カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第三章第二十一話「ゼノとケレア、理想と現実」

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ゼノ
 セラ達と別れて俺とエイラ、シロ、ジェガロは待たせているケレア達の元へと向かっていた。シロは当然と言わんばかりに俺へついて来た。ジェガロはセラ達の元へ大勢の人々を連れて行く時に乗せてくれるという。それに甘えない手はない。
 そして、エイラの存在は少し悩んだが彼女の人柄を人々へ伝えるためについて来てもらうことにした。
 エイラは悪魔族だ。俺達はこれまで悪魔族の支配を受けていたわけだから、当然悪魔族を恨んだり憎んだりしている人々がいるはずだ。そのため、エイラが味方というのを信じられない人々がいるに違いない。
 だからこそ、エイラ本人を登場させて彼女の人柄に触れてもらうのだ。セラ達の方にエイラを任せても良かったが、後々波乱を巻き起こすよりも予め伝えて感じてもらう方がいいと判断した。
 エイラが俺達と同じ志を持っていること、味方であるという事を。
シロ:
「この先に人族がいるの?」
 シロがワクワクしながら聞いてくる。
ゼノ:
「ああ、待たせてるよ」
シロ:
「そう、実感はないけど百年ぶりだし、普通に楽しみだわ」
 本当に楽しみなようで、シロが表情を綻ばせている。百年以上タイタスの体内で過ごしてきた彼女にとって、大勢の人族と会えることはそれだけ嬉しいのだろう。
ケレア達を待たせているとは言っても元々これほど長く待たせるつもりではなかった。大勢の人々を隠す丁度いい隠れ家と次いでに食料を探すだけのつもりだったわけだが、フィグルと出会ってタイタスが出現してから、目まぐるしく時が経過していた。気付けば朝陽が差し込んでいる。
 皆、黙って隠れてるかな。
 ケレア達を解放した集落に置いてきたはいいが、その後タイタスが暴れ始めた。流石にあの地響きと揺れに気付かないわけないだろう。出入り口に近くされないよう結界を張りはしたが、生憎外からの侵入は拒んでも中から出ようとする者を止めることはない。ケレア達が出ようとしているかも分からないし、或いはそもそもその集落自体崩落で崩れてしまっているかもしれない。
 ま、フィグルがいるからな。
 もちろん不安ではあるが、ケレア達のことはフィグルに任せてきた。初対面だったが、不思議と信頼できる、そんな気がした。彼女ならケレア達のことを助けてくれていると思った。
 だが、事情が事情だった。向かっている途中にエイラが懸念要素を口にする。
エイラ:
「フィグル様がいると言う事でしたが、あのベグリフが近くまで出張ってきましたからね。その場にいては自分の身が危ないはずです」
ゼノ:
「そうなんだよなぁ……」
 問題はフィグルがベグリフの妻だということだ。その妻が反乱を企てているというのも衝撃的な話ではあるが、フィグルが人族を助けている近くにベグリフが出現したとなればフィグルも気が気ではないだろう。あれほどの圧だ、間違いなくベグリフの存在をフィグルは近くしたはずだ。となれば、いつ自分の立場がバレてしまうか分かったものではない。裏切りがバレたのはまだエイラだけで、フィグルはまだバレていないのだ。バレてしまっては都合が悪くなってしまうだろう。故に、その場から離れている可能性もある。
ただ、
ゼノ:
「例えその場を離れていたとしても、ケレア達のことはしっかり守ってくれている気がするよ」
エイラ:
「それは当然です」
 自分のことではないのに、エイラが胸を張る。
エイラ:
「フィグル様はとても素敵な方ですから。ゼノと違って」
 そう語るエイラは嬉しそうだ。本当に仲が良いらしい。性格は真逆な気がするけれども。
ゼノ:
「そうだな、俺もそう思うよ。エイラと違って」
ゼノ・エイラ:
「……」
 エイラと笑顔で睨み合う。エイラの人柄に触れてもらうとは言ったが、その判断はだいぶ間違いだったかもしれない。
ゼノ:
「お、確かここだ」
 朝陽が少しずつ上昇し始めた頃、ようやく元の場所へ戻ってきた。勢いで飛び出したから正確な場所を覚えていなかったが、どうにか迷わずに付けたようだ。
 森を抜けてその集落が見えてくる。すると、衝撃的な光景が眼に映っていた。
 フィグルが出入り口の前に立って、塞ぐように必死に障壁を展開していた。それを凄い形相の人々達が壊そうとしているのだ。
人族:
「出せ! 出しやがれ!」
 人々がそれぞれ様々な魔法を障壁と放っていく。障壁に当たる度にフィグルが苦しそうな顔をしていた。人族の魔力が少ないとはいえ、あれ程の数がいれば流石に一人では耐えられない。少なくともあそこには一万以上の人族がいるのである。それでもなおまだ崩れていないのは流石四魔将と言うべきだろうか。
 ちょ、何してんだ!
ゼノ:
「待て待て!」
 慌ててフィグルの前に立ち、人々へと声をかける。彼等は俺の姿を見つけて漸く攻撃を止めた。
ケレア:
「ゼノ!」
 その中にはケレアもいるようだ。ケレアがドンドンと障壁を拳で叩いている。
ケレア:
「そこにいる悪魔族に閉じ込められたんだ! 気を付けろ! 襲ってくるぞ!」
 ケレアが言う悪魔族とはフィグルのことだろうが、生憎俺はフィグルが味方だと知っている。閉じ込められたっていうのも何かの間違いだろう。
エイラ:
「フィグル様、ご無事ですか!」
 息も絶え絶えなフィグルの元へエイラが駆け寄る。疲れながらも彼女は笑みを浮かべた。
フィグル:
「エイラ、生きているようで何よりです。ということは、ゼノがどうにかしてくれたみたいですね」
エイラ:
「フィグル様も、何も言わずしてよく私の真意を汲み取ってくれました」
 エイラが俺のことを言わなくてもフィグルは俺へ会いに来たのである。それは心の通じ合っている二人だからこそ出来る芸当だ。
 フィグルが俺へ視線を向けてくる。
フィグル:
「ゼノ、ありがとうございます。エイラを助けてくれて」
ゼノ:
「いや、お礼を言うのはこっちの気もするが、どういう状況だ?」
 大体予想はつくが、とりあえず聞いてみることにする。まぁ、予想通りの答えが返ってきたが。
フィグル:
「タイタスのせいでこの集落が崩落してしまうところだったんです。ギリギリのところでどうにか留めることに成功しましたが、その揺れのせいで人族の皆さんが出てこようとして私に気付いたんです。魔力のせいでしょうか、すぐに悪魔族だと見抜かれまして、そのまま攻撃されそうだったのでシールドを張って今の状況というわけです」
やはり、フィグルはケレア達を守ろうとしてくれたらしい。だが、事情の知らない彼等にとっては敵に見えてしまったのだろう。
フィグル:
「それにしてもベグリフが来ていたでしょう? よく無事でしたね」
 感心したようにフィグルが言ってくる。が、それはこちらの台詞だ。よくこの場に残ってくれた。先程も述べたようにいつベグリフに気付かれるか分からないのに、それでもケレア達を優先してくれたのだ。
エイラ:
「フィグル様こそ、よく残ってくださいました」
 俺の気持ちを代弁するようにエイラが告げる。すると、フィグルは当然と言いたげに微笑んだ。
フィグル:
「エイラもゼノも命を懸けているのに、私が懸けないわけにもいきません。第一、私はゼノに頼んだ立場ですから。ゼノの大切なものを守る位はしないと」
ゼノ:
「フィグル……」
 彼女は簡単に言うが、誰かのために命を懸けるのは簡単なことではない。それも、俺の大切な人々を助けてくれたのだから、もう感謝しかない。
ゼノ:
「フィグル、俺こそありがとうな」
フィグル:
「お互い様です」
 優しく微笑むフィグルは朝陽のせいか一際輝いて見えた。月光では幻想的だった姿と同様に朝陽では美しさに磨きがかかっていた。ただ単にフィグルが綺麗なだけなのかもしれない。
ジェガロ:
「ほれ、状況を説明するべきは奴らの方ではないか?」
 ジェガロが視線を前に向けて言ってくる。それもそうか。
ゼノ:
「フィグル、シールド解いてもいいぞ」
フィグル:
「……分かりました」
 信じてくれたようで、フィグルがすぐさま障壁を解く。瞬間、集落の出入り口を塞ぐ障壁が消えて無くなった。が、先程までと違うのは出たがっていたはずの人々が全く先へ足を踏み出さないことだった。
ケレア:
「……ゼノ?」
 訝し気にケレアが俺を見つめてくる。悪魔であるエイラやフィグルと話す俺を。宿敵である悪魔族と話す俺を。エイラの姿はケレア達も既に認識している。以前に戦闘したはずのエイラと仲良さそうに話す俺の姿が、ケレア達には不可解に違いない。
 さて、どう説明したものか。
 すると、出入り口にギュウギュウに詰まっている人族の中から小柄の少女が顔を覗かせた。
メア:
「あ、ゼノ! お帰り!」
 メアだ。純真無垢な様子で俺へ走り寄ろうとしている。黒髪が元気に揺れていた。いつも通り腰辺りに突っ込もうとしているらしい。が、
ケレア:
「メア、待て」
 それはケレアに抱えられて止められた。
メア:
「え、何で?」
 首を傾げるメアにケレアは何も言わない。
ケレア:
「アキ、メアは任せた」
 そのまま、メアを追いかけて出てきたアキにメアを渡していた。その動作の一つ一つに余裕は全く見受けられない。
アキ:
「……分かったわ」
 その雰囲気を感じ取ったのか、複雑な表情でアキが頷く。
 その様子でハッキリした。
 やはり、ケレアがこの話し合いで一番の懸念要素だ。
 彼をどう説得するかがカギになるだろう。
ゼノ:
「ただいま、ケレア。無事だったか?」
 いつも通りに声をかけ、手を挙げる。だが、生憎ケレアはいつも通りとはいかなかった。
ケレア:
「……ゼノ、どういうつもりだ。何故悪魔と一緒にいる」
 その声音はいつもとはあまりに程遠いものだった。暗く低く、そして重い。
ケレア:
「早く殺せよ、そいつらをさ、なぁ」
 その表情は怒りに満ちていた。眉間には皺が寄り、眼は鋭く尖っている。
 それだけで分かる。既にケレアは全て理解している。俺とエイラ達が仲間であることを。それでいてなお俺に語り掛けてきているのだ。
ケレア:
「分かっているだろ。悪魔は俺達をずっと支配し傷付け、全てを奪った存在だ。殺さなければならない存在なんだ」
 流石は俺の親友と言うべきか。ずっと一緒にいたからこそ直感で感じ取ってしまう。
ケレア:
「さあ、早くっ!」
 急かす様にケレアが叫ぶ。それは一種の祈りなのだろう。俺がまだ裏切っていないと信じたいのだ。直感で感じ取ってもまだ信じたくないのだ。
 それが分かっていても、直感で俺はその通りに動くわけにはいかない。
ゼノ:
「そりゃ無理だ。二人は仲間なんだからよ」
ケレア:
「っ」
 ケレアが苦痛に満ちた表情を浮かべる。同時に周囲の人々が一気にざわつき始めた。
人族:
「なっ、悪魔が仲間!?」
人族:
「そんな馬鹿な!」
 ざわつきは一気に伝播し一万もいるはずの人族全てへと伝わっていく。それ程の数がいるのだ、当然ざわつきが収まることはない。
人族:
「あいつは何を言っているんだ!」
人族:
「悪魔族が仲間なわけないだろう!」
 次々とそんな声が聞こえてくる。正直、この声をエイラにもフィグルにも聞かせたくない。彼女達は命を賭して人族を解放しようと頑張ってくれているのだ。それなのに、その助けようとしている人族からそんな言葉をかけられるなんてあんまりじゃないか。
 アキも複雑そうな表情で俺も見つめてくる。メアは状況がよく分からないらしく、ただただ周囲を見渡し首を傾げていた。
 そんな五月蠅い中でも全体に伝わるように、魔法で声を集落内に拡散させた。
ゼノ:
「分かっている。悪魔族に淘汰され続けた俺達にとって悪魔族は敵以外の何者でもない。そう思う気持ちは分かる。でも、全ての悪魔族がそうか? 俺はそうは思わない」
 拡散された声のお陰か、話の内容のせいか、ざわつきが無くなり全員が俺へ視線を向けているのが分かる。
ゼノ:
「現に、ここにいるエイラとフィグルは人族を解放しようとしている」
 その言葉に再びざわつき始めるが、気にせず話していく。
ゼノ:
「エイラは命を懸けて悪魔族を裏切り敵に回した。フィグルも命を懸けてケレア、おまえ達を守ったんだよ」
ケレア:
「……」
アキ:
「ま、守ったって?」
 口を開かないケレアに代わって、アキが尋ねてくる。
ゼノ:
「アキ達も感じただろ、大きな揺れ。あれで集落が崩れそうになったはずだ。それを助けてくれたのがフィグルなんだよ」
 衝撃の事実にざわつきはピークへ達しようとしている。無理もない。敵だと思っていた悪魔族が助けてくれていたというのだから。
ゼノ:
「二人共本気で人族を解放しようとしているんだ。なら、俺達と目指しているところは変わらないだろ?」
 実際に突如として揺れが収まったことは、ケレア達も感じているはずだ。それほどのことを成し遂げられるのは一人族には不可能だということも。つまり、フィグルが助けてくれたことに気付けるはずだ。
 人族同士で真偽を問うように何やら会話をしている。が、ケレアだけは誰とも会話せずに真っ直ぐ俺だけを睨んでいた。彼だけは何も迷っていない。
そして、ようやく口を開く。
ケレア:
「それを信じろというのか。お前の戯れ言を」
ゼノ:
「……戯れ言だって?」
 その言い様に棘を感じた。全く言葉が響いていない、そう思うには十分なほど冷徹なものだった。
ケレア:
「悪魔族が俺達に何をしたのか、本当に覚えているのか? おまえは分かっていると言った。だが、何も分かっちゃいない」
 ケレアが少しずつ前に出る。
ケレア:
「毎日長時間の重労働、悲鳴を上げようが倒れようが終わることはない。働いたからって俺達に何か恩恵があるわけでもない。貧しい生活が永遠と続く地獄だ!」
 その地獄を思い返し、ケレアが苦渋の表情を浮かべる。言葉一つ一つに感情が籠っていて、それを聞いているだけで俺にもその日々が思い返された。
 ケレアが語り始めた途端、それまでざわついていた人々が静まり返った。動揺していた彼らの表情も一人、また一人とケレアと同様の表情に変わっていく。
ケレア:
「食料は常に最低限、栄養失調で息絶えるものもいた! ゼノ、覚えているだろ!」
ゼノ:
「っ」
ケレア:
「俺の……妹だっ!」
 泣きそうな顔でケレアが叫ぶ。その声はあまりに悲痛に満ちていて。ケレアの感情が心に流れ込んできた。
 ケレアっ……!
 流れ込んできた感情はあまりに痛く、辛い。胸が張り裂けそうで、涙が溢れそうで。
 想像以上だった。
俺は勘違いしていた。ケレアの痛みを、気持ちを分かったつもりになって、何も分かっちゃいなかった。
 この奴隷のご時世で家族は唯一の心の支えと言っていい。家族がいるから生きられた。だが、ケレアが言うように人族は当然貧しかった。故に、人族は子供を授かろうとはしなかった。授かれば授かる程貧しくなるからだ。子供は働けず、親が働いても貰った食糧は家族で分配される。子供を授かるメリットが存在しない。
 だから、当然人族は数を減らした。だからと言って、それほど速いペースで減っているわけではない。メリットが存在しなくても、例えば自分の血筋を残したいがために、或いはいつか明るい未来が来ると信じて子供に託すために半数ほどの人族は子供を産んだ。
 だが、子供を産めば当然生活は苦しくなる。そのため子供の為に死ぬ人族が増えていった。俺の両親もそうだった。俺が働けるようになった頃に、満足したように死んでいった。もう一人立ちが出来るね、君なら大丈夫と。
 そうやって親を亡くす子供達は多かった。その子供達は寄り添い、疑似家族を形成するようになった。俺やケレア、アキ、メアがそうだが、実はもう一人いたのだ。
 それが、ケレアの妹だった。
ケレア:
「妹は、サクは身体が弱かった。ただでさえ貧しく栄養もままならないのに致命的だ。でも、俺にとって、サクが生きる糧だったんだ」
 ケレアの妹サクはとてもケレアが大好きだった。とてもケレアを慕う彼女は立ち居振る舞いが丁寧で、とても綺麗な少女だった。ただ、肌色が常に蒼白で優しく微笑む少女はとても儚く見えたのを覚えている。
ケレア:
「サクがいたから頑張れたんだ。だから、俺の分の食糧をいつもやっていた。少しでも栄養をあげられるようにって。ゼノ、おまえやアキも一緒に食糧を分けてくれた。とても嬉しかったよ。二人がいたから俺達兄妹はやってこれた、それは確かだ……でも、それも長くは続かなかった。それでもなお身体の弱かったあいつは眠るように死んでしまったんだ」
 突如としてサクはこの世を去ってしまった。本当に唐突に。悲しかった。当然だ、一緒に生活してきた家族なのだ。
ただ、むしろよく頑張ったとも思っていた。あの貧しい生活の中でよく保ったものだと。
 そう、俺はそれを仕方が無い事だと思ってしまった。その貧しい世界を当然だと思っていたのだ。
 だが、ケレアは違った。決して仕方なくなんかない。サクが死んだのは奴隷として扱ってくる悪魔のせいだと考えたのだ。悪魔が人族を支配するから、サクは死んだのだと。そして努力を積み重ね、地道に情報を探り、遂に反乱を実行した。
 その過程でようやく俺もこの世界が歪であることを理解した。決して当たり前なんかじゃなかった。支配されているこの状況が。そして、悪魔族だけじゃない、この世界のシステム自体が。だから俺は全ての種族の平等を誓い、ケレアの反乱に協力したのだ。
 今になってようやく分かる。
当然だと思っていた俺と、そうではなかったケレア。その差はあまりに広く、サクの死の受け止め方も違い過ぎる。俺達はずっと共にいた親友でありながら深い溝があったんだ。
 泣き叫ぶようにケレアが告げる。
ケレア:
「サクのように死んだ者は数知れない! 俺のような目を受けた者はここに大勢いるはずだ! それでもなお、おまえは俺達の前で悪魔が仲間だと言い張るのかっ! ゼノっ!!」
ゼノ:
「……っ!」
 涙が零れそうだった。何も分かっていなかった俺への怒り、憎しみ、後悔。様々な負の感情が一気に押し寄せてくる。何も分かっていなかったのに、伝わるわけがなかった。
 俺のは全て理想でしかない。現実はケレアが言っていたものが全てなのだろう。全ての種族を平等になんて無理なのかもしれない。共存は不可能なのかもしれない。それほど人族に残った傷は深すぎる。
 でも、それでも……!
ゼノ:
「それでもエイラとフィグルは、俺の仲間だっ……!」
ケレア:
「っ」
 ケレアが顔を歪めた。
 ケレアの言う事は正しい。そう思う。でも、それだけじゃないと思うんだ。
ゼノ:
「それがっ、それだけが悪魔の、いや世界の側面じゃないはずなんだっ……!」
 エイラやフィグル、セラやシェーンにアグレシア。いろんな天使や悪魔に出会ってしまったから。そして、一緒に同じ方向を向いてくれる彼女等に出会ってしまったから。俺はこの理想を諦められない。
ゼノ:
「全ての悪魔が同じとは限らない、エイラやフィグルみたいに俺と同じ考えの奴もいる! 天使だってそうだ! 何も変わらないんだよ、俺達はっ!」
ケレア:
「いいや、違うっ! 俺達ですら違うのにそんなことがあるか、あってたまるかよっ!」
ゼノ:
「俺達も一緒だろ! 人族を幸せにしようって気持ちは変わらないだろ!」
ケレア:
「おまえのやり方じゃ幸せにはならないっ! 少なくとも俺は悪魔を根絶やしにしなきゃ気が済まないんだよ!」
ゼノ:
「っ、本当にそれがお前の目的なのかっ」
 お互い感情のままに叫び合う。互いの意見は交わることはなく平行線が続いていた。
 分かってはいたが、本当にケレアは悪魔を根絶やしにしようとしている。だからこそ、ここにいるエイラもフィグルも許せないのだ。
ケレア:
「そうだっ! これまで死んでいった者の為にも全ての悪魔をだ! 例外はない! そこにいる悪魔共もな!」
ゼノ:
「っ、いい加減にしろよ……!」
 何度も何度もエイラとフィグルへ殺意を向けるケレアに怒りが込み上げてきた。二人がどういう気持ちで聞いているのか。必死に助けようとしてくれているのに、その助けようとしている存在にこれ程までに殺意と侮蔑を向けられて。そんなの許せるはずがない。
ゼノ:
「殺させるかっ、その前におまえを止めるっ!」
ケレア:
「邪魔をするならおまえだって容赦はしないっ!」
 俺は魔力を解き放ち、ケレアは剣を抜く。一瞬にして場の雰囲気が臨戦状態になった。
エイラ・フィグル:
「ゼノっ!」
アキ:
「ケレアっ!」
 エイラとフィグルの制止するような声が聞こえる。アキからもだ。それでもお互いもう止められなかった。同時に駆け出そうとする。
 その直前に、声が聞こえてきた。純粋な声が。
メア:
「ゼノとケレア、喧嘩しているの?」
ゼノ・ケレア:
「っ」
 その声に俺達は足を止めた。何故かは分からない。ただ、彼女の目の前で戦ってはいけない気がした。
 そちらへ視線を向けるとメアがアキへそう尋ねていた。
メア:
「喧嘩は駄目だよ、仲直りしなくちゃ」
アキ:
「メアっ……!」
 アキは既に涙を流し顔がくしゃくしゃだった。メアを強く抱きしめて、アキは俺達へと叫んだ。
アキ:
「もうやめてよっ、私達は家族じゃないっ」
ゼノ・ケレア:
「っ」
 アキの言葉が強く心に突き刺さる。それはケレアも同じの様で苦しそうに顔を歪めていた。先程まで感情に揺さぶられていた心も、その言葉のお陰か少しだけ冷静さを取り戻す。
 俺達はずっと一緒に過ごしてきた家族だ。ずっと支え合ってきたはずだ。なのに、なんでこんな風になっちまったんだ……!
 怒りは静まり、代わりにまたもや涙が込み上げてくる。一緒に過ごしてきた思い出が深く心を揺さぶる。
ゼノ:
「ケレア、俺は人も天使も悪魔も、全ての種族が平等に過ごせる世界を作りたいんだっ。そこに、おまえもいなきゃ意味ないんだよっ」
 だが、ケレアは先程と違って最早感情を露わにすることはなかった。無表情に淡々と告げていく。
ケレア:
「……ゼノ、それが夢物語だって分かってるんだろ。全員平等になんて出来やしない。だからこそ人族が何よりも頂点に立たなくては。目的は悪魔のつもりだったが、全ての人族の為に天使も根絶やしにしなくちゃいけないのかもな」
 何で、何でなんだよ、ケレア……! 何で伝わらねえんだ……!
 やがて、ケレアが俺へ向けてゆっくりと進み始める。
ケレア:
「これまで、お前には沢山助けてもらった。おまえがいたから成し得た反乱だ。だが、今となっては大勢人族がいる。悪魔との戦い方にも慣れ、俺達も成長している」
ゼノ:
「ケレア……!」
 そして、ケレアは呆然と立ち尽くしている俺の横を通った。
ケレア:
「これまでの感謝を込めて、今回は見逃す。だが、次はない。ゼノ、いままでありがとな。おまえとはここまでだ」
 そのまま通り過ぎて森へと向かい始めた。近くにいたエイラとフィグルへ見向きもせずただ真っ直ぐに。
 ……いかせるかよ。
 四魔将とも戦い、魔王の実力を知っているからこそケレア達だけで悪魔を殲滅するのは不可能だと分かっている。このまま進ませれば殺されてしまうのは明確だ。
 そう分かっているのに。
ゼノ:
「力づくでも俺、はっ……!」
 俺の声は自分でも分かる位震えていた。力も入っていない。
 当然気付いているケレアが振り返る。
ケレア:
「悪魔とすら共生を願う平和主義者に、俺を止める勇気なんてないだろ」
ゼノ:
「……っ!」
 何て言葉を発すればいいのだろうか。何を語ればいいのか分からない。死んでほしくないから止めたいのに、ケレアの覚悟にどう向き合えばいいのだろうか。あの覚悟を止めるために何をするべきなのか。
力づくではもう二度と分かり合えなくなってしまう気がする。
 だからこそ、俺はきっと止められないと分かってしまった。
 俯き、俺はその場に立ち尽くしてしまった。
エイラ:
「ゼノ……」
 エイラが俺の名を呼んだ。声が震えていたように聞こえたのは気のせいだろうか。今思えばずっとエイラ達は黙っていてくれた。俺にとって大切な瞬間だと思ってのことだろう。そう言えば人柄に触れてもらうとか言って全然その機会作れなかったな。感情に任せちまった。
 ドッと一気に後悔が押し寄せてくる。もっと良い方法があったんじゃないか。だが、もう遅い。
 袂は分かたれた。
やがて、ケレアがアキへと声をかける。
ケレア:
「アキ、いくぞ」
アキ:
「……」
 だが、アキは歩みを進めようとしない。何かに迷っているように俯いている。その様子にケレアは何かを分かったように理解を示した。
ケレア:
「そうか、お前はゼノについていくんだな」
アキ:
「……分からないの、私。どうしたらいいか」
 ぽつりと絞り出すようにアキが告げる。ギュッと抱きしめられているメアはアキの頬に頬擦りしていた。
ケレア:
「いや、ゼノについていけ。俺達の道はこれからはより一層修羅になる。メアのこともある。アキともお別れだ」
アキ:
「っ、ケレア……!」
 ケレアはそのまま周囲にいる人々へと語り掛けた。
ケレア:
「おまえ達もだ。もうゼノはいない。これからは俺達の実力で悪魔達を殺さなくてはならない。選ぶんだ、悪魔と共生の道か、悪魔を絶滅させる道か。ただし生半可な気持ちで来れば死ぬと思え。悪魔族を殺すことを躊躇わないものだけ来るんだ」
 そう言って、ケレアは森の方へ消えていった。朝陽の届かない深い森の中へと。
 人々は再三にわたってざわつき始めるが、やがてケレアを追う者とその場に残る者で別れて行った。アキとメアを含め約三千人が残り、残りがケレアを追った。
 つまり、七千人はケレアと同様の痛みを味わった者達なのだろう。
 本当に俺は何も分かっていなかったんだ。
 拳を強く握りしめる。血が滲むほど強く。自分があまりにも情けなかった。
 朝陽が雲に隠れていった。
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