カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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2『天使と悪魔』

2 エピローグ

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 天界の首都シャイスへの悪魔族の奇襲。その顛末を帰ったゼノが全国の王に伝えようとした時、さらにもう一つの事件が起きていたことが明らかになった。
 四列島全てがたった一日にして滅んでいたのである。それはニールエッジ王国の時とまるで同じであった。ゼノが通信を切ってから数時間も立つことなく、四列島全てが悪魔族の支配下に置かれてしまっていた。
 この情報は瞬く間に広まり、悪魔族の侵攻は遂に人界にまで及んだと、世界は滅んでしまう、といったような噂が人々の中で囁かれるようになってしまった。人々は既に敗戦してしまうと思っているのである。四列島全てが一夜にして滅んでいる、つまり四つの国が同時に滅んだという事は、それだけの戦力が悪魔側にあるということにほかならなかった。
 レイデンフォート城はどうにかこうにか修繕が進められており、その中で破壊されることのなかったゼノの一室にゼノとセラ、エイラ、シェーンにアグレシア、そしてシロが集まっていた。各々が椅子に座って円卓を前にしている。
ゼノ:
「知る限りに主力、つまり四魔将と魔王は天界に集まっていた。つまり、それ以外でまだそれほどの力を持つ悪魔族が向こうにはいるということか」
シェーン:
「それ以外考えられん。しかし、魔界の扉は人界天界共に厳重に封鎖し、加えて何十人にも及ぶ魔導士を置いておいたはずだ。天界側の扉は今回どうやら四魔将が天界に別ルートから侵入してこじ開けたようだが、人界側は誰も扉が開くことはなかったといっている。まさか、これもベグリフが見せた移動方法か?」
ゼノ:
「んー、確かに四魔将程度の魔力があればあいつが開けた次元を通れるって話だからな」
アグレシア:
「なっ、なら扉など関係ないじゃないか!」
 アグレシアが驚いた様子で椅子から立ち上がる。ゼノがため息をつきながら頷いた。
ゼノ:
「そーなんだよなー。でも、四列島に関して言えば少し違う気がする」
セラ:
「というのは?」
 セラの問いに答える。
ゼノ:
「いや、今さ、四列島は大勢の悪魔達に支配されてるんだろ? てことは、雑魚悪魔達もそこにいるってことだ。雑魚悪魔ではあの移動方法は使えない。となると、別の移動方法があるはずなんだ」
アグレシア:
「より悪い話じゃないか!」
 バンとアグレシアが円卓を叩く。それをシェーンが窘めた。
シェーン:
「煩いぞ、アグレシア! そんなことは百も承知だ!」
ゼノ:
「いや、俺としては話し甲斐があっていいぞ? 俺の話でそういうリアクションを取ってくれるのはいい気分だ」
アグレシア:
「……」
 ゼノがそう言うと、アグレシアは途端に座ったのだった。
 その様子に苦笑していると、エイラが口を開く。
エイラ:
「それについては、ある程度予測できます。悪魔側に自身の魔力が付着した場所に転移出来る者がいました。どうやら、その転移は触れれば他の者も連れて行くことができるそうです」
セラ:
「……グリゼンドですね」
ゼノ:
「倒したと思ったんだけどなー、それに以前はそんな能力持ってなかったろ」
 ゼノが過去を思い出す。確かにグリゼンドは、あの時自らの手で倒したはずだった。
 そこで気付く。
ゼノ:
「あー、そーいやアイツ倒したのって四列島付近だったか」
エイラ:
「だから、四列島に悪魔達は転移出来たんでしょうね。それに、レイデンフォート城に転移出来たのは、魔界で私を拘束していた拘束具に彼の魔力がつけられていたのでしょう」
 エイラの発言に、セラが顔をしかめる。
セラ:
「つまり、わざと逃がしたってことでしょうか」
ゼノ:
「やっぱエイラを連れ帰りに来た時点でおっぱじめる気満々だったかー」
 両手を組んで伸ばし、椅子にもたれかかるゼノ。シェーンがゼノに問うた。
シェーン:
「どうするつもりだ? おまえの仲間も奴に連れ去られたんだろう」
ゼノ:
「ダリルだろ? それは絶対助けるんだが、グリゼンドのことも考えると動けないな。要はもうレイデンフォートにあいつ自由に出入りできるってわけだからな。俺が動くわけにもいかん」
 レイデンフォート城に奇襲したグリゼンドは辺り一帯に魔力をばら撒いていった。土地ごと入れ替えることもゼノの力を使えば可能ではあるが、如何せんその魔力を視認できないため、入れ替えても取りこぼしが存在するだろうことは目に見えている。そのマーキングがある以上、迂闊にゼノが城を開けようものなら一気に悪魔達が攻めてくるだろう。
エイラ:
「彼の能力にも制限はあるみたいですが」
ゼノ:
「というと?」
 エイラが答える。
エイラ:
「どうやら、自らの魔力への転移は付着している場所につき一回までみたいです。でなければ、私の元へいつでも飛べることになります。でも、彼はそうはしなかった。いえ出来なかったのでしょう」
 グリゼンドはイデアを攫う折角のチャンスをみすみす逃してしまっていた。私の元へ転移すれば避けれたものをだ。そこから推察するに、魔力が付着した部分へは一回しか飛べないと考えるのが妥当だろう。
アグレシア:
「今のところは、そいつを倒すことが最重要なんじゃないか? そいつがいる限り、悪魔族は門を使わずして自由に移動できるんだろう」
ゼノ:
「そうだな、あいつは早めに倒さんとな」
 と、ここでずっと黙っていたシロが口を開いた。
シロ:
「それよりも先にやることがあるでしょう」
ゼノ:
「ん? 何だシロ」
 全員の視線が向けられる中、シロが当然と言わんばかりに口を開いた。
シロ:
「あんたの息子達に昔の話してあげなさいよ」
 シロの言葉に、ゼノとセラ、そしてエイラは顔を合わせた。
 シロが告げる。
シロ:
「エイラから聞いたけど、アイツ、イデアって子のことフィグル様って呼んだらしいじゃない。本人、今相当混乱してるんじゃない? 急に悪魔から別の名前で呼ばれて」
 シロの言葉に、エイラは気付かされた。
エイラ:
「……確かにそうですね。イデア様、ここ最近ずっと悩んでおられました。カイ様に《魔魂の儀式》を出来た自分は悪魔なのかどうかと。そんな中、グリゼンドにフィグル様と呼ばれ、その疑念はより深まっているはずです。現在部屋に閉じこもっておられますし。カイ様が一緒ではありますが」
 シロがやれやれとため息をつく。
シロ:
「世界のことで手一杯になるのもいいけど、身近にいる存在のこと忘れちゃ駄目よ。それに、正直に言わせてもらえば、今回の戦いは前回の延長みたいなものでしょう。それなのに渦中にいる子達に前回のことを教えないのはおかしいでしょ」
 ビシッとシロが話す。
シロ:
「フィグルが誰なのか、過去に何があったのか。それくらい言う責任があるんじゃないの? 話はそれからよ。もう巻き込まれているんだもの。ちゃんと巻き込んであげなさい。ま、もっとも、あんたの息子だし巻き込まなくても巻かれに来るんでしょうけど」
 フンっと、鼻で笑って話を締める。
 シロの言葉にゼノとセラは少しの間沈黙し、その後頷いた。
ゼノ:
「そうだな。話す時が来たか」
セラ:
「シロの言う通りですね」
 エイラも賛同する。
エイラ:
「おそらく、四列島を拠点に置いたということはすぐ全域に侵攻が始まるわけじゃないと思います。侵攻するのであれば拠点など作って情報が伝わる前に一気に攻め込むべきでしたから。昔話をする時間くらいあるでしょう」
 三人は頷くと、席を立った。そして、シロに感謝の意を述べる。
ゼノ:
「ありがとな、大事なもん見落としてたよ」
シロ:
「あんたのセインなんだもの、落とし物拾うくらい当然よ」
 そう言いながらシロも立ち上がった。ゼノはその言葉に微笑んだ。
それに続いてシェーンとアグレシアも立つ。
シェーン:
「それならば、私達は私達で出来ることをしていよう。話して来い」
アグレシア:
「あまり悠長に話し過ぎて世界が滅ぶって事態だけは避けてくださいね、セラ様!」
セラ:
「分かってます」
 アグレシアの心配にセラは苦笑を浮かべるのだった。
………………………………………………………………………………
 イデアの部屋、そこにはカイとイデアがいた。グリゼンドが奇襲を仕掛けてきてからというもの、イデアはずっと塞ぎ込んでいた。イデアの悩みをカイは聞いた。自分が悪魔なのか、何者なのか、そういう不安がイデアを取り巻いている。
 何かを言ってあげたいが、それでも表面上なことばかりになってしまいそうで。薄っぺらい言葉はより不安を招くだけだと、カイは上手く声をかけれずにいた。何より、カイは何も知らないし分からないのである。フィグルという人物について、そもそも悪魔達について。さらに言えば、二十五年前に起きた聖戦について。
 イデアのさらさらの白髪を梳いてあげながらも、お互いに会話はなく。沈黙が部屋を包み込んでいた。
 そこに、ノックが聞こえてくる。
ゼノ:
「カイ、イデアちゃんもそこにいるか?」
カイ:
「親父」
 声を出すと、それで居ることを察したのか勝手に扉を開け、ゼノが部屋に入って来た。その後ろにはセラとエイラ、そしてシロがいる。
 カイが四人の姿に視界に収める。カイは、シロのことをあまり知らない。強いて言うのであればゼノの友人ということだけだった。そのため、シロの存在がこの部屋に来た目的を曖昧にさせていた。
 イデアもゆっくりと顔を上げる。その眼は涙のせいで赤く腫れていた。ここのところ、泣かない日はなかった。
カイ:
「親父、何の用だ」
 カイがそう尋ねている間に、ゼノ達が豪華なソファに座る。それを見て、時間のかかる用事だと判断したカイは、イデアを連れてそのソファの対面に坐った。
 ゼノはセラ達と顔を合わせて頷くと、まずイデアに声をかけた。
ゼノ:
「イデアちゃん、君が悩んでいることは聞いた。フィグルという人物は何者なのか、いや、自分自身が何者なのかか」
イデア:
「……」
 イデアは肯定することなく項垂れている。ゼノは続けた。
ゼノ:
「はっきり言って、今の俺達にその悩みを解決する方法はない。ある意味、それは君自身で乗り越えなきゃ解決する道はないだろう」
 目尻に涙を溜め、イデアが呟く。
イデア:
「……どうやって、乗り越えればいいんですか? わたし、自分の事なのに何も分からないんです、もう何も分からないんです……!」
 イデアの悲痛な叫びが部屋に響く。
カイ:
「イデア……」
 カイは片腕を回し、肩を強く抱きしめた。イデアのその様子を見ながら、ゼノが話す。
ゼノ:
「そうだ、何も分からないから不安、当然だ。だから、君のその不安を拭えるように、拭う手伝いができるように俺達が知り得る全てを君に話そう。二十五年前の聖戦の話を」
カイ・イデア:
「……!」
 その言葉にカイとイデアがゼノへと顔を上げる。
ゼノ:
「フィグルが何者なのか、それを話すためには聖戦へと話を遡らなければならない。そして、カイ。おまえにも聖戦で何があったのか聞いて欲しい。今回の戦いは全てその聖戦から続くものだ。もうおまえ達はその渦中にいる。だから、二人共に聞いて欲しいんだ、昔の話を」
 そして、ゼノがセラとエイラ、シロに視線を向ける。
カイ:
「三人にも話してもらうからな?」
セラ・エイラ:
「分かっています」
 セラとエイラが頷く。
シロ:
「あたしは別にゼノと大差ないから、そんな話すことはないけれど、でも助力はするわ」
 シロも頷いた。
 改めてゼノがカイとイデアに向き直る。そして、大きく深呼吸を一回して。
ゼノ:
「あれは二十五年前、聖戦と呼ばれる戦いが始まるさらに前の、俺達人族が奴隷だったときの話だ」
 ゼノが語り始める。二十五年前の聖戦までの話を。
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