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3『過去の聖戦』

3 第三章第二十五話「白い翼」

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ゼノ
 アキの怒号のお陰もあって、エイラとシロは無事に俺から離れてくれた。確かに鬼の形相だったからなぁ。流石の悪魔もアキには勝てなかったと見える。アキは怒ると本当に怖い。
 理不尽に俺の脳天へ拳骨を振り下ろすんだから、本当に怖い。完全にとばっちりだ。別に今回は俺が悪いわけでもない。むしろ被害者って言ったっていい。
 痛む頭を撫でながらエイラへと視線を送る。騒動のお陰もあってエイラの席は俺から少し離されていた。近くだとまたシロとひと悶着ありそうだったし。
 今回の件、全ての始まりはエイラだ。今日の朝に会った時から様子が変だった。やけに近いなぁとか、少しだけ挙動不審だなぁとか。挙句の果てにここにきて俺に抱きついて来た。
 ……どういう心境の変化だよ。
 傍から見ても被害者の俺から見ても、エイラの好意がひしひしと伝わってくる。その好意が明確にどういう方向のものなのか分からない。でも、あのシロと張り合っているということはそういうことなのだろうか。
 でも、どうして。
 何故急にエイラがここまでの好意を俺に覚えたのか。考えても全然分からない。その手の話には疎い方だ。いくら考えても答えは出ないだろう。
 それでもやはり気になってエイラを見つめる。その視線に気付いてエイラが優しく微笑んできた。何故だろう、少しエイラの顔が赤い気がする。抱きつかれてる時はこちらも動揺して気付かなかったが、もしかしたらエイラも顔が赤かったのかもしれない。
 自分でやって照れてるんじゃ世話ないよ……。
 しかし、照れてるわけではない可能性もある。俺はもう一つの選択肢に気付いた。
ゼノ:
「なぁ、エイラ」
エイラ:
「な、何ですか?」
 声かけられると思っていなかったのだろう。少しエイラの動揺が垣間見える。俺は真剣に尋ねた。
ゼノ:
「お前、熱でもあるのか?」
エイラ:
「え、いえ、ありませんけど……」
ゼノ:
「そうか、なら良かった」
 てっきり熱のせいで奇行に走った説もあるかと思ったが、それも違うらしい。じゃあ本当にどうしてだ。
 うんうん唸って悩んでいると、隣に座るセラがチョンと肩を突いて来た。
セラ:
「ゼノ、悩んでるところすみません。でも、お客様が痺れを切らしそうですよ」
ゼノ:
「ん?」
 そう言われて円卓の対面に座るアキへと視線を向ける。隣のメアは何やらこの作戦室に興味があるようで楽しそうに周囲を見渡していた。が、一方のアキは鋭い目つきで俺を睨みつけていた。早くしろと言わんばかりだ。円卓をトントンと指で叩いてリズムを取っている。
 ……まぁ客だしな。お客様が第一です。
 どうせ悩んでも仕方がない内容だったため、早速話題に入ることにした。俺、セラ、エイラ、シェーン、アグレシア、シロ、ジェガロ、アキ、メアの九人による会議が今始まった。
ゼノ:
「さて、じゃあ今後の話をしようと思うんだが、その前にアキ達の用件を聞こうか」
アキ:
「あ、早速なのね」
ゼノ:
「ああ、内容如何によってはこちらの動きも変わるだろ。それくらい大切な話だと思ってるんだが」
 アキに話があると告げられたのは今日未明だった。眠気眼を擦っているところにアキが現れたのだ。そして、開口一番「話があるの」とだけ言ってきた。その時の表情がとても不安げだったのをよく覚えている。何かを恐れているような表情。
 すぐその場で聞こうとしたのだが、アキがこのタイミングを選んだのだ。俺だけに聞かせるような話ではないという事だろう。
アキ:
「そう、ね……」
 アキの表情はやはり不安げで少し緊張しているようにも見える。一体何を話そうというのか。
 とりあえず、アキの紹介だけ軽く済ませるか。
ゼノ:
「えー、一応簡単に紹介しておくと、こちらがアキだ。で、隣がメア。二人共昔っから一緒だった俺の家族みたいなもんだ。何でも話があるらしくてな、聞いてやってくれ」
 呼ばれてアキがその場に起立する。メアもアキを真似して席を立った。
 少し深呼吸をした後に、アキが口を開く。
アキ:
「……急に皆さん、すみません。忙しい立場だとは思っているのですがどうしても聞いて欲しくて」
 ご丁寧な対応を見せるのは流石アキと言ったところか。間違いなく俺やケレアよりも常識人だ。ここで敬語プラス断りを俺ならばいれない。
アキ:
「特に、あなた達には……」
 そう言いながらアキがセラをちらっと見つめた。その視線にセラは少し戸惑っているようだ。
 でも、あの言い方的にはセラに聞いて欲しいってことか。天使族に? 反乱直後はあまりセラ達の印象良くなかった気するけどな、アキの奴。
 一体何を話そうというのだろうか。
 一拍をおいてアキが続ける。
アキ:
「私がケレアについて行かなかった、いえ行けなかったのは二つ理由があるんです」
 まさかその話が出てくるとは思ってなくて一瞬動揺した。まだ当然俺の中じゃ過去の出来事なんかに出来てはいない。セラとエイラから視線を感じたが、大丈夫という意味で微笑んで返した。
 だが、この話題だと少し手間取る結果となった。
アグレシア:
「ん? ケレアって誰かね? これは何の話だ?」
 アグレシアが首を傾げていた。その横のシェーンも不服ながら同じといった様子だ。
 あ、そう言えばまだちゃんと話してなかったな。今日はそれも軽く兼ねていたんだった。いつも通り自分の段どりの悪さに苦笑してしまう。
エイラ:
「えっと、それはですね……」
 エイラがちらりと俺へ視線を向ける。その視線に代わりに私が言いますか、という問いを乗せて。
 だが、首を横に振って断っておいた。まだ自分の中で上手く折り合いは付けられていないし、話したくはないがそれでも話すなら自分でと思った。俺自身向き合わなければならないだろう。
 逸る鼓動をどうにか押さえつけて、俺が答えた。詳しく語る必要はない。簡潔に、要所を捉えて。
ゼノ:
「あー、実はここに来る間に一悶着あってな。ケレアって奴が悪魔は全員滅ぼすんだー、共存なんてありえないって言ってついて来なかったんだよ。一万人もいた人族のうち七千人くらいもそっち行っちゃったし」
シェーン:
「……随分連れてきた人数が少ないなとは思っていたが、そういうことか」
 シェーンは納得していた。上手く話せていたらいいが。声も震えてはいないはず。
 すると、アグレシアが俺とエイラへスッと次々に指し、にこやかに笑った。
アグレシア:
「ふっ、セラ様と違って魅力も信頼もないからだよ、君達ぃ」
 爽やかに腹立つ奴だな。何も知らないくせに。……いや、簡潔に言ったから分からないのは仕方がないけどさ。
 エイラも然程気にした様子ではなかったが、代わりに一番気にしている奴がいた。
セラ:
「こらっ、アグレシアっ!」
 バンっとセラが勢いよく立った。あまりの勢いに座っていた椅子がひっくり返るくらいだ。その表情は怒りやら悲しみやらで歪んでいた。俺達の事情を全て知っているからこそ彼女は耐えられなかったのだ。
 いつもとは違う怒りの声音に、アグレシアの爽やかな笑みが引きつっていた。
アグレシア:
「え、えっとセラ様……」
 セラが鋭い目線をアグレシアへ送る。
セラ:
「今の言葉は撤回しなさいっ、そして二人に謝りなさいっ!」
 厳しく言葉がアグレシアへ突き付けられる。セラは怒ると怖いタイプだと思った。
 何故そこまで怒られているのか、アグレシアはちゃんと理解しきれていないだろう。ただ、彼がセラを尊敬し好いているのはよく分かる。だからこそ、その相手からこんな言葉を向けられてしまったら。
 既にアグレシアは涙目だった。世界は終わったかのような絶望が顔全体に表れている。
アグレシア:
「な、何ということだ……、セラ様に怒られてしまった……、き、嫌われるっ!」
セラ:
「謝らなければ嫌いになりますっ」
 ぷいっとそっぽを向くセラ。
アグレシア:
「ほんっとうに申し訳ありませんでしたーっ!!」
 すぐさまアグレシアが謝罪をしてきた。それもかなり強く円卓に額を打ちつけて。そんな勢いで痛くないわけがない。
 セラがゆっくりと座る。まだ顔に怒りが表れているが。
セラ:
「もう、次はありませんからね! 今日は大人しくしていてくださいっ」
アグレシア:
「はい……」
 しょんぼりとアグレシアが肩を落としていた。上げた額にはやはり赤くなっている。血が滲みそうな勢いだ。
セラ:
「ごめんなさい、二人共……」
 セラが悲しそうに視線を向けてくる。でも、別にセラが謝る必要はない。むしろ、俺達の為に怒ってくれたんだから。自分の為に誰かが怒ってくれるってとても嬉しいことなんだと知った。
ゼノ:
「いやいや、むしろありがとうって感じだよな」
エイラ:
「はい、お陰でスッキリしました」
セラ:
「そう、ですか? でも――」
 まだ少し引きずっているようで、表情が浮かばない様子のセラ。全く、困った従者だ。
ゼノ:
「大丈夫だって。人ん家の子供に軽くおイタされるくらいじゃ、俺はそれほど悲しんだり怒ったりしないさ」
エイラ:
「右に同じです。躾って難しいですからね」
セラ:
「……そう言っていただけると助かります」
 セラが弱弱しく微笑む。
アグレシア:
「誰が子供だって?! 君達よりは年上だと思うがね! 特にゼノ、君よりは何倍も――」
 俺達の言い方が癇に障ったのだろうが、生憎言葉が最後まで言わせてもらえないようで。
セラ:
「アーグーレーシーアー? 大人しくしてって言いましたよね?」
アグレシア:
「はい、今日はもう喋りませんっ」
 セラの視線にアグレシアが背筋を伸ばす。隣のシェーンがざまあみろと言いたげにニヤリと笑っていた。
 で、本題に戻さないと。アキとメアが立ったままだ。座ればいいのにとも思うけれども。
ゼノ:
「悪いなアキ、続けてくれ」
 俺に催促されて、アキが頷く。
アキ:
「二つある理由のうちの一つ目は、ケレアの悪魔族に対する憎悪について行けなかったからです。ゼノは知っていると思うけれど、私は最初から反乱には反対でした。悪魔族に支配されたままでも、ゼノやケレア、メアがいてくれて。それだけで私は幸せだったから」
 名前を呼ばれてメアがアキへニッコリ微笑む。その無邪気な笑みにアキはメアの頭を撫でていた。
 アキ……。
 疑似的な家族だとしても、俺達にとっては本当の家族同然だった。だからこそ、俺達はあの苦しい環境の中で耐え抜いてくれたのだ。何よりも家族の存在が大きかった。
 アキもそうだったからこそ、俺とケレアの衝突がどれほど辛かっただろうか。家族がバラバラになる瞬間をずっと間近で見せつけられていた彼女の痛みが、今になって襲い掛かってくるようだ。
アキ:
「だからこそ、ケレアの痛み、悲しみや苦しみに気付いてあげられなかった。あれほどケレアが抱えていたなんて……」
 アキの眼から雫が一滴落ちていく。アキも俺と同じだった。ケレアのことを知っているようで知らなかった。理解できていなかった。それはまるで、俺達は本当の家族ではないのだと突き付けられているようで。悔しくて、悲しくて、辛い。
メア:
「アキ、大丈夫?」
 メアが涙に気付いて心配そうに尋ねる。アキは唇を噛んで涙を押し殺していた。
アキ:
「うん、大丈夫。少し思い出しちゃっただけ」
 涙を拭って、再び前を向く。アキは強い。反乱に反対だったのに、始まってからはずっと支えてくれた。一緒に考えたり皆を纏めてくれたり。アキがいなきゃここまで上手く事は進んでいないだろう。アキには前に進む力がある。
アキ:
「皆さんに関係ない話をしてしまってすみません。私は、私達家族が全員幸せになれるならそれでいいんです。だから、皆さんの全種族が共生できる世界も応援しています。難しいことだとは思いますが、頑張ってくださいね」
ゼノ:
「アキ……」
 アキからそんな言葉をかけてもらえると思っていなくて、思わず涙ぐんでしまった。ずっと、アキに恨まれてるんじゃないかと思っていた。俺達家族の関係を壊してしまったのは俺だ。俺の理想だ。そのせいなのは間違いない。
 なのに、アキがその理想を応援してくれた。初めての応援だった。嬉しくないわけがない。
 すると、アキの表情が段々と暗くなっていく。悲し気に俯いていた。
アキ:
「ケレアの目指す世界じゃ駄目なんです。その世界じゃ私達家族が全員幸せになれないから……」
ゼノ:
「……それは、俺が反対するからか?」
 俺の問いにアキが首を横に振る。
アキ:
「仮にゼノが賛成しても、家族は全員幸せにならないの」
ゼノ:
「どういうことだ?」
 分からない。俺さえ頷いていればケレアの描いた世界でだって俺、ケレア、アキ、メアの四人は幸せに暮らせるはずだ。俺達の中に悪魔族はいない。
 大きく息を吸って、アキが告げる。
アキ:
「メア、出番よ」
メア:
「あ、はーい!」
 元気よく返事をして、メアがよいしょと円卓の上に上がる。
 メア?
 そう言えば最初から疑問だった。話があるとは聞いていたが、メアが一緒にくるなんて聞いていない。この場所にメアがいる必然性が分からなかった。
 ペタペタと円卓の中心に四つん這いでメアが移動する間、アキが続ける。
アキ:
「ケレアの描く世界は人族が頂点でなければならない。つまり、悪魔族の他に天使族も彼にとっては殲滅対象になり得る。それが問題なのよ」
 そして、メアが円卓の中心に辿り着き、仁王立ちして見せる。
 次の瞬間、その小さな背中から勢いよく白い翼が飛び出した。
 綺麗な純白の羽根が周囲に舞う。
 あの翼は……!
 色々と思考が追い付かない。信じられない光景が目の前で広がっている。全然そんな素振りは無かった。嘘だろ。
 周りも驚いてはいるようだが、俺ほどではない。ここにいる誰よりも長く、俺はメアと一緒にいるのだ。
ゼノ:
「アキ、おまえこれ……!」
 驚きのあまり立ち上がって、アキへ視線を向ける。その視線を堂々と受け止めて、アキが頷いた。
アキ:
「理由の二つ目がこれ。メアは天使族なのよ」
 ガツンと頭を殴られたような衝撃が俺の中に広がっていく。
 メアが笑顔でピースサインを俺へ向けていたのだった。
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