上 下
82 / 309
2『天使と悪魔』

2 第三章第三十五話「魔の王」

しおりを挟む
 ゼノが不敵に笑ってアッシュと対峙する。カイは安堵からか余裕が生まれたからか、とにかく力が抜けて尻餅をついた。その状態で後ろから声をかける。
カイ:
「親父、あいつ、相当強いぞ」
ゼノ:
「なんだ? 俺の心配してくれるのか? 随分言うようになったじゃないの」
セラ:
「カイ、大丈夫」
 セラがカイの肩に手を置く。
セラ:
「ゼノなら、きっと。ゼノは凄いんだから」
ゼノ:
「ハッハー! もう、セラ! 照れちゃうだろうが!」
 くねくねするゼノ。
カイ:
「……全然そうは見えないんだけど」
 カイの死んだ目にセラは苦笑した。
ゼノ:
「まぁ任せとけって。大船に乗ったつもりでな」
 ゼノがアッシュへと視線を戻す。アッシュは動くことなく大剣全てを構えていた。
アッシュ:
「……ゼノ・レイデンフォート」
ゼノ:
「そう畏まるなって。楽に行こうぜ」
 ゼノが両手を広げてそう告げる。その隙にも、アッシュは微動だにしない。
アッシュ:
「おまえ、バルサを殺したのか」
ゼノ:
「まぁ、襲い掛かってきたからな。本当はなかなかの美女だったんで殺したくなかったんだが」
 と、ここでセインとなっているシロがジト目(感覚)で呟いた。
シロ:
「(はぁ、ゼノ、そんなこと言っていいわけ?)」
ゼノ:
「え?」
 直後、ゼノの背中に注がれる視線。
 ゼノが恐る恐る振り返ると、セラが笑顔でゼノを睨んでいた。
ゼノ:
「……」
 ゼノは表情を変えずに視線を戻す。
ゼノ:
「嘘嘘。本当は早くセラを助けに行きたかったんでな。容赦はしなかった」
 ゼノの背中に注がれるセラの視線が穏やかなものに変わる。
シロ:
「(はぁ、ゼノの馬鹿)」
 シロの呆れた声に、ゼノは思わず苦笑していた。
ゼノ:
「まぁ、とにかくあれだ。おまえも、俺の妻をここまで痛めつけたんだ。ただじゃ済まさねえぞ」
アッシュ:
「……おまえが相手だ。ただで済むとは、思っていない!」
 直後、アッシュの背からさらに腕が飛び出す。ついには腕が二十本にまで増えていた。その全てにやはり大剣が握られている。
アッシュ:
「これなら、どうだ!」
 アッシュが一気にゼノへと迫る。
ゼノ:
「腕が増えたからって、何かが変わるとは思わないけどな」
アッシュ:
「それは、身をもって確かめろ!」
 様々な方向から大剣がゼノへ襲い掛かる。だが、
ゼノ:
「シロ、打ち上げるぞ」
シロ:
「(ええ)」
ゼノがセインを下から上に振り上げた瞬間、凄まじい衝撃波が前方を襲いアッシュが宙へと吹き飛ばされた。
アッシュ:
「……っ!」
 宙に吹き飛ばされたアッシュ。その横にゼノが現れた。
ゼノ:
「ふんっ!」
 ゼノがセインを一閃する。瞬間、アッシュの腕が五本も切断された。たった一振りでだ。アッシュの顔に驚きが広がっていく。
アッシュ:
「くっ、《怒黒!》」
 残りの十五本をゼノへと殺到させ且つ黒いレーザーを放つ。だが、それもゼノへと届くことはなかった。
ゼノ:
「シロ!」
シロ:
「(分かってるわよ!)」
 そして、二人が同時に叫ぶ。
ゼノ・シロ:
「《轟破斬!》」
 セインに魔力を籠め、そのまま横に一閃する。その瞬間、黒いレーザーごとアッシュの残りの腕を全て切断した。
 その様子を、カイが口を開けて見ていた。
カイ:
「すげえ……」
 カイ達が全員でかかっても歯が立たなかったアッシュを、こうも容易く斬り裂いている。その事実に驚かずにはいられなかった。
 ウェルムも、足を引きずりながらゼノを見つめていた。
ウェルム:
「あれが、人界の英雄。これ程とは……!」
 その眼は驚きに満ちながらも、どこか品定めするようなものであった。
アッシュ:
「ぐぅうっ」
 全ての腕を斬り落とされたアッシュの前に、ゼノが迫る。
ゼノ:
「終わりだ」
 そのままセインを振り下ろそうとした。
 だがその時、ゼノへと巨大な魔弾が後方から殺到した。
ゼノ:
「む」
 振り向きながらゼノが魔弾を両断する。その間に、何者かがアッシュの近くへ駆け寄り、その場を離れていた。
ゼノ:
「新手か」
 ゼノから離れた建物の上に、アッシュとウルが並んでいた。アッシュは膝をついており、ウルはそれに肩を貸している。身長差ゆえに、果たして肩を貸せているのかどうかは疑わしいものがある。
ウル:
「アッシュ、大丈夫かい?」
アッシュ:
「……まだ、戦える」
 そう言って、アッシュが新しく腕を創造すると、再びゼノへ飛び出そうとする。ウルがそれを慌てて止めていた。それを見てゼノが笑う。
ウル:
「待った。悪いけど、ゼノ・レイデンフォートが出てきたなら話は別だよ」
ゼノ:
「俺は一向に構わんぞ? 何だったらそこの僕ちゃんも俺と戦うかい?」
 ゼノがウルを煽る。ウルは冷静に答えていた。
ウル:
「……僕の方が歳は上だよ」
 悪魔が人間よりも寿命が長いのは周知の事実である。ゼノも分かっていてそう言っているのだ。余計に質が悪い。
ゼノ:
「見た目って重要だと思わないか? なぁ、シロ」
シロ:
「(……前まで背の低かったあたしとしては、今回はあなたの敵だけど、ゼノ。ていうか、あたしに聞く時点でちょっとあたしのこと馬鹿にしてきてるわよね?)」
ゼノ:
「気のせいだ気のせい」
 シロと揉め始めたゼノをよそに、ウルがアッシュへ告げる。
ウル:
「どうやらバルサもジェクスもやられちゃったみたいだし、ここは引こう。おそらく、もう向こうでの目的が果たされているはずだよ」
ゼノ:
「……何だと?」
 ウルの話にゼノが介入する。
ゼノ:
「どういうことだ、おまえらの目的は天界の首都を落とすことじゃ……っ! こっちは囮か!」
 ウルは、口角を上げていた。
ウル:
「君がここに来てくれて良かったよ。天界を狙った甲斐はあったかな」
カイ:
「っ」
 その時、カイは言い難い奇妙な不安に襲われていた。落ち着きのないカイにセラが尋ねる。
セラ:
「カイ、どうかしたの?」
カイ:
「……何か、嫌な予感がするんだ。こう、このセインから伝わってくる不安というか。こういう時のって大体当たるからな。もしかしてと思うんだけど……」
 フラフラとカイが立ちあがり、そして叫んだ。
カイ:
「ヴァリウス!」
 すると、カイの場所にヴァリウスが転移してきた。
ヴァリウス:
「僕使いが荒いね。で、何だい?」
カイ:
「イデアに何か起きてる気がする。悪いけどマッハで戻るぞ!」
ヴァリウス:
「了解。何だろうね、君の魔力を持ってるからか、僕も良くないことが起きている気がするんだ」
 ヴァリウスの開けた黒い穴にカイが飛び込む。
カイ:
「母さん、天界は親父に任せた!」
セラ:
「あ、カイ!」
 そう言うが早いが、黒い穴は閉じられヴァリウスは転移してしまった。
セラ:
「落ち着きのないところはゼノそっくりね。無理しなきゃいいけれど。そういうところもそっくりなんだから」
 そう言って、ゼノの方へ視線を戻す。
ゼノ:
「答えろ!」
 ゼノが叫ぶが、ウルが答えることはない。
ゼノ:
「っ、なら、無理やり聞くだけだ!」
 仕方なくゼノがウル達へ飛びかかろうとする。
 その時だった。
 突如黒い靄がゼノとウルの間に現れたのだ。
 と、同時に凄まじい重圧が天界全体を襲った。
 その重圧はあまりに重く、体中に巻きついてくる。
ゼノ:
「っ、この魔力は……!」
シロ:
「(嘘、でしょ……!?)」
 この重圧にはゼノすら額に汗を滲ませていた。他の面々が耐え切れない様子で地面に縫い付けられているのは、ある意味当然であろう。
 そして、その靄からとある人物が姿を現す。
 闇を纏い、最初は捉えられない輪郭も徐々に明らかになっていく。
 その人物は、ゼノの姿を目に留めると、口角を上げてさも嬉しそうに告げた。
???:
「久しいな、ゼノ・レイデンフォート」
 相手とは対照的に、ゼノは会いたくなかったと言わんばかりの表情で返す。
ゼノ:
「……本当に久しぶりだな、ベグリフ」
 そこにはベグリフが。魔界の王が降臨していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...