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3『過去の聖戦』

3 第三章第三十五話「光」

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セラ
 王都ハートの街並みを見下ろしながら翼を広げて先へ進んでいく。今回の事態のせいで多くの国民たちが確認できた。ハーティス城から逃げるように走っている者や飛んでいる者。
 その誰もが私たちには気づかない。私たちがかなりの高度を飛んでいるのもあるだろうが、きっとそんな余裕はないのだろう。
 ごめんなさい、そう心の中で謝っておく。
 これは私のわがままなのだから。
 段々とハーティス城に近づいていく。あそこの最上階に、聖堂にアイがいる。
 そう思ったら、無意識のうちに大きく息を吐きだしていた。緊張しているのだ。遂にこの時が来てしまった。
 何を話そうとか、どうしようとかは一応考えている。でもそれ以上に失敗する未来がたくさん想像できてしまう。
 ゼノにエイラ、シロが命懸けで気を引いてくれている。私のために。私のわがままのせいで。
 それなのに失敗してしまったとしたら、私はどうやって彼らに逢えばいいのだろうか。
 そもそも会えるだろうか。アイは私を殺してもいいと考えているのに。
 ハーティス城へ近づけば近づくほど、心が後ろを向いていく。
 いや、駄目です。
 拳をギュッと握りしめ、下がりそうな頭を前へ向けた。
 ゼノは私へ元気だと伝えてくれた。元気を与えてくれたはずだ。
 こんなではゼノに怒られてしまいますよね。
 そう、私には皆がいて、皆が支えてくれている。失敗したらとかじゃない。皆に応えるためにも私は成功させるのだ。
 必死に前を向いていこう。この世界は捨てたもんじゃないとゼノが教えてくれたのだから。
 綺麗な世界を見に行こう。
 改めて覚悟を決めて前へ進んでいると、後ろから声をかけられた。
「その様子なら大丈夫そうですね」
「シェーン……」
「ま、何が起ころうと私がいるから安心安全問題なしなんですけどねっ」
「アグレシア……」
 振り返ると、そこには頼りになる二人がついてきてくれている。
「まぁそうだな、お前がいると問題のほかにも安心と安全もないな」
「君は文脈を読むのが下手くそなのかっ」
「お前の言葉の意味など考えるだけ無駄だろう」
 いつものように争う二人が本当に頼もしくて。思わず微笑んでしまった。
 きっと二人とも私が緊張していることに気づいていた。ずっと気にかけてくれていた。
 それがとても嬉しい。
「二人とも、ありがとうございます。大丈夫ですよ、二人がついてますからね」
 そう、大丈夫。私はこんなにも恵まれているのだから。
 心の浮き沈みの激しさに苦笑してしまうけれど、もともと私は暗いほうなのだろう。それを明るい方向へ導いてくれるのは皆だ。
 ずっと明るくいられるように、皆でいられるように頑張ろう。
「行きましょう!」
「はい!」
 そのまま勢いよくハーティス城最上階を目指す。
 三角形の頂点に小さな四角が乗っかっているような不思議な形をしているハーティス城。細い塔の先にある大きな四角こそが聖堂だ。
 もう目的地は目の前で、側壁が迫ってきていた。
「≪白雪!≫」
 周囲に光球をいくつも出現させる。壁を壊して中へ侵入できれば万々歳だが、もし聖堂が何らかの魔法で守られていたとしても、これでアイは私の存在に気付いてくれるだろう。
 もう気付かれているのかもしれないけれど、今日の私は駄々をこねに来た。
 少しくらいは大目に見てくださいね、お母様!
 そのまま光球達を勢いよく壁へと叩きつけた。驚いたことに、案外容易く光球は壁を貫いた。ガラガラと壁が壊れていく。
 聖堂はアイにとって大切な場所なのだから、何かしらの魔法はかけられていると思っていたが。
 壁は壊してしまったが、そこはアイの大切な場所だ。これ以上は何も壊さないようにしたい。
 壊れた人二人分くらいの穴から聖堂の中に入った。ほんの少し土埃がたっていたが、やがてそれも消えて聖堂の中が見えてくる。
 最低限の日差しによる薄暗い聖堂、周囲の長椅子に赤い絨毯、その先にある祭壇と色とりどりのステンドグラス、そして、添えられた二つの花束と八芒星。
 何も変わらない姿がそこにはあった。添えられている花束も変わらない。あれはずっと昔の話なのだから当然今もあれほど瑞々しい状態で残っているとは考えられない。もしかしたら毎日アイが換えているのかもしれない。
 祭壇に添えられた花束の前に、アイはいた。両膝をつき両手を重ねて俯いている。どうやら祈っているようだ。
 漸くだ、漸く私は母と対話をすることができる。
 これまで、本音でぶつかったことのない母と、正面きって話し合える。
 逸る鼓動を抑えながら、大きく息を吸って言葉を発した。
「お母――」 
「ガッカリね」 
「っ」
 だがそれは、アイのあまりにも冷たい声音と言葉に遮られた。
 凄まじい威圧に、途端に声が出なくなる。言おうとしていたことが奥に逃げ込んでしまった。
「ギリギリまで耐えてみたけど、結局シノもエクセロも期待には応えられないようね」
 目の前でゆっくりアイが体を起こす。
「あの子たち、私の祈祷の時間を邪魔することがどれだけの罪になるのかわかっていないようね。侵入者の対処にどれだけ手こずっているのかしら。度重なる轟音と揺れ、あまつさえ侵入者をこの聖堂へ通してしまうなんて。本当に役に立たないわね」
 実の娘に対してなんという言い草なのだろう。でも、アイが本気でそう思っているのが伝わってくる。その後ろ姿から溢れて出ている雰囲気がそれを物語っていた。あまりに重くて、冷たい。
「そして、この聖堂で私に魔法を使わせる気なんて。何のために聖堂で魔法を使わないようにしていると思っているのかしら。なんて親不孝者なのかしらね」
 理由はわからないが、容易く壁を貫けたのはアイが聖堂に対する魔法を嫌がっていたかららしい。聖堂を魔法で守らずとも、シノとエクセロが本来近づけさせないという話だったのだろう。
 でも、シノもエクセロもそれを守れなかった。私が聖堂に入ってしまった。
「本当に私の娘たちは。シノにもエクセロにも罰を与えなくてはいけないわね」
 そして、振り返ってアイが告げる。 
「セラ、あなたもね」
 言下、アイの両手にそれぞれ錫杖が出現した。シャンと澄んだ音が響く。その錫杖の先に大きな光の槍が浮かんでいた。槍というには刃があまりに太く、長い。
 その瞬間、私は直感した。
 ああ、お母様は私と話す気がないのですね。
 そして、アイが一瞬で姿を消したかと思うと眼前に出現した。今にも片方の錫杖を、光槍を私の脳天へ振り下ろさんとする。
 そこに一切の躊躇いはない。
「言ったわよ、二度目はないと」
 アイは私を殺す気だった。
 動き出すにも遅すぎた。避けることも防ぐことも出来ない。
 だが、シェーンとアグレシアが横から剣で防いでくれた。私と違って二人とも最初から臨戦態勢だったようだ。
 それでもアイの一撃は重すぎた。
「っ」
 二人で防いだというのに、アイの一撃は止まらない。二人の剣ごと私へと叩きつけられた。一瞬の間を二人が稼いでくれたためにどうにかこちらもレイピアで受け止めることができた。
 だが、それでも防ぎきれない。三人でも止めることができない。たかがアイの、それもあの細い片腕から放たれた一撃だというのに。
 私たちの体が悲鳴を上げる前に、床が悲鳴を上げた。一気に亀裂が走り砕け散った。そのまま私たちは真下へと吹き飛ばされた。
 真下は外だった。真横から夕陽が光を放っている。特殊な構造上、聖堂が大きさの割に細い塔に支えられているためだ。
 外なら好都合だ。どうにか翼をはためかせて勢いを殺す。
 ただ、動揺は殺しきれなかった。
 こういう展開も予想していた。けれど、いざ目の当たりにしてみると、想像以上の痛みが心に走っていた。
 痺れる手を見つめる。そこには確かにアイの殺意が残っていた。
「セラ様、ご無事ですか!」
 すぐにシェーンとアグレシアが駆けつけてくるが、余裕を全くアイは与えてくれない。
 上から複数の光剣が高速で降り注いできていた。その全てが私ではなく他の二人へ。
「くっ」
 どうにか剣やシールドで受け止めていたが、その勢いを殺しきれずに光剣と共に下へと吹き飛んでいった。
「二人と――」
 慌てて追おうとしたが、影が私の体へと落ちる。
 いつの間にかアイが翼を広げ、距離を詰めていた。
 再び振り下ろされる錫杖。
「っ」
 今度は一人で受け止めたが、やはりその力は凄まじく。私の力など比ではない。
 全く敵わず私も下へと吹き飛ばされてしまった。勢いを全く殺せず、そのまま天井を破壊して城内へと入れられる。
 そこは会の間で、大きな広間でたくさんの丸テーブルと椅子があった。
 その丸テーブルを押しつぶすようにどうにか着地する。背中と足が物凄く痛むが、本当に気にしている暇がない。
 アイが急降下しながら再び錫杖を振り下ろそうとしていた。
 これ以上、レイピアで受け止めていたら折れてしまうだろう。先ほども怖いくらいひしゃげていた。ただ、魔法を唱える暇も避ける余裕もない。 
 覚悟を決めて受けようとしたとき、アイの背後にシェーンとアグレシアが向かっていた。
 その背へと勢いよく剣を振り下ろそうとしている。
 アイの勢いを止めるためには攻撃も仕方がないと判断したのだろう。
 だが、それすらもアイには届かない。
 振り返りながら、アイが片方の錫杖を薙ぐ。二人の攻撃を容易く弾いて見せた。
 そのまま胴ががら空きになった二人へもう片方の錫杖を薙ごうとしている。このままでは二人の体が真っ二つになってしまう。
 咄嗟に私はアイの翼を掴み、勢いよく引っ張った。ギリギリのところでアイの体勢が起き上がり、二人の頭上を通過した。
 しかし、そのまま薙いだ勢いでアイが回転する。アイの翼を掴んでいた私は咄嗟のことで離すことができずそのまま持ち上げられ、回転のまま勢いよく二人へと叩きつけられた。
「うっ」
 そこで手を放してしまい、三人そろって横へ吹き飛ばされてしまった。テーブルや椅子をなぎ倒してそのまま中央付近まで吹き飛ばされてしまう。
 すぐに体を起こすが、変わらずアイが向かってくる。
 猛攻についていけず、少しの言葉を発することも出来ない。本当に対話どころではない。
 どうすれば……!
 その時、ちらっとシェーンとアグレシアが私へ視線を向け、そのまま猛然とアイへと立ち向かっていった。
 力の差は埋められない。それでも、二人は少しでも私のために時間を稼ごうとしてくれていた。
 それでも、稼げる時間は本当に僅かで。二人が左右に吹き飛ばされ、すぐさまアイが突っ込んできた。あくまで狙いは私なのだと。
 本気で私を殺す気なんですね。
 わかっているけれど、それでも私は諦めない。
 皆がいる限り、私は諦めないと決めた。
 二人が稼いでくれた僅かな時間。恐らく早く言おうとしても二、三単語言える程度。
 その中で最善の言葉を。次へ繋がる言葉を。
 そう考えたら、不思議と答えはパッと出てきた。
 迫るアイへと、私は告げた。 
「黒髪の女の子!」
 その瞬間、確かに猛攻が止まった。
 アイが目を見開きながらその場に止まっていた。もう少し遅かったら間違いなく私を錫杖で貫いていただろう。ほんの少しの距離。
 ただ、これで確信した。私は黒髪の女の子としか言っていない。それなのにアイは確かに止まった。
 それはつまり、黒髪の女の子メアがアイに関係あるということ。そして、その関係がよほどアイにとって大切だということだ。
 黒髪の少女など、決して天使族において珍しいわけでも多いわけでもない。それなのにアイが動きを止めたということは、アイの記憶の中で確かにメアが大きな割合を占めているということだ。
 メアは、やはり私にとっても切り札だった。
「セラ様!」
 アイが動きを止めている間に、シェーンとアグレシアが私を引っ張り一度下がる。距離が近かったことを懸念したのだろう。
 それでもアイは追ってこない。
 信じられないといわんばかりの表情で、ずっと私を見つめていた。
「なぜ、それを知っているの?」
 それが何なのかは大体予想がつく。メアの存在、きっとアイはメアの存在を隠していた。
 その理由はわからないけれど、アイにとってメアは大切であることは、あのメアが描いた絵を見ればわかる。あんな笑顔は娘である私ですら見たことがない。
 つまり、アイは大切だったからメアを隠したのだろう。
 私は、慎重に言葉を選んで返した。
「その女の子に直接聞いたからですよ」
 メアのおかげだ。今日、漸く私とアイは対話を始めることができた。
 ここから、私はアイと紡いでいく。家族として。
「……るの?」
 一瞬、アイからは想像できないほどか細い声に戸惑ってしまった。これまでそんな声音は一度だって聞いたことはない。
 泣きそうな声音で再びアイが問う。
「あの子は、生きているの?」
 あの子が誰のことを指しているかなど問うまでもない。
 ただ、あまりにアイが一つの答えを望んでいるようで。そうであってほしいと願っているようで。
 何かを祈るように問うてきたせいで。
 気付けば、私は早く知らせてあげたいと思っていた。何の駆け引きもなしに、ただ純粋に教えてあげたくて。
「……はい」
 そう答えた瞬間、アイが膝から崩れ落ちた。目を見開いたまま膝をつき、焦点の合わない視線を床へ向けている。
 その放心状態にどう声を掛けたらいいかわからなくて、今は待つことにした。きっと、心を整理する時間も必要なのだと思う。
「どうやら、当たりだったようですね」
 背後からシェーンが話しかけてくる。よく見ると二人とも致命傷は避けているが、ところどころに切り傷があった。随分無理をさせてしまっている。
 でもこれからは対話がメインになる。無理をさせずに済むだろう。
「はい。二人ともありがとうございます。二人のおかげで話せました」
「いいえ、セラ様のためならいくらでも体を――」
 その時、私は少し安堵していた。
 漸くアイと話すことができる。戦うことなく、親子として話ができると。
 それが間違いだった。
 一瞬で空気が変わった。
「っ」
 私たちは驚いたようにアイを見つめた。
 ゆっくりとアイが立ち上がる。その醸し出す雰囲気が先ほどまでとはまるで違う。
 先ほどまでは重く冷たい雰囲気。それは私へ向けられていた殺意のせいだろう。
 そして今は。 
 長年溜め込んでいたかのような希望と憎悪が同時に入り混じってアイの周囲を漂っていた。 
 「っ、セラ様お下がりください!」
 これはおかしいと二人が前に出る。
 だが次の瞬間、二人の姿は消えていた。
 えっ。
 決して瞬きをしていたわけでもない。私だってアイの様子がおかしいと思っていた。いつでも動けるように集中していた。
 というのに、全く気付かない間に目の前から二人がいなくなっていた。
 代わりに残っているのは複数の光の軌跡。
 その光の軌跡を辿ると、壁の方へ進んでいた。そして、その壁に張り付くようにシェーンとアグレシアはいた。
 四肢を光剣で貫かれた状態で。
「シェーン、アグレシア!」
 突然のことに思考が追い付かない。何があった。
 なぜ目の前から二人が消えて、いつの間にか壁に磔にされているのか。
 二人とも驚いたように自身の体を見つめていた。二人ですら自分に起きた現象を理解できないようで。必死に体を動かそうとするが、四肢を貫く光剣が壁と縫い合わせ、動けない。ただただそこから血が噴き出すだけだ。
 信じられないほどの正確無比な攻撃だった。シェーンとアグレシアが気付くことなく、二人とも寸分違わず四肢をきれいに貫かれているのだから。
 誰がこれをやったかは明白だった。
「っ、お母様!」
 どうして。ようやく対話ができると思ったのに。なぜこんな。
 悲しくて辛くて、許せなくてアイへ視線を向ける。
 その視線を一身に受け、アイは告げた。 
「私の娘は一人しかいないわ」 
「っ」
 直後、気づけば私は宙に浮いていた。シェーンとアグレシア同様磔のように。
 自分に何が起きたのかわからない。時間が飛んだ感覚に近いが、少し違うような気もする。
 その時、痛みが体に走った。
 私の両手首、両足首にはいつの間に巻かれたのか、炎の鎖が巻き付いていた。それが私を浮かせていた。
 途端、肉が焼ける音とともに激痛が体を走った。
「っあああああ!」
 あまりの痛みに叫んでしまうが、決して炎鎖が解けることはない。延々と私の手首足首を焼いていた。
「セラ様!」
 後ろから二人の声が聞こえてくるが、視線を向ける余裕がない。痛みに悶え苦しむしかなかった。
 そこへアイがゆっくり近づいてくる。
 淡々と私を見つめているようで、それは虚空を見つめているように思えた。
「教えなさい、あの子はどこにいるの」
「お、お母様、なぜこのような……」
 その時、アイがパチンと指を鳴らし、周囲に無数の光剣を生成した。
 そのままその内の二本が勢いよく射出され、シェーンとアグレシアの元へと向かっていった。
「っ、やめて!」
 必死に体を動かそうとする、魔法を放とうとする。でも炎鎖が、痛みが邪魔をしてうまく出来ない。
 それは二人も同じなようで、どうにかシールドを展開していたがあの状況でのシールドなどたかが知れている。
 光剣は容易くシールドを貫き、そのまま深々とシェーンとアグレシアの腹部へ突き刺さった。
 二人の口元から大量の血があふれ出す。
「いやああああ!」
 早く二人の元へ駆け出したいのに、全く体が動いてくれない。こんなに気持ち悪くて苛立たしくてもどかしくて、自分を呪ったことはない。
 私はここで何をしているんだ。
「あれは人質よ。あなたが私の質問に素直に答えなければ、あれに剣を少しずつ突き刺していく。私が満足できるような答えじゃなければ駄目よ。精々あと二、三本の命でしょうから、しっかりと答えることね」
 目の前の状況を全く気にすることなく、アイが再び尋ねる。
「もう一度聞くわ、あの子はどこにいるのかしら」
 私は許せなかった。自分も、そして目の前にいる母も。
 私は悲しかった。私の母が、これほどまでに残虐でひどい存在だということが。
 私は、この人と何になろうとしていたんだっけ。
 絶望のままアイを見つめる。
 こんなことなら、来なければよかった。皆を巻き込んでまで来るんじゃなかった。知りたくなかった、受け止めたくなかった、自分の母親がこんな人だったなんて。
 涙が目元からあふれ出していく。焼ける痛みによるものではなく、悲しみによるもの。
 私、何なんだろう。
 気付けば私のすべてが空虚に、空っぽに感じた。
 全てが暗闇に包まれた。
 黙ったままの私に、アイが痺れを切らす。
「答えないのなら見ているがいいわ。あれはあなたのせいよ」
 パチンと指を鳴らし、今にも光剣を放とうとしている。
 光なのに、私にはあれが闇にしか見えなかった。
 本当の光というのは。
 そう、本当の光というのは。
 その時だった。
 突如としてアイの足元から勢いよく赤い斬撃が床を割って飛び出してきた。
「っ」
 咄嗟に錫杖で受け止めていたが、あの怪力のアイが勢いを殺すことが出来ずそのまま天井へ。やがて天井も突き破ってこの広間から姿を消した。
 あっという間の、突然の出来事に私は唖然としてしまう。
 その目の前にできた穴から、誰かが飛び出してきた。
 その誰かは広間に立ち状況を把握すると、赤い光を放つ剣を振るい全ての光剣を砕き、私を縛る炎鎖をも断ち切ってみせた。
「セラ、大丈夫か」
 その声に温もりを感じた。優しさを感じた。
 暗闇に包まれていた私に光をくれた。
 その存在に、こみ上げてきた涙を止めることが出来ない。口元を押さえても嗚咽が止まらない。
 それでも嗚咽の隙間に名前を呼ぶ。
 そう、本当の光というのは。私にとっての光は。
「ゼノ……!」
 間違いなくゼノのことだった。
 ゼノがセインを手に目の前に立っていた。
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