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3『過去の聖戦』
3 第三章第二十七話「本音」
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メアが天使族だと聞いた時、決して驚かなかったわけではない。ただ、彼女と然程面識があったわけではないから、色々疑問はあるけれどゼノ程ではなかった。
でも、こればかりは驚かざるを得ない。
何故メアちゃんがお母様を……?
私の母アイを描けるということは、メアはアイと会ったことがあるということなのか。そうとしか考えられないが、その可能性は限りなく低い。
何故なら……。
???:
「――ラ!」
セラ:
「……」
ゼノ:
「おい、セラ!」
セラ:
「っ!」
気付けばゼノが私の肩を強く揺さぶっていた。どうやら随分呼ばれていたようだが、全然気づかなかった。今の私は考えることに必死なのだ。
それをゼノも分かっているのだろう。
ゼノ:
「セラ、一回深呼吸だ」
セラ:
「え……」
ゼノ:
「呼吸も荒いし、顔色も急に悪くなった」
自分のことはよく分からないもので、確かに今は自分の鼓動がうるさいくらい聞こえていた。呼吸のし過ぎだろうか。
ゼノ:
「ゆっくりでいい。一回落ち着いて情報を整理しよう」
ゼノがゆっくり語り掛けてくる。不思議とその声音と真剣な表情に心が落ち着いてきた。
セラ:
「……はい」
大きく息を吸って、そして吐く。それを何度か繰り返しているとだんだん冷静になってきた。お陰で周りを見る余裕も出来た。エイラ達も私を心配そうに見つめていた。
ただ、いつも誰よりも早く心配してくれるシェーンとアグレシアはただ呆然とメアの描いた絵を見つめていた。やはり彼女達も信じられないようだ。
……私がしっかりしなくては。
パンッと両頬を強く叩く。大きな音が周囲に響き渡っていく。ヒリヒリする頬の感覚が私をより冷静にさせた。
セラ:
「すみません、少々取り乱しました」
ゼノ:
「お、おう」
ゼノが私の行動に少し驚いていた。でも、気合を入れなくてはいけませんし。
それで、とアキが私に話しかけてくる。メアのことで一番気にしているのはアキだ。
アキ:
「この絵の人がセラさんの母親というのは……」
セラ:
「間違いありません。この絵の人物は私の母アイ・ハートです」
それには確信がある。間違えるはずがない。
ゼノ:
「この絵でそこまで言い切れるってことは……もしかしてこの女性の付けてる八芒星のペンダントか?」
ゼノがそう問うてくる。流石ゼノ、察しが良い。
セラ:
「その通りです」
私は頷いた。
セラ:
「あれは、お母様が肌身離さず大切にしているものです。何故それ程大切にしているのか分かりません。けれど、聖堂を作るくらい信仰しているのは確かです」
ゼノ:
「聖堂って、この背景の場所か」
セラ:
「はい」
そう、メアとアイが映っているのはアイが建てさせた聖堂なのだ。あの壁に大きく描かれた八芒星からして間違いない。聖堂はハ―ティス城の最上階に備わっているが、決して天使族が八芒星を信仰しているわけではない。
セラ:
「八芒星はこの世と永遠の狭間を表しているんだとか。永遠ではないけれどそれに近しいこの世、つまり変わり続ける世界を指すと言われています。そして可能性や、再生の循環を象徴しているようです」
ゼノ:
「へー、良く知ってるな」
ゼノが感心したように言ってくるが、別に不思議なことではない。
セラ:
「これでも調べたんですよ」
唯一母の内心に迫れると思ったから。
だが、これが本当にアイならば分からないことだらけだ。
シェーン:
「仮にこれがアイ様だとすれば、疑問点がいくつもある」
今まで放心状態だったシェーンが、整理がついたのかようやく話に参加する。
シェーン:
「まず一つ、アイ様は聖堂に誰一人として入ることを許さなかった。それは親族、つまり娘であるセラ様達ですら」
ゼノ:
「えっ……」
セラ:
「……」
ゼノが何やら視線を向けてくる。それはきっと驚きの視線だけではない。家族にすら聖堂に入らせないというアイの行動に、私達ハート家の複雑な家族事情に気付いてしまったはずだ。
どういう表情を返したらいいか分からなくて、私はそちらへ視線を向けられなかった。
シェーン:
「それなのに何故メアは聖堂に入っている? それも絵の様子ではアイ様も許可しているかのようだ」
絵の中でアイは笑顔。誰も入ってはいけないの聖堂のはずなのに。
そして、とアグレシアが続く。
アグレシア:
「本当にこのメアという少女がアイ様と面識があるとして、何故悪魔領に埋められているのかな? この少女を我々は一度もハ―ティス城で見たことはない。そうですよね、セラ様」
セラ:
「……はい、見たことありません」
メアの姿も。
絵の中みたいに優しく微笑む母の姿も。
アグレシア:
「その少女が何故埋められているのか。何故それが悪魔領なのか。本当にアイ様と出会ったことがあるのか。その関係性は何か。私達ですら分からないことが多すぎるね」
これはお手上げてというようにアグレシアが両手を上げる。実際本当に分からないことだらけ。
分かるのはきっと……。
アキ:
「……私、そのアイって人に会いたい」
セラ:
「っ!」
アキがそう告げる。それがどれだけ難しい事だと思っているのか。
流石にシェーンがそれを拒否した。
シェーン:
「無理だ! 人族がアイ様に会おうなど、あの方が許すわけがない! それに今のセラ様はアイ様に命を狙われている! 会いに行くことは出来ないっ!」
アキ:
「えっ……」
アキが驚いたように私を見つめる。きっと私がいればどうにか会えると思っていたのかもしれないが、それは間違いだ。私では会えない。母に見捨てられた私では。
エイラ:
「裏切ったのは知っていましたが、命まで狙われていたとは……」
エイラもゼノも知らなかったようで、眼を見開いていた。そう言えば、命を狙われているとかそういう話はしていなかったかもしれない。
苦笑しながら言葉を返す。
セラ:
「すみません、話すタイミングが無くて」
ゼノ:
「いや、謝ることじゃないけど……」
先程からゼノが心配するように見つめてくる。けど、心配するようなことじゃない。
きっと、昔から私はお母様に見限られていました。
それを私は知っているから。
アキ:
「……それでも、それでも私は会いたいの!」
アキが苦しそうに叫ぶ。きっと、私達の事情は分かっている。分かっているけれど押さえられない感情が彼女にはあるのだ。
アキ:
「きっと、メアが埋められていたのには事情がある。本当はどんな事情だって許せない。こんなに小さい子が記憶まで失って地中深くに埋められていたのよ? どんな理由だろうと許せるはずがない」
アキが大切そうにメアを抱きしめる。抱きしめられたメアは嬉しそうに抱きしめ返していた。それだけ本当に二人が家族なんだと思える。たとえ血が繋がっていなくても。
アキ:
「でも、メアの為に会いたい。会ってメアのことを聞きたい! メアがどうして埋められていたのか、両親はどうしたのかとか、メアの失った記憶を取り戻してあげたいの!」
メアから私へと視線が向けられ、アキが懇願する。
アキ:
「メアの将来の為に、だからお願いします!」
セラ:
「アキさん……」
下げられた頭。それにどう返せばいいのだろう。私はどうすればいいのだろう。
沈黙が辺りを支配する。
確かにアイに会いたいのであれば、私が協力するのが一番だろう。私が協力すればきっとシェーンやアグレシアも協力してくれる。確率はグンと上がるに違いない。
でも……。
セラ:
「……少し、考えさせてください」
アキ:
「セラさん……」
セラ:
「ごめんなさい、少し席を外しますね……」
考えが纏まらなくて、この場にいるのが居たたまれなくて。
私は気付けば作戦室を飛び出していた。
シェーン・アグレシア:
「セラ様!」
シェーンとアグレシアの声が背後から聞こえてきたが、振り返らない。今はただ一人になりたかった。
………………………………………………………………………………
湖面に太陽の光が反射して、湖を見つめているだけで眩しい。思わず目を細めてしまう。
今、私は一人ゼノ達と以前過ごした湖に来ていた。どうしても一人になりたくて、真っ先に思いついたのがこの湖だった。
以前は夜だったから幻想的に見えたが、朝は綺麗に光って爽やかに見える。風に揺れる木々の音もまたそれを助長していた。
セラ:
「……」
一人になったのは考えを纏めるため。でも、一向に纏まることはなく。
セラ:
「はぁ」
私はため息をついてばかりだった。
アキの気持ちは分かる。協力してあげたいとも思う。
だけど……。
アキとメアの関係を見る度に心が苦しくなった。
アキの気持ちが分かるからこそ、余計に辛くなってくる。家族とはそういうものだと思えば思うほど辛くなってくる。
私達家族との違いに。
考えれば考えるほど苦しくて俯いてしまう。その背中に声がかけられた。
シェーン:
「昨日はここに来ていたんですね、セラ様」
セラ:
「……シェーン」
振り返るとシェーンが傍に立っていた。
シェーン:
「お隣、失礼しますね」
そのまま私の隣に座って来た。最初は一人になりたかった。でも、一人になってもただ苦しくて。むしろ、今はシェーンが来てくれたことにホッとしている自分がいる。だから断るつもりはない。昨日のゼノとエイラの構図と一緒だった。
セラ:
「……アグレシアは?」
シェーン:
「じゃんけんに負けて涙を流して待機中です。私が勝ったのでこちらに来たんですよ」
セラ:
「じゃんけん、ですか?」
じゃんけんとは何なのか。そう言えば、以前タイタスと戦った時にゼノも言っていた。あの時はシェーンも知らない様子だったのに。
私の疑問を読み取ったのか、シェーンが手を差し出してくる。
シェーン:
「エイラが教えてくれたんです。何でもグーとチョキがあってですね……」
手の形を変えながら楽しそうにシェーンが話していく。私達はその手の遊びとはかけ離れた生活をしていたから新鮮なのだろう。
ルールを教えてくれた後、シェーンが感心するように頷く。
シェーン:
「悪魔族は不思議な遊びを思いつきますね。あ、この遊びは人族発祥で、それが悪魔族に伝播したらしいですが」
セラ:
「そうなんですね」
人族がいつからその遊びをしていたのか分からないが、奴隷生活という閉鎖空間での遊びがそれくらいだったのかもしれない。それを悪魔族が盗み見て覚えたのかもしれない。
シェーン:
「私達も一回やってみませんか」
セラ:
「えー、今ですか……」
シェーン:
「はい、今です!」
シェーンが笑顔で手を振って促してくる。そういう気分ではないが、シェーンもそれを分かっていて誘っているのだろう。
セラ:
「……分かりましたよ」
シェーン:
「やった!」
嬉しそうにシェーンが喜び、ストレートの金色の長髪が揺れた。シェーンだって私と歳はそう変わらない。いつもは堅いシェーンもたまに年相応の姿を見せる。そこが可愛らしいところだ。
ルールは大体把握したし、それほど難しいものでもない。
シェーン:
「それでは行きますよ……じゃんけん、ぽん!」
シェーンの嬉々とした声に合わせてグーを出す。いつも凛々しい声なのに、今は何だか可愛らしい。
対してシェーンはチョキだった。
セラ:
「これは、私の勝ちということですよね」
初めてのじゃんけん、とても単純で簡単だが、だからこそ面白いかもしれない。こういう遊びをしたことがないから余計にだ。
シェーン:
「流石セラ様、ですが次は負けませんよ!」
その後も何回かじゃんけんをした。何でもじゃんけんにはたくさんの種類があるらしくて、それも体験させてもらった。本当に人族は面白い事を考える。勝っても負けてもそれなりに楽しめる。
暗くなっていた心が少しだけ晴れた気がした。
ある程度全ての種類のじゃんけんを体験したところで、シェーンがこんな提案をしてくる。
シェーン:
「セラ様、ゼノが言うにはじゃんけんには何かを賭けると言いそうです」
セラ:
「賭け事、ということですか?」
シェーン:
「はい、勝ち負けがハッキリする遊びですからね」
というわけで、とシェーンが賭けの内容を告げる。
シェーン:
「負けた方はこれからどうしたいのか、本音を一つ言うというのはどうでしょう」
セラ:
「本音、ですか……」
シェーン:
「はい」
シェーンが優しく微笑んでくる。最初からシェーンはこの状況に持っていくつもりだったに違いない。やはりシェーンは私が心配で来たのだ。
きっとシェーンに私の葛藤はお見通しなのだろう。
シェーン:
「もちろん私も負けたら言います。それにセラ様が嫌なら結構です。でも……」
シェーンが私の手の上に手を重ねてくる。彼女の表情と同じくらい優しくて温かい。
シェーン:
「私はいつだってあなたの味方ですよ」
シェーンはいつだって私の傍に寄り添ってくれた。今日みたいに、私が塞ぎ込んだ日はいつも。
家族の誰よりもシェーンは傍にいてくれる。
セラ:
「……いいですよ」
シェーン:
「セラ様っ」
セラ:
「でも、負けませんからね。これでも今日の戦績は私の方が良いです」
不思議と私の方が勝つのだ。シェーンが弱いのだろうか。これに強い弱いもないと思うが。
シェーンが嬉しそうに頷く。
シェーン:
「それでも構いません! なら、行きますよ、じゃんけん……ぽんっ」
最初と同じようにグーを出すと、見事にシェーンはチョキだった。
シェーンが顔をしかめる。シェーンの目的は間違いなく私に本音を言わせること。これでは意味が無いと思っているのだ。
少し口を尖らした後、シェーンが口を開く。
シェーン:
「……正直なところ、私はアイ様に会いに行くのは反対です。わざわざ殺されに行くようなものですから」
全体の時点でシェーンは確かにそう言っていた。事実、私もそう思う。きっと、言ったところで話し合いに持ち込めるかどうかすら分からない。ただ攻撃されて終わりな気もする。
……いや、違う。
私はきっとお母様に会いたくない。
もっと単純な話。
シェーン:
「ただ……」
セラ:
「えっ」
まさか言葉が続くと思ってなくて、思わず驚いてしまった。
ただ、ということは先程の本音とは違う側面の本音もあるということだろうか。
だが、シェーンは続きを言ってくれない。驚いたのが不味かった。
セラ:
「……シェーン?」
促すように声をかけてみる。少し考えた後、シェーンがニッコリ笑った。
シェーン:
「いえ、そう言えば本音を一つ言うという約束ですから。続きはセラ様が勝ったら言います」
セラ:
「えー……」
つまり先程言おうとしていたのは別の本音という事か。
兎にも角にもまたじゃんけんで勝たなくてはいけない。
……でも、私はじゃんけん強いですから!
すぐ聞けると思って、手を出す。
セラ:
「また勝ちますから! じゃーんけーん、ぽん!!」
意気揚々とパーを出す。すると、シェーンは再びチョキだった。
セラ:
「えっ」
シェーン:
「はい、セラ様の負けですよ」
言葉と共にシェーンが安堵の息を洩らす。目的を無事達成したからだろう。
まさかまたチョキを出してくるとは……。
シェーンが黙って見つめてくる。タイミングは任せてくれるらしい。
本音と言っても何を話せばいいのだろうか。今話す本音は一つ。でも色々な感情が渦巻いているせいで、どうも一つに絞れない。
そもそも私の本音って何なのでしょうか。
うんうん唸っていると、シェーンが微笑んでくる。
シェーン:
「ずっと待ちますから。焦らずゆっくりで良いです」
セラ:
「……ありがとうございます」
シェーンは本当に優しい。本当の家族ではないけれど誰よりも優しい。母のアイよりも、姉のシノやエクセロよりもずっと。
姉のうち、シノは母に従順で、エクセロはシノを慕っていて。私だって姉達を慕っていないわけではないけれど、母と合わない私は、回りまわってシノやエクセロからも見放されている。
シェーンがいるから私はそんな状況でもやっていけた。
でも……。
その時、ようやく自分の本音を一つに纏められると思った。
アキとメアの関係を見て苦しいのも、アイに会いたくないのも。
セラ:
「私は羨ましい、です……」
アキとメアの関係が羨ましい。私もアイと、シノやエクセロとそういう関係になりたい。でも、会えばそうなれないと分かってしまうから。だから会いたくない。
この少ない言葉で、シェーンは全てを理解したようで。
シェーン:
「セラ様……」
ギュッと私の手を両手で握って来た。その様子に苦笑する。
セラ:
「手を握られては、じゃんけんが出来ませんよ」
でも、シェーンはもう微笑んではいない。泣きそうな表情で、でも何かを決意した様子で口を開いていく。
シェーン:
「ただ……」
この時、これが先程シェーンが止めた続きだと分かった。じゃんけんはもう必要ない。
シェーン:
「ただ、今回の件はアイ様の心に近づくチャンスかもしれません」
セラ:
「……っ!」
シェーン:
「もっとアイ様を知り、その心に触れられるかもしれないのです。まだ手が届くかもしれません」
シェーンの言葉に気付かされる。メアを伴ってアイに会うメリットを。
アイはそれこそ本音を私に、いや娘全員に見せることがない。ただただ何の抑揚もなく私達に接するのだ。まるで娘ではなく他人のよう。
アイは娘である私達を愛しているのか。
その問いは生まれて物心つく頃からずっと私の中で渦巻いていた。何をしてもアイは関心を示してくれない。心を開かない。
でも、メアが書いたというあの絵。あの絵のアイは笑っていた。私達に見せない笑顔を見せていた。あれはきっと本物の笑みだ。メアが想像で描いた可能性もあるが、不思議と本物、そんな気がした。
メアが本当にアイと関係があるのならば、それはもしかしたら家族の私達以上のもの。メアを伴ってアイに会うことで、初めて私はアイの心に触れられるかもしれない。
もちろんそれには危険を伴うかもしれないが、確かに可能性はあった。
シェーン:
「セラ様がずっとアイ様と親しくあろうとしていたことは知っています。知っているからこそ、このチャンスを見逃してほしくありません」
セラ:
「シェーン……」
シェーンの心遣いが体中に染み渡る。涙が零れ落ちそうだった。
同じ本音でも前者と後者は相反するものだ。真逆と言ってもいい。それでも本音なのは私の命と幸せ、どちらも願ってくれているから。
シェーン:
「決めるのはセラ様です。でも、セラ様は一人じゃありません。あなたの危険は私が、いえ私達が取り除きます。あなたの幸せは私達が保障します。それを忘れないでください」
セラ:
「――っ」
シェーンの言葉に、昨日のゼノとエイラのやり取りを思い出す。私達は頼り合える。意外と忘れてしまうことなのだと、自分がその立場になって思い知った。
そして、頼ることの怖さも。
セラ:
「……私の為に皆動いてくれますかね」
感動と、相反する恐怖の二つで声が震えてしまう。頼って断られたら。そんな可能性が少しでも浮かんでしまうのだ。
シェーン:
「元はあの少女の為ですから、結果として動いてくれるとは思いますが……仮にセラ様の為でも動きますよ。私とアグレシアも。それに……」
と、途中でシェーンが止めて背後を振り向く。その視線の先を辿ると、誰かが森の中からこちらへと向かって来ていた。
あれは……。
遠目だが何となくそれが誰だか分かる。
すると、シェーンが腰を上げた。
シェーン:
「後は奴にでも聞いてみてください。不本意ですが私は戻りますので」
そう言って、シェーンが白い翼を出現させる。二人きりの方が話しやすいだろうとの配慮だろう。そのまま、すぐさま飛び立とうとする彼女の手を掴んで少し止めた。
まだお礼を言っていない。本音を受け止めてくれたことも言ってくれたことも。私の幸せを願ってくれたことも。ちゃんと伝えなくちゃ。
セラ:
「本当にあなたが傍にいてくれて、それだけで私は幸せですっ。ありがとう!」
心からの言葉だ。シェーンがいなきゃきっと私はこれまでだって何も出来ていなかった。決して不安や葛藤が全て拭われたわけではない。でも、いつもシェーンは私に前を向くきっかけをくれる。
シェーンが優しく微笑む。
シェーン:
「これ以上ない言葉ですよ」
そして、手を離しシェーンはこの場を去っていった。
その背中を見送っていると、代わりに誰かが森から出てくる。
???:
「ん、てっきりシェーンもいると思っていたんだが……」
セラ:
「今帰りましたよ、ゼノ」
木陰から出てゼノが背後を振り返る。じっと遠くを見つめ、「あ、ホントだ」と呟いた。どうやらシェーンの背中を見つけたようだ。
ゼノ:
「なんだ、空気の読める奴だったか」
セラ:
「この場合だとゼノの方が空気を読めなかったかもしれませんね」
ゼノ:
「何ですと!?」
ゼノが勢いよく振り向いてくる。だが、生憎本音だ。
セラ:
「だって、久しぶりに落ち着いてシェーンとお話出来ていたのに、ゼノが来たから帰っちゃったんですもん」
本音を言い合っていたせいか、随分と簡単に口から出てくる。
ゼノ:
「え、えっと、それは悪かった。呼び直すか? 今なら追いつけるけど」
本当に申し訳なさそうにするゼノ。その様子に笑いながら首を横に振る。
セラ:
「いいですよ、ゼノも話があって来たんでしょう? それに……」
少し逡巡する。ゼノには言わなきゃいけないことがある。いや、
セラ:
「ゼノに聞いてもらいたいことがあったんです」
聞いてもらいたい、知ってもらいたいことがあった。きっとゼノも気になってるだろう。
セラ:
「私達家族のことを」
ゼノ:
「……そうか」
きっと今なら言える。シェーンのお陰で心の扉は開けられたままだ。今なら辛い過去だって。
そして、今なら決められる。諦めていた家族との在り方を。
でも、こればかりは驚かざるを得ない。
何故メアちゃんがお母様を……?
私の母アイを描けるということは、メアはアイと会ったことがあるということなのか。そうとしか考えられないが、その可能性は限りなく低い。
何故なら……。
???:
「――ラ!」
セラ:
「……」
ゼノ:
「おい、セラ!」
セラ:
「っ!」
気付けばゼノが私の肩を強く揺さぶっていた。どうやら随分呼ばれていたようだが、全然気づかなかった。今の私は考えることに必死なのだ。
それをゼノも分かっているのだろう。
ゼノ:
「セラ、一回深呼吸だ」
セラ:
「え……」
ゼノ:
「呼吸も荒いし、顔色も急に悪くなった」
自分のことはよく分からないもので、確かに今は自分の鼓動がうるさいくらい聞こえていた。呼吸のし過ぎだろうか。
ゼノ:
「ゆっくりでいい。一回落ち着いて情報を整理しよう」
ゼノがゆっくり語り掛けてくる。不思議とその声音と真剣な表情に心が落ち着いてきた。
セラ:
「……はい」
大きく息を吸って、そして吐く。それを何度か繰り返しているとだんだん冷静になってきた。お陰で周りを見る余裕も出来た。エイラ達も私を心配そうに見つめていた。
ただ、いつも誰よりも早く心配してくれるシェーンとアグレシアはただ呆然とメアの描いた絵を見つめていた。やはり彼女達も信じられないようだ。
……私がしっかりしなくては。
パンッと両頬を強く叩く。大きな音が周囲に響き渡っていく。ヒリヒリする頬の感覚が私をより冷静にさせた。
セラ:
「すみません、少々取り乱しました」
ゼノ:
「お、おう」
ゼノが私の行動に少し驚いていた。でも、気合を入れなくてはいけませんし。
それで、とアキが私に話しかけてくる。メアのことで一番気にしているのはアキだ。
アキ:
「この絵の人がセラさんの母親というのは……」
セラ:
「間違いありません。この絵の人物は私の母アイ・ハートです」
それには確信がある。間違えるはずがない。
ゼノ:
「この絵でそこまで言い切れるってことは……もしかしてこの女性の付けてる八芒星のペンダントか?」
ゼノがそう問うてくる。流石ゼノ、察しが良い。
セラ:
「その通りです」
私は頷いた。
セラ:
「あれは、お母様が肌身離さず大切にしているものです。何故それ程大切にしているのか分かりません。けれど、聖堂を作るくらい信仰しているのは確かです」
ゼノ:
「聖堂って、この背景の場所か」
セラ:
「はい」
そう、メアとアイが映っているのはアイが建てさせた聖堂なのだ。あの壁に大きく描かれた八芒星からして間違いない。聖堂はハ―ティス城の最上階に備わっているが、決して天使族が八芒星を信仰しているわけではない。
セラ:
「八芒星はこの世と永遠の狭間を表しているんだとか。永遠ではないけれどそれに近しいこの世、つまり変わり続ける世界を指すと言われています。そして可能性や、再生の循環を象徴しているようです」
ゼノ:
「へー、良く知ってるな」
ゼノが感心したように言ってくるが、別に不思議なことではない。
セラ:
「これでも調べたんですよ」
唯一母の内心に迫れると思ったから。
だが、これが本当にアイならば分からないことだらけだ。
シェーン:
「仮にこれがアイ様だとすれば、疑問点がいくつもある」
今まで放心状態だったシェーンが、整理がついたのかようやく話に参加する。
シェーン:
「まず一つ、アイ様は聖堂に誰一人として入ることを許さなかった。それは親族、つまり娘であるセラ様達ですら」
ゼノ:
「えっ……」
セラ:
「……」
ゼノが何やら視線を向けてくる。それはきっと驚きの視線だけではない。家族にすら聖堂に入らせないというアイの行動に、私達ハート家の複雑な家族事情に気付いてしまったはずだ。
どういう表情を返したらいいか分からなくて、私はそちらへ視線を向けられなかった。
シェーン:
「それなのに何故メアは聖堂に入っている? それも絵の様子ではアイ様も許可しているかのようだ」
絵の中でアイは笑顔。誰も入ってはいけないの聖堂のはずなのに。
そして、とアグレシアが続く。
アグレシア:
「本当にこのメアという少女がアイ様と面識があるとして、何故悪魔領に埋められているのかな? この少女を我々は一度もハ―ティス城で見たことはない。そうですよね、セラ様」
セラ:
「……はい、見たことありません」
メアの姿も。
絵の中みたいに優しく微笑む母の姿も。
アグレシア:
「その少女が何故埋められているのか。何故それが悪魔領なのか。本当にアイ様と出会ったことがあるのか。その関係性は何か。私達ですら分からないことが多すぎるね」
これはお手上げてというようにアグレシアが両手を上げる。実際本当に分からないことだらけ。
分かるのはきっと……。
アキ:
「……私、そのアイって人に会いたい」
セラ:
「っ!」
アキがそう告げる。それがどれだけ難しい事だと思っているのか。
流石にシェーンがそれを拒否した。
シェーン:
「無理だ! 人族がアイ様に会おうなど、あの方が許すわけがない! それに今のセラ様はアイ様に命を狙われている! 会いに行くことは出来ないっ!」
アキ:
「えっ……」
アキが驚いたように私を見つめる。きっと私がいればどうにか会えると思っていたのかもしれないが、それは間違いだ。私では会えない。母に見捨てられた私では。
エイラ:
「裏切ったのは知っていましたが、命まで狙われていたとは……」
エイラもゼノも知らなかったようで、眼を見開いていた。そう言えば、命を狙われているとかそういう話はしていなかったかもしれない。
苦笑しながら言葉を返す。
セラ:
「すみません、話すタイミングが無くて」
ゼノ:
「いや、謝ることじゃないけど……」
先程からゼノが心配するように見つめてくる。けど、心配するようなことじゃない。
きっと、昔から私はお母様に見限られていました。
それを私は知っているから。
アキ:
「……それでも、それでも私は会いたいの!」
アキが苦しそうに叫ぶ。きっと、私達の事情は分かっている。分かっているけれど押さえられない感情が彼女にはあるのだ。
アキ:
「きっと、メアが埋められていたのには事情がある。本当はどんな事情だって許せない。こんなに小さい子が記憶まで失って地中深くに埋められていたのよ? どんな理由だろうと許せるはずがない」
アキが大切そうにメアを抱きしめる。抱きしめられたメアは嬉しそうに抱きしめ返していた。それだけ本当に二人が家族なんだと思える。たとえ血が繋がっていなくても。
アキ:
「でも、メアの為に会いたい。会ってメアのことを聞きたい! メアがどうして埋められていたのか、両親はどうしたのかとか、メアの失った記憶を取り戻してあげたいの!」
メアから私へと視線が向けられ、アキが懇願する。
アキ:
「メアの将来の為に、だからお願いします!」
セラ:
「アキさん……」
下げられた頭。それにどう返せばいいのだろう。私はどうすればいいのだろう。
沈黙が辺りを支配する。
確かにアイに会いたいのであれば、私が協力するのが一番だろう。私が協力すればきっとシェーンやアグレシアも協力してくれる。確率はグンと上がるに違いない。
でも……。
セラ:
「……少し、考えさせてください」
アキ:
「セラさん……」
セラ:
「ごめんなさい、少し席を外しますね……」
考えが纏まらなくて、この場にいるのが居たたまれなくて。
私は気付けば作戦室を飛び出していた。
シェーン・アグレシア:
「セラ様!」
シェーンとアグレシアの声が背後から聞こえてきたが、振り返らない。今はただ一人になりたかった。
………………………………………………………………………………
湖面に太陽の光が反射して、湖を見つめているだけで眩しい。思わず目を細めてしまう。
今、私は一人ゼノ達と以前過ごした湖に来ていた。どうしても一人になりたくて、真っ先に思いついたのがこの湖だった。
以前は夜だったから幻想的に見えたが、朝は綺麗に光って爽やかに見える。風に揺れる木々の音もまたそれを助長していた。
セラ:
「……」
一人になったのは考えを纏めるため。でも、一向に纏まることはなく。
セラ:
「はぁ」
私はため息をついてばかりだった。
アキの気持ちは分かる。協力してあげたいとも思う。
だけど……。
アキとメアの関係を見る度に心が苦しくなった。
アキの気持ちが分かるからこそ、余計に辛くなってくる。家族とはそういうものだと思えば思うほど辛くなってくる。
私達家族との違いに。
考えれば考えるほど苦しくて俯いてしまう。その背中に声がかけられた。
シェーン:
「昨日はここに来ていたんですね、セラ様」
セラ:
「……シェーン」
振り返るとシェーンが傍に立っていた。
シェーン:
「お隣、失礼しますね」
そのまま私の隣に座って来た。最初は一人になりたかった。でも、一人になってもただ苦しくて。むしろ、今はシェーンが来てくれたことにホッとしている自分がいる。だから断るつもりはない。昨日のゼノとエイラの構図と一緒だった。
セラ:
「……アグレシアは?」
シェーン:
「じゃんけんに負けて涙を流して待機中です。私が勝ったのでこちらに来たんですよ」
セラ:
「じゃんけん、ですか?」
じゃんけんとは何なのか。そう言えば、以前タイタスと戦った時にゼノも言っていた。あの時はシェーンも知らない様子だったのに。
私の疑問を読み取ったのか、シェーンが手を差し出してくる。
シェーン:
「エイラが教えてくれたんです。何でもグーとチョキがあってですね……」
手の形を変えながら楽しそうにシェーンが話していく。私達はその手の遊びとはかけ離れた生活をしていたから新鮮なのだろう。
ルールを教えてくれた後、シェーンが感心するように頷く。
シェーン:
「悪魔族は不思議な遊びを思いつきますね。あ、この遊びは人族発祥で、それが悪魔族に伝播したらしいですが」
セラ:
「そうなんですね」
人族がいつからその遊びをしていたのか分からないが、奴隷生活という閉鎖空間での遊びがそれくらいだったのかもしれない。それを悪魔族が盗み見て覚えたのかもしれない。
シェーン:
「私達も一回やってみませんか」
セラ:
「えー、今ですか……」
シェーン:
「はい、今です!」
シェーンが笑顔で手を振って促してくる。そういう気分ではないが、シェーンもそれを分かっていて誘っているのだろう。
セラ:
「……分かりましたよ」
シェーン:
「やった!」
嬉しそうにシェーンが喜び、ストレートの金色の長髪が揺れた。シェーンだって私と歳はそう変わらない。いつもは堅いシェーンもたまに年相応の姿を見せる。そこが可愛らしいところだ。
ルールは大体把握したし、それほど難しいものでもない。
シェーン:
「それでは行きますよ……じゃんけん、ぽん!」
シェーンの嬉々とした声に合わせてグーを出す。いつも凛々しい声なのに、今は何だか可愛らしい。
対してシェーンはチョキだった。
セラ:
「これは、私の勝ちということですよね」
初めてのじゃんけん、とても単純で簡単だが、だからこそ面白いかもしれない。こういう遊びをしたことがないから余計にだ。
シェーン:
「流石セラ様、ですが次は負けませんよ!」
その後も何回かじゃんけんをした。何でもじゃんけんにはたくさんの種類があるらしくて、それも体験させてもらった。本当に人族は面白い事を考える。勝っても負けてもそれなりに楽しめる。
暗くなっていた心が少しだけ晴れた気がした。
ある程度全ての種類のじゃんけんを体験したところで、シェーンがこんな提案をしてくる。
シェーン:
「セラ様、ゼノが言うにはじゃんけんには何かを賭けると言いそうです」
セラ:
「賭け事、ということですか?」
シェーン:
「はい、勝ち負けがハッキリする遊びですからね」
というわけで、とシェーンが賭けの内容を告げる。
シェーン:
「負けた方はこれからどうしたいのか、本音を一つ言うというのはどうでしょう」
セラ:
「本音、ですか……」
シェーン:
「はい」
シェーンが優しく微笑んでくる。最初からシェーンはこの状況に持っていくつもりだったに違いない。やはりシェーンは私が心配で来たのだ。
きっとシェーンに私の葛藤はお見通しなのだろう。
シェーン:
「もちろん私も負けたら言います。それにセラ様が嫌なら結構です。でも……」
シェーンが私の手の上に手を重ねてくる。彼女の表情と同じくらい優しくて温かい。
シェーン:
「私はいつだってあなたの味方ですよ」
シェーンはいつだって私の傍に寄り添ってくれた。今日みたいに、私が塞ぎ込んだ日はいつも。
家族の誰よりもシェーンは傍にいてくれる。
セラ:
「……いいですよ」
シェーン:
「セラ様っ」
セラ:
「でも、負けませんからね。これでも今日の戦績は私の方が良いです」
不思議と私の方が勝つのだ。シェーンが弱いのだろうか。これに強い弱いもないと思うが。
シェーンが嬉しそうに頷く。
シェーン:
「それでも構いません! なら、行きますよ、じゃんけん……ぽんっ」
最初と同じようにグーを出すと、見事にシェーンはチョキだった。
シェーンが顔をしかめる。シェーンの目的は間違いなく私に本音を言わせること。これでは意味が無いと思っているのだ。
少し口を尖らした後、シェーンが口を開く。
シェーン:
「……正直なところ、私はアイ様に会いに行くのは反対です。わざわざ殺されに行くようなものですから」
全体の時点でシェーンは確かにそう言っていた。事実、私もそう思う。きっと、言ったところで話し合いに持ち込めるかどうかすら分からない。ただ攻撃されて終わりな気もする。
……いや、違う。
私はきっとお母様に会いたくない。
もっと単純な話。
シェーン:
「ただ……」
セラ:
「えっ」
まさか言葉が続くと思ってなくて、思わず驚いてしまった。
ただ、ということは先程の本音とは違う側面の本音もあるということだろうか。
だが、シェーンは続きを言ってくれない。驚いたのが不味かった。
セラ:
「……シェーン?」
促すように声をかけてみる。少し考えた後、シェーンがニッコリ笑った。
シェーン:
「いえ、そう言えば本音を一つ言うという約束ですから。続きはセラ様が勝ったら言います」
セラ:
「えー……」
つまり先程言おうとしていたのは別の本音という事か。
兎にも角にもまたじゃんけんで勝たなくてはいけない。
……でも、私はじゃんけん強いですから!
すぐ聞けると思って、手を出す。
セラ:
「また勝ちますから! じゃーんけーん、ぽん!!」
意気揚々とパーを出す。すると、シェーンは再びチョキだった。
セラ:
「えっ」
シェーン:
「はい、セラ様の負けですよ」
言葉と共にシェーンが安堵の息を洩らす。目的を無事達成したからだろう。
まさかまたチョキを出してくるとは……。
シェーンが黙って見つめてくる。タイミングは任せてくれるらしい。
本音と言っても何を話せばいいのだろうか。今話す本音は一つ。でも色々な感情が渦巻いているせいで、どうも一つに絞れない。
そもそも私の本音って何なのでしょうか。
うんうん唸っていると、シェーンが微笑んでくる。
シェーン:
「ずっと待ちますから。焦らずゆっくりで良いです」
セラ:
「……ありがとうございます」
シェーンは本当に優しい。本当の家族ではないけれど誰よりも優しい。母のアイよりも、姉のシノやエクセロよりもずっと。
姉のうち、シノは母に従順で、エクセロはシノを慕っていて。私だって姉達を慕っていないわけではないけれど、母と合わない私は、回りまわってシノやエクセロからも見放されている。
シェーンがいるから私はそんな状況でもやっていけた。
でも……。
その時、ようやく自分の本音を一つに纏められると思った。
アキとメアの関係を見て苦しいのも、アイに会いたくないのも。
セラ:
「私は羨ましい、です……」
アキとメアの関係が羨ましい。私もアイと、シノやエクセロとそういう関係になりたい。でも、会えばそうなれないと分かってしまうから。だから会いたくない。
この少ない言葉で、シェーンは全てを理解したようで。
シェーン:
「セラ様……」
ギュッと私の手を両手で握って来た。その様子に苦笑する。
セラ:
「手を握られては、じゃんけんが出来ませんよ」
でも、シェーンはもう微笑んではいない。泣きそうな表情で、でも何かを決意した様子で口を開いていく。
シェーン:
「ただ……」
この時、これが先程シェーンが止めた続きだと分かった。じゃんけんはもう必要ない。
シェーン:
「ただ、今回の件はアイ様の心に近づくチャンスかもしれません」
セラ:
「……っ!」
シェーン:
「もっとアイ様を知り、その心に触れられるかもしれないのです。まだ手が届くかもしれません」
シェーンの言葉に気付かされる。メアを伴ってアイに会うメリットを。
アイはそれこそ本音を私に、いや娘全員に見せることがない。ただただ何の抑揚もなく私達に接するのだ。まるで娘ではなく他人のよう。
アイは娘である私達を愛しているのか。
その問いは生まれて物心つく頃からずっと私の中で渦巻いていた。何をしてもアイは関心を示してくれない。心を開かない。
でも、メアが書いたというあの絵。あの絵のアイは笑っていた。私達に見せない笑顔を見せていた。あれはきっと本物の笑みだ。メアが想像で描いた可能性もあるが、不思議と本物、そんな気がした。
メアが本当にアイと関係があるのならば、それはもしかしたら家族の私達以上のもの。メアを伴ってアイに会うことで、初めて私はアイの心に触れられるかもしれない。
もちろんそれには危険を伴うかもしれないが、確かに可能性はあった。
シェーン:
「セラ様がずっとアイ様と親しくあろうとしていたことは知っています。知っているからこそ、このチャンスを見逃してほしくありません」
セラ:
「シェーン……」
シェーンの心遣いが体中に染み渡る。涙が零れ落ちそうだった。
同じ本音でも前者と後者は相反するものだ。真逆と言ってもいい。それでも本音なのは私の命と幸せ、どちらも願ってくれているから。
シェーン:
「決めるのはセラ様です。でも、セラ様は一人じゃありません。あなたの危険は私が、いえ私達が取り除きます。あなたの幸せは私達が保障します。それを忘れないでください」
セラ:
「――っ」
シェーンの言葉に、昨日のゼノとエイラのやり取りを思い出す。私達は頼り合える。意外と忘れてしまうことなのだと、自分がその立場になって思い知った。
そして、頼ることの怖さも。
セラ:
「……私の為に皆動いてくれますかね」
感動と、相反する恐怖の二つで声が震えてしまう。頼って断られたら。そんな可能性が少しでも浮かんでしまうのだ。
シェーン:
「元はあの少女の為ですから、結果として動いてくれるとは思いますが……仮にセラ様の為でも動きますよ。私とアグレシアも。それに……」
と、途中でシェーンが止めて背後を振り向く。その視線の先を辿ると、誰かが森の中からこちらへと向かって来ていた。
あれは……。
遠目だが何となくそれが誰だか分かる。
すると、シェーンが腰を上げた。
シェーン:
「後は奴にでも聞いてみてください。不本意ですが私は戻りますので」
そう言って、シェーンが白い翼を出現させる。二人きりの方が話しやすいだろうとの配慮だろう。そのまま、すぐさま飛び立とうとする彼女の手を掴んで少し止めた。
まだお礼を言っていない。本音を受け止めてくれたことも言ってくれたことも。私の幸せを願ってくれたことも。ちゃんと伝えなくちゃ。
セラ:
「本当にあなたが傍にいてくれて、それだけで私は幸せですっ。ありがとう!」
心からの言葉だ。シェーンがいなきゃきっと私はこれまでだって何も出来ていなかった。決して不安や葛藤が全て拭われたわけではない。でも、いつもシェーンは私に前を向くきっかけをくれる。
シェーンが優しく微笑む。
シェーン:
「これ以上ない言葉ですよ」
そして、手を離しシェーンはこの場を去っていった。
その背中を見送っていると、代わりに誰かが森から出てくる。
???:
「ん、てっきりシェーンもいると思っていたんだが……」
セラ:
「今帰りましたよ、ゼノ」
木陰から出てゼノが背後を振り返る。じっと遠くを見つめ、「あ、ホントだ」と呟いた。どうやらシェーンの背中を見つけたようだ。
ゼノ:
「なんだ、空気の読める奴だったか」
セラ:
「この場合だとゼノの方が空気を読めなかったかもしれませんね」
ゼノ:
「何ですと!?」
ゼノが勢いよく振り向いてくる。だが、生憎本音だ。
セラ:
「だって、久しぶりに落ち着いてシェーンとお話出来ていたのに、ゼノが来たから帰っちゃったんですもん」
本音を言い合っていたせいか、随分と簡単に口から出てくる。
ゼノ:
「え、えっと、それは悪かった。呼び直すか? 今なら追いつけるけど」
本当に申し訳なさそうにするゼノ。その様子に笑いながら首を横に振る。
セラ:
「いいですよ、ゼノも話があって来たんでしょう? それに……」
少し逡巡する。ゼノには言わなきゃいけないことがある。いや、
セラ:
「ゼノに聞いてもらいたいことがあったんです」
聞いてもらいたい、知ってもらいたいことがあった。きっとゼノも気になってるだろう。
セラ:
「私達家族のことを」
ゼノ:
「……そうか」
きっと今なら言える。シェーンのお陰で心の扉は開けられたままだ。今なら辛い過去だって。
そして、今なら決められる。諦めていた家族との在り方を。
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