104 / 309
3『過去の聖戦』
3 第二章第十八話「魔王の期待」
しおりを挟む
ゼノ
本当に展開が目まぐるしく変わって訳が分からない。タイタスの体内に入ったらシロがいて、気付けば結婚したとか言われ、更に急に上から高火力広範囲のレーザーが落ちてくるし、それでタイタス倒されているし、急に目の前に知らない男が現れるし。
一番分からないのは、目の前の男の実力だった。
底が、見えない……!
まるで深淵を覗いているようだ。実力の底が全く見えない。どれだけこちらが強くなろうと近づいた気がしないような感覚。なにより対峙しているだけでこの威圧感。膨大な魔力とも相まって凄まじいプレッシャーを感じる。
必死こいて体内から出たら次これって聞いてないぞ。
それはシロも感じているようで、ギュッとしがみつく力を強くさせていた。
シロ:
「ゼ、ゼノ……」
声音だけでシロが不安がっているのが分かる。だから、赤い長剣を持つ手でポンポンと頭に優しく触れてやった。
ゼノ:
「安心しろ。言っただろ? おまえの時間は俺が守るからさ」
ニッと笑ってやる。が、生憎視線をシロに向ける余裕がない。
男は何故か分からないが口角を上げて嬉しそうだった。
男:
「確かに人族にしては桁違いの魔力を持っているな。エイラと張る程とは。あくまで人族としてはだがな」
品定めするようにジロジロ俺を見つめてくる。何だその尊大な態度は。
ゼノ:
「初対面で失礼な奴だな。名前くらい名乗ったらどうなんですかー!」
自分でも強がりだとは分かっているが、間違っても男に感じている一種の恐怖を態度にしたくはない。
すると、遠くからエイラが叫んできた。
エイラ:
「ゼノ! それ魔王です! 魔王ベグリフです!」
ゼノ:
「なるほど魔王な……魔王だって!?」
目の前に悪魔族の長がいるというのか。俺達の反乱は悪魔族からの解放なのだから必然的にいずれは魔王と対峙すると思っていたが、まさかこのタイミングとは。
色々な過程を飛ばしてゴールが先に来たってことか……!
しかし、道理でこの異常な力の圧を感じるわけだ。
ベグリフ:
「俺をそれ扱いか。普段なら許さんところだが、今の俺は機嫌がいい」
ベグリフが黒剣を構える。
ベグリフ:
「おまえの力、確かめさせてもらおう」
刹那、眼前からベグリフが消失した。
ゼノ:
「っ」
だが、俺の目は捉えている。即座に背後へ振り向き赤い長剣を振った。
甲高い音を立て火花を飛び散らせながら剣同士が激突する。
ゼノ:
「おらっ!」
そのまま勢いよく黒剣を弾いた。ベグリフが一瞬目を見開き、何故か知らないが不敵に笑う。
意外にも、筋力で負けていない。どちらも剣を片手で握っているが、それでもどうにか押し勝てた。これは間違いなくシロから貰った剣のお陰だろう。この剣のお陰で身体中を力が巡っている。だが逆に言えば、それでようやく拮抗しているような状況なのだ。以前の俺だったらこの時点で競り負けていたに違いない。
結婚は知らんが、シロには感謝しなくちゃな!
長剣に魔力を籠める。鮮やかな赤色がより輝き真紅の光を放った。
ゼノ:
「まさかここで魔王に会えるとはな! あんたを倒して終わりだ!」
そのまま勢いよくベグリフへと叩きつける。ベグリフは受け止めたが、一瞬にして遠くへ吹き飛んでいった。今の内だ。
ゼノ:
「セラ、エイラ!」
二人の名前を呼び、シロを高々と掲げる。
シロ:
「え、ちょ、ゼノ? もしかして――」
ゼノ:
「エラーすんなよっ!」
全力でセラとエイラの元へぶん投げた。剣のお陰も相まって凄まじい速度が出た。
シロ:
「ひぁああああああああああっ!」
シロの悲鳴がだんだんと遠くなっていく。
エイラ:
「馬鹿なんですか!?」
エイラの罵倒が聞こえてきたが無視。本当は無事キャッチの現場も見たいところだが、生憎そんな余裕はない。余裕がないからシロを預けたのだ。
直後、吹き飛ばしたはずのベグリフが眼前に出現し踊り込んできた。
ゼノ:
「っ」
両手で剣を持ち直し、何度も高速で剣を交える。赤と黒の軌跡が空中に残っていた。
っ、こいつ……!
こっちは両手に持ち直したのに、ベグリフは未だに片手のまま。それなのに先程と同じく拮抗していた。ベグリフは手を抜いていたのだ。
今も本気を出しているか分からない。分からないが、ベグリフには傷一つなく、俺には軽い斬り傷があちこちに出来ていた。剣技ですら差があるというのか。
鍔迫り合っていると、ベグリフが呟く。視線は俺の持つ赤い長剣へ向けられていた。
ベグリフ:
「……その剣、セインか」
ゼノ:
「セイン?」
この剣、セインっていうのか? 聞いたことがない名前だ。
ベグリフがその鋭い視線を向けてくる。その視線だけで筋肉が萎縮してしまいそうだ。
ベグリフ:
「知らずに持っているのか」
ゼノ:
「生憎、説明も無しに貰ったんでね! 何よりその説明の時間をあんたが邪魔したんだよっ!」
言葉と同時に黒剣を弾き、再び魔力を例のセインに集中する。セインが電撃を迸らせた。赤と黄が混ざり、橙色に光り輝いていく。
ちょっと無理してやるっ。
ゼノ:
「貫け、《雷土の槍、グングニル!》」
雷を籠めてセインを一振りする。瞬間、その軌跡から橙色をした四つの雷槍が飛び出していった。四つ全てがベグリフへと殺到していく。
ベグリフはまず向かってきた一つを黒剣で受け止めた。すぐさま横からもう一つが飛び出していくが、今度はそれを素手で受け止めてみせた。
素手って、イカれてんのかっ! 腐ってもかなりの魔力を籠めた魔法なのに。
だが、これでベグリフの両手は塞がった。残り二つが別々の咆哮から同時にベグリフへと襲いかかっていく。
ベグリフ:
「……《盾》」
ベグリフがたった一語だけ呟く。その瞬間、残り二つの雷槍の進路上に障壁が展開された。それを魔法と呼んでいいのだろうか。魔法を唱えたというよりも、ベグリフにとっては造作もない、ただの魔力の塊な気がしてならない。
しかし、それでも障壁は見事に雷槍を防いでみせた。一気に周囲に放電されていく。
でも、それでいい。
瞬間、ベグリフが受け止めていた二つも同じように放電し輝いた。一気に周囲が橙色の光に照らされ、ベグリフが光に包まれていく。
この瞬間を待っていたんだっ!
一気にベグリフの頭上から急降下し、電撃を纏った橙色に輝くセインを振り抜く。
ベグリフ:
「むっ」
一瞬ベグリフの反応が遅れた。放電の光と音で視覚と聴覚を奪われているのだ。
だが、それでもその一撃はベグリフの漆黒の衣服を切り裂くに留まってしまった。本当はざっくりと肩から袈裟斬りにするつもりだったが、ベグリフが咄嗟に身を引いたのである。
殺気も消したはずなんだがな、あの状況下で何で反応出来るんだよ。
やがて放電も終わり、俺も一度距離を取る。ベグリフは切り裂かれた衣服に手をやっていた。
ゼノ:
「何だ、お気に入りの服だったか? 悪いな」
ベグリフ:
「……古代魔法は囮だったというわけか。面白い使い方をする。良い狙いだ」
ベグリフが楽しそうに口角を上げるが、生憎楽しくなんかない。必死も必死だ。
ゼノ:
「その良い狙いを躱してよく言う。皮肉にしか聞こえないぞ!」
ベグリフ:
「殺気を殺し過ぎたな。あの状況で忽然と殺気が消えるのは違和感しかないだろう」
ゼノ:
「……ご高説どうも」
ご丁寧に駄目出しまでしてきやがった。いや、言われてみればそうだけどさ!
しかし、今の方法でもベグリフの身体に一切の傷を与えられないとなるとどうしたものか。こちらも今のでかなり消費してしまった。
長丁場は厳しいな。一気に決めないと。
思考しながらセインを構え、ベグリフの動きを待つ。なのに、ベグリフは剣を構えることもせずじっと俺を見つめていた。最初と同じだ、品定めをしているような。
ゼノ:
「おい、男にジロジロ見られても嬉しくないんだよ!」
定められる方の心境はたまったものじゃない。だが、それでもベグリフは止めない。
あまりに長く見つめてくるものだから、もうこっちから仕掛けようと思ったその時ようやくベグリフが口を開く。
ベグリフ:
「なるほど確かに。今ならエイラの言っていた事が分かる。俺もおまえの行く末に興味が湧いてきた」
すると驚くことに黒剣を消失させ、俺へ背中を向けた。ベグリフの意図が分かり、戸惑う。
ゼノ:
「おい、まだ終わってないだろ!」
ベグリフ:
「おまえの力、まだ発展途上のようだ。成長し、もっと俺を楽しませろ」
ゼノ:
「はあ?」
意味が分からない。あいつ、ここへ何しに来たんだよ。
ベグリフ:
「どうせおまえ達の反乱の終着点は俺だろう。ならば俺は城で待つ。死ぬことなく全てを乗り越え成長し、俺の元へ辿り着いてみせろ」
ゼノ:
「……その言い方じゃ反乱の成功を願ってるみたいだぞ」
ベグリフ:
「俺が願っているのはおまえの成長だ。そのために反乱の成功が必要ならばそれでも構わん」
ゼノ:
「とんだイカれ魔王だな」
悪魔族の王のくせして人族の反乱成功を願うか。
ベグリフ:
「絶望がおまえを成長させることもあるだろう。要はおまえさえ成長すれば何でもいい。最近は張り合いのない世界に飽きてきたところだった。おまえという存在はまさに僥倖だ」
俺の成長が一番で、後のことはどうだっていい。悪魔族が勝とうと負けようとベグリフには興味が無いのだ。これが魔王。別方向で狂気じみている気がする。
何でこんな悪魔族のことを何とも思ってない奴が魔王なんだよ。
ベグリフ:
「ゼノ、とエイラに呼ばれていたな。それがおまえの名か」
ゼノ:
「……そうだけど」
ベグリフは、顔だけ俺へ向けて告げた。
ベグリフ:
「我が名はベグリフ。ゼノ、俺の期待に応えてみせろ」
そして、本当にベグリフは姿を消してしまった。ぽつんと俺一人だけがその場に残される。
ゼノ:
「本当に何しに来たんだよ……」
急に現れて戦わされて、それで勝手に期待していなくなってくのだから、付き合う方としてはたまったものじゃない。
あれが魔王か……。
実力は想像以上だった。勝つ未来が想像できないほど実力の底が見えない。成長しろとベグリフは言ったが、どう成長しても勝てない気がする。正直、引いてくれて良かった。あのまま戦っていても勝てなかっただろうから。
それが分かっているからこそ悔しい。
空を見上げ、ため息をついた。俺の気持ちなんて知らずに夜空に浮かぶ星々は光を放ち続けている。
さて、どうしたもんかな。
どうにか退けたが、勝った気は全くもしない。残された悔しさと空虚さに浸っていると、セラ達が集まってきた。シロは無事キャッチされたようで、セラに抱えられていた。セラの隣には見かけない男もいる。
セラ:
「ゼノ、無事ですか!」
ゼノ:
「ん、あー、まぁ」
セラ:
「何でそんな投げやりな感じなんですか……」
心中複雑なんだよ。
エイラが周囲にベグリフがいないことを確認し、尋ねてくる。
エイラ:
「ゼノ、何故ベグリフは引いたんですか?」
ゼノ:
「さぁ、訳が分からん。あのワガマ魔王様の考えてる事なんて微塵も分かんないね」
本当に分からない。思わずため息をついてしまう。
セラ・エイラ:
「ゼノ……?」
魔王を無事退けたというのに嬉しそうではない俺に、セラとエイラが首を傾げる。普通に考えたらそれだけで快挙なのだろうが、見逃されただけだ。あいつの気まぐれで。
すると、セラに抱えられたシロが器用にも俺へ移動してきた。首に手を回してギュッと抱きついてくる。
シロ:
「ゼノ、無事だったのね!」
ゼノ:
「おー」
無気力に返事をしていると、やはりシロの存在が気になるようでセラが尋ねてきた。
セラ:
「ゼノ、その子は一体?」
そりゃ疑問だろう。タイタスの体内から出てきたらそれまでいなかった少女がいるのだから。
シロがニコッと俺へ笑顔を見せてくる。きちんと紹介しろと言いたげだ。
だが、生憎俺は今心身共に疲れていた。最早考えることも放棄してしまっている。だから、同じく笑顔をセラへ向け、告げた。
ゼノ:
「微塵も分かんないね!」
シロ:
「ちょっと何でよ!」
シロのボディーブローが鳩尾に決まった。彼女の怪力も相まって疲れている俺が崩れ落ちたのは容易に想像できると思う。
本当に展開が目まぐるしく変わって訳が分からない。タイタスの体内に入ったらシロがいて、気付けば結婚したとか言われ、更に急に上から高火力広範囲のレーザーが落ちてくるし、それでタイタス倒されているし、急に目の前に知らない男が現れるし。
一番分からないのは、目の前の男の実力だった。
底が、見えない……!
まるで深淵を覗いているようだ。実力の底が全く見えない。どれだけこちらが強くなろうと近づいた気がしないような感覚。なにより対峙しているだけでこの威圧感。膨大な魔力とも相まって凄まじいプレッシャーを感じる。
必死こいて体内から出たら次これって聞いてないぞ。
それはシロも感じているようで、ギュッとしがみつく力を強くさせていた。
シロ:
「ゼ、ゼノ……」
声音だけでシロが不安がっているのが分かる。だから、赤い長剣を持つ手でポンポンと頭に優しく触れてやった。
ゼノ:
「安心しろ。言っただろ? おまえの時間は俺が守るからさ」
ニッと笑ってやる。が、生憎視線をシロに向ける余裕がない。
男は何故か分からないが口角を上げて嬉しそうだった。
男:
「確かに人族にしては桁違いの魔力を持っているな。エイラと張る程とは。あくまで人族としてはだがな」
品定めするようにジロジロ俺を見つめてくる。何だその尊大な態度は。
ゼノ:
「初対面で失礼な奴だな。名前くらい名乗ったらどうなんですかー!」
自分でも強がりだとは分かっているが、間違っても男に感じている一種の恐怖を態度にしたくはない。
すると、遠くからエイラが叫んできた。
エイラ:
「ゼノ! それ魔王です! 魔王ベグリフです!」
ゼノ:
「なるほど魔王な……魔王だって!?」
目の前に悪魔族の長がいるというのか。俺達の反乱は悪魔族からの解放なのだから必然的にいずれは魔王と対峙すると思っていたが、まさかこのタイミングとは。
色々な過程を飛ばしてゴールが先に来たってことか……!
しかし、道理でこの異常な力の圧を感じるわけだ。
ベグリフ:
「俺をそれ扱いか。普段なら許さんところだが、今の俺は機嫌がいい」
ベグリフが黒剣を構える。
ベグリフ:
「おまえの力、確かめさせてもらおう」
刹那、眼前からベグリフが消失した。
ゼノ:
「っ」
だが、俺の目は捉えている。即座に背後へ振り向き赤い長剣を振った。
甲高い音を立て火花を飛び散らせながら剣同士が激突する。
ゼノ:
「おらっ!」
そのまま勢いよく黒剣を弾いた。ベグリフが一瞬目を見開き、何故か知らないが不敵に笑う。
意外にも、筋力で負けていない。どちらも剣を片手で握っているが、それでもどうにか押し勝てた。これは間違いなくシロから貰った剣のお陰だろう。この剣のお陰で身体中を力が巡っている。だが逆に言えば、それでようやく拮抗しているような状況なのだ。以前の俺だったらこの時点で競り負けていたに違いない。
結婚は知らんが、シロには感謝しなくちゃな!
長剣に魔力を籠める。鮮やかな赤色がより輝き真紅の光を放った。
ゼノ:
「まさかここで魔王に会えるとはな! あんたを倒して終わりだ!」
そのまま勢いよくベグリフへと叩きつける。ベグリフは受け止めたが、一瞬にして遠くへ吹き飛んでいった。今の内だ。
ゼノ:
「セラ、エイラ!」
二人の名前を呼び、シロを高々と掲げる。
シロ:
「え、ちょ、ゼノ? もしかして――」
ゼノ:
「エラーすんなよっ!」
全力でセラとエイラの元へぶん投げた。剣のお陰も相まって凄まじい速度が出た。
シロ:
「ひぁああああああああああっ!」
シロの悲鳴がだんだんと遠くなっていく。
エイラ:
「馬鹿なんですか!?」
エイラの罵倒が聞こえてきたが無視。本当は無事キャッチの現場も見たいところだが、生憎そんな余裕はない。余裕がないからシロを預けたのだ。
直後、吹き飛ばしたはずのベグリフが眼前に出現し踊り込んできた。
ゼノ:
「っ」
両手で剣を持ち直し、何度も高速で剣を交える。赤と黒の軌跡が空中に残っていた。
っ、こいつ……!
こっちは両手に持ち直したのに、ベグリフは未だに片手のまま。それなのに先程と同じく拮抗していた。ベグリフは手を抜いていたのだ。
今も本気を出しているか分からない。分からないが、ベグリフには傷一つなく、俺には軽い斬り傷があちこちに出来ていた。剣技ですら差があるというのか。
鍔迫り合っていると、ベグリフが呟く。視線は俺の持つ赤い長剣へ向けられていた。
ベグリフ:
「……その剣、セインか」
ゼノ:
「セイン?」
この剣、セインっていうのか? 聞いたことがない名前だ。
ベグリフがその鋭い視線を向けてくる。その視線だけで筋肉が萎縮してしまいそうだ。
ベグリフ:
「知らずに持っているのか」
ゼノ:
「生憎、説明も無しに貰ったんでね! 何よりその説明の時間をあんたが邪魔したんだよっ!」
言葉と同時に黒剣を弾き、再び魔力を例のセインに集中する。セインが電撃を迸らせた。赤と黄が混ざり、橙色に光り輝いていく。
ちょっと無理してやるっ。
ゼノ:
「貫け、《雷土の槍、グングニル!》」
雷を籠めてセインを一振りする。瞬間、その軌跡から橙色をした四つの雷槍が飛び出していった。四つ全てがベグリフへと殺到していく。
ベグリフはまず向かってきた一つを黒剣で受け止めた。すぐさま横からもう一つが飛び出していくが、今度はそれを素手で受け止めてみせた。
素手って、イカれてんのかっ! 腐ってもかなりの魔力を籠めた魔法なのに。
だが、これでベグリフの両手は塞がった。残り二つが別々の咆哮から同時にベグリフへと襲いかかっていく。
ベグリフ:
「……《盾》」
ベグリフがたった一語だけ呟く。その瞬間、残り二つの雷槍の進路上に障壁が展開された。それを魔法と呼んでいいのだろうか。魔法を唱えたというよりも、ベグリフにとっては造作もない、ただの魔力の塊な気がしてならない。
しかし、それでも障壁は見事に雷槍を防いでみせた。一気に周囲に放電されていく。
でも、それでいい。
瞬間、ベグリフが受け止めていた二つも同じように放電し輝いた。一気に周囲が橙色の光に照らされ、ベグリフが光に包まれていく。
この瞬間を待っていたんだっ!
一気にベグリフの頭上から急降下し、電撃を纏った橙色に輝くセインを振り抜く。
ベグリフ:
「むっ」
一瞬ベグリフの反応が遅れた。放電の光と音で視覚と聴覚を奪われているのだ。
だが、それでもその一撃はベグリフの漆黒の衣服を切り裂くに留まってしまった。本当はざっくりと肩から袈裟斬りにするつもりだったが、ベグリフが咄嗟に身を引いたのである。
殺気も消したはずなんだがな、あの状況下で何で反応出来るんだよ。
やがて放電も終わり、俺も一度距離を取る。ベグリフは切り裂かれた衣服に手をやっていた。
ゼノ:
「何だ、お気に入りの服だったか? 悪いな」
ベグリフ:
「……古代魔法は囮だったというわけか。面白い使い方をする。良い狙いだ」
ベグリフが楽しそうに口角を上げるが、生憎楽しくなんかない。必死も必死だ。
ゼノ:
「その良い狙いを躱してよく言う。皮肉にしか聞こえないぞ!」
ベグリフ:
「殺気を殺し過ぎたな。あの状況で忽然と殺気が消えるのは違和感しかないだろう」
ゼノ:
「……ご高説どうも」
ご丁寧に駄目出しまでしてきやがった。いや、言われてみればそうだけどさ!
しかし、今の方法でもベグリフの身体に一切の傷を与えられないとなるとどうしたものか。こちらも今のでかなり消費してしまった。
長丁場は厳しいな。一気に決めないと。
思考しながらセインを構え、ベグリフの動きを待つ。なのに、ベグリフは剣を構えることもせずじっと俺を見つめていた。最初と同じだ、品定めをしているような。
ゼノ:
「おい、男にジロジロ見られても嬉しくないんだよ!」
定められる方の心境はたまったものじゃない。だが、それでもベグリフは止めない。
あまりに長く見つめてくるものだから、もうこっちから仕掛けようと思ったその時ようやくベグリフが口を開く。
ベグリフ:
「なるほど確かに。今ならエイラの言っていた事が分かる。俺もおまえの行く末に興味が湧いてきた」
すると驚くことに黒剣を消失させ、俺へ背中を向けた。ベグリフの意図が分かり、戸惑う。
ゼノ:
「おい、まだ終わってないだろ!」
ベグリフ:
「おまえの力、まだ発展途上のようだ。成長し、もっと俺を楽しませろ」
ゼノ:
「はあ?」
意味が分からない。あいつ、ここへ何しに来たんだよ。
ベグリフ:
「どうせおまえ達の反乱の終着点は俺だろう。ならば俺は城で待つ。死ぬことなく全てを乗り越え成長し、俺の元へ辿り着いてみせろ」
ゼノ:
「……その言い方じゃ反乱の成功を願ってるみたいだぞ」
ベグリフ:
「俺が願っているのはおまえの成長だ。そのために反乱の成功が必要ならばそれでも構わん」
ゼノ:
「とんだイカれ魔王だな」
悪魔族の王のくせして人族の反乱成功を願うか。
ベグリフ:
「絶望がおまえを成長させることもあるだろう。要はおまえさえ成長すれば何でもいい。最近は張り合いのない世界に飽きてきたところだった。おまえという存在はまさに僥倖だ」
俺の成長が一番で、後のことはどうだっていい。悪魔族が勝とうと負けようとベグリフには興味が無いのだ。これが魔王。別方向で狂気じみている気がする。
何でこんな悪魔族のことを何とも思ってない奴が魔王なんだよ。
ベグリフ:
「ゼノ、とエイラに呼ばれていたな。それがおまえの名か」
ゼノ:
「……そうだけど」
ベグリフは、顔だけ俺へ向けて告げた。
ベグリフ:
「我が名はベグリフ。ゼノ、俺の期待に応えてみせろ」
そして、本当にベグリフは姿を消してしまった。ぽつんと俺一人だけがその場に残される。
ゼノ:
「本当に何しに来たんだよ……」
急に現れて戦わされて、それで勝手に期待していなくなってくのだから、付き合う方としてはたまったものじゃない。
あれが魔王か……。
実力は想像以上だった。勝つ未来が想像できないほど実力の底が見えない。成長しろとベグリフは言ったが、どう成長しても勝てない気がする。正直、引いてくれて良かった。あのまま戦っていても勝てなかっただろうから。
それが分かっているからこそ悔しい。
空を見上げ、ため息をついた。俺の気持ちなんて知らずに夜空に浮かぶ星々は光を放ち続けている。
さて、どうしたもんかな。
どうにか退けたが、勝った気は全くもしない。残された悔しさと空虚さに浸っていると、セラ達が集まってきた。シロは無事キャッチされたようで、セラに抱えられていた。セラの隣には見かけない男もいる。
セラ:
「ゼノ、無事ですか!」
ゼノ:
「ん、あー、まぁ」
セラ:
「何でそんな投げやりな感じなんですか……」
心中複雑なんだよ。
エイラが周囲にベグリフがいないことを確認し、尋ねてくる。
エイラ:
「ゼノ、何故ベグリフは引いたんですか?」
ゼノ:
「さぁ、訳が分からん。あのワガマ魔王様の考えてる事なんて微塵も分かんないね」
本当に分からない。思わずため息をついてしまう。
セラ・エイラ:
「ゼノ……?」
魔王を無事退けたというのに嬉しそうではない俺に、セラとエイラが首を傾げる。普通に考えたらそれだけで快挙なのだろうが、見逃されただけだ。あいつの気まぐれで。
すると、セラに抱えられたシロが器用にも俺へ移動してきた。首に手を回してギュッと抱きついてくる。
シロ:
「ゼノ、無事だったのね!」
ゼノ:
「おー」
無気力に返事をしていると、やはりシロの存在が気になるようでセラが尋ねてきた。
セラ:
「ゼノ、その子は一体?」
そりゃ疑問だろう。タイタスの体内から出てきたらそれまでいなかった少女がいるのだから。
シロがニコッと俺へ笑顔を見せてくる。きちんと紹介しろと言いたげだ。
だが、生憎俺は今心身共に疲れていた。最早考えることも放棄してしまっている。だから、同じく笑顔をセラへ向け、告げた。
ゼノ:
「微塵も分かんないね!」
シロ:
「ちょっと何でよ!」
シロのボディーブローが鳩尾に決まった。彼女の怪力も相まって疲れている俺が崩れ落ちたのは容易に想像できると思う。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】彼女以外、みんな思い出す。
❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。
幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる