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3『過去の聖戦』

3 第四章第五十五話「結合する力」

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エイラ

 

何故ケレアが悪魔族の姿に……!?

その瞳、翼、そして伝わる魔力の質がそれであることを証明してしまっている。

目の前に現れた彼は、容易く私とゼノを動揺させた。いや、私など比ではないだろう。ゼノは呆然と絶望を見つめるように、目を大きく開いて親友を見つめていた。

唯一、フィグルだけが唇を噛み、怒りを露わにしてグリゼンドを睨み続けていた。

「グリゼンド……!」

フィグルが怒ることなど滅多にない。だが、グリゼンドはその怒りを余裕綽々と受け止めていた。

人族が悪魔族になる。稀なケースだが、だからこそ方法は一つしかない。

「《魔魂の儀式》……!」

間違いなく《魔魂の儀式》だった。それは、悪魔族が自身の魔力を一定量譲渡することで、人族を悪魔族へと変貌させて支配する魔法。基本的にその魔法が使われることなどない。何故なら悪魔族は人族を嫌っているからだ。わざわざ同じ種族にしようと考える者などいない。

それに、譲渡した魔力は対象が死ぬまで決して戻ってこない。つまり、魔力の最大値が与えただけ減るのである。あまりにそれはデメリットだった。この魔法が使われるタイミングと言えばゼノのような実力者と相対した時、それも一対一の状況且つ発動しなければ敗北する場合が考えられる。

でも、グリゼンドはそんな男ではない。

知っている。この男は、誰よりも性格も何もかもが悪質だ。

「何故こんなことを!」

「まぁまぁ。だって面白いでしょ? 反乱連中を虐殺しながら聞いた叫び声から察するに、この男は例の魔王殿が認めた男と随分仲がいいみたいじゃないか」

そう言いながら、分かっているようにグリゼンドがゼノへと視線を向ける。

「魔王が気に入っている君が、これを見たらどう反応するかなってさ。存外普通の反応だけど、それでも悪い気はしないね」

ニヤリと、嫌らしくグリゼンドは笑って見せる。

「嫌がらせはこうでなくちゃ!」

ゼノを煽るように、ケレアの肩へとグリゼンドが腕を回す。さもこちらの方が仲がいいと主張するように。魔法の支配であるというのに。

いつの間にかゼノは俯いていた。その身体は震えている。表情を見なくたって、間違いなくそれは怒りでだ。

フィグルが悔しそうに教えてくれる。

「彼は、魔力値の半分をケレアさんに譲渡しました。それは、窮地だったからではありません。……大勢いた人族を、ケレアさんの手で虐殺させるためですっ」

「なんて、ことを……!」

私まで怒りで震えてくる。

ケレアが今まで何の為に動いていたと思っている。悪魔族を殺したい感情もあっただろうが、それでも彼は確かに人族の為に動いていた。人族を長い間ずっと解放していたのだ。

それなのに、解放した人族を彼自身の手で殺させるなんて……!

ケレアの手には黒く乾いた血がこびりつき、全身も血で染まっていた。

あの血は、きっと……。

許せない。

フィグルに重傷を負わせたのも、ケレアを利用したのだろう。非道にも程がある。

彼だけは、今ここで止めなければ。

全員の怒りを一身に浴び、かえってグリゼンドは喜んでいるようだった。

「いいよ、いいね! フィグル様もエイラも、そういう顔出来るんだ!」

「今すぐに後悔させますっ」

「させてみなよ!」

そう言うと同時に、グリゼンドがケレアの顔をペチペチと叩いた。ケレアはただ無表情でそれを受け入れている。魂をグリゼンドに支配されているから、言いなりなのだ。

その瞬間、ゼノが飛び出していた。

「お前はもう……黙れ」

魔力を全身から溢れ出させ、赤く光るセインをグリゼンドへ向けて思いっきり振りかぶっている。

それを見てグリゼンドがにやりと笑う。

受け止めたのは、ケレアだった。黒い魔力を右手に纏わせ、大きな槍へと変化させている。

「ケレア……!」

ゼノから悲痛な声が上がる。ケレアはただただ無言でゼノを見ていた。その瞳に光は宿っていない。

「君の相手は彼さ! 親友なんだろう? 思う存分語り合って来るといいよ、殺し合いでさ!」

ケレアが勢いよくゼノを弾いた。がら空きになったゼノの胴へ圧縮した魔力が放たれる。

いつものゼノなら避けられた。それどころか、あれ程容易く弾かれることもないだろう。

しかし、変わり果てたケレアを前にして、確かにゼノの動きは鈍っていた。

魔力は直撃し、ゼノを大きく森の方へと吹き飛ばした。土埃が立ち、木々が倒れていく。

「ゼノ!」

急いで駆けつけようとしたが、目の前に現れたグリゼンドがそれを阻む。

「二人は俺の相手をしてよ!」

「っ」

その間に、ケレアは黒い翼をはためかせてゼノが消えた方へと飛んで行った。

なんて酷なことを……!

親友同士で殺し合わなければいけないなんて、そんなの酷すぎる。

ただ唯一、ケレアを元に戻せるとすれば、それは《魔魂の儀式》発動者を殺すこと。殺せば譲渡された魔力も消え、元に戻る。

幸い、グリゼンドは半分もケレアへ譲渡した。つまり、今のグリゼンドは半分の実力ということだ。こちらにはフィグルもいる。

グリゼンドの実力を知らないが、悪魔族の過ちは私達が終わらせるしかない。

「行きますよ、フィグル様!」

「待ってください! 迂闊に彼に攻撃してはいけません!」

「え?」

フィグルの静止で動きを止める。

攻撃してはいけないとはどういう事だろう。

今思えば、グリゼンドだって自分の不利は分かっているはずだ。それなのに、私達二人の相手をしようとしている。

つまり、この状況でどうにか出来る自信があるということだ。

フィグルは言った。

「私が彼に負けたのは、ケレアさんを殺せなかったからではありません。むしろ、ケレアさんは人族の方へ行っていましたから、然程介入はありませんでした」

「それじゃあ……」

「はい、私は半分の実力しかない彼に敵わなかったのです。彼の特異な魔力の前に私は何もすることが出来ませんでした」

特異な、魔力……?

「うんうん、その通りだね。俺に勝てるのは魔王ベグリフくらいのものさ」

ベグリフだけ……!?

一体、グリゼンドの力とは何だと言うのか。

その時だった。

「悪魔だ!」

兵舎から数人の兵士が翼をはためかせて飛び出してきた。先行した兵士の他にまだ居たとは。数人ということから察するに、ただ遅れただけかもしれない。

兵士達は、グリゼンドの姿を確認するや否や魔法を唱えていた。

「いけません!」

フィグルが止めようとするがもう遅い。

「《ファイヤー・シャイニング!》」

「《ブルー・デストラクション!》」

「《サンダー・ランスロット!》」

炎の閃光が、圧縮された水の爆弾が、雷の槍が同時にグリゼンドへと殺到していく。

それをグリゼンドは焦るでもなく冷笑していた。そのまま棒立ちで魔法を待っている。

そして、それら魔法がグリゼンドを容易く捉えた。勢いよく激突し、一気に爆発する……かのように見えた。

しかし、爆発することなく、次の瞬間魔法はグリゼンドの身体へと吸収されていた。

「なっ」

兵士達が驚きの声を上げるが、直後彼等にはそれぞれ自分の放った魔法が何倍にもなって返って来ていた。一瞬にして爆発し、兵士達が無残にも倒れ伏す。

片手を兵士へとかざしていたグリゼンドはニヤリとこちらを見た。

「エイラ、こういう事だよ。俺の魔力は他者の魔力と結合し、自分のものへと変換する。つまり、俺に魔法は効かない」

「……っ!」

フィグルが攻撃するなと言ったのはそういうことだったのか。半分の魔力しかないグリゼンドに余裕があったのも、他者の魔力を自分の魔力へと変えられるから。

魔法攻撃が効かないなんて……。

魔力が全てのこの世界で、グリゼンドは唯一無二の力を有していることになる。

そんな相手をどう倒せばいいのか。

「さて、それじゃ、楽しもうか!」

一気にグリゼンドが魔力を迸らせる。半分とはいえ、四魔将なだけあって凄まじい魔力量だった。

グリゼンドの手元に雷の巨大な球が生まれる。それをこちらへ投げつける気だ。

しかし、背後の建物ではまだシロが寝ている。この喧噪で起きないのもだいぶ問題だが、お陰で避ける選択肢はないどころか、選択肢は一つ。

ここは防ぐしかない。

私は瞳を変化させて力を解き放ち、防ぐべく魔力を練ろうとした。

だが、その前にフィグルが叫ぶ。

「任せてください!」

衝撃音と共に視界を何かが一瞬で通過する。

そして、グリゼンドの手元で雷球は勢いよく爆発していた。グリゼンドは雷の爆発に飲み込まれていた。

「助かりました……!」

久しぶりに見る。フィグルの早撃ちを。

フィグルは白く輝く銃を一丁構えていた。銃身は長く太く、大きな銃口は二つ横に並んでいる。銃全体に金の装飾が施されており、フィグルと相まって美しい輝きを放っていた。

既に銃口からは煙が上がっており、一瞬でフィグルが雷球を打ち抜いたのだと分かる。射撃の際、加速も回転も全てが緻密な魔力操作で行われており、フィグルだからこそ成せる業である。

更にもう一丁を出現させながら、フィグルが告げる。

「今のは圧縮した空気を放って爆発させたに過ぎませんが、空気では当然決定打になりませんし、あの爆発も魔力ですからグリゼンドが倒れることはありません。それに、あの魔力変換は彼の意識に関係ないようです。以前全くの死角から気づかれることなく撃ったのですが、それでも変換されました。彼の魔力自体がそういう性質を帯びているのでしょう。そして、だからこそ彼は常に全身を包むように魔力を漂わせているのです」

「なら、どうやってグリゼンドを……」

フィグルが険しい表情を見せる。そうか。打開策が見当たらなかったから、フィグルは敗けてしまったのだ。

ただ、とフィグルが言った。

「勝てるのはベグリフだけだと彼は言いました。何故同じ魔力にも関わらずベグリフなら勝てるのだと思いますか?」

フィグルの問いに、思考を巡らせる。

そういえば以前、フィグルは言っていた。

「ベグリフに、魔力とは違う力があるから、とかですか?」

未だその力を感じたことはないけれど、ベグリフの傍に居たフィグルが言うのだから疑う余地はない。

「そう、かもしれませんが、グリゼンドがそれを知っているかどうか。最も可能性が高いのは、一度の変換量には……」

「限界がある、ということですね?」

フィグルは頷いた。

成る程。ベグリフは誰よりも多大な魔力を有している。つまり、グリゼンドはベグリフからの攻撃の場合、全てを自分のものに変換できない可能性があるということだ。

「なら、一人の魔力では駄目でも二人なら……!」

「突破口は作れるかもしれないですね」

フィグル一人では無理でも、私達でなら。きっとグリゼンドを倒せる。

と、爆発した雷の中からグリゼンドの声が聞こえてきた。

「お、相談は終わったかい」

直後、雷の爆発が一気に中心へと小さく集まり、やがてグリゼンドが姿を見せた。全くダメージを受けておらず、相変わらず嫌らしい笑みを浮かべている。

「ちなみに助言だけど、俺にはセインの力も効かないからね。彼の下へ行ったって無駄だよ。ま、行かせないけど」

セインも!?

これにはフィグルも驚いていた。

「セインは決して魔力ではないというのに!」

「そう、セインは魔力じゃない。けどね、俺のこの魔力を結合する力はセインの力から得たものなのさ!」

グリゼンドの魔力に、セインが関連している。一体どういう意味だ。

私達の動揺が面白いのだろう。更にグリゼンドが不敵に笑う。

「折角だから教えてあげよっかなー、戦いながらね!」

私達へと勢いよくグリゼンドが突っ込んできた。魔法が効かないからと防ぐ気もないらしい。

「《フール・ミスト!》」

フィグルが、グリゼンドの周囲に視界を遮る霧を展開した。グリゼンドの動きが止まる。

「無駄だよ!」

霧すらもすぐさまグリゼンドの魔力へと変えられていくが、その間に私達は背後のシロがいる建物から離れ、グリゼンドの側面を取っていた。

そして、同時に唱える。

「《悪意ある拒絶!》」

「《ルイン・バースト!》」

魔力を込め、勢いよく黒い四角形を複数放つ。本来攻撃を跳ね返す防御魔法だが、今回は用途が違う。バラバラに散らばった四角形へフィグルが放った五連の黒弾が激突し、威力も魔力も増加させて次の四角形へ。何度もそこへ跳弾し、威力、魔力を何倍も膨らませた弾丸は最早レーザーの様になっていた。

そして、最終的に霧を吸収し終えたグリゼンドの側頭部へと殺到した。

これなら、どうだ。

あまりの速さにグリゼンドは反応できていない。予想通り、何に防がれるわけでもなく、それはグリゼンドに激突し。

そして、吸収された。

「っ」

あれでも足りないのか。想像以上に変換量は多いのかもしれない。

「効かないとはいえ、衝撃は来るんだ! びっくりするんだからね!」

グリゼンドが人差し指をこちらへ向けてくる。直後、その先から私達が放ったレーザーが飛び出してきた。

「くっ!」

予測出来ていたから、辛うじて避けることは出来た。背後には真っすぐ焼け野原が出来ている。

もっと魔力を高めなければ……!

しかし、そんな余裕をグリゼンドは与えてくれない。まだ変換分が残っているのだろう。彼の周囲に様々な属性の槍が出現した。

「さて、それじゃセインが効かない理由を教えてあげようか!」

言下、次々と槍が殺到する。

「《悪意ある拒絶!》」

今度こそ真っ当な用途で使ったが、激突した槍は黒い四角形を吸収して大きくなった。

「なっ」

迂闊だった。この槍もグリゼンドの魔力で出来ているのだから、魔法は吸収されてしまうのだ。先程、雷球を魔法で防いでいたら大変なことになっていたと今更ながら思った。

こうなると避けるしかない。避ける私達を高みの見物しながら、グリゼンドは本当に話を始めだした。

「セインってね。本当に不思議なんだ。そもそもとしてソウルス族が不思議なんだけど、目には見えない、存在を明確に認識できない感情というものを具現化したものがセインだ。そして、セインの特徴が繋ぐ、結合する力なんだけど」

繋ぐ、力……?

「二つの対象を結合するんだよ。ソウルス族の女性は男性への感情を元にセインを作成し、男性は女性への感情によってセインを内包する。二つの対象があって初めてセインが存在するのさ。セインはつまり、二点間における感情を繋いで結合し、具現化したものなのさ。この結合する力がまた凄いんだ!」

グリゼンドの熱弁を無視してこちらが攻撃しても変わらず、魔力は吸収されてしまう。攻撃すればするほどこちらが不利になってしまうため、攻撃すらも難しくなってきた。

「結合する力こそが対象毎にセインの形や能力が違う理由さ。セインは二つの対象に対して最適な形と能力として顕現する。それは、二つの対象の性質を結合させるからだ。感情のみならず性質すらも結合するんだよ」

ここまでのグリゼンドの話が本当だとして、ならゼノとシロの関係はどうなのだろう。そういえば、ゼノ達のセインの能力を知らない。そもそもあのセインに能力なんてあるのだろうか。本人達も知らない気がする。もしかすると、シロによる一方的な結合ゆえに能力なんてないのかもしれない。

グリゼンドは変わらず攻撃しながら話し続ける。

「俺は知りたかった! その結合する力を是非この眼で見たかった、研究して見たかった! ……だから、犯すことにしたんだよ!」

 

……今、なんて?

 

グリゼンドのとある言葉が、とある記憶を掘り起こす。ほんの数十分前の記憶。

「エイラ!」

立ち止まってしまった私に慌ててフィグルが言葉をかけてくれた。お陰で眼前まで迫っていた槍を回避する。

「ソウルス族は、物理的な肉体の結合によっても結合する力を発揮する。尤もその場合は感情が伴っていないと中途半端な力になるけれど、俺としては中途半端でもセインが、結合する力が手にさえ入れば良かった! 俺に感情を伴わせるのは無理な話だしね!」

思い出すのはゼノの言っていた話。先程聞いたシロについての話。

「だから、俺は百年以上も昔にソウルス族の集落を探し、森でソウルス族の女性を発見したんだ。あれは僥倖だったね。今思えば人族だけど綺麗な顔立ちをしてたし、セインも貰えたし、何より気持ちよかったなぁ……。そのまま森に捨てたのが勿体なかったかもしれないね」

シロがソウルス族と悪魔族の間に生まれた子供であるということ。

そして、シロの母親が無理やり悪魔族に犯され、セインを盗まれたということ。

それが、百年以上も前の話だということ。

あり得ないとは思う。思うけれど。

あり得ない程合致してしまう。話が繋がってしまう。

もしこの推測が事実だとすれば、今私の目の前にいるグリゼンドは。

 

 

シロの、父親になってしまう。

 

 

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