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3『過去の聖戦』

3 第三章第三十七話「セラにとっての家族」

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セラ

シノから聞かされた内容は簡単には理解できなくて。

アイが前国王を殺したとか、シノの本当の家族を殺したとか。その理由が不倫したからとか、それを隠蔽するためにシノが必要だったからとか。

はいそうですか、と簡単に受け入れられない言葉の数々に戸惑わずにはいられなかった。

シノが話を締めくくる。

「だから、私はあなた達と本当の家族ではない。だけど、それでも傍にいなければならなかった。もし勝手に離れたり母様の意思に逆らうようなことをすれば、本当の家族と同じように殺されると思ったから」

シノの話を受けて合点がいった。

シノがアイにあまりに従順だったのはその為だったのか。逆らいたくても逆らえなかった。自分が殺されてしまうからどうしようもなかったのだ。

「私達が外出を許可されていなかったのも、恐らく私が養子であることを疑われないためだと思うの。血が繋がっていないから私って母様に似てないのよね。エクセロとセラは顔立ちが似てるけど」

そこまで似てないとは思わないけれど、確かに少し顔立ちは違うかもしれない。私やエクセロは柔らかい顔立ちだが、シノはどちらかと言えば精悍な顔立ちだった。

それでも少ししか違わないのは、全てアイの計算によるものなのだろうか。

「私ね、ずっと本当の家族なのか気になってたの。だって、私だけ少し顔立ちが違うし、魔力量にも差があるでしょ? だから侍女を介して情報を集めたのよ。外に出られないから情報提供者を城内へ招いたりして少しずつ。母様が聖堂で祈りを捧げている時は母様の目を盗むことが出来るから、それほど難しいことではなかったわ。それで、本当の家族じゃないと知ったときは納得したけれど、同時に私がここにいる理由に恐怖もした。私は母様のために生きているんだと」

シノが体を震わせる。シノはずっとアイが怖かったのだ。アイに生かされているようなものだったのだから。アイがもう用済みと言えばそこまでだった。

「私に力があったら歯向かってたのかもしれないけど、母様に敵うわけがないでしょ。だから私は諦めた。私のために生きることを諦めた。私の人生はそういうものだって言い聞かせたの。でも……」

そこでシノがエクセロへ視線を向ける。

「エクセロはそんな私を受け入れてくれた。血も繋がっていないのに姉妹だと言ってくれたわ。本当に嬉しかった。これまで打ち明けたくても怖くて出来なかったから。もう家族には戻れないと思ったから。でも、私の人生は決して無駄なんかじゃなかったのね」

シノが積み上げてきたものがあったから、エクセロはシノを受け入れた。なければきっと受け入れてもらえなかった。

「私としてはそれで充分だったんだけど、ゼノって奴に言われたのよ」

「ゼノに?」

「『あんたはもう母さんとの関係を諦めてるのか?』って。『セラはまだ諦めてないよ。だからここまで来たんだ』って。セラ、あなたは本気で母様に認めてもらおうと思っているの? 認めてもらえると思っているの?」

眉をひそめながらシノが尋ねてくる。

認めて……。

考えれば考えるほどそれが難しいことだと思う。既にそれを実感させられた。

どう足掻いてもアイは私などに瞳の焦点を合わせやしないと思わされた。

きっと、欠片も興味がないのだろう。認める認めない以前の問題だ。

どうやったら私を見てくれるのだろう。

これまではどう頑張ってもこちらを振り向いてはくれなかった。アイが心を開くことは一度も……。

あっ。

「祈りと業……」

「え?」

シノが首を傾げる。

これは無断で聖堂へ入った際にアイが言っていた言葉。

多分唯一アイの心が映されていた言葉。

やはりアイの心は聖堂にある。そして、メアに……。

「あっ」

今度は声に出してしまう。訝しげにシノが見つめてきたが、私は今確信したことに必死だった。

断片的な情報が少しずつ繋がっていく。

国王の子ではなかった。メアの絵。地中に守られていたメア。

祈りと、業……。

先程はシノに起きた出来事に夢中で気が付かなかった。

でも、きっとそうだ。詳しい理由までは分からないけど、これまでシノが話してくれた全てがそこで、全てメアで繋がっているとしたら。

それでも疑問が生じる。

メアが全ての根底だとして、なぜアイはメアと離れ離れにならなければいけなかったのだろうか。

……。

そこに一つの可能性が見えてきた。正しいかどうかは分からない。全く根拠のない可能性だけれど、不思議と今はそれがすんなり心に落ちた。

もし私が、私たちがそれを取っ払ってあげることが出来たら。

そこまで考えたときに、何故か自分の視野が広がった気がした。

自分の中の固まった何かが優しく解かれた気がした。

「ちょっと、セラ?」

黙りこくった私にシノが声をかけてくる。

何故だろう、心が澄んでいる。

私は視線を返した。

「すみません、質問の答えがまだでしたね。お母様が認めてくれるかどうか、それは分かりません。けれど、今はもう認めてくれるかどうかなどいいのです」

「……どういうこと?」

「私はずっとお母様との関係を悩んでいました。お母様だけではありません、シノお姉様やエクセロお姉様との関係も。家族のようでどこか家族じゃないような気がしていたんです。家族って定義はどこか曖昧で血の繋がりだという人もいれば、そう思うこと自体に意味があるのだという人もいる。本当に人それぞれの定義があると思います」

だから私たちはやはり家族で、でも家族じゃない。

今になって思う。

「私、少し家族ということに拘り過ぎていたかもしれません。私、別に家族という名義が欲しいわけじゃないんです」

今の私は、アイと家族になりたい、戻りたいわけじゃない。今だって家族で、家族じゃない。

「私はお母様、お姉様方と共有したかったんです。楽しい時間を、悲しい瞬間を、笑顔を、涙を、悩みを。たくさんの事を共有したかった。私にとってそれが一番なりたかった関係なのです」

それを家族という名義にするならそれでも構わない。

ただ、別の名前でもいい。外枠なんて関係なかった。

こうして外枠を取っ払ってやれば、一気に視界が開けた。

家族に拘らない今、不思議と感情は一つだった。

 

 

アイを、救いたい。

 

 

もしかしたら救うとかそういうことではないのかもしれない。でも、アイもまた私と同じように外枠に囚われてしまっている、そんな気がした。

だから、それを取っ払ってメアに会わせてあげたい。一切のしがらみを無くして、純粋な感情で。

あれ程メアに会いたがっているアイを、もう私は無視できない。

もしそれがアイの悩みで、祈りで業なのだとしたら、共有して少しでも助けてあげたい、背負ってあげたい。

「私、シノお姉様が打ち明けてくれたこと、とても嬉しかったです。これまできっと沢山悩んだり抱え込んだことでしょう。それを打ち明けてもらえて、共有して背負わせてくれたこと、本当に嬉しいです」

「セラ……」

「そして今、分かったこともあるんです。きっとお母様も何かを抱え、背負っています。悩みがあって、辛いことがあって一人で泣いているんだと思います。だから、私はお母様を救いたい」

これまでやって来たことをなかったことになんて出来ない。本当にアイは誰かを殺してきたのかもしれない。

だとしたら許されることではない。

許されることではないから、許すことなくその罪を共に背負っていきたい。

それが今の私が望んでいること。

だから。

シノをじっと見つめる。これから口にすることは、生半可な覚悟で言ってはいけない。

それでも覚悟を決めて、

「シノお姉様、だから私達で――」

あることを告げる。告げた瞬間、

「……はぁ!?」

シノが素っ頓狂な声を上げたのはある意味当然だっただろう。

この件については私とシノだけで決められるものではないから、その後私達はエクセロの元へと向かった。





ゼノ

アイがそうして語り終える。

予想していた大筋から外れていたわけではない。

けれど、その大筋を繋ぐ物語があまりに悲愴で、何も言葉にすることが出来ない。

語り終わったアイの表情は自嘲的で、悲しげに笑っていた。

「分かったかしら。誰かのためなんて不可能なのよ。あれ程あの子のために生きていたはずだったのに、結局最後は私のためだった。どれだけ自分に打ちひしがれたか分かるかしら!」

感情的にアイが強く叫ぶ。

きっと、何度も後悔したのだろう。こうすれば良かった、ああすれば良かったと。何度も後悔して自分を責めて、それでも何も意味がなくて。

「だから、祈りと業なのか」

メアが生きているように祈って、メアを追放してしまったこと、他にも例の彼が死んでしまったことも全て業として背負っているのかもしれない。

「……セラかしら、余計なことを言ったのは」

そうだが、別に肯定をする必要もない。

でも、よく分かった。

アイがメアのために、誰かのために何かを出来る人だったのであれば、まだセラと家族になれるはずだ。誰かを思いやる心があるのならば。

「それで、私は答えたわ。次はあなたが私に教える番よ」

漸く自分の番を迎えたというようにアイが息を吐く。

それは別に構わない。答えれば殺すと言われていても別に答えてやる。

「天地谷って場所があるだろ。あれの天使領側の麓に人族の集落がある。そこだよ」

「……」

俺があっさり教えたせいか、疑うように睨みつけてくる。だが、嘘は言っていない。

「人族に混じって元気にやってるよ。これでもかってくらいな」

「……そう、感謝するわ」

その瞬間、アイの周囲に無数の光剣が出現した。

「これであの子に会える!」

言下、一気に無数の光剣が殺到した。

こう来ると思ってたよ!

すぐに横へ駆け出し回避していく。長椅子を蹴って飛び、危ない光剣はセインで払っていった。

光剣自体に力はそれ程ない。数と速度が脅威なだけだが、今の俺ならセインのお陰で不正で行ける。

正直、シロの気持ちをちゃんと受け止められていないから、セインを借りるのは気が引ける部分もある。でも、今回は借りなきゃいけないと思った。

光剣を弾きながらアイへ叫ぶ。

「こうやって集落の人達も殺す気か!」

「当然ね」

「なぜ殺す! 殺さないのなら、案内してやってもいいぞ!」

折角の提案を、アイが鼻で笑って一蹴する。

「必要ないわ。人族なんてゴミも同然だもの。でも、そうね。あの子を預かってくれている御礼として、直々に私が手を下してあげるわ!」

錫杖をもってアイが駆け出す。そこへ俺は勢いよく長椅子を蹴り飛ばした。そのまま勢いよく前に飛び出す。

容易くアイが長椅子を斬って見せるが、その斬られた長椅子の背後に回り込んで椅子ごとセインをアイに叩きつけた。

しかし、もう片方の錫杖がそれを防ぐ。アイが後ずさると同時に光剣が降り注いできて、慌ててその場を離れた。

落ち着く暇がない。捌けないわけではないが、うまく攻勢に転じられない。

光剣を何度も回避しながら叫ぶ。

「あんたのその高飛車な態度が。その女王としての傲慢さが全ての原因じゃないのかよ!」

「っ」

途端、アイが表情を変えた。顔が怒りに満ちている。そのせいか、光剣の出現数も先ほどの倍にまで増えていた。

「っ、《雷帝剣!》」

すぐさまもう片方の手に、高密度の雷剣を出現させた。降り注ぐ剣の雨をどうにか防いでいく。

防ぎながら言葉を続けていく。

「図星なんだろ! 女王じゃなかったら、あんたの人生はこうなっちゃいなかった!」

きっと彼と幸せに生きていくことが出来た。

「うるさい!」

「あんたに力がなけりゃ、たとえ女王だったとしてもそんな傲慢にはならなかった!」

あの時、メアの目の前で女王である自分の立場を守ることもなかった。

「うるさい!」

アイが飛び出してくる。セインで二本の錫杖を防いだが、さらに光剣が逆から降り注いできた。慌ててシールドを張る。

シールドは光剣の数に負けてすぐに砕け散った。だが、一瞬の隙に横へとどうにか回避する。

一瞬、膠着状態になる。お互いに息を切らしながら、睨み合う。

睨み合いながら思う。

正直俺、あんまりアンタのこと言えないんだよな。

傲慢で言えば、俺もそうなんだと思う。なまじ力があるから、何でもどうにかなると思ってる節が俺にあるような気がする。

世界を変えるなんて言っておいて、まだ何も出来ていない。曖昧な目標を掲げて、具体的ではない。

それでも結果的にどうにかなると信じて疑っていない。

本当に酷い話だ。

力があれば、何でも出来ると思ってしまうんだ。

でも、力って何なんだろう。筋力の事か、魔力の事か。分からない。何であれ要は使い方なんだろうけれど。

ただ、俺の甘さをケレアに突き付けられた。色んな足りないものを突き付けられた気がする。

筋力があろうと魔力があろうと、出来ないことがあるのだと、どうにもならないこともあるのだと。

ケレアとの衝突がその証拠だった。

まぁでも、傲慢という意味ではアイと括りが一緒だけど、アイの出来てないことって生憎俺の得意分野なんだよな。

アイの一番傲慢なところは、自分一人でどうにかなると思っているところだ。

何者も頼ろうとしない。

たとえ力があろうと、誰か一人で出来ることなんて限られている。

誰かを頼るということ、俺の得意分野。もしかしたらそのせいで俺は何でも出来ると思ってしまうのかもしれないけど。

自分一人で全部どうにかなると思ってるなら、それは間違いだ。

一人の限界ってのを、教えてやるか。

こちとらシロの力も合わせて百人力だってことをな!

まずはその傲慢さを取っ払ってやる。

するとその時、アイが構えていた錫杖をだらりと力なく下におろした。

そして、

「もういいわ。終わりにしましょう」

と言ってのける。

瞬間、アイを取り巻く雰囲気がどことなく変化した。急に魔力の質が変化したような気もする。

アイが深呼吸をし、ゆっくりと俺を見た。

何故だか、背筋が凍った。

直感的に自身を包むようにシールドを張る。

その直感は決して間違っていなかった。

決して瞬きをしたわけでもないのに、本当に突如として眼前に光剣が広がっていた。

 

……は?



時間が飛んだような感覚。

近づいてきた感覚すらない。急にそこに出現したかのような。

張ったシールドに対してほぼゼロ距離のところにそれは位置していた。

それに気付いたのと同時に光剣は勢いよくシールドを容易く貫いた。先程までと光剣の質が違う。

額を光剣が貫かんとする。それをギリギリのところで上半身を後ろへ逸らして躱した。額をかすり、血が舞う。

そして体を逸らすと同時に気付いた。いつの間にかアイが背後にいる。

さっきまで前にいたというのに。

こちらも錫杖を振るって光剣と同時にシールドを容易く砕き、更にもう一撃錫杖を突き出していた。

っ、間に合わない……!

咄嗟に体を捩ったが避けられない。

その一撃はそのまま横腹を貫いた。

「っ」

激痛が全身を走る。錫杖の先にある槍はそれなりに幅が大きい。その幅分目一杯に貫かれてしまった。

しかし、それで終わりではない。更に四方八方から光剣が襲ってきていた。

じっとしていられない。

痛みに耐えながら雷帝剣を放し、その手を後ろに回して錫杖の杖を掴み、錫杖ごと横回転しながらアイを思いっきり蹴り飛ばした。アイが錫杖を放す。

そして回転しながらセインを振るい、光剣を弾いていく。それでも量が多すぎる。

全てを防ぐことが出来ず、右太腿と左肩を光剣が貫いた。

「――っ!」

声にならない悲鳴がもれる。これには思わず膝をついてしまった。

どうにか猛攻を凌ぐことが出来た。それでも、これは不味い。

太腿を深く貫かれ、立てそうにない。機動力が一気に下がった。

それに、右横腹の傷がかなり深い。痛みと共に視界が揺らぎ始めていた。口の中もだいぶ血の味がしてきた。

「まさか、初見で生き残るとはね」

パチンという音と共に、俺に突き刺さっている錫杖が姿を消す。傷口を塞いでいたものが無くなり、一気に血が溢れ出した。

「っぁあ」

すごい勢いで床を血が濡らしていく。このままではいずれ血が無くなるかもしれない。

傷口を抑え、魔法で血を止めながらゆっくりとアイへ視線を向ける。

アイは冷めた笑みを浮かべていた。

そういうことか。

道理で少し違和感があったわけだ。

というのも、シェーンとアグレシアのことだ。二人は四肢を光剣で貫かれていた。二人とも同じところを一寸の狂いもなく。

おかしいと思っていた。確かに光剣は速いが躱せない、弾けない程ではない。

なのに、あそこまで綺麗に突き刺さるものだろうかと思っていた。

その疑問が無事解消された。

と、同時に愕然としてしまう。

これは、本当に不味いな。

シールドを張っていなければ俺は確実に死んでいただろう。



アイは自身の時を加速させている。

 

メアを守っていたのが時魔法だってことも考慮すると、アイは時魔法を得意としているということだ。

アイは自身と自身の魔法の時間を加速させることで周囲から切り離し、相手が動かない間に魔法を放ち、自身も移動しているのだ。

エイラが言っていた。時魔法は時間の加速も停止も可能だが、物質に干渉することが出来ないと。だから、あの時光剣はシールドを割ることなく外に、アイも同様に時を正常に戻すまで待っていたのだろう。

シェーンとアグレシアの場合は、自身の時を加速させ、シェーンとアグレシアの四肢のすぐ目の前に光剣を設置していたのだろう。そして、時を戻すと同時に勢いよく突き刺したのだ。それでは躱せない。

そう、これは躱せない。

「くそっ」

血を止めながら、シールドを再び張り、先程よりも範囲を広げる。

「どうやら馬鹿ではないようね」

「そりゃ、どうも……」

これで少なくともこのシールドの範囲外からしか攻撃は飛んでこない。先ほどよりも余裕はあるが、それも時間の問題だろう。

「その傷と足で、どれだけ耐えられるかしらね」

アイの言う通りだった。

ジリ貧だ。アイが時を操れる以上、こちらは全てにおいて後手に回るしかない。

エイラとジェガロが時魔法は本当に難しいと言っていたのに。ちゃんと詠唱しなければ難しいと言っていたのに。

……。

視線をアイに向ける。アイが肩で呼吸している気がする。さっきよりも呼吸が乱れている?

やはり、ノーリスクではないようだ。それでも脅威であるが。

さて、どうしたものか。先程の様子だと、発動の為に少し溜めが必要みたいだな。その間に距離をってこの傷じゃ無理か。

直後、今度はシールド全てを包むように無数の光剣がいつの間にか広がっていた。

「なっ」

「死になさい」

アイの号令と共に全ての光剣が殺到する。一瞬でシールドが砕け、全方位から光剣が向かってくる。

動けないとかそういう問題ではない。既に避ける空間がないのだから。

ただ、先程よりもシールドを広くしたことで余裕があったのが幸いか。

「んんっ!」

再び手元に雷帝剣を出現させると、それをセインに纏わせる。雷が紅く染まり、電撃をまき散らしていく。

それを左足を軸に勢いよく一回転しながら薙いだ。赤い雷撃が光剣を飲み込み分解していく。最後に頭上へと振り上げて上の光剣もかき消していく。

すると雷撃の中からアイが飛び出してきた。錫杖を二本勢いよく振るってくる。

どうにか受け止めるか肩、脇腹、足の怪我のせいで踏ん張りが利かない。

「その程度!」

「っ」

そのままアイの力で勢いよく吹き飛ばされてしまった。長椅子を破壊しながら壁に激突してしまう。

アイが余裕な様子で俺を見下ろしてくる。

二度目の発動で分かったことは、基本的に時を止めるには動いてはいけないようだ。全て直立不動から発動されている。

それが分かったところでではあるのだが。

後手に回ってしまうとやはりどうにもならない。

攻めに転じなくては。ならどうするのか。

攻めと守りを両立するしかない。

時を止められても俺を包んで守り、そのまま攻撃に転じることの出来る魔法。

ぶっつけ本番だが、それはいつもだ。

魔法は想像力だと思う。

想像する力と、それを可能にする力と構造。

きっと魔法を極めたら何でも出来るんだと思う。

 

もしかしたら魔法がこの世界なのかもしれない。

 

目を閉じて魔力を集中させる。想像の産物を形にして顕現させる。

一応再びシールドを張っていたのだが、そのシールドが砕ける音がした。目を閉じているから分からないが、とにかくこれで俺は無防備ということ。

目を開けなくても光剣が迫っている気配があった。

頼む、間に合え!

一気に魔力へ命を吹き込む。命令式を組み込み。

次の瞬間、何かが砕ける音と風切り音、そしてバチバチと放電の音が聞こえた。閉じた瞼の先で光が明滅して消えていくのが分かる。

「何ですって……」

そして、アイの驚く声が聞こえてきた。

どうやら上手くいったようだ。

目を開ける。周囲には砕けた無数の光剣が散らばっていた。

そして、俺の半径一メートルを強嵐が包んでいた。暴風と言ってもいい。目に見えるほどの風が俺を守っている。

その中を、黄色い軌跡が縦横無尽に目まぐるしく移動していた。全くと言っていいほど目で捉えられない。

俺が手を伸ばすと、目の前でその軌跡が止まる。

それは雷で出来た大剣だった。バチバチと大きな音を立てながら強嵐の中、その場でゆっくり回転しながら目の前に浮かんでいる。

思い描いていた想像が、今形を成して目の前にあった。

 

「《風陣・雷刃…!》」

 

風切り音と放電音が名に呼応するように、音を鳴らしていた。
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