カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第三章第二十九話「Let's Girls talk」

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ゼノ
 濡れた衣服や髪を魔法で乾かして、セラと一緒に皆の所へ戻った。セラが濡れているとシェーンやアグレシアに何を言われるか分かったものじゃない。
 戻ったところで、早速セラがアイの元へ行く決断を全員に話した。話しているセラの表情にもう迷いはない。家族に命を狙われる、どれほどの痛みを伴うのだろうか。それは想像を絶するものに違いない。それでも会いに行くと決めたセラは本当に凄いと思う。
 俺と違って。
俺はまだケレアに会いに行く決心はついていない。会っても、何を話せば分からないからだ。
でも、必ず会いに行く。まだ言葉に出来ないけど、俺はきっと話さなきゃいけないことがあるんだ。
 セラの決断にアキが顔を喜ばせる。頭を下げて感謝の意を述べていた。アキは本当にメアが大好きだ。地下生活の時から誰よりもメアに構ってあげていた。サクとも仲良かったアキは、サクを失った悲しみを埋めるようにメアの傍にいることが多かった。
 でも、アキにとってメアはもうサクの代用ではなくなっている。
今回の件でそれがよく分かる。最初の頃はもしかしたらそういう側面があったかもしれないが、共に生活をするようになって、メアはかけがえのない家族になった。
 誰でもないメアの為に、アキはアイへ逢いたいのだ。
 兎にも角にも、そうと決まればやることは一つだ。
ゼノ:
「よし、そんじゃまぁ、セラの母さんに会いに行くとするかっ!」
 俺達はそれを最優先事項で動くことにした。もしセラとアイの関係が良好になれば、天使族と人族の関係も何か変わるかもしれない。もしアイが味方になれば、天使族全体が味方になったも同然だ。彼女は天使族の女王なのだから。
 そんなこんなで、今俺達はアイがいるらしい王都ハートへと向かっていた。そこのハーティス城を目指す。
 構成メンバーは俺、セラ、エイラ、シェーン、アグレシア、シロの少数精鋭だ。
 元々考えていたことだが、あの隠れ家はジェガロに頼もうと思っていた。ジェガロの魔法なら皆を隠せるし、何よりジェガロは人族が大好きだ。適任だと思って頼んだところ、快諾してくれた。
ジェガロ:
「良い知らせを待っておるぞ」
 そう言って、ジェガロは送り出してくれた。その横に、笑顔のメアと心配そうなアキが立っている。
メア:
「いってらっしゃい!」
アキ:
「……」
元気よく手を振って見送るメアと対照的なアキ。アキはついて行きたがっていた。当然だろう、メアのことを一番聞きたがっているのは彼女なのだから。でも、これから向かうのは天使族の本拠地だ。何が待っているか分からない。戦闘も避けられないかもしれない。アイがこちらの話を聞く気が無い場合も考えられる。
だから、全てが無事に済んだら好きなだけ聞こう、そう語ったら渋々アキは頷いた。自分が同行するリスクを考えたのだと思う。メアのことを聞くことは俺達でも出来るのだ。
アキ:
「……いってらっしゃい」
ゼノ:
「ああ」
 託された思いを胸に、俺達は出発した。
 現在は上空を飛行中だ。歩くよりも早いし、思ったより王都が遠くにあるらしい。
シロ:
「ゼノ、重たくない?」
 シロが尋ねてくる。何でもソウルス族は魔力を持たないらしく、代わりにセインを作れるようだ。つまり、飛べないシロは俺の上に乗っていた。
ゼノ:
「ん、むしろ軽いぞ。ちゃんと飯食べてるのか?」
シロ:
「むしろ普通の食事なんて久々に食べたわ……」
ゼノ:
「お、おう……」
 しみじみと呟くシロの様子に苦笑してしまう。まぁ百年もタイタスの胃にいたからな。
アグレシア:
「セラ様、お寒くはございませんか! あれでしたら私が――」
シェーン:
「貴様に話しかけられて背筋が寒い」
アグレシア:
「君には話しかけてないよ、シェーン!」
セラ:
「あ、あはは……」
 シェーンとアグレシアのいつものやり取りにセラが苦笑している。本当はどちらかにジェガロと共に残ってもらおうと思っていたが、二人揃って頑なについてくることを主張した。今回の件はセラの一世一代の勝負といっても過言ではないのだから、どうしてもついて行きたかったのだろう。傍で支えたかったのだろう。
 でも、言われてみれば寒いかもしれない。時刻はもう夕方頃。気温も下がりつつあるし、上空なら尚更だ。
エイラ:
「今日はこの辺りで野営しましょう」
 エイラもそう思っていたようで、その提案に誰も反対することはなかった。
 目立つ場所は避けて、森の奥地で火を起こすことにした。セラ曰く、この近くに天使族管理の集落はないようだ。全ての集落の場所を把握していることが、セラの覚悟を表していると思う。
ゼノ:
「とりあえず、セラ達は風呂でも作って入って来いよ。俺とアグレシアで結界やら薪の調達やらしておくからさ」
セラ:
「えっ、いいのですかっ!」
 俺の提案に女性陣が顔を喜ばせた。流石に長時間の飛行は身体に来る。食事前に汗も流しておきたいだろう。
 だが、唯一アグレシアだけが顔を歪めた。
アグレシア:
「なっ、勝手に決めないでくれないか?! 私もセラ様と一緒に――」
ゼノ:
「馬鹿かお前は」
 何で男のお前がセラ達と入れると思ってんだよ。お前が入れるなら俺も入ってるわ。
 適当に魔力で縄を作り、アグレシアを縛り上げる。
アグレシア:
「おいゼノ! 何をする!」
ゼノ:
「ほら、俺がこの変態を見張っておくからさっさと行って来ーい」
シェーン:
「今回はナイスプレイだ、ゼノ!」
 珍しくシェーンが褒めてくれた。アグレシアが関係してくるとターゲットが俺からアグレシアに移るのだろう。
セラ:
「では、すみませんがお先に失礼しますね」
 ジタバタするアグレシアを押さえつけている間に、女性陣が森の奥へと消えていった。
 見えなくなる直前、エイラが振り向いたが俺と目が合うとそそくさと行ってしまった。
 そう言えばアイツ、あれから話しかけてこないな……。
 作戦室ではあれ程抱きついて来たのに、あれ以降そういう素振りも見せない。何だったら会話だってあまりしていなかった。
 そういう話には疎い俺ですら分かる好意だったんだけどな……。一過性のものだったか? それとも……。
 ……あ。
 そこで一つの勘違いに辿り着いた。エイラに湖で語り合った晩、俺は随分とエイラに甘えたような気がする。ということは……。
 アイツ、俺に母性溢れさせてんのか!
 そう考えるとあの抱擁行動にも合点がいく。あれは好意というよりもいわば母性本能だったわけだ。なるほど、通りでシロにも突っかかっていたわけだ。息子の結婚を認められない母親的な立場だったに違いない。
 いや、決して息子じゃないけれど。
 でも、そうなると余計に距離を置いた意味がよく分からない気がする。
母性と理性の狭間で揺れてるのかもしれないな。或いは急な恥ずかしさに襲われているとか。
 そんなことを考えていると、下から呻き声が聞こえてきた。
アグレシア:
「いつまで上に乗っているつもりだい!」
ゼノ:
「お、すまんすまん」
 すっかりアグレシアのことを忘れていた。上から避けて縄を解いてやると、アグレシアが勢いよく指を指してきた。
アグレシア:
「ゼノ、それでも君は男かい! 女性がこれから湯浴みをするならば、男たるもの覗かずしていつ覗くというんだ!」
ゼノ:
「いつでも覗かねえよ」
 アグレシアは放っておいて、両手を合わせて集中する。ここを中心に、不可視の結界を球状に作っていく。
 その間もアグレシアの言葉は続いていた。
アグレシア:
「あぁ、今頃セラ様はあの絹のようにきめ細かな美しい肌を露わにしているのだろう。すらりと長く美しいおみ足に、全ての男性を包み込む美しい腕。そして一切の無駄なく、そこが桃源郷であると言わんばかりの美しいお――」
ゼノ:
「ぁぁあああ、うるせえええ!」
 先程からアグレシアの言葉に触発された煩悩が邪魔をして集中できない。張っている結界もたわんでいた。
ゼノ:
「集中してんだから邪魔すんなよ!」
 妄想が止まんねえだろうが!
 無駄に鮮明に語るアグレシアのせいで、頭の中はさっきからセラのことでいっぱいだ。
 思考を読んだのか、俺の様子にアグレシアがニヤリと笑う。
アグレシア:
「君、さてはこちら側だな?」
ゼノ:
「一緒にするな!」
アグレシア:
「何も遠慮することはない! 見たくはないかい! 濡れたあの穢れなき金色の糸が頬に張り付く姿を、その頬が赤く上気している姿を!」
ゼノ:
「っ」
 アグレシアの言葉で、セラと湖に落ちた時のことを思い出した。
 びしょ濡れのセラは当然のように髪が額やら頬やらに張り付いていて。
 とても、色っぽかった。
 ただでさえ直前までセラの整った顔が至近距離に迫ってドギマギしていたのだ。それもあって心臓が酷くうるさかった。
 そこに風呂による頬の上気が加われば、きっと俺はイカレてしまう。
 見たい、見たいけど……。
 でも、アグレシアに見せたくはない。
 えっ……。
 一瞬、そんな感情がよぎったことに驚いてしまう。自分はみたいけれど、アグレシアには見て欲しくない。そんなの独占欲じゃないか。
 初めての感覚に、俺は戸惑ってしまった。
ゼノ:
「……」
 言葉を返せずにいると、チャンスと踏んだのかアグレシアが一気にセラ達の方へと駆け出した。
ゼノ:
「あ、おい!」
アグレシア:
「はははは、甘かったね!」
 凄まじい加速でアグレシアが駆けていく。完全にあれは本気の速度で、周囲に突風すら起こしていた。どこで本気を出しているんだ。
急いで捕まえなければセラ達が被害に……!
アグレシア:
「ぎゃっ」
 慌てて追おうとした時、急にアグレシアから悲鳴が聞こえてきた。同時にそこで止まっている。そして、そのまま仰向けに倒れてしまった。
すぐに追いつき、状況を理解する。
 なるほど、シェーンか。本当に用意周到だな。
 俺達の目の前には透明な壁が作られていた。万が一を防ぐためなのだろう。力づくで割っても感知できるし、気付かなければこうやって勢いよくぶつかる。
 本気の速度で駆けていたアグレシアには、それはもう大打撃だ。現に顔面を強打して目を回してしまっている。
ゼノ:
「……ふぅ」
 とりあえず、当面の危機は去った。無事にセラの裸体を見せずに済んだことに安堵していた。そして、やはりその感情に首を傾げてしまう。今だって誰よりもセラのことを気にしていた。
 何だよ、これは……。
 やけにセラを気にしてしまっている。少し変な気持ちだ。心がざわつく。でも、それが少しだけ心地よく感じて。
ゼノ:
「……お前がセラセラ言うからだぞ」
 アグレシアのせいで意識してしまったに違いない。
気絶している彼をまたもや縄で縛りつける。今度は逃げ出さないよう木にくくりつけておこう。
全く、悩み事増やすなよなぁ。ただでさえ色々考えなきゃいけないことで一杯なんだから。
苦笑しながら、手綱を手に取る。そのまま再び結界を作るべく、アグレシアを引きずってその場を後にした。
………………………………………………………………………………
セラ
魔法で岩を隆起させて囲みを作り、その中に水を溜める。後は温めて湯船の完成だ。その仕上げはエイラがやってくれていた。水に手をかざして熱してくれている。魔法で熱湯を出すこともできるが、やはり細かい温度調整となると難しいのである。
 ゆっくりそれの完成を待っていると、隣でシェーンがため息をついた。
シェーン:
「やはりか……」
 額に手を当てて、何やら呆れている様子だ。
セラ:
「どうしたんですか?」
シェーン:
「いえ、害虫駆除に成功しただけです」
セラ:
「害虫駆除?」
 シェーンが何を言っているのか分からないが、教える程のことでもないらしい。
シェーン:
「いいえ、お気になさらず。それよりそろそろ良い温度なのではないか?」
エイラ:
「んー、そうですね。これくらいが丁度いいでしょう」
 エイラが立ち上がる。確かに湯船からは良い感じに湯気が上がっていた。それを見るだけで急いで飛び込みたくなる衝動に駆られてしまうが、まずは身体を洗わなくては。
 それでは着替えましょうかとシェーンと話していると、いつの間にやらシロは既に衣服を全て脱ぎ去っていた。裸体を堂々と晒している。百年以上は生きているものの、その身体は幼い。
シロ:
「新しく貰った服、悪くないけれど少し趣味と違うのよね」
 タイタスの胃で生活していたシロに衣服はなく、出て来た時はゼノの上衣を着ていた。常にそれとは当然いかず、背丈が同じ位の人族から服を借りているわけだが、その趣味が合わないらしい。
ちなみに、その服とは色の違う複数の布で作られた可愛い花の刺繍入りのシャツとミニスカートだった。貰った時、その人族はとても興奮気味に話していたから力作なのだろう。布も自分で色を染めたに違いない。
セラ:
「早く着替えすぎですよ、シロ。あなたは魔法を使えないのですから、もう」
 身体が冷えないように、すぐに魔法でシロの頭上から温かい雨を降らせた。待ってましたと言わんばかりにシロが全身に浴び始める。
 というか、裸になることに抵抗が無さすぎませんか?
 別に同性同士で気にすることはないが、近くにゼノやアグレシアがいることを忘れているのだろうか。……いや、ゼノは既にシロの裸体を見ているか。通りで抵抗が無いのかもしれない。
 ひゃー、と嬉しそうに浴びているシロに苦笑しながら、私も衣服に手をかけた。
 その時だった。
シロ:
「エイラって、やっぱりゼノのこと恋愛対象として好きなの?」
 シロが黄色の長髪を洗いながら唐突にそう言ってのけたのだ。
 瞬間、シロ以外の手が一気に止まった。私も上衣のボタンを外しかけのまま固まってしまう。シェーンも見事に下着姿のまま動くことを止め、私と共にエイラへと視線を向けていた。スラッとして綺麗で、でも出る所は出ている女性的な身体のラインを惜しげもなく見せている。
 やはりシェーンも気になっていたのだろう。私だって気になる。誰もが気になっていて、でも聞きづらかったものをシロが単刀直入に聞いてくれていた。
エイラ:
「……」
 当のエイラは黒タイツを脱ぎ掛けのまま動きを止めているが、視線が下がっていて表情が見られない。ただ、黒髪の隙間から見える耳は真っ赤になっているようだ。
 返事のないまま、シロが言葉を続けていく。
シロ:
「あ、言っておくけどライバルに対する牽制とか威嚇のつもりじゃないからね。ただの興味本位というか確認というか。だってほら、誰が見てもそう見えたじゃない?」
 その時、チラッとエイラがこちらへ振り向いて見てきた。やはり顔も赤い。
 その視線が何を聞きたいのか分かったので、苦笑気味に頷いておく。
セラ:
「ま、まぁそうですね。結構分かりやすかったというか……」
シェーン:
「むしろ分からせようとしていたようにしか見えなかったが」
 シェーンの言葉がトドメだったのだろう。次の瞬間、エイラは両手で顔を覆って地面を左右に転がり始めた。
 そして一言、
エイラ:
「あー、死にたいっ!!」
 悲鳴のような声で告げていた。足も何やらジタバタさせている。
 様子からしてとても恥ずかしいようで、それだけでやはり確信することが出来る。
 エイラはゼノのことが好きなのだ。
 でも、今更恥ずかしがるようなことでもない気がする。だって、あれ程ゼノに抱きついて好意を示していたのだから。
 そう思っていたのは私だけではないらしい。
シロ:
「今更恥ずかしがらなくてもいいじゃない。あんなにベタベタゼノに抱きついておいて」
 シロの言葉にエイラの動きが止まる。そして、ボソボソッと恥ずかし気に呟いていた。
エイラ:
「……あれは、えっと、どうすればいいか分からなかったんですよぅ……」
 そう話すエイラが何だか可愛くて。恋をすると綺麗になるとは本当なのかもしれない。
 ようやく身体を起こすエイラ。ぺたりと地面に女の子座りしてギュッと両手を握っていた。
 そこにいるのは四魔将でも悪魔でもない、女の子だった。
エイラ:
「私、誰かを好きになったこととかありませんし、好きになったらどうすればいいかも知りませんし……。だから、あの時は手探りで頑張ってたんです。あまりに必死で恥ずかしさとかもなかったんですけど、時間が経つにつれて自分のやった過ちに気付いてしまって……。気付いてしまったらもう恥ずかしくて恥ずかしくて。そのせいで今ゼノと顔合わせられないんです……」
 俯きながら語るエイラは少し寂しそうだった。
そう言えば、確かにあれからゼノと話しているところを見たことないかもしれません。
 話したいけれど、意識してしまって話せないのだろう。それは酷くもどかしいはずだ。
エイラ:
「シロの気持ちも知っているのに、ごめんなさい……」
 エイラがシロに謝る。きっと罪悪感もあるのだろう。同じ人を好きになってしまったという。
 すると、シロがシャワーから出てペタペタとエイラに近づいていった。それに気づいて見上げるエイラ。
 すると、シロがエイラの手を掴んで、
シロ:
「そんなの、一夫多妻でいいじゃないっ!」
 言葉と共に勢いよくエイラを湯船へと放り投げた。豪快な音を立ててエイラが湯に沈む。
 というか、今片手で投げましたよね? 湯船まで結構距離ありますよね?
 シロの剛力に驚いている間に、エイラが水面に顔を出した。エイラはまだ服を着ているのだから、当然びしょ濡れだ。
エイラ:
「な、何をするんですか! それに一夫多妻って――」
シロ:
「別にこの世界じゃおかしなことじゃないでしょ。それともあれ、私の知らない間にその文化は廃れたの?」
 視線を向けられたので、言葉を返す。
セラ:
「そ、そういうわけでは。現に貴族や王族の方は正室とは別に側室がいる場合もありますし」
 決して、一夫多妻が認められていないわけではない。
 ないが、それを当のシロが言うとは。好きな人に別の妻がいる、それは認められるものなのだろうか。
 私だったら、あまり良い気はしないと思う。
 ……ただ。例えば私とシェーンが同じ相手を好きになったとする。その時、私はシェーンならばと一夫多妻を許すかもしれない。シェーンの素敵な一面を知っているからこそ、許せることもあるのかもしれない。
いや、分からない。そんな時が来るとは思えないし、そもそも私もエイラ同様誰かを好きになったことはない。好きという気持ちがどの程度のものなのか分からない以上、無駄な推測だ。
シロ:
「なら問題ないわね。別に同じ人を好きだろうと譲る必要も謝る必要もないわ。一緒に幸せになりましょうね。あ、どっちが正室か側室かはまた今度話しましょ」
エイラ:
「……」
 ニコッとシロが微笑む。対してエイラは口を開けて呆然としていた。
シェーン:
「……だが、ゼノがそれを良しとするとは限らんだろう」
 その言葉に、ビクッとシロが反応した。それでも気にせずシェーンが続けていく。
シェーン:
「そもそもゼノが両方を好きかどうかも分からん。片方だって好きかどうか」
シロ:
「ちょっと! 考えないようにしてるんだからやめなさいよっ!」
 すぐさまシロがシェーンに飛びかかる。その速度はあまりに早く、あのシェーンですら掴まっていた。本当にあの小さい身体のどこにそんな力が。
シロ:
「とにかく!」
 シェーンを湯船の方に放り投げながら、シロが告げる。
シロ:
「別に遠慮することはないってことを言いたいの! だから、エイラ、あなたも遠慮せずガンガン行きなさい! セラも、ゼノのことを好きになら遠慮は駄目よ!」
 え、えぇ、私ですか……。
 まさかこちらにまで声がかかるとは思っていなかった。
 それはエイラも同じようで、驚いたように私を見つめている。
エイラ:
「えっ、まさかセラ様もゼノのことが!?」
シェーン:
「何だと!? セラ様、早まってはいけません!」
 放り投げられた事実を物ともせず、シェーンが湯船から飛び出して濡れた姿のまま勢いよく近づいてくる。下着姿なの、忘れてるんじゃないでしょうか。透けてしまっていますよ。
 とにかく慌てて両手を横に振った。
セラ:
「いや、今のところその予定はありませんよ!」
 その言葉にエイラもシェーンも安堵する。これは本当の気持ちだ。これと言って今私がゼノを好きだとは思わない。
セラ:
「でも、ゼノにたくさん魅力があるのは確かだと思いますよ。好きになる気持ちは分かります」
シロ:
「えっ、それじゃやっぱりセラは……」
 一気に三人の視線が集まる。各々信じられないと言った表情だ。
十分その視線を惹きつけてからニッコリ笑った。
セラ:
「なんて、冗談ですよ」
エイラ・シェーン:
「もう、セラ様!」
 安堵やら困惑が混じったため息が聞こえてくる。色々言ってかかってくる三人に笑顔を返した。
 そう、これは冗談。
好きになる気持ち、私はまだそれを知らないのだから。
 でも、
 ゼノにたくさんの魅力がある。それは本当の気持ちだった。
セラ:
「ほら、シェーンも下着脱いで、エイラもいい加減湯船から出てください。びしょびしょですよ!」
 そう言って、私は今度こそ衣服を脱ぎ始めた。
 ゼノの余りある魅力に、いつか恋するのだろうかと考えながら。
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