カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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2『天使と悪魔』

2 第三章第三十六話「フィグル様」

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 全員の視線がデイナとライナスへ注がれていた。グリゼンドも驚いた表情で二人を見ている。
グリゼンド:
「あそこの子といい、この国には天使族の魔力を持っている者が多いね」
 デイナもライナスもセラの息子であるため当然である。
 一瞬、ミーアに視線を向けて、再びデイナ達へ視線を戻すとそこにはライナスがいなかった。そして、背後に突如現れる気配をグリゼンドは感じていた。
 ライナスが黒い剣をグリゼンドの背へと振り下ろす。
 だが、それは空を斬った。
ライナス:
「ちっ!」
 グリゼンドはいつの間にかライナスの横に移動しており、そのまま魔力の凝縮した球
をぶつけようとする。が、その前に上から鋭い水の槍がグリゼンドを襲った。
グリゼンド:
「もうっ」
 それもグリゼンドはその場から消失し、別の場所へ移動することで回避する。そして、デイナへと視線を向けた。
グリゼンド:
「面倒くさいね、そこ」
 そう言って、デイナの元へ魔法を唱えようとするが、その直前にライナスが転移してくる。
ライナス:
「そんな暇は与えん!」
グリゼンド:
「っ」
 一気に距離を詰められるライナスは魔法使いにとって天敵とも言えるだろう。
 振り下ろされる剣を硬質化で受け止める。そのままグリゼンドは姿を消失させた。
ライナス:
「くそっ」
ライナスが体勢を崩す。その間に遠くへ移動していたグリゼンドが今度こそデイナへ魔法を唱えようとするが、今度はミーアが炎のレーザーを放ったことで避けざるをえなくなった。
グリゼンド:
「ああー、もうっ、面倒くさいよ全員!」
 苛立ちを見せ始めたグリゼンド。その魔力がどんどん上昇していく。
エイラ:
「っ、マズい!」
 エイラが指先に黒い四角形を生み出そうとするが、もう遅い。
 そして、グリゼンドが唱える。
グリゼンド:
「《リベリオ――》」
 だが、間に合った者がいた。
???:
「ストリームスラッシュ!」
 突然黒いエネルギーの奔流がグリゼンドを襲った。
グリゼンド:
「っ!」
 それもグリゼンドは瞬間移動し躱す。
グリゼンド:
「君が例の少年か!」
イデア:
「カイ!」
 ヴァリウスと並んで、カイがそこにいた。
カイ:
「イデア、無事か!」
イデア:
「うん! カイも生きてたんだね!」
カイ:
「何でそんな死んでた体なの!?」
 グリゼンドが周囲を見渡す。いつのまにかグリゼンドは囲まれていた。その様子にため息をつく。
グリゼンド:
「……君達、多勢に無勢だとは思わないかい?」
エイラ:
「突っ込んできたのはあなたですよ、グリゼンド」
 冷静に返すエイラに、グリゼンドは苦笑した。
グリゼンド:
「確かに。まさかここまで君達がやるとは思わなくてね。まったく、これじゃ目的が果たせない」
カイ:
「目的って何だ!」
 途中から来たカイがそう叫ぶ。
 それに、グリゼンドは答えた。
グリゼンド:
「フィグル様の奪還だよ。と言っても、君達に言っては分からないだろうけど」
 確かに、カイは聞いても誰の事だか全く分からなかった。他の面々も同じような顔だ。
 ただし、一人を除いて。
エイラ:
「……っ! 今、あなた何て……!?」
 エイラが驚愕の表情を浮かべる。それほど驚いた表情は、カイですら見たことがないほど。
グリゼンド:
「ま、君は分かるよね、エイラ?」
カイ:
「エイラ、どういうことだよ! あいつの目的は何なんだ!」
 セインを構えながらカイが叫ぶが、エイラは答えない。エイラは、グリゼンドに叫んでいた。
エイラ:
「馬鹿な! フィグル様は既に……! どこにフィグル様が――」
グリゼンド:
「いるじゃないか、そこに」
 そう言って、グリゼンドが指を指す。その先には、
 イデアが立っていた。
イデア:
「え?」
 当の本人は何が何だか分からないといった表情。しかし、エイラは衝撃を受けていた。
エイラ:
「そんな、イデア様が……!」
カイ:
「なに、どういうことだよ! エイラ!」
 カイが再び叫ぶが、あまりの衝撃のためか、エイラは微動だにしない。
 その間にも、グリゼンドは話を続けていた。
グリゼンド:
「まぁいいや、今回はあわよくば奪還って話だったけど、確認がとれただけでも十分。こっちは別件だし、おそらく本件も上手くいってるでしょ。だから、僕は帰らせていただきますね、フィグル様」
カイ:
「別件だと!? こっちが真の目的じゃ……!」
 ウルは天界襲撃を囮だと言った。そして、グリゼンドもこちらを別件だと。なら、本当の狙いは何なのか。
 語ることなく、グリゼンドがイデアへとお辞儀をする。
ライナス:
「誰が、帰らせるか!」
 ライナスが瞬時に移動し、グリゼンドの頭へ剣を振り下ろす。だが、やはり当たる事はなく。
 姿を消失させたグリゼンド。そのまま帰ったのかというとそうではなく。
グリゼンド:
「ただ、その情報以外何も報酬がないのはちょっとね」
 そう言って次に現れたのは、倒れているダリルの横であった。
グリゼンド:
「君、なかなか使えそうなんだよね」
メリル:
「っ、離れなさいよ!」
 近くにいたメリルがグリゼンドへ拳を放つが、
グリゼンド:
「邪魔だよ君」
 硬質化させた拳で殴り飛ばした。勢いよく壁にぶつかり、メリルはそこで昏倒してしまった。
カイ:
「メリル!」
 その直後、ヴァリウスとライナスが転移して距離を詰める。
 振り下ろされる雷の槍と剣。
 グリゼンドはヴァリウスを一瞥すると、ニヤリと笑った。
グリゼンド:
「バイバイ、劣等種」
ヴァリウス:
「……っ!」
 そして、次の瞬間そこにグリゼンドの姿はなく。
 ダリルの姿もなかったのだった。
 慌てて周囲の気配を察知するエイラだったが、やがて諦めたように首を振る。
エイラ:
「もう、この近くにはいません。或いは、魔界に……」
カイ:
「くそっ! なら助けに――」
 その場を飛び出そうとするカイだったが、デイナが止める。
デイナ:
「馬鹿か、一旦落ち着け!」
カイ:
「これが落ち着いて――」
デイナ:
「奴は、ダリルのことを使えそうだと言っていた! つまり、少なくともすぐ殺すことはない!」
カイ:
「そんなの分かん――」
ライナス:
「いいから落ち着け」
カイ:
「うっ」
 ライナスが背後からカイの頭を殴る。怒りの形相でカイが振り向くが、ライナスは冷静な表情をしていた。
カイ:
「てっめ――」
ライナス:
「状況を整理する必要がある。今は天界の方も襲われているのだろう。そっちの方はどうなんだ」
カイ:
「んなもん、親父がどうにかしてるよ! 今はそうじゃなくて――」
ライナス:
「そうか。なら問題はこっちだが、あいつの目的はどうやら……」
 ライナスの視線がイデアへと注がれる。イデアは終始不安と困惑の表情を浮かべていた。それに気づくカイ。
カイ:
「イデア……」
イデア:
「カイ、わたし……。わたしって何なのかな」
《魔魂の儀式》を使えるのは悪魔だけ。そして、それをイデアは使えた。さらに、グリゼンドは自身のことをフィグル様と呼んだ。イデアは最早自身の存在が分からなくなってしまっていた。
 泣きそうな程に顔を歪ませるイデアに、カイは思わず駆け寄った。その身体に抱きつくイデア。やがて嗚咽が漏れ始めた。
ライナス:
「奴の目的が彼女である以上、それも無視できないだろう。何故狙われているかも分からないんだ。今回みたいにおまえが彼女を放置して行くというなら止めはしないが、どうするべきかは考えるまでもない」
 カイが悔しそうに拳を握る。イデアのことを考えると、ライナスの言う通り無闇に魔界へ追いかけることは出来ない。置いてくのはもちろんのこと、連れて行ってしまえばそれこそ相手の思うつぼであった。
カイ:
「っ、じゃあ、ダリルは……!」
ライナス:
「それこそ、デイナの言っていた可能性にかけるしかない。奴は使えると言っていたんだ。この状況において、アイツを殺して起こるメリットなど存在しない。宣戦布告は既に済んでいるんだ。今更殺したところで俺達の神経を逆撫でするだけ。人質と考えるのが妥当だろう」
カイ:
「……」
ライナス:
「何も奴を見捨てるとは言っていない。助けに行ったっていい。ただ今回、全てにおいて悪魔族に先手を取られた形だ。感情で動いてはまた後手に回る。今俺達がやるべきことは、次に向けて作戦を練ることだ。今度は先手を取れるようにな」
 ライナスはその瞳を強くカイへ向けていた。その瞳は叱咤するようで、或いは信じているようで。
ライナスへ怒りの視線を向けていたカイだったが、やがて項垂れた。ライナスの言う事は間違っていなかった。
カイ:
「そう、だな……」
 ダリルを追いたい感情とイデアを守らなきゃという感情と、そして自分の情けなさと。その全てがカイの中でごちゃ混ぜになっていた。
すると、その背をライナスが思いっきり叩いた。ビックリしてイデアの嗚咽も止まる。
カイ:
「いっって! おい、何すん――」
ライナス:
「少しは感情を抑えて頭を使うことを覚えなきゃな。お前が、いずれこの国を背負おうと思ってるなら尚更な」
 ライナスが視線を崩れたレイデンフォート城へ向けながらそう呟く。その隣にデイナが並んだ。
デイナ:
「カイがそこまで先を見据えていると思うか? 目先のことで手一杯なんだろう」
ライナス:
「だから、まだまだ子供だって言うんだ」
 やれやれとライナスが首を振る。
 デイナとライナスに子ども扱いされていたたまれなくなり、カイが叫ぶ。
カイ:
「るっせーよ! この兄貴共が!」
ライナス:
「はっ、兄は偉大なんだよ」
デイナ:
「ライナス、囚人服じゃあまり決まらないぞ」
 デイナが笑い、ライナスも口角を上げる。その様子にカイはため息をつき、やがて苦笑した。デイナ達はカイの気分を幾分かマシにしてやろうと弄ったことに、カイは気付いていた。
カイ:
「(ったく、本当にうるさい兄貴共だよ)」
デイナとライナスのお陰でカイも冷静になることが出来たのだった。
 そして、イデアを抱きしめて声をかける。
カイ:
「イデア、何でイデアが狙われんのか分かんねえけど、でも大丈夫だ。イデアは絶対おれが守るし、何があっても味方だからな」
イデア:
「っ、カイぃ……!」
 今のカイにイデアの不安を掻き消すほどのことは言えない。それでも、ただただ強く抱きしめた。イデアもその不安を拭うように強く抱きしめ返す。
 そうしてどれだけ時間が経った時か。
 やがて、カイは顔を上げて周囲を見渡した。エイラはあれからずっと立ち尽くしたままで、ヴァリウスもあの場から一歩も動くことはない。二人共何かを思案しているようだ。ミーアは気絶しているメリルの傷を治していた。
 メリルが気絶していたのはある意味幸いだった。起きていればカイ以上にダリルを追おうとしたに違いない。
 最後に、無惨にも壊されたレイデンフォート城。
カイ:
「しっかし、随分壊されたな。てかライナス、おまえ何で牢から出てんだよ」
デイナ:
「俺が出した。緊急事態だと思ってな。ついでに騎士達には手を出すな言っておいた。無駄な犠牲が出ると判断した」
ライナス:
「良い判断だ。将来ここは俺の城となるんだ。俺のいないところで壊され兵を失うのはたまったもんじゃない」
デイナ:
「ライナスも困った性格しているな。素直になればいいのに」
ライナス:
「これが本音だが?」
デイナ:
「そう思ってるから困った性格だと言ってるんだ」
 何やら口論し始めたデイナとライナスを他所に、カイは抱きついてきているイデアをお姫様抱っこの要領で抱えてエイラの方へ移動した。
カイ:
「エイラ」
エイラ:
「……」
 呼びかけてもエイラは反応しない。エイラは、グリゼンドの述べていた意味を考えていた。
エイラ:
「(フィグル様の奪還が目的と行ってイデア様を連れて行こうとする。つまり、イデア様はフィグル様ということ……? でも、フィグル様はもう……。それに、イデア様はセインを作れる。同一人物のわけがない)」
カイ:
「エイラ!」
エイラ:
「(なら、考えられるのは――)」
カイ:
「エイラっ!!」
エイラ:
「っ、え、カイ様?」
 数度の呼びかけでようやくエイラが反応する。随分呆けた顔をしており、カイがその頭にチョップをかました。
カイ:
「いつまで突っ立ってんだ」
エイラ:
「っ! 痛い、んですが……!」
カイ:
「いつもなら躱して反撃して来るだろ。しっかりしろよな」
エイラ:
「……すみません」
 そういうエイラの顔はまだ曇っていた。謝ってくるエイラのしおらしさに、カイは調子を狂わされていた。その頭にカイがポンと手を乗せる。
カイ:
「おまえが何か知ってるのは分かってる。きっと信じられないことが起きてるんだろ? でも、まずは置いとけ。今は後片付けだ。親父が帰って来た時にこんなボロボロだったら留守を任せられたおまえも合わす顔がないだろ?」
エイラ:
「それは……」
カイ:
「役に立たんかもしれないけど、話なら後でじっくり聞いてやる。一緒に悩んだり考えたりすることは出来るからさ。一人じゃないんだ、皆さ」
 そう言いながら、今度はイデアの頭を撫でてやった。イデアが顔を上げる。その言葉はイデアにも向けられていた。カイは微笑んでやる。
カイ:
「それに、ダリルがいなくなった今、おまえには期待してんだかんな、エイラ。絶対、ダリルは取り戻すぞ」
エイラ:
「……っ、はい、必ず!」
 エイラが気を引き締めて頷く。気になる事は山ほどあるが、今やるべきことは別にある。
その様子にカイも笑顔で頷いた。
カイ:
「(おまえなら無事だよな、ダリル……。安心しろ、絶対助け出してやるからな……!)」
 拳を斜め前に突き出し、カイはそう決意する。その姿を、ライナスとデイナが見ていた。
ライナス:
「あいつは、見ていて面白いな」
デイナ:
「ん?」
 首を傾げるデイナに、ライナスが話す。その表情は普段の仏頂面なのに楽しそうであった。
ライナス:
「怒っていたと思えば、次にはその怒りを収めて前に進もうとしている。昔からそうだ。落ち込んでもすぐに立ち上がる。どこからあれほどの活力が溢れてくるのか」
デイナ:
「……魔力が無かったからな。そうじゃなきゃやってられなかったんだろ。それに、見方によっちゃフラフラして見えるぞ。心の居場所が定まらないからな」
 デイナの意見にライナスも頷く。
ライナス:
「それもそうだな。だからこそ、あいつの近くにはたくさん人が集まるんだろう。そのフラフラした心を支えようとな」
デイナ:
「ふっ、今のライナスみたいにか?」
ライナス:
「俺に聞く前に今の自分に聞いてみろ」
 ライナスの答えに一瞬ポカンと口を開けるデイナ。やがて、その表情は苦々しいものへと変わっていった。
デイナ:
「悪かった、さっきの質問は無しで」
ライナス:
「兄とはそういうものだ、覚えておけ」
デイナ:
「ああ」
 弟を支えようとする、そのような感情に気付きながらもそれを認められない兄達であった。
 カイが最後に、ヴァリウスへと声をかける。
カイ:
「ヴァリウス!」
ヴァリウス:
「え、あ、うん、分かってるよ!」
 笑顔で言葉を返すヴァリウスだったが、その脳裏にはグリゼンドに言われた言葉がこびりついていた。
ヴァリウス:
「劣等種、か。あの魔力の感じ、どこかで……」
 グリゼンドを見かけてからというものの、何か記憶の断片を刺激されるような感覚にヴァリウスは襲われていた。だが、一向にその記憶に辿り着くことはなく。
 やがて、首を振ってそれらを追い払うと、ヴァリウスはカイの元へと向かっていった。
ヴァリウス:
「ゼノ、大丈夫かね」
カイ:
「大丈夫だろ、あんだけ強いんだ。負けないさ」
エイラ:
「そうですよ、ゼノは本当に強いんです。ですから、早く帰って来ちゃいますし、さっさと片しちゃいましょう」
 エイラはそう告げ、空を仰いだ。いつの間にか夕暮れ時で、そのオレンジ色の陽射しが崩れたレイデンフォート城を赤く染めていた。
………………………………………………………………………………
 天界の空も気付けば茜色に染まっていた。その陽射しがシャイスへと降り注ぐ。人界で言えば半壊したレイデンフォート城に。そして、天界であれば、
 瓦礫も街並みも何一つない、一切の無に帰した場所に。あるのは超巨大なクレーターだけ。
 シャイスという天界の首都は、その姿を消していた。
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