133 / 296
3『過去の聖戦』
3 第四章第四十七話「××へのカウントダウン」
しおりを挟むゼノ
ケレアとフィグルに会いに行く。
そう告げた時、セラ達はやけにぽかんと口を開け、間抜けと形容しても問題ないような声を出していた。
揃いも揃ってどういう反応なんだ。そんな突拍子もないことを言っているつもりはないんだが。
呆然としていた彼女達だったが、やがて正気に戻ったのか佇まいを正し始めた。
「あー……なるほど。そう、ですね!」
「……ゼノってそういう男よね」
「こちらの寿命が縮みましたよ……」
シロとエイラが何やらボソボソ言っているが何のことかさっぱり分からない。セラもどこか取り繕っている感じがある。
それに、やっぱり三人共どこか動きがぎこちなくて、額に汗を掻いているようだ。
本当にどうしたんだろう。やっぱり、
「……都合、悪いよな」
これでも俺は人族側の代表だ。再生の日から半年が経ち、少しずつ問題も解決され、段々と落ち着きが見られてきたとはいえ、まだまだやらなければならないことが無限と言っていいほどある。
俺が立場を捨ててケレア達に会いに行けば、代わりに人族と天使族の繋がりを弱めてしまうだろう。もしかしたら弱めるどころか悪くしてしまうかもしれない。
それは分かっている。分かっているけれど。
俺はずっと最初からケレア達の元へ行きたかった。ずっと我慢していた。代表に選ばれた時だって、本当は断りたかった。代表になってしまえば身動きが取れないと思ったから。現に、ひっきりなしに呼び出され、全然休む暇なんてない。
それでも、この世界の為に俺が出来る、俺にしか出来ない役目だったと思ったから引き受けた。この世界が良くなることは俺だって嬉しい。
ケレア達に会いに行きたいというのは俺の我が儘だ。今じゃなくてもいいのかもしれない。もっと世界が安定してからでいいのかもしれない。
分かっている。だからずっと押し殺していた。
でも、
「時間は本当に有限なんですからね。何かし忘れることのないように」
夢の中でエイラに言われた言葉を思い出す。時間は確かに有限だ。
半年以上もケレア達と会っていない。彼らの中でも何かが揺れ、変わったことだろう。
世界だって変わった。情勢も変わりつつある。
悪魔族は人族と天使族の共生を聞き、少しずつ大規模な戦争に向けた準備を進めているという噂がある。
まだ、これについては噂の域を出ない。だが、もし本当だとすれば悪魔族は戦力を少しずつ集中させ始めたはずだ。悪魔族を滅ぼそうとしているケレア達としては、戦力の手薄な所は襲いやすくなったが、一方で移動中の悪魔族と遭遇しやすくなるし、戦力に差が生まれて危険性が増すだろう。
フィグルがどうにかケレア達の支援をしてくれていると思うが、それもいつまで通用するか分からない。フィグルの裏切りだっていつバレてもおかしくない。
世界が変わりつつある。俺達の状況も、ケレア達の状況も。
会いたい。今の俺が、今のケレアに。
きっと、あの時とは違う答えが俺達の中で見つかるはずだから。
手遅れになる前に、手遅れにしないように会いたい。
その為には、皆の力を借りなければならない。
都合が悪いことは分かっている。けれど……。
色々な思いが溢れ出す中で、やはり今一番の感情を誤魔化すことは出来なかった。
現実的に難しい話。ただの我が儘。
なのに、
「分かりました、行ってきてください」
「私達でゼノのいない間をどうにかすればいいんですね」
「仕方ないわね」
彼女達は容易く受け入れた。
一切の逡巡もなかったように思う。当然というように彼女達は頷き、優しく微笑んでいた。
今度は俺が呆然とする方だった。
「いいのか……?」
俺の様子を見て、セラが呆れたように笑う。
「いいも何も、いつ言い出すんだろうなって思ってました」
「ゼノ、人族の長になるの渋ってたじゃないですか。その時から分かってましたよ」
「ゼノって顔に出やすいのよね」
俺の葛藤も、悩みも、我が儘も。セラ達には全てお見通しだったようだ。
全て見通した上で、全て理解した上で行っても構わないと言ってくれている。
エイラなんて、親友のフィグルに会いたいだろうに、自分の意思を殺して行っていいよと言ってくれている。
嬉しい。ただただ嬉しい。
俺にはこんなにも理解してくれる相手がいるんだ。
我が儘をあんなにも受け入れてくれる相手がいるんだ。
不思議と、情けなさは込み上げてこなかった。
「皆、ありがとう……!」
それぞれの顔へ視線を向ける。セラもエイラもシロも温かく微笑んでいた。
ここは本当に温かいな。彼女達といるだけで心が温かくなる。今が冬なんて嘘みたいだ。
「それでは、私達も気合を入れて頑張りましょう!」
セラが立ち上がり、エイラとシロへと言う。
「貸し一ってことで、頑張りますか」
「一番頑張った人がゼノからご褒美ってことで」
シロの発言で、不思議な緊張感が漂ったのは気のせいだろうか。
兎にも角にも、これでようやくケレアの元へ行ける。
待ってろよ、ケレア。
ただ、俺は後悔することになる。
「エイラ様、いらっしゃいますでしょうか!」
突然、エイラの部屋を兵士がノックしてきた。天使族の兵士が悪魔族を様付けで呼ぶのは、偏にエイラのこれまでの頑張りに他ならない。
「はい、どうしましたか?」
「失礼します!」
エイラの声を聞き、在室を確認してから兵士が部屋に入ってくる。そして、俺やセラに気付いて一瞬目を丸くした。
「皆さん、こちらにおいででしたか! ちょうど良かったです!」
「何があったんだ?」
兵士はどこか慌てているようだった。問題などここ最近はあり過ぎて、慌てていても不思議を感じることは無くなっていた。
だが、今日の慌て方はどこか違う。イレギュラーが起きたのだろうか。
兵士が、やや早口で言葉を発する。
「はっ。コーネル島の駐屯所から連絡が入りました。瀕死の悪魔を一体捕らえたとのことです」
コーネル島といえば、この大陸の最北端にある大きな島嶼群の一つである。
島嶼群は四つの島で構成されており、その内二つを天使族が、残り二つを悪魔族が所有している。以前まではお互い不可侵の姿勢を保っていたが、最近は戦争の噂もあってか雰囲気がピリつき始めている。ここ半年の間にも、いくつか衝突寸前の事例があった。
その影響か、島嶼群の天使族と人族は比較的協力的に生活している。決して奴隷として使役、奉仕しているのではなく、天使族が人族を守る盾となり、人族が天使族を支えるといったような関係。
島嶼群の人族は解放された都市に移住することなく、天使族との共同生活を選んだのである。
にしても、遂に悪魔族に手を出してしまったか。
衝突寸前はあったが、捕虜として捕らえたことはない。それが火種で戦いに発展しかねないからだ。
……ケレアの方へ行くのはもう少し後になりそうだな。
まずはこの問題を解決しなければ。
そう思っていたが、どうやら問題は違うらしい。
「決してこちら側から悪魔を攻撃したわけではなく、発見した時には既に瀕死の重傷だったそうです。更に、何かから逃げるようにコーネル島へ飛来してきたという目撃証言もあります」
「……変な話だな」
何故悪魔族が天使領へと逃げ込む? 島嶼はそれぞれ近いのだから、悪魔領の方へ逃げ込めばいいのに。
そして、突然ある可能性が思い起こされた。
考え得る選択肢で一番最悪な可能性。
嫌な予感が全身を襲う。
兵士の話はまだ続いていた。
「また、その悪魔は朦朧とした状態で、その……しきりにゼノ様とエイラ様のお名前を呼んでいました」
ぐらっと視界が歪んだ気がした。
エイラへと視線を向ける。エイラは青ざめた表情をしていた。きっと、俺も同じだろう。
怖い。続きを聞くのが怖い。
それでも、
「……その悪魔、自分の名前を言ってなかったか?」
尋ねた。違うことを願って。別の選択肢だったと安堵したくて。
兵士は告げた。
「はっ。フィグル、と申しておりました!」
息を吞む音が聞こえてくる。ここにいる全員が理解してしまった。
「お二人の知り合いの可能性も考慮し、最低限の治療をした後に拘置所へ入れておきましたが、いかがいたしますか?」
兵士が尋ねてくるが、全然言葉が頭に入ってこない。
最悪の結末が一気に頭をよぎる。
手遅れにならないようにと願っていたのに。
ケレア達を守ってくれていたはずのフィグル。
その彼女が、瀕死の状態で見つかってしまった。
もしかしたら、既に手遅れなのかもしれない。
俺は後悔することになる。
動き出すには遅すぎた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
62
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる