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3『過去の聖戦』

3 第四章第五十三話「満たされた空虚」

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エイラ

ベグリフが、フィグルへ求婚……。

求婚、つまりベグリフが婚約をフィグルへ求めたということ。

意味も分からずフィグルを見つめてしまう。当の本人も険しい表情をしていた。決して嬉しそうな表情ではない。

「いや、え、ちょ、どういうことか説明してもらえますか!?」

フィグルが、私の大切な人が魔王に婚約されてるなんて。どう受け止めていいのだろう。全然喜べない。よりによって相手が魔王だなんて……。玉の輿的な意味合いで言えば喜べるのかもしれないけれど、生憎そんな視点は持ち合わせていない。

「説明、と言われましても……」

フィグル自身理解しているわけではないのだろう。突然のことで驚いているからこそ半年も会えていなかった私の下を訪れたのだと思う。

でも、

「そもそもどういう状況で求婚されたんですか!」

求婚の仕方一つでも分かることはあるかもしれない。ベグリフ本人が求婚したのか、そういう書状が来たのか。書状よりも本人の口の方がまだ誠意が見えるというか、ベグリフ自身がそれを望んでいるような気もする。

望んでいる方が余計に訳が分からないが。

えーっと、とフィグルがどうにか状況整理ついでに説明を始める。

「先日、ベグリフから直々に呼び出されたんです。何でも研究の成果を称え、より研究費や規模を拡大してくれると」

「……フィグルは魔王軍の中でも一目置かれていますからね」

フィグルは薬屋の頃から魔法による治療や薬の調合にかけて秀でた才能を見せていた。フィグルが得意とするのは攻撃魔法ではなく支援魔法だったわけだが、更にフィグルは独自の魔法を開発していた。その功績が認められ、今では研究室に加え費用も用意されるような特別待遇である。

そんなフィグルの功績の一つが自動回復魔法である。

まだ使用段階には至らず、理論が確立しただけ。しかし、ベグリフが研究の成果を称えたということは、魔王にとってもそれだけ価値があったということだ。

それ自体は嬉しく思う。フィグルの努力が認めてもらえたということなのだから。

「それで、ベグリフの下を訪れたのですが……その……突然『俺の女になれ』、と」

お、俺の女になれ……!? とんでもないくらいド直球ですね……!?

「何か、理由を言っていませんでしたか!?」

フィグルの事を本当に愛しているとは到底思えない。だって、あの魔王だ。力で全てを捻じ伏せる、あの……。

何か理由があるはずだ。

すると、フィグルは呟いた。

 

「……似ている、とだけ」

 

似ている……?

フィグルが、誰かと似ているということだろうか。

「誰にですか?」

「そこまでは……」

誰にかは分からないが、フィグルはベグリフの知る誰かに似ているらしい。

だから求婚したということ? その誰かのことをベグリフが好いていたということ?

「それと……求婚に応じれば魔将に昇進させるとも言われました」

「ま、魔将にですか!?」

魔将とは魔王の次に位が高い。それはつまり、魔王以外の全ての悪魔族の上に立つということだ。それにフィグルがなる……。

魔将になれば権力も増え、悪魔族に様々な指示をすることができるし、加えて研究の幅も広がる。

それに、ベグリフの妻、王妃になれば……。

フィグルへ視線を向けると、同じことを考えている様子だった。

でも、だからといってベグリフの下へ嫁がせるのは……。

私は嫌だ。それはつまり、もうフィグルとは軽々しく会えないということだ。もしかしたらずっと遠目でしかみれないかもしれない。フィグルが誰かのものになるのも嫌だ。ずっと私の傍に居てほしい。

「……フィグルはどう、したいのですか」

フィグルはどう思っているのだろう。私は、それが知りたい。

「私は……」

熟考するようにフィグルが黙る。

空は黒い雲に覆われていて、昼だというのにどこか暗い。

私はフィグルの考えが知りたい。知りたいけれど。どこか知っているような気がした。

フィグルが寂しそうに笑った。

私は、このフィグルの表情を知っている。

 

「私、受けようと思います」

 

震えながらもギュッと両手を握りしめ、フィグルはそう答えた。

どれだけの覚悟が必要だっただろう。魔王に嫁ぐ、その決断に一体どれだけの覚悟が……。

「研究の幅が広がればたくさんの方を救うことが出来るかもしれませんし……それに、王妃になれば、彼の目的がより分かるかもしれません」

ベグリフに近づくことで彼の目的がはっきりするかもしれない。

それは分かる。分かるけれど。

嫌と言いたい。フィグルが覚悟しているのは分かる。でも、行かないでほしい。行かないでと言いたい。

それでも言えないのは。

「……でも、一番の理由は違うんです」

「……」

「その時のベグリフが、どこか昔のエイラに似ていたんです。とても寂しそうで、独りぼっちに見えたんです。私に……繋がりを求めているように見えたんです」

やはり寂しそうにフィグルが笑う。あの時の私に向けていたように、寂しそうに。

ベグリフが、昔の私に似ていた……?

世界に拒絶されたように独りぼっちだった私に……。

何故フィグルがそう思ったのか分からない。でも。

フィグルは私にしたように、人族にしようとしているようにベグリフへも手を伸ばそうとしていたのだった。

それを否定できない。否定してしまったら、今の私はここにいない。

嫌だと、行かないでと言えないのは、それがフィグルだから。私の中にもいるフィグルだから。

止められない。止められるわけがない。止めてしまったらもうそれはフィグルではない。

私の大好きなフィグルではない。

「……」

どう、彼女に声を掛けたらいいのか分からない。結婚おめでとう? それは違う。決してフィグルがベグリフを好きなわけではない。

俯き黙っていると、フィグルが手を握ってきた。顔を上げた先に、困ったように笑う彼女がいた。

「別に、もう会えなくなるわけじゃありませんから。そりゃ頻度は今よりもっと減るでしょうし、お話もずっとできなくなるかもしれませんが、遠目でも何でも顔ぐらいは見れます。一生の別れじゃないんです。だから、そんな悲しい顔をしないでください」

「フィグル……」

自分の顔は見えないけれど、悲しい顔をしているのだろう。だって、悲しい。全然会えなくなるのも、ベグリフの目的も分からないのにそこへ親友を送るのも。

自分が何もできないのも。

涙が込み上げてくる。悲しみが我慢できない。無力が涙となって溢れていく。

それでも弱音は言わなかった。覚悟を以て進もうとしているフィグルにそんなことは言えない。

口元を真一文字に閉じ、決して本音を漏らさないようにする。

私の鼻を啜る音だけが聞こえてくる。

「けれど……」

その時、フィグルが呟いた。困ったように笑う彼女の瞳から一筋の涙が零れた。

「もし一つ我が儘を言っていいのなら……」

やがて彼女の表情から笑顔が消え、閉じられた瞳に押し出されるように涙が溢れていく。

フィグルが祈るように私の手を掴みながら言った。

 

「エイラ、魔将になってください」

 

「……!」

私が、魔将に……!?

「勿論、かなり無茶な我が儘を言っているのは分かっています。魔将になるのはかなり困難なことです」

魔将へは魔王の任命によって上がることが出来る。つまり任命さえされれば何人でもなれるのだが、ベグリフは何故か四人以上魔将にしようとはしない。今回のフィグルの件は丁度一席空きがあったからだろう。その空きも噂ではベグリフに従わなかった為に殺された分だとか。

もう空きはない。今の四魔将以上の実力、実績をベグリフへ示さなければならない。魔力ばかりの私はそのための地位も経験値もまだ足りない。

「でも、エイラが魔将になってくれたら同じ立場ですし、きっと会う機会も増えます。ベグリフの目的もはっきりするかもしれません……いえ、ベグリフは関係ありません」

フィグルが涙で光る大きな瞳を私へ向ける。

「私がエイラに会いたいんです。私の傍に居てほしいんです……! だから、どうか……!」

潤んだ瞳が私に困難を懇願していた。力強く私の手を握ってそれを願い祈っていた。

不思議だった。魔将になる。これ程辛く厳しい道程はないはずなのに。

前が開けたような感覚。

私にもフィグルを支える方法があるんだ。私にもできることがある。

困難など最早関係なかった。

フィグルが私へ傍に居てほしいと願ってくれた。私が願っていたように。

私は強く握り返して、重なる私達の手に額を寄せた。

「必ず、魔将になります……!」

「あぁ、エイラ……!」

フィグルも同じように重なる祈り手に額を近づける。

「必ず魔将になって、フィグルに会いに行きますから……!」

「はい、ずっと。ずっと待っています……!」

目を閉じ、二人で未来を願う。

もう一度、こうして話せる未来が来るように。

それから一か月後。

フィグルは魔王の妃となった。

 

※※※

 

それから五年後。

ベグリフとフィグルの結婚五周年記念パーティに。

私は四魔将として参加していた。

五年は短いようで長かった。元々ベグリフの目的を探るために魔王軍に入っていた私は、然程張り切りもせず、むしろ目立つことを恐れて日々を過ごしていた。自身の目的や立場がバレてしまっては意味がなかったからだ。

けれど、フィグルと約束してからは違った。幸い魔力は誰よりも多く、実力は十二分にあった。必死に力を振るい、実績を重ね、ただただ魔将になるために全力を尽くした。人生の中で一番激動の五年間だっただろう。寝る間も惜しんで鍛錬し、知識を蓄え、上に昇り詰めるための努力をした。魔力があるからといって簡単な話ではなかった。実力だけでのし上がれるほど容易いものでもなかった。それでも必死に食らいついた。誰もが認められる存在になれるように、必死に生きて見せた。初めて私が自身を以て努力をしたといえる瞬間だった。

全てはフィグルと逢うため。

「エイラ……」

魔城アタレスの、とあるバルコニーにフィグルが姿を見せる。私達はここで待ち合わせをしていた。

「フィグル様……」

全てはこの時の為に。

四魔将になった私と、魔王の妃になったフィグル。

騒ぎに乗じてほんのわずかな時間だが、四魔将になったおかげで私達はこうして会えることが出来たのだった。

どちらが言うまでもなく、二人で抱擁し合う。

「様って、やめてくださいよ」

「何を言うんですか、もうフィグルは魔王の妃なんですよ? 軽々しい口は聞けませんよ」

「全く……難儀な立場になったものです」

フィグルが微笑む。

フィグルに会うのは久しぶりだった。本当に久しぶり。遠目に見る機会は幾らかあったが、こうして面と向かって話すのはあの日以来だろう。つまり、五年ぶりだ。

五年の間、フィグルのことを様付けしなければならなかったからだろうか。こうして様付けしても私としては違和感がなかった。例え様付けしたとしても、フィグルはフィグルだ。様付けなんて形式上のものでしかない。ならいっそ、間違っても呼び捨てしないように常にフィグルのことを様付けしないとと心掛けているのである。

「どうですか、魔王との結婚生活は」

今日の主役はベグリフとフィグルだ。フィグルを独り占めするわけにもいかず、さっそく気になることを尋ねてみた。一度だって結婚生活の実情が漏れてきた試しがなかった。だから聞きたい。フィグルは苦しい想いをしていないだろうか。

フィグルはバルコニーの柵に身体を乗せて、夜空を見上げながら答えた。

「どうも何も、全く何もありませんよ」

何も、ない? 五年も経って?

予想外の言葉に、思わず尋ねてしまう。

「それは……その、夫婦の営み的なことも?」

「ふふふ、エイラもそういう話が気になる年頃ですか?」

「ちょ、揶揄わないでください!」

「分かってますよ。エイラは心配してくれてるんですものね」

優しい眼差しを向けてくるフィグル。対して少し恥ずかしかった私はそっぽを向いていた。確かに心配だった。フィグルが無理やりベグリフに嫌な思いをさせられているのではないかと。

だが、それは杞憂だったようだ。

「本当に何もないのです。もう五年も経ちましたが、ベグリフが私に心を開いてくれたことは一度もないと、確信して言える気がします」

そう話すフィグルはどこか悲しそうだった。何となくその悲しみは分かる。フィグルはベグリフと繋がろうとした。なのに、ベグリフは繋がろうとしない。

けれど、不思議な話だ。ベグリフはフィグルに魅力を感じたから妃にしようとしたのではないのか。それなのに、心を開いていないだなんて。

「それどころか、彼の傍にいればいる程彼のことが分からなくなります」

「ということは、人族を奴隷にする目的も?」

私の問いにフィグルが頷く。五年も一緒に居てそれすら妻に教えないとは、ベグリフの目的は最早誰も知らないのではないだろうか。

「それだけではありません」

少し間を開け、フィグルは言った。

 

「ベグリフには、魔力以外の力があるようです」

 

え?

魔力以外の、力?

フィグルが何を言っているのか分からない。決して知力や膂力などの話をしているわけではないことは分かる。

けれど、魔力以外の力なんて。

「少し不思議だったんです。彼に何故悪魔族最強と呼ばれるほどの力があるのか。そこで、彼の魔力の残滓を調べてみました。すると、魔力とは違う類の反応が出たんです」

魔力とは違う反応……。

「魔力と似て非なる力。それがあるからこそベグリフは最強と言えます。尤も、魔力だけでも追随を許さない力を有してますが」

もしフィグルの話が本当だとすれば、この世界で唯一ベグリフだけが魔力以外の力を持つということなのだろうか。ただでさえ誰もベグリフには敵わないというのに。それとも、噂で聞く人族のセインというような特殊な力の一つだとでも言うのだろうか。

聞けば聞くほど混乱してしまう。そんな私を置いて、フィグルが呟く。

「もう、潮時なのでしょうか……」

「え?」

潮時って、まさか……。

私の疑念を肯定するように、フィグルは言う。

「ベグリフは私に優しく接します。本当に優しく接するのです。まるで崩れかけの家屋でも扱うかのように。私に強く干渉することもありません。でも、だからこそどこか壁を感じるのです。彼の本心を私には教えてくれない。聞いても答えてくれない。その本心はきっと例の私が誰かに似ている話だとか、人族を奴隷にする話とか、魔力以外の力を持っていることと繋がってくる気がしてならないのです。そして、それが彼を独りぼっちにしている要因なのではないかと思うのです。彼が繋がりを求めている理由なのだと思うのです」

そう語るフィグルはやはりどこか寂しそうで悲しそうだった。

「彼と繋がるためには、彼の傍に居るだけでは駄目だとこの五年間で知りました。彼の本音を聞けるように、私は彼と向き合わなければいけないのです」

フィグルは辛そうに語っていた。たとえ五年間という短い期間だったとしても、フィグルは確かにベグリフと共に過ごしてきたのだ。

だから、

「ベグリフに反旗を翻そうと思います」

自らそう告げるフィグルは、何かを堪えるように必死に前を向いていた。

「彼の目的が彼を独りぼっちにしているのなら、私はその目的を阻止したい。だから、私はベグリフに逆らおうと思います」

「フィグル様……」

五年間を思ったのか、フィグルが涙を流す。勝手に辛い五年間だと思っていたが、予想以上に密度の濃い時間を過ごしたのだろう。フィグルにとってベグリフはもう他人ではないのだ。

「今度こそ本心を、真意を聞くんです。そして、今度こそベグリフと……」

涙を流す彼女の頬を指でなぞる。私と会う時のフィグルはどこか泣いてばかりだ。

もう、泣かないように。私の答えはとうに決まっている。

「勿論、私はあなたと一緒ですよ、フィグル」

不思議と、様付けも今は取れていた。

「その為に、四魔将にまでなったのですから」

フィグルへと微笑む。

こうして、ベグリフへの反旗、人族の解放へと着手し始めたのだった。

 

※※※

 

スースー音を立てて眠るフィグル。かなり呼吸も安定してきたようだ。

窓の先へと視線を向ける。雪がほろほろ積もっていく。よく雪はあれ程一つが小さいのに、やがて世界を覆うほど積もるよなと思う。塵も積もればなんとやらなのだろう。

ここまで本当に長かった。

反旗を翻すと言っても、私達は二人しかいなかった。二人でどうにかできる話でもなく、かといって誰かに相談できる話でもなかった。どこから漏れるか分からなかったのだ。

だから私達は、人族が反乱を起こすことに賭けた。勿論、力なき反乱は容易く抑えられる。だから、実力も伴った反乱を待ち望んでいた。反乱さえ始まれば、微力でも何でも助力することが出来る。内部にいるからこそ、回せる力がある。

そうすること五年。遂に現れたのがゼノだった。それに呼応するようにセラが天使族所有の人族を解放し始めた。まさに僥倖だった。今しかないと思ったのだ。

それも、今となっては天使族が人族を解放する程の事態となっていた。まさか先に天使族が人族を解放するだなんて。

全てはゼノから始まったことだと、私は思っている。

ゼノは人族の癖に天使族や悪魔族を嫌悪していないから。それどころか、私達と容易く繋がろうとしてくれる。そんな彼だからこそ、今私達はここまで来れているのだ。

私がゼノを好いた理由。それはきっと、私がフィグルを好きな理由と一緒だ。

繋がろうとしてくれたから。あの時、人族の誰もが私を拒絶した。それなのに、彼だけが、私との繋がりを守ってくれた。たとえ他の人族になんと言われようと、彼だけが私を傍にいさせてくれた。

ゼノだけがその中に私を入れてくれた。それがとても嬉しくて。だから、私はこの繋がりを絶対に切らない。

……。

私の好意はゼノに伝わっているだろうか。

ふと、そんなことを思う。

ゼノがセラの事を好きなのは分かっている。ずっと彼の事を追っていたのだから当たり前だ。もし、私の好意がバレていたら、変に繋がりが断ち切れたりしないだろうか。ゼノの事だからそんなことはないと思うのだが、どこか心配だった。

いっそのこと、無かったことにならないでしょうか。伝わってさえいなければ、繋がりが断ち切れることもない。

そうは思うけど、そう簡単に行くものではなく。

寝ているフィグルに、いつの間にか呟いていた。

「あなたが、私のこの気持ちを知ったら驚くでしょうね」

今まで一度だってフィグルとそんな話をしたことはなかった。男っ気のなかった私が人族の男に恋するなんて。

きっと、聞いたらフィグルは一生懸命応援してくれる。そして、失敗したら沢山慰めてくれるんだと思う。

そう思ったら、少し心が軽くなった気がした。フィグルとそういう話ができることが嬉しくて、変に待ち遠しかった。

報われなかったとしても、私は少しずつ前へ生きていく。そう思えることが、私は嬉しかった。あの頃の、独りぼっちで生きていた私とはもう違う。

「……私は一人だけど独りじゃない」

すると、やっぱりゼノへの心配は杞憂だったと思った。

「ただいま!」

がらがらと扉が開けられ、ゼノがシロを背負った状態で帰って来た。シロはもうすっかり夢の世界のようだ。

二人から香ってくる酒の匂いに思わず顔をしかめてしまう。

「昼間からお酒ですか」

「いや、ノリでつい……。ちょっとシロを寝かせる部屋借りてくるわ」

そう言ってゼノが部屋を出ようとしたので、思わず声をかけていた。

「ゼノ!」

「ん?」

振り返ってゼノが首を傾げる。酔っているにしては、動きがしっかりしている。記憶をなくすこともないだろう。

それが分かっていて、私は息を吸った。

ゼノは、ケレア達に逆らってでも私との繋がりを断ち切ることはなかった。心配は杞憂。ゼノはたとえどんな場合でも私との繋がりを断つことはない。

私にとってもゼノにとっても、お互いがもう一部なのだ。

だから本心からの微笑で言えた。

 

「セラ様と、幸せになってくださいね」

 

「は、はぁ!?」

酔いのせい以上にゼノの顔が赤くなる。危うくシロを落とすところだった。

「な、なんでそれを!?」

「ゼノの事なんて何でもお見通しです」

慌てふためくゼノに対して、こちらは余裕の表情だ。

ゼノは私の一部だから、彼の幸せがとても幸せに感じる。そりゃそんな単純な感情じゃないけれど、彼を愛したからこそ彼の幸せを幸せと感じることが出来る。それがとても嬉しい。独りじゃないからこそそう思えるのだと、独りだった私は知っているから。

私の好意はなかったことにならない。でもそれでいい。好意も悲しみも、全て誰かと繋がっているからこそ生まれる感情だとすれば。

幸せを皆で分かち合って。

悲しみを皆で慰め合って。

空虚だった私がこんなに満たされている。

死を受け入れようとしていた昔とは違う。

生きていて、良かった。

それを早く伝えたくて。

「早く起きてくださいね……」

穏やかに眠るフィグルへとそう呟いたのだった。

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