カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

文字の大きさ
上 下
112 / 296
3『過去の聖戦』

3 第三章第二十六話「メア」

しおりを挟む
ゼノ
 無邪気に笑うメア。ようやく自分の出番が来て喜んでいるのだろう。が、生憎その喜びを分かち合う余裕はこちらにはない。
メアが天使族だって……!?
 あまりの衝撃的過ぎて唖然とメアを見つめてしまう。どれだけ見つめても純白の翼はメアの背中に存在し続けている。いくら信じられなくても、その翼が確固たる証拠として存在しているのだ。
 間違いない、メアは天使族だった。
 立ったまま言葉を失ってしまう。今まで一度もそんな素振りを見せたこと無いのに。まして翼なんて以ての外だ。
セラ:
「……ゼノ」
 横からセラが声をかけてくる。その声でようやく少しずつ現実が戻ってきた。視線だけセラへと向ける。
ゼノ:
「何だ?」
 良く見ると、ここにいる全員の視線が俺に集まっていた。無理もない、俺の驚きようとは別にセラ達はメアのことを何も知らないのだから。逆によく知っているはずの俺が驚いているのだ。彼女達にとってはわけの分からない状況だろう。
セラ:
「あの、メアちゃんはゼノの家族なんですよね?」
ゼノ:
「ああ、家族だ。といっても俺が誰かと結婚して得た娘じゃないが……」
 一瞬ホッという安堵の息がエイラとシロから聞こえてきたような気がするが、そっちに構っている余裕はない。
 行き場もない、本当の家族のいない者達が寄り集まって出来た疑似家族、それが俺、ケレア、アキ、メアだ。以前はここにケレアの妹サクもいた。自然と集まって、いつの間にか家族みたいに生活していた。
 ……いや、違う。
 正確には、サクが亡くなってから新たにメアが家族になった。まるでいなくなってしまったサクの後継ぎのように。
 それも、メアとは自然と出会って仲良くなって集まったわけではない。
忘れていたわけではないが、特に気にしていなかったメアとの出会いが一気に思い起こされる。メアとの出会いはそれはもう不思議なものだった。今思えばその時点でメアが何者なのか考えるべきだったか。
ゼノ:
「……メアは、地中深くに埋まっていたんだ」
 気付けば、自然とメアとの出会いを語っていた。
………………………………………………………………………………
 それは、サクが死んでしまって半年くらい。今から三年程前の出来事だった。
 集落ラフルスで俺は一人岩壁へツルハシを振り下ろしていた。ここにケレアはいない。
 サクが死んでからというもの、ケレアは悪魔族へ戦いを申し込むようになった。まるでサクの弔い合戦のように。でも、当然膂力も魔力も悪魔族には敵わない。いつもボロボロになってケレアは捨てられていた。
それでもケレアは俺達がツルハシを振っている間に悪魔族へと挑み続けた。それをしなくなったのは本当にあの反乱前だ。準備がある程度整った途端にケレアは従順に振る舞い機会を見出していたのだ。
思えばあの行動は強くなるためと悪魔族の動向等を探るためだったのだろう。悪魔族も退屈な人族の見張りよりは幾分かマシとケレアを処刑することなく遊び感覚で痛めつけた。ケレアに戦闘の癖や才覚、情報までも盗まれていると知らずに。
 その日もケレアは悪魔族へと挑みに行っていたから俺は一人だった。
 俺はケレアのようにサクの死から何か行動することはなかった。ただ悲しんだ、それだけだ。その死を乗り越えようともせず、ただ仕方なかったと割り切り受け止めただけだ。逃げただけだ。
 そんな俺に対する罰だろうか、やはり決してその悲しみが俺から無くなることはなかった。サクの綺麗な横顔や微笑みが脳裏に焼き付いて仕方がない。ツルハシを振っている間もそれが離れることはなかった。。何か俺にもっと出来たことがあったんじゃないか、なんて後悔もしていた。もう後の祭りなのは分かっていても思考は止められず。ケレアと違って俺は先へ進もうとしていなかった。
その時も、ツルハシを振り下ろす度にサクのことを考えていた。思考のせいもあって、俺はぼんやりとツルハシを岩壁へと叩きつけ。
 そして、バチッという音と共に思いっきり弾かれた。
ゼノ:
「うわっ」
 あまりの衝撃に手からツルハシが飛ばされていく。俺も思わず尻餅をついた。
ゼノ:
「な、なんだ……?」
 思考を一回打ち切り、視線を目の前の岩壁へと向けてみる。
 すると、岩の隙間から眩い光が漏れ出ていた。ツルハシを振り下ろした衝撃なのか、それを拒絶した時の影響なのか、目の前の岩がだんだんと崩れていき、光の正体が露わになる。
 そこには、綺麗な白い衣服を纏った幼い少女がいた。
 目を閉じて、何やら半透明の球体に包まれている。あの球体が結界になっているようで、ツルハシはあれに当たって吹き飛ばされたらしい。
 呆然と少女を見つめる。少女はその球体の中心に足を抱き寄せて眠っていた。伏せていても分かる大きな瞳。衣服の白さと相まって長い黒髪が印象的だった。
 まさか岩を掘って少女を掘り当てるとは思わない。人間、信じられない光景を目の当たりにした時はかえってリアクション出来ないものだ。
 ただただ尻餅をつきながらその少女を見上げていると、少女を包む球体が明滅しているのに気付いた。まるで今にも力尽きようとしているような。
 瞬間、その球体が硝子のような音を立てて割れた。予想は的中したらしい。結界は役目を終えたのだ。
少女の身体が宙に投げ出される。
ゼノ:
「おっと!」
 慌てて立ち上がって受け止めた。危うく周囲に散らばっているでこぼこした岩に衝突させるところだった。
 受け止めた感じ見た目よりもかなり軽い。衣服は凄い上品な感じで育ちの良さが見えるが、あまり食べていないのだろうか。
 ……いや、そもそも地中深くに埋まってたんだから食べるも何もない。
 改めて不思議な少女を見つめる。少女はスヤスヤと安らかに眠っていた。
 これが、メアとの出会いだった。
………………………………………………………………………………
 どうにか少女を魔法で隠しながら戻り、ケレアとアキに見せて説明した。
 その説明途中に少女が目を覚ましたわけだが、一番驚いたのが記憶喪失だということだ。自分の名前から何故あのようになっていたのかまで、本当に全て覚えていなかった。
当然俺達は驚いたが、気味が悪いと遠ざけることはなかった。俺達は元々身寄りのない者の集まりだ。記憶を失い、親も分からない少女を見捨てることはしない。
 いや、本当は違うかもしれない。サクを失った痛みを少女で埋めようとしたのかもしれない。
 俺達は、その少女にメアと名前を付けて、共に過ごすことにした。
ゼノ:
「――これが、メアとの経緯だ」
 語りながら思う。やはりメアには不思議な点が多い。今だから分かるが、あのメアを守っていた結界はかなり高度なものだ。今の俺でも破れるかどうか。すると、人族が施したものとは考えづらい。
それにあの綺麗な服。全然見たことのないデザインだったが、よく考えるとあの白を基調とした服はセラ達天使族のものに似ているような気がしなくもない。流石に奴隷に混じってあんな服を着ていたらバレるから着替えさせたが。
 とにかく、メアが天使族である可能性は当時から十二分にあったわけだ。
 だが、それでも俺は今日まで気付かなかった。きっとケレアもだろう。
ゼノ:
「……アキ、いつメアが天使族だって気付いたんだ?」
アキ:
「気付いたのは、反乱を起こす半年くらい前」
ゼノ:
「なっ、そんなに前なのかっ!」
 ついこの間気付いたのだとばかり。
アキ:
「二人よりも先に仕事を片付けて家に帰ったら、メアが駆け寄って来たのよ。そして、「見て見て」って綺麗な翼を見せつけられたわ」
 当時のことを思い出しているのかアキが苦笑している。いや、確かに急にそんなものを見せつけられたら困るが。
ゼノ:
「俺達に教えてくれたって――」
アキ:
「無理なこと言わないで。ただでさえ悪魔族相手に反乱を起こそうっていう人達よ? 天使族のこともどう考えているか分からないじゃない」
 半年前から反乱には気付いていたのか……。隠し通していたつもりが筒抜けだったらしい。
アキ:
「メアが天使族だって分かった途端に態度も何もかも変わるかもしれない。怖かったのよ、また家族を失うのが……」
ゼノ:
「アキ……」
 今、アキはきっとサクのことを思い出している。アキはサクと同性なだけに本当の姉妹のように仲が良かった。だからこそ、サクを失った時にアキはとても悲しんだ。メアが見つかるまで俺達三人の間に笑顔なんてなかった。メアの存在が俺達に笑顔をくれたんだ。
アキ:
「信じられなかったわけじゃないけど、でも怖かったの。だから、メアにはもう人前で見せちゃ駄目って禁止にしたの」
メア:
「禁止にされたー!」
 元気よくメアが手を挙げる。禁止にされたものを解除されて嬉しいのかもしれない。綺麗な翼をバサバサ動かしていた。
アキ:
「ケレアは今天使族へも敵意を向けつつある。メアのこともあるし、ついて行けなかったのよ。その点、ゼノは天使族にもいつも通りで良かったわ」
 本当に安堵したようにアキが笑う。怖かったのだろう、俺も天使族を嫌っていれば、アキはもう寄り場を失う。メアを取るのか、俺達を取るかの二択を迫られていたかもしれない。
 それでも、結果として家族は分かれてしまった。家族を失うことを恐れていたアキの目の前で俺とケレアは衝突し、家族は壊れてしまった。思い出して一瞬心が沈みそうになる。
 でも、すぐに奮起した。アキがここまで家族を大切に思ってくれていた。もう何も失わないようにと。俺達はまだ壊れただけで失ったわけじゃない。壊れたなら直してしまえばいい。今は分かたれてしまったけれど、きっと元に戻れる。元に戻って皆でまた笑おう。
また笑えるよな、ケレア。
ゼノ:
「大丈夫だ、アキ。ケレアもきっとメアを受け入れてくれる」
アキ:
「ゼノ……」
 言葉だけで全部伝わったと思う。まだ家族はやり直せると。
アキ:
「そうね、そうよね」
 アキが目尻に涙を溜めて微笑んだ。その下でメアもニッコリ笑っている。
 そう、きっと大丈夫だ。言葉を自分に言い聞かせた。
 すると、
セラ:
「すみません、少し気になることがあって。いいですか」
 セラが隣で手を挙げていた。その視線はアキへと向けられている。
セラ:
「アキさんは話を始める前に、『特にあなた達は』と私やシェーンへ視線を向けたと思います。つまり、天使族の私達に聞かせたい話があるのだと思いますが、これまでは特にそういった話題ではないですよね」
 そう言えば確かにアキはそう言ってセラの方を向いていた。しかし、メアが天使族である事実とセラ達が何か関係しているかといえば、別に種族が同じだけだ。聞かされたセラ達も驚きはするもののそれだけだ。言葉に困るだろう。
 つまり、
セラ:
「メアさんの話で、まだ何かあるということでしょうか?」
 セラがそう尋ねる。
 その問いに、アキは頷いた。
アキ:
「そうです。あなた達天使族に聞きたいことがあります」
 アキがポケットから何やら紙を一枚取り出す。それは四つ折りにされているようだ。
 それを開きながらアキが話していく。
アキ:
「これは、メアがこの前描いた絵なんですが……」
 やがて、円卓の上にその絵の全貌が明らかになっていく。
そこは、どこかの屋内だった。結構広々とした空間の中に沢山の長椅子が並べられていて、その先に何やら祭壇のようなものが見える。その背後の壁にはマークが書かれていて、円の中に八芒星といったようなマークだ。その上に色とりどりに塗られた大きなガラスがある。
 その祭壇の前に黒髪の少女と金髪の女性が笑顔で手を繋いでいた。
 年相応の絵といったところだったが、本人は自信作らしい。
メア:
「私が書いたの! 凄いでしょ!」
ゼノ:
「ああ、俺より万倍上手いな」
 頭を撫でてやるとエヘヘとメアが笑った。実際俺が書くと地獄絵図になるわけだが。
 この絵はもしかして……。
ゼノ:
「これって、失ったはずのメアの記憶か?」
アキ:
「私もそう思う」
 アキもそれに同意した。あのラフルスにこんな風景は確実に存在しない。だが、想像で書いたにしては細部までしっかり書かれている。記憶を失ったメアの記憶から抜粋したと考えるのが一番妥当だ。
アキ:
「でも、メアは覚えてないんだって」
メア:
「気付いたら書いてたの!」
ゼノ:
「無意識ってことか、天才だな……」
メア:
「メアは天才なの!」
 そう呼ばれて嬉しそうな天才の頭を撫でながらその絵をじっくり見る。
 ……。
アキ:
「だから、天使族の方々ならこの絵の場所とか女性とか分からないかなって」
ゼノ:
「なるほどなぁ……」
 確かにセラ達天使族ならそれらが分かるかもしれない。それが分かればメアの記憶を戻す手がかりも手に入るかも。
 ……というかあれ。
この金髪の女性、結構セラに似てないか?
 恐らくこの黒髪の少女はメアだろう。で、想像するならばこの金髪の女性はメアの母親か。女性は長い金髪を背中で一つに括っていて、今のセラとは髪型は違うけれど、どこか醸し出す雰囲気が似ているような。いや、絵に何言ってるんだって話だし子供の絵だから誰を描いても似るような気もするが、やはり特にセラに似ているような気がした。
 違うところといったら髪型と、胸元にぶら下げている例の八芒星マークのネックレスだろうか。
ゼノ:
「なぁ、セラ――」
 おまえに似てるよな、と言おうとしてセラの方へ振り向いて気付いた。
 セラが、いやセラだけじゃない。シェーンもアグレシアもその絵を見て目を見開いていた。
 その驚きようは尋常じゃない。先程メアが天使族だと知った俺よりも驚いているだろう。三人揃って目を見開き、口を開きながらその絵を、子供の描いた絵を見つめている。その光景は最早異質と言えるだろう。
 そういえば先程から言葉がなかった。一体何に驚いているというんだ。
 声をかけようとした時、セラがぼそりと呟く。
セラ:
「お母、様です……」
ゼノ:
「……何だって?」
 意味が分からず、思わず聞き返してしまう。
 そこへ、セラが同じ言葉を吐く。
セラ:
「お母様です」
 それも、詳しく。
セラ:
「この絵に写っている女性は、私のお母様です」
 聞いたせいで余計に意味が分からない。セラは天界を統べる王家の第三王女なんだとか。
 その母親とはつまり、天界を統べる女王に他ならない。
 絵の中で、メアと女王が笑顔で手を握っていた。
しおりを挟む

処理中です...