カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第五章第六十六話「深淵から覗く絶望」

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ゼノ

ベルセイン状態で一気にベグリフへと飛び出す。一方、ベグリフは飛び出すことなく俺の事を待ち構えていた。

様子見ってところか。俺の成長を見たがってたもんな。

なら!

「《風陣・雷刃!》」

周囲に爆風が吹き荒れ、その中を雷の大剣が縦横無尽に暴れ回る。

更に、俺は腰に手を伸ばした。

そこに差していたのは、翡翠色の剣。

セラが贈ってくれた、誓いの剣。

それを抜き、その刀身にも雷大剣と同じように雷を纏わせる。

右手にはシロのセイン。

左手にはセラの剣。



どちらも誓いの剣。



必ず、勝って帰る!

「余裕綽々のまま、吹き飛べ!」

風陣が俺の周囲から移動し、ベグリフへと一直線に伸びる。

その爆風の道を軌跡すらも見えない程の速度で雷大剣が走っていった。

だが、ベグリフへと突き刺さる寸前に下から深淵が這い上がり、いとも容易く一撃を跳ね返してみせる。

「最後の戦いだ。最早この世界の道理に合わせる必要はない」

「あんたの価値観なんて分かるかぁ! 合わせてたんなら最後の最後まで合わせやがれ!!」

セインを振り下ろし、斬撃を飛ばす。それもまた風に乗って超高速でベグリフに襲い掛かるが、再び闇に防がれてしまった。

「どうした、そんなものか」

だが、その時点で既に俺は動き出している。

今、ベグリフの視線は自分で作り上げた闇の壁で遮られている。

その間に風陣に乗って一瞬で奴の側面に回り、両の剣で十字に振った。

赤と黄の斬撃が勢いよく、ベグリフに叩きつけられる。

しかし、その斬撃は突如として闇に飲まれたかと思うと、

「うわっ!」

いきなり真横から先程の斬撃が飛んできていた。慌てて風陣でその場から下がる。

たった三手。それだけで実力差が如実に表れていた。

斬撃はベグリフの周囲に溢れている闇に容易く弾かれる。それに、ベグリフのさじ加減で攻撃は転移させられてこちらへ襲い掛かってくる。

なるほど、全く攻撃が効かないと。

これが、ベグリフの本気。いや、まだ魔力は使っていない。

全て奴の言う紋章の力か。

これは……フィグルを待つしかないか?

そう思って苦笑する。

フィグルの忠告は正しかったということだろう。

けれど、生憎諦めが悪い質でね。

「《雷土の槍、グングニル!》」

周囲に四つの雷槍が出現する。一度ベグリフに使って防がれたものだ。

「その技なら通用しなかっただろう」

「駄目出しに腹立ったから再チャレンジだよ!」

一気に雷槍を放つ。

それは縦横無尽に王の間を駆け抜けていく。

特段気にする様子もなく、ベグリフは佇んでいた。

今に見てろっ。

これは仮定でしかないけれど、あの紋章の力は結局ベグリフの操るものだ。

つまり、あれにはベグリフの意志がある。意志さえ働けば、防がれたり転移させられてしまうけれど。

ベグリフすら気付かない一撃を出せれば。

「《風陣!》」

集中し、風の道を一気に四つ作り出す。その上をそれぞれ雷槍が駆け抜け、眼にもとまらぬ速さでベグリフを貫かんと襲い掛かっていく。

それでも、それはやはり闇に遮られていた。それも、全てが空間を移動して俺を襲う。

一瞬に四方から雷槍が殺到する。

そのほんの一瞬を待っていた。

ベグリフの転移方法を説明するのは簡単だ。闇が空間と空間を繋ぎ、その中を移動するのだ。

逆に言えば、入り口と出口の二点に闇は存在している。

……見えた!

雷槍の背後に見える漆黒の深淵。

目指すはあそこだ。

頼むぜ、ベルセイン!

四方から襲い掛かる雷槍だったが、直前で首元の赤いマフラーが幅を広げて俺の全身を大きく包む。

そして雷槍が全て到達して電撃を放つ。

だが、痛みがない。

元々、それ程魔力は込めていなかった。だが、一度見たことのあるベグリフなら警戒且つ利用してこちらへ返してくると思ったのだ。

そして、俺を自動的に守ってくれるベルセイン。

お陰で集中できる。

雷槍の背後が確認できた時点で、俺は風陣四つ全てを束ねて一直線に並べていた。

目指すは、深淵。

赤いマフラーに包まれながら、今までで最大の爆風の上を駆け抜けていく。通常の状態だったら、風に裂かれていたことだろう。

そのまま消える直前の闇の中へと身体で飛び込んだ。

圧し潰そうとする力の中を抜けて、目的の場所へ。

闇を飛び出し、そのまま宙で振り返る。

そこは、丁度闇を引かせていたベグリフの眼の前だった。

奴の前は今、がら空きだ。

ベグリフが眼を見開く。

その表情だけで満足だよっ。

「喰らえっ!」

勢いよく両の剣を振り下ろす。

咄嗟にベグリフは背後に飛び、闇を動かしたが少し遅い。

思いっきり深く、ベグリフの腹部を十字に斬り下ろした。

鮮血がベグリフから舞う。

遂に、あのベグリフへ一太刀入れたぞ……!

達成感が込み上げてくるが、浸る余裕もなく闇が襲い掛かってくる。

両の剣で防ぎながら、後ろへと下がって前を見る。

その先で、ベグリフは傷口に手をやっていた。そこからはとめどなく真っ赤な血が流れている。それ程までに深く斬った。致命傷にも近いだろう。

「まさか、中を通って来るとはな……」

ベグリフの口から血が滴る。

「気付かなかっただろ、気配を消した俺に」

ニヤリと笑う。

以前、雷槍を使った攻撃をした時には、あからさまに殺気を消し過ぎて怪しかったとダメ出しをされた。

だからって、もうやめますってキャラじゃない。

それなら、あからさまじゃない瞬間を作ってやろうじゃないかってわけだ。

絶体絶命の自分を防ぐ瞬間なんて、相手へ殺気を向ける余裕が無くて当然だ。

そんな状況を作り出したことで、そして突飛な行動をしたことで一瞬でもベグリフの思考を掻い潜ることが出来たようだ。

これなら……。

これで、ベグリフも容易く闇による転移をしようと思わないだろう。あれは、自分へ直通であるという認識を強めたはずだ。

「良かったな、俺が成長したから受けた傷だぞ」

だが、ベグリフはそれ程の傷を与えられながら笑っていた。

「やはり、お前という存在は格別だな。《魔》の力を前にお前程立っていた者はいない。全てが一瞬で死に絶えてきた。ゆえに、俺はまだこの力を図り損ねている。全力で放ったことがないからだ。だが、どうだ。お前のお陰で俺の力は更に洗練されていく……!」

闇が再び溢れ出していくが、これまでと様子が違う。

今度は闇に包まれた天井や壁、柱などが次々と砕け散るようにして壊れていった。

「っ」

更に闇が広がり、王の間を飲み込もうとする。

寸での所で窓から外へと飛びだし、王都レヴィンの上空に出る。

直後、先程までいた王の間は砕け散り、更には魔城アタレスまでもが闇に飲まれては砕けていった。

何だよ、あれは。

魔城アタレスは決して小さな城などではない。むしろ巨大な部類だ。

それなのに。

ベグリフから広がる深淵は魔城を包み込むと、段々と圧し潰すように砕いていく。

目の前の魔城が段々と小さくなっていき、やがて、そこにあった魔城跡は更地になっていた。

これが、一人が持っていい力なのか。

これまで防御や転移に回されていた闇が、圧倒的な力を以てして攻撃に変えられていた。もう間違ってもあの中に入ろうとは思ってはいけない。

「闇とは、全てを飲み込み消失させるものであるべきだろう」

更地の中心に、ベグリフが立っている。まるで奴の言葉に、感覚に呼応するように闇が性質を変化させているようだった。

そして気付く。

 

その腹部に刻まれていたはずの傷が、無くなっていた。

 

「なっ」

ありえない。

こんな一瞬で回復していいような傷じゃなかったはずだ。

ベグリフが同じ高さにまで上昇してくると、俺の表情に気付き、当然と言うように笑った。

「言ったはずだ。《魔》の紋章は俺自身を魔へ、闇と変貌させた。つまり《魔》が絶えない限り、俺は何度でも再生する」

「……!」

冗談じゃない。

それは、傷つけても意味がないってことじゃないか。

あれだけ必死につけた傷が、こうも簡単に治されるなんて思わない。

一気に絶望が全身に圧し掛かっていく。

一体どうやって倒せって言うんだ。

くそっ。考えろ。

本当に奴は不死身なのか。

思考を止めるな。

ベグリフも言っていた。まだあの力を全て理解しきってはいないんだ。

どこかに、弱点があるはずだろ。

再生にも何か、法則があるはずなんだ。

必死に思考を巡らせながら、心情を読み取られないように笑い、時間を稼ごうと言葉をかける。

「上等! 要はその《魔》って奴が無くなるくらい何度でも叩き切ればいいんだろう?」

「それが容易ではないことなど、お前が一番分かっているはずだ」

くそっ、本当にベグリフの言う通りだ。

《魔》がどれだけの容量なのか全く分からない。分かるのは、それがあまりに膨大な力の塊過ぎるということだけだ。全貌が見えないのだ。

まだだ、まだ考えろ。

「てか、いいのかよ。城なんて壊して。中にいた兵士とかも一緒に潰したのか」

恐らく、事実その通りなのだろうと思った。ベグリフにとってこの世界が暇つぶしだと言うのなら、自らの兵士すらも意味をなさないのだろう。

だが、実際は想像とは違う返答だった。

「気付かないのか?」

「ん?」

冷淡な笑みをベグリフが浮かべる。

何に気付かないって……。

そう言われて、漸く違和感に辿り着く。

眼下に広がる王都レヴィン。

 

そのどこにも気配を感じられなかった。

 

いや、待て。おかしい。

斥候が命懸けで掴んだ情報では、悪魔軍が前部隊進軍を開始するという話だった。

その伝えられた情報の中には、やはり悪魔族も王都にはかなりの戦力を揃えているというものもあったのだ。

当然だと思った。王都はそれ程までに重要な拠点なのだから。だからこそ、俺達は王都攻略作戦の為に大部隊を結成したのだ。

なのに。王都には全くと言っていいほど兵士の姿が見えない。

何だ、これ。

嫌な予感が全身を襲う。

「この王都には、いや、既に悪魔領に悪魔族の部隊など一つも存在していない」

目の前にいる魔王へ視線を向ける。

ベグリフは告げた。

 

 

「今頃、全ての部隊がそれぞれの目的地へ到達しているだろう」

 

 

いや、待って。待ってくれ。

「嘘、だろ……?」

普通に考えておかしい。悪魔軍の進軍開始のタイミングから考えても、今夜のうちに到達することなど不可能なはずだ。

なら、斥候がガセ情報を掴まされたか?

色んな思考が巡る中、ベグリフが尋ねてくる。

「お前達の手に入れた情報を持ってきたのは、人族ではなかったか?」

まるで知っていたとでも言うように、奴は言った。

人族だったが、それが……。

……。

……まさか。

ベグリフが悪魔の如く口角を上げる。

それが、確信へと変える。

ガセ情報を掴まされたどころの話ではない。

 

「《魔魂の儀式》か……!」

 

悪魔族が魔力を与えることで、人を悪魔化させ、洗脳する魔法。

もし、あの時一人命からがら帰って来た人族が《魔魂の儀式》によって悪魔化していたら。

何で気付かなかった。

いや、恐らくほんの微量程度しか魔力を与えなかったのだろう。だから気付けなかった。

だが、それが本当ならつまりは自軍の中に洗脳された敵が潜んでいるということだ。

たった一人なのか、それとももっと潜んでいるのか。

見当がつかない。

まずい、奇襲に内側からの崩壊が重なれば……!

幸い、予定していた大部隊がまだ王都にいるから王都はまだ可能性があるが、他の都市は……。

更に、ベグリフは言った。

「お前たちは慢心していたはずだ。四魔将を欠いた我々になら勝機があると。だが、俺が四魔将を選ぶ基準はあくまで俺の役に立つかどうかだ。実力も要素の一つではあるが、実績こそ重要だ。フィグルなどが良い例だ。四魔将は決して実力主義ではない。この意味が分かるな」

「――っ!」

咄嗟に天使領の方を向いてしまう。

が、その隙をベグリフが見逃すはずもなく。

「何の為にここへお前を呼んだと思っている」

「っ」

一瞬で闇の奔流が上から襲い掛かり、飲み込まれる。

ベルセインや咄嗟に張ったバリアが俺を包むが、その上からでも容易く重圧が全身を襲っていく。マフラーは破け、バリアは砕け、俺の身体も至る所が裂け、骨が砕ける。

そのまま真下の城下町に勢いよく叩きつけられた。

闇が俺を吐き出してベグリフの元へと戻っていく。

俺の周囲は更地にされ、幾つもの建物が綺麗に削られていた。

意外にも民は避難させているんだな、とかどうでもいい思考が一瞬浮かぶ。

全身血だらけで、両手足は折れ、呼吸をすると激痛が走る。内臓に折れた骨が刺さっているのかもしれない。

地面にくたばる俺の元へベグリフが降りてくる。

くそ。

ベグリフの言うことが本当なら。

実力は四魔将同等かそれ以上の悪魔族が幾らか存在しているということになる。

甘かった。甘すぎた。

自分達の実力を過信していた。

状況は圧倒的に不利と言っていい。

奇襲、内部崩壊、強敵を前に自軍が勝てるだろうか。

セラ……!

その時、赤く光る剣と翡翠色の剣が目に映った。

どちらもこの時点でかなり傷だらけだが、折れずに俺の手に握られている。

「もう終わりか」

頭上からかけられる淡々とした言葉。

……。

 

誓いの剣たちはまだ折れていない。

 

折れた骨は魔力でガチガチに補え。出血も魔力で止めろ。

痛みは相変わらず。死ぬ気で堪えろ。

両腕で身体を持ち上げ、両の剣を突き刺して立ち上がる。

きっと、あいつは俺に部隊が見つかることも考慮して、ここまで俺を転移させたのだろう。

用意周到な奴だ。

だが、あの時エイラが俺の傍にいてくれた。あの瞬間を見届けてくれた。

それが少しでも奇襲対策への一助となっていると信じて。

セラ達が全てを防ぎきってくれると信じて。

今は、全部を信じて。

見下ろしてくるベグリフへ告げる。

「だから、終わるのはあんただって言ってるだろ……!」

息も絶え絶えに、俺は笑って見せた。


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