カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第四章第五十六話「魔力と膂力」

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エイラ

グリゼンドがソウルス族の女性を襲ったことで生まれた子供。

それがシロなのではないか。

推測に過ぎないけれど、様々な情報がそれを裏付けてしまう。

もし本当だとすれば世界はどれだけ狭いのだろう。

驚く私を気にせず、グリゼンドは語り続ける。

「中途半端ではあったが、無事にセインを手に入れた俺は早速研究をしたわけさ。面白いものだよ、魔力とは違う。結合力は当然のこと、質自体が全くの別物だった。調べても調べても分からないことだらけだったよ」

首を傾げて、困ったようにグリゼンドが笑う。

困っているのはこちらの方だが。相変わらず攻撃も防御も出来ず、ただ彼の攻撃を避けることしか出来ない。フィグルが早撃ちで饒舌なグリゼンドの隙を狙うが、やはり自動で彼の魔力へと変換されてしまうのだ。

「ただね、分からないながらも面白い現象が起きた。あれでも一応俺の為のセインだからかな、俺の魔力との親和性が高かったんだよ。俺の魔力とセインに流れる力が結合することに気付いたんだ。といっても、やはり中途半端なセインだからね、自然には結合しない。だからね、無理矢理この身体へ流し込んだのさ!」

自慢げにグリゼンドが叫ぶ。

そうか、彼の異質な魔力はそういうことか。彼の魔力が他者の魔力と結合して自身の魔力へと変換するのは、セインの持つ結合力だったのか。

「流石にあれは苦しかったねー! ソウルス族が代わりに魔力を持たない理由が分かった気ぃするね。体内に魔力とあの力は同時に存在しえないんだ。でも、三日三晩悶え苦しんで漸く結合したんだ。そして手に入れたんだよ、この魔力をね!」

グリゼンドが魔力を解き放つ。魔力の膜が一気に私達へと迫った。

マズい。あれに包まれては何もしていないのに魔力を吸い取られてしまうだろう。

私とフィグルは急いで翼をはためかせ、膜の届かない上空へと避難しようとした。

だが、

「そうすると思ったよ!」

動きが読まれていた。膜の中から魔力で出来た鎖が飛び出してきた。

っ、膜は囮……!?

膜よりも速く鎖は伸びてきた。同色ゆえにギリギリまで気付くことが出来なかったのだ。

「っ、エイラ!」

咄嗟にフィグルが早撃ちして、私の方へ伸びて来ていた鎖を結合されながらも弾く。

一瞬軌道が逸れたお陰で私は回避出来たが、フィグルに鎖が勢いよく巻き付いてしまった。

「フィグル様!」

「うぅ……!」

苦しそうな表情でフィグルが呻く。間違いない、鎖に触れているだけで魔力が吸い取られている。

私を庇ったばかりに……!

「今助けます!」

急いでフィグルの下へと駆ける。どうやって助ければ。攻撃しても鎖に吸収されてしまう。無理矢理鎖を断ち切ることが出来るか。

いや、やってみるしかない。ゼノなら悩む前にまず行動する!

しかし、前に鎖が強く引かれてフィグルが膜の方へと引っ張られてしまった。

「あぁっ、フィグル様!」

「まずはあなたからだ! フィグル様!」

フィグルが今にも膜へと飲み込まれてしまう。鎖ですらフィグルがあれ程苦しそうにしていた。もしあの中に引きずり込まれてしまえば、彼女の身がもたない。

駄目、間に合わない……!

そのままフィグルが膜に触れる、寸前だった。

何かが病棟から飛び出してきた。それは全くグリゼンドの膜内とは思えない程俊敏に動き、一瞬でグリゼンドの下へと近づいて。

 

「なぁにぃ……してんのよっ!!」

 

そして、グリゼンドを思いっきり殴り飛ばした。

グリゼンドが一瞬で遥か先まで吹き飛ぶ。あまりに速過ぎて霞んでしかその姿を捉えられなかった。振るった拳圧だけでこちらが吹き飛びそうだ。

グリゼンドがいなくなったことで膜も鎖も消え、フィグルが自由になる。

「フィグル様!」

ふらつくフィグルへ駆け寄って抱き留める。

「大丈夫ですかっ」

「な、何とか。一体何が……」

フィグルと揃って視線を向ける。

視線の先で、彼女は。

 

シロは壁に手をついて吐いていた。

 

「うへぇ、気持ち悪い……」

全く格好のつかない登場の仕方だ。いや、さっきまではカッコよかったのに。

「完全に二日酔いじゃないですか……」

半日しか経ってないから正確には半日酔いだが。それだけ呑んだくれていたのか。

「だ、大丈夫ですか!?」

事情の知らないフィグルが優しくシロに寄り添って背中をさする。

「シロ、お陰で助かりました。ありがとうございます」

「な、何が……? 煩くてイライラして何かに当たっちゃったみたい」

「え、えぇ……」

フィグルが何とも言えない様子で笑っていた。これには私も苦笑せざるを得ない。単に寝起きが悪かっただけなのか。

というか、何かに当たった結果があれか。寝起きのシロには近づかない方がいいかもしれない。普通に死ぬ。

落ち着くまで吐いたのか、シロが青い顔を上げる。そしてフィグルを視線に捉えた。

「あれ、フィグル起きたのね! ……何だか大きくなった?」

「それはシロがふらふら揺れてるせいでは……」

「シロ、焦点合ってませんよ」

「うえ、また気持ち悪くなってきた……」

吐きそうになったのか口元を押さえるシロ。再びフィグルが背中をさすろうとするが、今回はシロが手で静止した。波が去ったようだ。

それで、とシロが話しかけてくる。

「今はどういう状況なの? 何だか街の方が明るいけど……というかゼノは?」

フィグルと顔を見合わせる。どこから説明したものだろうか。

と、そこへ声が飛んでくる。

「一体全体どういうことだ!」

声の先に翼でグリゼンドがいた。殴られた頬は青く腫れ、口元から大量に血を流している。にもかかわらず笑顔なのだから恐ろしい。

「俺の魔力に触れて尚発揮される力! 全く結合することがなかった! なんだその力は! 素晴らしい!」

シロを指差して嬉しそうに叫ぶグリゼンドを見て、シロは悟ったようだ。

「成る程、悪魔族が攻めて来たってわけね」

「そうなんです。ですが、奴に魔法は効きません」

シロが一瞬驚いた表情をするが、やがてニヤリと笑った。

「そうなの。それなら私の出番ってわけね!」

言下、シロが大地を蹴る。あまりの脚力に大地が割れ、一瞬でシロが目の前から消えた。

そして、いつの間にか上空のグリゼンドの下へ。

「その力は何なのか教えてくれないか!」

「今にその身に叩き込んであげるわよ!」

グリゼンドが目の前にシールドを展開するが、容易くシロが拳で貫いた。

「本当に規格外だな!」

シロはそのままグリゼンドの服を掴み、引っ張って今度は逆拳で再び頬を殴りつけた。

凄まじい勢いでグリゼンドが宙を舞う。それを見つめながら確信した。

やはり、唯一シロの攻撃のみがグリゼンドに通用する。

シロの力は魔力でもセインのものでもない。ただただ膂力。ゆえにグリゼンドの魔力も結合することが出来ない。

そして、シロの膂力は悪魔族を遥かに上回る。

既に二発グリゼンドは叩き込まれているが、相当なダメージのはずだ。まだよく生きていると思うほどに。

シロが地面に着地すると同時にグリゼンドが戻って来た。頭部からも出血しており、身体がふらふらしている。間違いなく重傷だ。それなのに、何故彼は笑っているのか。

イカレている。

「二発受けて分かったよ、これは単なる膂力だ。だから攻撃が出来るんだね。けど不思議だ。俺に触れれば何にせよある程度魔力を頂けるはずなんだけど、君からは全くだ。もしかして、魔力が無いのか?」

「当然ね、私はソウルス族だから」

「ソウルス族!」

更にグリゼンドが興奮したように声を上げる。

「なのにどうしてこれ程膂力があるのか! それは天使族や悪魔族のそれを遥かに超えている! 知りたい! 是非知りたい! 君を解剖させてくれ!」

「……」

凄い顔でシロが引いていた。

フィグルと頷き合う。

「エイラ、私達は……」

「分かっています」

正直、あまりシロとグリゼンドを関わらせたくない。もしシロとグリゼンドの関係が私の推測通りだとすれば、どちらかが何かを契機に気付くかもしれない。

気付かなくていい。シロは知らなくていいことだと思う。自分の母親が悪魔に犯されて生まれたのが自分だなんて。

けれど、シロがいなければ私達は勝てない。グリゼンドにとってシロだけが天敵。

なら、フィグルと一緒にシロをサポートして最短でグリゼンドを倒すしかない。

「行くわよ!」

再びシロが大地を蹴る。しかし、今度はグリゼンドが翼を動かして避けて見せた。先程までの二撃はわざと喰らったのだろう。だが、本来空中で避けてしまえばシロから逃れることは余りに容易い。

私達がいなければの話だが。

「シロ!」

「ええ!」

シロの進行方向へシールドを張る。そのシールドを蹴ってシロは空中で方向を変えてみせた。蹴られた瞬間にシールドが容易く砕け散るが、見事にシロはグリゼンドを捉えた。

それでもグリゼンドは余裕を見せる。

「所詮ただの膂力だ。魔法には勝てないさ!」

黒色の炎が一気に彼の手元へ凝縮する。そのままレーザーとしてシロへと放出された。

確かにあれは膂力でどうにかなる問題ではない。

けれど、

「《ダイヤモンド・ロック!》」

フィグルが唱え、シロとレーザーの間に分厚い光石が出現する。一瞬光石がレーザーを防いだ。その直後にレーザーとの結合が始まるが、一瞬の間にシロは光石の上によじ登り、グリゼンドの眼前へと迫っていく。

「っ、やるねぇ!」

ただ一瞬はグリゼンドにおいても有効だった。再びグリゼンドが方向を変えようとする。

「させません!」

その進路をシールドで封じた。一瞬でも動きを止められれば十分。

「まだ私の力を堪能したいんでしょ? この変態!」

シロの一撃がグリゼンドの腹部に思いっきりめり込んだ。グリゼンドの表情から笑みは消え、目も口も一杯に広げて血を吐いていた。

「――っぁ!」

「もう逃がさないわ!」

そのまま勢いよく地面へと振り下ろす。シロの拳を離れたと思ったら次の瞬間には地面が割れていた。

土埃でグリゼンドの姿は見えないが、この一撃で沈んでいてくれ。

「……ハハ、ハッハッハ!」

だが、土埃の中から彼の笑い声が聞こえてくる。

「そうか……そういうことか!」

口元からだらだらと血を垂れ流しながら、グリゼンドがゆらゆらと立ち上がる。

「ソウルス族の結合力を舐めていた……! 結合させるのは対象二体のそれぞれの性質や感情だけだと思っていた……!」

「何よアイツ、殴り過ぎて本当にイカレちゃった?」

少し離れた所にシロが着地し、再び引いていたが。

嫌な予感がする。引いている場合ではないような。

「違った! 結合したのは一対象の魔力と膂力だったんだ……! 悪魔族が持つ魔力と膂力が結合し、魔力が膂力へと変換されたのか……! 悪魔族の力が全て膂力となり、ソウルス族へと受け継がれた……! だからこれ程の膂力があり得るんだ……! 結合が一対象のみで完結するなど、こんなことがあるのか……!」

グリゼンドのイカレた発言に、私だけが恐怖を感じていた。

今、どうして天使族を含めずに悪魔族だと……!

魔力にこそ違いはあるが、膂力に関しては大して差はない。シロからは魔力を感じられないのだから、どちらかを特定することなど本来出来ないのに。

つまり、グリゼンドはもう確信している。

シロがソウルス族と他種族の間に生まれた子供であることを。

そして、その他種族が悪魔族であることを。

どうやって気付いたのか分からない。でも、それを理解してしまったのなら。

それは同時に全てを理解したことにも直結する。

「黄色い、髪かぁ……!」

狂気に満ちた笑みで、グリゼンドがシロを見る。最早常軌を逸した表情で、見られているシロは蔑視から怯えた表情へ変わっていた。

駄目だ、言わせてはいけない。

「シロ、早くとどめを!」

「え、あ、う、うん!」

シロが一瞬躊躇し、それでも急かされるように駆け出す。怯えているのに申し訳ないけれど、私では止められない。

言われる前に、どうか。どうか……!

「ってことは母親似かなぁ。彼女も美しい鮮やかな色をしていたなぁ……!」

「いい加減、さっさとくたばりなさい!」

拳を握りしめながらグリゼンドの眼前まで迫り、シロが腰を捻って力を溜める。

そして、

 

 

「父親に向かって酷い言い草だねぇ」

 

 

グリゼンドは言った。

言ってしまった。

「……え?」

まさしく拳を当てる寸前。シロは動きを止めた。

ゆっくりシロが顔を上げ、グリゼンドの視線を交える。

懸念していたことが現実になってしまった。

「君は、俺の娘なのさ」

ニヤリとグリゼンドが血に染まった狂った笑みを見せる。

時が止まったような気がした。

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