の世界に純白の翼を広げ。
薄桃色に薄い上着に、下はミニスカート。戦いに来たとは思えない姿。
だが、その手には青白く輝く長槍を携えて。
「あなたが魔王ね!」
彼女が叫ぶ。
「お母さんの仇! 取らせてもらうんだから!」
その周囲に光のファンネルがいくつも舞って。
メアが、鋭い視線をベグリフへ突き付けていた。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?
荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」
そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。
「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」
「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」
「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」
「は?」
さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。
荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります!
第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。
表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる