カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第一章第六話「反乱から革命へ」

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ゼノ
 セラとか言う天使族が漸く魔法通信を切る。何のつもりか知らないが、あれだけ堂々と全世界に宣戦布告する奴があるか。本当にどこも警戒するし、人族だってあの熱意に当てられたところでどうにかなるものでもない。
 にしても、天使族の王女が反乱ね……。
 疑心暗鬼ではあるが、本当だとすればタイミングとしては悪くない。こちらは現在、悪魔領。全ての人々を解放したいのであれば、いずれは天使領にも足を踏み入れなければならない。でも、セラが天使領を何とかしてくれるとすれば、それだけで負担はかなり軽減される。
 あくまで楽観的な見方に過ぎないが。
 とりあえず俺達も早く動き出さないとな。ラフルスという単語は話していないが、悪魔領で反乱が起きて現状成功していることはバレてしまった。
 振り向いて、ケレアとアキに告げる。
ゼノ:
「とにかくまずは出るか。ここを出て、道中の集落を解放しながらアイツの言ってた山に向かう」
ケレア:
「でも、その山に集合って話も筒抜けなんだろ? なら、山の方に行かない方がいいんじゃないか?」
 ケレアの意見も尤もだが、反乱がバレた以上そうも言っていられない。
ゼノ:
「どちらにせよ、俺達の元にはわんさか悪魔が寄ってくるさ。そうなりゃ、流石に俺達だけじゃ無理かもしれない。だから、多少強引でもあの天使達の合流した方がいいと思う」
アキ:
「でも、信用できるの? あの天使達」
ゼノ:
「まだ現時点では何とも言えないけど、奴らのメリットが分からないしな。本気でこの世界を変えようとしているのかもしれない。それに、あの馬鹿っぽさは間違いなく素だろ」
ケレア:
「あー」
アキ:
「確かにそうね」
 セラの残念な様子については満場一致だった。正直、今後あの様子で大丈夫かとも思うが、だからこそ信用に足るとも言えるのかもしれない。
ゼノ:
「まぁでも、あんな堂々と宣戦布告して、実際に一つ集落を解放しているんだ。実力は確かなんだろう。とりあえずは合流することにしよう」
 そう言いながら、ラフルスを出るべく一旦家へと足を向ける。いつもと違って家へ向かう足取りは軽い。現時点において、俺達は悪魔からの支配を脱したのだ。まるで管理されているような悪魔達の視線も、辛そうにふらふらと歩く人の姿ももう見受けられない。
アキ:
「でも、複雑な気持ち。悪魔ほどじゃないけれど、天使も好きじゃないわ、私」
 アキが本当に嫌そうに顔を歪めていた。直接支配を受けていた分、悪魔族に対する憎悪は比べ物にならないが、天使族も人族を奴隷として扱っているのだ。その点で言えば悪魔族も天使族も変わりはない。
 ケレアもその意見には賛成のようだ。うんうん頷いている。
ケレア:
「気持ちは分からなくないなー。ただ……」
アキ:
「ただ?」
ケレア:
「いや、あのセラって天使族、すげー美少女だったよな。そう考えると彼女達と手を組むのも悪くないかも」
 ケレア……。
 まぁ確かに言いたいことは分かる。長い金髪はふわりと揺れ、優しい雰囲気を醸し出していた。碧眼の瞳はとても大きく、唇も淡い桃色。それでいて端正な顔立ちなのだから、非の打ちどころがないと言ってもいいのかもしれない。少なくとも、この洞窟生活であれほど美しい顔は見たことがない。
 そう思っていると、不意にエイラの顔も頭に浮かんだ。
 そう言えばエイラも綺麗な顔立ちしていたよな。天使とか悪魔って美人ばっかなのか?
アキ:
「……男って本当最低っ」
 吐き捨てるようにアキが告げ、怒ったように先へ行ってしまう。
ゼノ:
「ちょっ、俺は何も言ってないだろっ」
アキ:
「鼻の下が伸びてるのよ!」
 そう言われて思わず手を当ててみる。自分では分からないが、ケレアは苦笑しながら頷いていた。どうやらアキの言うとおりらしい。ケレアが俺の肩へと手を回して来る。
ケレア:
「これが男の性だよな」
ゼノ:
「……異議なし」
アキ:
「本当に馬鹿なんだから」
 先へ行くアキへとどうにか追いつく。
ゼノ:
「で、冗談は置いておくとして、山ってどんな感じだろうな」
 それが分からなくては合流も何もない。
ケレア:
「あー、外出たことないからな、俺達」
 俺達が見ている山といえば、自分で掘った岩の山ぐらいだ。それだって然程の大きさではない。高くて数メートルくらいだ。だが、セラは「すっごく大きい山」と言っていた。どれ程大きいと言うのだろうか。
アキ:
「外界の山って、木が茂っていて動物や生き物が生息している所よね」
 本をよく読むアキはその博識さ加減を披露してくれる。だが、正直木とか見たこともない。アキもそうだろう。文献でもしかしれば写真が載っていることもあるかもしれないが、実物は絶対にない。
 この先に、未知の世界が待っているのだった。
 そう思うと、不思議と身体が震えてくる。その震えに気付いたケレアが尋ねてきた。
ケレア:
「何だよ、今更ビビってきたか?」
ゼノ:
「馬鹿言え、わくわくしてんだよ。この先、たくさんの知らないことに出会うんだと思ったらさ」
 沢山の風景、人々、そして悪魔や天使と出会っていく。そうして漸く俺は世界を知ることが出来る。この先に待つ未来が楽しみで仕方がない。
アキ:
「ゼノって結構研究者向きよね」
ゼノ:
「そーゆー未来も悪くない。ま、全部世界を解放してからだな!」
 無事家に辿り着いて、布を払って中に入る。すると、メアが椅子に座ってテーブルに突っ伏していた。つまんなさそうな表情であったが、俺達の帰宅に気付いて一気に花を咲かせる。
メア:
「あー、ゼノ! アキにケレアも! どこに行ってたのー! 皆いなくて寂しかった!」
 勢いよく抱きついてくるメアを受け止め、頭を撫でる。
ゼノ:
「悪かったな。ちょっと野暮用でさ」
メア:
「ヤボヨウ?」
 首を傾げるメア。そして、ボロボロになっている俺の服を見て、その首の角度は更に変わった。
メア:
「あれ、ゼノ、何でそんなにボロボロなの? アキに怒られた?」
ゼノ:
「そうなんだよ、アキの奴服を八つ裂きにしてきて――」
アキ:
「嘘を教えるのやめなさい!」
 アキから飛んできた平手を避けて、冗談冗談と苦笑する。
 俺達のいつもの様子に、メアがキャッキャッと嬉しそうにしていた。
 メア……。
 その笑顔を見て、俺は一層覚悟を決めた。メアを下ろして目の高さを合わせてあげる。
ゼノ:
「メア、これからお外行こうか」
 俺の発言に、メアは驚いていた。
メア:
「お外? でも、お外は行っちゃいけないんじゃないの?」
 昔からメアはそう教えられていた。メアは本を読むのが好きで、仕事の合間に本を読むことが多い。その中でメアは外界の存在を知ってしまった。この岩で閉ざされた暗い空間の外の世界を。その時のメアはとても外に出たがった。出たくて、見たくて、必死に抜け出そうとしてアキに強く怒られたのだ。当然だ。悪魔達の奴隷である俺達にそのような自由は許されない。永遠に幽閉される存在が俺達だった。これは、アキとメアの最大と言ってもいい喧嘩だろう。アキも辛かったに違いない。アキにはいつも損な役回りを押し付けてしまっている気がする。
 そうして、俺達の中で外界の話は禁止になった。だからこそ、メアは驚いているのだ。
 メアがゆっくりとアキの方へ視線を向ける。少し怯えるような目の中に一杯の期待を宿して。
 アキは微笑んでいた。
アキ:
「もう、我慢しなくていいの。行こう、外へ」
 その穏やかな微笑にメアは目を輝かせ、次の瞬間アキへと飛びついた。
メア:
「やったー! アキ、いいの!? 本当にいいの!?」
アキ:
「うん、好きなだけ出よう。私達はもう自由なんだから」
 二人して思いっきり抱きしめ合っている。アキは少し涙ぐんでいた。やはり、あの時の喧嘩を引きずっていたのだろう。
その光景をケレアと二人で見つめた。この光景が見たかったんだ。ずっと。叶えられて良かった。頑張ってよかった。
 アキにメアの支度を任せ、俺とケレアも支度を始める。同じ部屋で荷物をまとめていると、ケレアが話しかけてきた。
ケレア:
「ゼノ」
ゼノ:
「うん?」
ケレア:
「……漸くだな」
 それは、何かを強く噛みしめているような言い方で。ケレアは人一倍反乱に思いを懸けていた。それは、先程のアキとメアの幸せそうな表情のためでもあったのだろう。でも、それ以上にケレアは現状を打破したがっていたのだ。
ゼノ:
「ああ、そうだな」
ケレア:
「てか、おまえさ、どんだけの魔力持ってんだよ! 教えてくれよな!」
ゼノ:
「いいだろ、何か物語の主人公っぽくてさ」
 二人で笑い合う。
 ケレアが人一倍現状を打破したがっていたのは、誰よりも人族のことを考えているから。もう、これ以上〈あのような〉悲しい思いをしないために、ケレアは必至に抗う決意をしたのだ。
 笑い終えると、ケレアは真面目な調子で告げた。
ケレア:
「ゼノ、ありがとな」
 それが何だかくすぐったくて、俺は苦笑してしまう。
ゼノ:
「何がだよ」
ケレア:
「反乱の事、最初はゼノも乗り気じゃなかっただろ?」
 ケレアに言われて、その頃の俺を思い出した。
 確かに、当初の俺は反乱に対して反対だった。理由は以前、アキが言った通りだ。反乱が成功すれば、他のすべての人族を巻き込んでしまう。何人かの意志だけで、他の人を巻きこめない、そう思ったからだ。
ケレア:
「でも、反対だったおまえがいつの間にか先頭に立って協力してくれてる。俺、本当に感謝してるんだよ」
 荷物をまとめるのを止め、ケレアの方を向く。ケレアは少し照れくさそうに、でも真っ直ぐに俺を見つめていた。照れくさいなら言わなきゃいいのに。
 俺は笑って返した。
ゼノ:
「別に、俺はケレアに協力してるつもりないよ」
ケレア:
「え?」
 ケレアがキョトンとした表情を見せる。
 俺は知っている。誰よりもケレアは反乱の為に努力をしていた。肉体改造は勿論のこと、危険を承知で駐屯所の中や周囲を偵察したり、悪魔から情報を聞き出そうとしたり。そのせいで痛い目を見たことも知っている。俺が詳しくこのラフルスの地形を理解しているのはケレアのお陰なのだ。
ゼノ:
「俺は俺の意志でここにいる。ケレアの意志について行ってるわけじゃないんだ」
 その努力を見てきたから俺は今ここに、お前の横にいるんだよ。努力してきた人を支えたくなるのは当然だろ。
ゼノ:
「俺には俺の目的があって、そのためにケレアに加担するのが都合いいだけさ。謂わば利害の一致ってこと。協力というより、利用してるようなもんさ」
 ケレアの努力を成就させてあげたい。それが俺の目的。そして、その過程で見つけた新たな目的が、この世界を変えることだ。三種族の垣根を取り壊したい。それだって、ケレアがいなければ見つけられなかった目的だ。反乱を起こそうと真剣に考えたからこそ、見えてきたものなのだった。
 俺の方こそ感謝してるんだよ、ケレア。お前がいなきゃ、俺は進み始められなかった。
 照れくさくて言えないけれど。
 ケレアはポカンと口を開けたまま、俺を見つめ、やがて笑いを洩らした。
ケレア:
「くっ、くくっ、そうか、あくまで利害の一致、利用ね。ゼノも素直に言えばいいのに」
 折角言わなかったのに、ケレアは何かを感じ取っていた。それが何だか恥ずかしい。言っても恥ずかしいが、言わずにバレる方がもっと恥ずかしいものだ。
ゼノ:
「な、なにをっ! 本当だぞ! 俺はケレアを利用して天下を統一しようかと思ってるんだ!」
ケレア:
「天下を統一ってなんだ、どういう意味だよ」
ゼノ:
「知らん、この前読んだ本に書いてあった」
ケレア:
「適当に話し過ぎだろ」
ゼノ:
「それぐらいがちょうどいいさ」
 二人して顔を見合わせ、また笑う。照れくさくて言えないけれど、でも、言葉にしなくても伝わるものはあるのだと思う。
ケレア:
「これからも頼むよ、ゼノ!」
ゼノ:
「親友だしな」
 生まれた時からずっと一緒だった。まるで兄弟のように育った俺達は、両親を失った今だからこそ余計に家族のようだった。
 ケレアの努力が実るように、俺は成すべきことを成すだけだ。
 そうして、俺達は互いに笑みを浮かべながら拳を合わせた。
 ただ、俺は気付いていなかった。掲げた二つの目的が似た方向に進んでいるようですれ違っていることに。
………………………………………………………………………………
 そして一時間後、俺達は地上へと続く洞窟の前に集まっていた。この一時間の間に、反乱に反対だった者についてもどうにか説得してくれたようだ。実際のところは説得というより脅迫に近い気もするが。なにせ、ここに残っても悪魔族が訪れるのは目に見えているのだから。
見渡すだけで大勢の人族が集まっている。数え切れないほどだ。俺はその前に立って声を張り上げた。
ゼノ:
「さて、ここから先は未知の世界だ。分からない事だらけだし、さらに言うなら敵もわんさかいる」
 見渡す皆の顔には不安の色が窺えた。不安のない者などここにはいない。
ゼノ:
「だけどな、俺達は色々あってもう引き返せないところまで来ちまった。ならさ、ぶれないように前だけ見て歩くしかないよな。不安はあると思う。だけどな、その不安は全部俺が拭い去ってやる!」
 俺は魔力を解き放った。一気にラフルス全体が膨大な魔力にあてられて揺れていく。それに合わせて、皆の顔にあった不安の色が徐々に無くなっていくのが見えた。この揺れが同時に安心感を与えていったのだ。
 俺の魔力の威力絶大かよ。
ゼノ:
「この通り、俺はかなりの魔力を持っている! もし困ったら俺を呼べ! 俺が皆の命を守る、なんて大きなことは言いたくないけど、でも俺が救える命なら全部救うから! だから安心して進め!」
 俺は拳を突き上げて叫ぶ。
ゼノ:
「始めよう! 反乱なんて言葉じゃ終わらせない。この世界を変えてやろう! 俺達の手で! 俺達の力で! さあ、革命の始まりだ!」

「おおおおおおおーーーー!」
 ラフルス中に人族の叫び声が響き渡る。
 そして俺達の世界革命が始まった。
………………………………………………………………………………
エイラ
 ゼノを見逃した翌日、ヴェウス城に辿り着いた私は、とある報告を聞いて笑っていた。天使領側で第三王女セラ・ハートが反旗を翻し人族の解放に動き出したという報告と、悪魔領のいづれかの集落で人族の反乱が成功したということ。その情報だけで私にはラフルスの話であることが分かる。
エイラ:
「ぶふっ、もう、バレたんですか! それは、ぐ、また、面白いですね」
 我慢しようとは思うのだが、どうしても込み上げてしまうものがあった。見逃すと言った次の瞬間にバレているのだから、これほど見逃し甲斐のないものもない。
兵士:
「あの、エイラ様?」
エイラ:
「あ、いえ、もう下がって良いですよ」
 訝しむ兵士を下がらせて、一人部屋で笑う。
 バレたということは、同時に私が見逃した事実も予想以上に早く公になりそうなものだが、そこは差して問題ではない。
エイラ:
「ふふ、それにしてもまさか天使族の第三王女までもが人族に協力して反乱を起こすとは……。これは本当に世界が変わるかもしれないですね……。ぶふっ」
 タイミングとしては、この機を逃さない手はありませんね。フィグル様へ連絡をしなければ。
 長年の準備もようやく実を結ぶかもしれない。私達も動く時は近い。
 ……とはいえ、あのゼノという男、今後は台風の目になりそうですね。
 先の報告を思い出し、それから私は一人でずっと部屋で笑い転げていた。
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