カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第二章第十六話「シロ」

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ゼノ
 正直何が何だか分からない。タイタスの体内の中に少女がいた。少女は凄いニコニコしながら俺を見つめてくる。そして、久しぶりとまで言ってきたが全く記憶にない。こんな破天荒な少女、一度でも会えば忘れそうにないはずだが。
 というか、とりあえず服を着て欲しい。あと俺から離れてくれ。
 そう思って例の骨の家の屋根へと降りた。着地して少女を引き離そうとするが、少女は離れようとしなかった。
少女:
「うー、何で離そうとするのよ!」
ゼノ:
「何でって、まず服着て欲しいしこのままじゃ話しづらいし。てか、何より――」
 一番の理由は軋む俺の骨にあった。
ゼノ:
「おまえしがみつく力強すぎるんだよ! 折れるから、背骨折れるから!」
 この少女、馬鹿力過ぎる。先程の凄まじい跳躍力もそうだが、俺を抱きしめる腕の力も尋常ではない。死因が少女による抱きつきとか嫌だ。
少女:
「ご、ごめんなさい」
 苦しそうな俺の顔に気付いたのか、ようやく少女が離れる。謝りながらも凄い名残惜しそうだ。
少女:
「久しぶりに人に会えたから興奮しちゃって」
 久しぶりに人に? あー、さっきの久しぶり発言はそういうことか。
 納得だ。こんなタイタスの体内にいて人に会えるわけがない。逆に何でこの少女はいるんだ。
 分からないことだらけで尋ねようと思ったが、まずはやっぱり、
ゼノ:
「とりあえずさ、服を着てくれよ。目のやり場に困る」
少女:
「ないわ」
ゼノ:
「……ん?」
 少女は全裸のくせして恥ずかしがることなく両手を広げ、私の身体を見なさいと言わんばかりだった。
少女:
「ここは酸の海よ? 服なんて溶けちゃうに決まってるじゃない」
 当然でしょ、と少女が鼻で笑う。
 いや、そうなんだけど、当然なんだけどそれならそれで余計に混乱するわ。
ゼノ:
「何でおまえは溶けないんだ?」
少女:
「そんなの、この酸が人を溶かさない酸だからよ!」
 これまた当然でしょ、と言いたげだがそれはおかしい。他の生物は胃酸で溶かしておいて人だけ溶けないのはどう考えてもおかしいだろう。
 つまり、この少女が異質なのだ。酸にも溶けない身体、凄まじい身体能力。身体能力から考えるとやはり悪魔や天使の類だろうか。だが、にしては人族ではある俺に対して全く抵抗が無い。というか、久しぶりに人に会ったと言って喜んでいるのだから、やはり人なのだろうか。
少女:
「というか、私はおまえじゃなくてシロ!」
ゼノ:
「しろ? あー、名前か、シロね」
 少女シロは無造作に伸びた黄髪を手ではねのける。動作の途中途中に少し偉そうな雰囲気が出ているのはなんだろう。
 とりあえず、服が無いなら仕方ない。
ゼノ:
「じゃあ、シロ。やっぱり目のやり場に困るから俺の服貸してやるよ」
 そう言って、上半身に来ていた布の服を手渡す。シロは不思議そうにそれを見つめた後受け取った。が、すぐに顔をしかめた。
シロ:
「ねえ、何か臭いんだけど。何だったらさっきからあなたも臭うわよ」
ゼノ:
「抱きついておいてよく言うな……」
 こちとら唾液の波に飲まれてここに辿り着いたんだぞ! 仕方ないだろ!
シロ:
「そこの酸で身体洗ってきたら?」
ゼノ:
「溶けるわっ!」
シロ:
「何言ってるの、溶けないって言ってるでしょ。私はいつもそこで洗ってるわ」
 シロは溶けないと思っているが、本当にあの酸は溶けるだろう。試しに触る気すらおきない。早く身体を洗いたいが魂まで浄化するつもりは更々ないぞ。
ゼノ:
「いや、後でいい。それより――」
 話を進めようとすると、シロがじーっと渡した服を見つめていた。
シロ:
「……」
 そして、優しく微笑みながら急にそれをギュッと抱きしめた。そして、ようやく袖を通し始めた。やはり小柄なシロには大きいようで、布で出来たシャツを着ただけでも十分下半身が隠れていた。
ゼノ:
「大きいけど我慢してくれ。臭いもだ」
シロ:
「……ふふふ」
 シロが嬉しそうに笑う。まるで初めて服を買ってもらった子供のようだ。
ゼノ:
「さっきから何でそんな嬉しそうなんだよ」
シロ:
「だって、久しぶりに人に会って、こんなに親切にされたのよ? 嬉しいに決まってるじゃない」
 微笑むシロは本当に嬉しそうだ。臭いはあれだが、それでも喜んでもらえるのはこちらも嬉しくなってくる。
シロ:
「名前、何て言うの?」
ゼノ:
「俺か? ゼノだ」
シロ:
「そう、ゼノ、ありがとね」
ゼノ:
「喜んでいただけて何よりだ。それで、何でこんなところにいるんだ?」
 漸く話を本題に戻せる。すこしゆっくりな時間が流れていたが、これでもまだタイタスとの戦闘中なのだ。
 すると、答えを持っているはずのシロも首を傾げた。
シロ:
「それが、分からないのよね。普通に家で寝てたはずなのに、気付いたらこの酸の池に浮かんでたの。服も溶けちゃうし出ようにも出口が分からないし、困ったものよ。でも、食料は上の穴から降ってくるから困らなかったのだけれど」
 上の穴とは食道のことだろう。というか、シロはここがタイタスの体内だと分かっていないようだ。
シロ:
「その穴から出られたらいいんだけど、流石に届かないわ。仕方なくここで暮らしてたわけ」
 胃には十二指腸に続く道もあるはずなんだけどな、意外と見当たらない。というか、下からは出たくないな、うん。
シロ:
「それにしても、本当に久しぶりに会ったわ。私結構な時間ここにいたんだから」
ゼノ:
「ずっとここってのも暇だったろ」
シロ:
「ええ、私がここに閉じ込められてる間、村の皆は知らずに遊んでるかと思うとやりきれなかったわ」
ゼノ:
「へえ、村が……村?」
 村という言葉に少し違和感があった。その違和感に気付くと、遊んでいるという言葉もおかしいことに気付いていく。
 シロは、人寄りってことで良いんだよな? なら、おかしいぞ。
 この違和感を確かなものにするため、俺は尋ねた。
ゼノ:
「でも今人族は皆奴隷だろ? おまえの仲間だって遊んでる暇ないさ」
シロ:
「……え? 奴隷?」
 再びシロが首をかしげる。それも今度はかなりの角度曲がっていた。
 その反応で合点がいく。だが、同時に衝撃的だった。
 そんなことがあり得るのか。この場所で?
 あり得ないとは思うけれど、でもいくつかの情報がそれを事実だと裏付けていた。
 シロは、少なくとも百年以上はこの体内にいることになる。
 人族が奴隷となったのは、天使族と悪魔族との三つ巴の戦いに敗北したから。それが起きたのが、およそ百年程前だとジェガロは言っていた。シロは人族が奴隷になったことを知らない、つまりその百年以上も前に生きていた人物であり、そして百年以上シロはタイタスの体内にいたのだ。
 そんなことがあり得るのか。悪魔族の寿命は人族の何倍もあると聞いたことがあるから、タイタスがそれ程前から生きていてもおかしくはない。確か天使族の寿命も長いはず。
 ただ、じゃあシロはどうか。それ程以前の存在ともなると様々な可能性が出てきてしまう。例えば人族とまだ仲が良かった悪魔や天使だった可能性、それならば俺に親し気に話してくるのも納得できる。或いは他の種族とか。
 分からないことを確かめるために尋ねているのに、余計わけわからなくなってきた。
 つまり、シロは何も分かっていないという事だ。むしろ、俺の方がよく分かっていることが分かった。
 なら、現状を簡単に話す必要があるな。理解してもらった上でここから助けよう。
ゼノ:
「シロ、驚かずに聞いて欲しいんだが」
シロ:
「なに?」
ゼノ:
「実はな――」
 正直驚かずにはいられない話ではある。ただ時短するために簡潔に俺はシロへ話し始めた。
………………………………………………………………………………
エイラ
 タイタスが暴れないように攻撃していると、突然タイタスが動きを止めた。それに合わせて私達も動きを止める。
セラ:
「一体どうしたんでしょうか……?」
エイラ:
「さあ。ゼノが中で致命傷を与えたにしては静かな止まり方ですよね」
 止まっているタイタスは全く苦しんでいるようには見られない。むしろ、先程までとは違ってかなり冷静になっているようだ。こちらの目的は達成しているが、その変化はおかしい。
 こちらはあくまで戦闘態勢のまま、タイタスを見つめる。
セラ:
「というか、途中からタイタスが苦しまなくなりましたよね?」
ジェガロ:
「【ゼノの奴、中でサボってるんじゃないのか?】」
エイラ:
「ゼノならあり得ますね」
 ゼノが死ぬよりもそっちの方が可能性が高く感じてしまうのは、ある意味信頼である、はず。
 その時だった。
???:
「俺の命令だ、エイラ」
 どこからか声がしたのと同時に、突如として膨大な重圧が全身にのしかかった。
エイラ:
「これはっ」
 それは魔法などではなくただのプレッシャー。しかし、タイタスの重力魔法よりも私達をその場に縛り付けた。おまけに凄まじい量の魔力の圧も襲ってきている。
セラ:
「一体、何が……!?」
ジェガロ:
「【この魔力は……!?】」
 セラとジェガロが重圧に耐えながらどうにか呻く。額から汗が流れており、耐えるので精一杯の様子だ。
 当然私もであるが、私は二人以上に汗を流していた。
 この魔力にあの声、嘘でしょう……!
 私はこの魔力が誰のものか知っていた。そして、あの心に黒く圧し掛かってくるような声音も。出来れば気のせいであってほしいが、生憎全ての情報が一つの答えを導き出していた。
 やがて、答え合わせと言わんばかりに私達とタイタスの間にとある人物が現れた。
???:
「やはり裏切っていたか、エイラ。残念だ」
 ギラリと鋭い眼光が私へ向けられる。あまりの威圧感に息をのむ。
 全身真っ黒な衣服に黒いマント。見た目も声音も若いのに、その全てに威厳が満ちている。白と黒の混じった長髪は、夜風に吹かれ靡いていた。
 死を体現するかのような存在を前に、必死に声を振り絞る。
エイラ:
「私も残念ですよ、まさかここにあなたが来るなんて」
 虚しい抵抗だと分かっていても、必死に私は睨みつけた。
エイラ:
「ベグリフ……!」
 魔王ベグリフは、やはりその抵抗を全く意に介した様子もなく、冷たい視線を送り続けた。
………………………………………………………………………………
ゼノ
シロ:
「……え?」
 口をあんぐり開け、間の抜けた声をシロが放つ。
 とりあえず座りながら一通り簡潔に話した。三つ巴の末人族が悪魔族と天使族の奴隷になったこと。そして、既に百年が経過し、加えてここが悪魔の体内だと。
 そして、当然シロは理解が追い付いていなかった。
シロ:
「え、いや、え、冗談でしょ?」
ゼノ:
「このタイミングで冗談は言わないって。俺、今現在進行形で悪魔に反旗を翻してるんだよ」
シロ:
「……」
 再び口を開け、呆然とするシロ。まぁ無理もない百年も経ち、世界の状況が一変しているのだから、整理する時間も必要だろう。
 とはいえ、のんびりしていられないのも事実だ。早くタイタスを倒してここを出なくては。
 そう思って体を起こす。そして、これからのことをシロに話そうとした時だった。
 シロの目からツゥーっと涙が零れた。後からどんどん大量の大粒涙が零れてくる。
ゼノ:
「っ、大丈夫か?」
 慌てて手で拭ってやったが、どう声をかけていいか分からなかった。シロが何故泣いているのか、その理由は何となくわかっていた。
シロ:
「百年じゃ、もう村の皆は、お母さんは……っ!」
 悲しそうに泣きじゃくるシロ。見てることしか出来ず、ただただ心苦しかった。
シロの反応からしてやはりシロは人族なのだろう。悪魔や天使ならば百年でも生きられるはずだから、百年という年月で母親も死ぬことはあるまい。だが、母親を憂いているということは、つまりそういうことなのだろう。
 とすれば、余計に人族でありながら百年以上も生きるシロは何者なのだろうか。
 いや、今はそんなこと関係ないか。
 今考えるべきは目の前の少女をどう慰めるかだ。
ゼノ:
「……シロ」
 呼ばれて、シロが涙で濡れた瞳を俺に向けてくる。正直慰め方なんて分からない。
 でも、きっと俺がすべきなのは慰めなんかじゃない気がする。
ゼノ:
「急に色んな話されて一杯一杯にさせて悪かったな。俺の都合ばっかりで、シロの気持ち考えてなかった。辛いよな」
シロ:
「ゼノ……」
 気持ちを急いた、それは間違いない。時間がないからとシロの心を蔑ろにした。むしろ大切なのは時間だったのだ。ゆっくり少しずつ話せばよかった。もちろん、そんな時間はなかったにせよ、もっと考えるべきだった。真実を語ることが全て良いとも限らない。
 シロの頭に手を置く。
ゼノ:
「ゆっくり時間をかけて気持ちを整理しよう。言葉にして話した方が整理できるなら、俺がずっと聞いてやる。誰かに傍にいてほしかったら俺がずっと傍にいてやる」
 シロの瞳の潤みが増していた。気のせいか頬も少し赤らめているような。
ゼノ:
「要はさ、俺の時間をやるから安心しろよな。さっき話したみたいに今世界は大変だけど、俺の時間をかけてシロの時間を守ってやるからな」
 俺の言葉に、シロが眼を見開いた。それも何かに驚いているように。その驚きのせいか涙は止まっていた。
 安心しろ、という風にそのまま頭を撫でてやる。シロは顔を真っ赤にして俯いた。
シロ:
「……うん」
 そのまましおらしくシロがコクリと頷く。最初に出会った時の元気とは打って変わって、やけに大人しい。まぁ、今ショックを受けているんだから当然か。
ゼノ:
「さて、じゃあ何をするにもまずここを出るか。落ち着いて話も出来ないしな」
 少なくとも大事な話はタイタスの体外で行うべき、これ一般常識。
 改めて周りを見渡す。ここは胃であるが、やはりタイタスに致命傷を与えるのなら心臓部だろう。てことはもっと上か。シロを担いで、うん、行けるな。
 軽く身体を伸ばし準備をしていると、シロに声をかけられた。
シロ:
「ゼノ」
ゼノ:
「ん?」
 振り返ると、不思議な光景が目の前に広がっていた。
 シロの周囲が円状に赤く光っていたのだ。その魔法陣の中で、更に強くシロの胸元が光を放っている。
 あまりの眩しさに目を瞑ってしまいそうだったが、その光は決して俺を傷付けない、そんな気がした。むしろ包み込んでくれるような温かい光だった。
 すると、そのシロの胸元から何かが飛び出した。その何かが俺とシロの間に浮遊する。
 それは、刀身が赤く鮮やかに輝いた長剣だった。
 シロが目元に残った涙を拭い、笑う。
シロ:
「私も私の時間をゼノにあげる、ゼノの時間を守るわ。だから、その……この剣を使って」
 やがて、赤い長剣が俺の方へ漂ってきた。とても神秘的な輝きを放つそれに、俺は目を奪われていた。
ゼノ:
「……いいのか、これ」
 この長剣が何なのか分からない。魔法には見えず、でも何となくシロにとって大切なものな気がする。
 シロは頷いた。
シロ:
「ええ、あなたに使ってほしいの」
ゼノ:
「……分かった、ありがとう」
 そして、その長剣を手にする。瞬間、全身に力が漲ったのが分かった。
 これは……!
 その力はこの長剣から流れ込んできていた。不思議な感覚だ。今なら誰にも負ける気がしない。それ程までに全ての力が強化されている気がする。
 この長剣は絶対俺の力になってくれる。
ゼノ:
「シロ、ありがとう! これ、本当に俺の助けてくれそうだ!」
シロ:
「当然よ、あなたを守るためにあげたんだもの」
 そういうシロは何故か少しもじもじしていた。恥ずかしそうにしているのは何故だ、全裸でも恥ずかしがらなかったのに。
 だが、すぐにシロがその答えを告げる。恥ずかしそうで、でも嬉しそうに。
シロ:
「えっと……これで、私達結婚したのね」
ゼノ:
「……ん?」
 最初、シロが何を言っているのか分からなかった。いや、分かっていたけれど聞き間違いだと思った。
でも、そうではないらしい。
シロ:
「結婚……何か言葉にすると恥ずかしいわ、でも嬉しい……」
ゼノ:
「……んん!?」
 今度は俺の理解が追い付かない番だった。
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