カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第二章第十七話「駒」

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セラ
目の前に突如現れた男は、今まで感じたことのないような威圧感を放っていた。対峙しているだけで身体が震え、呼吸が荒くなる。
 彼には、勝てない……!
 そんな直感があった。
エイラ:
「ベグリフ……!」
エイラが叫ぶように呼ぶ。
 その名前には聞いたことがあった。天使族の私ですら知っている名前だ。きっと、この世界に知らない者など存在しないのではないだろうか。
セラ:
「べ、ベグリフって魔王の名前じゃ……」
 目の前に魔王がいるとは信じたくなかったが、生憎エイラが肯定する。
エイラ:
「その通りです。あれが悪魔族の頂点に立つ男ですよ」
ジェガロ:
「【百年で魔王も変わったか】」
エイラ:
「三つ巴の争い後に、先代を殺してその座を奪ったんです」
 先代を殺して、ですか。
 分かっていた事だが、その実力は計り知れないということだ。
 そのベグリフが私達へ口を開く。彼の声を聴くだけで寿命が縮んでしまいそうな気がした。
ベグリフ:
「面白いものだな。天使と悪魔、そして古龍が対等に会話しているとは。そうは思わないか、エイラ」
エイラ:
「……私の裏切りに気付いていたのですね」
 強がるようにエイラが笑う。対してベグリフは変わらず冷たい表情だった。
ベグリフ:
「どうだろうな。だが予感はあった。人族の反乱を見逃したお前は、いずれそちらに加担するのではないかと。ここまで早いとは思わなかったが、遅かれ早かれこうなっていたのならば変わるまい。殺すだけだ」
 殺すという言葉にこれほど実感を伴うこともそうないだろう。すぐそばまで死が迫ってきている感覚があった。
エイラ:
「わざわざ魔王が直々に出張ってくれて嬉しいですよ」
ベグリフ:
「興味があった。悪魔でありながら人族へ加担し、あまつさえ天使にも協力するお前に。そして、お前が感化された人族に」
 本当に興味があるようで、ベグリフがエイラへと問うた。
ベグリフ:
「どんな感情だ。これまで対立していた種族と関わるのは」
 一瞬エイラは驚いていたが、直ぐに堂々と返す。
エイラ:
「悪くないですよ、意外と居心地がいいです」
ベグリフ:
「ふむ、そうか。確かに意外ではあるが……ならば悔いはあるまい」
 瞬間、一気に威圧が増した。ベグリフが魔力を解き放ったのだ。全身に重圧が更に圧し掛かってくる。
ベグリフ:
「さて、殺すとしよう」
 言下、目の前からベグリフが消失した。
セラ:
「なっ」
 別に瞬きをしたわけではない。本当に忽然と姿を消したのだ。
ベグリフ:
「消えろ」
 その声はすぐ横から聞こえた。ベグリフはいつの間にかジェガロの目の前に現れていた。ジェガロすらその出現には反応が遅れ、抵抗する暇がない。
 ベグリフがそっと手の平をジェガロの腹部へと触れる。瞬間、ジェガロの巨大な身体全てを飲み込む真っ黒な衝撃波が放たれた。
ジェガロ:
「【――っ】」
セラ:
「ジェガロ!」
 凄い勢いでジェガロが吹き飛んでいく。そのまま真っ二つに割けた天地谷の片割れ、その頂上へと消えていった。そして訪れる大きな衝突音。頂上は遠く姿は見えないのに、その音は確かにこちらまで響いて来ていた。
 そんな……!
 あのジェガロが一瞬にしてやられてしまった。目の前で起きた出来事に頭が追い付かない。
 だが、待ってくれるわけがない。
ベグリフ:
「ほう、流石古龍というべきか。寸前でシールドを張ったな。肉体が残るとは」
エイラ:
「セラ様!」
セラ:
「っ」
 今度は私の背後から声が聞こえてくる。送られる殺気に身体が強張ってしまう。そのせいか、私の反応が遅れてしまった。振り向こうとするが間に合わない。
 私、殺され――。
 死を覚悟した、その時だった。
???:
「とおっ!」
 緊迫した状況に相応しくないような、少し間の抜けた声が聞こえてきたのだ。
 この声は……!
 この声の持ち主に心当たりがある。その人物は、一瞬にして私とベグリフの間に割り込み唱えた。
???:
「《聖光流星群!》」
 周囲に光の球がかなり数出現し、ベグリフへと高速で殺到していく。
 ベグリフはそれを易々と交わしていくが、私への攻撃は中断したようだ。
 その間に振り向き、その人物へと叫ぶ。まさかここに現れるなんて。
セラ:
「ア、アグレシア!?」
 男ながら金髪を後ろで結っているその後ろ姿は間違いない。シェーンと同じように私専属の従者のアグレシアだ。
 アグレシアが私へ振り返り、親指を立ててニッコリ笑う。
アグレシア:
「セラ様! あなた様の忠実なる騎士アグレシアがただいま参上しましたよ!」
セラ:
「助かりましたけれど、何故ここに……」
アグレシア:
「何故って、セラ様を追いかけてきたからですよ! 逆に何故セラ様は私を連れて行ってくれなかったのですか!」
 ベグリフを前によくもいつも通りでいられると思うが、理由ならある。
セラ:
「だって、アグレシアはてっきり人族解放には反対かと思っていたので……」
 そもそもアグレシアに人族に対する不満を言ったことはなかった。それはアグレシアが異性だったからに違いない。シェーンは同性だから話しやすかったのだ。だがシェーンに話す時ですら緊張していたのだから、アグレシアには言うか悩んでいた。
 すると、シェーンが「奴には言わなくても大丈夫でしょう。というか言わないでください」と言ってきたものだから、てっきりあまり人族解放に反対だと思っていたのだ。
 だが、その認識は間違っていたようだ。
アグレシア:
「何を仰いますか! セラ様が賛成されるものは私も全て賛成ですよ!」
セラ:
「そ、そうですか、あはは……」
 その考え方は怖い気がします。
エイラ:
「また、濃い天使が来ましたね……」
 エイラが呆れたように笑う。が、すぐにその表情は厳しいものに変わった。すぐに私もその理由が分かる。
セラ:
「っ、アグレシア、危ない!」
 アグレシアの背後にベグリフが迫っていたのだ。その手には漆黒の剣が握られていた。
アグレシア:
「なにっ」
 アグレシアが振り返ろうとするが、間に合わずそのまま身体を真横に両断されてしまう。
 そんな……!
 だが、両断されたアグレシアはベグリフへ振り返りながら笑っていた。
ベグリフ:
「む」
 直後、ベグリフが素早く背後を振り向き剣を振った。瞬間、その剣に何かがぶつかり火花を散らしていく。
ベグリフ:
「ほう、見たこともない魔法だ」
 やがて、ベグリフと剣を交わらせるアグレシアの姿が突如出現した。
アグレシア:
「っ、こいつ……!」
 ベグリフと鍔迫り合うアグレシアは苦しそうに顔を歪ませていた。
あれは《聖反光》だったのですか……!
 聖反光とは、光で自身の姿を隠すと同時に幻影を真逆に投影する魔法である。つまり、斬られたのは幻影だったのだ。
 だが、それを初見でベグリフは打ち破った。それのみならず、
ベグリフ:
「どうした、その程度か」
アグレシア:
「くっ」
 じりじりとアグレシアを押していく。まるで遊んでいるかのようだ。アグレシアは剣を両手で持っているのに、ベグリフは片手だ。力の差は歴然だった。
ベグリフ:
「どうやら、これ以上は何もなさそうだな」
 アグレシアの実力を見極め、ベグリフが次の行動へ移ろうとする。
 その直前にエイラが唱えた。
エイラ:
「《闇にまみれた拒絶!》」
 薄く小さな黒壁をエイラが投げ飛ばす。ベグリフはそれを容易く片手で掻き消した。タイタスを吹き飛ばしたあの一撃をだ。だが、その一瞬意識が逸れた間にアグレシアがどうにか鍔迫り合いから抜け出すことに成功した。
ベグリフ:
「天使を助けるために王へ手を出すか。エイラ、これでお前も反逆者だ」
エイラ:
「最初からそのつもりのくせに」
 私達の元へアグレシアが戻る。そして、あろうことか助けてくれたエイラに突っかかっていった。
アグレシア:
「悪魔め、何故私を助けた!」
 本当にタイミング的にどうかと思うが、アグレシアはこれまでの一連の流れを知らない。悪魔族のエイラを信じられないのは仕方ない気がする。
 言ってどうにかなるものでもないが、一応説明しておいた。
セラ:
「アグレシア、その方は仲間です!」
アグレシア:
「君の助けに感謝する! ありがとう!」
 急にアグレシアが態度を豹変する。その変わりようにエイラも若干引いていた。
エイラ:
「い、いいえ」
 これはあれか、本当に私の言った事は全て肯定して従うつもりなのだろうか。
 何はともあれ、再びベグリフと対峙する。正直刹那の戦闘だけで、やはり勝ち目がないことが分かる。
 その時だった。
 突如として力の波動が伝わってきたのだ。これはベグリフのものでも、私達のものでもない。それは、タイタスから伝わってきていた。正確に言えば、タイタスの内部から。
 その力の波動は、確かに強く、でも優しく温かかった。私は、直感でこれが誰のものか分かった。
ゼノ……!
 確かに彼の存在を感じる。これほど強くて優しいのも珍しい。彼の人柄なのだろうか。
アグレシア:
「なんだこの力は!?」
 ゼノの存在を知らないアグレシアが、タイタスへ視線を向ける。きっとタイタスが力を解放したとでも思っているのだろう。
 しかし、確かに先程までのゼノとは一線を画すような力だった。一体タイタスの体内で何があったのか。
 タイタスも不思議そうに腹部を見下ろしている。だが、決して動くことはない。ベグリフにそう命じられたからだ。
 意外なことにベグリフもまたそちらへ視線を向けている。じっとただその一点だけを見つめていた。
 突然訪れる膠着状態。
 すると、ベグリフがふっと姿を消し、タイタスの目の前に出現した。タイタスが大きな眼でベグリフを見つめる。
その目の前で、ベグリフは剣を振り上げた。瞬間、タイタスの頭上に巨大な黒い魔法陣が出現する。それはあの巨躯全てを飲み込むほどの大きさだ。
え……。
 私はベグリフが何をしようとしているのか分かってしまった。だが、あり得ない。
 エイラも同じものを感じ取ったようで、慌てるようにベグリフへと叫んだ。
エイラ:
「ベグリフ、まさか……!」
アグレシア:
「ん、あいつ何をするつもりだ?」
 アグレシアだけがベグリフの行動に首を傾げていた。分からないのも無理はない。普通ではあり得ない、思いつかないことをベグリフは今しようとしているのだ。
ベグリフ:
「ずっと何者かの魔力を感じていたが、まさかそこにいるとはな。これが、おまえの言っていた人族か? 確かに人族にしては力を秘めているようだ」
 だんだんと魔法陣が怪しく光を放っていく。タイタスは戸惑うようにベグリフと魔法陣を交互に見つめていた。直感で分かっているのだろう。だが、ベグリフの命令のせいで動くことが出来ないのだ。
エイラ:
「タイタスはまだ子供なんですよ! あなたが自分で集めたのでしょう!」
ベグリフ:
「それがどうした。俺の興味はあくまで中にいる人族だけだ」
 ギリッという音がした。エイラが強く歯を食いしばったのだ。拳も強く握りしめられている。エイラは怒っていた。
エイラ:
「あなたにとって、四魔将もただの駒に過ぎないのですかっ!」
ベグリフ:
「そうだ、四魔将などその気になれば替えがきく」
エイラ:
「っ」
 強くエイラが睨む。タイタスも唖然としたようにベグリフを見つめたが、ベグリフは全く意に介さない。
エイラ:
「それはフィグル様もですか!」
 だが、このエイラの言葉だけには確かに一瞬反応したように見えた。ベグリフの身体が確かに硬直したような。
 フィグル……?
 生憎その名は知らない。けれど、その人物はベグリフにとって大切な存在なのだろうか。
 少しの間を置いて、ベグリフが告げる。
ベグリフ:
「……おまえに語る必要はない」
 そして、ベグリフがタイタスへと視線を向ける。
ベグリフ:
「さらばだ、我が忠実なる僕よ」
セラ:
「っ、駄目!」
 咄嗟に叫んでしまうが届かない。
 私達の目の前で、タイタスへと極大の黒いレーザーが放たれた。
 タイタスが呆然とそのレーザーを見つめる。怪しい光がタイタスの顔を照らしていく。
セラ:
「逃げて!」
エイラ:
「タイタス!」
 相手は私達を苦しめた敵だ。それは分かっている。でも、私にはあまりに可哀想に映った。エイラは彼が子供だと言った。子供だからこそ、ベグリフの命令に従って動くことはない。たとえ自分が死ぬことが分かっていても動けないのだ。
タイタス:
「っ、ウオオオオオオオオオオ!」
 タイタスが叫んだ。その叫びはこれまでにないくらい大きいけれど、不思議と耳を塞ごうとは思えない。
 その叫びは、どうして、そう言っている気がした。
 だが、その叫びはベグリフに届かない。
ベグリフ:
「五月蠅いな。だからお前は話すことを禁じたのだ」
 そして、タイタスの顔がレーザーに包まれた。私達が束になっても無理だった堅い外皮がボロボロと砕け散り、タイタスの顔が上からだんだんと消失していく。
セラ:
「っ」
 見ていられなかった。信じていたものに裏切られ死んでいく彼の姿はあまりに悲愴すぎる。
エイラ:
「ベグリフ、あなたは……!」
 エイラが怒りを声に乗せる。それでも、ベグリフは冷静なままだ。ベグリフの興味は全てゼノへと向いていた。それ以外のことには全く興味を示さない。目の前で臣下がボロボロと崩れ去っていくのに。
ベグリフ:
「さて、生き残るかどうか」
 レーザーはだんだんと下に下がっていき、タイタスの身体を覆っていく。堅い外皮のせいかゆっくりだが、それでも着実にレーザーはタイタスの身体を消失させていた。既に胸部までタイタスの身体は消えてしまっている。
 タイタスは既に息絶えていた。
 これが、王のすることですか……!
 魔王を強く睨む。悪魔族を統べる王。その実力は身を以て味わったが、あんな王は私は認められない。彼がいては、きっと人族を全て解放し、この世界を平和になんて絶対に不可能だと実感した。
 そして、レーザーが腹部に差し掛かった時だった。突如としてそのレーザーが侵攻を止めた。
ベグリフ:
「……当たりか!」
 瞬間、嬉しそうにベグリフが口角を上げた。
???:
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 レーザーが止まっている辺りから、声が聞こえてきた。不思議と久しぶりに聞いたような声だったが、悲しみやら怒りやらを和らげてくれるような温かいものだった。
 やがて、そのレーザーが周囲へ勢いよく拡散された。あのタイタスの外皮すら貫くレーザーが押し負けたのだ。
 凄まじい風圧が私達を襲った。思わず視界を腕で覆ってしまう。そして、声が聞こえてきた。
???:
「ったく、急になんだ!? 今のでタイタス倒されてるじゃねえか! 嫌々俺が中に入ることなかったじゃん!」
???:
「いいじゃない、私と会えて結婚まで出来たんだから」
???:
「いや認めてないから! というかついさっき時間が大切って話をしたばっかりだろ! そういうのこそ時間が大事だろ!」
???:
「時間なんて関係ないわ。大切なのは気持ちよ。で、話の続きだけどハネムーンはどこへ行く?」
???:
「そんな話してねえ!」
 声だけでも私に安堵が訪れていた。何故か泣きそうにもなってくる。腕をどけ、彼を見つける。
セラ:
「ゼノ……!」
 残ったタイタスの下半身、その上にゼノが一人の少女を抱えながら浮いていた。いつの間にか上半身は裸だし、知らない少女といるし、その手には今までなかった鮮やかな光を放つ赤い剣が握られているが、今は彼の存在が心の救いだった。
 ゼノが叫ぶ。
ゼノ:
「ていうか、今の一撃重たすぎるんだよ! 誰だ加減を知らない奴は!」
 すると、ゼノの目の前にベグリフが出現した。ベグリフはゼノを見つめ、そしてやはり口角を上げる。
ベグリフ:
「俺だが」
 そんなベグリフをゼノが捉え、
ゼノ:
「……本当に誰?」
 首を傾げた。
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