カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第一章第五話「ダリル奪還作戦説明会」

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感情が先行してしまって、無意識の内に足早に廊下を駆けてしまう。王城でこのような振る舞いはいけないと分かっていても、それでも足を止めることは出来なかった。

ダリル……!

愛しい人を思いながら、メリルは走った。

ダリルが連れ去られた事を知ったのは、グリゼンドが襲撃してきた次の日だった。グリゼンドの一撃で昏倒してしまったメリルは、起きてすぐにダリルが居なくなったことに気付いていた。セインから感じるダリルの想いが遠ざかっていたのだ。

すぐに従者含め周囲の人々を問いただして、メリルはダリルが悪魔族に拉致されたと知った。

信じられなかった。信じたくなかった。いつもずっと傍にいると思っていた。居て当たり前の存在だった。だから、目の前が真っ暗になりそうで仕方がなかった。

本当に大好きだった。

ダリルは私を受け入れてくれた最初の人。私はフィールス王国の王女ではあるけれど、隠し子でしかない。最初、それを受け入れられなくて女王シャルは私を養子に出した。今なら分かる。本当に愛している人の隠し子なんて簡単に受け入れられる者じゃない。ソウルス族は想いを大切にする一族だから。だからこそ、むしろ捨てられないだけありがたいとは思う。思うけれど、やっぱり誰かに受け止めて欲しかった。養子先も、私が王族であることは知らない。

だから、私の本当の姿を知る人は今までいなかった。

なのに、ダリルは全部受け止めてくれた。ダークネスの手先になって裏切ったこともあるのに。私が腹違いの子だと知っても、王族だと知っても態度は変えずに。素の表情でずっと私に向き合ってくれた。

ただ真っすぐに私へ愛を向けてくれた。嬉しかった。何よりも、誰よりも私を見てくれていた。

それがダリルだった。

メリルがダリルの拉致にまだ発狂せずに済んだのは、セインの存在がダリルの生存を裏付けてくれていたことと、ゼノがヴァリウスにダリルの捜索を頼んでくれたからだ。ダリルが魔界にいるとすれば、ヴァリウスですら次元を超えた転移は出来ない為に捜せない。それを分かっていて、それでもヴァリウスは人界にいる可能性を探ってあちこちを駆け回ってくれた。

そして、遂にダリルの存在をヴァリウスが捉えたという。

この前、ダリルの存在をこの世界で感じたのは間違いじゃなかった。彼の波動を感じたのだ。この大陸よりも更に奥の方でダリルの存在を感じた。だから、ヴァリウスに重点的に四列島辺りを頼んだのだが、どうやら正解だったらしい。

今すぐに行くわ、ダリル……!

必死に足を動かして、呼ばれた部屋へと進む。そして、着くや否やノックもせず勢いよく開いた。

「ダリルはどこにいるの!?」

突然入って来たメリルに視線が集まる。そこにはカイとイデア、ヴァリウスにシーナが並んで立っていて、その先にゼノが座っていた。その両隣にはセラとエイラまでいる。ここはゼノの大きな部屋なのだ。

「来たか、それじゃ始めよう」

どういった面子なのか分からないがどうやらメリルが最後の到着のようで、待っていたかのようにゼノが全員を見渡して話し始めた。

「皆に集まってもらったのは他でもない。ダリルの――」

「早く助けに行かなきゃ!」

ゼノの話を遮って、メリルが机越しにゼノへ詰め寄る。黙って何ていられない。

「急がなきゃ! 何かがあってからじゃ――」

「落ち着け、メリル。何の為に集めたと思っている」

真っすぐにゼノがメリルを見据える。そこには決意が映った。既に、ゼノの中で答えは決まっているらしい。

その真っすぐな瞳に、メリルは言葉を飲み込んだ。今は、私が喚き散らした方が動きが遅くなる。

「……分かったわ」

ゆっくりとメリルがカイ達の横に並ぶ。それを見届けてから、改めてゼノが話し出した。

「改めて、集まってもらったのはダリルの件だ。ダリルの場所が特定できた」

そう言ってゼノがヴァリウスに促す。彼は頷くと全員に聞こえる声で話し始めた。

「ダリルはこの大陸の更に北部。四列島の一つディゴス島にいたよ」

彼の言葉に、メリルは自分の直感が間違っていなかったことを理解した。

ダリルは、ディゴス島にいる。

「なら、早く助けに――」

「だけど、問題が一つあるんだ」

問題?

どんな問題だってきっと乗り越えられる。絶対にダリルを助けてあげるんだ。だから早く。

そう思っているメリルへ、ヴァリウスが告げる。

 

「どうやらダリルは悪魔族になっちゃったらしい」

 

……え?

ヴァリウスの言葉が上手く理解できなくて、口が空いてしまう。ダリルが悪魔族になった。意味が分からない。ダリルは人族なのに。

何かの間違いなんじゃないか、そう思ってもヴァリウスは訂正することなく言葉を紡ぐ。

「背中から悪魔族の翼も生えていたし、眼も悪魔のそれだった。何より、悪魔族がダリルに跪いていたよ。玉座に座ってたし彼からの殺気もビュンビュン飛んできたし、間違いない。今、彼はディゴス島を支配する悪魔族の長だ」

事実だけを淡々とヴァリウスが述べていく。それはもう変わらない確定事項とでも言うように彼は言っていた。

「う、嘘、でしょ……?」

それ以外言葉しか口から出ない。簡単に飲み込めるわけない。理解できるわけない。

ダリルが、悪魔族を統べている? そんなの、嘘よ。

だが、そんなメリルへ言い聞かせるようにゼノは説明する。

「《魔魂の儀式》。人族に悪魔族が自身の魔力を譲渡することで洗脳する魔法だ。ダリルはその魔法にかけられた可能性が高い」

「つまり、ダリルは今敵側の存在だと言う事です」

とどめのように、エイラがそう告げた。

何で、そんな淡々と言えるのよ……。

私は理解も出来ていないのに。どうして。理解もしたくないのに。どうして。

それが共通理解とでも言いたいのか。そんなわけない。信じられるわけがない。

あんなに優しかったダリルが今は悪魔族で、それも敵……?

愛しい人が、何で。

これまではダリルの生存だけが唯一の救いだったのに。それなのに敵だなんて。

もう、ダリルは私の事を見ても分からないの? ダリルは私を攻撃してしまうの?

私は、もうダリルに愛されていないの?

今度こそ、目の前が真っ暗になりそうになる。自分が真っすぐ立てているかも分からない。

そんなメリルの耳に、声が聞こえた。

「だから――」

 

「その上でどうやってダリルを助けるか、だろ?」

 

ゼノの言葉を遮るように、カイは言った。メリルは驚いてカイを見た。全く迷うそぶりも見せず、それが当然とでも言うように。

カイはもう迷わない。心に従うと決めていた。それが理想に繋がると、セラが教えてくれたから。

「悪魔族になろうと、ダリルはダリルだ。洗脳されてるなら殴って起こしてやればいい。それだけの話だもんな」

全員の総意のようにカイが告げる。

「カイ……!」

メリルは少しでも絶望した自分を恥じた。ダリルがもう自分の知らない所へ行ってしまったと、縋ることを辞め、勝手に諦観が溢れ出しそうになっていた。

ダリルが私の事を忘れてしまっているのだとしたら、それは凄く悲しい。

でも。

だからと言って、私が諦める理由にはならい。

カイの言う通りだ。忘れてしまったならぶん殴ってでも思い出させればいい。

 

私の想いは、洗脳なんかに負けない。

 

メリルの眼に灯がともったのをゼノは見た。口角を上げ、漸く中身に入っていく。

「大体はそんなところだ。無理矢理でもいい、ダリルを連れ帰ってこい。その為にこの五人を呼んだ」

ゼノが全員の顔を見渡す。そして、イデアの所で彼は視線を止めた。

「イデアちゃんの同行に関しては、カイの要望もあってだ。参加するかどうかは自分で決めてもらいたいんだが」

「カイの?」

イデアが隣に並ぶカイへ視線を向ける。

カイとこうやって向き合うのは久しぶりだった。お互い悩んでいた為に顔を合わせることがなかったのだ。

イデアの悩み自体は、エイラへの相談である程度解決していると言ってもいい。自分は一人じゃない。私は沢山の人の想いが集まってできた、何にも代えられない存在だとイデアは気付いた。

ただ、カイにとってイデアはどう思われているのか。それが彼女は怖くて聞けなかった。万が一もカイが突き放すことはあり得ないとは思う。けれど、怖い。

悪魔族の力を使える異様な私をカイは気味悪がったりしないだろうか。

カイへ《魔魂の儀式》をしてから、彼が詳しくそれについて言ってくることはなかった。それでも、本当は何かを思っていて、気遣って私へ言えないんじゃないか。

少しでもそんな思考がよぎると、カイに会いに行くことが出来ずにいたのだ。

彼女の視線の先で、カイは言う。

「前回の戦いでイデアが狙われているのは分かった。だから、俺が傍で守りたい。本当は連れて行かない方が安全なのかもしれないけど、俺はダリルも助けたいから。両方助けて守りたいから。これは俺の我が儘だけど、イデアにはついてきて欲しいんだ」

イデアの大きな瞳へ、カイが告げる。

「何があっても、絶対守るから」

ああ。

カイは、きっと私の想像以上の人なんだろうな。

想像している以上に、とっても素敵な人。

彼が本心で言っているのだと伝わるから。嘘じゃない。私を絶対に守ると伝えてくれるから。

どんな私でもカイは私を守ってくれる。

カイの中での私は、決して揺るがないのだろう。たとえ悪魔族の力を持っていたとしても。誰がなんて言おうと、カイにとって私は私なのだろう。

嬉しい。カイにとって私は代えられないものなんだ。

イデアは涙を我慢して、潤んだ瞳で頷いた。

「うん、私も行く」

そして、行って見届けたいの。

悪魔族だろうと、ダリルはダリルだとカイは言った。私は私だと伝えてくれたあなたが、ダリルを取り戻す瞬間。それはきっと、私にとってかけがえのないものになる。必死に手を伸ばすあなたの姿が、もっと私に私を伝えてくれる。

だから、見せて。

「絶対、カイの側から離れない」

誰よりも近くで、誰よりも大好きなあなたの事を。

二人の様子にゼノとセラ、エイラは微笑んだ。

こうして、新たな未来は進んでいく。支えることは出来ても、進むのは本人達の力。

それが眼に見えて、三人は嬉しかった。

頷いてからゼノが続ける

「それじゃ、具体的な話をするぞ。まず大前提から話すが、まずダリルは間違いなく囮だ」

「囮……?」

「要は、ダリルを使って俺達をディゴス島へ誘っているということさ」

そうでなければ、わざわざダリルをディゴス島へ配置しない。急な上役の変更なんて、軍においては統率が取れなくなるなどのデメリットしかない。それでも、グリゼンド達はダリルをディゴス島へ配置した。それも殺気垂れ流しでだ。間違いなく、ダリルは囮で目的は他にあると考えていい。

「悪魔族の中に、自分の魔力が付着した位置へ瞬間移動できるグリゼンドという者がいる。本来扉を使わなければ不可能なのに、ダリル達四列島に存在する悪魔達がそこにいるのは、ソイツの力だ」

ベグリフにおいては自力で次元を繋ぐことが出来るが、今は伝えても伝えなくても変わらない。

「残念ながらディゴス島は当然として、前回の襲撃が原因でこの付近にも奴の魔力が付着している可能性がある。つまり、ダリルを救うために全軍飛び出したらがら空きになったレイデンフォート王国を占領される、という可能性もあるということだ。だから、戦力は最小限に抑えてお前達を選んだ」

残りの面々はレイデンフォート王国が襲撃されることを予想して待機しなければならないのである。

まずヴァリウスとシーナへゼノが話す。

「ヴァリウスは全員を連れてディゴス島へと転移。その後、カイとイデアちゃん、メリルを降ろしてシーナと一緒に暴れ回れ」

「陽動ということね」

「本当はダリルと戦いたかったがしょうがない! 出番だ!」

シーナが拳を合わせ、元気に声を出す。陽動でも何でも、戦えるのならばシーナはそれでいい。強い相手がいれば尚よしだった。

「陽動に関しては、天使族からも一人送るから。三人でどうにか頑張って欲しいの。あまり無理はしないようにね」

セラの言葉も踏まえれば、陽動は三人。

「そして、カイ達はダリルと接触。ぶん殴るなり叩き起こすなり拉致るなり何でもいい、無理矢理でも連れ戻すんだ。合図でヴァリウスと合流して、即退散」

「即退散ってことは……」

カイの言葉にゼノが頷く。

「今回はあくまでダリルの奪還がメインになる。悪魔族など二の次だ。ダリルを連れ戻したらそこで終わりだ。陽動側も即座に戦線を離脱しヴァリウスの元へ行き、撤退しろ。逆に、もしダリルの奪還が難しいと判断された場合、速やかに退け」

「っ、それは、ダリルを見捨てろってこと……?!」

またメリルの語気が強まるが、ゼノはその姿勢を崩さない。

「言っただろう。ダリルは囮だと。ディゴス島でも何が起きるか分からない。自分が囮になったせいで誰かが死ぬだなんて、アイツが喜ぶか?」

「……っ」

ギュッとメリルが拳を握りしめる。ゼノも自分の言い方が狡いと分かっていた。分かっていても言わなければならない。

一拍置いて、ゼノがヴァリウスへ話す。

「撤退のタイミングは、ヴァリウスが判断してくれ」

「え、僕でいいのかい?」

これには少なからずヴァリウスも驚いていた。そんな重要な立場を任せてもらえるとは思っていなかった。それはつまり、引き際を間違えれば誰かもしくは全員が死んでしまうということだ。

だが、彼の反応にゼノが笑った。

「何を心配しているのか分からないが、ヴァリウスにはもう沢山助けてもらっている。カイの魔力を盗んだ過去こそあれ、今の君は十分信じるに値する。むしろ、こちらからお願いしているんだ」

ゼノの言葉がヴァリウスに入っていく。

僕というのは所詮カイの魔力を借りた空っぽの存在でしかないけれど。

それでも信じてくれるというのか。

「頼めるか?」

「っ、うん、任せて!」

ヴァリウスが飛びっきりの笑顔で笑う。どこかカイにも似た笑顔だった。

ゼノも頷く。これで、大体の説明は終わった。

「よし、決行は明日の深夜。暗闇に紛れて行う」

最後に、改めてゼノが全員を見渡す。

「全員、くれぐれも死ぬな。それだけは誓え」

「おう!」

カイの元気な言葉と共に、全員が返事を返した。

 

※※※※※

カイ達が部屋を後にして、ゼノ達三人だけが残る。

その全員が、何かを噛みしめるように目を覆っていた。ゼノは机に肘を掛け、セラは両手で顔を覆い、エイラは見られないように窓の外を眺めている。

「まさか、最後にあんなことを言ってくるなんて……」

「カイも立派に成長したんですよ、ゼノ」

カイは部屋を出る前に振り返った。

「……あー親父、それに母さんとエイラも」

てっきりそのまま居なくなると思っていたから三人共首を傾げた。

その先でカイが少し頬を掻いて、それから微笑んだ。

「俺はさ、今まで何にも知らないガキだったけどさ……でも親父達の話、聞けて良かった!」

そしてゼノが抱えていた不安を、カイが一蹴する。どう思われているのか、理想を息子はどう捉えているのか。

なんて事はない。

たった一言。

 

「俺、親父達の理想が大好きだ!」

 

カイが確かな決意をもって拳を突き出す。

「絶対、俺達の手で叶えようぜ!」

三人は唖然としてカイを見た。そんなことを言われると思っていなかったから。

そして何より、その言葉に心が震えたから。

言葉に出来ない。この心を簡単に言葉に何か変えられない。

これまでの全てが今、この一言に救われたような気さえ込み上げてくる。

返答の無い三人を見て、カイは急に居たたまれなくなった。

「あ、いや、この前話してもらった時に言えてなかったと思って。……じゃ、じゃあこれで! ダリルをしっかり助けてくるぜ!」

そう言って、勢いよくカイが部屋を飛び出す。

三人の眼から、涙が溢れ出したのは同時だった。

優しくセラとエイラがゼノの背中へ触れる。カイ達へ過去の話をした時と同じような構図。

けれど、想いはあの時以上に溢れてしまっていた。

「あの子、俺達の手、ですって」

「いつからあんな生意気を言うようになったんでしょうね」

震えた声でエイラが何かを言っているが、いつものような鋭さはない。

「本当だな。子供は俺達の知らない所でいつの間にか大人になっているんだな」

俺達の手。

理想は三人の手から始まった。ゼノとセラ、エイラの手。

それが段々と繋がって。

今ではカイの手にまで繋がっている。

きっと、カイの手には俺達以上に繋がっていくだろう。輪がどんどん大きくなっていくだろう。カイはそういうやつだ。

手を差し伸べて、どんな手でも掴み取る。どんな手でも取りたくなる。

そうやって、今度は閉ざされたダリルの手を取りに行くのだ。

「お前なら絶対に出来るよ、カイ」

脳裏にケレアの姿が浮かぶ。《魔魂の儀式》で洗脳され、やがてグリゼンドによって殺されてしまった親友。

その姿がダリルに重なってしまいそうになる。でも、カイなら大丈夫だと思えた。

俺は、閉ざされたケレアへ手が届かなかったけれど。

間に合わなかったけれど。

でも、お前なら。

絶対に大丈夫だ。



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