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3『過去の聖戦』
3 第四章第五十一話「黄色の悪魔」
しおりを挟むゼノ
後ろはまだガヤガヤと騒がしい。酔っ払い達は相変わらず酔いの心地よさに身を任せているようだ。
しかし、こちらはそういかないようだ。
カウンターを挟んで店主とその妻と対峙する。
「その話、詳しく聞かせてくれないか?」
二人がシロを黄色の悪魔と呼んだ理由。絶対それはシロに関わってくるはずだ。
店主と妻は顔を見合わせ、話すかどうか悩んでいるようだ。話すのを憚るような内容なのか。
それでも、話してもらわなくては。
「シロはさ、百年以上の間ずっととある場所に閉じ込められてたんだ。そのせいで人族が百年前に奴隷になったことも知らなかったし、自分の家族がどうなったのかも分からないんだよ」
タイタスの胃袋という隔絶された世界にいたシロは、何も知らない。
「知りたいはずだ。自分のことなら何でも」
ちらと二人を見る。二人の容姿は俺達と変わらない。それこそシロとも変わらない。
多分だけど……。
「二人は、ソウルス族なのか?」
「……ああ」
遅れて返事が来る。やはりそうだったか。シロの事を知っているのならば、シロと同じだと思った。
頭を下げる。
「頼む、聞かせてほしい」
言葉が返ってくるまで頭を下げることなく姿勢を固定させる。後ろと違って異様な雰囲気がカウンターに漂っていた。
やがて、
「……祖父母の代から伝聞されているお話で、決して俺達が全てを知っているわけではない。それでもいいなら……」
「ああ、助かる!」
顔を上げ、二人を見つめる。渋々と言った様子だったがどうにか話してくれるようだ。
これでシロのことを知ることが出来る。
店主の方がふうと息を吐くと、少しずつ話し始めた。
「ゼノの言った通り、俺達はソウルス族だ。そう言えば自己紹介をしていなかったな」
言われてみればそうだった。酒場へ寄る時ぐらいしか会わないものだから、完全に店主とその妻扱いだった。
「俺の名前はルーシェン、妻の名前はシャルだ。今まで名乗ってなくて済まなかった」
「いや、ここに来る俺は大抵酔ってるから、絡まなくて正解だったよ」
酒に強いとはいえ、飲まされ過ぎると流石に応える。今日はシロが集中砲火を浴びてくれているようで助かった。
「それで、伝聞されてるって?」
そんなソウルス族の仲で有名な話だというのか。
シャルが頷く。
「真実は分からないわ。けれど、私達はシロという名前を聞いたことがあるわ」
「昔、シロという黄色の悪魔がいたってな」
その黄色の悪魔というのが腑に落ちない。
「でも、シロってソウルス族で別に悪魔じゃ――」
「いや」
ルーシェンが俺の言葉を遮って否定する。否定、だって?
「ソウルス族と悪魔の間に生まれた子。それがシロという黄色の悪魔らしい」
「……は?!」
なんだって……!
急に頭が追い付かない。
シロが、ソウルス族と悪魔の間に生まれた子供だって……?
そんなことを急に言われても、はいそうですかと行くわけがない。
俺の戸惑いを把握しているのだろうが、二人は何も言わない。ルーシェンとシャルはそう聞かされているのだ。本人達がその事実を知っているわけでもないのだから、俺の戸惑いを確信にすることは出来ない。
だから、二人は話をつづけた。
「ソウルス族の女性がセインを発現するには二つの方法がある。一つは、相手に対する強い想いがあること。そしてもう一つは……」
ルーシェンが言いづらそうに言い淀んでから、口に出す。
「合意があろうとなかろうと、肉体関係を持った時だ」
肉体関係……。それってつまり……。
最悪の想像が脳裏を走っていく。もしかしたら合意があるかもしれない。当時の人と悪魔が禁断の恋に落ちた可能性だってある。
でも……。
「もしかして、シロのお母さんは無理矢理犯されたっていうのか……?」
ルーシェンもシャルも辛そうに眉をひそめ、何も答えない。
それは一種の肯定だった。
「……あくまで伝聞だから事実かどうか分からない。ただ、その女性は森に捨てられていたそうだ。そして一か月も経たない内にお腹に生命を宿していることに気付いたらしい」
それが、シロだって言うのか。
「たぶん、セイン目当ての行為よ。出現するはずのセインは倒れていた森には見当たらなかったそうなの」
セインを欲するが為に悪魔がソウルス族の女性を、シロの母親を犯した。
悪魔がセインを何に使うんだよ。そんなのって……。
怒りが込み上げてくるが、今怒ったところでどうにかなるわけじゃない。
「……それで、シロのお母さんはシロを産んだんだな」
「彼女は、誰に非難されようと産むと決めていたんだと。生まれてくる赤子に罪はないんだって」
……。
どれほど勇気のいる決意だっただろう。敵対している悪魔に無理やり犯されて、悪魔との間に子供が出来てしまって。産んでしまえば、それは悪魔との子供なのだから、周囲との仲も変わってしまいかねないのに。
何より、その子供は犯されたことの象徴なのに。
それでもシロの母親はシロを産むことを決意したのだ。
凄い。とても強い。
「生まれた子は成長がとても遅かったようなの。普通の子供の成長スピードの半分もいかなかったって」
「……仮にシロが悪魔族の特性を受け継いでいるとすれば、悪魔は人族の三倍ほどの寿命を持つ」
それならば合点が行く。だからシロは百年以上も生きている。本当は人でいう三十、四十代程度なのだろう。だとしてもかなり幼く小さいが、それはタイタスの胃での食生活が関わってるはずだ。あんな場所でまともに食事を取れるとは思えない。発育が遅いのは当然といえる。
……いや。
それ以外の原因も考えられる。
シロが特別な可能性が高い。
シロがソウルス族と悪魔の子だとすれば。シロはセインを使える。ただ魔力を持っていない。
が、四魔将のエイラをも軽々と上回る怪力を持っている。あの怪力はあまりに特異だ。他の悪魔族にはない力だ。ソウルス族と混血だからなのかは分からない。けれど、シロの身体の頑丈さが悪魔族の長い寿命を更に長くしているのかもしれない。
「そうか、シロが半分悪魔族か……」
一瞬後ろを振り返る。相変わらずシロは楽しそうにやっていた。
きっと、彼女は自分が半分悪魔族であることを知らない。自分の出自を彼女は知らない。
でも、どんな形であれ伝えなくてはいけないだろう。
「……ただ」
と、ルーシェンが話を続ける。これで終わりではないらしい。
「シロが黄色の悪魔と言われる理由は、決してソウルス族と悪魔の子供だからというわけではない」
「そうなのか?」
「ええ……。母親の愛情と勇気に感化されたのか、産んだ後は意外と周囲は友好的に二人に接したみたいよ」
……変な話だな。
だとすれば、そんな黄色の悪魔だなんて蔑称のようなものはつかなくてもよさそうだが。
「聞いた話だと、シロがソウルス族の集落の大半を消滅させたらしいわ」
「……」
いや、意味が分からない。本当に意味が分からない。
「何言ってんだよ、当時のシロはかなり幼いだろ」
「ただし、幼いながらかなりの怪力を有していたそうだ」
怪力は昔からあったのか。いや、でもだからといって集落の大半を消滅って……。
「ソウルス族の集落は昔は幾つもあった。だが、人と天使と悪魔の三つ巴の戦争時、集落の大半が轟音と眩い光と共に突如として消滅した。綺麗さっぱりいなくなったんだ」
「中には酷い惨状で壊滅されていた集落もあったそうだけど、やっぱり他は消滅していたらしいわ。シロの住んでいた集落も消滅していたと聞いてる」
「それが、シロの仕業だって……?」
いや、そんな馬鹿な。消滅だろ……? 怪力でどう消すっていうんだ。それなら壊滅していた集落の方がよっぽどシロの仕業らしい。癇癪で集落壊したとかほら、シロっぽいじゃないか。
「残った集落の皆で捜索したが人っ子一人、更にその土地も何かに抉られたように消えていたらしい。結局人族が頼りにしていたソウルス族が大半以上いなくなったものだから、人族は戦争に負け、奴隷となった」
「その摩訶不思議の出来事の原因を昔の人達はシロのせいだとしたのね。人智の及ばない出来事だったから昔の人達は考えることをやめて異例だったシロのせいにした。だから――」
「黄色の悪魔って呼ばれるようになったのか」
何となく流れは分かった。シロの出自の理由も、黄色の悪魔と呼ばれている理由も。
ただ、最後の消滅の件は絶対シロじゃない。俺は違うと思う。シロは家で寝ていたらいつの間にかタイタスの胃液に浮かんでいたと言っていた。
そう、この話にはタイタスも関わってくる。後で聞いた話だが、エイラ曰く天地谷で戦ったタイタスはまだ子供らしい。悪魔族の巨人の寿命がどうなのか分からないが、百年前にも生きていたタイタスはそれこそ赤子のときじゃないだろうか。赤子とはいえあのタイタスが癇癪を起こせば周囲の被害は絶大だろう。当時、タイタスはシロの集落の近くにいた。それは事実だ。壊滅している集落はタイタスのせいかもしれない。でも、消滅はタイタスでもない気がする。そういうトリッキーな攻撃をするタイプではない。
つまり、順序を考えればこうだ。シロが家で寝ている時、タイタスが集落を襲い、シロを家ごと食べた。もしかしたらこの時点でシロの集落はほぼ壊滅状態かもしれないな。そして、何らかの理由で壊滅状態の集落も突然として姿を消した、と。
うーん。
訳が分からない。
そも消滅って、おかしいだろ。
その謎が解けない限り、この話を完璧に理解するのは難しい。
ただ、今は別に理解しなくてもいい。シロのことを知れたんだ。それだけで十分だった。
「てっきり黄色の悪魔も一緒に消滅していたものだと思っていたが……」
「それで驚いていたんだな。安心しろ、しっかり巨人の胃袋の中に百年居座ってたよ」
「……え!?」
ルーシェンとシャルが驚いたように声を上げる。
しかし、今俺はそちらではなくシロへと視線を向けていた。
とうとうシロの許容量も限界が来たようで、机に突っ伏していた。もしかしたら寝ているのかもしれない。というか、周りの酔っ払い共は確実に寝ていた。こちらまで鼾が聞こえてくる。
さて。
シロにどう打ち明けようか。きっと、一番悲しむのは母親の件だと思う。でも彼女ならどうにか受け止められるだろう。
ただ、今日は失恋記念日だ。もう少し後にしよう、まずは心を癒してからだな。
「悪い、お会計頼むわ」
その後、案の定俺の財布は絶叫を上げていた(幻聴)。
エイラ
無機質な部屋で、私は一度外へと視線を向けた。
ゼノとシロ、本当にデートしているんでしょうか……。
機会を与えてしまったのは私だが、あれは失策だった。
シロ、本気でゼノの気持ちを自分に向けさせる気なんですね。
私にはない積極性をシロは持っていて、本当に凄いと思う。
積極性と言えば……。
視線をフィグルへと戻す。フィグルは胸を穏やかに上下させていた。少しずつ顔色も良くなってきている気がする。
本当に生きていて良かった。もし万が一死んでいたらと思うと、背筋が凍る思いだ。
失いかけて、改めて私にとってフィグルがどれだけ大切な存在か思い知らされた。
あの時、フィグルが私に関わろうとしなければ私はここにいなかっただろう。四魔将にもなっていないし、ゼノにも会っていない。
私の人生は、フィグルに出会って変わったのだ。恩人で親友。それがフィグルだった。
※※※※※
私が生まれたのは、悪魔族の都市の中でも貧相な部類だったと思う。少し辺境に位置していたからだろうか。人族から搾取していた魔石は全て魔王ベグリフの下へと集められ、恩恵を私達が預かることはない。
私の両親は、小さい私を置いてどこかへ消えた。多分、私が強すぎたから。自我も、魔力も。両親の言うことは聞かないし、自分の言うことを貫くだけの魔力が、強さが幼い頃からあった。
両親がいなくなって、随分苦労した。両親がどれだけ私に与えてくれていたのか、失ってから私は気付いた。毎日の食事も生活もままならない。欲しければ奪うしかない。奪うためには戦うしかない。大人相手でも子供相手でも、欲しいものは自力で手に入れるしかなかった。
幸い、私には魔力があったから大の大人相手にも負けない。店に訪れては食料など必要なものを無理やり掻っ攫う。歯向かう相手は力で吹き飛ばす。そうしてどうにか自分の生活を補っていた。
ただ、一人では何かと限界が来る。私の暴虐ぶりは瞬く間に都市に広まり、私の居場所は無くなった。家は壊され、安寧の場所もない。毎日が野宿。誰かの家を襲って無理やり立てこもったこともあった。でも、すぐに建物ごと壊され、場所を奪われる。
この都市に私の居場所はない。
いや、この世界に私の居場所はそもそもあるのか。
私は近くの森に魔法で家を建て、身を隠して生活するようになっていた。森から街へ出ては、襲って食料を手に入れる。そんな毎日の繰り返し。
私にはこんなに力があるのに、どうして私は森に身を隠しているのだろう。私は何から隠れているのだろう。
そんな生活では当然身体にガタが来る。ある日、私は風邪を引いた。黙っていれば治るかと思っていたが、どんどん悪化していく。熱もかなり上がって来た。でも風邪を引いても治す方法が無い。薬をもらいに行きたくても、今の体調では返り討ちにあうかもしれない。
それでも体調に限界が来たから街へと出た。しかし、これまでのツケが回って来たのか、薬屋に到達する直前、私の目の前には大勢の大人が立っていた。殺気をひしひしと感じる程の圧が向けられている。
結局、私は薬を手に入れることなく退散した。あの人数を一人でどうにかすることなど出来なかった。全快の状態でも出来なかったと思う。
私は初めて敗北した。力に屈した。風邪に加えて戦闘でも身体はボロボロだ。
どうにか森に帰ったところで、私は家につく前に力尽きて倒れてしまった。身体を起こそうにも起こせない。最早指一本動かすことは出来ない。
駄目押しとばかりに空からは雨も降って来た。全身が更に冷え込んでいく。
ここで死ぬんだ。そう思った。
そう思ったら思ったで、良いことのような気もした。
死んだら何もかも無くなる。街から聞こえる怨嗟の声も、意味のない力も、この世という呪縛も。
私は死を受け入れて眼を閉じた。
なのに、
「あ、目が覚めましたか?」
気付けば私は自分の家の中にいた。ベッドの上に横たわっていたおかげか、冷たかった身体はいつの間にか温められている。額の上には冷たい布が置かれていて、それがまたひんやりしていて気持ちがいい。
「極度の魔力酷使が最初の原因ですね。それで身体が弱っちゃって、そこから風邪を引いてしまったんだと思います。とりあえずは当分魔力を使わないことです。薬も持ってきましたから、安静にしていれば治りますよ」
隣から綺麗な声が聞こえた。聞いてて心地良い声音。
久しぶりに聞いた、私へ向けられる温かい声。
視線を向けると少女が座っていた。大きな瞳に綺麗で長い白髪を揺らしている。
目が合うと、少女は微笑んだ。
「風邪を引いた時は心細くなるものです。治るまで一緒にいてあげますからね」
それが、フィグルとの初めての出会いだった。
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