カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第三章第四十二話「揺らぎ」

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ゼノ

 

気付けば、辺り一面真っ白な空間だった。

「……何だ、ここは」

地面すら真っ白で、地面と風景の境界線が見当たらない。

何もかもが真っ白な空間に俺はいつの間にか佇んでいた。

というか地面があるのかどうかすら分からない。もしかしたら空中に浮かんでいるのかもしれない。不思議と地面を踏みしめているという確かな感触はなかった。一方で浮遊感も感じられない。

何だここは。

改めてそう思う。

意識ははっきりしている。これまで自分がどういう状況にあったかも覚えている。

俺は天使族の王都にいたはずだ。王都でアイと対峙して……あ。

大怪我したんだっけか。血を流しすぎて動けなくなって。

……てことは、死んだか俺?

例えば失血死とか。

……。

笑えねえ。

まだ何も成したわけじゃないのに。

死後の世界とか初めてだから、ここがそうかも判断つかない。

夢だったら良いんだけど。明晰夢というのも聞いたことあるし、意識がはっきりしている理由はそれか?

とりあえず俺はこの場所について考えることをやめた。訳の分からないこの状況にはこちらもお手上げだ。考えるだけ無駄な気がする。視界一杯真っ白で動いたからといって状況が変わるとも思えないし。というか動いているかどうかも分からないし。

この場所について考えるのをやめた途端、次に頭に浮かんだのはセラだった。

途端にセラの微笑みが脳裏から離れない。

少し心配そうに眉をひそめてから、決心したように見せた笑顔。

思えばそれが最期に見た光景だったような気もする。

そう思えば、それはそれで幸せな気もしてきた。

セラの笑顔が最期なら何よりだ。笑顔で見送られるくらい、俺の人生は素敵だったということだろう。

そもそもセラの笑顔が大好きだし。

今もセラは笑顔かな。

アイとは上手くいったかな。いや、シノやエクセロとも上手くいったはずだから、アイとだって。

死ぬ前にあの姉妹が並んでいる姿を見れて良かった。あの姉妹が並べるんだから、家族が並べたはずだって希望が持てる。

……。

気付けば自分が死んだ体で考えている。

もしかしたら本当に死んだのかもしれないな。

「どうやら死にたかったようだな」

「ん?」

突然聞こえてきた声に、多少驚く。

この場所に他の誰かもいるのか?

誰か一緒に天国にでも来たか? 声の方に視線を向けてみる。

そしてその人物に驚愕した。

「ベグリフ……!」

全身真っ黒な衣服に黒いマント。唯一長い黒髪の中に同じくらい白が混じっている。

真っ白な世界に、彼の黒さは異様なほどの威圧感を放っていた。

ったく、簡単に死なせてくれねえってか……!

突然の魔王襲来。ただ不思議と戦おうという気にはならなかった。

「何だよ、あんたが一緒ってことはこの空間は地獄行きか?」

「少なくとも今のお前では地獄行きだろうな」

ゆっくりと歩きだすベグリフ。そのまま俺の横を通り過ぎた。

「お前は俺との約束を守っていないからな。約束を守らずして死ぬつもりならば、俺が直々に地獄へ葬ってやろう」

「約束だぁ?」

俺が魔王と何の約束を……。

あ。

そういえば強くなって戦いに来いとか言われたっけか。

「いや別に約束じゃないだろ。一方的にあんたが言ってるだけだろうが!」

てか。

「約束の内容的にどっちにせよ地獄へ送る気満々だろ!」

振り返って言い返すも、気にせずベグリフは歩き続けた。

「すべてを半ばにして死のうとはな」

「なにぃ?」

「お前の目的は世界の統一だったはずだ。人族、天使族、悪魔族の共存。それだけではない。セラ・ハートの問題。そして、おまえの親友の問題」

「っ!」

何で、こいつがそこまで知ってるんだ。

一度だってセラやケレアとの話をしたことはないのに。

ただ、やけにベグリフの言葉がずしりと心にのしかかる。

「全てを最後まで見届けることなく、お前は死のうというのだな」

「……何だよ、お前」

本当にベグリフか?

なんだか俺を咎めているような感じがする。最後まで見届けようとしない俺を。

ベグリフはこういうことを言わないだろう。俺の目的が果たされ、問題が解決されるのを期待しているかのような。

何でこう魔王は俺に期待をかけてくるんだよ。

そう思っていると、いつの間にかベグリフが居なくなっていた。

「あ、おい!」

どこ行ったんだ。

辺りを見渡してみるが、そこに黒色は見当たらない。再び白一色に戻っていた。

何だったんだよ、あいつ。

そう思っていた時、

「ゼノは自信がないんですよね」

背後から声が聞こえてきた。

今度は女性の声。この声は……。

ため息をつきながら振り向く。

「今度はお前か、エイラ」

そこにはエイラがいた。相変わらず膝丈までの黒色ドレスと黒タイツ。ベグリフに似て黒一色の服装をしている。

もう何が何だか分からなくなってきたな。

エイラは怪しく笑いながら問うてくる。

「あなたは自信がないんです。いえ、正確にはあったのに無くなってしまった。ケレアさんとの衝突によって」

「……さっきからお前といいベグリフといい、何でこうも痛いところを突いてくるんかね」

「悪魔だからですよ」

悪魔ってだけで変に説得力があるのはなんだ。

今度はエイラがゆっくりと俺の周りをグルグル歩き始める。

「あなたは自信があった。皆がきっとついてきてくれると信じていた。なのに、一番近しいケレアさんが離れてしまった。そのせいであなたは自信を失ってしまったんです。自分の目的が本当に成すべきことなのか。だって彼の言葉をあなたは否定も出来ず、理解してしまった。揺らいでいるんです、あなたは」

「……」

何も言い返せない。

ケレアの時と同じだ。俺はエイラの言葉を理解してしまっている。その通りだと思ってしまっている。

俺は、自信がない。

ケレアの気持ちを聞いて、彼がそう思うのも当然だと思ってしまった。そう思ってしまう彼が、俺の考えに賛同しないのは当たり前だと思ってしまった。

俺のこの気持ちは、考えは全て独りよがりだと思ってしまったのだ。

……いや、違うだろ。

セラもエイラも賛同してくれている。シロもシェーンもアグレシアもついてきてくれている。

決して独りよがりなんかではない。

それが分かっているのに、何故か自信が出てこない。

それはきっと、やはりケレアの存在があるからだろう。

ケレアとどう向き合えばいいのか。ケレアのことを諦めないけれど、どう解決したらいいのだろう。

分からない。分から――。

……。

「揺らいでるよ。確かに俺は揺らいでる」

でも。

「この揺らぎを、俺は大切にしたいんだ。揺らいでていいんだよ」

「……?」

その時、エイラが足を止めた。微笑みながら首を傾げている。

俺の話をしっかり聞こうとしている、そんな風に見えた。

そう俺は揺らいでいる。でも、不思議と安心もしていた。

「きっとさ、一朝一夕片付くことじゃないんだよ。俺とケレアの問題も、この世界の在り方も。当たり前だ。この世界は俺が知らない程長く存在していて、ケレアだってずっと悩んでいたんだ。それを簡単に解決できるもんか」

当たり前だった。どこか俺は急ぎ過ぎたのかもしれない。いつもそうだ、俺は急いでばっかり。急ぎ過ぎてシロを泣かしたこともあった。

落ち着きが俺には足りない。直していかなくちゃな。

エイラが微笑みながら尋ねてくる。

「突然ですね、何でそう思ったんですか?」

「セラだよ」

少し悲しそうにエイラが微笑む。

セラがいてくれたから俺はそう思えた。セラのその半生が俺の指針になってくれた。

「あいつはずっと小さい頃から母さんとの、家族との関係を悩んでいた。それでも必死に耐えて耐えて何十年もやってきたんだよ。そしてさ、ようやくあいつは姉妹で並んで立てたんだよ。諦めずに何十年もかけて、あいつはようやく進んだんだ。進めたんだよ」

諦めなかった彼女は、ようやく姉妹で並べたんだ。まだ母と笑い合ってはいないけれど、それでも前に進めたんだ。

諦めないことの意味を、もがいて苦しんで、それでも前に進むことの意味をセラは教えてくれた。

「簡単に解決する問題じゃないから。何度も揺らいでは苦しんで、ぶつかっては悲しんで。それでも前に進んでいく。だから、この揺らぎは俺が進むために必要な揺らぎなんだ。どれだけ時間がかかろうと俺は逃げない。この世界からも、ケレアからも」

ゆっくり時間をかけていこう。

俺とケレアも一つの意味では一致しているから。人族を守りたいんだ、お互い。守り方が違うだけで。

だから、ゆっくり擦り合わせていこう。

何となく分かった気がする。

今、俺がこの世界に成すべきことが。

ケレアへの向き合い方が。

エイラへと微笑む。

「俺に時間が許されてる限り、揺らぎながら俺は進んでいきたい」

時間をかけて向き合っていきたい。

お互いが納得するまでずっと。

世界が変われるようにずっと。

ま、世界の方は大丈夫だと思っているけどな。

俺の時間が足りなくても、いつか代わりに誰かが時間をかけてくれる。

セラやエイラが時間をかけてくれる。あいつら長寿だし。

俺に出来ることを、俺がしなければならない役目を、俺の時間全てを使って全うしよう。

「……全く手間のかかる」

エイラが笑う。安心したような笑みだった。

「しっかり生きようとしてるじゃないですか」

言われて気付いた。

さっきまで死んだなら本望とか思っていたのに。

全然本望なんかじゃなかった。

残したことが一杯ある。

不思議とそのことに気付けた今の方が清々しい気持ちだった。

「時間は本当に有限なんですからね。何かし忘れることのないように」

「肝に銘じておくよ」

俺の役目か……。

そして、エイラが背を向けた。

「さて、それじゃ頑張ってくださいね」

ゆっくりとエイラが歩いていく。その黒い姿に段々と靄がかかっていき、霞んでいった。

今なら分かる。ここは死後の世界なんかじゃない。

我ながら笑ってしまう。

「ベグリフにエイラって……確かにいい選択だわ」

発破をかけるには相応しい人物なのかもしれない。

俺も今の俺が嫌いだったのかもな。

「あっ」

完全に消える寸前に、エイラが振り向いて告げる。

「起きたら早速時間を大切にしてくださいね。目の前に素敵な天使がいるはずだから」

「あ、何言って――」

言葉が最後まで続く前に、エイラが消える。

と同時に急な浮遊感が身体を襲った。意識だけではない。身体の五感も戻ってきた。

真っ白な視界が更に強く光り。

そして。

気付いたらそこはどこかの部屋だった。

朝方なのだろうか。開け放たれた窓から温かな光と涼しい風が入り込んできている。カーテンがゆらゆらと揺れていた。

とりあえず、どうにか生きられたか……。

そのことに安堵しながら周りを見渡してみると、意外と部屋が広いが分かる。

どこかの貴族の部屋か?

棚や机やらの装飾も豪華だし、俺が今寝ているベッドだって完全に一人で使うには大きすぎる大きさだった。天蓋もついているし、かけられている毛布だって――。

そこで気付く。

横に視線を向けたら、身体が硬直してしまった。

……え?

確かにこのベッドは一人で使うには大きすぎるけど。

にしてもだろ。

気付けば横で毛布が膨らんでいた。その毛布の端から見知った金髪が覗いている。

「……いや天使がいるってこういうことかよ」

夢のくせして何で分かるんだ。

本当は寝顔なんて見ちゃいけないかもしれない。

でも、見たい。その衝動は止められなかった。

てか、どういう寝方してんだよ。毛布の中に潜り込んでさ。

「セラ」

毛布をめくると、セラが心地よさそうに蹲っていた。

なるほど。

確かに素敵な天使様だ。

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