カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第五章第六十四話「聖戦前夜、そして……」

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ゼノ

 

まさか、セラから贈り物をもらえるだなんて。

本当に突然すぎて驚きがあった。

俺の眼に映る鮮やかな翡翠色の光。

翡翠色の剣。

その光が眼から離れることはなく。

同時に嬉しさがあった。

俺はセラが好きだ。

本当に大好きだ。

見た目の美しさだけじゃなくて、どこか無邪気な感じも、近くにいるだけで温かく包み込まれる感じも。

何もかもが大好きだった。

そんなセラから貰った剣。

だからこそ、セラの為に帰ってこようと思った。

そして、それ以上に。

 

セラの為に俺は今行かなければと思ったんだ。

 

セラは、贈り物に対して急に恥ずかしくなったのか、その後そそくさと部屋を出ていった。

俺は嬉しかったんだから、恥ずかしがることもないだろうに。

むしろ、最後の時間をセラともっと過ごせる機会だったのにな、なんて少し悲しんでいたり。

ただ、都合が良いことは確かだった。

少し待って、俺も自室を出ていく。

そして、向かった先はシロの部屋だった。

もう少しで眠るところだったのか、部屋に入るとシロがベッドに横たわっていた。

「……何よ、明日は朝早いでしょ?」

瞼を半分以上閉じ、眠たそうにシロが声をかけてくる。

確かに明日の早朝、俺達は王都ハートを出ていくわけだが。

その前にシロに用事があったのだ。

「いやな、最後にセイン貸してほしくて。明日の為に素振りしたくてさ」

さも当然と言うように、ゆっくりとシロへ足を向ける。

これでそのまま事が運べば良かったんだが。

生憎、セインは相手の心を映す。

「……何をする気?」

眠たそうだったのに、シロの眼はいつの間にか覚醒していた。

真っすぐこちらを見つめてくる。

「心が騒いでるわよ。落ち着きがないくらいに」

「……んなこたぁないけど。明日に緊張してるんだろ」

平然を装う。緊張していることは確かだ。

明日、全てが決まるのだから。

その全てを、確実に決めるために。

俺は今、セインが必要なんだ。

真っすぐに、シロを見つめる。

もう何にも揺れない。

俺は今、色んな人に出会って、色んな考えを知って。

確かな覚悟でここに立っているんだ。

それが伝わったのか、

「……はぁ」

ため息をつきながら、ゆっくりとシロが胸元から光を放つ。

「正直今セインを渡すのは不安。でも、ゼノが本当に必要としているのが伝わって来たから渡すわ」

困ったようにシロが笑う。

「正確な所は分からないけれど、ゼノが本気なら私が支えないわけないじゃない」

そして、シロが胸元からゆっくりとセインを露わにする。

赤く光る刀身が、優しい光と共にこちらへ辿り着いた。

柄を掴むだけで、全身に力が漲る。

困ったように笑うシロだけど。

いつも本当に力を貸してもらっているんだ。いつか絶対返したい。

気持ちには応えられないけれど。それでも傍にいてくれるのだから、俺は応えたいんだ。

セインを受け取って、シロへと微笑む。

「ありがとう。本当にシロがいて俺は幸せ者だな」

「当たり前じゃない。私が…いるんだか、ら……」

シロの言葉が途切れ途切れになる。

覚醒していたはずのシロの意識は、彼女が気付かない内に閉ざされようとしていた。

「ゼ、ノ……?」

眠気に逆らうことなく、シロが意識を途切れさせる。

悪いな、シロ。

セインは心を映すから。

シロに感情がバレると皆を危険に晒してしまう。

魔力を持たないシロは魔法に耐性がないから、易々と魔法をかけることが出来た。

眠るほんの一瞬前に、シロが悲しそうな表情を浮かべていた。

シロの表情に胸が痛む。魔法で眠らせたことへの罪悪感。

でも、これでいいんだ。

眠ったシロへと毛布を掛けてゆっくりと部屋を出る。その部屋を振り返ることもない。

覚悟は決めている。

間違いなく、皆に何かを言われるだろう。

絶対帰る。この誓いも間違いない。

そして。

 

理想を叶える。

 

この誓いも間違いない。

どちらも叶えるためにはこうしなきゃいけないんだ。

これで決まる。

明日じゃない。

 

今日、決めるんだ。

 

気配を消して、王都ハートの大門へと早々と足を向ける。時間帯のお陰で特に見つかることもなく王都を出ることが出来そうだ。

世界を照らす月光。

その光の中に、俺の眼の前に映る人影。

ああ。

セラといい、シロといい。

折角決意しているというのに。

今日は厄日だから、辞めろってことなのか?

「……何だよ」

声をかけても、彼女は言葉なく俺を見つめて。

漸く喋ったと思ったら。

 

 

「ベグリフに一人で会いに行くつもりですか」

 

 

エイラは確信しているように、俺へ告げていた。



※※※



エイラ


何となく予感はあった。

「ベグリフに一人で会いに行くつもりですか」

尋ねた私の言葉を拾うことなく、ゼノは笑って告げる。

「明日は本番だろ? さっさと寝た方がいいぞ?」

「それはゼノも同じでしょう」

ここは王都ハートの出入り口。入るにも出るにも、この付近は必ず通ることになるわけだが。

同じ悪魔族王都の襲撃担当なのだから、ゼノの忠告はそのまま彼へ跳ね返るものだ。

きっと分かっていて、ゼノは言っているんだ。

予感は確信へと変わる。

以前、フィグルは言っていた。

「間違ってもベグリフに一人で特攻しようなんて思わないで下さいね、って言った時、ゼノは明確にしないと否定しませんでした。それはつまり、ゼノの中では特攻も一つの手であったということです」

絶対ではないけれど、ゼノだからこそ疑う。

「ゼノが否定しないということは、ゼノの中で候補の一つにはあるのです」

フィグルは、まるで確信があるようにそう告げていた。

普通ならば、わざわざ魔王に単騎突入しようとは思わない。

けれど、ゼノだから。

可能性がないというよりは、むしろ可能性しかないとしか思えないのだ。

「もう一度聞きます。誤魔化さないでください。ゼノは、ベグリフの元へ一人で行くつもりですか?」

思えないけれど、それが嘘であればどんなにいいか。

魔王の力というのは絶大で、流石のゼノも敵わないと私は思っている。

だから、皆で王都へ攻め込むのに。

空は既に真っ暗で、彩るのは夜空で輝く星々。

その下で、ゼノは言った。

「……ちょっとな、あのバカ魔王と腹を割って話がしたいんだ」

その台詞が、全てを肯定していた。

ゼノは、やはりベグリフと会おうとしているんだ。

驚きと共に、ゼノだから納得も良く。

「話すなら、全員で行けばいいじゃないですか」

「馬鹿。アイツを前にして話す余裕が誰にある? それに俺が話そうとしているのは和平だぞ?」

ゼノの言葉を聞くと共に、どこか安堵もする。

ゼノは、まだ理想を諦めていないんだ。

人族、天使族、そして悪魔族が共生する世界を。

それが嬉しくて。でも心配で。

「たとえ他の天使族が理解しなくたって、私は理解できます。何故一人で行こうとするのですか」

ゼノが突拍子もないのはいつものことだけど。

私だって、セラだって、シロだって。ゼノの理想を理解している人はたくさんいるのだから。何故一人で行こうとするんだ。

行くなら、連れてってくれてもいいのに。

だが、ゼノは困ったように笑った。

「逆に聞くけど、アイツが和平に応じるような相手に思えるか?」

「それは……」

ゼノの問いに、私は素直にうんとは言えない。

ベグリフは簡単に和平に応じるような相手ではない。

むしろ、私の中でベグリフは。

どこか力に固執しているように思える。

平和とは程遠い。力を手中に収めようとするような。

だからこそ、和平なんて簡単に応じるような相手ではない。

分かっているからこそ。

ゼノをベグリフの元へ一人では行かせたくない。

「尚更、ゼノが独りで行かなくたっていいじゃないですか!」

「可能性はゼロじゃないんだよ。あいつが和平に応じる可能性は。そしてそれは、皆で行くよりも俺一人で行った方がいい」

夜空を見上げ、そして悪魔領の方へゼノが視線を向ける。

「ゼロじゃないなら追い続けなきゃな。俺達の理想だって、どちらかと言えばゼロに近いけど、だからって諦めないだろ? 可能性は飽くまで可能性だ。可能性が少ないからって諦める理由にはならないんだよ」

「なら、可能性を信じている私がついていった方が……」

そう提案するけれど、ゼノは首を振った。

「違う。理想を叶えたいなら、アイツが和平に応じなかった方に賭けた方がいい。万が一アイツが和平に応じなかったら、当然俺はあいつと交戦する」

「なっ……。分かっているんですか!? フィグルが言っていたでしょう! たとえゼノが全力で挑んだって、あなたじゃ勝てないって。フィグルがいなきゃ勝てないって!」

「分かってるけど、そんなのやってみなきゃ分かんないだろう。それに、万が一そうだとしても、少なからずベグリフを消耗させることは出来る。そして、奴が回復する間もなくエイラ達が突入する。どれだけ奴を傷つけられるか分からないけれど、ある程度俺が体力を減らすからエイラ達だって奴を倒す可能性が生まれるはずだ。だから、俺は突入前夜の今にタイミングを合わせたんだ」

今日を待っていたのだと、ゼノは語る。

けれど、ゼノの話し方ではまるで。

 

たとえゼノがベグリフに負けて、『死んだ』としても、私達がベグリフを倒せるだろう、と言っているようで。

 

最悪の可能性をゼノは予想していたけれど、その可能性の先に未来はない。

絶対、未来はない。

「エイラ、分かるだろ? これは、理想を叶えるためなんだ。だから、黙って見逃してくれ」

そして、ゼノは私に背を向けて大門から出ようとする。

その背に、私は叫んだ。

こんなタイミングに言いたかったんじゃないのに。

そもそも伝えたかったわけじゃないのに。

それでも、ゼノが可能性の中に自身の死を描いていることを知ったから。

 

 

「私は! ゼノが好きなんです!!」

 

 

叫ばずにはいられなかった。

ゼノが歩みを止め、ゆっくりと振り返る。

その表情は驚いて。

やっぱり、ゼノは私の気持ちを知らなかった。

それが悲しくて、でも今は悲しんでいる場合じゃない。

「ゼノが死んじゃったら、私の理想は終わってしまうんです! ゼノがいなきゃ私の理想は敵わないんです!!」

もうこの恋心が敵わないことは分かっている。

ゼノはセラの事が好きだから。

失恋しているのに、気持ちを伝えるのは辛い。

目元に涙が滲んでくる。

それでも、ゼノには死んでほしくないから。

たとえ敵わなくたって、ゼノと一緒に歩んでいきたいから。

「だから――……!」

「エイラ……」

私とゼノの間に、風が吹く。

この風がどうかゼノを私の元へ押してくれるように。

望んだ私の先で。

「……俺は――」



その時。その一瞬先で。

 

声が聞こえた。

 

 

「俺の元へ、来るつもりなのだろう」

 

 

突然の声。

そして。

私が聞いたことのある声。

背筋が凍るほど、感情の無い冷たい声。

嘘、でしょう!?

その声はゼノも聞いたことがあるもの。

「まさか……!?」

周囲を警戒するゼノの。

その姿を覆うように、真っ暗闇が出現した。

何も見えない深淵。まるで奈落のようなその中から、声が聞こえてくる。

「待ちかねたぞ。ゼノ・レイデンフォート」

ゼノの姿が真っ黒に包まれていく。

「っ、ゼノ!??」

急いで私は手を伸ばして。

でも、届くことなく。

「エイラ! 後のことは――」

 

そして、途切れたゼノの言葉と共に、彼は闇に飲まれて姿を消した。

 

ゼノの消失が、間違いなく聖戦の口火を切ったのだった。



※※※



ゼノ


突然の出来事。

まるで理解できたわけじゃないけれど。

この魔力。

目の前に映る光景。

ああ。

「俺としても手間が省けたところだ」

闇に飲まれ、眼に映るのは広い広間。

歪な形をした柱、ガラス張りの壁。

その先に座る人影。

 

「魔王様よぉ……!」

 

「さて、どれほど成長したのか見せてもらおうか」

玉座に座るベグリフが不敵に笑って見せた。

ここは、悪魔族の本拠地王都レヴィンに位置する魔城アタレス。

先程いた場所から程遠い位置にて。

王の間にて俺はベグリフと邂逅していた。

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