カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第三章第二十話「セラ信者」

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セラ
 ゼノ達と別れて、私、シェーン、アグレシアは天地谷の麓に残した人族の元へと向かった。向かっている最中に気付けば朝陽が差し込み始める。いつの間にそれほど時間が経ったのでしょうか。タイタスと戦っている最中は全く時間など気にならなかったが、意外と長期戦だったのかもしれない。
 昨日は色々ありましたしね。
 ようやくゼノと合流し、悪魔族のエイラとも仲間になった。竜のジェガロまでいる。これまでシェーンしか心の支えがいなかった私にとって、これほど嬉しい事はない。安心感が体中を包んでいた。
 ようやく麓の人族の元へ辿り着いた。どうやら大きな穴を掘り、そこに膜を張って周囲と同化させているようだ。シェーンに言われなければ気付かなかった。
シェーン:
「セラ様、行きましょう」
セラ:
「はい」
 シェーンが膜を解除し、共に中へ入っていく。
 久しぶりの対面に少し緊張しないでもない。彼等が急に態度を変えていたらと少しだけ考えてしまうのだ。それだけのことを私達天使族はしてきたのだから。
 ただそれは杞憂に終わった。
 結構大きく掘ったようで、中は大きな広場のようになっていた。そこに、私が途中別れた時よりも大勢の人族がいた。どうやら別れている間にもどこかの集落を解放したらしい。
 人族達は私達を見つけると駆け寄ってきた。
人族:
「シェーン様が帰ってきたぞ!」
人族:
「セラ様もだ、無事だったんだな!」
 別れている間に何があったのか、一番最初の頃にあった少しの不信感が完全に払拭されている。それも当然と言えば当然だろうか。別れている間もシェーンがずっと先頭に立って皆を守り、戦ってきたのだろう。その姿をずっと見ていれば不信感など消えて当然だ。
 頑張ったのですね、シェーン。
 タイタスとの戦闘の際も誰よりも人族のことを気にしていた。きっと、シェーンの中でも目の前にいる彼等に対して態度が柔らかくなったのではないだろうか。現に、一度確認に来ているにもかかわらず、無事な姿を見せる彼らにシェーンは安堵していた。
 人族達が詰め寄ってくる。が、アグレシアを見た途端その足を止めた。そして値踏みをするように彼を見つめていた。
 当然と言えば当然か。人族にとって天使族は奴隷として扱ってくる存在。その価値観は未だに変わっていないと思われる。私とシェーンが一個人として少しずつ信頼を勝ち取ったにすぎないのだ。となれば、新しく天使族が来れば警戒もするだろう。
 私達のことを受けれいてくれた方々ですから、大丈夫だとは思うのですが。
 とりあえずアグレシアのことを紹介することにした。
セラ:
「皆さん、彼の名前はアグレシア。私達と同じく人族解放に賛同する者です。天使族ですが、思いは我々と変わりません。どうか受け入れてあげてください」
 アグレシアが賛同しているのはどちらかと言えば私そのものだが、それを言うと少し面倒なことになりそうだ。
 と、思っていた矢先にアグレシアが突然一歩前に出る。
セラ:
「ア、アグレシア?」
 堂々と前に出て人族達を見渡す彼の後ろ姿に何か悪い予感を覚えたが、関係なしと言わんばかりにアグレシアが声を張り上げた。
アグレシア:
「人族の諸君! 私は天使族で君達は人族だ! 種族が違う!」
セラ:
「わざわざそんなこと言わなくても……!」
 溝を広げそうな発言に冷や汗が浮かんでくる。現に聞いている人族の表情が悪い方に変わっている気がする。
 慌てて止めようとしたが、そんな私をシェーンが制止した。
シェーン:
「セラ様、お待ちください」
セラ:
「シェーン、でも……」
シェーン:
「奴は馬鹿ですが、それでもセラ様が本気で困るようなことはしません」
 アグレシアの背をシェーンが見つめる。その視線にはどこか信頼があるような。
 ……仲悪いわけじゃないのかもしれませんね。
 いつもはいがみ合っているけれど、それでも信頼し合っているのかも。
シェーン:
「それに、或いはここで人族の反感を買ってアグレシアは退場です。そうなるように見守りましょう」
セラ:
「シ、シェーン……」
 そうなるようにって。
 前言撤回。やはり仲が悪いのかもしれません。
シェーン:
「人族の反感を買うような奴は、今後一緒に行動しても上手くいきませんから。セラ様にくっついて来た奴がどれほど本気なのか、ここで見極めましょう」
セラ:
「そ、それもそうかもしれませんが……」
 不安がる私とは対照的にシェーンは微笑んでいた。それは彼への信頼ゆえなのかそれとも追い出せることへの期待なのか。
 ただ確かにシェーンの言葉に一理あるのは確かだ。見定めるわけではないが今は彼を信じる方がいいのかもしれない。
 アグレシア、どうか誤らないでください……!
 祈るようにアグレシアを見つめる。その彼が先程の続きを紡いだ。
アグレシア:
「だが、種族が違えど共通の価値観が存在している! 私と君達の共通価値、それは――」
 そ、それは……。
 アグレシアが拳を振り上げて告げる。
アグレシア:
「セラ様の素晴らしさだっ!!!」
セラ:
「……ふぇ?」
 思わず変な声が出てしまった。人族の目の前に堂々と立って何を言っているのか。
 だが、アグレシアはエンジンがかかってしまったようで止まらない。
アグレシア:
「いや、素晴らしいなんて言葉じゃ伝えきれないほどだ! セラ様は誰よりもお美しく、誰よりもお優しく、この世界で唯一無二の存在! 全ての生命に光を照らす太陽のようなお方だ! その価値に種族間の違いはない!」
セラ:
「い、いや、私そんな……」
 アグレシア視点だと私はそう見えていたのか。だが、生憎そんな者ではない。私だって怒るし間違えるし。美しさだってエイラの方が綺麗だと思うし。
 ただ、アグレシアはそれが共通の価値観だと言っているのだ。
アグレシア:
「セラ様の手によって解放された君達が一番よく分かっているはずだ! ……いや一番は私だけどね!」
 アグレシアの発言で人族達がざわつき始める。ざわついて当然だ。大声で何を主張しているのか。
 と思ったのは私だけのようだ。
人族:
「……確かにセラ様は素晴らしい!」
人族:
「そうだ! セラ様は俺達の女神様だ!」
 突如として人族達から歓声のような声が次々と上がっていく。それはどんどんと周囲に伝播していった。
 いや女神様って……。
 というか、私そこまで皆さんに何か出来た覚えはないのですが……。
 結局すぐにシノと戦闘になって目の前にいる人族達と別れた。彼等と一緒にいた時間はそこまで長くなかったはずだが。
 困ったようにシェーンへ視線を向ける。すると、困惑を察したようにシェーンが口を開く。
シェーン:
「セラ様がいない間に私がセラ様がどれだけ素晴らしいか、演説しておきました」
セラ:
「あ、あなたもですか……」
 サラッと笑顔で告げるシェーンに思わず額に手を当ててしまう。
 やはりシェーンとアグレシアは似た者同士ですね。ということは同族嫌悪なのでしょう。
 アグレシアが拳を天高く掲げ、叫んだ。
アグレシア:
「さあ、セラ様信者達よ! 種族の違いという垣根を超えてセラ様に一生ついていこうじゃないか!!」
人族:
「おおおおおおおおおおおおおお!」
 呼応するように人族達も拳を突き上げていく。
 ……。
 いや、アグレシアが無事に迎えられたのはいいが。迎えられ方に問題がある気がする。少なくとも私は凄い複雑な気持ちだ。
 そんな凄い存在じゃないのに……。
 重くなっていく期待に不思議と身体も重くなる。
 ベグリフに期待されたゼノもこんな気持ちなのでしょうか。
 すると、話し終わったようでアグレシアが私へ丁寧な所作で道を開ける。
 そう、まだもう一つ話さなくてはいけないことがあるのだ。これもまた一方では反感を買ってしまうかも分からない。丁寧に話さなくては。
 今度は私が前に出て口を開いた。
セラ:
「皆さんに聞いて欲しいのですが、私達は無事もう一つの反乱軍のリーダーと合流出来ました。無事に協力を得られそうです」
 おお、と声が聞こえてくるが、問題はここからだ。
セラ:
「それでアグレシアの他に新たに一人悪魔族を仲間に迎え入れました」
人族:
「悪魔族!?」
 やはり想像していなかったようで、動揺の声が広がっていく。
人族:
「悪魔族は信用できるのか?」
人族:
「きっとセラ様達と違って狡猾だぞ」
人族:
「セラ様が騙されている可能性も……」
人族:
「セラ様は優しいし」
 ……やはり一筋縄ではいかないですか。
 ここにいる人族は全員天使族の奴隷だったわけで、直接悪魔族に何かされたわけではない。だが、されたわけではないからこそ、想像でいくらでも悪魔族を悪者に仕立て上げることが出来るのだ。実際人族からすれば悪魔族も彼等を奴隷としているのだから悪者に変わりはないのである。
 さて、どうするかと思った時だった。
アグレシア:
「おいおい、セラ様信者達よ!」
 さっき下がったばかりのアグレシアが再び前に出る。全員の視線がアグレシアへ注がれた。
アグレシア:
「その悪魔はセラ様が信用に足ると判断したのだ。セラ様の決定に疑問を抱く余地などない! セラ様信者ならば分かっているはずだ!」
 その言葉は、一瞬にして人族達の動揺の波を掻き消していた。
 ……いや、本当に複雑なんですけど。
 再び人族達がアグレシアに呼応する。
人族:
「確かにそうだ、セラ様の決定が間違いのはずねえ!」
人族:
「そうよ!」
 今度は悪魔族を、エイラを受け入れてくれる輪が広がっていった。複雑ではあるがどうにか人族達は理解してくれたようだ。
 何だかんだ、アグレシアがいなければここまで順調に話は進められなかったかもしれない。やり方には問題があるが、今は感謝しておこう。
セラ:
「アグレシア、ありがとうございます」
アグレシア:
「勿体なきお言葉であります!」
 アグレシアが跪く。本当に言動がオーバーな方ですね。苦笑してしまった。
セラ:
「それでは、そのつもりでいてください。その悪魔族は例の反乱軍の方に行っています。あちらの方がこちらに合流する予定なので、もう少しここで滞在です。気楽にしていてください」
 集まってと言わずに集まってくれた彼等に解散をかけ、ようやく一息をつく。
 こちらはどうにか上手くいったが、あちらがどうなるか。何故ならゼノの方は悪魔族によって支配されていた人族の集まりだ。エイラの加入がどのような影響を与えるか。
 ゼノの仲間達ですから大丈夫だと思うんですが……。
 振り返って洞穴の出口を見つめる。
 どうか上手く行きますように……。
 待っているだけの私には、祈ることしか出来なかった。
………………………………………………………………………………
ゼノ
ゼノ:
「ケレアっ……!」
 エイラとシロ、ジェガロ、フィグルが俺を悲し気に見つめる。そして、アキやメア含め大勢の人族達は息を呑んで次の展開を待っていた。その中心で俺とケレアは向かい合っている。
俺の表情は見えなくても分かる。きっと酷くクシャクシャなはずだ。泣きそうなのを必死に我慢しているのだから。対して、ケレアは無表情だった。だが、その瞳には強い怒りと憎しみが宿っていた。
ケレアが前へと進みだし、やがて俺とすれ違う。視線が合うことはなかった。
ケレア:
「ゼノ、今までありがとな。お前とはここまでだ」
 その日、俺は大切な親友を失ってしまったのだった。
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