カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第三章第四十一話「愛」

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セラ

「――あぁっ!」

レイピアで受けた瞬間に身を引いていた為に切断は避けられたが、それでも深く二本の斬り傷が腹部に刻み込まれた。

激しい痛みが全身を襲う。焼けるような痛み。炎鎖で捕らわれていた時の数倍痛い。間違いなく何かしらの内臓を斬られてしまった。痛みと共に血が口元に込み上げてくる。身体中に力が入らなくなり、身体が傾げていく。

霞む視界の先で、私へとどめを刺そうとアイは錫杖を振り上げていた。今の私には防ぐ術がない。シノもエクセロも遠くにいる。

この一撃は止められない。

「《断雷閃光!》

その時、エクセロが雷の光線を高速でアイへと放った。

が、まるで待っていたかのようにアイが振り向いて笑う。

「あなたに出来ることが私に出来ないとでも思って!」

その光線は突然向きを変えてエクセロへと殺到した。

「っ!」

エクセロのシールドへと直撃し、爆発を起こす。

「エクセロ!」

爆風に押されるように、私は仰向けに倒れてしまった。痛みが酷く、立ち上がろうにも立ち上がれない。一気に傷跡から血が溢れ出す。このままでは私も失血死しかねない。

爆風に包まれていて、エクセロの安否も分からなかった。

「よくも二人をっ!」

エクセロの攻撃の隙にシノがアイまで辿り着いていた。お陰でとどめを刺されずに済んだが、このままでは時間の問題だ。

必死にシノが槍を振るうも、アイは嘲笑いながら容易く返していた。

「言ったでしょう、あなた達が私に勝つことなど不可能だと!」

その言葉を、倒れている私が証明してしまっている。それが嫌で立とうとするが、やはりどうにも力が入らない。

すると、私を再びシールドが包んだ。と同時に、腹部の痛みも少し和らいでいく。

これって……。

視線を向けると、煙の中にエクセロが立っていた。肩で息をし、あちこちから血を流している。

どうやら先程の攻撃でシールドを破壊されたようだ。今はシールドを張っているが、辛そうに顔を歪めている。

私の回復まで行ってくれている。もう限界ギリギリのはずなのに。

それでも諦めていないのは目を見るだけで分かった。アイの実力に絶望することなく、ただただ状況を打開するべくアイへ視線を向けている。

私も、立ち上がらなくては。

血はエクセロが止めてくれた。痛みもほんの少し和らいだ。でもまだ痛い、傷がふさがったわけでもないのだから。

それでも立ち上がらなくては。

視線の先で、シノが命懸けで頑張っているのだから。

シノのシールドも最早ボロボロだった。エクセロの回復が間に合っていないのだ。

苦しそうに息をするシノへと、アイが笑いながら猛攻を続けていく。

「それにしても不思議だわ! あなたが一番私を恨んでいるはずよ! それなのになぜ私の為だなんて言えるのかしら!!」

遂にシノのシールドが砕け、シノが右肩から袈裟切りを受けてしまう。

「――っ!」

「お姉様!」

すぐにエクセロが再びシールドを張ろうとするが、やはりシールド展開の速度が遅い。

しかし、意外にもアイは追撃を行わなかった。

まるでシノの答えを待っているかのようだ。その間にもシノのシールドは治ってしまっている。

それでも攻撃を行わないのは余裕の表れだろうか。もう私達が限界であると分かっているから、彼女には結果が見えているのだろう。

ボタボタと床に鮮血が滴っていく。その傷口を押さえながらシノはアイを見つめた。

「……確かに、実の家族を殺した仇で、あなたは本当の親ではないけれど――」

痛みをこらえながら、それでいて悲しそうに告げる。

 

「――それでも、私にとってはずっと母様だから」

 

「っ!」

アイが目を見開く。

そう、何も不思議なことなんてない。

何十年も母として接してきたのだから。そこにどんな事情があろうと、血の繋がりがなかろうと、母が愛してくれていなかったとしても。

シノにとってはアイこそが母親なのだ。そんなことも分かっていないアイが、シノは悲しいのだ。

「セラが母様を諦めていないって言うから、私も色々考えたけど、私も母様を諦める必要はないのよね」

「シノお姉、様……」

改めてシノの決意を聞いて心が震える。力の入らない四肢に、不思議と力が入るような気がした。膝に手をついて、痛みも血も何もかも飲み込んで立ち上がった。立ち上がることが出来た。

再び三人でアイを見つめる。

アイは、体を震わせていた。

「……もう、いいわ」

瞬間、アイから膨大な魔力が放たれる。

すると、私達三人を覆うように突如として光剣が無数に現れた。既に真っ暗な聖堂をまぶしく照らしている。

「これでは……!」

全方位からの攻撃では、エクセロの反射も通じない。あれは一方向にしか使用できないから。私たち自身、防ぐ手立てがもうない。身体が限界を迎えているのだ。

「もう、あなた達の御託にはウンザリなのよ……!」

まるで悲鳴のようにアイが叫ぶ。

そして、一斉に放たれる光剣。あまりの眩さに目を瞑ってしまう。目を瞑ってなお視界は真っ白だった。シールドへの激しい衝突音が鳴り響いていく。

やがて、真っ白の視界が徐々に黒を手に入れていく。それに合わせて目を開けると同時に、私を覆っていたシールドが音を立てて砕け散った。

シノのシールドも。

エクセロのシールドも。

三人を包んでいたシールドがことごとく砕けていた。

全員無事ではあるが、全員のシールドが無くなったということは敗北を意味している。

急いでシールドを張ろうとするが、疲労から展開が間に合わない。

アイが告げる。

全てから解放されようと。

「これで、終わりよ……!」

そして、アイが時魔法を発動する。動かない私達の目の前に光剣を配置し、時を戻すと同時に殺す。その瞬間、アイの勝利が確定する。

 

はずだった。

 

気付けばアイが床に両膝をついていた。荒い呼吸を繰り返し、鼻から大量の血を流している。錫杖も両手から落としていた。

「そ、んな……!?」

唖然としているアイ。私達も想像外の出来事にアイを見つめてしまう。

エクセロが驚いたように告げる。

「魔力の、欠乏……!」

彼女の魔力が底をついたのだ。度重なる時魔法、光剣、その他幾つもの魔法を使用したことで、遂にこのタイミングで魔力を失ってしまっていた。

アイはもう動くことが出来ない。

突然の幕引き。

この瞬間、勝敗は決した。

「はぁ、はぁ……」

きっと、私達だけでは魔力を使い切らせることなど不可能だった。

ゼノ……。

ゼノとの戦闘があったから、今のこの状況があると思う。ゼノが戦ってくれなければ、私達は今ここで死んでいた。

どうにか立ち上がろうともがくアイだが、体力的にも一気にガタが来たのだろう。身体が震え、立てずにいた。

「嘘、嘘よ……この私が……!」

何度も何度も立ち上がろうとするが、それでもアイは立ち上がることが出来ない。

私達は顔を合わせると、やがて身体を引きずりながらゆっくりとアイへと近づいていった。全員身体がボロボロだけれど、それでもゆっくりと近づいていく。

段々と近づく私達に、アイが顔を歪ませる。

「これで、勝ったつもり、かしら……! 私は、まだ……!」

必死に立ち上がろうとするアイの元へ辿り着き、三人でアイを見つめる。

今はもういつものような余裕が見られない。アイのこんな姿は初めて見る。

今日は本当にお母様の初めての姿をたくさん見ました。

そして、それでいいんだと思う。

私達は顔を見合わせると、頷いた。

 

そして、私は勢いよくアイの頬を叩いた。



パチンという甲高い音が鳴る。突然叩かれたアイは呆然と私を見つめていた。

次に、エクセロが逆の頬を叩く。私よりも強い力加減で叩いたようで私よりも甲高い音が鳴り、これまた唖然とした様子でエクセロを見つめていた。

最後に、シノがアイの頬を叩く。それがもう誰よりも強くて一番痛そうだった。振りかぶりの時点で誰よりも力をためていた。

痛みでひりつく頬を理解できず呆然と見つめるアイの前で、シノがふぅとため息をつく。

「はー、すっきりしたわ」

言葉通り、どこか爽やかにシノが笑う。私はその様子に苦笑してしまった。

「わたくしとしては、もう一発いきたいところですわ」

不満そうにエクセロが口を尖らしていると、シノがゴーサインを出していた。

「いいわよ、母様を合法的に叩ける機会なんてもうないかもしれないわよ。母様曰く、まだ勝ち負け決まってないみたいだし」

「それでは失礼しますわ」

そう言うと、本当にエクセロが再びアイの頬を叩いた。シノの叩きっぷりを見たせいか、先程よりも強めに叩いていた。

見るからに痛そうだ。

気付けばアイの両頬が膨れて腫れている。

痛そうで、でもそんな表情を見たことがなくて。

私達三人は顔を見合わせて笑った。

「どういう、つもりなの……?」

怒るわけでもなく、本当に理解できないというようにアイが尋ねてくる。

何故自分が叩かれているのか分からないのかもしれない。

色々理由はあるけれど、とりあえず一番は。

「これまでの仕打ちの借りを返しているだけよ。これくらいで済むんだから安いものよね」

「そう思ったら全然足りない気がしてきましたわ。もう一発いいかしら」

「これ以上顔が膨れたら誰か分からなくなりますよ」

「それもそうですわね」

きっと、面と向かって母親の頬を叩く機会などもう無いだろうから、勝負に乗じてこれまでの恨みつらみを晴らしたのだ。

本当に理解できないというように、アイが見つめてくる。

私自身、何度も殺されかけたのだから、ビンタ一発で足りるかと言われたら悩むけれど、でもやはりその程度で済む。

別にやり返したいわけじゃない。今まで抱えていたアイへの不満をぶつけただけ。

……やはり一発じゃ足りないかもしれないけど。

アイが、しみじみと呟く。

「母様、やはり母様は強いのね」

「悔しいけれど、それは認めますわ」

強いことは知っていた。だけど、これ程だとは。

今実感して改めて思う。

この力があったからこそ、アイは誰にも頼らなかった。

自分の力が一番信用できたんだろう。

「三人がかりでも全然倒せませんでした……。今こうしてお母様が膝をついているのは、決して私達三人の力だけでないことは私達も分かっています。ゼノがお母様の力を削ってくれたからだということは分かっているのです。だから、やっぱりお母様は私達の力を信用できないかもしれません」

これは決して私達三人の力ではない。私達三人の力だけでは。

「ただ、私はこれで良かったと思っています」

「セラ……」

母の、姉達の視線が向けられる。

私達の力だけではない。

だからこそ、大切なんだと思う。

私達だけの力ではないということが、何よりも大切なんだと思う。

「私達だけでは成せなかったことを誰かが支えてくれて成せるようになる、それでいいのだと思うのです。私達の足りないものを誰かが埋めてくれる、それでいいのだと思うのです」

胸張って言える。

ここまで来れたのは、決して私だけの力ではないと私は知っているから。

「誰かの支えがあるから私は今こうして立っているのです。誰かの支えがあったから私は今こうしてお母様の目の前に立っているのです。お姉様方と一緒に、お母様に勝つことが出来たのです」

もしかしたらこれらの言葉は、私達の力など誰かの力がなきゃその程度という意味になるかもしれない。

でも、その通りなのだから。私達の力などたかが知れている。

そして、誰かの力があれば、私達は何にでも向かっていける。

「三人では出来なくても、周りに支えてもらえばお母様を超えられるんです。力だけの話じゃありません。女王という立場だって、周りに支えてもらえばお母様をきっと超えられます。お母様より良い女王になることが出来るんです」

そして、それは私達だけに言える話ではない。

「お母様だってそうなんですよ。お母様だけで出来ないことでも、私達が支えて出来るようにしてみせます。会いたい相手がいるのなら、会えるように私達が頑張ってみせます。頼って下さい。お母様がいくら強くたって、一人で出来ないことは確かに存在するのですから」

だから。

気付いたら、目尻に涙が溜まってきていた。痛みのせいだろうか。さっきから我慢しているがそろそろ限界のような気もする。

それでも踏ん張ってどうにか立つ。涙のせいか痛みのせいか視界が霞んでアイの表情がぼやけてしまう。

アイがどんな表情をしているか分からない。

それでも伝えたい。

「だから、会いたいなら会いたいって言ってください。自分の気持ちを私達に伝えてください。ちゃんと受け止めます。一緒に考えます。だって私達は。私は――」

これまでずっと伝えたかった思いを。ようやく伝えるのだ。

一番アイに伝えたかったこと。

私が諦められなかった気持ち。

アイと共有したかった。楽しい時間を、悲しい瞬間を。たくさんの事を共有したかった。

それはきっと家族とかそういう理由の前に。

 

 

「私は、お母様を愛していますから……!」



 

そう、私はたとえどんな目にあっていても。たとえ母に殺されかけたって。

それでもアイを愛している。

私がアイを諦めきれないのは、家族だからではない。

アイを愛しているからだ。

歪んでいると思われたっていい。おかしいと思われてもいい。

この気持ちには嘘はつかない。

涙が零れ落ちる。言葉にした途端涙が止まらなくなる。

でも伝える。これまで伝えられなかった分、何度でも。

「どんなお母様だって大好きです……お母様が私を嫌いでも、私は、お母様を……!」

段々と嗚咽が込み上げてきて言葉に出来なくなる。

言葉に出来て嬉しくて、でも本当にアイが私を嫌いだと思うと悲しくて。色んな感情が込み上げて全てが涙となって零れ落ちていく。

思わず膝をつき俯く。前を向いていられない。手で口元を押さえたい、涙を拭いたいけれど疲労からだろう、もう手も上がらなくなってきた。

すると、誰かが目尻の涙を拭ってくれた。

その温かい手に、ゆっくりと目を開ける。

そして大きく見開いた。

 

「そう、これがあなたの力なのね」

 

アイが、手で目尻を拭ってくれていた。

もう限界のはずの身体で。動かないはずの身体で。それでも私の涙を拭ってくれた。

弱弱しく微笑みながら。

「セラが拭えない涙を、私が拭う。あなたに出来ないことを私がする。あなたが言っているのはこういう事ね」

シノもエクセロも驚いたようにアイを見つめる。

私も驚いていた。

初めてだった。

アイに、母に温かさを向けられるのは。

「不思議な子ね。きっと、皆がセラに協力したくなるのでしょう。それが、あなたの力なのね。皆の力が、あなたの力なのね」

「お母様……」

気付けばアイも泣きそうに顔を歪めていた。

必死に涙をこらえて、微笑んでいる。

「誰かに愛してもらうって、こんな感覚だったわね。久しく忘れていたわ。あの子を愛することに一杯で、誰かに愛されることなんて考えていなかった。気付こうともしなかった。いえ、もう愛されたくなかったのかもしれない」

愛されて、失うのが怖いから。愛されて、自分がその愛を裏切るのが怖いから。

アイの目尻に涙がどんどん溜まっていく。流さないように堪えているが、時間の問題だろう。

「私に愛される資格はあるのかしら……。私に誰かに支えてもらう資格はあるのかしら……」

今度はアイが俯く。俯いたせいで今にも涙が零れ落ちようとしていた。

 

その涙に、三つの手が伸ばされていた。

 

自分の時は上がらなかったのに、不思議とアイの時は自然と手が上がった。痛みなんて気にならない程容易く。

横に視線を向けると、シノもエクセロも手を伸ばしていた。シノは泣きそうな表情で笑い、エクセロは無意識だったのか自分の行動に驚いている様子だったものの、やがてそっぽを向いている。

三つの手が、アイに出来ないことを代わりに成そうとしていた。

差し伸べられた三つの手を見て、アイが笑う。

涙を流して。

「拭うにしては多すぎるわよ、もう」

私達も笑った。それぞれが優しくアイの涙を拭う。

多すぎるなんてことはない。

アイを支えるものに多すぎるなんてことはない。

長かった。ずっとこの光景に辿り着きたかった。

 

私達全員が笑えているこの瞬間に。

 

ゼノ、ようやく叶いました。ずっと願っていたことが、遂に。

途端に身体から力が抜けていく。身体どころではない。意識すら段々と薄らいできた。

「セラ!?」

三人の声が聞こえてくるが、返事を返す余裕もない。どうやら後ろに倒れこんだらしい。その感覚すらもない。

安堵や達成感からだろうか。そう言えば腹部を深く斬られたんだった。血が足りないのかもしれない。

血が足りないといえば、ゼノは大丈夫だろうか。エイラが時を止めてくれているはずだけど。

無事に治りますように。

幸福感を抱きながら、目を閉じてそう祈る。

祈っていたはずなのに、気付けば私の意識はそこで途絶えていた。


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