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3『過去の聖戦』

3 第四章第五十四話「残酷な答え」

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ゼノ

無事に一つ病室を借りることが出来て、そこへシロを運んだ。病人が少ないのは良いことだ。というか、シロは揺らしても何しても起きる気配が無い。本当に浴びる程飲んだのだろう。ベッドへ運んで、布団をかけても変わらず気持ちよさそうにシロは寝ていた。

だから、シロが傍に居て尚安心した気持ちでエイラにシロについて話したのだった。

シロが、本当に百年前から生きていたということ。シロの母が悪魔族に襲われ、犯され、シロが生まれたということ。百年前に突如としてソウルス族が消え、それがシロのせいとなっていること。

エイラは当然驚いていたが、シロの怪力や長寿、言動がそれらを裏付けていた為に、それ程抵抗なく受け入れていた。

傍らで寝息を立てて寝るシロへ、エイラが複雑そうに視線を向ける。

「……この事、シロは?」

「知らない、と思う。今までそんな素振りはなかったし」

恐らく、シロの母親は本当の事を言わなかった。シロの母親は悪魔族に犯されて尚、優しさをシロへと向けていた。生まれたシロには罪はないと、ただただ愛情を注ぎ続けたのだろう。そうして生きてきたシロに、彼女の母親がわざわざ言うとは思えない。

「それに、ソウルス族が消失した件については確証が無いだろ? そんなことシロには言えないよ」

彼女の母親が大切にしてきた彼女の心を、俺は揺さぶれない。

これ以上、俺は揺さぶりたくない。

幸いエイラも頷いてくれた。

「何にしても百年前の出来事ですし、不確定なお話ですからね。変に不安を煽ることはないと思います」

「エイラもそう思ってくれて、気が楽になるよ」

「あら、酔っ払いと同じ気持ちなんて嫌になりますね」

「生憎、もう素面と同じようなもんだよ」

飲み終わってから三時間以上経っているし、元々それ程酔うタイプではない。夕焼け空だった外ももう暗く、純白の雪が暗闇を彩っている。この時期は相変わらず夜の訪れが早い。

弁明するも、エイラは疑いの目を向けてきていた。

「本当ですか? 百歳以上のシロがこんな状況なんですよ?」

「……」

疑われる理由も分からなくない。

可愛らしく寝息を立てているシロだったが、俺の手の中にはシロから渡されたセインがあった。シロが寝ぼけてセインを渡してきたのだ。

いやいや、決意のセインなんじゃないのかとつい笑ってしまう。ただ、それ程酔ってしまったことの証明にもなろう。

赤く光るセインを膝上に乗せて苦笑する。

「百年経とうが何だろうが酒の強さは変わんないんだよ」

「それはゼノが百歳を超えてから言ってください」

「無茶言うなよ!?」

人族の寿命は百歳を全く超えない。奴隷として生活が安定していなかった人族の平均寿命は五十歳前後だろう。

「あら、ゼノなら魔法なり何なりで百歳越えも可能でしょう。折角ですから長く生きてみては?」

意外にもエイラは本気でそう思っているらしい。或いはそう願ってくれているのか。どちらにせよ、こちらは苦笑するしかない。

「先の事なんて今は考える暇ないよ。今を全力で悔いなく生きるだけさ」

目先に存在する悪魔族との関係。ケレアとの関係。それらへ全力を尽くしてこそ、先が見えてくるのだと思うから。

「それもそうですね」

エイラも同調してくれたところで、扉がノックされた。

「失礼いたしますっ」

少し急いでいる様子で、今朝の案内役が姿を見せる。どうしたのだろう。

軽く乱れた息を整えながら、案内役が言った。

 

「例の悪魔族が目を覚ましましたっ」

 

「っ!」

エイラと目を合わせる。そして、どちらが言うでもなく椅子から立ち上がり、シロを置いて病室を出た。何となく、セインだけは放置していくわけにもいかない気がして持って行く。

もうフィグルの病室の場所を分かっているからだろう。案内役を置いてエイラが駆けていく。ここは医療棟だぞと言われるかもしれないが、今は許してほしい。

エイラは、それ程にフィグルが目覚めるのを待ち望んでいたのだ。彼女にとって唯一の親友なのだから。

「フィグル様っ」

病室に着いて、扉を開けながら最初に来た時と同様にエイラが叫ぶようにその名を呼ぶ。最初、その叫びに答える声は存在しなかった。

だが、

「っ、エイラ!」

嬉しそうな声音が病室から聞こえてくる。後から病室に辿り着き、エイラの背後から室内を覗くと、そこには身体を起こしたフィグルの姿があった。暗い室内に白髪が月明かりを受けて輝いている。

「―――っ!」

その姿を見つけ、エイラはすぐにフィグルの下へと飛び込んだ。まるで子供の様にフィグルの腰に抱きつき、泣いている。

「もう、本当に心配したんですからねっ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

姿を見て安堵したのはフィグルも一緒だったようだ。エイラの頭を抱きしめるフィグルの眼からも涙が零れていた。

本当に良かったな、エイラ。

こちらもホッとして息をつく。

その息遣いが聞こえたのだろう。フィグルが顔を上げ、俺を視界に捉えた。

「ゼノ……!」

「もう元気そうだな、フィグル」

穏やかな気持ちで室内に入る。フィグルは続けて周囲を見渡していた。外に降り積もる雪を見つけたようで、場所に見当をつけていた。

「ここは……コーネル島ですね」

先程謝っていた様子からも察するに、フィグルはある程度自分の状況を理解しているようだった。流石に聡いな。目覚めて既に脳が回転を始めているらしい。

「……!」

その時、周囲を見渡していたフィグルが、勢いよく俺へ視線を向けた。

その表情はあまりに悲痛で、見ているこちらも苦しくなるようなものだった。

ドクンと鼓動が鳴る。何故フィグルがそんな顔をするのか。穏やかだった心がざわめき出していた。

改めて目的を思い出す。忘れていたわけではない。二人の再会に早々と水を差したくなかっただけだ。けれど、フィグルの表情を見て、そんな俺の理性は軽々と吹き飛んでしまった。

「なぁ、何があったんだ?」

聞きたいのに、どこか聞きたくない。言いたいのに、どこか言いたくない。聞いてしまえば、言ってしまえば答えが返ってきてしまう。

それでもざわめく心を抑え込むためには、聞くしかなかった。

「ケレア達は、どうなった?」

「―――っ」

それを訪ねた時、フィグルはやはり悲痛に顔を歪めた。俺はその表情にどんな顔を返せているだろうか。

エイラも顔を上げ、フィグルへと視線を向ける。

俺達の視線の先で、彼女は。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

泣きながら何度もそう告げた。

エイラに放っていた言葉と同じなのに、どうしてここまで差が現れるものだろうか。あれ程穏やかに聞いていられたのに、何故今はこうも心が歪み始めるのだろう。

ごめんなさいって、何だよ。何に謝っているんだ。何で謝るんだ。それじゃまるで……。

「フィグル様、落ち着いてください。彼らに何かあったんですか?」

今度はエイラが母親のようにフィグルを宥めている。隣に座って背中をさすり、優しく語りかけていた。

俺はその場から一歩も動けなかった。いや動かなかった。何となくこれ以上フィグルに近づけば、俺は感情に任せてフィグルに当たってしまいそうだった。

謝るのをやめ、フィグルが少し黙り込んでしまう。きっとフィグルとしても辛い何かがあったんだ。でなければ、あんな表情出来ない。

分かってはいる。分かってはいるけれど。

なかなか話そうとしないフィグルに対して、催促の言葉をかけようとした時、エイラが遮るように告げた。

「一回着替えますか。眼覚ましたばかりですし、この季節です。病衣のままじゃ寒いでしょう。元々着ていた服は捨ててしまったようですが、幸い着替えは用意してもらっていますから。というわけでゼノ、フィグル様が着替えます。一度出てもらえますか?」

俺へ向けられるエイラの眼差し。凄く心配しているようだ。それはフィグルへの心配なのか、俺への心配なのか。おそらく両方だろう。エイラから見て、俺達はあまりに感情的に見えるのかもしれない。

少し時間を置いて、冷静になる時間をエイラは作ってくれようとしているのだ。

「……分かった」

重たい足を引きずって病室から出る。そのまま手元にあるセインを支えにずるずるとしゃがみこんだ。

ケレア……。

嫌な想像が頭を駆け巡っていく。心も共に沈み込みそうになる。眼を閉じたら、目の前に広がる闇が何もかもを飲み込もうとしているようだった。

その中に、赤い光が見えた。

目を開き、赤く光を放つセインを見る。

セインが温かかった。赤い光に温もりを感じる。俺を包み込むような温もり。不思議と赤い刀身に安心を感じる。

どんな時でもあなたを支える篝火よ。

シロの声が聞こえたような気がした。

……ありがとう、シロ。

セインのお陰か、幾分か落ち着くことが出来た。

フィグルとケレアに何かあったのは間違いない。それでも、まだ諦めるには早いはずだ。色々あれこれ思うのは、全てを聞いてからでいい。

そう思って立ち上がる。

「……あ」

セインを支えにしていたから、廊下に思いっきり刀身の突き刺さった痕が残っていた。

……。

「後で弁償だな、こりゃ」

思わず苦笑する。そして苦笑できたことに安心した。

「ゼノ、いいですよ」

病室からエイラの声が聞こえてきた。

ふぅと息を吐いて、覚悟を決める。

全ては聞いてから。まだ大丈夫だ。

心の中でそう唱えて、病室を開けた。

気付かぬうちに病室の灯りがつけられていて、エイラに寄り添われる形でフィグルがベッドに座っていた。以前出会った時は黒色のドレスだったが、今は詰襟で足元まで横にスリットが入ったドレスのような、白が基調とされ、黒で縁取られた服を着ている。スリットの間からは、健康的な足が見えた。

俺の視線を阻むようにエイラが動く。

「ちょっと、じろじろ見過ぎですよ」

「いやな、寒いからって着替えた割にさっきより露出が多くないかと思って」

用意されたものらしいが、生憎この島でこのような服を着ている人を見たことが無い。誰かの趣味満載のオリジナル作品だろうか。

「私はとても可愛くて好きです。フィグル様にお似合いです」

「それに異論はない」

「ま、真顔でやめてください、二人共……」

恥ずかしそうにフィグルがスリットの中に足を隠した。

服の羞恥が勝ったのか、先程の動揺した様子は見られない。俺も落ち着いた。

俺達の様子にエイラがホッと胸をなでおろすのが見える。苦労をかけて悪いという意味で、エイラへと微笑む。伝わったのか、エイラも笑みを返してきた。

さて。

椅子を持ってきて、腰を下ろす。

「さっきは悪かった。俺の雰囲気悪かっただろ」

「こちらこそ、取り乱してごめんなさい」

お互いに謝る。今なら大丈夫だ。

もう一度、フィグルへと尋ねる。

「改めて聞かせてくれ。ゆっくりでいい、何があったんだ?」

少し考えるようにフィグルは瞳を閉じ、次に開けた時は覚悟が決められていた。

「ゼノに任されたように、私はケレアさん達に危険が及ばないように動いていました」

そうして、フィグルが語り始める。

「ケレアさん達は、言っても七千程の大人数で非戦闘員もいたようですから、大して進行速度は速くありませんでした。お陰で比較的困難なく悪魔族の配置を変えられました。それにケレアさんは大人数を一度に移動させるのではなく、何回にも亘って森の中を移動させていたので、注意深く見ない限り発見される心配もそれほどありませんでした」

ケレアも大人数であることを考慮したのだろう。恐らく何回も拠点の場所を変更したはずだ。それだけの大人数では、生活するだけでも大変だ。食料の問題もあるし、ケレア達全員が悪魔族を恨み滅ぼそうとしている者達ゆえに、定住はきっとしない。非戦闘員も戦闘員を支えるために、定住することなく一緒に行動したのだと思う。

「彼らは、少しずつ集落に辿り着いては人族を解放していきました。ただ、こちらが配置換えなどの処置を取っているとはいえ、当然無傷で解放とはいきませんから解放毎に弔いや休養も含め長い時間が経過していきます。そして、解放が成功し、時間が経てば経つほど悪魔族の警戒も広がり、強まります。ゼノ達と別れてからたった一か月でケレアさん達は動きづらくなっているように見えました。その時、転機が訪れたのです。天使族の人族解放がそれでした」

再生の日……。今から半年前の話だ。

「天使族の人族解放に合わせて、悪魔族は軍備の再編成を進め、戦力の招集を始めたのです」

「ということは、例の悪魔族が大規模な戦争準備をしてるっていう噂は……」

「本当の事です」

おいおい、なんてこった。

悪魔族と、戦争……。

いきなりそれが現実味を帯びて目の前に現れてくる。

俺は三種族が共生する世界を作りたいのに。

悪魔族と共生の道が更に遠のいていく。

「早い時点で伝えられたら良かったのですが、生憎天使領へ行くのは立場上難しかったので、噂程度でしか流せませんでした」

あの噂を流したのはフィグルだったのか。

「いや、十分耳に届いていたよ。ありがとう」

噂の域を出ないものだったが、天使族も少しずつ軍備を整えつつあるのだ。

頷いてから、フィグルが話を元に戻す。

「戦力の中央招集に合わせ、集落の警備やその他の部分が手薄になりました。お陰で警戒もある程度弱まり、ケレアさん達も動きやすくなったのです。その為、この半年の間は彼らも順調に人族を解放していきました。増えていく人族に合わせて進行速度は遅くなっていきますが、自由に動ける範囲も増えていたので大して苦も無く生活出来ていたと思います」

「どれくらいの人族を解放していたか分かるか?」

「ざっと……五万近くですね」

「五万も……!」

ケレア……。

彼は自分の理想を叶えるために尽力している。

それ程の人族を助け、どれだけの悪魔族を葬って来たのだろうか。

「とはいえ、それ程人族を解放していれば悪い意味で有名になりそうなものですが、悪魔族側ではそれ程問題にしていなかったのですか?」

エイラの質問は尤もだ。流石に野放しに出来ない所まで来ていると言っても過言ではないだろう。

それはフィグルも感じていたようだが、ここで困惑した表情を見せた。

「それが……ベグリフが放っておけと全体に指示していました」

「あの我がま魔王が?」

放っておいて何か利点があるか? 魔石も集まらなくなるし、一方的に力を削がれているだけに見えるが……。

ですが、とフィグルが続ける。困惑した表情は、やがて少しずつ悲しみに包まれ始めた。

ここだ、と思った。

 

「先日、ベグリフが唐突に……ケレアさん達の殲滅を四魔将の一人、グリゼンドに命じました」

 

「―――っ」

まだ鼓動が早まろうとしている。

覚悟はしていた。けれど、本当に悪魔族の殺意がケレア達へ向けられたと知って、落ち着いていられない。

段々と顔を歪ませながら、フィグルが言葉をどうにか紡ぐ。

「ベグリフはまるで場所が分かっているかのように、正確にグリゼンドへ位置を教えました。そして、グリゼンドは一目散にケレアさん達の下へ向かったのです」

「彼らは見つからないよう動いていたのでは!?」

「いいえ、ベグリフは知っていたんです。知っていたうえで泳がせていた。そうとしか考えられません。ケレアさん達の事も……私の事も」

ギュッとフィグルが悔しそうに拳を握りしめる。

「私の前でそのやり取りは行われました。ベグリフは全てを知ったうえで私を試したんです。彼らを助ければ、私の裏切りは明確なものになる。もし、グリゼンドが行おうとしている殺戮を見逃せば、罪は問うまいと」

「そんな……」

ベグリフは何故そんなことをする。何なんだ。アイツは一体……!

怒りが込み上げてくる。俺達の努力を、ケレアの努力を無に帰すベグリフへの怒り。

愕然とするエイラへ、フィグルが悲しそうに笑う。

「安心してください、ちゃんとグリゼンドを止めるためにその場を飛び出しました。これで裏切り確定です」

当然と言うように、フィグルは答えていた。それを悲しむようにエイラが見つめる。

「フィグル様……」

「良いんです。反旗を翻すと決めたあの時から、いずれこういう日が来ると分かっていましたから。ただ、彼と繋がるためとはいえ、やっぱり自分から繋がりを断つようなことをするのは気分が悪いものです」

そう言いながら、フィグルは俯いていく。

「なのに、繋がりを断ったのに、私は彼らを守れませんでした」

「っ!」

守れなかった。その言葉が心へ強く突き刺さる。

それが何を意味しているのか、分かってしまう。分かりたくないのに、知りたくないのに。

「私は全身全霊でグリゼンドと戦いました。けれど敗れてしまった。五万の命を、ゼノに任された命を何一つ守れなかったのです……!」

フィグルが突き付ける事実が、俺に全てを理解させてしまう。

それでも信じたくなくて、縋るように気付けば俺は尋ねていた。

「ケレアは……?」

俺の問いに、フィグルは瞳を潤ませた。

「ケレアさんは……」

言いづらそうに、フィグルは黙ってしまう。その瞳から再び涙が零れた。

だが、覚悟を思い出したのか、涙を拭い、顔を上げて。俺へその答えをシロが告げようとする。

 

その瞬間、爆発音が聞こえた。

 

「っ、何ですか!?」

エイラが慌てて窓際へ駆け寄り、窓を開ける。俺とフィグルもゆっくりと外に近づき、凍てつく空気の先にそれを見た。

街の方から黒い煙が赤い炎と共に上がっていた。途端に遠くから大きな悲鳴や再びの爆発音、怒号が聞こえてきた。

その炎に移すように無数の黒い翼が見える。

間違いない。悪魔族だ。

悪魔族がこの島に攻めて来ていた。

「急げ!」

すぐに隣の兵舎から天使族が大勢飛び出していく。巡回の兵士では到底防げる量の悪魔族ではなかった。

「私達も行きましょう!」

そう言って、窓からエイラが飛び出す。黒い翼を広げ、俺達を待つように振り返ろうとして、目を見開いた。一切微動だにしなくなる。

彼女は雪が舞い散る夜空を見上げている。何にそんなに驚いているのだろうか。

どちらにせよ、ここに突っ立ってもいられない。

俺の問いに、フィグルからまだ答えてもらっていない。けれど、もう答えはもう知っているようなものだ。込み上げてくる負の感情をぶつける矛先を俺は見つけた気がして、セインを握りしめて窓から外へと飛び出した。

フィグルもそれに続いたところで、空から声が降ってくる。

「お、見つけたよ、フィグル様。それに裏切り者のエイラまで一緒とはね」

空を見上げる。そこに黒髪の青年が漆黒の翼を広げて浮かんでいた。青年は不敵に微笑んでいるが、どこか狂ったようにも見える。

エイラとフィグルが同時に言う。

「グリゼンド……!」

その名前を聞いた瞬間、全身を怒りが巡るのを感じた。

そうか……。あいつがグリゼンドか。

あいつが、皆を殺したんだな。

あいつが、ケレアを……!

こんな感覚は初めてだった。今までこんな感情を抱いたことはない。

ただ、もしこの感情に名前を付けるのだとすれば、それは……。

その時、俺は気付いた。

グリゼンドの横に、それは存在していた。

「殺せないって、また逃げないでよ。フィグル様!」

「グリゼンド、あなたはどこまで……!」

フィグルが声を震わせ、怒りを露わにしていた。

そうか。そういうことか。だから、フィグルは敗けてしまったのか。フィグルは優しいから、攻撃が出来なかったんだ。

それは背中から黒い翼を生やし、その眼球は黒く瞳孔は赤く、縦に長く細長い。

全身は汚れており、両手には血がこびりつき、返り血なのか服は赤く染まっている。

 

昔から頭に巻いていた赤いバンダナは、今はもうなかった。

 

あの赤いバンダナは、妹のサクから貰ったものだって大切にしていたものだっただろ。

何が答えはもう知っているようなものだ。

何もわかっていなかった。

答えは、もっと残酷だった。

「ケレア……!」

 

悪魔族へと成り果てたケレアの姿がそこにはあった。

 

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